みそ文

入水禁止

 京都の平等院鳳凰堂というところに、初めて行ってみた。十円玉のデザインになっている建物だ。その鳳凰堂の中には、金色の大仏様が座っていらっしゃる。お堂の中の壁上部には、雲に乗った小さな仏様たち数十名が、楽器を奏でたり、舞を舞ったりしておられる。その方たちは、この世を終えた人々が浄土に向かうそのときに、そうやって賑やかに、出迎え導いてくれているのだそうだ。

 建物正面の前にある大きな池を隔てた場所から眺めると、建物の全景が見える。中央の屋根の両側には鳳凰が一羽ずつとまっている。建物の中央にいらっしゃる大仏様のお顔がちょうど、池のこちら側からも見えるようになっている。

夫はジーンズのポケットから十円玉を取り出して、しきりに実物と見比べる。「この十円玉の絵みたいに鳳凰堂を見ようと思ったら、ここの場所からじゃあ、こうは見えない。もっともっと後ろに下がらないと。でもこれ以上は後ろに下がる場所がない。誰がどこから見て、十円玉の絵を描いたんだろう。」と、ずいぶん気にする。なぜそんなに気になるのかな。

 私が鳳凰を見て「あ、ほんとだね。鳥がとまってる。十円玉と同じだ。」と気軽に言うと、「気軽に鳥、鳥、言うな。わしゃあ鳳凰じゃ。偉い鳥なんじゃ。」と、鳳凰の代わりにいさめてくれる。そうだね。鳳凰だもんね。何かがきっと偉いよね。

 平等院の後は、宇治上神社に向かう。宇治川という大きな川を越える。橋を渡って歩いて行く。しかし、その川が、とんでもない濁流なのだ。傾斜はそれほど急でもないのに、水の流れは急流で、橋の上を歩く時には、帽子をしっかり押さえておかないと、水の流れと共に流れる急な風で飛ばされそう。こんなに流れが急な川が、自宅の近所にあったら、子どもの頃の私はきっと叱られるたびに、「言うこと聞かない悪い子は、宇治川に流すよ!」と脅されて、びーびー泣いたのだろうと思う。それほどに、大人が眺めても恐ろしい流れの川なのに、まるで普通の川のように、「遊泳禁止」の看板がある。「ながれがはやい」とも書いてある。書いてなくてもわかるから。看板なくても、絶対に入らないから。だって、すっごく怖いじゃん。

 川岸に、とある碑が建ててある。「先陣の碑」だそうだ。いつの時代のものなのだろうか。説明文の横には、鎧兜を身にまとった武士の人が馬に乗り、戦に挑む姿が勇ましく絵に描かれている。どこの誰と誰が戦ったのか、どちらが勝ってどちらが負けたのか、そんなことはわからない。(本当は、真面目に碑の説明文を読めば、わかることなのかもしれない。)けれども、馬に乗って、とはいえ、この川に入っていったこと、しかも誰よりも先に、その先陣を切ったこと、そのことが、碑を建てるほどに称えられる、それほどに勇気のいることなのだ。誰と戦ったのかよりも、勝ったかどうかということよりも、この川に入ったことだけで、称えられるほどなのだ。そんな恐ろしい川に、一般人が好んで入るわけがなかろう。何百年、もしかすると千年以上も昔の、とある先人の勇気が、時を経て、時を超えて、称えられ続けるほどに、急な流れの川なのだ。

 あそこに看板を掲げるとしたら、「遊泳禁止」よりも、「転落注意」あるいは「入水禁止」のほうが、ふさわしい、気がするけれど、日常的にあの川の側で暮らしていたら、うっかり泳いでしまいそうな気になるのだろうか。不思議だ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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