みそ文

ボリショイバレエと日本舞踊

 私が小学校一年生と二年生のときの担任の先生はタリオカ先生だった。女性の先生で、当時同じ小学校の上級生にタリオカくんという男の子がいて、タリオカ先生はそのタリオカくんのお母さんでもあった。今にして思えば、その頃のタリオカ先生は今の私くらいの年齢かもしかすると今の私よりもずっとお若かったのかもしれない。

 お盆に実家で話していた時、何かの話の流れで私が「タリオカ先生には一年生と二年生のときに受け持ってもらった」と言うと、母が「たった二年しか受け持ってもらってないんかね。なんだかもっと随分お世話になった印象があるのに」と言う。私が「それは、タリオカ先生には、ボリショイバレエに連れて行ってもらったからじゃないかな」と言うと、母は「ボリショイバレエ?」と問い返し、夫と父は「なにそれ」的な表情をする。

「ほら、私、小さいときに、バレエが習いたくて習いたくて、バレエバレエ言うてた時期があって、とうちゃんがどこかバレエを習えるところがないか調べてくれてね、でも当時バレエを習おうと思ったら広島市内のバレエ教室までニ時間近くかけて通うしかなくて、そんな小さい子がひとりでレッスンに通うのは現実的じゃなかったし、しめじ(弟)もやぎ(妹)も小さくて親が私のバレエ教室通いに付き添える状態じゃなくて、でも私がいつまでもバレエバレエ言うけん、とうちゃんがボリショイバレエ団が広島に来ることになった時にチケットを二枚買うてくれたんよ。もともとはうちのおとなの誰かが連れて行ってくれる予定だったんじゃろうと思うんよ。それがなんかでとうちゃんもかあちゃんもばあちゃんも私を連れて行けんようになって、どうしようかいうて、結局タリオカ先生にお願いしてみよう、っていうことにしたらしくて、タリオカ先生に同行を頼んでくれたん。タリオカ先生は音楽の先生でもあったし学芸会や運動会のお遊戯やダンスの指導にも熱心な先生じゃったけんバレエには興味がないわけじゃなかったんかな、とうちゃんとかあちゃんに『いいんですか、そんな高いものをタダで観せてもろうても』いうて言いようちゃったけど、全然タダじゃないよね、勤務時間外に小さな私を連れて広島まで行って私に夕ご飯食べさせて観劇中おとなしく観とくように監視して、またうちまで連れて帰ってこんといけんのに、タリオカ先生、ボリショイバレエのチケットを二枚預かって、私を連れて行ってくれちゃったんよ。そのときの夕ごはんに、お好み焼きの徳川だったか、むすびのむさしだったか、のお店に私を連れて行って食べさせてくれちゃって、先生がおごってくれちゃったんか、とうちゃんとかあちゃんが先生に私の交通費と食費を渡してくれとったんかは私は知らんのんじゃけど、とにかくどちらにしても大阪風お好み焼きだったとしても外食のおにぎりだったとしても私が初めて体験する食べ物じゃったけん新鮮でねえ。ボリショイバレエ自体はどこであったんじゃろうか、あの頃ああいうのができるところといえば、広島郵便貯金会館じゃったんかねえ」

 母は「そんなこと全然おぼえてない。あんたあようおぼえとるねえ」と感心する。私は「だって夏休みの絵日記にも書いたもん。それにあのボリショイバレエ観たおかげでバレエ習いたい習いたいいうツキモノがとれておとなしくなったけん、相当満足したんじゃないかなあ」と言う。父は『そういえばそんなことがあったかなあったかも』な表情になる。夫が「それで、みそきちは結局バレエは習わんかったん?」と私に聞く。

