みそ文

温泉で履物を確認する

 夏に妹と義弟が遊びにきたときに、一緒に温泉に入りに行った。

 二人が来た初日は土曜日で、義弟が土曜午前の仕事を終えてから広島を出てくるから、二人がこちらに着くのは夕方。入浴に必要なタオルなどを、妹と義弟と私の三人分用意して迎えに行く。夫はこのとき富士山登山に出かけていて不在。

 三人で行ったところは、一階にアロエ風呂があり、二階に別の源泉の大浴場と砂利風呂のある温泉施設。ここはお湯がたいへんによくて、私のお気に入りの温泉だ。ただし、施設の築年数も利用者の平均年齢も高めで、なんというのか、こう、おしゃれな施設、とは言えない。
 が、義弟は「ディープな温泉」「県外の観光客がツアーで行くようなところじゃなくて、地元の人がお湯のよさを求めて行くような温泉」を所望していたから、ちょうどよいかな、と思い案内する。

 まずは二階の大浴場に入る。
 女湯で私が持参した一個の洗顔石鹸を妹と一緒に使う。私は備え付けの洗浄剤を使うと皮膚に反応が出ることが多いから、シャンプーやトリートメント、身体を洗う石けんなども持参のものを使う。
 妹は皮膚トラブルはあまりないタイプで、備え付けのリンスインシャンプーとボディソープで全身洗う。
 
 女湯には他にも年配の女性が二名くらいいたから、妹とは小さめの声で話していた。そうしたら、高い壁で仕切られている男湯のほうから、義弟が「やぎちゃーん、なんとかー」と言う大きな声が聞こえる。

 妹は「んん? もっきゅん、なんて言ったんじゃろう、なりきり?」と不思議そうに考える。私が「最後は、きり、だったねえ。すりきりいっぱいのすりきり?」と顔を見合わせて答えて、はっと、ふたりとも「あ、貸し切り、だ」と気づく。

 妹は男湯に向かって、大きくもないけど小さくもない声で「もっきゅん、貸し切りなのはわかったけん、女湯には他にもお客さんがおってじゃけんね」と伝える。男湯が、しいいん、と静かになる。
 私は妹に「どうやらくんもね、男湯でひとりきりだと、湯船の中でバタ足とかして、ぼっちゃんぼっちゃんばっちゃんびっちゃん、って大きな音がするんよ」と話す。

 湯船に入ってから、砂利風呂にも入る。もう一度、中の大きな湯船に入って、お風呂から上がる。一階のロビーにおりて、今度はアロエ風呂にも入る。私一人で来る時には、二階のお風呂だけで済ませるけれど、妹と義弟が「せっかくだから両方に入ってみる」と言うから、私も付き合う。一階のお風呂は階段の登り下りが不要だから、年配のお客さんでいっぱいで、露天風呂に入っていたら、地元のおばあさんが私達にどこから来たのかと尋ねられる。私はこちらに住んでるんですけど、実家のある広島から妹夫婦が遊びに来たので、一緒にここに来ました、と説明する。

 お風呂から上がって、脱衣所から外に出たところに、お相撲の番付表のような紙が貼ってある。妹はそれをまじまじと見て、妹と義弟が行ったことのある温泉を確認する。
 ロビーで義弟と待ち合わせて、三人とも首にタオルをかけたままで施設を出ることにする。
 妹が義弟に「温泉の番付表、見た?」と訊くと、義弟が「なにそれ、見てない」と言う。妹が「お風呂の入り口のところに貼ってあって、私らが行ったことのある温泉もいろいろ載ってたよ」と言うと、義弟は「見てくる」と言って見に行く。妹も近くまで一緒に行って「ほら、ここ、ね」と指さして何か話す。

 施設の人に「ありがとうございました」と挨拶して靴を履く。暑い季節だったから、妹と私はサンダル。入館したときにサンダルを入れた下駄箱の扉を妹が開けてくれたから、私は「ありがと」と言って自分のサンダルを出して履く。

