みそ文

解任された幹事さん

 昨夜夫は会社の忘年会で温泉旅館に泊まった。夫の勤務先だけではないのだろうが、こちらでは忘年会といえば泊まり、というのがよくある標準的なスタイルらしく、夫は毎年年末には会社の人たちとともに温泉旅館か料理民宿(浴室は小さいながらも温泉)かに泊まる。夫は以前の設計の部署から現在の品質管理部門に移って六年目になるだろうか。夫は異動した直後から「若手だから」という理由で忘年会幹事を任された。若手とはいってもその当時既に十分に夫は四十歳代にはなっていたのだが、その部署で最年少であれば自動的に「若手」と呼ばれる風習があるようで夫はいつまでも「若手」であり続けた。それから夫は毎年秋口になると部署の人達に個別に「どんなところでどんな忘年会がしたいか」という質問をアンケートっぽく行い希望が多かった内容が叶うような形で料理民宿に予約を取り夜に部屋で食べるお菓子と飲み物を準備するなどの手はずを整えてきた。

 それが今年は夫は「副幹事」になったという。「どうやらくんももう五年も続けてずっと幹事をしてきてくれたから、毎年は大変だろう。そろそろ他の人にもしてもらうようにしようか」と部長さんから声がかかったのだそうだ。夫は「それは助かります。お手伝いできることはしますんで」と新しく幹事をすることになった十歳くらい年上の人に積立金の取り扱い方法などを説明して実質幹事の引き継ぎを行った。

 今日忘年会から帰宅した夫が「大カラオケ大会だった」と言う。大会だけで大きいのだから「カラオケ」の前にさらに「大」をつける必要があるのかどうかはともかく、夫が幹事のときには一度もしたことのないカラオケ大会が昨夜は繰り広げられたのだそうだ。

 実は夫には「カラオケを歌わない」という特徴がある。宴席でカラオケが催されれば手拍子を叩き拍手はするが自らが歌うことはなく、自分がコーディネイトする集まりで「カラオケをスケジュールに組み込む」という発想はない。

 昨夜の「大カラオケ大会」の盛り上がり具合を聞くと、夫の勤務先の部署の皆さんはこれまで毎年「忘年会なのにどうしてカラオケがないんだろう」と訝しんでおられたのではないだろうかという気になってくる。夫以外の人たちで「どうやらくんはご飯はおいしいところを選んで来てくれるけど、どういうわけかカラオケがないよなあ。カラオケをしようと思ったらどうやらくん以外の人に幹事をしてもらうしかないんかなあ」と話し合われたのだろうか。夫は「そんなの『忘年会ではカラオケがしたい』って言うてくれたらなんぼでも手配するのに。まあ言われん限りはおれが率先してカラオケありの忘年会にすることはないけどな」と言う。

 昨夜は夕食のあと館内のカラオケ部屋に場を移し夫以外の人たちが競うようにまったく途切れることなく次から次へと歌い続け、カラオケ部屋のスタッフの人から「もう閉店させてください許してください」という意味の丁寧な接客用語で追い出されるまで目を輝かせて歌っていたのだという。夫は『皆さん、普段もそれくらい目を輝かせて仕事しましょうよ』と思いながら手拍子と拍手をし続けた。

「目を輝かせて、って、どうやらくんは、カラオケを歌う皆さんのように目を輝かせて仕事をしてるの?」
「少なくとも昨日の夜みんなのカラオケを聞いて手拍子叩いてるときのおれよりは目を輝かせて仕事してると思う」
「それは、どうやらくんは歌わないからカラオケ大会で目が輝かないんでしょ。でも皆さんはよかったねえ、たぶん念願だったカラオケ忘年会にできて」
「うん。ほんまにみんな真剣にカラオケが好きなんやなあ、と思った。たぶんあれは来年以降も定番になるな」
「これまで皆さん毎年忘年会しながら『なんで夕ご飯のあとにカラオケがないんやろう』と思ってはったんかなあ」
「うん、そうちゃうかな。『飯食ってそのあとすることないやん、暇やん』とか思っとったんかもしれんなあ」
「みんなカラオケがしたくて、もう我慢できんようになって、わざわざカラオケがしたいって言わなくても暗黙の了解でカラオケありの忘年会を手配をしてくれる幹事さんに変わってもらうことにしたんかもしれんねえ」
「そうか。部長は『五年連続で大変やったろう』って言ってたけどあれはねぎらいに見えて実はおれを幹事の座から引きずりおろす肩たたきだったのか。まあ、ええけど」

 幹事さん、お疲れ様でございました。     押し葉

加湿器と眼球

 昨夜から枕元にアイロン台を置きその上で作動させた加湿器はたいへんによい塩梅。しかしエコタップの通電を表示する小さな緑色のランプが思いの外明るく眩しく眠りづらく結局緑色の小さなランプの上に黒い布をかけた。そうすると緑色のランプの明かりも光も見えなくなりぐっすりと眠ることができた。いつもよりも顔周りの空気がしっとりとして呼吸がラク。アイロン台の高さが加湿器台としてぴったりなのがうれしい。

 私は小さい頃から光を眩しく感じる傾向にはあったが、フェイキックIOLのICLという近視矯正手術を受けたときの眼圧上昇防止処置(眼球の虹彩の上側に二点の穴をあける処置)によって術前よりもその穴から差し込む世の中の光をさらに感知しやすくなった。その処置を行って手術を受けることより眩しさを感じやすくなる可能性があることについては同意した上での手術だったから、なるほどこういうかんじなのね、と思いはするものの、術後の眩しさのせいで生活の質が下がったと感じることはない。術前より多少眩しさを感じやすくなったことよりもメガネもコンタクトもなしで日常生活を送れるようになったことによるメリットのほうが大きい。

 そういうわけで寝室では極力光るものを避けている。白っぽい色のものがあるとそれを眩しく感じて眠りづらくなるから自宅では障子の手前にお気に入りの柄の深い紺色の布と濃い茶色の布(バティック)をカーテンのように垂らして暗闇度合いを高める。しかし今のところ外泊先にまでお気に入りの布を持っていくことはなく外泊時にはだいたいアイマスクを使う。もしかすると目を閉じていてもちょっとした何かを眩しく感じやすいのは、どちらかのもしくは両方の目のまぶたをぎゅっと閉じるのがほんの少しうまくできていないのかもしれない。そう思うとこれは、5歳になって間もないときに交通事故で頭部を打撲した(全身を打撲したのだが特に頭部の打撲が大きかった)影響で片側の顔面筋肉の動きにわずかな遅れがある(事故直後は顔面半分の筋肉が動かなくなり顔の半分だけ表情がまったくなくなっていたことを思えば今は左右ほぼ同時に顔面の筋肉が動きある程度自然な表情をしてくれているからなんの問題もない)のとも関係しているのかもしれないなあ、となんとはなしに思う。     押し葉

アイロン台と加湿器

 昨夜寝ていて、明け方頃だろうか、「う、乾く」という感覚で目が覚める。喉から鼻にかけての粘膜と顔の皮膚に乾きを覚える。

 私の寝室では足元側に置いてある引き出し二段の低い箪笥の上に加湿器を置いている。夜寝る前に加湿器本体の満水線まで水をたたえる。この加湿器はコンセントプラグの抜き差しで電源を切ったりつけたりするタイプで、加湿器プラグを挿しこんだ節電エコタップのスイッチを入れて加湿器を作動させ翌朝起きたらエコタップのスイッチを切って加湿器を切っている。あの電源を入れたり切ったりする道具の正式名称はなんと言うのだろう。ひとつのコンセントを例えばよっつに分岐して使うことができて、差し込んだ家電製品のコンセントのうち使用するものだけスイッチをオンにしたり使わないものはスイッチをオフにしたりできるもの。

 これまでは足元の箪笥の上で加湿器を稼働しておけばそれで問題なかったのだが、昨夜はどうしても自分の顔の近くに加湿器を持ってきたくなり、寝ぼけたまま稼働中の加湿器を抱え枕元に移動した。稼働中の加湿器は水を加熱しているからホカホカと暖かい。加湿器のコンセントコードが届くだけいっぱい引き寄せ枕元の畳の上に置く。加湿器の湯気が私の顔の左側近くになる。粘膜と皮膚が、しゅよよよよよ、と潤う。ああ、助かった。安心して再びぐっすりと眠る。

 睡眠が全身に行き渡り深々と満足して起床する。ほぼ毎朝必ず飲む豆乳入り紅茶を飲みながら、今夜から加湿器を枕元で稼働するにはどうしたらいいだろうかと考える。ひとつの方法としては、加湿器の場所はこれまでどおり箪笥の上のままにして私の枕の位置を今と反対にする方法がある。そうすれば自分の頭のそばに加湿器があることになりはする。しかし箪笥がある側は窓辺で夏は熱気が冬は冷気がそこにある。この季節、窓側に頭を向けて肩口が冷えるのは避けましょう、と思うと加湿器のほうを私の枕元近くに移動することになるのかな。

