みそ文

ドクターフィッシュ

 職場でともに働く薬種商(新薬事法により資格名称は登録販売者へと移行する予定)のおじちゃんと、休日の過ごし方について、ときどき話をする。
 おじちゃんも私も、温泉の日帰り入浴利用が好きなので、あそこはどんなだ、ここはこんなだ、と、情報交換をしては、新しい温泉開拓にいそしむ。
 おじちゃんが「結局、うちの近所の観光ホテルの日帰り入浴が、利用するの一番多いなあ。昼間は人が少ないというか殆どいないし、露天もあるし。」と奨めてくださったので、それでは私も一度は、と、平日休日を利用して、張り切って行ってみた。

 うちからは、車で片道三十分強で少し遠いけれど、海辺をドライブしながら、高台に上がってゆくのは、気持ちいい。
 日帰り入浴利用料金は六百円。タオルは一枚もらえるが、それで足りない分は持参するか、三百円払ってバスタオルも借りるか。夕方五時過ぎると、宿泊のお客さんでにわかに混みだすが、それまではほぼ貸しきり状態。

 脱衣所で裸ん坊になったら、浴場入り口にある給水器で、紙コップに水を入れて、ごくごくと飲む。
 扉を開けて浴場に入ると、目の前はガラス張りの壁。その向こうがわに、よく手入れされた庭が見える。右手にはサウナルーム。左手奥に入っていくと大浴場。大浴場は、天井の高いドームのような明るい造りで、洗い場も半円状に並んでいる。
 素材は全体的にタイルなかんじ。さらに奥に向かうと、ヒノキ風呂の部屋がある。ヒノキ風呂の周りは、このホテル自慢の「畳」。お湯で温まった体で、裸のまま畳の上に寝転んで、うたた寝気分でくつろぐのが人気なのだろうか。枕も何個か用意してある。この畳の部屋の壁際にも、洗い場が並んでいる。どんなふうに畳でくつろげばよいのか、初心者の私にはよくわからない。今度いつか誰かのお手本を見る機会があるといいなあ。

 ドーム型の大浴場から中庭に出る扉を開けると、露天風呂へと繋がる。屋根の付いた石造りのお風呂で、庭の木々や葉や花たちと日の光が絡まる様子を、ぼんやりと眺めながら、体をもんだり伸ばしたりする。

 浴場の入り口に入ってすぐ正面にあるガラス張りの壁の前に、足湯のような設備が整えてある。造りは足湯なのだけど、足をつけるところは、温泉ではない。ぬるめの水の水槽で、中にはドクターフィッシュという魚がたくさん泳いでいる。
 ドクターフィッシュはセラピーフィッシュとも呼ばれるが、歯のない口で人間の角質をついばんで食べてくれる。あちこちで見かけたことはあったのだが、どこもだいたい、利用料金が十五分で五百円くらいはかかるので、なんとなく利用しないままだった。
 だが今回は、六百円の入浴料金で、ドクターフィッシュの利用も込み。それでは、と、初体験してみることに。
 両足を同時に水槽に沈める。わらわらわらわら、と、ワカサギに似た姿のドクターフィッシュたちが、足の周りに群がってくる。が、なぜか、群がってくれるのは、私の左足ばかりだ。なぜだろう。左足に洗い残しの垢が多いのだろうか。それとも、何か身体的に気をつけたほうがいいところが、左足のそのあたりに集中しているのだろうか。
 ドクターフィッシュの体は、そんなに大きくも小さくもなくて、そのまま唐揚げにして丸ごと食べるとおいしそうな魚だ。
 それにしても、くすぐったい。ふしゅふしゅ、ほしゅほしゅ、と、ついばまれるのは、もういいです、満足しました、と、三分もしないうちに、両足とも出してしまう。水槽の中の人たち(ドクターフィッシュたち)に、どうもお世話になりました、と挨拶してから、ドライサウナであったまる。

 それから、また、大浴場に戻り、ドームの真下の大きな湯船で、しっかりと体を伸ばしてから、入浴を終える。お風呂上りにもう一度水を飲んで、着替えて、ホテルの人に声をかけて、駐車場へと向かう。高台に吹く風が、髪に空気をはらませてくれるのが、心地いい。

 翌日、職場でおじちゃんに、行って来ました、の報告をする。
「どうやった?」
「人がいなくて、快適でした。」
「そうやろ。泊まりのお客さんが入ってくるまで、殆ど貸切なのがええやろ。」
「はい。露天ものんびりできました。ただ畳の上でのくつろぎ方が、もうひとつよくわからなくて、なんとなく触っただけで帰ってきました。」
「ああ、あの畳、ホテルのポスターなんかには、ご好評いただいております! って書いてあるんやけど、実際寝転んでくつろいでる人を、僕もまだ見たことないし、自分もわざわざ寝転んでみよう、と、思ったこともないなあ。」
「あと、ドクターフィッシュも初体験したんですよ。」
「おお。ドクターフィッシュ、いるやろ。」
「はい。いっぱいいて、いっぱいつついてついばんでもらいました。でも、あんまりくすぐったくて、数分もお世話にならず、出ちゃいましたけど。」
「そうかあ。あのドクターフィッシュ、前は、もっとたくさんおったんや。それが、どんどんどんどん、数が少なくなって、今の数になってそのままなんや。」
「ええっ、そうなんですか。けっこうたくさんいるなあ、と思ったんですけど。あれですかね。ドクターフィッシュの皆さん、過労で退職されたんでしょうか。」
「うん。たぶん、そうやろう。土日とか、連休とか、泊まりのお客さんが続くと、激務なんちゃうんかな。」
「それにしても、いいところを紹介してくださって、ありがとうございました。うちからはちょっとだけ遠いですけど、あの快適さなら、ぜひまた、ゆっくり通いたいと思いました。」
「そうか、そうか。それはよかった。うちからだと車で五分かそんなもんなんやけど。どうやらさんちからだと、たしかにちょっと距離あるなあ。」
「いいんです。休日のお出かけにちょうどいいくらいの距離でした。」

 自宅でも、夫に、私のドクターフィッシュ初体験談を語る。
「ドクターフィッシュが、人間の角質をついばんでくれるのって、彼らにとっては、食事かなあ、お仕事かなあ? どっちだと思う?」
「えー? そんなん知らん。」
「そんなー。どうやらくん、なんでも聞いてくれ、って言ってたじゃん。ドクターフィッシュのことも教えてよー。」
「あーあ。この人、また、なんか記憶違いしとってじゃわ。何でも聞いて、って言ったのは、お酒のことなら、っていう条件付きであって、それ以外のことは知りません。」
「えー、そうなん? おかしいなー。どうやらくんは物知り博士だと思ったのになあ。」
「おかしいのは、そっちじゃろう。人のことを勝手に、何でも物知り博士にして。」
「まあ、今度は一緒に、行こうよ。どうやらくんもドクターフィッシュのくすぐったさを体験してみてよ。ね。」

 というわけで、次回は、右足も左足も、同じくらいにきれいに洗い上げてから、ドクターフィッシュの水槽の中に、浸けてみよう。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (110)
仕事 (161)
家族 (301)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん