みそ文

廻る孫寿司

以前、富山の、とある町の「回転寿司屋」さんにてお昼ご飯を食べたとき。

富山のお魚は「きときと」(新鮮で活きがよくておいしいこと)。富山に限らず北陸地方は、回転寿司のレベルが非常に高い。もちろん回転寿司だけではなく、鮮魚全般のレベルが高い。

けれど、私は油揚げが好物で、お寿司屋さんでも「いなり寿司」を食べたくなる。夫は「いなり寿司は寿司屋で食べるものじゃない」という主義主張の持ち主で、私がいなり寿司を食べようとすると阻止する癖を持っている。しかし、その日は、思う存分いなり寿司を食べたかったから、お店に入る前からずっと、「私は今日はいなり寿司をいっぱい食べるから。止めても食べるから」と宣言しておいた。

海鮮ネタの握り寿司ももちろんおいしくいただきつつ、回転レーンで廻っているお皿に乗るいなり寿司にも手を伸ばす。夫は「こんなところで、いなりを食べなくても」とやはりやや不満げであるが、「おいしいよーしあわせだよー」と、ご機嫌攻撃で返しておく。

そんな私達の右隣に、おばあちゃんとそのお孫さんと思われる二人連れが座った。私の右におばあちゃん。その右に二十代前半くらいの青年。

おばあちゃんは、嬉しそうにちょこんと座って、お茶を飲んだり、生姜を食べたり。若者が「好きなもの取って食べやー」と声をかけると、さらに嬉しそうになって、でも手に取るお寿司はいなり寿司。若者は「そんな安いのじゃなしに、値段気にせず、食べたい魚食べやー」と言うけれど、おばあちゃんは「私はいなりが好きなんや」と、一皿目も二皿目も三皿目もいなり寿司。

左隣に座る私も、いなり寿司を二皿連続で食べていたら、おばあちゃんがそれを見つけて、「お。おねえさんも、いなり好きなんやね。私もなんや。ここのいなりはおいしいね」と声をかけてくださる。「ほんとですね。おいしいですね」と、たまたま隣に居合わせたいなり寿司好き二人して、はぐはぐと、いなり寿司を頬張る。

おばあちゃんは、大きくなった孫と一緒に、孫が運転する車に乗って、お昼ご飯に出かけたことだけで、きっと、気持ちのお腹がいっぱいなんだろうな。値段の高いお魚を食べなくても、連続いなり寿司だけで、十二分に満足なんだろうな。いなり寿司と、お茶と、生姜を、孫にご馳走してもらって(お茶と生姜は無料だけれど)、おばあちゃんはすごく幸せそうで、たまたま隣に居合わせた私まで嬉しくなって、気持ちのお腹がいっぱいになる。

でも私は、いなり寿司以外にも「ばい貝煮つけ」もたらふく食べて、きときとのお魚もちゃんと食べて、あさり汁も頼んで、体のお腹もいっぱいで、体もこころも両方のお腹がとてもいっぱいになって、「ご機嫌長者道」(私が精進中の道のひとつ)をさらに邁進した日であった。よかった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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