みそ文

1オクターブのその数は

 今度八月末に職場の方の結婚披露宴にお招きいただくことになり、職場の先輩方より「私達フルートを吹くんだけど、どうやらさんにピアノ伴奏をお願いできるかなあ。無理だったらCD流してそれに合わせて吹くけど、もしどうやらさんが弾いてみてもいいかなあと思ってくれるんだったら」と打診があり私は「やります、ぜひやらせてください、すぐ練習します」と即答した。

 それ以来、私は毎日それはたいそう熱心にピアノの練習をしている。日中はそのままで、夜はヘッドホンで自分だけに音が聴こえる状態にして。最初は私の指のサイズでは届かないからと思いいくつかの音を脱落させてそれっぽく弾く方向で練習していたのだけれど、何度も弾いているうちに指と指の間の関節の柔軟性が増したのか、音を潰すことなく和音を弾けるようになってきた。

 今回演奏する曲の中の左手で弾く「ヘ音記号」の音符の下側に「8va」と表記された部分がある。これは表記した音符よりも1オクターブ低く弾きなさいという指示ですべての文字を書くなら 8va bassa となり「オクターヴァ(オッターヴァ) バッサ」と読む。この指示に従い右手も左手も鍵盤のかなり左のほうで低い音を弾くことになる。ちなみに楽譜に表記された音符よりも1オクターブ高い音を弾く場合は音符の上側に「8」や「8va」と書かれておりこれは「8va alta(オクターヴァ アルタ)(オッターヴァ アルタ)」と読む。

 楽譜の指示通りにその音を弾いていてふと、この 8va bassa のオクターヴァのオクタは数字の8のオクタなのね、と思う。数字の8のオクタとはラテン語で数字を数えるときの8。ラテン語で数字を数えるときには1から順に、モノ、ディ(ジ)、トリ、テトラ、ペンタ、ヘキサ、ヘプタ、オクタ、ノナ、デカ、と言う。たとえば防波堤の海側によく沈めてある四本足の波よけのコンクリート製の塊は四本足の四がテトラだからその名前がテトラポッドであるように、ラテン語数字は日常のいろんなところに存在している。で、8va bassa のオクタは数字で8と書いてあることだし、なるほどそのままオクタなのだけれども、そこで私はさらにふと、もしかして1オクターブのオクターブのオクタもオクタ?、と思いつく。そして、ドが1として高音方向へ移動するとき、レが2、ミが3、ファが4、ソが5、ラが6、シが7、だとしたら(音楽的にはそれを1度、2度と数えるのだけれども)、1オクターブ上のドは8ということになるよね。もちろん1オクターブ下の8。ということはオクターブのオクタはこの数字の8なんじゃん。

 いやあ、5歳になる少し前の4歳のときからピアノを習わせてもらい、高校でも大学でも選択授業では音楽を選択して授業を受けたにもかかわらず、高校の化学の授業でラテン語数字を習って以来、これまで一度もそのことに思い至らなかったよ。もしかしたらピアノの先生からか音楽の授業でなにかそういう説明をどこかで受けているのかもしれないがおぼえていないし思い出せない。

 音楽やラテン語に詳しいひとであれば、え、そんなん今更今頃なことかもしれないが、私にとってはこのたび初めてピコーンピコーンと頭のなかの電線に電気が通り明るく電灯がともったような「8! オクターヴァ!!(ヘレン・ケラーの「ウォーター!!」風に)」だったのだ。

 という話を夕食の時に夫にしたら、夫は左手の指を折り曲げながら「モノ、ジ」と順に数え「オクタはオクトパスのオクト、オクタ?」と訊いてくる。そのときオクターブのことしか考えていなかった私は「へ? オクトパスってなに?」とタコの映像を思い浮かべながら訊き返す。夫は「タコのオクトパス」と言う。私は「そうだよね、うん、八本足のタコのオクトパスも8のオクタオクトだね」と答える。

