みそ文

思い出し笑いのままでいたかった

 二十代半ばの頃、私は広島の調剤薬局に勤務していた。当時の勤務先では年末になると会社の忘年会がありその食事会は普段は別々の店舗に勤務するスタッフが一堂に会する数少ない機会だ。その年は私の勤務先に新しく医療事務のひとが入社した年で、その事務さんは私よりも少し年上で新婚まもない方だった。忘年会当日は私の勤務先薬局がなにかおたのしみ行事を担当する当番になっていたのか別に当番でもなんでもないのに自主的にゲームの主催をするすると言って企画したのかはおぼえていないのだがゆで卵を使ったゲームを参加者全員にしてもらうことにして勤務時間の合間に休憩室の電熱器と鍋を用い作ったゆで卵を持って忘年会会場に向かった。全員仕事を終えてからの開催だから定時で閉店できれば夕方6時の終業だけどそれから移動しての会となると始まるのはどうしても7時すぎになる。それでも各店それぞれ業務を無事に終え全員が集う。ゆで卵のゲームはたのしく催され(どんなゲームだったのかは思い出せない)宴も酣でおひらきとなる。その年の忘年会会場は少し遠い場所にあり会社で送迎バスを一台借りてほぼ全員がそのバスに乗って移動する形だった。私は行きも帰りも新しく入社された事務さんと隣の席に座りわいわいわいわいおしゃべりをした。その事務さんは結婚されるまでは九州生まれの九州育ちで海(関門海峡)を超えた土地に住むのは初めてと言っておられたように記憶していてまだその頃の事務さんにとっては客地(アウェイな土地)に違いない広島という土地での暮らしに慣れるのには時間も気力もそのほかにもいろんなものが必要であっただろうと今は当時の何十倍もそう思う。そんな時期であったはずなのに忘年会からの帰りのバスの中で事務さんは「普段は仕事の電話でしか話したことのない他の薬局のひとたちとも直に会えたし、たのしかったー、食事もぜんぶおいしかったー」と話して「お疲れ様でしたー」とにこやかに帰って行かれた。

 その忘年会を終えたのちの勤務の日の朝、職場でその事務さんが「ねえ、もう、ちょっとー、聞いてー」と言われたので私は挙手をして「はーい、聞きまーす」と応える。

「忘年会あんなにたのしくて、たのしかったねー、たのしかったねー、って話しながら帰ったやん」
「うん、たのしかった、たのしかった」
「それなのに、ただいまーって家に帰ったら旦那がぶすーっとしてお酒飲んでて」
「どうなさったんでしょう、なにかあったんですか」
「ねえ、なにかあったんかなー、と思うやん、『なんかあったん?』って訊いても『べつに』って言うし、それなら私は自分がたのしかった話をしたいから『今日ね、すっごくたのしかったのー』って話し始めたら旦那が『今何時やと思ってるんや』って言うん。『何時って、えーと(時計見て)10時?』って言ったら『こんなに遅く帰ってきて何時やと思ってるんや』って」
「事務さん、ご主人に忘年会のこと伝えてなかったんですか」
「そんなんちゃんと伝えてるにきまってるやん。何日も前にも前日にも。だから『今日は会社の忘年会だから遅くなるって前から言うてたやん』って言ったら旦那『…あっ』って」
「え、それは、ええと、事前に連絡しても連絡が連絡として機能していなかったということですか」
「そうよ、もう、せっかくたのしくていい気分で家に帰って、たのしかった話をしようと思ってたのに。しかもよ、忘年会で私がいないから旦那の食事は私が出勤前に作って冷蔵庫に置いとくからそれをレンジで温めて食べればいいという話もしておいたのにそれも忘れて怒ってお酒だけ飲んでてなんも食べてないし。なんかもうたのしい話する気分じゃなくなってお風呂に入って寝たけど、せっかくのたのしい気分がおかげでだいなしよう」
「ええー、旦那様、前の日に妻が話したことを翌日に忘れるんですかー」
「びっくりやろー」
「うーん、うーん、事前にも前日にも口頭で伝えるけど当日もさらに手紙で『今日は会社の忘年会で遅くなります。冷蔵庫の中のものを温めて食べてね、はあと(マーク)』って書いて食卓の上に置いとくとかー? そこまでせんとだめー?」
「そこに、はあと、は要らん、はあと、は。あれだけ前もって言うてるんやもん、当日の朝になってそんな手間なことするわけないやん」

