みそ文

パジャマじゃない!

甥っ子のむむぎーが、まだ幼稚園児だった頃。夏に帰省した私は、いつものように実家の二階の部屋で寝ていた。

どったん。どったん。どったん。どったん。むむぎーが階段を一段一段上がってくる音がする。

「みそちゃん、おはよー。あさです。おきてください。あそびますよ」
「うーんー。まだ眠いけど、ちょっとずつ起きるけん、窓いっぱい開けてくれる? 新しい空気を通したら、早く目が覚めるかもしれんけん、ドアも大きく開けてくれる?」

小さな体で指令に従うむむぎー。小さな体はエネルギーがいっぱいなので、頼まれた動き以外にも、むやみやたらにぐるぐると動き回る。

「暑いのに、元気じゃねえ。そんな動いたら、汗汗になるじゃん。ところで、みみがー(むむぎーの妹)はどうしょうるん?」
「みみは、まだ小さいけん、ねようる(寝ている)」

少しずつ目覚めながら、そんな話をしていたら、たんたんたんたん、と、階段を駆け上がる音がして、弟が現れた。「ねーちゃん。朝はよーからわりいんじゃけど(早くから悪いんだけど)、なんとかかんとか」と、内容は忘れたけれど、何か用事を話し始めた。「はい、はい。わかった。何何しとけばええんじゃね?」「うん。頼んだけん」と、弟との会話はさくさくと終了した。

そこで弟が、ふと、「むむぎー。おまえ、なんで、パジャマ着とるんな? みそちゃんに遊んでもらうんなら、ちゃんと着替えて来いや」と言う。むむぎーは「これはパジャマじゃない!」と抗議する。

「えー? この生地の感じと言い、全体の形と言い、色柄具合と言い、どう見てもパジャマじゃろう。着替ええや」
「パジャマじゃないもん。さっききたばっかりじゃもん!」
「むむぎー、私は別に、パジャマでもなんでもええんじゃけど、さっきから、むむぎーが汗だらけなのが気になるわあ。いっぺん汗拭いて、乾いた服に着替えてきたら?」
「ちがうもん! さっききがえたばっかりじゃもん! パジャマじゃないもん!」
「おまえ、おかあさんに言うて、新しい服出してもらええや。パジャマじゃないやつ」
「おかあさんが、きょうはこれきなさい、いうたんじゃけん。パジャマじゃなくて、ふだんぎって、いうとったもん」
「おかしいのお。ゆな(むむぎーの母、弟の妻)は、なんでこれを選んだんじゃろうのお」
「んー。それはようわからんけど、私はむむぎーが汗だくなのが気になるんじゃけど」
「おい、むむぎー。いっぺん家帰って(弟夫婦の家は、同じ敷地内で、実家とは別棟にある)、おかあさんに言うて、新しい服出してもらえや。もうちょっとパジャマに見えんようなやつを」
「もう! パジャマじゃないようるじゃん(パジャマじゃないと言っているではないか)。これはふだんぎー!」だん! だん! だん! だん! むむぎーが地団太を踏む音。
「こらこら、むむぎー。そんな暴れて泣いたら、ますます汗が出るけん、そうっと動きんちゃい」
「ぼく、あせなんか、かいてないもん!」
不本意に不本意が重なったからなのか、甥は汗をかいていることすら、認めたくない気分になってしまったようだ。
「まあ、とりあえず、下、降りようや」と、三人で一階に下りる。

そこに、赤子のみみがーを連れたゆなさんがやってきた。むむぎーが「おかあさん! ぼくのふく、パジャマじゃないよね! ふだんぎ、よね!」と訴える。

「そうよー。なんで?」
「おとうさんがパジャマじゃけんきがええ、ゆう(言う)!」
「あははははー。しめじさん(弟)(むむぎーの父)。これでええんよ。これ一応普段着じゃけん」
「これが普段着か? わしゃあ、パジャマか思うたで。相変わらず、ようわからんファッションセンスじゃのお。普段着じゃいうんなら、まあ、ええけど、この格好で買い物行くなよ」
夫婦と親子の会話は、これで成立したらしい。

ここで私が、「ねえ、ねえ。私は、パジャマでも普段着でも、気にせんほうじゃけど、汗ばんでるのは、着替えた方がいいと思うんじゃけど。君たち、そのへんはどうなん?」と、きいてみる。