「うん、バレエはね、習わんかった。でもむかしもいまも歌舞音曲は好きなほうじゃけん、人生のどこかで踊りが習えたらいいなあ、とはけっこう強く思いつつボリショイバレエを見終えたんだと思うんよね。そしたら小学校六年生の春に学校から帰ってきたらいきなり『今日から毎週日本舞踊を習うんよ』いうて言われて、なにそれ、なんかわけわからんのんじゃけど、言うとるうちにお稽古が始まって。ボリショイバレエ当時の私の『踊りが習いたいです』っていう願いはそれで叶ったことにはなったんじゃろうけど」
「でもなんで日本舞踊じゃったん?」
「んー、もともとはばあちゃんの肩があがらんようになったときに肩のリハビリになんか楽しく体を動かすのを続けるにはどうしたらええじゃろうか、いうてとうちゃんとかあちゃんが考えて、ばあちゃんはむかし娘時分に習いようた日本舞踊が好きじゃけん日本舞踊ならええかもしれん思うたときに、たまたま日本舞踊の先生が近くに住んどってじゃいうのがわかって、習う人数が多いときには自宅まで教えに来てくれてじゃけんいうて、家族全員で習うことになったんよ」
「え、おとうさんもしめじくんも?」
「そうよ。家族六人全員じゃもん」

 母が「おばあちゃんは誰よりも練習熱心でねえ。ひとりで何回も何回もレコードかけて練習してからお稽古当日に臨みようたよねえ。他の者はよっぽど発表会前なんかじゃないと普段はお稽古当日以外になかなか練習してなかったのに、おばあちゃんはえらかったよねえ」と言う。私は「踊りを習い始めてしばらくしたら、ばあちゃんの肩治ったよね」と思い出す。

 私達家族が日本舞踊を習った先生のところで、妹とみみがー(姪)は今もお稽古を続けている。     押し葉

将棋とアセトアルデヒド

 広島の実家に帰省した時に、甥のむむぎーが夫に「あとで将棋しよう。相手してください。でもこのあとの予定を考えたら、将棋ができるのはご飯が済んでおれがお風呂からあがってからになるかもしれん。そしたらお酒のんだ人はもう酔っ払っとるかあ」と言う。夫は「大丈夫。しようや。酔っとっても将棋はできるけん。酔っとるくらいがむむぎーの相手にはちょうどええじゃろ」と答える。

 むむぎーが「おとうさんはお酒を飲んで酔っ払ったらへんなにおいがするんじゃ」と言う。夫が「それはアセトアルデヒドやな」と言う。するとむむぎーが「ちがうよ。汗となんかのにおいじゃないよ、あれは」と言う。そこでその場にいた夫と私と父と母がいっせいに「汗、じゃなくて、アセトアルデヒド」と言う。むむぎーは「へ?」と不思議そうな顔をする。私が「あ、そうか、むむぎーはまだアセトアルデヒドを学校で習ってないかもしれんね」と言うとむむぎーは自信をもって「うん、おれ、ぜったいそれまだ習ってない」と言う。母が「これでむむぎーは学校で初めてアセトアルデヒドを習う時には、ああ、あのときのあれがこれだったんかー、って思ってしっかりおぼえられるね」と言う。

 むむぎーが「でもお酒はアルコールじゃろ? それなのになんでアルコールじゃなくてアセトなんとかのにおいなん?」と問う。私が「それはね、人間がアルコールを飲むと身体の中で代謝されてアセトアルデヒドというものに変わるん。じゃけん、飲んでるお酒そのものはアルコールのにおいでも、お酒を飲んだあとの人間の体はアセトアルデヒドのにおいがするんよ。まあ好みの問題もあるけど、アルコールはどちらかというといいにおいで、アセトアルデヒドはどちらかというとくさいんだわ」と説明する。