 その事務さんご夫妻はおふたりとも当時30代になるかどうかの年頃でいらしたと思うから中高年老年特有の物忘れというわけではなく本当にうっかりすっこりと妻との会話を思い出しそこねただけなのだろうと思う。当時のあの日の忘年会とその後の事務さんの「もうー、きいてー、がっかりー」の話までの一連の流れは折にふれては私の中の脳内劇場で再生され、あのときはあんなことがあったなー、と、ひとりで思い出し笑いをしては二十数年が過ぎた。

 そして今日私の勤務先で年末の食事会があった。社内の楽隊の出し物に間に合えばと思い買ってみた人生初のテナーリコーダーは思ったよりも随分と躯体の大きな楽器で指をがばっと開いて持つところまではなんとかできたものの息の吹き込み方にソプラノリコーダーやアルトリコーダーとはまた違うコツが必要なようでテナーという低い音域の中でも特に低音部の音がたいへんに出しにくくとてもではないけどこれは人前で演奏するのは無理と判断し今回はアルトリコーダーにて伴奏参加することにした。ピアノや木琴での伴奏はしたことがあっても笛での伴奏は初めてでどうなるかなーと思ったけれど『エーデルワイス』と『荒野の果てに』を無事に吹き終え、一か所ちょびっと音がうまく出せなかったけど、でもまあほぼよくできたことにしよう、あーやっぱりハーモニーはたのしいねー、とまず自分が満足し、一緒に演奏した楽隊の同僚とは「たのしかったー、どうもありがとー」と言い合いながら楽器と譜面台を片付け、滑らかに聴けるときもあればお聞き苦しいときもあるではあろうのに毎回全曲お行儀よく耳を傾けてくれる同僚たちからは「低音が入るとまたいいねー」と肯定的に楽隊活動を評してもらい、私なりにいっぱい練習してよかったなーと思いながらの帰り道、運転していたら夫の携帯電話からの着信音が鳴る。夫からの着信音はかわいらしいマリンバ風の音色に設定してある。しかし我が家の携帯電話はふたりともあまり活用することがなく、私が夫に用事があって電話しても夫の携帯電話の充電が切れていてつながらないであるとかつながっても夫はまったく気が付かず出ないということはあっても夫が私に電話してくることはほぼない、つまりそのかわいらしいマリンバ風の音色を聴く機会はほとんどない。そんなだから私が仕事で遅くなるときには夫の携帯電話宛てにではなく自宅の一般電話宛に電話をかける。携帯電話同士なら通話料無料であるにもかかわらず。そんな携帯事情があるから今日運転していたときもつい「あ、夫からの電話が鳴ってる」と私がやや珍しそうにつぶやき私の車に一緒に乗っていた同僚2名が「それはちょっとそのへんに車停めて電話に出てあげて」と言ってくれ、私は、では、と車を路肩に寄せ停めてから「はい、今家に向かってるところです」と応答する。すると夫は「はいはい」と言い電話を切る。なんだったんだ。同僚たちは「ご主人、どうやらさん(私)の帰りが遅いから心配してるんちゃう?」と言い、私は「いやいや、今日食事会なのは知ってるし、帰りがこの時間なのは我々従業員みんなおんなじですし。なんだろう、私が今日出勤するよりもまえに夫は休みでどこかに出かけてそのときまだ私は家にいたから『鍵開けたままでいいよー、いってらっしゃーい』って声かけたんですね、夫あのとき家の鍵を持って出るの忘れてたのに私が出勤するときに鍵閉めて出たから彼が帰ってきても鍵がなくて家に入れないでいるのかな」と言ってみる。同僚たちは「ええー、それは、この時間まで家の中に入れんてあんまりやろう」と言い、私も「ですよねえ、なんでしょうねえ、夫が電話かけてくるなんてめったにないことなんで、なにかよからぬことがあったんじゃないかと気になりますねえ、でもまあもうすぐ家に着くしなにがあったかはじきにわかるでしょう」と続ける。私と同じ住宅街に暮らす同僚たちとは小声で「お疲れ様でしたー、おやすみなさーい」と声を掛け合い別れ各自帰宅する。それにしても夫がわざわざ私に電話をかけてくるということは、ああ、そうか、もしかすると親か身内の命や身体関係でなにかあったのかな、それだと明日急遽帰省ということになるだろうから急ぎで連絡したかったりするかも、とある程度の覚悟をして自宅の扉を開ける。