 快眠の求道者としては加湿器を畳の上に直に置くよりは少し高い位置に置いて湯気が降ってくるような構造にしたい。しかし私の枕元には現在棚のようなものがない。加湿器の水の温度が高くなっても平気な程度に耐熱で2リットル以上の水の重さに耐えられるくらいに丈夫なものがよいのだけど。なにか我が家に既にあるなにかで棚として流用できるものがあるとよいのだけど。

 現在居間で活躍している低い木の棚には観葉植物の植木鉢がみっつのっている。この植物たちを床に布を敷いて直置きして冬の間この棚を私の枕元加湿器置き場にしようか。でも窓辺の植木鉢の位置が今よりも20cm前後低くなるということはそれだけ低い温度の場所に置くということで植物たちが少し寒くなるかなあ。それに今は植木鉢が棚にのっているから掃除をするときも棚の下をざあっと掃除できてラクだけど床に植木鉢があると受け皿ごとよけて床を掃除するのが手間になりそうな気がするなあ。

 もうひとつの別の木の棚は植木鉢のものよりはさらに背が高く高さが60cmほどある。そしてやはり居間にあるのだが、夫のPC置き場(PCを使うときにはそこからコタツに持ってくる。コタツは温かい季節になるとこたつ布団を取り去りただのテーブルになる)兼将棋盤置き場兼碁石置き場兼その日の新聞置き場として活躍しているからこれを横取りするとなるとこれらの置き場を工夫する必要が出てくる。

 となると私の枕元加湿器用には新しく小さな棚を買わねばならないのかなあ。年中必要なわけではなくて冬の加湿器稼働時期だけのことだからかさばらないものがいいんだけどなあ。

 それにしても私はこれまでどうして加湿器を足元側に置いていたのかと考えてみると、ひとつは棚の上の高さと広さが加湿器を置くのにちょうどよいということがあるのだが、もうひとつはエコタップのスイッチのランプが明るくて眩しく感じるから自分の目から遠い足側に置こうと思ったんだわ、と思い出す。そうなんだよなあ、エコタップのあのスイッチのランプがもう少し地味だと眩しくなくていいんだけどなあ。かといって加湿器をつけたり消したりするのにいちいち壁のコンセントに直接プラグを挿したり抜いたりするのは手間だよなあ。枕元でもあんまり眩しくないエコタップがあればいいなあ。今使っているエコタップはスイッチ部分が赤色で通電すると朱色のランプがつくけれど(もうひとつスイッチそのものは無色透明のものもあるがそれもスイッチを入れるとやはり朱色のランプが灯る)、もしかするといまどきの世の中には今我が家にあるものとは異なるタイプのエコタップがあるかもしれない。よし、マルツパーツ館に行ってみよう。

 銀行と郵便局での用事を済ませてからマルツパーツ館に行く。どこかなどこかなと店内でエコタップの展示位置を探す。あった、あった、お店の壁のフックにかけてある。タップのスイッチの数が4個のもの6個のものとあり、コードの長さは1メートル、2メートル、5メートル、などいろいろ。私の枕元の壁にはコンセントがあるからコードはそんなに長くなくていい。むしろ短めのほうがコードが邪魔にならなくていいかも。タップのスイッチの数もよっつあれば十分。そしてこのエコタップの売りは「無駄に光らない節電タイプ」であること。つまりスイッチを入れてもランプがつかない。つまりスイッチを入れても眩しくならない。おお、私が求めていたタイプのものがまさにここにあるではないか。しかしスイッチを入れても切っても通電状態を目視確認できないとなるとスイッチの切り忘れがあるかしら。いやいや、それは心配ご無用。エコタップの端に丸い小さな緑色のランプがあり通電していればここが光る。直径1mmもないこのくらい小さなランプならばそんなに眩しくないかも。よし、これにしよう、と購入を決める。

