みそ文

将棋の道

将棋は、夫の趣味のひとつである。先月お彼岸の帰省時にも、私の実家の母の部屋で、夫は、母のPCを借りて、ネット将棋に勤しんでいた。

あともう少しで夕ご飯ができそうだねえ、という話を、母や妹と居間でしていたら、甥っ子のむむぎー(弟の子)が、「じめいさん(夫)、どこにおるん(どこにいるの)?」と訊いてきた。私が「ばあちゃん(むむぎーにとっての祖母)の部屋でインターネットの将棋をしょうるよ(将棋をしているよ)。」と応えると、むむぎーは、「おれ、じめいさん、呼びに行ってくる!呼びに行って、一緒に将棋見てくる!」と言いながら、疾風のように去っていく。

食事の仕度が完全にできあがっても、夫とむむぎーは戻ってこない。それでは、私が呼びに行きましょう、と、てくてくと、母の部屋へ向かう。

PCの前では、夫が、のめりこみ気味に座っていて、その右側の椅子に座ったむむぎーも、横から、やはりのめりこむように、覗き込んでいる。

「ごはん、できたんじゃけど。なんか、もしかして、佳境?すぐに終われそうにないかんじじゃね。皆には、先に食べ始めるよう言おうか?」と訊く私に、夫は、「うん。この一番だけ終わったら、すぐ行くけん。」と応える。むむぎーが、私の方を向き、「今ね、勝つ可能性が高いけん、やめられんのんよ。」と教えてくれる。「へえ、そうなんじゃ。そりゃあ、やめられんね。まあ、がんばってね。終わったら、二人とも来てね。」と私が言うと、むむぎーは、「みそちゃん。勝つ可能性が高いのは、相手の人じゃけんね。でも、おれ、じめいさんの応援しょうるけん(応援してるから)!」と、椅子の上でほんの少し跳ねながら言う。

自分方(夫)の情勢(負けそう)を伝えるのではなく、相手方に視点を置いた表現は、情報伝達としては、やや混乱を招きやすいかもしれない。けれども、自分方が負けそうなときや負けているときでも、「負けそうだ」と言うのではなく、「勝ちそうだ(相手が)」と言うと、過剰ながっかり感に苛まれることもなく、不思議と勢いが鼓舞される。言霊(ことだま)遣いとしては、意外と上級編かもしれない。

私一人が居間に戻り、食卓で待つ父と弟と妹と義弟(妹の夫)と、姪っ子(弟の子)と、あと少し作業をしている母と義妹(弟の妻)に、「どうも、佳境に入ってるみたいで、将棋が済んだらすぐに来るけん、先に食べてて、だって。勝ちそうじゃけん、やめられんのんだって。」と報告する。皆が口々に「へえ。勝ちそうなんじゃ。よかったね。そりゃあ、がんばらんにゃあね。」と言う。私が「うん。でもね。むむぎーがそう言うて説明してくれたんじゃけど、勝ちそうなのは、相手のほう、らしいんよ。」と解説すると、皆が「うははは」「だははは」と笑う。それじゃあ、まあ、先に少しずつ食べ始めようや、と、「いただきます」と手を合わせる。

それから七分も経たないうちに、夫と甥っ子が並んで居間に入ってきた。「はあーっ」と溜息をつく夫とは対照的に、むむぎーは「勝ったー、勝ったー!」と小躍り中。「誰が勝ったん?」と一応確認すると、むむぎーは元気よく「相手の人!」と教えてくれる。

将棋未経験のむむぎーにとっては、そこに勝ち負けがあることよりも、一定の規則に従って、攻めたり守ったりする駒たちの存在が、たまらなく魅力的だったらしい。食事が済むと、「お父さん!将棋盤ってあるん?おれ、やってみたい!」とリクエストする。弟は、普段は押入れに片付けてある将棋盤(大きな木の塊に四本の脚が付いている)を出してくる。むむぎーはさっそく、「誰か相手をしてください!」と所望するが、私の父が、「相手をしてもらおうと思うなら、まず、駒を全部並べてから、お願いします、言うもんじゃ。」と教育的指導をする。むむぎーは、「そうか!」と合点し、自分側にも相手側にも、全ての駒を並べる。そして、「じいちゃん!お願いします!」と声をかける。

実際に将棋を開始してみると、むむぎーは、まだまだ、全ての駒の動きの規則を把握しておらず、父が何度も、「それは、そこには行かれん。」と教える。そのたびに、「あ、そうじゃった。」とつぶやいては、「じゃあ、こっちにはいける?ここは?」と、質問を繰り返す。父は、「むむぎー。お前は、まずは、自分一人で勉強して、どの駒がどの方向に動いてええんかおぼええや(動いていいのかおぼえなさい)。」と重ねて指導する。

しかし、母が、「みんな、小さいときには、年上の、できる人に相手してもらいながら、おぼえるもんじゃったじゃないね(おぼえるものだったではないですか)。私らだって、みんな昔そうやって、教えてもろうたんじゃけん(教えてもらったのだから)、こういうのは持ち回りじゃけん、まだようできん(まだ上手にできない)小さい人の相手もしてやらんにゃあいけんようね(相手もしてあげなくてはならないでしょう)。」と、別の視点を提供する。

駒の動きすら把握していないむむぎーとの勝負は、数十秒から数分で終了する。一試合終わってもすぐに、むむぎーは、「もう一回やって!」と言い出す。父は、「そんなに何回もはできん。自分で自分の相手をして勉強せえ。」と、練習方法を伝授する。「わかった!」と、むむぎーは言い、自分側の駒と相手側の駒と、両方順番に動かしてみる。が、わからないものは、やはりわからない。

食前の試合の負けの痛手から立ち直った様子の夫が、「じゃあ、俺とする?」と、むむぎーに声をかける。むむぎーは、「うん!やったー!お願いします!!」と、それはそれは嬉しそうに、全ての駒を、元通りに並べ直す。その日の夜も、次の日の昼間も、むむぎーは、将棋盤に駒を並べては、夫に相手をしてもらう。夫はとても根気よく、「その駒はそっちにはいけん」「ここと、ここなら、いける」と解説を繰り返す。

今度の、お正月に帰省したときにも、むむぎーの、将棋の道の歩みは、続いているかなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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