みそ文

山を慕う

もう五年くらい前のことになるだろうか。母のお供、という役割で、オーストリアのウィーンに行ったことがある。母と私と、母の妹二人(この二人は双子)とその夫たち、母の姪っ子(私にとっては年上の従姉)とその母親(母の亡き兄の妻)という総勢大人八名のご一行様。従姉は以前ウィーンに住んでいたことがあり、ドイツ語も使えるので、まるでツアーコンダクターのように張り切って皆のお世話をしてくれる。広いアパートの一室を共同で借りて、自炊したり外食したり洗濯したりしながら、そのアパートを基点に、滞在と観光を愉しむ毎日。

そんな八名で、ウィーンから少し離れた街まで、電車とバスを乗り継いで、ワイン農家のレストラン(ホイリゲ)へ夕食に行き、その帰り道もまたバスと電車を乗り継いでアパートに戻る。夕食を済ませてもまだ、長い夕方が続いていて、薄明るい世の中を、バスの中からほうっと眺める。遠くに見える山の緑も、路面に植わる街路樹の緑も、私がそれまで訪れたどこの緑ともちがう緑で、深くしとやかに美しく目に映る。「山の緑も街の緑も、ここならではのきれいさだねー」と、隣に立つ叔母(母の妹)に向かって、言うとはなしに言ったら、叔母はくすくすと笑って「ちっちゃいときと同じだが」と言う。

「ちっちゃいとき?」
「そうだが。みそちゃんは、ちっちゃいとき(2歳前後)、松江で一緒にバスに乗っても、今宮(母の実家がある東出雲の集落)で一緒に散歩しても、いつも、みてー! やまがー! やまだー! きがー! きれいー! って、山と木のことを、何回も何回も言うちょっただが(言っていたでしょう)」
「いや。それは、さすがに憶えてない」
「まあ。おぼえとらんがね(おぼえていないのですか)。私と一緒に島根の山を見たのを憶えちょって、今そう言うとぅだぁ(言っている)と思ったわね。大きくなっても目に留まるものやこころに留まるものは、そうは変わらんもんなんだあかあ(そうは変わらないものなのだろうか)」

幼少期の私の細胞のすべてを育んでくれた島根県東部の方言を、耳で聞いて意味をとることは問題なくできるのだけど、そしてその音もリズムも心底愛しているのだけど、話したり文字に起こしたりするのは全くもって自信がない。ゆえに、不自然な島根言葉表記に関しては、ご容赦お見逃しいただきたい。

話をもとに戻す。そう言われれば、私は、どこに行っても、どこで過ごしても、どこで暮らしても、山と木の存在とその緑に(緑以外にも)魅せられる。できることなら、緑濃い大きな木の下か木の側でこの世を去れたら、と願うほどに。

けれども、密林での遭難死は望んでいない。暑くもなく寒くもなく、温かくて涼しい快適な状態で、痛くもなく痒くもなく苦しくもなく、穏やかに気持ちよく、緑濃い大きな木の下か木の側で、深く静かな呼吸とともに、息を引き取れたらと思う。そしてもしも叶うなら、私がこの世に来る時に、降り立つ地として選んだ、八雲立つ出雲の地を、あの世に逝くときにも必ず何らかの形で通過しようと思う。

こういうことは細かく願っておかないと、かみさまは、わりとけっこうおおざっぱに願いを聞いてくださる傾向がおありなので、注意しなくてはならない。とりあえず密林遭難死は禁止。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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