 帰り道の車中で義弟が「みそちゃん、今の温泉、ぶちディープじゃん(「ぶち」は広島弁で「とても」「すごく」などを意味する)」と言う。

「そうじゃろ。お湯がいいじゃろ」
「お湯も飲めるようにしてあったね」
「そうなんよ。糖尿病にもいいお湯でね、お湯だけの販売もしてるんよ」
「男湯は貸し切りじゃったよ」
「うん。そうみたいじゃったね」
「でも一階のアロエ風呂には人が多かった」
「お年寄りは二階に行くのが面倒くさいけん、みなさん一階で済ましてんよ」

 そんな話をしながら、私は運転しながら、さっきから気になっていた足元を左手でごそごそと触る。信号待ちで停車したときに、自分のサンダルを脱いで持ち上げて肉眼で確認する。
 妹と義弟が「ちょっと、ねーちゃん(みそちゃん)、さっきから、何をごそごそしようるんよっ」と音声多重で詰問する。

「あのね、サンダルが、自分の履いてきたサンダルかどうか、なんか自信がなくて、確認しようと思って」
「私が自分の靴出したあと、ねえちゃんのは隣の下駄箱じゃったけん私が開けてあげたじゃん」
「そうなんよ。そのまま何の疑問も持たずに履いたけど、自分の履いてきたサンダルかどうか見もせずに履いたな、と思って」
「みそちゃん、それで、自分のじゃなかったら、どうするん? さっきの温泉に引き返して取りに行かんといけんじゃん」
「それはいやだなあ、と思いながら、今見たら、大丈夫じゃった。どうやらくんが私の誕生日プレゼントに買ってくれたリーガルのサンダルに間違いなかった」
「ねえちゃん、あんな年寄りばっかりの温泉に、リーガルのサンダルなんか履いてくる人、おらんわいねえ」
「そうは言うても、わからんじゃん。間違って人のサンダル履いて帰ってたらわるいじゃん」
「人の靴を間違って履いて帰るって、ねえちゃんの年でそんなんなったら人間としておしまいじゃん」
「やぎちゃん、ちょっと、そんな、おねえさまに対して失礼な」
「だってよ、明確な悪意があって、おっ、リーガルのええサンダルがあるわ、盗って帰っちゃろ、いうんじゃったら、まだそこに自分の靴じゃないけど履いて帰っちゃろう、欲しいけん持って行っちゃろう、いう意志があるじゃん。でも、自分のか他人のかわからんまんまに他人の靴を履いて帰って、これ自分のじゃったっけ、どうじゃったけ、いうのは、それは、まずいじゃろう。私じゃったら、ねえちゃんの年でそんなんなったらショックじゃわあ。なんか取り返しのつかん領域に入り込んだ気がするじゃん」
「でも、大丈夫じゃったよ。ちゃんと私のサンダルじゃった」
「そんなん、運転中にごそごそと確認せんでも大丈夫なほうがええと思うよ」
「それは、そのほうがええね」

 ずっと前、今の妹よりもまだもう少し私が若かった頃に、東北か北海道の山の上の温泉施設を日帰り利用したことがある。そこでお風呂から上がって玄関で自分の靴(黒いスニーカー)を履こうとしたときに、同じメーカー同じデザイン同じ色のスニーカーが隣に並んでいて、どちらが自分のものなのかわからなくなった。サイズは23.5と24.0で異なるのだけど、私は同じデザイン同じ色の靴の23.5と24.0の両方を持っていて、足のむくみ具合や季節の靴下の厚みに応じて履き分けることが当時は多くて、そのとき自分がその旅行に履いてきたのがそのどちらだったのかが思い出せない。
 玄関に入った時には、黒いスニーカーがたくさんあるから、他の人のと間違えないようにと、わざわざそれらとは少し離れたところで脱いで端に寄せておいた(下駄箱の利用は宿泊客のみだったため)。しかしお風呂から上がった時には、施設の人が玄関の靴を全てきれいに並べ直してくださっていて、私の靴も一緒に並べてくださっていて、そして同じ色の同じデザインのサイズ5ミリ違いのものと隣合わせで置いてくださっていたのだ。

