みそ文

ズボンでジャンプ

 私が働く職場では、会社として「今期はこれを頑張って売りましょう。」という商品が何種類かある。その中のひとつに、医薬品の「コンドロイチン」もある。私は個人的に、コンドロイチンに限らず、お客様に推奨するからには、自分でも一応飲んでみて、その風味や飲み心地や効き具合を確認しておくことを心がけている。幸いなことに、順調に年を重ねてきたおかげで、私もそれなりに、関節の滑らかさが低下している自覚もあるし、人体実験をするにはちょうどいい。そう考えて、コンドロイチンの錠剤を購入して、思い出したら飲むようにしてみていた。

 けれども、飲み始めた背景に、どこかに劇的な苦痛があったわけではないので、実験で飲むコンドロイチンの効き目は、そういえば、効いてるのかなあ、そういえば、世の中がこれだけ冷えている割りには、昔何度も捻挫で傷めた足首の痛みが軽いような気がするかなあ、というかんじで、すばらしくたいへんよく効く実感は、もうひとつないままに過ごしていた。

 そんなある日。出勤準備をしていて、着替えている時のこと。いつものようにズボン(最近なら「パンツ」というのか)を穿こうと、両脚を、右側左側と、きゅっきゅっと、ズボンの中に通して、そしてやはりいつものように、ズボンのウエスト部分を両手で持って、ぴょん! とジャンプする。そのとき、異変が起きた。ジャンプから着地したそのときの、脚の開き具合と、足の向きの加減が、少しばかり「何かが迂闊(うかつ)」だったのだろう。片方の膝に、「バチバチバリバリ」という音とともに痛みを感じる。その音は、骨付き鶏肉を食べるときに、関節部分をバリバリ言わせて、軟骨をちぎるときと同じ音。あまりの痛みにうずくまる。一人で「痛いよう。痛いよう。」と、しばし呻く。膝の中身が、なんだか、「くきくき」としている。動き方も怪しいよう。はっ。そうだ。こんなときの治療薬が「コンドロイチン」なのではないか。いそいそと、コンドロイチンの瓶を出して、錠剤を取り出す。膝の中で変形した軟骨や関節液たちが、その形を整える姿を想像して、滑らかな膝であることの願いを込めて、ごくんと飲む。

 それまでは、なんとなく思い出したときにだけ、一粒か二粒、気まぐれみたいに飲んでいたけれど、こんなふうに気になる症状があるときには、規定の量をきちんと続けて飲んでみる。そうしてみたところ、膝の痛みと違和感は、三日もしないうちに、全く気にならなくなった。おお。コンドロイチン、偉いじゃん。こんなにいい仕事をしてくれるのか。

 その感動を、職場にて、同僚の薬種商のおじちゃんに報告する。おじちゃんは、「よく効いて治ってきて、それはよかったことだが、なぜズボンを穿く時に、ジャンプなどするのか?」と訊いてこられた。

「え? ズボン穿くときって、ジャンプしないんですか?」
「ジャンプなんかしたことない。特にこれくらい年とると、そんな迂闊なことをしたら、いつ脚を傷めるかわからんから、ズボンを穿く時も、こう、座って、片脚ずつ、しずかーに、しなーっと(福井弁で「気づかないような静けさで」「ひっそり」「こっそり」などの意味がある言葉。)、ゆーっくり、穿くなあ。」
「ええっ。そうなんですか? でも、ズボンのウエストのところを、こう、しっかり持ち上げて、軽くジャンプして降りると、こう、ストンと、ズボンの中に体がおさまり、ませんか?」
「うーん。ジャンプしなくても、普通に、おさまってるように思うがなあ。」
「そ、そうなんですか。」

 そんなとんちんかんな会話が職場であったのよ、と、帰宅してから夫に報告する。すると夫が、「あーあ。この人(私)、また、なんか、どこかで、間違ったことをおぼえて、大きゅうなっとってじゃわ(大きくなっていらっしゃるなあ)。」と言うのだ。

「え? どうやらくんも、ズボン穿く時、ジャンプしないの?」
「そんなこと、したことないし、する必要もないやろ。」
「でも、だって、ちょっとジャンプして降りてきたら、その勢いで、ズボンの中に体がちゃんと入るじゃん。」
「ジャンプしなくても、十分ちゃんと入るけど。」
「ええっ。そうなん? なんでじゃろ? 小さいときに、着替えの仕方をおぼえるときに、うちの親が、はい、ジャンプして、ほら、きちんと穿けたでしょ、って、教えてくれてたんじゃろうか?」
「いや。たぶん、違うと思う。しめじくん(弟)も、やぎちゃん(妹)も、同じ人に育てられてても、たぶん、ジャンプはしてないと思う。みそきちは、ときどき、自分で勝手に、妙なことを思い込んで習慣にしとるけん、ジャンプもたぶんそれじゃろ。お母さんやお父さんには、何の責任もないと思う。」
「そ、そうなのか。」

 四十路の学び。えーと。ズボンを穿く時に、ジャンプは必要ない模様。ズボンを穿く時にジャンプしなくていいのであれば、ジャンプと着地の失敗による膝の損傷も起こらなくて安全。でも、もしも、ズボンのジャンプで膝を痛めても、コンドロイチンを飲めば、すぐに治ってくれることもわかったから、さらに安心。

 そして実際にやってみると、たしかに、ジャンプしなくてもズボンは穿ける。穿けるが、やはりジャンプしたほうが、ぴったりしっかり穿けたような気がする。だけどそれは、長年の習慣による感覚的なものだけで、実際の装用には問題はないような気がすることを、認めないわけにはいかない、ようだ。     押し葉

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (108)
仕事 (160)
家族 (298)
想 (23)
友 (47)
学習 (79)
旅 (16)
心身 (8)

FC2カウンター

検索フォーム

FC2Ad

Template by たけやん