みそ文

心当たりと一歩前進は大切

 先週だったか先々週だったか、夕食を終えてゆっくりとしているときに夫が「ああ、そういえば、今日、おれ、事故を起こしてねえ」とさらりと言う。私が「でも、こうして無事にここにいるということは」と問うと夫は「うん、無事無事。朝出勤のときに、いつものように、ふっふふーんって機嫌よく運転していたら、信号待ちで停まっている車の後ろにコッツンってぶつかって」と言う。

「あらまあ」
「でも、まえの人の車の後ろのバンパーがよく見たらかすかーにへこんだだけで、おれの車は無傷。おれのほうは軽なのに、まえの車は普通車だった。すぐに保険会社に電話してあとは全部保険会社にお任せすることになった」
「警察にも来てもらった?」
「うん。で、相手の人にはバンパーだけじゃなくて接触の衝撃で中のほうも壊れてるかもしれんけんしっかり見てもらって修理が必要なところは修理してもらえるように頼んだ」
「双方無事でたいしたことなくてよかったね、今の車の保険使うの初めてじゃろうけどこういうときのための保険じゃけんね」
「うん。保険屋さんには今回保険使うことで来年からどれくらい保険料が上がるかとか教えてもらった。あとは相手の人と保険会社で話してもらって、どうなったかまた連絡もらえることになった」

 そんな話を聞いてはいたが、私も自分のことではないから、その後どうなったかなあとも思わずに昨日の眼科検診に行ってきた。「眼科検診は異常なしだったよ」などという話をしながら夫とともに夕食をとり、「あとで一緒に赤福食べようね」と話してからゆっくりとしていた。夕食後しばらくのあいだ、夫は自室でタバコを吸いながら本を読むなどして過ごす。

 居間に置いてある夫の通勤バッグからぐううぐううと音がする。携帯電話の振動音。携帯電話会社からのなにかのお知らせメール(読んでも読まなくてもどうということのないメール)かなあ、と思い着信音が途切れるのを待つ。ところが音は鳴り続く。義妹からなにか義実家関係の連絡だろうか。「どうやらくん携帯鳴ってる」と言いながら夫のバッグの携帯電話を取り出しどこからの着信なのか見る。0120で始まるフリーダイヤルの番号だ。

「どうやらくんー、フリーダイヤルからの着信だけど心当たりはー?」
「ないー。ほっといてー」
「わかったー」

 というやりとりを終えてもまだ携帯電話はぐううぐうう鳴り続ける。夫は留守番電話に切り替わるような設定にしていないらしい。ここでいま私がこの場でこの電話が留守電対応するようにしてもいいのだけど、えーと着信中に留守電にするのはどこをどうするのだったかしら、思い出せないわ。へんなところを触ってむげに電話を切るのもいやだし。夫本人が心当たりがないというのなら無理に録音しなくてもいいか。

 携帯電話ではなくて自宅の一般電話に0120から始まる電話番号から勧誘関係の電話がかかってくることはよくあるが、ナンバーディスプレイに表示される番号に心当たりがないときには留守番電話にお任せしている。最近は携帯電話宛にもそういう営業電話がかかってくることがあるのかしら、私の携帯電話にはかかってきたことがないけど、と思いつつ夫の携帯電話の着信振動が止まるのを待つ。しばらく鳴り続ける。止まった。

 今日帰宅した夫が「昨日おれの携帯にかかってきた電話、心当たりがない、って言ったけど、今日、もしかして、と思ってよく見てみたら、車の保険屋さんからだった」と言う。

「ちょっと、どうやらくん、それはすっごく心当たりがあるじゃん」
「うん。もしかして、と思って昨日かかってきた番号とこれまで保険屋さんとやりとりした履歴見たら同じ番号じゃったけん電話かけた」
「どうやらくんー、そういう心当たりのあるときには連絡できるようにしとかんにゃあ。特に今回どうやらくんは軽微とはいえ事故の加害者の人なんじゃけん、そこはちゃんとしようよう。こういう事案があるときにはいつどんな連絡があるかわからんのんじゃけん、着信にすぐ気がつくようにしておくか、そうじゃないならせめて留守電にはなるようにしておこうよ。親も年取っていつ誰からなんの緊急連絡が入るかわからん年頃なんじゃし」
「あ。そういえば留守電にならんようにしとった。よし、これで留守電にもなるようにした。それで今日保険屋さんに電話かけてみたら、このまえの事故の最終報告をしてくれることになってたらしいんだけど、今日は担当の人がおってんないけんまた後日かけてくれるって」
「ねえ、かかってきたときにすぐに保険屋さんってわかるように、自分の車の保険の会社なんじゃけん、『車保険』とかなんかで登録しといたらいいんじゃないん?」
「いや、もう、番号見ればわかるようになったけん別に登録しなくていい」
「でもどうやらくん昨日フリーダイヤルからだって言っても全然わかってなかったじゃん。また数年後かいつか何かでお世話になるかもしれんときに諳んじていない電話番号の相手が誰か思い出せんと思うよ。それに『車保険』って表示されてれば私が着信画面見て『どうやらくんー、車の保険屋さんから電話だよー』って教えてあげられるじゃん。自分が使うことがあるかもしれない電話番号の電話帳登録くらいケチケチせずにしたほうがいいと思うよ。もしかして電話帳登録の仕方がわからんのんならしてあげようか? それとも登録方法を教えてあげるほうがいい?」
「わかった。登録してください。お願いします」
「はい。できたよ。あと、おうちの電話にも登録しといたけん、どっちにかけてきちゃってもこれで大丈夫。うちの電話にかかってくるフリーダイヤルはあんまり何回もかけてきてなんのメッセージも残さんのが続くと私が着信拒否リストに入れるけん、かけてきちゃっても通じんようになるけんね」

