みそ文

身内にとどめてほしかった

 実家の母がね、わたしの小学校のときの担任の先生に、「みそ文 平成二十年」を持って行ってプレゼントしてきたんだって、と、夫に話したところ、夫はいきなりおなかを押さえて「うう。おなかが痛くなってきた」と言う。

「どうしたん? 今日はうんちが出んかったん?」
「ちがう。出た」
「じゃあ、わたしに隠れて何かこっそりと食べた?」
「ちがう。食べてない」
「ああ、そうか。母の親ばかぶりがおかしくて、おなかを抱えて笑う、笑いすぎておなかが痛い、のお腹が痛いか」
「ちがうって」
「ええ、じゃあ、もう、わからないよ。なんでおなかが痛いん?」
「おれの悪口が書いてあるみそ文をばらまくのは、身内にとどめておいてほしかったなあ、と思って」
「それは、みそ文を、公開の日記で書いているところからして、無理というものじゃないかな」
「それは、まあ、そうなんじゃけど。これまで読んだこともなかった人がまた一人読むようになって、おれのことを誤解するのか、と思うと、胃腸がきゅうっとなるんよ」

 夫の「悪口」を書いたことなど、一度もないと思っているのだけど、夫が「悪口」だと読解するなら、それはそれで仕方がないのかもしれない。けれど、そういう読解の誤りは、日常の生活や囲碁のゲームにおける読解や推察にも支障をきたすかもしれないから、やはりそこはちゃんと理解したほうがよいのではないかな。

 ちなみにわたしは自分にとって肉体的精神的に負荷が過剰にかかるようなことがあると、おなかではなくて頭が痛くなるタイプなのだけど、夫は頭が痛くなることはほとんどめったになくて、だいたいのことは胃腸が受け止めて主張するタイプなのだとか。     押し葉

磨いて促して整える

 わたしが小学校一年生と二年生のときの担任の先生は、当時も現在もわたしの実家から徒歩十五分弱くらいのところにお住まいだ。その先生は、当時のわたしが、宿題のプリントや提出ノートとは別に、宿題でもないのに、毎日飽きることなく延々と、「こくご」のノートに何かを書いたものを勝手に提出するのを、やめなさい、とおっしゃるでもなく、特別推奨するでもなく、でもたいへんに根気よく添削してくださった。
 小学校から応募が可能な作文コンクールがのようなものがあるときには、応募可能なレベルになるまで、これまたほんとうに根気よく、何度も何度も、わたしの作文に赤ペンを入れて、文章は「推敲」や「編集」ができるものなのだということを指導してくださったように記憶している。
 当時六歳七歳八歳のわたしは、先生は五十歳くらいの方だとなぜだか思い込んでいた。先生は、若い女の先生、というかんじではなく、かといって、おばあさんでは全然なくて、だからといって、おばさんというのもまったく似つかわしくない。
 世の中には、子どもの目から見ても「しっかりとした大人の人」と「しっかり加減があまり多くない大人の人」がいると思ってはいたけれど、その先生は、同じ学校の先生たちの中でも「しっかり」の度合いが高い大人の人だったと思う。

 先日、実家の母が「みそ文 平成二十年」(みそ文の2008年分の記事を製本したもの)を、その先生に届けに行ってきたのだ、と言う。母としては、当時先生が熱心に作文指導してくださったおかげで、わたしがこうしてみそ文を書いているのだから、という思いがあったようで、それはまあたしかにそうなのだけど、と思う。
 先生は今年八十歳になられるとのことで、お元気で、母が持って行って差し上げた「みそ文 平成二十年」をとても喜んでくださったという。
 母の、もう、誰も止められないほどに磨きのかかった親ばかっぷりはともかく、先生が今年八十歳になられるということは、わたしが教えてもらった当時の先生は今のわたしよりも年下だったということになるではないか、と気づいて少しだけおどろく。
 
 母によれば、母の知る八十歳くらいの人たちと比べると、先生はとうてい八十歳とは思えないほどにしっかりとなさっているのだけど、先生ご本人としては、ご自分の思い通りに言葉が出てこなくなったことや、文字を思い出しにくくなっていることなどが、ずいぶんと悔しく不本意でいらっしゃるご様子で、またその不本意な気持ちが、先生にとっては、大きなストレスになっていらっしゃるようでもあったとのこと。
 
 わたしもこの先もしかすると、今の先生のお年くらいまで長生きするかもしれない。万が一のそのときに備えて、今から少しずつ、自分の「思い通りの言葉が出ない」ことや「書きたい文字がすっと出てこない」ことやその他いろいろと円滑さが少ないことは、まえから、まえから、昔から、それって得意だったじゃん、年をとってから各種円滑さが減ってきたわけではなくて、もとから少なかったじゃん、得意な分野はやはり年を重ねるとともにさらに磨きがかかるものなのよ、と、自分の身に生じる少々やちょっと多めの不便や不自由を「今度はこうきたか!」と、その都度、どん、と受け止める準備を意識してみようかな、と思う。

 先生ほどではないとはいえ、わたしはわたしなりにどちらかというとしっかり加減の多めな大人だと自分では思うから、自分のそのしっかりとした部分が機能的に損なわれたときには、自動的にそのことを好ましくないストレスと受け止める可能性もありはする。そのときには、それはそれで、それに伴う様々を味わう気概は持っている。けれど、それでこころを痛めるだけでは、自分の人生の実験的観点においては、もったいないような気がするし、自分の人生できるだけ機嫌のよい時間を多く持つという野望と任務もあることだし、そういう意味でのしかけを自分で工夫できるところはそうできるといいな、とおもう。

 だから、もしも、将来わたしが「年をとって、なんだかいろいろダメになった気がする」と口走るようなことがあったときには、「みそさん、それ、まえからだから。年をとる前からだから。いちいち気にすることないわ」と声をかけてもらえると助かると思うから、関係者の方々には、いまのうちから、よろしくお願いしておく。
 また同時に、「いや、みそさん、それはまえからのとはちょっとちがって、なんらかの対処をしたほうがいいかんじになってるから、さっさと、物忘れ外来(その頃はまた別の名称になっているかもしれない)なりの施設で診てもらって相談しようよ」と声をかけるのが適切そうなときには、ぜひともそのようにご協力をいただきたい。