 一緒にいた夫は「そんなのぱっと見て、自分のか自分のじゃないかわかるじゃろう」と言うけれど、わからないから迷っているのだ。施設の人は「実際に履いてみたらわかるのでは」と言ってくださる。それでは、と履いてみるけれど、ぜったいこっち、と自信を持って言えるほどではない。しばらく、どうかなー、どうかなー、と履き比べて、よしっ、こっちにしよう、と決めて、ああ、今度からは自分の靴に何か印になるものをつけるか、もっと他の人との見分けがラクな靴を履いてくることにしよう、と決意する。
 その旅の間、この靴で自分の履き心地なのは間違いないはず、と思いつつも、どうだろう、自分ので合っていたのかなあ、と、ときどき気がかりだったけれど、結果的には、その靴でちゃんと合っていて、帰宅してもう一足のサイズを見たらサイズが5ミリ大きくて、ああ合っていてよかった、と安堵した。

 温泉で靴を脱ぐ時にも履くときにも、その都度、よしよし、これは自分の靴だ、と確認したいものだな、と思う。

 とこの日記を書いていたら、妹と義弟と一緒に行った温泉施設の「無料入場券」が載ってるよ、と、夫が無料配布の冊子のページを指さす。通常日帰り昼間大人一人千円(夕方五時以降は六百円)のところが大人二人まで無料だなんて、それは素敵ねえ、一緒に行こうね、とそのページを切り取る。有効期限は2012年1月31日まで。
 今の季節は雪靴(防水で靴底にすべり止めが付いているブーツや長靴)で来る人が多いから、同じ雪靴でもちょっとヒールがついているタイプのを履いて行こうかな。足腰が多かれ少なかれ不自由になっているお年寄りもヒール高めの靴なら間違って履くこともないだろうし、私もこれは自分のだ、と見分けるのがラクだろうし。
 いつも靴を入れる下駄箱は鍵の付いてない扉のところにしているけれど、今度からは鍵付きの下駄箱のほうを使おうかなあ。他の人が私の靴を持って行ってしまわないようにという防犯対策(悪意のないうっかり対策も含めて)の意味ではなくて、自分の靴を取り出すためには自分が持っている鍵が必要という形にしておけば、これは自分の靴だと確認するのがラクなのではないかな、という意味で。
 年が明けて、この温泉にまた行くのがたのしみ。     押し葉

四十五歳成人男性そりに乗る

 生きていると、あのとき実際はああしなかったけれども、できることならこうしたほうがよかったなあ、と思うことはいろいろあるものだ。後悔というほど大袈裟なものではなくても、今にして思えばねえ、と感じることはあれこれある。

 大阪に住んでいた頃、近くにある金剛山という山に登った。当時の私は自分が斜面に興味がない傾向にあることにはまだ気づいていなかったから、夫と一緒に登った。一度はまだ温かい時期で、もう一度は雪が積もる季節。
 雪が積もったときには、山のなだらかな斜面をそりで滑ったら愉しいのではないかな、ということになり、桃色のプラスチック製そりをどこかで買って持っていった。
 二十代後半の夫婦(当時の私たち)がかわりばんこにそりに乗り、ちゅるるるるっと滑って、ああ、たのしいな、と思った、ような気がする。

 大阪から熊本に引っ越すときに、当時斜め下の部屋に暮らしていた仲良し家族から「そり、要らんかったら、もらいたいから置いて行って」という要望があったにもかかわらず、「いや、申し訳ないけれど、阿蘇山で草滑りして遊ぶのにぜひともこのそりを使いたいから、そりは熊本に連れて行くね」と断った。
 
 その後、熊本で暮らしていた間、何度も阿蘇山には行ったけれど、他のことで忙しくて、倉庫で待機する桃色のそりを阿蘇山に連れていくこともなければ、乗って遊ぶこともなかった。

 熊本から福井に引っ越す時には、誰も「そのそりちょうだい」とは言わなくて、要るもの要らないものを仕分ける余裕もなくて、そのまま福井に連れてきた。それからもう十年以上が経過する。