 そのとき、あ、そうだ、うちにある、ほとんど使っていないアイロン台はどうかしら、と思いつく。我が家では衣類にアイロンをかけるのはごくたまにだから普段アイロン台は四本の脚を折りたたみ押入れに片付けてある。そうだ。アイロン台ならもともとアイロンの熱に耐えるようにできているから加湿器の暖かさ程度なら十分に耐熱であろうし、プラスチック製の加湿器本体と2kg前後の水の重さくらいならきっと平気にちがいない。我が家のアイロン台は正座してアイロンをかけるタイプのものだから立ってアイロンをかけるタイプのアイロン台に比べるとずっと高さは低いけれど、あのアイロン台を枕元に置いて加湿器をのせて稼働させたら加湿器の湯気もうれしいけれど加湿器本体のぬくもりが枕元でほのかに漂うのもうれしいかも。今のアイロン台そのままではいかにもアイロン台だから何か安眠を促すような地味目の色合いの布をアイロン台の上にかけてその上に加湿器を置こう。わあ、いい考えだ。

 レジでエコタップの代金を支払う。帰宅して押し入れからアイロン台を出す。埃を拭き取る。四本の脚を開いて枕元に置いてみる。ベージュと茶色の布をかける。加湿器をのせる。買ってきたエコタップをコンセントに挿し込む。エコタップの差し込み口に加湿器のコンセントプラグを入れる。エコタップのスイッチを入れる。加湿器の蓋についている橙色のランプがぽちりと灯る。おお、ちゃんと通電した。エコタップの通電ランプの緑色は、ぽちっ、としていてそんなに眩しく感じない。むしろ加湿器のぼんやりとした橙色の通電ランプのほうが眩しいといえば眩しいくらい。でもこのくらい高さがあれば体を布団に横たえた状態では加湿器の通電ランプの明るさはそれほど見えず気になりにくいのではないかな。エコタップの通電スイッチを切る。緑色の通電ランプが消える。加湿器の橙色のランプも消える。よしよし、これで加湿器のスイッチオンオフは簡単にできる。

 さあさあ、今宵から、枕元に加湿器のあるうるおい生活はじまり、はじまり。     押し葉

あさりでちゃんぽん

 夕食を終えて夫に「明日の夕ごはんはちゃんぽんよ。チンゲンサイとインゲン豆と豚肉を具にします」と伝える。こうして連絡しておくと、明日もし私の帰宅が遅くても、夫が作ったちゃんぽんをスムーズにいただくことができる。ちゃんぽんは生協で購入したインスタントラーメンのちゃんぽん版。夫が「シーフードもあるといいなあ」と言う。

「シーフードは今はうちの冷凍庫や冷蔵庫にはたぶんないなあ。あえてシーフードと言うなら冷凍庫に鯖の味噌煮かみぞれ煮はあるけどちゃんぽんにはちがうなあ」
「ああ、鯖はちゃんぽんにはちがうなあ、鯖の水煮の缶詰でもちがうなあ」
「冷凍庫見てみて。何かいいものがあればそれを使おう」
「うーん、鮭の切り身があるけどこれもちゃんぽんにはちがうなあ。あとは刻み薄揚げかあ」
「刻み薄揚げはシーフードじゃないねえ」
「うん。ちがうなあ」
「こういうときに冷凍のイカがあるといいんだろうけど今はないわ」
「イカかあ。うちにはいしる(イカから作った醤油のような調味料、魚醤の一種、能登半島の名産品)ならあるけど」
「いしるはシーフードではないよねえ。シーフードがあるといいけどないものは仕方がないから明日はあるもので」
「わかった」

 その後しばらくしてコタツに入り夫は新聞を読み私は生協のカタログをめくる。明日提出する生協の注文書を書き終える。そういえば明日の生協配送では何が届くのかしら、と、注文した品を控えてある手帳を見る。そこに「あさり」の文字が。夫に「わあ、どうやらくん、明日の生協でアサリが届くよ。ちゃんぽんのシーフードとしていいと思わん?」と話かける。

「おお。いいねえ」
「あさりでスープをとって、そのスープでちゃんぽんを作ろう。うわー、おいしそー。アサリがあったら豚肉はなくてもいいかな」
「いや、豚肉は要るでしょ」
「なんで?」
「だって、ちゃんぽんじゃん。ちゃんぽんには豚肉は要るじゃろ」
「そうかなあ。わかった。じゃあ、豚肉とチンゲンサイとインゲン豆を炒めたものをちゃんぽんの上にのせよう。アサリの身はあんまり硬くならないようにだしが出たらいったん引き上げて、これもさいごに上にのせようか」
「そうしよう、おいしそうやなあ」
「ね。おいしそうね」