 その夜むむぎーと夫は将棋をした。彼らが用いる将棋盤と駒は公文の将棋セット。むむぎーとみみがーがまだずっと小さい頃に私が買ってプレゼントしたもの。公文の将棋盤は折りたたみタイプで、将棋の駒は折りたたんだ将棋盤の中に片付ける。駒にはそれぞれの駒の名称だけでなくその駒が移動できる方向が矢印で書いてある。もちろん「遊び方ガイド」の小冊子がついていてそちらでも確認できる。これなら駒の動きをおぼえていない将棋初心者でも気軽にやってみようかなと思えるような気がして伯母(私)はつい甥と姪に買い与えた。その後その将棋セットは実家の居間に常に置かれ、折々に取り出しては開いて遊んでいる間に、むむぎーとみみがーは兄妹で対戦して遊べるくらいに将棋ができるようになった。

 私は将棋ができない。いやどうしても将棋がしたくてその気になってルールを学習すればできるようになるだろうとは思う。たまたま幼年期から成長期にかけて将棋をする機会がなくて将棋をしたことがないまま(見たことはある)おとなになった。おとなになってからもわざわざことさらに将棋をする機会がなくそのまま結婚した。結婚したら夫は将棋を愛する人で私に対して「今からでもちょっとおぼえたらできるよ。教えるけんおぼえてできるようになったら? そしたら家でも旅先でも将棋で遊べるようになっていいじゃん」と熱心に勧めてくれた。そういうことならと「じゃあ、やってみようかな。では教えてください」と休日に畳の上で夫と将棋盤に向き合う。駒の並べ方を習う。駒の名前も各駒の動きのルールすら知らない私は最初にひととおりの駒の名前と動きを聞いてもすぐにはおぼえられなくて、駒を一個動かしては次の駒の動かし方を質問する。夫がむかしから使っている将棋盤だから「駒の動かし方」のような遊び方説明書がついているわけでもなくすべてが夫からの口伝。私のことだから自分から積極的に教えてくださいとお願いしたことであるならば、おそらく紙とペンを用意して、ルールを書きとめながら将棋の学習に励んだことだろうと思う。しかしそのときの私は「まあ、夫がそんなに熱心に言うのであれば付き合ってあげるのはやぶさかではない」くらいの気持ちで始めているからそういう熱心さはない。

 私が何度目かに何かの駒の動かし方を夫に尋ねた時に、夫が「いい加減おぼえたら? 見てわからんやつは聞いてもわからん」と言った。私は「それが初日の初心者にものを教える態度かっ」と口答えし、それに対して夫は「それが人にものを教えてもらう態度かっ」と立腹する。「別に私の方から将棋を教えてほしいと頼んだわけじゃない。どうやらくんが私も将棋ができるようになったらいいと思うって言うからそれならやってみようかと思ったけど、こんな教え方するんならもう教えてくれなくていい。どうやらくんとは一生将棋はせん」と宣言して駒を片付ける。

 そうして私はその後将棋をすることなく大きくなり続けているわけだが、小さい頃に気軽に将棋で遊び、なんとなくでもルールを把握した体験があれば、新婚早々になにも将棋で喧嘩と決裂のストレスにまみれずとも済んだのではないか、新婚といえども、いや新婚だからこそ、文化の異なる他人同士が結婚して共同生活するだけでもストレスフルな毎日なのに、将棋ごときで無益な……と感じる部分もあり、むむぎーとみみがーには小さい時にそういう機会があるようにできたらいいなと考えたのかもしれない。むむぎーとみみがーは、少なくとも将棋ができるかできないかに関わることで、共同生活を始めたばかりのパートナーとの間で無用ないさかいをしなくても済みそうじゃね、と伯母はにんまりと自己満足に浸るのであった。と思ったが、彼らは既に日常的に将棋で遊べる人たちになっているということは、もしかすると、むむぎーやみみがーが、将来、将棋を知らないパートナーかだれかに向かって、夫が私にそうしたような狼藉言動に走る可能性はあるということか。いや、でも彼らは駒の動く方向の矢印付きの駒と「遊び方ガイドブック」で遊び方を確認しながら将棋をおぼえた人たち。もしも彼らが大切に想うはずの誰かに将棋を教えてあげようかというそのときには相手が「わあ、将棋っておもしろそうかも、たのしいかも、もっともっとやってみたい」とわくわくするような教え方をするおとなに育ちますようにと伯母は切に願うのであった。     押し葉