 先日の日曜日に車のタイヤを交換した。これでもういつ雪が降っても安心だ。交換し終えたタイヤは倉庫に片付ける。倉庫にはタイヤ以外のものもいろいろ置いてあり、これはもう要らないよね、と気づいたものはその都度少しずつ捨てる。
 今回は、この桃色のそりをもう捨てよう、と思ったから、部屋に持ち帰って「燃やせないごみ」の袋に入れて出す準備をする。
 ところが夫が「あ、そのそり、捨てるの待って。使うかもしれんけん」と言う。

「いやいや、大阪からずっとそり連れて引っ越してきたけど、もうずっと使ってないじゃん。そのそりを今さら使うとは思えないし、使うなら新しく買ったらいいことだから、これはいったん捨てようよ」
「これまではおれが山に登ってなかったけん使うこともなかったけど、ほら、今は山に行くじゃん、そしたら雪道でそりに乗って遊ぶかもしれんじゃん」
「四十五歳の成人男性が一人で桃色のそりに乗って遊ぶん?」
「うん、遊ぶかもしれんじゃん」
「遊ぶかなあ。山に行く時にはいつもあんなに荷物の重量が軽くなるように計量して調整してるのに、そりはかさばるしプラとはいえ山に担いで連れて行くにはちょっとだけ重いじゃん、そんなもの本当に山に持って行く?」
「持っていくよ。遊ぶよ。そり担いで行くよ」
「必ず持って行って遊ぶならとっておいてもいいけど、それなら、もう、どうやらくんの車に載せて山に連れて行くようにしといてよ」
「いや、普段は車に余計な物は載せないほうが燃費がいいから、そりは倉庫に置いておく」
「それは嫌だなあ。倉庫の不必要なものは気づいたものだけでも都度都度捨てて、我が家の気の流れや運気を良好に保ちたいんだけどなあ」
「だいじょうぶ。今度山に持って行って滑って満足したら捨てるけん」
「うーん、プラスチック製のそりだから、きっともうプラが劣化してると思うのよ。もし本当に乗って遊ぶんなら、そりくらい、新しいの買ったらいいんじゃないかなあ、高いものじゃないんだし。うちのはもう古いプラだから、滑ってるときにパキッと折れてバラバラになって、その破片を雪の上で拾うのは悲しくない?」
「そこで壊れたらこころおきなく捨てられるじゃん」
「いやもう、今すでにこころおきなく捨てられるよ」
「まあまあ、ちゃんと持っていくけん、ちゃんと捨てるけん」
「どうやらくんさあ、どうやらのお母さんが思い入れのあるものでもないものでもあれこれためこんでるのに対して、すっごく厳しい口調で、こんなもんさっさと捨てんさいや、いうて言うじゃん。どうやらくんだっていろんなものをためこむ性質があるのに、古いそりも捨てられないのに、お母さんに対してあんなものの言い方をするのはすごく失礼だと思う」
「わはは、そうきたか、だいじょうぶ、おれはあれほどひどくはないけん。そんなになんでも捨てろ捨てろ言わんでもいいじゃん」
「なんでもじゃないじゃん、今してるのは、そりの話じゃん」

 そのあとも、私があまりにも、古いそりを捨てたい捨てたいと言い続けるのが、夫には面白おかしかったらしく、夫は歯磨きのうがいをしながら、「頼む、うがいをさせてくれー、おかしくてうがいができんー」と大笑いする。しかし、私は面白くもおかしくもなくて、夫が笑うのが解せない。

 今にして思えば、私達が引っ越すときに、大阪の社宅で、「そのそりちょうだい」と申し出てくれた仲良し家族には当時二才か三才くらいの女児がいたから、幼少期の彼女の遊び道具として使ってもらえるのであれば、そりとしても、我が家で放置されるよりはずっとそり冥利に尽きたことであろう。

 今にして思えば、あのとき、ああすればよかったなあ、と思うことがいろいろある人生の中でも、特に、ああ、あのとき素直に手放していれば、今のこの揉め事はなくて済んだのに、と思わずにいられない、そんな我が家のそり事情。