 先週の生協でアサリを注文していた私お手柄。     押し葉

山小屋訓練

 先月夫は槍ヶ岳(やりがたけ)という山に行った。槍ヶ岳山荘に泊まり翌朝山頂に立った。朝予定していた時間に山小屋を出ようとしたら世の中が雪におおわれ凍っており、出発するのはもう少し太陽が出て気温が上がって凍結部分が解けてからのほうがよいと判断して予定よりも少し遅い時間に出発したのだという。それまでの夫は山小屋では便が出なくなるから山小屋泊は二泊が限界だと前々から言っていた。しかし槍ヶ岳から帰ってきた夫は「そういえば槍ヶ岳山荘では出た」と言う。

「これまでの山小屋となにがちがったんだろう? もしかして持って行った青汁を水に溶かして飲んだとか?」
「ううん。青汁は持って行ったけど、結局飲まずに持って帰ってきた。なんか山では青汁飲むことを思い出せないらしい」
「まあ、もともと普段から青汁を飲む習慣があるわけじゃないのに、山でも出たらいいなと思って私の青汁をにわかに持って行ってるくらいだから、なかなか思い出せないかもね。でもじゃあ今回の槍ヶ岳山荘では何が違ってたんだろう」
「うーん、なんやろうなあ。ああ、そういえばトイレが珍しく洋式だったのはあるかも」
「洋式だけど当然水洗じゃない、よ、ね」
「うん、バイオトイレとかなんとかいうやつじゃないかなあ」
「んーと、便座の下は空洞?」
「うん、空洞。底のほうで排泄物とおがくずみたいなものがゴウンゴウンいいながら撹拌されてた」
「ほうほう」
「そのバイオトイレはこれまでの山小屋に比べたらトイレ独特のにおいが少なかったかもしれん」
「その目的もあってのバイオトレイなんだろうけど、でもにおいがしないわけではないんでしょう」
「それでも他の山小屋みたいにトイレのにおいがシャープなところに比べたら洋式便座なのもあってゆっくり座れたんかなあ」
「あ、もしかして、今回朝出発予定時刻には凍結で出発できなかったぶん山小屋でゆっくり過ごしたって言ってたじゃん。そのゆっくりしたのがよかったんじゃないかな。いつもは腸が出したくなるタイミングを待たずに山頂目指して歩いてるんじゃない?」
「ああ、そうかもしれん、たぶんそうだ」
「じゃ、今度から毎回朝ゆっくりめに出発したらいいんじゃないん?」
「そういうわけにはいかんのんだって。おれもいろいろ忙しいんじゃけん」
「はあ、そうなんですか。まあ、家に帰ってきてゆっくり落ち着いて出せばいいならそれもよしなんじゃないかな」

 そんな話をしてしばらく後、夫が槍ヶ岳から帰宅して数日の間に何度か続けて、夫がトイレに入ったあと我が家のトイレに『おまえさんトイレを流し忘れましたね』と思われるにおいが漂うようになった。トイレに入る必要があってトイレに入った私もすぐに用を足したいので入ってすぐに先にあるものを流して自分の用を足してまた流す、というふうにしていたのだが、数度目を超えたところで夫に伝えることにした。

「どうやらくんね、最近、トイレに入ったあと流し忘れてることない?」
「ええー、おれはちゃんと流してるって。みそきちどんさんの流し忘れなんちゃう」
「ううん。さっきどうやらくんトイレ行ったでしょ」
「うん、行った」
「そのあと私が行ったときに色といいにおいといい流してない状態だったよ。もう見せてはあげられんけど」
「あれー、おかしいなあ」
「どうやらくん、今回のお山から帰ってきてからずっと流し忘れてると思う」
「ああ、もしかしたら、そう言われたらそうかもしれん。山小屋のトイレは流すことがないからそのリズムのままじゃったかもしれん。それか、山小屋に備えての訓練なんじゃないかな」
「訓練? なんの?」
「山小屋のトイレのにおいがそんなに気にならなくなるように常日頃からにおいがあるトイレに入る訓練」
「その訓練は誰の訓練なん?」
「おれに決まってるじゃん」
「でも実際にはどうやらくんが入ったあとのにおいが残っているトイレに入るのは毎回私なんだよ。そのあと私は毎回流して、必要なら掃除や消臭作業をしてから出るんだよ」
「あれー、おかしいなあ。それじゃあおれの訓練にならんなあ」
「私は山小屋のトイレに備えて訓練する必要はいっこもないけん。うちのトイレはバイオじゃなくて水洗じゃけん。二人で使うトイレじゃけん。どうやらくん専用のトイレじゃないけん。毎回流すことを思い出して流してください」
「おうっ、がってん承知」

 そうして夫のトイレはふたたび毎回流されるようになった。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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