 そして、来たるそのときは、ぽんっとある日突然にやってくるわけではなくて、じわりじわりと少しずつ長い年月をかけてやってくるのだろう。自分がそのときに、堂々と落ち着いて、脳と心身の経年変化を受けとめられるような精進を重ねつつ、だからといって自分の脳や心身がこの世で活動しようとすることを軽んじたり阻んだりするようなこともなく、できれば自分の脳と心身が、細胞や存在としての、その意思が望み臨むままに活動することを促して応援して、そのときそのときの自分を常に丁寧に整えるような、そんな両刀遣いの、あるいは複数の刀や道具を使いこなす、そんな晩年を華麗に今日を含めて生きて行くぞ、おー。     押し葉

げっ歯類に似てるから

 食材買い出しの車中での夫との会話。

「ネギやタマネギやニラやニンニクってね、わたしは食べると頭痛になるけど、犬や猫は食べると中毒症状が出るでしょ。犬や猫だけじゃなくてね、ウサギやモルモットもやっぱり食べちゃダメなんだって」
「げっ歯類みんなダメなんかな」
「どうじゃろうね。でも、それだけいろんな動物の体に適していない食べ物を、わたしは人間だからといって、やぱり無理して食べることないと思うのよ」
「ぷくく。みそきち、仲間なんよ。げっ歯類っぽいじゃん」
「獣医さんが診察するときに、飼い主さんに問診して、飼い主さんが『ネギもタマネギも食べさせてません』って言ってもね、餌にタマネギを入れたみそ汁の汁だけかけてたり、すき焼きの煮汁をかけてたりするんだって。すき焼きってネギもタマネギも入ることが多いじゃろ」
「多い、というよりも、むしろ必須、に近いじゃろ」
「たしかにねえ。でも、目に見えるネギやタマネギそのものを食べなくても、ネギやタマネギのエキスが少しでも入ってたら、反応がでるじゃん、わたしの身体。だけど、外食でそれらを抜こうと思ってもなかなか、そのとおりにはしてもらえんじゃん。宿泊予約の時に、食事に関するリクエストにはできるだけお応えします、ってホームページに書いてあるから、ネギ、タマネギ、ニンニク、ニラなんかを外してください、って事前にリクエストして、了解しました、って返答もらっても、当日実際泊まりに行ったら、それらがふつうに使ってあるってことよくあるじゃん」
「ああ。何回もあったなあ、そういうこと」
「そういうことを思うとね、ふつうにネギやタマネギを食べられる人が、飼ってる動物のためにネギやタマネギを抜くといっても、よほど専用の飼料だけに限定してるわけでないと、無意識のうちにうっかりついつい、があってもおかしくないんだろうなあ、と思う」
「みそきちも動物もがんばれー」
「がんばる」


「ちびちゃん禁止令」

「言い間違い道」

「読み間違い道」

「聞き間違い道」

「鼻腔拡張テープその後」

「目玉みくじ」

「ラブラブホテル」     押し葉

セキュリティの新習慣

 我が家ではこれまで、帰宅したら玄関の扉を閉めて鍵をかけることが習慣になっていた。朝でも昼でも夕でも夜でも。夏場に風を通すためにわざと開けてある場合は別として。ところが最近、夫が帰宅時に内側から鍵をかけ忘れる、なおかつ、そのドアには少し隙間が開いている、という出来事が急増中。

 先日は、夜中にトイレに起きたときに、あれー、いつもは玄関真っ暗なのに、なんで、今夜は玄関がうっすら明るいのかなあ、と、寝ぼけながらトイレを済ませる。トレイから出てもまだ薄明るい玄関に近づいてみたら、ドアが数センチ開いている。その隙間から、玄関外の共用廊下の電灯の灯りが入ってきていて明るかったようだ。
 うわわわ、ちょっと、びっくり、びっくり、と思いながら、玄関の扉をきっちりと閉めて鍵をかける。

 翌日の夜に、夫に、「そういえば、昨日の夜中にね、トイレに起きたら、玄関が少し開いてたんだよ。どうやらくん、昨日、帰ってきたときに、ドアをちゃんと閉めなくて鍵もかけてなかったみたいよ」と話す。夫は「誰も入ってこんかったけんよかったね」と言う。
「うん、よかったけど、戸締りはしたほうがいいような気がするよ」と応える。

 そして今夜、明日の朝出す燃やせるごみを準備して、玄関の内側に運んだ時に、なんとなく玄関の扉がふわっと浮いているような気がする。あれれ、と思って見てみると、鍵がかかっていない。夫に、「また玄関の鍵がかかってなかったよ」と伝えると、夫は「寝る前に気づいてよかったね」と言う。
「うん、よかったね。でも、戸締りは、やっぱりしたほうがいいんじゃないかな」と一応は言ってみる。

 これまで容易にできていたことが少しずつ容易でなくなることやできなくなることは、今後の経年変化現象として順調に増えていくだろうと思う。それは別段いやなことではないから嫌がることはないけれど、生存上の安全性を鑑みて、それでも大丈夫なように、できなくなったことを補うような代わりになるような簡単な仕掛けや仕組みを新しく工夫できれば、それでいいかな、それがいいよね、と思う。

 そういうわけで、寝る前か入浴前に戸締りを確認するパターンをとりあえず設けてみよう。それが新習慣として定着すれば、ほんの少しとはいえ玄関を開けたまま裸ん坊になってお風呂に入ることや、玄関を開けたまま眠る、という、気がついたときにギョッとして脳血管がぎゅうっと収縮するような、心臓と肺がきゅうっとちぢこまってちょっとドキドキするような、身体健康上および精神衛生上あまりかんばしくない事態は防げるのではないかな。

