みそ文

麩まんじゅう

実家の祖母が生きていた頃。私はどこか出かけた先で、柔らかくておいしそうな食べ物を見つけると、「ばあちゃんへのお土産」と称して買って帰る習慣があった。実際には、ばあちゃんだけが食べるわけではなく、私も他の家族も食べるけど。

ばあちゃんは、夕食が済むと、小さなお弁当箱かプラスチックケースに、果物を切ったものや、その日にある柔らかいお菓子を、遠足のおやつのように詰め込んで、自分の部屋にひきあげていく。長年愛用の小さな水筒(以前駅弁と一緒に買った緑茶が入っていた容れ物)に、ほうじ茶も入れて持っていく。布団に入って、お気に入りの時代劇をテレビで見ながら、「食後のデザート」を堪能する。ばあちゃんは、そのおやつとお茶のセットのことを、「夜のおやつ」と呼んでいた。

私がある日出かけたときに、駅の売店で見つけたのが、「麩まんじゅう」。生麩は私の大好物。中にあんこが入っていて、ふにゃふにゃもちもちと美味しそう。

その頃のばあちゃんの「おいしい」の理由は、いつも必ず、「やおくて(やわらかくて)」だった。「おお。これは、やおくておいしい」と言うのが、美味しい時のばあちゃんの口癖だ。「ばあちゃん、たまには、やおい(柔らかい)だけじゃなく、味のことも言うようにしたら?」と言ってみると、「味もいいけど、やおくておいしい」と言いなおしたりしていた。

麩まんじゅう。やおくておいしいものが好きなばあちゃんなら、これもきっと好きにちがいない。そう思って買って帰る。自宅のテーブルで開けてみる。「ほう。麩のまんじゅうとは珍しい。生まれて初めて食べるのお。へえ。まわりが麩なんねえ。ふーん。あ。麩じゃけえ、ふーん、言うたんじゃないけんね」と、ばあちゃんは興味深そう。その日の「夜のおやつ」には、小さなお弁当箱のなかに、麩まんじゅうを、ふたつ、と、別の小さなお弁当箱には、りんごを薄切りにしたものを。翌日になって、「麩まんじゅう、美味しかったね」と私が言うと、「おお。あれは、やおくておいしかった」と、ばあちゃんが言う。そして、「あ、いけない」という表情をして、すかさず「中のあんこの味もよかった」と付け加える。

そんなことがあったことを、私はずっと、本当に長い間、忘れていた。ばあちゃんが死んで、葬式もすんで、ばあちゃんの部屋を整理しながら、ばあちゃんのスケッチブックを開けるまで。

晩年の祖母は、たぶん趣味と、ボケ防止と暇つぶしを兼ねて、スケッチを描いていた。花の絵だったり、野菜だったり、マスコットキャラクターだったり、写真を描き写したものだったり。そのスケッチブックの中のひとつに、「麩まんじゅう」の絵があった。「麩まんじゅう」と言えども、見た目はただのまんじゅうだから、絵を見ただけでは「麩まんじゅう」とはわからない。でもばあちゃんは、ちゃんとそれとわかるように、「麩まんじゅう」の箱に同封されていたリーフレットの写真を真似て、葉っぱの上に涼しげにのる「麩まんじゅう」を描き写し、リーフレットの毛筆の文字の「麩まんじゅう」(縦書きで水に流れるような字体)も書き写していた。リーフレットも隣に貼り付け、その下に「みそちゃんからのおみやげ」とキャプションもつけてある。あのときの「麩まんじゅう」だ。

もう何年もずっと前の、あの日のあらゆる光景が蘇る。駅の売店で見つけたときに、「これ、ばあちゃんが好きそう」だと思ったこと。持って帰って、家族みんなで、初めての「麩まんじゅう」を眺めたこと。ばあちゃんが、「ばあちゃんのまんじゅうじゃけど、みんなで食べていいけんの」と、わざわざ言ってくれたこと。

なんでもない、日常の、一連の、穏やかで些細な出来事を、こんなふうに、思いがけず、深く激しく思い出すと、嬉しくて、そしてやさしくて、死のお別れのさみしさやかなしさとはまた別の、涙が出るものなのだなあ、と、あのときに、生まれて初めて知った気がする。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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