 北陸地方の山の中で、桃色のそりに乗って遊ぶ中年男性を見かけたら、それはおそらく夫だ。壊れたそりの桃色のプラ破片を拾い集める人がいたら、それもきっと夫だ。そんな夫の姿を見かけたときには、声はかけなくていいから、そっと「よかったね、ちゃんとあのそり持ってきたんだね、そしてそりで遊べたんだね」と思ってください、お天道様。     押し葉

乳がんの精密検査で返り討ち

 先月の中頃に、乳がん検診を受けた。乳がん検診は視触診は以前からずっと、マンモグラフィは四十歳になってからほぼ毎年受けている。子宮がんの検診も三十歳を過ぎた頃から毎年受診している。
 乳がんに関しては自己触診も月に一回以上はしている。しこりらしきものは触れないし、これといった異常は何も感じないから、検診はそれでもあくまでも念のための安全確認、という気持ちで受けている。

 これまではそうして受けた検診の結果はいつも異常なしで、念には念を重ねて毎年異常のないことを確認しているかんじだなあ、と思いながら、「異常はみられませんでした」の結果通知書に目を通してきた。

 それが。先週の土曜日に届いた乳がんマンモグラフィ検診結果に、「なるべくすみやかに精密検査を受けてください」と書いてある。
 あらあら、むむう。自己触診でも検診当日の医師の触診でも異常なしだったのだけど、さすがマンモ、人間の指先では感知できないものも写す力があるのねえ。

 さてどうしたらいいのかな。精密検査をすすめる通知の紙の裏側に書いてある精密検査実施医療機関で精密検査を受ける手はずを整えればよいのだな。
 うちから車で十分かからない近くの病院で精密検査が受けられるらしい。ほうほう、と、その病院のホームページを見る。乳腺外来は週に一度水曜日の午後のみなのか。
 ということは、水曜午後のどこかで予約を入れればいいのかな。月曜日の朝になったら予約の電話をかけてみよう。

 はてさて。マンモグラフィで要精密検査になったからといって、乳がんである確率はそう高いわけではないとはいえ、自分の乳房から脇下リンパにかけての手入れを見直す機会ではあるのかもしれない。
 お風呂上りに顔と首筋のスキンケアはするし、気が向けばデコルテのスキンケアもするが、乳房と脇下のスキンケアはしていない。
 まずはそこからやってみますか、と、お風呂上りに化粧水を胸と周辺にもつけてマッサージしてみる。

 すると、おや、私の胸、なんか冷えてるような気がする、と気がつく。そういえば、首巻き、レッグウォーマー、二の腕ウォーマー、手首ウォーマー、腹巻、肩掛け、腰巻き、などで保温することはあっても、胸の保温ってしたことないなあ。
 病気としてのがんがあるにしてもないにしても、細胞を温かく保つのは、がん細胞が自主的に消滅するシステム上大切なことだから、胸、温めましょう、と思う。

 貼るカイロをシャツの上から胸に貼る。ううむ、カイロを胸に貼るのは初めてだわ。しかし、おお、ぬくくて気持ちいいぞ。しかも、胸が温まってきた勢いで、最近なんとなく背中の真ん中の少し上辺りに感じていた抜けるような穴のあいたような感覚があった部分の穴が閉じてきた気がするぞ。
 これまでは、この抜けたような穴があいたような感覚のするところにカイロを貼っていたけれど、なかなか穴が埋まらなくて、この「気」が抜けるような穴はなんだろうなあ、と思っていたけど、表側の胸を温めることでこの穴が埋まるとは。

 さて、それから、あとは、胸の機嫌をとるために、何をしたらいいかしら。そうだ。胸の肌と細胞が喜ぶような素材のブラジャーをひとつ買ってみよう。タグは外付け、素材はオーガニックコットンで、アトピー肌アレルギー肌の人向けとも言える製品。
 それから同じシリーズで、上半身全体が喜ぶように、これも肌が気持ち良い素材の長袖インナーをあつらえよう。
 あとは、オーガニックコットンニットのボディウォーマーを折りたたんで胸のウォーマーとして使ってみることにしよう。
 これまで手をかけていなかった胸の手入れも、いざ始めるとなるとなんだかわくわくしてたのしい。