灯籠の模様

 今回の帰省では、どうやらの実家に二泊、私の実家に一泊した。私の実家の仏壇は八畳の和室にありそのとなりに六畳の部屋が続いている。以前は六畳の間も畳だったのだが、今回帰省してみたら畳がなくなり床張りにリフォームされていた。みみがー(姪、弟の子、現在中学一年生)の日本舞踊のお稽古用に板の間を作ったのかしら、と思ったがそうではなくて、この部屋の柱と梁を太いものに通し直すことによって家全体の耐震性を高くしたのだとか。太い柱を組み込んだため床面積がこれまでよりも若干狭くなり畳六枚は入らなくなった。それなら板張りにしてもいいかもね、ということで板の間にしたのだという。せっかくできた板の間について家族皆はみみがーに「踊りの練習に使うてもえんじゃけんね」と推奨したが、みみがー本人は「え? ええよ、わたし、じぶんの部屋でこうやってひとりで練習しようるもん」と手のひらをひねって見せ、新しい板の間がみみがーの踊りの練習場所として活躍することはまだない。この板の間にしゃがんであぐらを組み寝転んでうつぶせて体を動かしてみたところヨガをするのにたいへんに塩梅がよいことに気づく。板の上で足の裏が滑ることもなくつっかかることもない。私はひとり「こりゃええわあ」とのびのびとヨガを行う。

 隣の八畳の間に弟とむむぎー(甥、弟の子、現在中学二年生)がやってきて作業を始める。仏壇の前にお盆の灯籠(電気で灯りがともるタイプ)を組み立てる作業。箱からパーツを取り出して弟とむむぎーが一台ずつ組み立てる。むむぎーは弟がするのを見て同じように真似をして組み立て作業を行う。母によればこの灯籠の組み立てを弟の担当にすることで弟にお盆の支度の一端を着実に担わせる目的と次世代を担うむむぎーにお盆文化を伝承継承してゆく目的を兼ねているのだとか。

 灯籠のパーツを仕分ける弟とむむぎーに「私もなにかお手伝いしようか」と声をかける。弟は「ええわいね、ねえちゃんはヨガしようるんじゃろ、ヨガしようきんさいや」と言う。むむぎーが「みそちゃんが手伝ってくれるんじゃったら、おれ手伝わんでもええかね、むこうに行っとっておらんでもいいとか」と言う。弟がむむぎーに「ボケたなすきちみたいなことを言いよらんとしゃっと手伝えや」と言う。私は「そういうことでしたら、私はありがたくここでヨガを」と続ける。身体をほぐしてから鳩のポーズで呼吸を繰り返し始めたところでむむぎーが「みそちゃんなにしょうるん」ときいてくる。私は「鳩のポーズ」と答える。むむぎーはそのまま弟のほうを向いて「なんか、おとうさんのおねえちゃんてかわっとるよね。おとうさんの妹もかわっとるけど」と言う。弟が「ほうじゃろうが。おとうさんがまともでえかったなあ思うじゃろうが」と言い、むむぎーが「うーん、そうかなあ、そうかもね」と言う。

 弟とむむぎーが一台ずつ組み立てた灯籠は電球を覆う部分の模様が薄く透けて見えるのが美しい。二台の灯籠は門番か門そのものの役割を果たすなにかであるかのように仏壇の両脇に静かに配置された。     押し葉

にんじんしりしりに分け入る

 前々回、前回と、二回続けて登場したお店「美ん美ん(ちゅんちゅん)」で注文した「にんじんしりしり」について。「にんじんしりしり」とは沖縄のニンジン炒め料理で「しりしり」というのはニンジンを専用のスライサーでスライスするときのシリシリという音を表現しているものらしい。基本的にはニンジンを油で炒めて卵とからめればからめるレシピが多いだろうか。ツナなど他の具材を一緒に炒めることもあるようだ。にんじんをおいしくたくさん食べることができるので私はひとりご飯のときにはときどき作って食べているのだが、そういえば夫と一緒の食事のおかずに作ったことがなかったかも。

