みそ文

おひなさま

 私のお雛様たちは、ガラスケースに入っている。たしか私が一歳半と少しの頃に、両親が買い与えてくれたものだ。

 ガラスケースの大きさは、前面が電子レンジくらいで、奥行きはオーブントースターくらい。前面の扉部分は木枠で囲って、つまみに房がつけてある。
 ガラスケースの内側は、ガラスの棚で何段かに区切られており、お内裏様とお雛様の席、三人官女の席、五人囃子の席、左大臣と右大臣の席、高砂と住吉の席、が設えられている。お一人ずつ専用の座布団(下々の方用は木の黒い板状のもの。新郎新婦用には畳み付きの上等な板状のもの。)を、そのガラス棚に置いて席とする。
 ケース内の床部分と背景は和紙貼りのようなかんじ。
 一人一人の人形は、全身が鶏卵くらいの大きさで、お顔もみんな下膨れの幼児顔。
 金屏風も菱餅も、桃の木も橘の木も、お囃子の楽器も勢揃い。

 私は、このお雛様たちを、当時たいそう気に入っていたし、今も気に入っている。
 だから結婚したときも、お雛様たちは連れてゆこう、と決めていた。新しく暮らすところは、ピアノを置くには狭いけれど、お雛様を置く場所くらいならある。
 そうして、結婚後の棲家において玄関の下駄箱の上に、お雛様は何度も登場なさった。私の気が向いたときに。なので数年登場がないこともある。でも、お雛様たちは、不満も言わず、ぐれもせず、少し色あせた着物をまとって、にこやかに微笑んでおられる。
 一度出すと、名残惜しくて、いつまでも片付けない。三月四日になると同時に、夫は「もう片付けないと。まだ片付けないの。いつ片付けるの。」と私を問い詰めるのだが、「母の実家がある島根では、お雛様はこれからが本番なんよ。どうやらくんは、そんなに私を早くにお嫁に行かせたいの?」と言って彼の声を封じ込めて、お雛様を飾り続ける。
 それでもさすがに、春になり、初夏になり、夏になる頃には、お雛様たちが「あつうございます。あせもになるでございます。」と訴えてくる気がして、粛々とお片づけする。

 母の思い出話によれば、幼い私は、このお雛様を買ってもらってしばらくの間、来る日も来る日も一日中、いつまでも、いつまでも、飽きることなく、このお雛様たちを見つめていたのだそうだ。実際には、お昼寝もしただろうし、食事や散歩もしただろうけど、母が「一日中」と比喩するほどに、熱心だったということだろう。
 たとえ比喩でも、ひがな一日お雛様を眺めて暮らせただなんて、恵まれたお子様だ。けれども、ほんとうに、私のお雛様たちは、いつまでも、いつまでも、見つめ続けるに値すると、そう私に信じ込ませて、見続けさせる力を持つ。
 今でも出せば、出している期間中、ほぼ毎日、「ああ、もう仕事に行かなくちゃ。」と思いながらも、見入ってしまう。見入る気持ちをふりきるように「いってきます」と声をかける。なんとなく、お雛様たちご一同様が、「はい、いってらっしゃい、気をつけて。」と見送ってくれてるような気がして、うれしい気持ちで出かける。

 きっと、私のお雛様たちは、ただのお雛様ではないのだ。私という存在が、間違いなく、この世に歓迎されていたことの、証であり、象徴なのだ。
 そして、今なお、何があろうとなかろうと、私は、やはり、たしかに、この世に慈しまれている。そのことを、忘れないための、たとえ忘れたとしても、ちゃんと思い出すための、そのための装置として、私のお雛様たちは、数十年前のある日に、私のところに来てくださった。

 私のお雛様に限らず、本来、お雛様とは、誰にとっても、そういう力を持つものなのだ。そしてお雛様に限らず、実在するもの、実在しないもの、さまざまなものたちが、私達それぞれの一生を、いつも必ず、静かに丁寧に、見守ってくれている。私達が、気づいても気づかなくても。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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