 もちろん、もしも、病気としてのがんが見つかりました、という展開になったときのことも考える。病状によって必要となるであろう対応策をひととおり認識する。
 けれど、もしも、病気としてのがん細胞が見つかったとしても、これまでほぼ毎年検診を受けてきての発見であれば、超早期発見として対処することができるだろう。
 そうだとしても、通院するとなるとスケジュールの調整が必要になるなあ。転職入社早々の超新人の立場で、そういう事態になるのは少々以上にこころ苦しい部分はあるけれど、そのときはそのときで、丁寧に協力をお願いすることにしよう。

 今日になって、ではでは、と、精密検査の予約を入れましょう、と思い病院に電話をかける。来週の水曜日あたりだと、私の仕事の休みが取りやすいシフトの日でいいな、と思いつつ。
 ところが、水曜日の午後の乳腺外来は精密検査用ではなく、一般の乳がん検診のためのものなのだと案内される。そして、乳がん検診の結果が出た上での精密検査は予約なしで午前中随時受け付けとなりますから、いつでも午前中に来てください、とのこと。
 えーと、ということは、今日でもいいということですか、と尋ねると、はいどうぞ、と言われる。
 精密検査にはどのくらい時間がかかるものでしょうか、と質問すると、そうですね、何種類の検査を行うかにもよるのですが、少し長めにかかるつもりで、お昼過ぎくらいまではかかるかんじで、思っていてくださるほうがいいかなと思います、とのこと。
 そうですか、では、今日、これから伺うようにしてみます。

 それから、職場に電話をかける。上司である管理薬剤師に「実は、先月受けたマンモグラフィの検査結果が要精密検査で届きまして」と伝えると、「あらあ、それは心配だわねえ」と言われる。
「なんだか、いやん、なかんじですよねえ。それで精密検査を受けようと思いまして」
「予約はいい具合にとれたの?」
「それが予約制かと思ったら、予約なしの随時だそうで、今日これからでもということなので、これから行こうかと思いまして、今日の出勤、検査が終わり次第の出勤、ということにさせていただいてもよろしいでしょうか」
「うんうん、大丈夫よ、そんなの受けられるものは早く受けてきて」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」

 そうして、病院に行く。以前の職場の健康診断で利用していた病院だけど、改築された病棟が新しくて気持ちがいい。駐車場も広くて使いやすくなっている。
 受付を済ませて、指定された場所で診察を受ける。

 集団検診のマンモグラフィの写真は、二人の専門医が見ていて、そのうち一人は「左右ともに異常なし」の診断を下し、もう一人の専門医は「左A(胸の内側上がA、内側下がB、外側上がC、外側下がD、という所番が付いているらしい)にカテゴリ3の異常所見あり」と診断を下しているとのこと。カテゴリ3とは約10%の可能性で乳がんの場合がある分類。

 ドクターが視診ののち、乳房、脇下リンパ、甲状腺と、順に触診。特別問題はないですね、ということで、超音波検査とマンモグラフィとで診て、そこでさらに必要があれば細い針で細胞を採取する検査をしましょう、とりあえず、マンモグラフィと超音波検査を受けてから戻ってきてくださいね、とのこと。

 マンモグラフィはつい先月も受けたばかりだから、勝手がよくわかるせいなのか、乳房を圧迫する痛みがさらに少ないように感じる。放射線技師の人に「マンモグラフィ、以前よりも圧迫の痛みが少なくなってきた気がするんですが」と言うと、「人間のからだも変化しますので、痛みの感じ方が変わることがあるんですよ」と言われる。「そうなんですか。もしかして、マンモグラフィの機械自体も痛みを感じにくい方向に進化してるとかってありますか」と訊くと、「ああ、それもあるかもですね。肌に触れる部分の素材や造りがだんだんよくなっていますから」ということで、やっぱりな、と思う。あとは、技師さんには言わなかったけど、きっと放射線技師さんたちの腕もよくなってきてるんじゃないかな、と思う。