 この「にんじんしりしり」を注文するときにも「こちらのにんじんしりしりには薬味や具にネギや玉ねぎがのったり入ったりしますか?」と確認する。この時点ではまだあさりバターのニラには遭遇していない。店員さんは「んー」とにんじんしりしりの姿形を思い出すような表情を少しだけしたあとに「いえ、ネギも玉ねぎもなしですね」と返答してくれる。「それでは、にんじんしりしり、ひとつお願いします」と注文。

 しばらくして運ばれてきたにんじんしりしりを私達の前のカウンターに置こうとした店員さんが「あっ。ネギ。すみません。ネギなしでしたよね。これネギのってます」と言われる。平たいお皿にのった橙色の薄く細く平たく切られたニンジンの上にネギの小口切りの緑色が映える。夫と私が「はい。ネギなしと教えてもらってから注文しました」と言うと、店員さんは「すみませんっ。すぐに作り直してまいります」とにんじんしりしりのお皿を持って厨房に戻る。

 少ししてから店員さんが「にんじんしりしりお待たせいたしました」と持ってきてくださる。ぱっと見ネギの小口切りはなくなっているのだが、さきほどネギの小口切りがのっていた部分にネギの小口切りが数片残っており、その上から大量の白煎り胡麻がかけてある。ああ、新しいにんじんしりしりを作りなおしたのではなく、先程作ったにんじんしりしりに薬味でのっていたネギの小口切りを菜箸で取り去ったもののにんじんとにんじんの間に入り込んだネギまですべては取りきれなくてその部分に大量の煎り胡麻をのせてくださったのねえ、と察する。夫が「どうする? 事情を話して作りなおしてもらう?」と私にきく。
 「ネギ抜きで」と明確に注文したにもかかわらずうどんや蕎麦や個別の鍋もの汁物などネギのエキスが滲出するような料理がネギ入りで運ばれてきた場合に「ネギ抜きでお願いしたのですが」と言うと、新しくネギなしのものを作りなおしてくれるお店や店員さんと、私の手元からいったんさげたものからネギだけを取り去って再度それを出そうとする(実際に出す。そしてたいていはネギ片がいくつか残っている)お店や店員さんの二種類が存在する。前者の場合はありがたくお礼を丁寧に伝えておいしくいただき、後者に遭遇した場合には「すみません。ネギのエキスもダメなのでいったん入れたネギを取り去るだけではなくて新しいものを作りなおしていただけますか」とお願いすることがある。場合や状況によってはもはや諸々あきらめてそのネギ入り汁物には手を付けず他の食べられるものだけを食べて済ませることもある。
 注文のときに「ネギなし」でと言い、店員さんが復唱してくださるときにも再度店員さんとふたりで「ネギなしで」と言い合い、注文伝票にも間違いなく「ネギなし」と書いてもらったのにと茫然とする私のかわりに夫がお店の人に作りなおしを頼んでくれることもある。
 しかしにんじんしりしりの場合はネギが接触していなかった部分だけを選んで食べるという方法(ネギが接触していた部分と現在なおネギが数片のっている部分は夫に食べてもらうという方法)で対応できそうだから、夫に「ううん、このままいただくよ。私は外側のネギがのっていなかったあたりを食べるから、どうやらくんは真ん中のネギがのっていたあたりと、この明らかにネギの小口切りが残っているあたりを食べてくれるかな」とシェア(分けあい)の方向性を決める。