「ただいまー。どうやらくんが電話してくるなんて珍しいけど、なにか、あったの?」
「何時だと思ってるん?(詰問調)」
「何時って、えーと、この時間だけど、なにかあったん?」
「こんな時間に帰ってきて、何時だと思ってるん?(さらに詰問調)」
「うちの会社の職員全員この時間の帰宅だけど、いったいなにがあったん?」
「あ…。そういえば…」
「え」
「う。忘れてた。今日みそきち食事会だったんか」
「そうよ、昨日もそういうて話ししたじゃん、『明日私いないけど、どうやらくんは明日のご飯どうするん?』って訊いたらどうやらくん『王将で餃子三人前頼もうかなー』言うてたよ」
「それは今日の昼に食べた」
「ええー、でも、11月28日土曜日の夜は仕事が済んだあと会社の食事会だからね、って少し前にも昨日も話したよね」
「うん、今、思い出した」
「えーとえーと私が食事会の出し物に出るからって家で休みの日の昼間に笛の練習してたらどうやらくんが『もう聞き飽きておんなじ曲のしかも伴奏部分だけでなんの曲なのかわからないのを延々聞くのつらいよう』って言ったときも『これも今週いっぱいの辛抱よ』って話したような」
「うん、それはそうだったけど、忘れてたんだって。みそきちが仕事で9時過ぎることはあっても連絡なしでそれより遅くなることってなかったけん仕事にしては遅いなーと思って、何かあったんじゃないかと思って、一応電話してみようと思ったんだって」
「何かあったって、食事会があったんじゃーん」
「そういえばそうだったなあ、はあー、じゃあ夕ご飯待ってる必要なかったんじゃー」
「ええー、この時間まで夕ごはん食べてなかったん?」
「うん、もう帰ってくるかなーまだ帰ってこないなーいつ帰ってくるんかなーと思いながら待ってた。じゃ、ちょっと出かけて食べてくる、と思ったけど、この時間だし、やっぱり出かけるのはやめた、うちでカップラーメン食べる。お湯沸かそうっと」

 親や身内の身体生命が無事だったのならばそれは一安心でよかった。しかし、妻の勤務先の食事会の予定を忘れ妻の帰宅が遅いことで機嫌を損ねる配偶者との結婚生活はたいへんそうだなーと他人事としてあんなに折々に思い出し笑いをしていたのに、そしてその思い出し笑いは当時一緒に仕事をしていた少し年上の事務さんの高い事務能力に対する敬意や愛らしい人柄の彼女に対する私の好意やその後の自分の結婚生活と仕事生活にはそういう『たいへん』がないのは多幸だなーと安堵する気持ちやいろんな記憶がまぜこぜに存在する出来事に対してのものだったのに、突然何かを真似たみたいによく似た形の出来事が己の身にふりかかってくるだなんて。カップ麺にお湯を注ぐ夫の姿を眺めつつ思わず両膝と手のひらをかっくしと床につくそんな夜。     押し葉

