みそ文

総称

私が働く職場には、呼び出しチャイムの音が三種類ある。ひとつは「レジが混んできたので、レジのヘルプに入ってください」を意味する音。もうひとつは「正社員の対応が必要なので、正社員の人はレジまで来てください」を意味する音。そして三つ目が「薬、介護、健康食品の相談なので、薬剤師が接客してください」を意味する音である。

売り場の奥のほうだったか、バックヤードでだったか、何か作業をしていたら、その三つ目の音が店内に鳴り響いた。はいはい、と、小走りで、チャイムボタンの近くまで行く。

チャイムボタンを押したのは、レジ打ち中の同僚(女性)で、レジの前に立つ相当にご高齢のお客様(女性)の接客をお願いします、とのこと。「こちらのお客様が、チオビタドリンクをお求めなのですが、チオビタにはいろんな種類があるけど、どう違うのか説明してほしい、ということです」

はい。かしこまりました。では、チオビタドリンクの全種類持ってまいりますね。

その間にその同僚は、丸椅子をどこかから持って来てくれて、レジ前に杖をついて立つお客様に、「こちらに腰掛けてお待ちください」と促してくれていた。

私の職場にあるチオビタは全部で三種類。医薬部外品のチオビタドリンク、医薬品のチオビタ1000、さらに効き目が強力なチオビタゴールド。価格もこの順にだんだんと高くなる。この三本をレジにお持ちして、成分や味や効き目や値段の違いを説明する。

すると、丸椅子に座るそのおばあちゃん、チオビタドリンクを指差して、「これはいくらか?」とおたずねになる。

一本128円です。と、先ほどもご説明さしあげているのだが、耳からの情報だけでは難しいようなので、メモ用紙に「128円」と書いて商品の前に置きながら、指差しながら、もう一度、「128円です」と言ってみる。

「じゃあ、これ、五本ちょうだい。」と言われるので、「ありがとうございます。ただ、こちらを五本お買い上げくださいますと、それだけで六百円超えてしまうんですが、こちらのチオビタ十本入りの箱の値段が六百九十八円なんです。十本は必要ないですか?」とおたずねしてみる。

「私は年寄りで重たいものは持てないから、十本は持てない。五本でも持って帰れるかどうか」とおっしゃる。「そうですか。なんだか、割高で申し訳ないのですが、ではチオビタ五本お持ちしますね。」と、バラで四本追加で持ってきて、合計五本用意した。

すると、丸椅子に座るそのばあちゃん、チオビタドリンクを指差して、「私がほしいのはこれじゃない。瓶の真ん中に大きな字で、ジー、いうて書いてあるぶんがほしい」とおっしゃる。

「ジー、Gですか。うちで置いてるチオビタで、Gの文字がつくのは、この小さなチオビタGOLDだけなんですけれど、こちらではないんですね?」
「こんな小さな瓶じゃない。こっちのえっけえ(福井弁で「大きい」の意味)瓶の真ん中に、ジー、いうて書いてある」
「うーん。申し訳ございません。当店のチオビタは、この三種類だけなんです」
「うーん、じゃあ、これでええわ」とお買い上げくださり、丸椅子から立ち上がって、レジ周りの棚を手すりにしながら歩いて、全ての商品をなぎ倒して、足取りゆるやかに帰って行かれた。

丸椅子は、ビューティーカウンセリングコーナーで、お客様にメイクしてさしあげるときに使うものだったので、化粧品コーナーへ戻して、私はやりかけの作業に戻る。

そこで、はた、と気づく。あ。さっきのおばあちゃんが欲しかったのは、「チオビタドリンク」ではなくて、「リポビタンD」だったんだ。

その気づきを、先ほどレジしてくれた同僚に伝えたくなり、菓子補充作業中の彼女のところに出向いて「聞いてください」と話しかける。

「さっきのチオビタ五本のおばあちゃん。Gって大きく書いてあるチオビタっていうのは、きっと、リポビタンDのことだったんですよ」
「えー? でもあの人、チオビタくれ、って言われましたよ」
「はい。あのおばあちゃんにとって、チオビタ、っていうのは、栄養ドリンクの総称なんです、たぶん。チオビタもリポビタンもエスカップも新グロモントも、みんなチオビタなんです、きっと」
「えー、でもGとDは、違いませんか?」
「違うんですけど、おばあちゃんにとっては、GもDも同じなんですよ。それか、ディーもジーも発音が同じか」
「えー、それは、難しい。チオビタくれ、って言われて、Gがついてるって言われて、Gがつくものないのになあ、と思いながら、リポビタンDは、思いつけない」
「ちょっと難しかったですね。今度また、あのおばあちゃんが来てくださったら、今度は、リポDも一緒にお見せしてみます。それで、これこれ、って言われたら、あのおばあちゃんがチオビタって言う時はリポDだって判明しますね。レジでお話しながら気づけなかったのが不覚です」
「お客様ってけっこう、いろいろと、好きなこと、言われますよね。お求めのものを売って差し上げたくても、お求めのものとは別の名前を言われると、難しいですよね」

ほんとうにねえ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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