みそ文

祖母の名は

 住んでいるマンションの大家さんが変わりマンション名が変わったのは昨年末のことである。至急で各種変更手続きをする必要はないけれど何かのついでのときにまとめて変更しようと考えていたら今年は運転免許証更新の年でそれならこの機会にいっきにいろいろ変更しましょう、と決める。市役所で手続きを行い住民票を発行してもらったものを持って運転教育センターで免許証更新手続きをする。免許センターの人が「住所は変更なくマンション名だけ変更なんですね。そんなこともあるんですね」と言われる。「はい、大家さんが変わりまして」と応えると「じゃあ、マンションをきれいにしてもらえたんかな」と問われ「外壁と物置の屋根がきれいになりました」と答える。「部屋の中は?」と訊かれ「それは今までのままですね」と言うと「そこまできれいにしてもらえるといいのになぁ」と言われる。

 免許証更新手続きのあとは再び市役所に赴いてマイナンバー通知カードの裏書きにマンション名変更を記載してもらう。住民票のマンション名変更手続きに行く前に市役所に電話して必要なものを質問しマイナンバー通知カードについても持参したほうがよいか訊ねたら「マイナンバー通知カードは番号を通知するためだけのものなので持ってきてもらう必要はないがマイナンバーカードがあるのならそれは必要」という回答で持っていかずにいたら「マイナンバー通知カードの裏書きも訂正しますのでもしあれば」と言われたため、う、う、やっぱり要るんじゃん、と思いつつ二度目に持参し直したマイナンバー通知カードの裏書き訂正をしてもらう。

 マイナンバー通知カードを使う予定がなければしばらくそのままでもよかったのだが、私の健康保険証の住所のマンション名変更手続きを行うためには住民票と運転免許証とマイナンバー通知カードのコピーがそれぞれ必要で、ここでマイナンバー通知カードが必要なのであればマイナンバー通知カードの裏書き訂正もしておこうということに。職能団体組合の健康保険証の変更手続きは郵送でも可能だが事務所がわりと近所にあることがわかったため市役所の帰りにそのまま立ち寄り手続きを行った。

 この一連の作業のうち最初の住民登録窓口で書類を書いていたときに隣の台で書類を書いていた人がおもむろに携帯電話を取り出し電話をかけ「今市役所で手続きしてるんだけど、おじいちゃんの名前が思い出せん、なんていうんだったっけ」と身内と思われる方相手に訊いていた。同居にしても別世帯にしても住民登録関係の手続きを代行するくらい近い近親者であっても祖父の名がとっさに思い出せないということがあるのか。ええと、私は自分の祖父母の名前は思い出せるかしら。父方の祖父は真一さんで祖母は志ず枝さん、母方の祖父は慶一郎さんで祖母はアサさん。ん、大丈夫。でも祖父母の兄弟姉妹の名前となると、会ったことのない人については仕方がないにしても、会ったことがありしかもかなりかわいがってもらいよくしてもらった人であってもその名前が思い出せない。ああ、市役所で祖父の名前が思い出せない人もこんなかんじで思い出せなかったのかもしれない。

 帰宅して夜になり夫に「自分の祖父母四人全員の名前はすっと思い出せる?」と尋ねる。夫は眼球を上側に半分ぐるりと動かす間だけ少し考えて「ひとりしか思い出せない」と言う。「父方のじいさんだけわかる」と言う。夫の父方の祖父の名前は勝美さん。勝美さんの妻にあたるおばあさんのところには結婚後は帰省のたびにふたりで挨拶にうかがい、そのおばあさんが入院したあとは病院にお見舞いに行ったこともある。それでも夫にとって父方のおばあさんは「おばあさん」であって固有名詞では認識していなかったのだろう。

 夫と夫の妹のえりりちゃんは一歳違いで、えりりちゃんが生まれてすぐは産後の義母は新生児のお世話でたいへんで、新生児とは別の形でお世話の手間のかかる当時一歳児の夫は母方の祖母宅(徒歩10分弱の近所)にしばらく預けられ育ててもらった期間がある。夫が三歳の頃に手術のため入院した時に義母と交替で付き添って世話をしてくれたのもその祖母だ。だが夫はその祖母の名前もおぼえていないという。そのおばあさんが生きていた頃はやはり帰省したときにはかならず挨拶に行っていた。おばあさんは夫のことを孫の中では特別にかわいがっているのだという風情で「他の者にはないけん黙っときんさいよ」と言って押し入れの奥から上等そうな箱に入ったカステラを出してきて夫に持たせてくれる。それを義実家に持ち帰り義母に報告すると義母はカステラの箱を確認し「やっぱり。賞味期限がとうに切れとる。食べちゃぁいけんよ。これは私が捨てとくけん」と引き取ってくれた。きっと祖母は今度孫(夫)が来たら持たせてやろうと思って自分ではそのカステラを食べずにだいじに取り置いてくれていたのだろうなぁ。

