みそ文

雨に歌う

あれは私が、小学校二年生の頃だっただろうか。

授業中、突然に雨が降りはじめる。その日の授業が全部終わっても、雨は降り止まない。「帰りの会」が終わる頃、同級生のお母さんたちが、傘を持って迎えに来る。

雨雨ふれふれかあさんがジャノメでお迎えうれしいな

あの歌といっしょだ。だけど全員にお迎えがあるわけではない。学校のすぐ近くに住んでいる子たちは、さっさと走って帰っていく。近くじゃないけど、お迎えのない子どもたちは、学校の置き傘を借りて帰る。当時の学校置き傘は、大人用の大きくて黒い傘に、「○○○小学校」と、でかでかと、白毛筆で書いてあった。まだ体の小さい私にとって、その傘はとても巨大で、とても重く、お迎えのない寂しさを演出するのに充分すぎた。

帰宅してから母に少しだけ訴えるように「なんでお迎えに来てくれんのん?」と言ってみる。

「学校に傘あるでしょ。」
「重たいけん、子どもの傘のほうがいい。」
「天気予報見て、自分の傘を朝持ってけば?」
「忘れるし、天気予報、あたらんもん。だれだれちゃんも、だれだれくんも、だれだれさんも、迎えに来てもらってるんよ。かあちゃんも迎えにきてくれたらいいのに。」
「そうなんねえ。」

母は今度は迎えに行くとも、行かないとも言わない。それでも私は、自分の気持ちを言うだけは言ったことで、少し満足な気分になる。

そしてしばらく経った頃、また突然の雨になった。その日も傘は持ってきてない。当時の私は、授業中たいへん集中する子だったので、雨が降っていることにも、まったく気付いていなかった。授業中の教室に、担任じゃない先生が現れて、「みそちゃん。おうちから電話だから、職員室にきてください。」とおっしゃる。

家から学校に電話だなんて初めて、だ。何事だろう。家族に何かあったのかな。職員室に至るまでの渡り廊下を歩く間、頭をめぐらせて、小さい頭なりに、いろいろと覚悟した。

電話の母は、さしてあわてているわけでもなく、どちらかというとのんびりと、「さっきから雨が降ってきたじゃろう。いっぱい降っててやみそうにないけど、お風呂沸かして待っとるけん、雨にぬれて帰っておいで。雨にぬれて走りながら歌をうたうとたのしいよ。」と言う。

母よ。雨の日のお迎えの代わりに電話をかけてきてくれたのか。たしかに愛は感じるぞ。でもなんか違う気がするのは気のせいか。

結局母の言うとおり、走りながら雨にぬれながら歌をうたって帰ってみる。たのしいような、たのしくないような、顔が雨にぬれて歌いにくいし、走ってるからぜーぜーする。雨にぬれた冷たい体で入るお風呂は少しあつくて、要求はそう簡単には叶わないことと、要求は望む形とは異なる形で叶うこともあることを、湯船の中で噛みしめる。

お風呂から上がって母に一応「電話は、授業中はびっくりするけん、休憩時間にしてほしい。」と伝える。
「それはそうじゃね。わかった。おっけー。」と軽やかな母。

その後またしばらくして、傘を持っていないのに、授業中に雨が降り出した。雨にぬれて帰るかな。それとも学校の置き傘を借りて帰ろうかな。考えながら上履きを脱いで靴を履く。

外に出ると、祖母が、私の傘を持って立っている。「あ。ばあちゃんだ。」
祖母は私に「ばあちゃんが迎えに来たこと、かあちゃんには、だまっときんさい。」と言う。

でも一緒に帰ったら、自動的にばれるじゃん、とは思ったけど、祖母は祖母で、ここしばらくの母と子の一連のやり取りをずっと見て、嫁の教育方針に口を出すのは控えたいが、迎えに来てほしがる孫の気持ちを放っておくこともできかねる、というような、きっとそんな、心持ちであったのではないかなあ、と、いまは思う。

祖母が傘を持って迎えに来てくれて、それっきり、まるで憑き物が落ちたかのように、私の「お迎え」への執着は失われた。雨雨ふれふれ、の歌をきいても、雨に濡れながら走ったほうがたのしいよ、と心の中でつっこむようになっていた。

その後、学校の真っ黒な巨大な貸し出し傘は姿を消し、児童ひとりひとりに、黄色い小さな傘が支給された。支給と言っても、実質は、購入だったのだろうけれど。各教室の壁のところに、出席番号順に並べて、普段はたたんでかけておいて、雨が降ったらそれを使う。

ちゃんと傘があるようになったからだろうか、お迎えに来る人が少なくなった。もしかしたら、黄色い傘のシステムは、お迎えのある子とない子の差を埋めるために、考えられたことだったのだろうか。それともやはり、黄色は交通安全の色。小さな子どもが大きな黒い傘を抱えてふらふら歩いているよりも、小さな傘でしゃきしゃき歩いた方が安全だ、ということになったのか。

なにはともあれ、そうやって、傘が手元にちゃんとある。もういつなんどき雨が降っても安心だ。それなのに、そうなってみると、いざ本当に雨が降った時には、傘を差さずに雨に濡れて、元気よく歌をうたいながら、走って帰りたくなった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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