みそ文

朝礼前の音楽家

少し昔、大阪の、小さな小さな製薬会社で、毎日とても気持ちよく、働いていた頃のこと。

朝は八時半に朝礼がある。私は朝、会社には、八時二十分前後には着くようにしていた。私が仕事をする部屋は二階にある。そこで行う品質管理のための分析作業と、製造管理のための書類作成と保管が、私の主な仕事である。出勤したら、荷物を置いて、白衣に着替える。朝礼は一階の充填室(できあがった製剤を瓶詰めしたあと、紙箱に充填する部屋で、ここが一番広い)で行われる。工場長以下全員が毎朝ここに集合する。一階の作業ラインに入室するためには、髪の毛を全部全部、紙製のシャワーキャップに押し込める必要がある。二階では、このキャップは必要ない。

その日は、いつもより、早く着き、ほんの少し、朝礼までの時間に余裕があるような気がした。実際余裕があったとおもう。だから、いつもよりも、丁寧に、髪の毛をキャップにおさめましょう、と思い立ち、階段の踊り場の大きな大きな鏡の前で、自慢の剛毛を押し込める。時間に余裕があったので、気持ちにも余裕があったのか、たぶんちょびっと唄ったら、ちょうどいい時間になるはず、と、なぜか、思いつく。我ながらいい思いつきだ。そこで一人、大きな大きな鏡の前で、身なりをさらに整えながら、ご機嫌で唄い始める。

わーたっしゃ、おんがーくか、やーまっのー、こっとりー、じょおずに、ふるーとっ、ふーいって、みっましょー、ぴぴぴっぴっぴ、ぴぴぴっぴっぴ、ぴぴぴっぴっぴ、ぴぴぴっぴっぴ、いーかーがっでっすー

ぴぴぴっぴっぴ、のところにきたら、片脚でケンケン跳びながら、鏡の前で両手を広げて、小鳥の真似もしてみる。そこまで唄い終えた段階で、一度時計を確認して、む、まだ少し時間が早いか、と、二番の「山の子リス(バイオリン)」と三番の「山の狸(太鼓)」も追加で唄うことにする。鏡の前で、踵でリズムをとりながらバイオリンの真似したり、両足でぴょんぴょん飛びながら太鼓の真似をしたりするのも、なかなか愉しいではないか。最後のところは、歌詞の一音一音に合わせて、一段ごとにケンケンしつつ階段を降りながら、一階フロアに両足が着くと同時に、最後の音も終わるように唄い終えて、それはなんとも完璧だった。

ふう。朝少し、余裕があると、仕事前に、こんなこともできるのねえ、と、上機嫌。そんな特上のご機嫌な気分で、しかも余裕で、充填室に入室すると、すでに私以外の社員全員が、揃って私を待っていた。みなさん少しうつむき加減で、笑いをこらえていらっしゃる。工場長が「お待ちしておりました。今日は全員早く揃ったので、少し早く朝礼を始めようと思ったのですが、どうやらさんの声もしてるし、もう来られるだろうもう来られるだろうと思いながら、歌が終わるまで待ちました。」とおっしゃる。

うひゃあ。すみません。すみません。たいへんお待たせいたしました。しかも歌の三番まで待ってもらってすみません。一番の小鳥だけでやめておくべきでした。

今日の作業予定を確認して、本日の無事故安全を意識して、各自作業に入っていく。私も二階の部屋に戻り、前日エーテルにつけておいた成分の分離分析作業を開始。

おかしいなあ。聞こえてたとは。小声でハミングくらいの声で唄っていたつもりだったのに。ドア三枚を隔てた向こうまで(製造ラインに至る通路には外部からの埃の侵入を防ぐための扉が何重にもつけてあるのに)聞こえていたとは、どんな大声だったのか。しかも、その歌がもう終わったかと思っても、延々と唄い続ける私の声に、「まだ唄うんかい!」と皆さんずっとツッコミ続けたことだろう。

というわけで、もう皆さんをお待たせしてはいけないので、それ以降は、朝礼前の歌は自粛。朝はさっさと朝礼場所に行き、私が皆さんを待つことに決定。その代わり、仕事を終えて帰るときの階段で、その日の気分で時々何か、唄いながら帰ることに。踊り場の、大きな大きな鏡の前で、歌詞に合わせてポーズを決めて唄うのが、上機嫌のコツ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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