みそ文

弁当の代わり

 職場のバックヤードで作業をしていたら、薬剤師呼び出しチャイムが聞こえる。はいはい、と、小走りに売り場に出てゆく。レジ担当の同僚が、「すみませーん。こちらのお客様が、大正製薬か大鵬薬品の商品をお探しとのことなので、ご案内お願いします。」と言う。お客様は、かなり年輩の男性の方である。

「はい。大正か大鵬の、どんな商品をお探しでしょうか。」
「大正製薬か、大鵬薬品のなんや。」
「はい。お薬ですか?」
「いいや。薬じゃあなしに、でも、栄養補給になる菓子みたいなもので、弁当の代わりになる、いうて聞いてきた。」
「ああ、はい。お菓子みたいなもので、栄養補給になるものですね。」
「ビスケットみたいなんや。」
「はい。おそらく、こちらのカロリーメイトのことではないかと思うのですが、ご覧いただけますか?」

ゆっくりと、ゆっくりとした足取りのおじいちゃんを、機能性食品コーナーへご案内する。

「こちらの段が、カロリーメイトなんですが。」
「おお。これこれ。黄色い箱。これを食べれば、弁当の代わりになる、いうのは、本当か?」
「弁当の代わり、といっても、毎日朝昼晩これだけ、なのはお奨めしません。」
「でも、これは、カロリーいうのも、栄養のバランスも、いいぐあいにしてあるんやろ?」
「そうです。」
「だったら、これを食べておけば、食事はせんでもええんやろ?」
「いえいえ。そういうわけにはいきません。どうしても、ちゃんと食事を摂ることが難しいときや、事情があって、栄養やカロリーを調整する必要があるときには、カロリーメイトを補助として使いますが、食事はきちんと摂ってください。」
「でも、これ一箱でええんやったら、弁当買うより安いやろ。」
「安くても、毎日、これだけにしてはいけません。食事は食事で召し上がってください。」
「でも、弁当の代わりになるんやろ。」

 だ、だめだ、じいちゃん、耳も遠いご様子だ。

「では、ですね、とりあえず、お好みに合うかどうか、味見してみられてから、考えてはどうでしょうか。」
「そうやな。食べたことないもんやし、とりあえず、いっぺん、どんなもんか食べてみるわ。」
「はい。ぜひ。こちらはチョコレート味です。他には、チーズ味、フルーツ味、それから、ジャガイモのポテト味もございます。」
「ひととおり、味見してみることにしよう。四種類で全部か? じゃあ、これ全部一個ずつもらうわ。」
「ありがとうございます。」
「お金は向こうか?」
「はい。レジにてお願いいたします。」

 じいちゃんが「大正製薬か大鵬薬品」と言ったから、同僚は薬剤師呼び出しチャイムを鳴らしてくれたのだろうけれど、薬ではなくカロリーメイトをご所望であると最初からわかっていれば、案内はきっと私でなくてもよかったことなのだろうなあ。

 ところで、カロリーメイトは「大塚製薬」で、「大」の漢字は共通だけど、読みは「たいしょう」「たいほう」「おおつか」と、「たい」か、「おお」かが、違うのだ。けれども、「大塚製薬」を「大正製薬」や「大鵬薬品」と言い間違える心情は、実は私もよくわかる。 
 
 数ヶ月前に、夕方遅い時間というか、もう夜になった時間帯に、あるメーカーの営業さんが来店されたことがある。その日の私は作業が混んでいて、絶え間なく歩き続けて、体もけっこう疲れていたが、脳もだいぶんお疲れになっていた。そのときに、その営業の方が、「今日は、男性化粧品ウルオスの件でうかがいました。」とおっしゃった。あ、薬じゃないのね、でもなんか、この顔の営業さんは、薬に関係ある会社の人だったような記憶があるんだけど、一般コスメ担当の同僚はもう帰った後だし、とりあえず、店長に代わりに話を聞いてもらいましょうかね、と、事務所に店長を呼びに行く。

「店長。大正製薬さんが来られてます。」
「大正さんが僕にですか? どうやら先生のほうが話わかりやすくないですか?」
「あれ? ちがったかも? 大鵬薬品さんだったでしょうか。」
「だとしても、先生のほうが。」
「あ。違います。大鵬の営業さんは女性の方です。今日の方は男性で、ウルオスの人です。」
「先生、それ、大塚さんですわ。」
「あ。ほんまですね。それです、それです、大塚さんです。ああ、すんません。なんかもう疲れてて、大の漢字のイメージだけで、適当に口走ってるみたいです。」
「ウルオスのことなら、僕が聞いて、明日部門担当者に伝えます。」
「はい。そのつもりで呼びに来ました。お願いします。」

 というふうに、「大塚製薬」の営業さんを、たいそうお待たせしたのだ。だから、じいちゃんの間違いは、それはあるよね、あるあるあるある、と、たいへん共感できたのであった。

 けれども、ということは、年をとるということは、あの日のあの時間帯の私のように、体も頭も疲れて思い通りにまわらない、あの感じが、毎日ずっと続くということなのだろうなあ。こころして、年を重ねていきましょう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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