みそ文

えいが

弟(しめじ)が、たしか小学三年生のときのこと。学校の課題で、絵本を作ったことがある。お話も絵も、全部、生徒一人一人独自の創作。弟の作品は、小さな男の子が、空にハシゴをかけて、月や星を磨きに行く、だったか、月や星を取ってくる、だったか、夜空に関するお話だったような気がする。絵のイメージは、紺色と黄色。

生徒それぞれの作品は、参観日の日に、発表することになっていて、弟も、自分の絵本を、みんなの前で、めくって読む。各自、自分の作品について、思う所(感想)を書いた紙を先生には提出してあり、ひとりひとりの発表が終了すると、先生が、その作品と感想文に対して、評をくださる、という授業構成だったそうだ。

だったそうだ、と伝聞形で書いているが、伝聞を伝え聞かせてくれたのは、弟ではなくて、授業参観をした母。

弟の絵本の発表が終わって、先生が、弟が提出した感想の紙を見ながら、やや興奮気味に、こうおっしゃったのだそうだ。「すばらしいですね! しめじくんは、自分が作った絵本が、いつか映画になったらいいと、考えているだなんて、夢があって、たいへんに素晴らしいことです!」

参観しているお母様方も、「おおおおお!」と、ややどよめく。子どもたちは、意外に冷静に、「へえー」というかんじ。ところが弟本人が、すごく腑に落ちない顔をして、「先生。ぼく、自分の絵本が、映画になったらいいなんて、思うてません」と言う。

先生は、「え? でも、しめじくん。先生に出した紙に、ぼくは、この絵本が、ええがになりゃあええと思います。って書いてありますよ」
「はい。ええがになりゃあええと思いました」
「映画の読み仮名は、ええが、じゃなくて、えいが、だけど、えいが、を書き間違って、ええが、って書いたんじゃないんですか?」
「えいが、は、大きい画面で見るぶんじゃろ? ぼくの絵本がなりゃあええのは、えいが、じゃなくて、ええが、です」

今度は先生が腑に落ちない。先生の周りいっぱいに飛び交う疑問符に、子ども達がまず先に、ぴん、ときて、口々に答えを出す。
「あ! 先生! ええがあ、よ。ええがあ!」
「ちがうよーねー。えーがー。えーがー」
「えいがあ、じゃないん? えいがあ」
「えーぐゎー、じゃわ。えーぐゎー」
「いいがい、じゃ。いいがい」
「いいぐぁい?」
と、子ども達それぞれが、先生にわかってもらおうと、一生懸命発音する。さすがに先生も、ぴん、と来たらしく、「しめじくん。それは、もしかして、自分の絵本が、いい具合に出来上がったらいいなあ、ということが書きたかったのですか?」と訊いてくださる。弟は、さもあたりまえそうに、「そうです。だから、そう書きました」と応える。

先生が、「しめじくん。お友達や家族の人や親しい人とお話しするときには、ええがになりゃあええ。と話しても大丈夫だけど、こんなふうに人の前で発表したり、何かに書いたりするときは、いいぐあいになったらいいと思います。と書くようにしましょう。みんなもおぼえておいてくださいね。発表したり何かに書いたりするときには、ええが、えーがー、いーがー、ではなくて、よいぐあい、いいぐあい、うまいぐあい、ですよ」

広島の田舎の小学三年生たちは、「うわー、そうなんじゃー。しらんかったー」「えーが、は、えーが、じゃ思うとったー」と口々に感嘆する。世の中には、公用語(共通語)と方言とがあることを知る、ということは、教育を受ける機会に恵まれたものとして、新鮮かつ極上の喜びであっただろう、と推察する。教師として、保護者として、その場に居合わせるということも、実に豊かで味わい深い。

その後約三十年が経過して、書き言葉は、おそらくもう、大丈夫だろうと思うのだが、弟の話し言葉は相変わらず、「ええがになりゃあええがのう」だ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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