 安心してお風呂に入って眠りたいから、今日も明日も戸締り確認。     押し葉

稽古に励む

 みそ文の2008年分の校正を終えて、「みそ文 平成二十年」として書籍化作業をいったん完了したところで、今度は2009年分にとりかかる。
 2008年分校正における文章の稽古としては、「アラビア数字とアルファベットは全角ではなく半角英数で入力する」「文末等に点点点を使う場合は、・・・ではなくて、三点リーダと入力して変換したもの(…または……)を用いる」「かっこで閉じない文中に?や!を用いた場合は、?や!のあとを一文字あける」ということを目安として校正作業を行った。
 2009分年については、「段落文頭の一文字下げ」をお稽古事の練習課題として取り入れてみることにした。段落としてひとかたまりにする視野の範囲をどれくらいにするのか、段落が変わるものとして視点を動かすタイミングをどのあたりで捉えるようにするか、一行余白を入れるところと入れないところの判断基準など、そのことに興味があり飽きない間は、自分の脳にとっての読みやさすさを考慮しながら、試行錯誤してみるつもり。今のところは、わあい、わあい、おもしろいなあ、といった気分。
 「かっこ閉じ」の閉じの前部分の句点(。)をありにするかなしにするか、については、旧記事分に関しては、一記事内で揃っていれば一応それでよし、うっかり揃っていなくてもそれもまあよし、のままでいきそう。

「オノマトペ」

「おじの手紙」

「歌がちがう」

「廻すカイロ」

「鼻腔拡張テープ」

「だしは大切」

「かぶとむし」     押し葉

バナナと夫とお遊戯を

昨日の「とんでったバナナ」の歌のことを、夫にきいてみたところ、「ああ、知ってる、知ってる。バナナが一本ありました、なんとかなんとかなんとかで、いうやつやろ」と言う。夫は歌を再現するときに歌詞を音階にのせない。何かを朗読するかのように、いや、朗読よりも抑揚なく、淡々と歌詞をつぶやく。

「そう、それなんだけど、あの歌、一番から六番まであるって、知ってた?」
「知らんけど、最後は船長さんが食べるんやろ?」
「わあ、それ、知ってるんだ。わたしは、一番でバナナを子どもが取りあいこするところと、五番のワニとバナナが踊るところしか知らなかった」
「ワニがバナナと踊るのは、へんやろ」
「へんでも、そういう歌なんじゃけん。最後は、もぐもぐもぐもぐ食べちゃった、っていう歌詞らしい」
「そこは知ってる。もぐもぐもぐもぐ、いうところはおぼえてるわ」
「そうなんや。なんで、わたしは一番と五番で完結してたんじゃろうねえ。あ、でね、一番と二番の間や、二番や三番の間にくる間奏のところはね、歌詞には載ってないんだけど、ばななーん、ばななーん、ばななーん、ばななーん、って歌うのは知ってる?」
「知らん。そんなん、ありえん」
「ありえるよ。ちなみに、この間奏部分の音階は便宜的に言うと、ラソレー、ミレドー、ラソレー、ミレドー、ね。レとミとドは上の音ね」
「うわ、この人、また、なんか勝手に作ってるし」
「ちがうよ。わたしのオリジナルじゃなくて、たぶん、保育園に通ってた頃に習ったか、おかあさんといっしょ、か何かでやってたんだと思うよ。ついでに言うと、この、ばななーん、ばななーん、ばななーん、ばななーん、のところの振り付けは、こうやって両手を腰にあてて、両足を肩幅くらいに開いて、膝を左右交互に折り曲げて上体を右左に揺らしながら、ばななーん、ばななーん、ばななーん、ばななーん、だから」
「うわあ。ますますありえん。そんな恥ずかしいこと、おれ、ようせんわ。そんなバナナと何の関係もない振り付け、あるわけないじゃん」
「ちょっと、何、言ってるん。間奏なんじゃけん歌詞はないじゃん。歌詞のないメロディに合わせて身体を動かすのも踊りじゃん。あ、わかった、どうやらくん、保育園児だったときに、お遊戯真面目にせん子だったじゃろ」
「ああ、そう言われれば、そんな気がする。お遊戯じゃことの、そんなわけのわからんことできるか! と言葉にこそしてないけど、たぶん、そう思っとったわ」
「でも、どうやらくん、前に一緒に見に行った大衆演劇、面白いって言ってたでしょ。お遊戯を上手にするのは、ああいう芸能とも相通ずるものがあると思うよ。誰かが何かを上手にするのを見たり聞いたりするのも好きだけど、わたし、自分が上手に歌ったり踊ったりするのも好きよ」
「みそきちどんさん、歌や踊り、好きだよなあ。大衆演劇でも、おれは、前半のお芝居のところは、ちゃんと話があって面白いと思うけど、後半のショーのほうは、ストーリーらしいストーリーがないじゃん。まあ、ついでに見るけど、みそきちはショーのほうが楽しそうやもんなあ」
「うん。ショー、好きよ」
「ケーブルテレビの、グリー、だっけ? 歌ったり踊ったりするやつ。あれ、全然犯罪捜査ドラマじゃないのに、みそきち、熱心に見てるもんなあ」
「うん。だって、あのドラマに出てくる人、みんな、歌も踊りも上手なんじゃもん。誰かが何かを上手にするのを見たり聞いたりするのが好きなツボが満たされるんかなあ。あ、でも、アメリカンアイドルやアメリカンダンスアイドルのほうは、もうひとつツボにはまらんみたいなんよねえ。まあ、なんかようわからんけどね、歌とかお遊戯ってね、小さい子なら脳の発達に関係ある気がするし、老後だったら脳血流の活性化とも関係がありそうじゃけん、わたしはそうできる間は、歌ったり踊ったりするよ」
「はい、ごくろうさん」

こんな会話があったから、ぜひとも、ばななーん、の間奏付きの歌と踊りを夫に見せたいのだけれど、ネット上のどこかにそれくらいの動画はありそうなものなのに、なんだか上手に出会えなくて、「とんでったバナナ おゆうぎ」で検索すると、自分の日記が最初に出てくるという、検索するうえでかなりがっくりくる状態。ここは、同僚に頼んで、りららちゃんからきっちりと、お遊戯を習ってきてもらうことにしようかなあ。でも、同僚はぜったいに嫌がるだろうなあ。怒りん坊のりららちゃんからお遊戯を習うことも、習ったお遊戯をわたしの前で披露することも。ううむ、どうしたものか。     押し葉

