みそ文

さんさい

毎年八月四日が近づくと、いつも必ず思い出す。小さな弟が、八月四日の朝に、「おねえちゃん。ぼく、さんさいになった。」と嬉しそうに報告してきたことを。まんまるい顔いっぱいに笑顔をたたえて、この上なく誇らしそうに、まだ小さな指を三本立てて見せてくれながら、三歳の報告をしてくれたこと。

私が「よかったね。おめでとう。」と言うと、弟は、今度は、一歳になったばかりの妹のところへ行って、「さんさいになった。」と言う。そしてまた、私のところにやってきて言う。「おねえちゃん。ぼく、さんさいになったよ。」

お誕生日は、その人が生まれた日で、年齢は、その人が、寝て起きて寝て起きて、寝て起きて寝て起きてを繰り返した年の数で、それはとても嬉しいことで、それはとてもおめでたいことだと、六歳になったばかりの私はちゃんと知っていた。保育園でも毎月必ず、「今月お誕生日のおともだち」の誕生会が開催された。いつもなら、イチゴミルク飴ひとつずつのおやつの時間が、誕生会の日はちがうのだ。一センチ幅くらいに薄く切ったパウンドケーキが配られたりするのだから、どれだけ特別なことなのか、幼児だって痛感する。

弟がそうやって、なんどもなんども自分が三歳になったと言うのを聞いて、姉としては、とても嬉しいはずなのに、お誕生日はおめでとうであることはちゃんと知ってるはずなのに、なのに何故だか、どうしてなのか、体の奥から、かなしいような、くるしいような、吐きそうな、泣きそうな、気持ちになってしまったのだ。そんなふうに感じる自分が、どうしても腑に落ちなくて、でもどうしてもそう感じて、弟の誕生日が嬉しくないのかと考えてみるけれど、そんなことは全然なくて、あのときは本当に、なにがなんだかわからなかった。

それからも、毎年弟が誕生日を迎えるたびに、あの「さんさい」を思い出す。そして同じ、かなしいような、くるしいような、吐きそうな(吐かないけど)、泣きそうな(泣かないけど)、あのときの気持ちを思い出す。六歳の時もその後もずっと、あの気持ちの理由は全くわからないままだった。けれど、大人になって、年をとった今ならもう、ちゃんとわかる。いや、わかる、というのは語弊がある。大人になって、年をとって、いろんな語彙や概念を獲得して、自分が腑に落ちるように、理由付けをすることができるようになったのだ。

あのときあんなに、うれしいのに、かなしくて、くるしくて、吐きそうで、泣きそうだったのは、彼がこの世でそうやって、三歳、になった、そのことが、奇跡だったからなのだ。この世に何度も生まれてきて、彼と何度も家族になって、私が年上の役柄の時、きっと、彼はいつも毎回、幼くして亡くなったのだ。小さくて、やっと一緒に、歩いたり走ったりして、遊べるようになったのに、小さいままで、小さなうちに、この世から去ったのだ。そして私は、何度も何度も、そんな彼を見送って、それがかなしくて、くるしくて、吐きそうで(吐いたのかも)、泣きそうで(泣いただろう)、だけどどうにもできなくて、あきらめて、生きたのだ。

けれど此度の人生では、彼はちゃんと、三歳、になった。私の弟として。だから教えてくれたのだ。なんどもなんども。だいじょうぶだと。ちゃんとここにいるのだと。これからも、一緒に歩いたり走ったり、遊んだりできるのだと。

だから私は、あのとき、それがすごくうれしくて、泣きそうになったのだ。そして、それまでの、何十人もの、何百人もの、何千人もの私がずっと、あきらめるしかなかった思いを、あのときようやく弔ったのだ。

そう。奇跡。死なずに、三歳、になってくれた。

今はもう、くるしくないし、かなしくないし、吐きそうでもない。それでもやはり、今でも、毎年八月四日が近づくたびに、息がつまりそうになる。今回の、奇跡のような出来事に。今回の、奇跡のような幸運に。それがとてもうれしくて、そしてとてもありがたくて、そして少し、泣いてしまう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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