みそ文

朝に「おかえり」と言って見送る

 夫は毎朝、私よりも早く起きて、出勤準備を行う。

 結婚してからの数年間は、私のほうが先に起きて、朝食をテーブルに並べていた。当時の夫は朝食を食べる習慣がなく、なんだかいろいろ効率がよろしくなさそうだった。
 朝ごはんを食べたら、出勤通勤時の疲労感も、午前中の集中力も、きっと違うよ、と説明し、あまり乗り気でない夫に、バナナとヨーグルトと牛乳を並べ続けた。朝食を習慣化するミッションだ。最初はあまり食も気もすすまなかった夫だが、しばらくすると、必ず、朝食を摂るようになった。そして、朝食摂取を習慣化する以前の午前中の自分は、実はほとんど仕事していなかったのかもしれない、と、振り返ったりもしていた。
 そんな夫も現在では、食料買出しのときには、自分の朝食用に、必ず、バナナと、りんごジュースと、ヨーグルトと、牛乳と、パンかシリアルを、忘れることなくカゴに入れる。ミッションは大成功といえるだろう。

 夫は朝起きると、お湯を沸かし、朝食用のインスタントコーヒーを入れて少し牛乳を加える。会社で飲む用の紅茶も作ってペットボトルに入れる。
 昨夜のうちにお米を洗い、しかけておいたタイマー炊飯で炊き立てのご飯を、小さなお弁当箱に詰めて、朝食の間冷ましておく。おかずは会社で業者さんが配達してくれるものを利用する。業者さんが持ってくるご飯はあまりに量が多いからと、夫は自分にちょうどよい量のご飯を自分で用意する。
 身支度を整えてから、ゆっくりと新聞を読みながら食事を摂る。食後歯磨きをしたら、居間にしばらく横になって、NHKの朝のニュースを見る。出勤時間直前に、湯気を飛ばしたご飯に蓋をして、お弁当包み用の布で包む。

 この一連の作業を、夫は一人で、静かに、行いたい。私があれこれ手を出したり、声をかけたりしないほうが快適らしい。
 だから私は目が覚めても目が覚めなくても、夫が出かけるまでは、お布団に入っている。夫が全ての仕度を終えて、お布団の中の私に「いってきます。」と声をかける。私はお布団から抜け出して、玄関まで見送りに出る。手を振って、静かにドアを閉めて鍵をかける。

 このときに、普通に目覚めていることもあれば、寝ぼけていることもあるし、完全に寝ていることもある。完全に寝ているときには、見送りもできないので、夫は自分でドアの外から鍵をかけて出かけるのだが、寝ぼけている場合には、寝ぼけながらも起き出して、玄関で手を振って見送り、私がドアを閉めて内側から鍵をかける。

 先日の夕食後、夫がふと「今朝のこと憶えてる?」と言う。

「今朝は玄関で見送った記憶があるけど、あれは私の夢だった?」
「ううん。一応玄関には来たけど、その前。布団の中のみそきちどんさんの頭をさわって、いってきます、って言ったときのこと、憶えてない?」
「うーん。あれ? 全然記憶がないなあ。玄関のところからしか、今日の記憶がないぞ。」
「そうやろうなあ。あのとき、みそきち、なんて言ったか知ってる?」
「え? なんか、とんちんかんだった?」
「うん。『おかえり! わかった! おかえり!』って言いながら、布団から出てきた。」
「それは。脳内の挨拶言葉の引き出し、見送りの引き出しを開けるはずが、出迎えの引き出しを開けてしまったのかな?」
「そんなかんじ。おかしかった。あのー、おかえりってー、まだこれから行くとこなんですけどー、どこへ帰れ言うんですかー、って思いながら出かけた。いやあ、あれは、新しい芸だった。前に、玄関で、『じゃ。そういうことで!』って言いながら見送られたときも、そういうことってどういうことやー、と思いながら運転したけど、『おかえり!』って言いながら見送るのもなあ。ええ寝ぼけでしたわ。」

 ふう。私の中の寝ぼけ担当部門も、夫婦仲がだれないように、見送り行事も飽きないように、いろいろ考えたり工夫したりしているのね、きっと。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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