絹暮らし

 『手指の自由と機嫌の自律』で書いた『他の疾患の可能性』は結局その疾患と診断するほどには血液や尿の検査結果の数値がそれほど高く出なかったため類似の症状は多々あるがその病名での診断はなしで今ある症状に対してこれまで続けてきた工夫や対策を続けて様子をみていきましょうということになった。ただ症状はあまりにもその疾患に多くあるもののため、これからも三ヶ月に一度程度専門医の診察を受け、何か症状が悪化しているときにはすぐに相談対応できるように、もちろん三ヶ月経過していなくてもあいだでなにか気になることが生じた場合はいつでも予約をとって受診するようにしつつ経過観察をしていこう、ということになった。

 実際のところ今回可能性のあった疾患はその疾患であるとしてもそれほどどうこうしようもなくそれが原因で早急に生死にかかわるようなことでもなく生存の質が若干低下するのをなにでどう補っていくかという対処が中心となるため、そしてその対処はその診断があってもなくても既に行ってきたことなので、これからもこの調子で生きていってください、というかんじであった。

 ただ今回専門医を受診したことでとてもよかったなあと思ったのは、これまで私がいくら手指の痛みやその他の症状を訴えても「パソコンのキーボードを激しく打ち過ぎなんちゃうん」であるとか「運動不足のせいじゃない?」などと言っていた夫が、専門医にかかった一連の話をしたところ「そうなんや、ほんまに痛かったんや」と神妙に納得していたことだ。たしかに私のキーボードの打ち方はやや激しい。職場で薬歴を書いていても何をひとりだけそんなにしゃかりきに仕事をしているのかと思うような打鍵音になることがあるのでそのたびにいかんいかんここまで激しくなくても文字は打てるよと指の叩き方を柔らかくする。自宅でPCを触るときにもおなじような音になることがあるからその都度気をつけてソフトタッチをこころがける。
 そういうわけで以前は私が痛いと言っても「ふうん」というかんじだった夫が今は私が難儀しているのを見ると「代わりにしようか」と率先して申し出てくれるようになったのが大きな変化。急ぐときには「じゃあお願いするね」と頼み、急がないときには「やっていないとどんどんできなくなるだろうから時間がかかってもいいときには自分でするね、今度急ぐときにはお願いする、ありがと」と自分で地道に作業をする。

 そして『手指の自由と機嫌の自律』で書いたシルクの手袋が実によい。これまでも手あれのときにハンドクリームを塗り綿の手袋をつけて寝てみたことは何度かあったがそれでは熱すぎてむれて結局眠ってまもなく外してそのあたりに放置しているのが常だった。それが素材がシルクだとまず蒸れない、そして温かいけれど熱くない。だから寝ていてもわりとずっと着けている。それでもときどき外していることがあるのだが綿の手袋だと外したら外したっきりなのが、シルクの手袋の場合はなんとなく手が冷えるような軽く関節がこわばるような痛いような感覚を覚えてシルク手袋着けたいと思い夜中でも外れた(自分が外した)手袋を布団の周辺で探しては外れている方の手につけて『ああ、やっぱりこれ着けると手がらくで気持ちいいー』とほっと和みつつ再び眠る。そしてシルクには保湿効果もあるから手指の乾燥防止にもなっているのがいいかんじ。睡眠時のシルク手袋は左右兼用のものにしており、外出時のシルク手袋は左右があるものを使っており、どちらもそれぞれによい。

 以前はシルクという素材はあまり好きでない時期が長かった。理由はシルクのにおい。シルク独特の蚕のような桑のようなにおいがあまり得意でなくて身に着けているとそのにおいにうっとなることがあったからなのだけど、体がシルクの機能を求め始めたからなのか最近はそのにおいがあまり気にならなくなった。そして今はほぼ全身でシルクにお世話になる日々。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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