みそ文

暴れん坊マスク

 最近の私の主な仕事は、ご来店くださるお客様に、「マスクが完売していて、売り場に一枚もなくて、本当にごめんなさい。入荷予定も未定です。」というお詫びと説明の台詞を、数分おきに、リピート再生することだ。
 もちろん売り場には、その旨文書で表示してはあるのだが、認めたくないことは、なかなかご納得いただけないようで、なぜか今一度ご確認くださる方が多い。
 大半のお客様は、「ああ、やっぱりー。」「ここも、ないかー。」「いやいや、別に、あなたのせいじゃないから、気にしないで。」「いまさら来ても、遅いよねー。」と、どちらかというと、今回の騒動を、ともに乗り切る同志として、言葉を返してくださる。

 しかし、そのお詫びリピート再生の仕事も三日目になった昨日、ついに、予想していた事態が生じた。マスク売り場にて、マスクがないことに激怒したお客様が暴れる、という事態だ。
 お客様は少し年配の女性の方。しばらく私に怒鳴り散らした後、頭を下げる私に向けて、「ああっ、もうっ、腹が立つ!」との捨て台詞を残し、マスク売り場を立ち去られる。あまりの怒声の大きさに、マスク売り場裏側の健康食品売り場で仕事をしていた、同僚の薬種商のおじちゃんが、「どうしたんや? どうやらさん。なんかあったんか?」と声をかけてくださる。

「ええ、あのですね。マスクも用意できないなら、もう、お店なんてやめてしまえ! と、たいそうご立腹でした。」
「なんや、それ。そんな怒りの矛先を、どうやらさんに向けても、仕方なかろうに。」
「なんでも、近々どうしても、神戸旅行に行かないといけないとかで、絶対にマスクが必要なのに、なんでいつ来てもないんか、と。」
「知らんがな。神戸、行くんなら、勝手に行ったらええがな。」
「ご自宅に古いガーゼマスクはあるんだそうです。でも、洗ってないから使えなくて、今日も昨日も一昨日も、毎日ここに来てるのに、いつ来ても、マスクがない、って。」
「それは、まずは、その、家にあるマスクを、洗って乾かすべきやな。」
「ですよね。まあ、ガーゼマスクじゃなくて、不織布の、ノーズフィッター(鼻のラインにぴったり沿うようにするしかけ)付きのほうがいいなあ、と思われるんでしょうけれど。」
「そうはいうても、ないんやもんなあ。最後まで残ってたガーゼマスクも、ほんまに全部売れてしもうたしなあ。」
「これまでにない、ことですよね。」
「ほんまや。それにしても、そろそろ、そういう輩(やから)が現れる頃かなあ、とは、思っとったけど、やっぱりついに現れたか。」
「ええ、ついに、やはり、でしたね。そのつもりで、こころづもりもしてたんで、なるほど、こうきたかー、くらいの感じですけど、愉快ではないですねー。」
「そらそうや。でも、ほとんどのお客さんは、ないんですよ、すみませんね、って言うだけで、すぐに他の店に探しに出て行かれるんやけどなあ。」
「ほんと、みなさん、他に何にも買う気ないらしくて、あっさりと、じゃ、次、行ってみよう! ってかんじですよね。なんだか、まるで、今、うち、マスク専門店みたい。商品はないですけど。」
「そうやあ。で、たまに、どうにかならんのか、なんとかならんのか、いうて、食い下がって言う人には、毎週火曜と金曜の夜に、薬関係の荷物は入荷するんです。もしも、その荷物の中に、マスクが入っていれば、すぐに出すようにしていますので、よければ、そのころに、様子を見に来てもらえませんかね。ただ、現状では、定期入荷日にも、マスクが入るか入らないか、わからない状況なんで、来てもらってもあるかどうかは、まったく確約できないんですよ。それでもよければ。いうて教えてあげるんや。」
「私もです。今は、店舗からの発注は、まったく受け付けてもらえませんもんねえ。本部で在庫を確保できて、各店舗に直送配分してくれるのが、入ってくれば入ってくるだけ。入ってこなければ入ってこない。って、先ほどご立腹の方にも説明したんですけど、お客様は、じゃあ、金曜日の夜に来れば絶対買えるの? 絶対に要るんやから、とっておいてくれんと困る! って。」
「それもなあ、今、マスクの客注(お客様からの取り置き注文)受注は、本部からも厳重に禁止されてるからなあ。どこかの店舗は、その指示に反して、客注受けてしまったとかで、なんやたいそうなトラブルになって、もう絶対に客注受注したらいかん、って、書類だけじゃなく電話でも、再度指示が来てたもんなあ。」
「あれですかね。この人に売るマスクはあるのに、なんで私らにはないんや! いうて、他のお客さんが怒らはったんでしょうか。」
「そら、まずいやろう。」
「ですよねえ。」

 きっと、今なら、全品回収返品指示が出た、あの「きこり用マスク」であっても、誰も何も気にせずに、いっぱい買ってくれるはず。

 とりあえず、とにかく、体力気力を整えて、保健衛生をこころがけ、罹患しないよう気をつけて、それでも罹ったときにはちゃんと養生して治して治る。それ以上の心配や、それ以外の気苦労は、今しても仕方ない。まずはしっかりご飯を食べて、ぐっすり眠って、機嫌よくいる。健康の基本は、いつだってそういうことだ。


 追記解説。
 この年のこの時期は、当時「新型インフルエンザ」と呼ばれる病気が流行していて、マスクが異様な売れ行きを見せた。その後、月日の経過とともに、新型インフルエンザは新型ではなくなり、従来のインフルエンザと同等に扱われることとなった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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