 マンモグラフィの写真を持って、今度は超音波検査へ。横たわった状態で、ゼリー状のものを胸に塗って、超音波の機械で胸全体をなでるようにしながら画像をチェック。
 先に撮影したマンモグラフィの写真を、専門医の人が見るときに、ルーペを使って近づいて見て、それから今度は椅子の背もたれにのけぞるようにして写真から目を離して見て、というふうにされてて、へえほうほう、マンモグラフィの写真はこんなふうにして見るものなのか、と感心する。

 マンモグラフィと超音波の検査結果を持って、もう一度診察室へと戻る。
 ドクターは、撮り直したマンモグラフィでも超音波でも異常は見られませんでした、と説明してくださる。
「集団検診でマンモグラフィを受けた時期が、生理開始日の一週間位前だったせいで、乳腺のはりが白っぽく写ったのかもしれません。マンモグラフィを受ける時期を選べるようであれば、生理から二週間くらいの間が余計な物が写りこみにくいので、その時期を選ぶようにしてみてください。あとは、定期的な自己触診で指先でしこりに気づいてから見つかった場合のがんでも、そのほとんどは2cm以下ですし、それくらいの大きさなら今では乳房温存で患部のみの切除手術で対処できますから、しこりが見つかっても、マンモグラフィで異常が見つかっても、そんなに心配する必要はありません。毎月の自己触診を続けて、一年か二年に一回は乳がん検診を受けて、というかんじで続けてくださいね」

 そうなのだ。マンモグラフィの時期、選べるなら選びたいものなのだけど、近年は乳がん検診受診の意識が高くなってきたのはよきことであると同時に、乳がん検診人気の高まりに伴って、マンモグラフィの予約がとりにくくなり、ここならなんとか予約がとれます、という日がちょうどよく自分の月経から二週間くらいの間にあるかどうかがなかなか難しい。

 でもまあ、それはそれとして、とりあえず、ああ、よかった、これでいったん一安心。今日の仕事にはほんの少し遅れるだけで済みそうなのも、よかった。

 職場に着いて、上司にお礼と報告をする。上司は「そうか、そうか、一安心やね」とうなづく。
 それから仕事をして、仕事が終わり、同僚みんなが帰る支度をし始めたときに、「今日の私の面倒くさかった自慢を見てもらってもいいですか」と言って、住民検診マンモグラフィの「要精密検査」通知の紙をカバンから取り出して開く。
 上司はもう経緯を知っているからニコニコと見ていらっしゃるだけだけど、別の薬剤師の人と事務の人は「これいつの? いつ精密検査受けるの?」と少し驚いて訊かれるから、「先月住民検診のマンモグラフィ受けて、今日の午前中に精密検査受けてきたんです。おかげさまで異常なしでした。でも毎年マンモグラフィ受けてきて、精密検査受けるのは今回が初めてで、なんだか面倒くさかったです」とこたえる。

 すると、事務の人は「私なんか、乳がん検診、毎回必ず精密検査よ。太い針刺して細胞取る検査までしたけど異常ないの。もう何回精密検査受けたか数えきれん」と言われる。
 もう一人の薬剤師の人は「私もこの前精密検査受けてきたところよ。あれって、殆どはなんともないっていっても、やっぱり、精密検査受けろ言われたら一応受けるけど、いちいち面倒くさいよねえ。私もこの前と、だいぶん前にも受けてるから、精密検査はけっこうあること、大丈夫、大丈夫、心配ないよ」と言われる。

 ああ、うう、そうなんですか、そんな、乳がんの精密検査の先達の方々がいらっしゃるとはつゆ知らず、初回の精密検査ごときで面倒くさいの自慢をしようとするなんて迂闊でした、ちっとも自慢にならなかったですね、とうなだれる。同僚たちは、うん、まだまだ、全然やね、と、先達らしくそりかえってから、でもよかったね、と言ってくださる。

 ひとまずはこの安心をぎゅっと抱きしめて、今後の自分の乳房お手入れ計画をじっくりとゆっくりと練っていくことにしましょ。     押し葉

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プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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