バナナとりららと怒りん坊

夕方四時で仕事を終える同僚と、四時から休憩に入るわたしが、ロッカールームで一緒になる。わたしが同僚に「りららちゃん、や、るうとくん(同僚のお孫さんたち)の成長記録のおはなしも聞きたいのに、最近仕事が忙しすぎて、なかなかそんな話もできないのがちょっと残念」と話すと、同僚は「ほんとにねえ、人手が少ない時には仕方のないこととはいえ。あ、でも、せっかく、どうやら先生がちゃんと四時に休憩とれて、ここで話せるから見てもらおう」と言って、携帯電話を取り出す。

同僚が「見てみて。かわいいんですよ」と見せてくれる画面には、お孫さんのりららちゃんの姿が写っている。服装は、おそらく保育園の制服で、自宅の玄関で「ただいま帰りました」をしているところ。両肩に保育園の荷物を抱えていて、頭には、なんだろう、冠、みたいなんだけど、冠とは異なるかぶりものをかぶっている。頭にかぶった輪っかの前側(顔側)に黄色いような茶色いような謎の飾りがつけてある。わりと大きめで、りららちゃんの顔の三分の一くらいの大きさはある何かがおでこから頭の上にかけてのっかっている状態。なんなんだろう、この、黄色いの。レモンだろうか、うーん、形がちがうなあ、うんち、ってことはないよなあ、と考えながら、同僚に「うわあ。りららちゃん、大きくなってますねえ。ところで、りららちゃんのこのかぶりものは、なんなんですか」と訊いてみる。

同僚はいったん「かわいいでしょう」と言ってから、「それは、バナナです」と言う。「飛んでったバナナを踊ったあとなんですよ」と説明してくれる。

「飛んでったバナナ、ですか。ああ、思い出した、バナナが一本ありました、あーおい南の空の下、ですよね」
「そうそう。バナナはつるんっと飛んでった、です」
「歌とお遊戯だったんですか。学芸会か何かですか」
「あれです。保育園の卒園生を送る会の出し物。まだ保育園に残る子みんなで、飛んでったバナナを歌ってお遊戯して帰ってきたところを、わたしが、ちょっと待って待って、そのままそこにいて、かわいいから写真とるから、って、写真とったんです」
「それは、ぜひとも、飛んでったバナナのお遊戯を見たいですねえ」
「それがね、最近、りらら、すぐに怒るんですよ」
「お遊戯と怒るのと、なんかつながりがあるんですか」
「この、飛んでったバナナのお遊戯の練習をうちでりららがしてたんですけど、りららが、ばあば(同僚)も一緒に踊って、って言うから、はいはい、言うて、りららがするのを見よう見まねで踊るけど、でも、りららは保育園でちゃんと習ってても、わたしはそうじゃないから、振り付け間違うじゃないですか」
「そりゃ、まあ、そうですよねえ」
「それで、わたしが間違えると、りららがすっごい怒るんですよ。ばあば、間違えずにちゃんと踊ってよ、って」
「そんな、ごむたいな」
「ごむたい、ですよねえ。無理ですよねえ」
「りららちゃん、どうしたんやろ。保育園のお遊戯指導、そんなに厳しいんやろうか」
「それで、わたしも、りららに、そんな怒ってきつい言い方をしたらいかん、って、人に何かを教えるときには、もっとやさしく相手にわかるように説明しなさい、って、三歳児相手に、あ、もうじき四歳になるんですけどね、言うんですよ」
「それは、言ってあげてください」
「でもね、りららは、そこでさらに怒って、りららだって小さい子にはちゃんと優しく教えてあげるよっ。でも、ばあばは小さい子じゃないでしょ。大きいんだから、ちゃんと踊ってよ。って言うんですよ」
「うわあ。りららちゃん、理屈をこねくり回せるようになってますねえ。成長してますねえ」
「あああ、そうかあ、成長ですよねえ、これも」
「でも、歌やお遊戯は、怒らずに、たのしく歌って踊ってもらいたい」
「ほんと、ほんと、そのとおり」

同僚は、そのまま「じゃ、お先に失礼します」と帰ってゆくから、わたしは「お疲れさまでした」と見送って、二階の休憩室にあがる。同僚が思いがけず「飛んでったバナナ」の話をしてくれたから、休憩室でお茶を飲みながら、バナナの歌をうたってみる。

バナナが一本ありました、あーおい南の空の下、子どもが二人で取り合いこ、バナナはつるんっと飛んでった、バナナーはどーこへ行ったかな、バナナンバナナンバーナーナ。

ワニとバナナが踊ります、ポンポコツルリンぽんつるりん、あんまり調子に乗りすぎて、バナナはつるんっと飛んでった、バナナーはどーこへ行ったかな。

あれ? なんだか展開が唐突だなあ、と、なんとなく思う。たしか同僚は「最後の、もぐもぐもぐもぐ食べちゃった、のところが特にかわいいんですよ」と言っていたけれど、わたしの歌には、そんな展開がないぞ。これは、帰宅したら、この歌の歌詞を確認しなくては、と思いながら、その後の仕事に励む。家に帰って、手を洗ってうがいして、着替えて、炭酸水をぷはーっと飲んで、パソコンで「飛んでったバナナ」を検索する。あらためてこうして見ると、ちゃんと物語のある歌だったのなあ、と感心する。画面の歌詞を見ながらうたう。なんとなく自作の振付で踊りもつけて。では、以下、踊りはお見せできませんが、そして歌声も披露できませぬが、歌詞とその物語をおたのしみください。


「とんでったバナナ」片岡輝作詞・桜井順作曲

バナナがいっぽん ありました
青い南の 空の下
こどもが二人で 取りやっこ
バナナがツルンと とんでった
バナナはどこへ 行ったかな
バナナン バナナン バナァナ