 なんとなく一歩前進。     押し葉

高速で赤福を運ぶ

 約一年に一回の頻度で受けている眼科検診に行ってきた。結果は異常なく良好。久しぶりに受診するとこれまでもあった定番の検査機器に加えて新たな検査機器が導入され便利により精密になっていることに感心する。

 帰宅した夫が「あ、赤福がある」とよろこぶ。「うん、買ってきた、一緒に食べよう」と応える。今回は往復に利用する高速バスの発着時刻と現地で乗り換える鉄道と受診時間との兼ね合いが絶妙で、行きのバスは若干到着が遅れたにもかかわらず、全体に無駄な待ち時間がなくかといってせわしないわけでもなくたいへんすばらしいスケジュールとなった。最近は年に一度しか行き来しないのでいつからそうなのか以前からそうなのか定かではないのだが今回の乗車でひとつ気づいたことがあり夫に報告した。

「あのね、高速バスの座席ってね、自分の前側に、前の席の人の背もたれの裏側の部分があるじゃん、あそこにね、ドリンクホルダーにする開閉できる金具が付いているのはまえからあったんだけど、まえはそれ以外にもパタパタと開閉して使える小さなテーブルがあったような気がするのね。その下には網があって網の中にゴミ袋にできるビニール袋と無料の冊子が入れてあるのは前からそうなんだけど。久しぶりに乗ってみたら今回はその開閉式テーブルがすっかりなくなっていてね、かわりに座席シートの布地と似た素材の布の謎のポケットがついていたの。そしてその布のポケットを私以外のほぼ全員の人が使っていました。さて、そのポケットは何に使うものでしょうか」
「スマホ入れ?」
「えっ、なんでわかるん?」
「だって、世の中のひとたち、なんかしきりにスマホ触ってはるやん」
「うん、高速バスの中から見える町中にも鉄道の通路や階段にも『歩きスマホは危険ですやめましょう』っていう意味の注意書きがあちこちにあったんだけど、歩きながらスマートフォンを見たり触ったりしているひとはそういう注意書きはきっと目に入っていないんじゃないかなあ」
「うん、そうだと思う」
「でも、どうやらくん、すごいじゃん。私、今日、自分の席の前にある謎のポケットをしばらーく眺めて、何をするものなんかなー、と思ったけど、周りの人らがスマートフォンを入れて置いとってのを見てようやく、ああ、そうなんか、ってわかったのに」
「しかし、なんで自分のバッグでも服のポケットでもなく座席の前にスマートフォンを置いておく必要があるんじゃろうか」
「うーん、わからんけど、バッグに入れていたらお知らせに気がつきにくくて、服のポケットに入れるにはスマートフォンのサイズは大きいんじゃないかな。その謎のポケットはねスマートフォンの上部分の数センチが見えるくらいの深さでねまさにそのためっていうかんじじゃったよ」
「スマホのお知らせいうても、バスの移動中に何をそんなに緊急で知らんといけんことがあるん?」
「そりゃあ、人それぞれお仕事の連絡のこともあるじゃろうし、家族の介護や看護に関する連絡が必要な人もおってじゃろうし、重要な緊急連絡というわけじゃなくても、たのしみにしている何かがあるんかもしれんし、人それぞれよ、世の中これだけたくさんの人たちがスマートフォンを愛用しているということは、私達が知らないなんらかの快楽がきっとあるんよ」
「そうやろうなあ」

 赤福は八個入り。今日と明日のおたのしみ。     押し葉

うちの中に誰かいる

 夫は昨夜「明日は白山だー」とそれはそれはたのしみにいろんな支度をして早く寝た。夫は白山には少し前にも行ったのだが、そのときにはあまりにも風が強く、ピッケルを地面に立ててしゃがみ風をやり過ごしてからの前進を試みたが風が弱まらず、このままでは登頂は危険と判断して引き返して帰ってきた。そのときにはまだ山へ至る道路が冬期閉鎖されていて車はその手前の駐車場に置き登山口まで1時間以上自動車通行閉鎖中の道路を歩かねばならなかった。しかし昨日からはその冬季閉鎖が解かれ、登山口間近の駐車場まで車で行けるようになった。その情報を得た夫はたいそう喜び、天気予報を入念にチェックし、持っていくべき荷物を用意して、にこやかに「おやすみっ」と手を振って布団に入った。

