みそ文

火の国の生き物たち

 以前暮らしていた熊本は、なんともいえず南国であった。
 一年の大半は半袖で過ごせるし、もっとも寒い真冬の一時期も、デニムシャツ一枚羽織れば十分に温かい。北欧から仕事で来てる人などは、年中タンクトップと短パン姿(真冬でも)であった。
 四月から十一月までの八ヶ月間は長い夏で、十二月と一月がなんとなく秋なかんじだ。ニ月に入ってわずかニ週間くらいだけ、これは冬かも、と感じる一瞬がある。けれども、すぐに温かくなり春が来て、三月いっぱい、春か、なあ、と感じているうちに、すぐ四月になり暑くなる。そしてまた長い夏になる。

 そんな気候の土地だから、生き物は皆のびのびとしている。お野菜はどれもお日様の味と香りがたっぷりだ。そして大量で安い。果物も年中充実している。植物性食生活に関しては、とても満足度が高い。
 動物性食生活に関して特筆すべきは「馬刺し」だ。肉屋といえば「馬刺し屋」である。スーパーの精肉コーナーにも、豚肉、鶏肉、牛肉と同じ広さの場所を確保して、毎日馬刺しが並ぶ。

 温泉はむやみやたらに湧いているので、公園の噴水も温泉で、涼しいはずの噴水傍が、妙に生温くやや蒸し暑い。温泉には入り放題(有料だが)。お湯は源泉かけ流しがあたりまえ。しかもそのかけ流し具合が、異様に太っ腹。「ちょろちょろ」ではなく、「どばどば」。

 温暖を超えた亜熱帯とも思える気候の土地では、草木もぐんぐん成長する。雑草の背丈は、大人の身長よりも高くなる。「草抜き」というよりは、「草との格闘」と呼ぶのがふさわしい。

 そうやって、植物たちがすくすく育つということは、他の生き物たち、虫たちも、すくすく伸び伸びと、成長なさる、ということだ。

 朝起きて、顔を洗いましょう、と、洗面台で顔を洗う。ぷはーっと、さっぱりして、タオルで顔を拭きながら、ふと、窓の外を見る。と、そこに、極彩色の巨大な「蜘蛛(クモ)」が。
 大きさは手のひらサイズ。脳みそが、ぎゅうううううっと絞られたように緊張する。内心では「うぎゃあっ」と叫んでいるのに、実際には声が出ない。窓の外とはいえ、窓は内側に引くタイプで半分くらいは開いている。いつでもご自由にお入りいただけるつくりだ。
 しかし、そんな巨大な蜘蛛を相手に、何かしようという気にはなれず、とにかく急いで窓を閉める。我が家の窓に飽きて、よそに移動してくれることを、じっと願う。

 当時住んでいた建物は、築数十年の古住宅ということもあり、いろんなところからいろんな虫が出入りなさる。その中で私がもっとも苦手だったのは、柿の葉サイズのゴキブリだ。小さなサイズももちろんいるが、大きな人も闊歩している。いろんなゴキブリ対策をして、出現頻度はだいぶん減ったが、それでも懲りずに出てくる輩がやはりいる。
 夏(といっても長いので、四月だったかもしれないし十月だったかもしれない)のある日、冷蔵庫から、麦茶ポットを取り出して、ガラスのコップに麦茶を注ぐ。夫も私も、ふつうに、ごくごくと、飲む。そして、麦茶ポットを冷蔵庫に片付けようとしたときに、麦茶ポットの麦茶の中に、柿の葉サイズの黒い浮遊物を見つける。入れた憶えは全くないけど、これは麦茶のティーバッグだよねっ、と思いこみたいところだが、どう見ても、足、どう見ても、触角、どう見ても、羽、が認識できる。ううっ。
「どうやらくん! 今の麦茶、中に、ゴキブリが、ゴキブリが、ゴキブリが、入ってたー!」
「ええええええーっ! どうしよう! もう、飲んでしもうたじゃんかー。」
「私だって、飲んでしもうたよー。」
「ひょえー。な、なんで、麦茶ポットの中に。」
「麦茶を沸かして冷ましたやつを、ポットに入れたときには、まだ中におらんかったと思うんよ。たぶん、麦茶ポットの蓋の内側に、私に見つからないようにこっそりと潜んでいたんじゃないかな。そんなところにそんなやつがいると思ってないから、ふつうに洗って乾かしたのをそのまま、まじまじと見ないで蓋してしまったんかも。今度からは、隅々まで見てから蓋をして冷やすことにしよう。」
「ううっ。しばらく麦茶飲みたくないかも。」
「うん。そうじゃね。しばらく何か飲むときには、ビールにしよう、か、ねえ。」
「うん。うん。そうしよう。」

 そんな出来事があったことを憶えてる? と、つい、今朝方、夫に尋ねてみたところ、「いや。まったく憶えてない。そういう忌まわしいことは、記憶から自動消去されることになってるから。」という答えが返ってきた。
「でも、ゴキブリのことは憶えてないけど、ムカデのことは忘れられん。」
「ああ。熊本のムカデは、大きかったよねえ。」
「しかも、勝手に家の中に入ってきて、普通にその辺歩くし。」
「そうそう。それで、その歩く足音が、畳の上だと、パリパリパリッ、ペリペリペリッ、って、スーパーのビニール袋を折りたたむときみたいな音なんだよねえ。」
「なんで、家の中で、ビニール袋をくしゃくしゃするときの音がしてるんやろう、と思ったら、たいていムカデ。」
「あれも大きかったよねえ。肘から手首くらいの長さはあったよね。」
「それに、あの色。ムカデの体の、あの色が忘れられん。緑とも黒とも黄色ともオレンジとも茶色とも、なんともいえないあの色。」
「迷彩色って言うんだっけ? アーミー色?」
「うん。なんかそんなの。殺虫剤かけてみたり、うちわでたたいてみたり、ガムテープでくっつけてまるめたり、いろいろしたよなあ。」
「いろいろ、したねえ。」

 火の国への移住や長期滞在を考えられる方は、お野菜果物馬刺しに温泉三昧の日々と、そして草木と虫たちとの共存共栄の心づもりを、どうぞ十分に、準備して、お出かけくださいますように。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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