小鳥がいちわ おりました
やしのこかげの すの中で
お空を見上げた そのときに
バナナがツルンと とびこんだ
羽もないのに ふんわりこ
バナナン バナナン バナァナ

きみはいったい だれなのさ
小鳥がバナナを つつきます
これはたいへん いちだいじ
バナナがツルンと にげだした
食べられちゃうなんて やなこった
バナナン バナナン バナァナ

ワニがいっぴき おりました
白いしぶきの 砂浜で
おどりをおどって おりますと
バナナがツルンと とんできた
おひさまにこにこ いい天気
バナナン バナナン バナァナ

ワニとバナナが おどります
ボンボコツルリン ボンツルリ
あんまり調子に 乗りすぎて
バナナはツルンと とんでった
バナナはどこへ 行ったかな
バナナン バナナン バナァナ

おふねがいっそう うかんでた
おひげはやした 船長さん
グーグーおひるね いい気持ち
お口をポカンと あけてたら
バナナがスポンと とびこんだ
モグモグモグモグ 食べちゃった
食べちゃった 食べちゃった     押し葉

マスクで修行の花粉症

花粉症シーズン全盛期。いろんな対策が功を奏して、花粉症の症状少なめでこの時期を過ごせることの快適度合いを年々更新しているのがうれしい。

夫と結婚して最初の頃は、花粉症の症状があらわれるのはわたしだけで、夫は「なんだかたいへんそうだね」と言いはするものの、生活全般において、わたしに対して平常運転を無意識に要求するような言動が散見していた。しかし、その後、数年して、夫も花粉症を発症する身体となり、その症状がどれほどつらく不便でぐったりとするものなのか身を持って体験してからは、この時期の省エネモード運転での生活は当然だよね、という態度の人に変身した。

わたしは花粉症の症状がひどく出たときの各種損失を知っているから、とにかく症状がひどくならないように、症状が出るとしても軽くて済むように、現れた症状をすみやかに緩和するように、と、その対策をほぼ常に重ねる。小学校入学前からだから、わたしと花粉症との春の逢瀬の歴史は長い。最近は熱愛がさらに燃え上がり、春に限らずほぼ年中逢瀬を重ねるようにもなった。

子どもの頃には、花粉症という語彙もアレルギーという概念もその存在はまだ一般的ではなかった。だから当時自分に適切な対策を施すことができなかったのは、わたし自身も両親も医療機関の人々も仕方がないことだったと思う。そんな状況の中で当時子どもという立場のわたしの前にある選択肢は、親が提示提供してくれる範囲のものに限られていた。けれども、自分が大人になって、世の中の時代がかわって、自分に合わせて自分で対策を選んでアレンジしてゆけるようになり、そして自分なりの快適を追求できるようになった。わたしはそれが果てしなくうれしい。

あれこれと花粉症対策を講じるわたしと比べると、夫は花粉症の症状に対しておおらかというのか鷹揚というのか、なったらなったで、症状が出たら出たで、その時期を「つらいー」「ぐったりー」と言って過ごす。症状が出たらわたしが常備している漢方薬を「ちょうだい」と言って飲み「効いた!」と喜ぶけれど、症状が出ないように事前から予防しようという行動はあまり見られない。

しかし、この春の夫は、珍しく自主的に「マスクを分けて」とわたしに申し出てきた。だから、二人で使うなら、と、大箱のマスクを買い求めた。そして夫は毎日マスクを装着して出勤する。そして「今年は通勤の時も、会社にいるときも、ずっとマスクしてるから、花粉症の症状がすっごい少ない。例年なら会社においてる箱のティッシュがすごい勢いでなくなるのに、今年はあんまりティッシュ使ってない。鼻かむ時間が少なくて、鼻水だらだらで頭がぼーっとするのもないけん、仕事もちゃんとできる。マスクってすごいなー」とうれしそうに言う。

夫がうれしそうであることは、わたしもうれしいのだけれど、既に何年も前より「マスクをしてるだけで、花粉症の症状は激減するよ。マスクしたほうがいいよ」とわたしが助言していたのを「ふうん、そうかなあ」だとか「それは知ってるよ」などと言っては軽やかに聞き流していた夫に、一言たずねたくもなる。「ねえ、ねえ、どうやらくん、花粉症予防にマスクが有効という話は、もう、遥か過去よりわたしが何度も何度も言っていたと思うんだけど、そのときにはずうっとマスクせずにいて症状にやられてぐったりしてたのに、ぐったりして仕事のできない会社員であることも平気でへっちゃらだったのに、今年はなんでそんなに熱心にマスクして予防するの? わたしの提案は聞けなくても、テレビで言ったり新聞に書いてあったりすることは実践する気になるってこと? それはテレビや新聞の情報は重要視してるけど、わたしからの情報は軽んじてないがしろにしているということ?」

夫は「王様のおっしゃることをないがしろにするなどと、そんな、とんでもございません」と大袈裟に言ったあと、「それはね。去年までは、修行、じゃったんよ。マスクなしで花粉症を体験する修行。今年からは、マスクありで花粉症を体験する修行に変わったけん」と続ける。

「どうやらくん、わたしの言うことを聞き流すのや聞かないのはまえから上手だったけど、わたしの言うことに対していい加減な適当なことをつるっと口走ってけむにまく技は、近年飛躍的に上達してるよねえ」と感心すると、「そうじゃろ。修行じゃけん、がんばりようるけん。花粉症もたいへんじゃけど、みそきちと暮らすのもたいへんなんじゃけん」と語る。

マスクは熱くて息苦しくはあるけれど、マスク以外の予防や対策の薬や工夫などのために投資する手間やお金や各種エネルギーはたしかにかかるのだけれども、花粉症の症状がひどくて苦しいのに比べたら、それはずっと許容範囲内だ。丁寧に暮らすことや機嫌よく働くことを信条としている身としては、防げる不都合を防がずに、自分の生活や仕事の質を低下させることは本望ではないから、自分の本望に応えつつ、夫の修行も見守ってみるつもり。     押し葉