 そんなにかわいがってもらった祖母の名前も含めて、夫が四人中三人の祖父母の名前が思い出せないということは、市役所で隣りにいたあの人もそんなかんじで思い出せないのかもしれない、とまた思う。夫の祖母二人に関してはそれぞれの葬儀に私も参列したにもかかわらず、私も彼女たちの名前を記憶していない。「夫のおばあさん」とは認識していてもそれぞれの固有名詞では認識していないということだ。お墓に参ればどこかに名前が刻んであるのだろうに、孫(夫)も孫の配偶者(私)も何度も会ったあの祖母たちの名前をおぼえていない。

 私は祖父母の名前は思い出せても祖父母の兄弟姉妹の名前となると思い出せないが、ならば会ったことのある曾祖母の名前はどうだろう、と考えてみる。父方のひいばあちゃんの名前はテルさん。テルさんは祖父の実の母ではなく祖父とは養子縁組をして親子関係を結んだもとは親戚の間柄だと聞いていたような記憶があるがあやふや。父方の祖母と曾祖母とは曾祖母が亡くなるまでの間同居していたこともありテルさんのことはその姿も名前もかなり鮮明に思い出せる。曾祖母のテルさんは背が低く小柄で、祖母の志ず枝さんは背が高いから、ひいばあちゃんは「ちいさいばあちゃん」で、おばあちゃんは「おおきいばあちゃん」と呼び分けていた。母方はと考えてみると、あれ、あれ、曾祖母の名前が思い出せない。母方の曾祖母は背が高くてどちらかというと大柄で、母方の祖母は背が低くて小柄だから、母方の曾祖母は「おおきいばあちゃん」で、母方の祖母のことは「ちいさいばあちゃん」と呼んでいたのはおぼえているのに。

 むむぎーとみみがー(私の弟の息子と娘)は私の両親の名前をおぼえているだろうか。たるるとかるる(夫の妹の息子たち)は義父母の名前をおぼえているだろうか。祖父母の名前を知る機会はどこかであったはずだとは思うのだけれども。

 と、ここまで書いてアップしたところで、お風呂からあがってきた夫が「おれのおばあさんの名前思い出した」と言う。「母方はシズエ、父方はアサヨ」「おばあさんたちの旧姓も知ってる」と言う。私が「父方祖母の旧姓はわかるけど、母方祖母の旧姓は思い出せないわ」と言うと夫は「勝った」と言う。勝ち負けはともかく、シズエさんとアサヨさんならば、漢字とカタカナの差はあれど、私の祖母である志ず枝さんとアサさんとほぼおなじ名前ではないか。それなのに「あら、私の祖母たちとよく似た名前のおばあさま方だこと」と思った記憶もなく過ごしてきたことが不思議。そして私の祖母の「志ず枝」さんの文字はもしかすると「志づ枝」さんかもしれない。「ず」だったか「づ」だったのか私の記憶があいまいなのは、祖母自身がその時の気分に応じて自分の名前をいろんな表記で記していたからだと思う。「静枝」と書くこともあったような。     押し葉

ラジオに合わせ

 来月職場で食事会がある。そのときに同僚と私合計五名が出し物で笛を吹く。私はテナーリコーダーにて伴奏する。その曲目のひとつが「ドレミの歌」。これまでも仕事を終えたあとで何度かの合同練習を行いみんなだんだん上手にそしてたのしく演奏できるようになってきた。食事会当日直前にはさらに連日の合同練習を行う。練習を重ね、曲順を工夫し、所要時間を計り、当日に備える。そんな中で、当日聞いてくれる人たちもただ聞いているだけではたいくつだろうから歌詞カードを作成したものを配布して歌いたい気分のひとには歌ってもらおうということになった。