 今朝起きて外を見たら快晴。こんなによく晴れていたら、夫は今頃白山の登山道を満喫しまくっていることだろう、と空を仰ぐ。ベランダとサンルームの窓を大きく開け換気する。夫の寝床に近い障子が開けられていなかったから「もう、起きたら障子を開けて換気してから出かけてね、っていつも言ってあるのにまた閉めたままでー」と思いながら障子を大きく開ける。押入れのふすまをあけて押入れにも空気を通す。

 電気ケトルのお湯が湧いたら大きなマグカップ(妹夫婦がアメリカ旅行のおみやげに買ってきてくれたマグカップ、スターバックスのヴェンティ(Venti)サイズ590ml)に熱い紅茶を作り豆乳を注ぐ。毎朝の漢方薬とサプリメントを飲みひとごこちつく。パソコンで見たいところを眺めたら、冷蔵庫の野菜室に保管しているバナナを出してきて食べる。バナナをビニール袋に入れて冷蔵庫の野菜室に保存すればどんなに気温が高い季節でも毎日新鮮なバナナを食べることができる。冷蔵庫で保管したからといってバナナの皮はそれほど黒ずむわけでもなく多少黒ずんだとしても中の実の部分は弾力と風味を維持していておいしい。

 録画しておいた連続テレビ小説を見る。一回、二回、三回、途中気になるところは10秒戻しや一時停止のボタンを使ってまじまじと眺める。途中洗濯機に洗濯のお願いをしてまた戻ってきて、はあ、今日の連続テレビ小説もたのしいわねえ、とくつろぐ。いったんひと通り堪能して、あとはまた夜に仕事から帰ってきてからよく見ましょ、と思いテレビを消す。その静寂の中ふとおもむろに、隣の部屋から「ううーんんー」という声、寝起きの人が伸びをするときに出すような声が聞こえる。えっ、誰、なに、どうして、誰もいないはずのところからそんな声がするの。声は夫の声に似ているけど、この快晴で山に行った夫がうちにいるわけがないのに。

 そうっとふすまを開けて夫の寝床を見る。なんとなくこんもりともりあがっていて中に人体があるような風情が漂う。さっき窓や障子や押入れのふすまを開けた時にはひとの気配はなかったのだけど。さらにそうっと近づいて覗きこむ。パジャマを着た夫がいる。「えええええっ。いたの?」とだけ言ってまだ眠る夫を静かに放置し私は居間に戻る。しばらくすると夫が「おはよー」とパジャマ姿で出てくる。

「どうやらくん、お山は?」
「行った」
「行って、もう帰ってきたん?」
「朝4時頃に起きて、おー、星もきれいに見えるし、今日はいい天気だー、と思って、6時位には登り始められるように出発したんだけど、県境を越えてちょっとしたあたりで雨がポツポツ降ってきて、山を見たら雨雲に覆われていて、その雲がごーごー流れて動いていて、雲がこの早さで動くということは風が強いということで、そんな悪天候の中無理に行ってまた撤退するのは嫌やなあ、と思ってやめた。代わりに近場の他の山に登ろうかと思ったけど、その山にも雲がかかっていてそんなガスガスでなんにも見えないところに行ってもたのしくないけん帰ってきて寝た。白山はまた明日行く」
「そうなんだー、知らんかったけん、どうやらくんおらんと思ったけん、窓も障子も押し入れもがーがー開けたのに、よく起きんかったねえ」
「あー、まぶしいなー、とは思った」
「いると思っていないものが、というか、いないと思い込んでいるものがいると、なんかすごいびっくりするね」

 本日のお山をあきらめた夫は「日帰り温泉にでも行ってこよっかなー」と出かける支度をするから、「いやいや、まあ、そう急がなくても。もうじき洗濯物が出来上がるから一緒に連携プレーで干してから、それから出かけるのがいいよ」と提案する。夫は「そっか、じゃ、そうする。それまで百名山の録画見る」とテレビをつける。私が「ううん、ううん、そんなに無理して見なくても、テレビ消したままで他のことしてもいいんだよ」と言うが、夫は「ううん、全然無理じゃない、見たい」と言うから、百名山番組の画面はまあまあ好きでも音声部分があまり好みでない私は耳栓を装着する。

 しばらくすると洗濯機が「洗濯終わったよ」と教えてくれる。夫が洗濯物を洗濯カゴに入れて持ってくる。夫がベランダに出て私が中で洗濯カゴの中身をほぐし広げて夫に手渡す。夫はそれを物干しに干す。今日はよく洗濯物が乾きそう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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