ベビー用ミルクを推理する

「いろはすみかん実験」のときに開封した「明治ほほえみキューブ」試供品の残りに洗濯バサミで封をして食卓の上に置いていたら、夫が「これなに?」と訊く。

「外袋に説明が読める文字で書いてあるんだから、読んで推察してみようよ」
「うーん。らくがん?」
「どこをどう読んだら、らくがん、になるんだ」
「いや、なんか、こう、触った感じの硬いところが、らくがん、っぽいかなあ、と。ええー、ちがうんかー。なんやろう。キャラメル?」
「一個あたりの大きさが大きすぎるじゃろ」
「じゃあ、なんやろう、子どもの絵が描いてあるってことは、子ども用のクッキー?」
「ねえ、どうやらくん、文字、読んでる? ほら、こことか」
「調、整、粉、乳、調製粉乳って、なに?」
「なにって、調製粉乳ですが」
「でも、これ、粉じゃないよ」
「粉を固めて固形にしてあるだけで、ほら、表に、一個につき40mLのお湯で溶かす、って書いてあるでしょ」
「ええー? じゃ、これ、粉ミルク? 粉ミルクって、昔は、さじ、で計って入れてお湯で溶かすものだったじゃん」
「それは今でもあるよ。それの固形版が何年か前に発売されて、夜中に赤ちゃんにミルク飲ませるときに、大人が寝ぼけて計量しなくていいのが便利で、持ち運びがラクで、これはこれで人気があるの」
「そりゃあ、持ち運びには便利やろうなあ。すごいなあ、こんなものが最近はあるんやあ」
「最近っていっても、もう何年か経つよ。それにどうやらくん、これは何かな、と思ったときには、それを包んであるものに書いてある文字の意味はとろうよ。なんだろうな、と思ったものが何なのかを特定していくときに、パッケージデザインの情報や文字情報は重要だよ。サルじゃないんだからさ。手に持ったものを手の上でくるくる動かすだけじゃわからないことも世の中にはたくさんあるよ」
「サルとか、失礼な。でも、さすが犯罪捜査ドラマで推理力を鍛えてる人の言うことはちがうなあ」

粉ミルクが粉ミルクであることが、たとえそれが固形化されているとしても、自分にとって理解容易な言語で表記されている場合、それが粉ミルクであることを把握するのには、推理力の出動はそんなに必要ない気がするのだけど。仕事柄見慣れているかどうかだけの問題なのかなあ。それとも、これも推理小説やミステリドラマへの馴染みの有無や程度と関係があるのかなあ。(「推理の流れを推理する」参照)     押し葉

トルコでパンダと温泉水

もうじき十七年前になる初夏の少し前、夫とわたしは新婚旅行でトルコへと出かけた。往復の航空券と初日と最終日の宿泊先は確保して、あとは現地にて風のふくまま気の向くままに、行きたいところに行ってみて、泊まれそうなところで宿をとる。

行きと帰りの飛行機では、日本からの団体ツアーのお客さんたちとも遭遇したから、日本からトルコを訪れる人がわたしたち夫婦だけ、というわけではなかったのだろうけれど、わたしたちが訪れた場所と時間帯において、日本からやってきた人物はわたしたちだけという境遇が多かった。

イスタンブールから長距離バスで、ぐっと南に移動したあたりに、エフェソスという町がある。昔の円形劇場や公衆浴場などのギリシャ風遺跡が有名で、外国からもトルコ国内からも多くの観光客がやってくる。わたしたち夫婦がエフェソスを訪ねたときには、白色人種の外国人観光客が最も多く、その次に多いのはトルコ国内の家族旅行風の方たち。地元の女性たちの多くはイスラム教徒としての戒律を守るために、スカーフで頭を覆い、長袖のロングコートを羽織っている。

遺跡地帯の通りなどで、旅人同士、すれ違うときに目が合えば、相手が白色人種風であれば「ハイ」と声をかけてほほえみ、トルコの人だろうなと思ったときには「メルハバ(こんにちは)」と言ってにっこりとする。そうすると相手も同じように返してくれる。異国の旅先において「自分は危険人物ではなく安全な存在ですよ」と主張するようなそのしぐさを、わたしはおそらくほぼ無意識のうちに行う。

エフェソスでの遺跡見物をひととおり終えてから、出口に向かって歩いていたら、二十人近い団体のトルコ人風家族旅行者グループと何組か遭遇する。そして遭遇するそのたびに、わたしと年の近そうな女性が近づいてきては、英語で「写真、いいですか?」と訊いてくるから、「もちろん」とカメラを受け取って撮影してあげようとすると、「ちがう、ちがう。あなたと一緒に写真を撮りたいんです」と言って、カメラをわたしの夫に向かって「おねがい」という意味のことを言って手渡す。

そうしていると、他のトルコ人風大人数家族旅行の人々が、わらわらと寄ってきて、「わたしもわたしも」と次々とわたしとのツーショットあるいはグループショットを撮ろうとする。夫はなぜだか「おねがいおねがい」と次々とカメラを手渡されて、トルコ人に囲まれる新妻の写真を撮り続ける。それがあまりに続いた夫は「ぼくたち、もう行かなくちゃ」とわたしを引っ張って、トルコの人々に手を振るから、わたしも一緒に手を振って去る。

「みそきちパンダ」
「パンダ?」
「うん。パンダ。きっとトルコの人たちにとって、東洋人は珍しくて、写真を撮らずにはおれんかったんじゃろう。でも、東洋人という意味では、おれだってそうなのに、なんでおれの写真は撮らずにみそきちばっかりなんじゃろう」
「ああ、それは、外観が、わたしは肌が黄色くてつり目でいかにも東洋人だけど、どうやらくんはどちらかというと肌の色が浅黒くて、東洋人としては顔の彫りが深いでしょ。彫りが浅めのインド人かトルコ人としても十分やっていけるくらいだから、物珍しさが薄いんじゃないかな」