 「にんじんしりしり」を初めて食べた夫はいたくこれを気に入り「おいしいなあ、おれ、これ、いっぱい食べたい。またうちでも食べたい」と言うほどだったから、結果的に夫が食べる部分が多くなってよかったね、ネギなしと聞いていたはずのものにネギがのって出てくるという思いがけないできごとがなければニンジン好きの私が大半平らげていたはずだもんねえ、ではあったのだが、五葷抜き道はその草むらを分け入り歩みをかさねてもかさねても、外食における「ネギ抜きの確認とお願いと実現」がなかなか一筋縄ではいかない。それでも以前に比べたら、着実に少しずつメニュー選びも注文の仕方も上達してきたと思うから、私も夫もお店の人もほんとうによくやっていて、きっといろいろだいじょうぶ。     押し葉

あさりバターの薬味には

 焼き鳥居酒屋兼沖縄料理店である「ちゅんちゅん(美ん美ん)」にて、あさりバターを注文したいなあと考える。カウンターに置いてある「当店おすすめ、あさりバター、あさり酒蒸し」の写真のあさりにはネギの小口切りがのっているように見える。

 みそ文やみそ記やみそ語りをこれまで長く読んで来られた方々におかれましては既にご存知であろうと思われるが、当然そんなことまだちっともご存知でない方がおられることもあるであろうなと説明を試みるならば、私は数年前から頭痛予防目的で「五葷(ごくん)」というグループの野菜の摂取をやめている。五葷とはネギ、玉ねぎ、ニラ、ニンニク、ラッキョウをはじめとした野菜のグループで、行者にんにく、あさつき、エシャロットなどもこのグループに属する。薬味として、また味付けのベースとして料理に欠かせない食材とも言えるのだが、私の身体の場合はこれらの食材を摂取すると頭痛が生じることがわかってからは極力外すようにしている。それを気をつけるようになって以来、頭痛の発生頻度は激減し、生じたとしても軽く済むことが多くなり、体力気力の消耗が減った。頭痛で数日間寝こむことも人生の連続何十時間かを何度も棒に振ることからもかなり開放された。自宅では自分が作る料理使う食材調味料を好きなようにできるのでまだ対応がしやすい。しかし外食においてこれらの食材を使っていないものをさがして選ぶのは慣れないうちは困難を伴う。とはいえ慣れてくればまあまあそれなりに外食もこなせる。
 好き嫌いで言うならばこれらの食材は私の好物である。しかし、それらの食材を食べたあとに襲われる長く重い頭痛の苦しさと食べたときのおいしさの快楽を天秤にかけたとき、私は自分が大好きなこれらの食べ物を食べないことで頭痛を減らし軽くすることを選んだ。
 実際には五葷だけではなく他にも頭痛予防のために摂取をやめている食材食品がいくつかあるのだが、今回ここでは五葷の話だけにとどめる。

 そういう身体事情と背景があるので、外食で何か注文するときにはスープベースや具材や調味料として五葷が入っていないものを注意深く選んだうえでさらに「薬味のネギは外してください」だとか「ネギ抜きでお願いします」と一言添えるようにしている。今回注文したあさりバターの写真にはネギの小口切りがのっているようであり、念の為に右隣のおじさんが先に食べているあさりバターを横目で観察してみたらやはりネギの小口切りがのっている。よし、これはネギ抜きの一言を添えて注文だ、と意を決し、店員さんに「追加注文お願いします」と声をかける。

「あさりバターひとつお願いします。薬味のネギはなしにしてください」
「あさりバター、ネギ抜きですね、承知いたしました」

 あさりバターを待っているあいだにカウンターの中の焼き場から焼き鳥が供される。鶏皮、せせり、もも、豚トロ。塩とタレのどちらかが選べるうちの塩で注文したもの。ああ、おいしい。こうして帰省移動の途中で一泊して運転を昼間の明るい時間帯だけにすると身体がすごくラクだねえ、と夫と話す。ほどなくあさりバターが運ばれてくる。テーブルの上のあさりバターを夫とふたりで凝視する。「う、これは……」と私がつぶやくと夫が「これはなあ、予想外。思いつかないから防ぎようもない」と言う。「うう、たしかにネギはのっていないけど」「あさりバターにニラをさっと最後に一緒に煮て入れるのはこれまで食べたことがないなあ」