「あははははー。お姉さん、ええんですよ。このままで。どうせ、まだまだ、これから汗かくけん、今はまだ着替えるには早い」

そうか。そういうものなのか。私は汗の不快に弱いので、すぐすぐ着替えてしまうのだけど。旅先でも、睡眠中でも、人んちでも、場合によっては勤務先でも。だから洗濯物が多いんだな。本人と母親がいいっていうならいいのだろう。納得。

そんなことがあったのと、たぶんそう違わない時期に、当時、駅前の調剤薬局まで、バス通勤していた私は、とある大雨の日の朝、「バス停から職場まで歩く間に、傘をさしてても、間違いなく、かなりぬれるな、ぬれたままで仕事するのは気持ち悪いから、着替えを持っていこう」と計画して、いつもの通勤荷物とは別に、着替えのズボンとTシャツと靴下とタオルとを鞄に入れて出勤した。

案の定、ずぶぬれになって、職場に着いて、仕事の準備を一通り終えてから、持参したものに着替える。ぬれた服はハンガーにかけて、靴下はビニールに入れて、体全体タオルで拭いて、ああ、さっぱりー。

そんな私を見て、同僚が「どうやらさん。今日は白衣の下、パジャマで仕事するんですか?」と訊いてくる。

「ちがいます! これはパジャマじゃありません! ちょっとだらりとしたリゾートウェアです!」
「ええ? そうなんですか? てっきりパジャマかと」
「仕事中にパジャマは着ません! 鞄に入れて持ってくるのに、一番かさばらなかったから、これにしただけです!」
「うーん、でも、やっぱり、パジャマに見えますねえ。それにしても、どうやらさんて、雨でも汗でも、すごくまめに着替えますよねえ。私は着替えの面倒くささを思ったら、気持ち悪いの我慢する方がいいです」

パジャマじゃないって言ってるのに。ああ。あのときの、むむぎーは、こんな気分だったのかしら。でも、汗だくになっても着替えないのは、むむぎーと同僚は仲間みたい。

その少しだらりとゆったりとしたリゾートウェアは、全体的に黄色っぽくて、大柄の向日葵模様で、綿100%で着心地よく、暑い南国リゾート地でも、快適に過ごせるのだ。でも、さすがに、何年も経過して、何十回も着用して、だらだらがぼろぼろになってしまったので、近いうちにボロ布としてチョキチョキハサミで切りましょう、と、準備用引き出しに片づけていた。

それが最近、ふたたび、復活することになった。なぜなら、私ががちょくちょく行くようになった岩盤浴屋のメニューに、「マイガウン持参コース」というのができたから。タオル、バスタオル、岩盤浴用甚平(というのだろうか。膝下丈のゆったりコットンパンツと、上着の前を紐で結ぶタイプの七部袖の揃いの上着のセット)をお店で借りると、時間制限なし、利用料1300円なのが、岩盤浴着、タオル、バスタオルを持参すると、時間制限なし、利用料が1000円になるのだ。持って行くさ、それくらい。

そういうわけで、岩盤浴用ズボンとして、その向日葵柄のリゾートウェアを再利用することにしたのだ。もう全く行かなくなったリゾート地で履くには、あまりにボロボロであっても、薄暗い岩盤浴室で着るには、十分に使用可だ。上には、同じかんじの色合いの、だいだい色や黄色の、これまたクタクタになったTシャツを着て、汗をいっぱいかくのだ。

そのマイガウンを持参で、岩盤浴屋に行ったとき。私が汗だくになりながら、ごろりと、温熱鉱石の上に、うつぶせたり、寝転んだり、していたら、「失礼しまーす」というささやき声と共に、お店の人が入ってきて、「湿度調整用のオゾン水をちょっと撒かせてくださいね」と言いながら、散水作業を少しされた。「はい、はい、どうぞ。お願いします」と言っただけで、そのままくつろぐ私を見つつ、作業を終えたお店の人が、浴室を出て行きながら私に向かってこう言われた。

「私も、岩盤浴に来る時は、マイガウン持参なんですけど、着古したパジャマが、ちょうど具合がいいんですよねー。お客様も私と同じだーと思って嬉しくなっちゃいましたー」

やはり、この、向日葵ズボン、どうしてもパジャマに見えるのか? 汗だくなのは、あの頃のむむぎーと今の私は同じだけど、もしかすると当時の彼以上に今の私は汗だくだけど、地団太を踏むには、岩盤浴室は熱過ぎて、地団太を踏むには、温熱鉱石の砂利たちが足の裏に痛すぎて、ただじっと「ちがうのに。パジャマじゃないのに」と、一人きりの浴室内でつぶやく休日。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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