そういって、互いの腕をまくって並べて皮膚の色を比較する。

「ね。わたし、黄色いでしょ。いかにも黄色人種でしょ」
「たしかに、このへんに、こんなに黄色い人、いないよな」

エフェソスでの滞在を終えたのち、また長距離バスを乗り継いで辿り着いたところは、ガズリギョルという名前の小さな温泉町だった。その町に滞在する予定はまったくなかったのだけれど、その日その町から出るバスがもうなくてどこにも行けないことがわかり、泊まることにしてみたら、たまたま温泉町だったのだ。温泉、といっても、その目的は入浴よりも主に飲用にある。

一泊ツイン七百円くらいに相当するトルコリラを支払って小さな宿に泊まる。部屋のベッドで荷物、といってもリュックサックひとつなのだけど、を置いて、とりあえずくつろいでいたら、宿を経営している家族の男の子(小学生くらい)がやってきて、わたしたちに「来て来て」と言ってどこかに誘導するから彼について行く。案内されたその先は、その町か村のおそらく役場の中の広めの部屋で、そこにいる人は町長さんだと、英語で通訳してくれる男性が言う。宿の男の子は「じゃね。またあとでね」とたぶんそう言って走り去る。

町長さんが話されるトルコ語を英語に通訳してもらった内容によれば、「ようこそこの町へ」という趣旨ではあるのだけど、「どこから来たのか」「どこへ行くのか」「何をしに来たのか」「何が知りたいのか」と事細かに訊かれたのは、今にして思えば、東洋からの不審な外国人に対する身辺調査だったのだろうな、と気づくくらいには大きくなった。けれどその当時は、ただ訊かれるがままに、歓迎と親切心での質問だとの思い込みもあって、「日本から来ました」「ここに来る前にはエフェソス遺跡を観てきました。とても立派できれいでした」「ここからまたバスに乗って、ブルサにさくらんぼを食べに行きます(ブルサという町はさくらんぼの名産地。温泉地としても有名)」「今夜は先程の男の子のところのホテルに泊まることにしたのですが、宿のフロントの方が、こちらの町は温泉で有名なところなのだと教えてくださいましたので、その温泉もたのしめたら、と思います」「この町について知りたいのは、エアメイルのハガキを出したいので、郵便局がある場所と、お腹がすいていますので、最寄りのレストランの場所を教えていただけると助かります」と質問に対して丁寧ににこやかに答えた。町長さんと通訳の男の人は、そうかそうか、とうなづいて、郵便局のある場所と近くの食堂の場所を教えてくださる。ありがとうございました、とお礼を伝え、この町で良い時間を過ごしなさい、と町長さんが言ってくれて、役場の部屋をあとにする。

教えてもらったとおりに、郵便局に行ってみたら、その日はなにかの祝日で閉まっていて、ハガキを出すのはまた今度。それから広場を横切って、教えてもらった食堂に入る。トルコの食堂ならほぼどこでも置いてあるチョバンサラダ(羊飼いのサラダ)(キュウリとトマトと何か葉野菜があればそれをざっくりと混ぜてあるサラダ)とピラウ(トルコ風のほんのり味付き具なし炊き込みご飯)を注文する。その日はすごくゆで卵が食べたい気分だったからそれを注文したいのだけど、「たまご(ユムルタ)」というトルコ語は知ってても、「ゆでる」も「ゆで卵」もトルコ語でなんというのかわからない。英語はまったく通じないから英語で言っても仕方がないし、だから持ち歩いている手帳に、ゆで卵を作る手順の絵を描く。お塩をつけて食べたいから「塩」という単語もトルコ語で書き加える。

食堂で給仕をするおじちゃんと厨房で料理をするおじちゃん二人は、その絵と文字を見て「おお、なるほど、よっしゃ、わかった、待ってろ」と請け負ってくれるから、ああ、通じたね、よかったね、と、チョバンサラダを少しずついただきながら待つ。しばらくすると給仕のおじちゃんが卵を運んできてくれる。

けれども、その卵は、ゆで卵ではなくて、あえて言うなら「オムレツ」だろうか。殻を割って、白身と黄身を攪拌して、塩味で軽く味付けて、フライパンの多めの油で揚げ焼きしてある。まだ熱い油が卵のふちでぐつぐつぷつぷつ音を立てている。ああ、卵をお湯の中でゆでる絵を描いたはずなのに、卵料理ひとつ注文するのも、なかなか簡単じゃないんだな、と、思い知りながら、塩味がおいしいオムレツをいただく。給仕のおじちゃんと厨房のおじちゃんがふたたびテーブルにやってきて「どうだい。うまいか」と言うから、「おいしい、おいしい」と応える。二人は「そうか。そうだろう」と、満足そうに持ち場に戻る。

食事を終えてホテルに帰ると、ホテルの男の子が近所の子どもたちに「うちのホテルに日本からの旅行客が泊まってるんだよ」と話していたからなのか、近所の子どもたち六人くらいがホテルの入口でわたしたちを待っていて、「日本から来たの?」「日本人?」と口々に訊いてくる。子どもたちは小さい子は五才くらい、大きい子は大学生くらいで、大学生と高校生くらいの少年たちが英語を混ぜて話してくれる。

彼らは、この町にはいい温泉が湧いていて、自分たちはこれからそのお湯を汲みに源泉まで行くから一緒に行こう、と誘ってくれているようである。源泉を汲みに行くならば、空のボトルが必要だよ、と言われ、旅の間持ち歩いているミネラルウォーターのボトルを宿の部屋に取りに戻る。トルコ語辞書が旅の荷物の中にはあるけれど、温泉水を汲みに行くだけだしね、と、辞書は持たず、ほとんど手ぶらで、空きボトルだけを持って、ホテルの外で待つ子どもたちのところにゆく。

宿のある場所から歩いて五分くらいの草原のような空き地のような、特別なにもない場所に、その源泉は湧いていた。地面に管のようなものが突き刺してあり、おなかの高さくらいにあるその管の先から、水というには温かくてお湯というにはぬるい液体がとうとうと流れ出ている。子どもたちが、ほら、ここで汲むんだよ、飲んだらおいしくて身体にもいいんだよ、と説明をしてから、手ですくって飲んでみせてくれる。