 夫は「これはおれが食べるから、みそきちどんさんはもう一個、ニラもネギもなんにも薬味がのっていないあさりバターを別に頼んだら?」と提案してくれる。「どうやらくんはひとりでそのあさりバターくらいの量は平気で食べられる、できればひとりで平らげたい、ということかしら」と問うと夫は「うん」と言いつつあさりとその汁をすする。店員さんを再度呼ぶ。「すみません。あさりバターをもうひとつ、今度はネギもニラもなんにも薬味は一切なしでお願いします」と頼む。店員さんは「あっ、ネギだけでなくニラもダメでしたか。ごめんなさい、そちらのあさりバターお下げして作りなおしてきます」と言われる。夫は両手であさりバターのお皿を死守するように押さえて「いえ、これはいただきますんで、これとは別に」と言う。私は「はい、これとは別にもうひとつ新たにすべての薬味なしのあさりバターの注文をお願いします」と続ける。

 夫はひとりで「うまー」と満足そうにあさりとニラを食べバター汁を飲む。「あさりバターにニラの組み合わせで来るとはなあ」と珍しいものを見たように言う夫に私は「うーん、よくわからんけど、沖縄料理的にはここでニラを組み合わせるのはよくあるんですと言われたらそうなのかなあという気はするのはするかなあ、どうなんだろうねえ。でもね、気持ちはわかるの。あさりバターの色合いとして視覚的に緑色を最後に上にのせたくなる気持ちは。私も自分で作る時には最後にパセリのみじん切りやドライパセリをちらすことあるもん」と返す。

 私のために新しく供された薬味なしあさりバターはその貝の身のプニプニとした食感も、火の入れ加減も、貝殻ですくって口に運ぶバター汁のバターと塩味のバランスも、最初から最後までじんわりとおいしくて、「ひとり一個ずつ注文して各自堪能できてよかったね」とそれぞれのまえにひとつずつあさりバターがなくなった白くて広いお皿を置いてひとしきり満ち足りる。     押し葉

ミンミンそれともチュンチュン

 広島帰省からの帰り道に途中で一泊した町で焼き鳥屋さんに入る。焼き鳥屋さんだと思って入り焼き鳥を何種類か注文したが、メニューをじっくりと見ると、焼き鳥屋さんでもあるが沖縄料理屋さんでもあるらしいことがわかる。追加で「にんじんしりしり」を注文。夫がしきりに「これうまいなあ。うちでも食べたいなあ」と言う。

 メニューのすみっこに書いてあるお店の名前は「美ん美ん」。その文字の下には鶏とヒヨコのイラストがあり、私は「この美の字は美ら海(ちゅらうみ)のチュの音で読むんだろうな、チュンチュンだね」と予想する。夫がすかさず「それはないやろ。チュンチュンってスズメならありだけどこの絵はニワトリじゃん。スズメを焼いて食うわけじゃないし。これはミンミンやろ」と言う。そうかなあ、こんなにたくさんの沖縄料理メニューがあることを考えると美の字は「び」や「み」でなく「ちゅ」と読みたいが、そしてミンミンと読んだのでは焼き鳥にも沖縄料理にも「美」の字がかからない気がするんだけどなあ。

 食事を終えてレジで会計をするときに夫がレジ前でお店の名刺のようなカードを見つける。そして「あ、チュンチュンって書いてある」と言う。そう言われて私もそのカードを見る。「美ん美ん」の文字の横にひらがなで「ちゅんちゅん」と読み仮名がつけてある。

 夫のあのとっさの「それはないやろ」という台詞が、だいたいにおいて「ありそう」で「ありうる」ことに対して発せられるのはどうしてなのか不思議だなあ。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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