みそ文

ともに老齢化を目指して

 仮病とお粥のおかげで、力を得た私は、大晦日の夜、誰もいない神社に一人で詣でた。無人の神社で手を合わせ、夫の実家の布団で眠る。

 元旦には、私の実家へ移動して、実家の人々と過ごす。
 その後、実家での滞在を、いつもよりも短めにして、友人宅に立ち寄ることにした。
 実家の母は、私の説明を聞いて、ほんの少しだけ息を飲み、「本人も痛くて苦しくてたいへんじゃろうけど、九州のお母さん(友人は九州の出身)はどれほど悲しまれることじゃろうか。」と、小さくつぶやいてから、「早めに行ってあげなさい。」と、友人宅へ持って行くようにと、いろんな手土産をあれこれと用意してくれる。

 穏やかな波がきらめく瀬戸大橋を渡って、友人に会いに行く。
 ひとしきり一緒に泣き、彼女の体の痛むところをアロマオイルでゆっくりと撫でる。 それから、友人が話してくれる当面の方向性に頷く。
 そのとき聴いた内容をもとに、友人たちに送る予定のメール文面を考える。
 数日後、自宅に帰宅してから、一文一文、一語一語を、吟味しながらしたためる。書いては消し、書いては消し、できるだけ衝撃や動揺が少なくてすむように、少なくともそういうものが過剰にはならないように、少なくとも私自身が自分の文章に溺れないように、細心の注意を払う。
 けれども、私がいくらそう気をつけても、今回の事実に、皆それぞれ、おおいに心痛めて、しばし放心するだろう。
 でももうここから先のことは、各自の受けとめる力に任せるしかないのだから、と、心を決めて送信する。

 当時友人たちにあてて実際送信したメールのうち、個人名は仮名もしくは代名詞とし、一部助詞や句読点等を修正したものを下に綴る。


「あけましておめでとうございます。本年も、ひきつづき、やっぱりよろしくお願いします。

三月に皆で集まる件につき、おりいって相談があり、おたよりします。多少気の重い内容になりますので、少々落ち着いて、しばし深呼吸してから、読んでもらえたらと思います。少々長い文章になります。携帯で受信してくれたとき、もしも途中でとぎれていたら、途中から送りなおしますので、お手数ですが連絡ください。

どのように説明するのが、もっとも適切だろうかと、いろいろ考えてみたのですが、私なりの理解の範囲で、事実以上でも以下でもない情報をお伝えしてみることにしました。

三月の集まりについては、早くから予約して、たいへん楽しみにしていたのですが、みーしゃ(友人の名)が、十二月の定期健診で異常が見つかり、年末に精密検査を受けた結果、下腹部にがんの再発と転移があることがわかりました。本人は「元気なら(三月に)行きたい。」と言っていますが、今現在は、疼痛がひどく、麻薬で鎮痛している状態で、痛みがおさまっている間は、副作用の眠気が強く、近々の日程の長距離遠出は控えた方が無難なように、私は感じています。

担当ドクターの診断では、病変部位が広範囲なことと、片方の腎臓がすでに機能していないことなどから、抗がん剤での治癒は期待できない状態だということです。こういう状態での前例からすると、予想される生存期間は、六ヶ月なのだそうです。でも、彼女の感覚では、ドクターは長めに言ってくださっていて、実際は三ヶ月なのではないかと、感じるのだと言っていました。

彼女自身も、これ以上の抗がん剤治療をすることは望まないし、実際それは心身ともに無理であろうと判断して、今後は自宅にて、麻薬による疼痛コントロールを行いつつ、東洋医学やその他のアプローチを、できることを、できるだけ行い、緩解を目指すことにしているそうです。それでやっていってみて、どうしても、早期に、今回のこの世を修了しなければならなくなったときには、末期疼痛緩和ケア(ホスピス)の利用も考えることにするそうです。

今は、彼女の夫とお姑さんの協力を仰ぎながら、日常をこなしつつ、今後おいおいに、彼女の実家の皆様との連携についても相談していくことにする、そういう段階であるようです。

以上のことから鑑みて、三月の集まりは、いったん、キャンセルの方向で考えた方がよいだろうかと思っています。でも、せっかくの春休みなので、予定通りの日程で、集合予定宿泊施設利用希望の家庭があれば、グループではなくなりますが、個人の予約として残すように手配しますので、どうぞ気軽に連絡ください。

それから、これは、まだ、私の個人的な思いつきでしかないのですが、三月末の集合よりも早い時期に、といってこれまた急なのですが、できれば、ニ月の中頃の週末か連休を利用して、泊りがけでも日帰りでも、皆で集まれないだろうか、と考えています。

ただ、現状では、みーしゃの対人エネルギーが、十分な状態ではないように感じることと、私達にとっても、衰弱しながらも痛みと格闘する彼女と向き合うことは、本人ほどではないとしても、苦しく厳しい状況であることを思うと、可能であれば、各自のお子様たちは、各夫かその他の大人に託して、単身で来てもらったほうが、大人にとっても子どもにとっても、よいかもしれない、と感じます。

もちろん、各自、都合も事情もあるでしょうから、各家庭で十分相談していただいた上で、他の日程や、他の方法がよいようであれば、その方向で計画しますし、お子様同行での宿泊が都合よいようであれば、そのように部屋の手配をさせてもらいますので、ぜひ連絡をください。

当日彼女の体調がよければ、そのときの私達の滞在宿に泊まってもらって、一緒の時間をすごしてもいいかもしれないし、私達が彼女の自宅に会いに行ってもよいかもしれないし、このへんは、そのときの、彼女の体調次第になるとは思うのですが、なにかあっても、すぐ彼女の夫に来てもらえて、すぐに自宅にも病院にも移動できる状態で会うほうが、彼女の夫も私達も多少なりとも安心だろうか、と考えています。

ただ、今後の展開によっては、彼女の家族たちだけで濃密な時間を過ごす必要が出るかもしれない、とも思います。今はまだ、子ども達には、痛みがひどいこと以外は、特別何も話していないようですが、場合によっては、長い時間をかけて子ども達に伝えるつもりでいた人生指導のいろいろを、短期間に要約して伝える作業に集中する必要が生じるかもしれません。そのときには、私達が、家族の時間を邪魔することがないように、そのときどきのちょうどよい距離で、見守り思い続けることができたら、と願っています。

もちろん、東洋医学やその他の手法もあなどれないものなので、私の希望だけではなく、根拠はない予想としてですが、彼女は、かなり治癒に近い緩解(寛解)に到達するような気がしています。そうしたらまた、親子連れで、子どもたちが親離れ年齢になってからは、年を重ねた大人たちだけで、ゆっくり集まって大笑いできるようになるでしょう。

取り急ぎ、報告と相談という形をとらせてもらいましたが、私もまだまだ不安や混乱を抱えている状態なので、とんちんかんな提案をしているようであれば、どうかいろいろアドバイスをください。

私達が、彼女に出会えたこと、彼女と遊んでたくさん面白かったこと、これからも彼女とのつきあいはやっぱり面白いはずであること、そういったもろもろに感謝を重ねて、みんながともにそれぞれに老齢化していくことを目指したいと思います。

以上、幹事、どうやらみそからのお知らせと相談でした。どうぞよろしくお願いします。」


 そうして、二月、私たちは再会した。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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