 曲目を決め楽譜を用意してくれる面倒見のよい同僚が「ドレミの歌 歌詞」で検索して出てきた歌詞を参考にかわいらしい柄入りの歌詞カードの作成に着手してくれた。彼女は試しに印刷したものを私に見せて「添削校正おねがい」と言う。歌詞の文字を目で追いながらつらつらと口ずさみ「あ、ここ、一文字抜けてます、ここは同じ文字が一個多いです」と指摘する。彼女が「あ、ほんとだ、ほんとだ」と修正し印刷し直してくれる。それをもらってもう一度読み直す。今度は大丈夫、完成だー。

 そうやって作成した(同僚が作成してくれた)歌詞カードの歌詞はおなじみのドレミの歌ではあるのだけど、私が幼い頃から諳んじている歌詞とはその一部がちがっていて、あれ、と思いはしたものの、どちらが現代の現実に即しているかというとそれは今回作成した歌詞カードのほうなのでそちらをそのまま採用。

 私が諳んじている歌詞は「ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみんなのミ、ファはファイトのファ、ソは青い空、ラはラッパのラ、シはしあわせよ、さあ、うたいましょう。どんなときにも、列を組んで、みんなたのしく、ファイトをもって、空を仰いで、ラジオに合わせ、しあわせの歌、さあ、うたいましょう」

 この歌詞のどの部分が現代の現実にあんまり即していないかというと二番の「ラジオに合わせ」の部分で、今回作成した歌詞カードによるとこの部分は「ラーララララララー」と歌う。

 現代でもラジオをこまめに聴く人はいるところにはいるのだろうが、そしてラジオに合わせて歌うひとは歌うのだろうが、私はもう長いことラジオを聴いてもいなければラジオに合わせて歌ってもいない。ラジオに合わせて歌ったのはいつが最後だったのか思い出そうとしても思い出せない。夫はひとりで運転する時には車中でラジオを聞くが歌うことはないという。

 テレビならばどうだろうと考えてみてもテレビを見ながらテレビで流れる歌に合わせて一緒に歌うことはもうない。夫はごくたまに広島カープの成績がすごくよい時に球場で流れるカープの歌に合わせて一緒に歌うというほど大きな声ではなくごく控えめに歌詞を口ずさみつつ小さく拳を振ることはある。私はどうかと考えるとテレビではそもそも歌詞付き音楽が流れるような番組を見ていない。オープニングやエンディングの音楽はあっても歌詞はないか、歌詞はあっても外国語過ぎるかシャウト系すぎるかで一緒に歌うことがない。ずっと以前であればアニメの主題歌の歌詞を書き取り暗記しテレビで流れる時には一緒に歌っていたことはある。けれど今の暮らしでは、ラジオも聴かず、テレビもごく限られたものしか視聴せず、繰り返し見るブルーレイディスクの作品の音楽にも歌詞はついておらず(いや、厳密に言えば「あそびをせんとやうまれけむ、うふ、うふふふ」という歌詞のような部分はあるにはあるがその部分で唱和することはない)、PCで音楽を聴くときも歌詞があるものはあまり聴かない。ああ、数年前に突如アニメ「赤毛のアン」のオープニングとエンディングの歌をおさらいしたい気分になりPCで何度も繰り返し聴いて一緒に歌い、そしたらそれが止まらなくなり、ご飯を作るときもお風呂に入るときもずっとずっと歌うようになり夫は「ああー、このひと、またなんかに取り憑かれとってじゃわ」と言い、私も「だれかー止めてー」という状態になったことならある。

 それにしても「ラジオに合わせ」はもはや現代の現実にあまり即していないとしても、だからといって「ラーララララララー」ではあまりに芸がなさすぎるような気がして、あの曲の二番のラの部分の歌詞として何かよいものはないだろうか、と考えているがなかなかよい歌詞が思いつかない。「ラーレミファソラシー」の音階で「ラーム肉食べよう」と歌ってみたが夫は「ラジオに合わせ、よりも、そっちのほうがもっとない」と言う。私は人生の基本信条として快適に安寧に暮らし生きるべく努めてはいるがドレミの歌の二番のラのところで「らーくして生きよう」と歌いたいかというとなんとなくそれはちがう。「らーくしてトクをー」と歌うのはもっとちがうしそれは私の信条ではない。ドレミの歌の二番のラの部分、なんと歌えば歌詞としてのやる気と気持ちよさを得られるだろうか。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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