みそ文

新人電話

私の携帯電話は、それほど頻繁に活躍するわけではない。日々繰り返し、目覚まし時計機能には活躍してもらっているけれど、それ以外は、ごくたまの通話のみだ。携帯でeメールのやりとりをすることはまったくない。ソフトバンク同士の電話番号宛に送信する72文字以内のメッセージ機能は、年に十回前後は使うかもしれない。webに接続することもまったくない。携帯ではブログを書いたり読んだりすることもない。そんな使い方ではあるけれど、職場や家族との連絡がつきやすいと便利だよね、という、それだけのために、一応持っている。けれど、そんな、一応な持ち方だから、着信に気がつかないことも多いし、携帯電話を携帯すること自体を怠ることもままある。そういうわけで、自分の携帯電話あてにあった不在着信に気づくのは、翌朝用目覚まし時計として、寝る前に枕元に置くときになってようやく、ということが多い。

昨夜も、さて、そろそろ、いいかげんに寝ましょう、と思い、寝床のしたくをしたときに、自分の携帯電話に不在着信の印があることに気がついた。あらあら、どなたからだったのかしら、と思いながら、発信者を確認してみると、私の勤務先店舗名の表示。着信時間は、午後一時二十分。勤務していた時間帯だ。勤務中は、携帯電話は、各自ロッカーに保管していて、勤務中に売り場では、着信に気づかない。それにしても、職場のスタッフが勤務中の私に電話をしてくるのはおかしい。きっとただのかけ間違いで、すぐにそれに気がついて切っただけに違いない。

ところが、留守番メッセージの録音がありますというしるしが自己主張している。勤務中の私宛に、職場からいったい誰が、どういう用事で電話をかけて、メッセージを残したのか。店頭や事務所やバックヤードで、面と向かっては話せないような、極秘の内容だったのだろうか。今の職場で働いて、数年以上が経過するけれど、こんなことは初めてだ。いったい何があったのだろう。少しばかりどきどきしつつ、録音を再生する。

「もしもし。すこやか堂の新人二年目と申します。先ほど、ビューティー担当の者は、休憩中だとご説明いたしましたが、本当は休日でした。たまたま休日出勤で少しだけお店に来てすぐに帰ったのを出勤中だと勘違いして、勤務表も確認せずお話してしまい、すみませんでした。なお、ビューティー担当者は、明日もセミナーのため出張でお店には出てきません。ご相談にご来店くださる場合は、あさってであれば、大丈夫です。またのご来店お待ちいたしております。よろしくお願いします。それでは失礼いたします」

えーと。私の勤務先の、新人二年目くんといえば、「がんばるスキン」の人だ。補充作業中にうっかり開封してしまった大量のコンドームを、責任を取って買い取ってくれた、あの二年目くんだ。昨日も一日一緒に働いた、いつもの二年目くんだ。ビューティーの担当者が、休日出勤で少しだけお店に来ていたことも、休日だから予定もあって、すぐに帰っていったことも、ビューティー担当者本人と会って、「それはお休みの日なのにお疲れ様ですね。予定に間に合うよう、でも慌てないで、安全運転で行ってくださいね」と話したから、彼女のスケジュールのことなら、私は既に知っている。それをわざわざ私の携帯電話に電話して知らせてくるのは、たいへんに不自然だ。それに、「またのご来店お待ちいたしております」って、またのご来店もなにも、私は来店(出勤)していたではないか。

丁寧な言葉遣いで、滑舌のよい発音で、録音時間内の二十秒以内におさまるように、上手にメッセージを話せたのは、新人二年目くん、えらい。けれど、電話をかける相手を間違えてはいけない。そのお客様の携帯電話番号が、たまたま私の番号と酷似しているのだとしても、間違えたことに気づかないままなのもいけない。

かといって、これから寝ようという深夜に、新人二年目くんに電話をかけても仕方ないし、眠いし、明日、出勤してから、本人に直接会って伝えよう。着信履歴を見てもらって、必要ならば録音メッセージも聞いてもらえば、本人も納得するだろう。そう決めて、ぐっすり眠り、本日出勤。作業中の店長と新人二年目くんに、「おはようございます」と挨拶する。そして、私の携帯電話をおもむろに取り出して、「実は、昨日の、お昼過ぎの一時二十分頃に、私の携帯電話あてに、ここのお店からの着信と留守録があったんです。新人二年目さんからでした。ビューティー担当者さんの出勤予定についてのお知らせだったんですけど、あれって、本当は、私にではなく、お客様か同業者さんに電話したつもりだったのではないですか?」と訊ねる。

新人二年目くんは、「ええっ?」と驚き、でも、すぐに落ち着いて、「すみませんでした。僕です。お客様に電話したつもりでした。でもあのあと、ビューティー担当者さんとお客様とで連絡取り合ってくださって、結局は大丈夫でした」と応える。店長は、「二年目くんー」と、たぶん「しっかりしてくれよー」という意味で、脱力した眼差しを送り、とほほなかんじで笑う。結局は大丈夫だったから、まあよかったけれども、一応、「電話番号は、今一度、確認してくださいね。特に、お客様相手の場合には。よろしくお願いしますね」と、くどいけれど念を押す。二年目くんも素直に、「はい。わかりました。すみませんでした」と礼をする。なぜか、いや、なぜかではなく、一応上司としてだろう、店長も、「どうやら先生、すみませんでした」と、小さく頭を下げる。

新人二年目くん、落ち着きを取り戻すのが早いのは、仕事をする上で、重要で大切なことで、それがスムーズにできる君は、きっと、仕事人の才がある。しかし、落ち着きを取り戻す、その前に、落ち着きを失わねばならないような事態を避けるべく、まず十分に落ち着いて、集中したり確認したりしながら、仕事をしていこう。
    押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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