「だからね、ドレミファソラシドなりドシラソファミレドと数えたときに8番目に相当するのが1オクターブ上や下の音なの」
「なるほど。オクターブやオクトパス以外にもこういうのってあるんかなあ」
「それはいっぱいあると思う。とっさには思いつかんけど」
「んー。あっ、あった。一億の億はゼロが八個ある。ゼロが八個あるからオクタの億(オク)」
「えー、それは…」
「うん、おれもこれは絶対にちがうと思う、言ってみただけ」
「んー、薬の名前のジメチルなんとかなんかのジだったら大量にあちこちあるけどオクタとなるとなかなかぱっと思いつかんねえ」
「あ、おれもう一個思いついた、オクラ」
「あー、オクラは形がそういえば…」
「あ、ちがった、オクラの断面は五角形か、じゃあ8じゃないなあ」
「でもでも、まん丸いオクラや角数がちがうやつもあるよね。たぶんオクラは外来の植物だしオクラの名前自体が和名っぽくはないかも」
「それはそうかもしれんけどオクラのオクは8のオクタのオクとは別だと思う」
「私もそんな気はするけど話にオクラを出してきたのどうやらくんだよ」
「うーん、そう思うとなかなかぱっとオクタが付くものの名前は出てこんなあ」
「じゃろ」

 以前「メトロノームは一分間」という記事を書いたことがあり、あのときにも「おおー、そうだったのかー、そうだったとはー」と思ったものだが、今回の「オクターブのオクタは8」もピアノつながりでまたひとつ賢くなって、うれしい。     押し葉

樹上のオタマジャクシ

 今日夫が行った山は「夜叉ケ池」。山なのに名前が池なのはそこを訪れる人の大半の目的地がその池だから。あえて山として呼ぶとすれば「夜叉ケ池山」あるいは「夜叉ケ岳」なのだがその名で呼ばれることは少ない。

 この夜叉ケ池の見所は、ひとつはニッコウキスゲという名前の黄色い花。池に至るまでの稜線斜面に群生するニッコウキスゲの黄色は山でひときわ美しく映える。もうひとつの見所はモリアオガエルの卵。このカエルは卵を木の上に産む。池に覆いかぶさるように生える木の枝の池の上にあたる部分に、何かの花がそこにだけ咲き誇っているかのように、あるいは白っぽい柔らかそうな大きめの木の実がたわわに実っているかのごとく、カエルの卵の塊が木の枝にぽこぽこぽこぽこ付いている。

 私がこれまで知っているカエルの多くは卵は水の中で産卵しその卵は水の中で孵化してオタマジャクシになるものだった。しかしこのモリアオガエルは木の上に卵を産み付け、卵の中身がオタマジャクシになる時には木の枝の下の池に飛び込む、といっても自力で飛び込むわけではなくオタマジャクシの姿のまま卵の中で待機して雨の日に雨で流れ落とされ池の中に入れるのを待つ。

 卵の状態で池の中にいたのでは天敵の餌になるからその危険性からこうして卵を木の上で守るのか、しかし都合よく雨が降らなければ卵の中で待機するオタマジャクシの姿のまま干からびるであろうにそれはそれでよいのだろうか。たとえ無事に雨が降り雨水とともに池の中に落ちオタマジャクシとして泳ぎ始めたとしても、池の中には天敵がそのオタマジャクシを餌にしようと待ち構えている。それでも、自力では動けない卵の状態で天敵の餌になるよりは、自力で泳いで逃げられるオタマジャクシの姿になってから天敵と遭遇するほうがまだ生き延びる可能性が高いのだろうか。

 多くのお客さんは夜叉ケ池を見て樹上のモリアオガエル卵を見てニッコウキスゲを見たらそれでよいらしく、そこからさらに山頂を目指す人は少ない。しかし夫は山頂大好きだからどうしても山頂を目指す。夜叉ケ池からは往復三十分ほどで山頂まで行って帰って来ることができる。山頂から眺め下ろす夜叉ケ池もまた見応えがあるらしい。

「夜叉ケ池には夜叉が出てくるか、今は出なくてもその昔には出ていたから夜叉ケ池という名前なの?」と訊いてみたが夫の答えは「どうなんかなあ、出るんかなあ」であった。     押し葉

夏のベランダ

 今年の夏のベランダの植物はミニゴーヤとフウセンカズラ。ゴーヤはすでに蔓巻支柱の先端まで背の丈を伸ばした。これ以上の上向き成長には蔓巻支柱の長さとしてもベランダ空間サイズとしてもお応えすることができないので蔓の先をはさみで切りゴーヤに横向き方向への成長を視野に入れてちょうだいねと頼む。フウセンカズラは種から出た芽のうちふたりほど間引きその後成長した五人の苗が背丈十センチになるかどうか。もう少し間引いて三人くらいにしてやったほうがよいのか迷いながら観察中。ミニゴーヤを収穫してゴーヤスープにして食べるのがたのしみ。もちろんゴーヤチャンプルーも。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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