彼らに促されるままに、空きボトルにその温泉水を汲んでみる。色はわずかに混濁した無色透明で、においはない。口に含むとぱちぱちと水が口の中の粘膜をはじく。夫と顔を見合わせて「発泡してる」とおどろく。子どもたちは「ね、おいしいでしょ。いいお水でしょ」と誇らしそうにわたしたちを見る。今は無味無臭の炭酸水が大好きになったわたしだけど、当時は炭酸水(ガス入りのミネラルウォーター)のおいしさがあまりよくわかっていなくて、おいしいとは思えなかったけど、お湯に手を触れて「気持ちがいい」と言うと、子どもたちが「そうでしょ。いいお水でしょ」と笑う。

空きボトルに温泉水をつめこんで、宿への道を歩く。小さな男の子たちは意味もなく前方を勢いよく走りまわり、大きな男の子たちと夫は英語でなにかしら話しながら歩く。わたしのそばには十才くらいの女の子がぴたりとくっついて、トルコ語で何かをしきりに言う。その子がわたしにも聞き取りやすいようにゆっくりと同じ言葉を繰り返してくれるから、そのあとについてその言葉を発音してみる。

女の子が「そうそう。そのとおり」とうれしそうにするから、わたしはまたその言葉を繰り返す。そのトルコ語の言葉の意味はよくわからないけれども、大意としては「たいへん歓迎しています」のような「逢えてとてもうれしい」というような内容ではないかな、と予想する。なぜならその子がその言葉を言うそのときに、手のひらの上で五本の指先を合わせて、手の形を雫のようにして上から下に少しさげるから。トルコの人がそのジェスチャーをするときには、「とてもなになに」「たいへんなになに」というような、非常に快である状態を指し示す。「すごくおいしいよ」だとか「この絨毯はとてもよい品だよ」というようなときに。

その女の子がそうするように、わたしも右手の指先を合わせて雫のような形を作り、その言葉を繰り返す。何度か繰り返すうちに、女の子が発音する音をそのままそのとおりに発音できるようになってゆき、その言葉だけはまるでトルコの人のように発声できるようになる。それまでできなかったことができるようになることはうれしいことだから、わたしは機嫌よくその発音を繰り返す。女の子もなんだかうれしそうだから、わたしは互いに「逢えてよかったね」と言っている気分になって、その女の子と手をつないで、つないだその手を前後に大きく振りながら、その言葉を繰り返す。

その子たちが「入って、入って」と家屋の中にわたしたちを招く。家の中にいる人たちに「お向かいのホテルに泊まってる外国からのお客さんを呼んできたよ」というような説明をたぶんしてくれて、その子たちのご両親やおばあちゃんやおじさんやおばさんが「こんにちは。入って入って」と招いてくださる。二才か三才くらいの小さな子どもと赤ちゃんもそこにいる。大学生の男の子が「祝日だから、親戚みんなでおばあちゃんのところに集まってるんだ」と英語で説明してくれる。ああ、そうなのか。じゃあ、ここにいる子どもたちはみんな親戚同士だったのね。

家の中の床の絨毯の上に座って、出されたチャイ(小さなグラスに入ったストレートティーに角砂糖をたくさん入れて飲む)をいただく。通じてるのか通じてないのかあんまりよくわからないけれど、いろんな話をしばしする。そのあとみんなで写真を撮ろうということになり、夫のカメラと、彼らのカメラとで、何枚か撮影する。夫は自分のカメラをその家の大人の誰かに託して自分も写る側に入る。

ごちそうさまでした、おやすみなさい、と、そのおうちをおいとまする。ホテルに帰って、就寝の支度をする。夫はハマム(公衆浴場)に入浴に行ったような気もするし、それは翌日にしてすぐに眠ったような気もするし、記憶があまりはっきりしない。わたしは歯磨きをしてから、顔と手足を洗って、ベッドに入って、枕元の明かりの下で辞書を開いて、その日気になったトルコ語の確認をする。

今日女の子が教えてくれたあのトルコ語は、と調べてみる。そのときには、トルコ語の文字の読み書きもすんなりとできていたから、耳で聞いた音のスペルを予想することはそれほど難しくなく、辞書をひくことも容易にできた。けれども、夕方女の子と手をつないで何度も繰り返したその言葉は「逢えてうれしい」という意味ではなくて、「あなたはとてもきれいな人だ」という意味だと辞書に書かれている。ううううひゃあああ。

わたしの実物外観(外見)をご存知の方は、わたしがいわゆる「美人」に類する人物というわけでないことはそれとなくご承知だろうとは思う。身なりは別段小汚くしてはおらず、それなりに小奇麗にするよう努めてはいるけれど、おしゃれ、というのとはおそらく少々異なる。目鼻立ちは素朴で、味わいがあるといえば味わいはあるものの、そしてたまにそれを「かわいい」と形容する人がいないわけではないものの、「きれいな人だね」という評を受けることが多いわけではない自信はある。いや、例え、実物が「美人」に類する人であったとしてもだ、「きれいですね」と言う人に対して「はい、わたしはきれいです」と応えるのは、会話用法上の正しさに少し欠けるのではないか。何百歩か譲って、自分はたしかに造形が美しいであろうという自覚がある人だとしても、「きれいですね」に返すとしたら、「ありがとう」「うれしいです」「知っています」くらいまでではないか、と、わたしの脳内辞書機能は判断する。それなのに、言葉の意味がわからないからとはいうものの、「とてもきれいな人ですね」と言ってくれる女の子に対して「はい、とてもきれいな人です」と答え続けていた自分は、なんとなくなんだかあまりにあんまりだ。

ああ、パンダ。当時のトルコでは、肌の色が薄い黄色で、顔の彫りが浅くて、目が少しつり上がっている人間は、希少な生き物として珍重されるのだ。その珍しさが小さな女の子にとっては「きれい」と言い換えられるほどに、わたしの見た目は「異なもの」なのだ。自分が彼らの中にいるときに自分の目に映る人々は、みな同じような濃さの顔立ちだから、自分もその一員のような気持ちになる。けれど、わたしは濃い人々の群れの中では薄い。色合いも造りの深さも。

トルコ旅行から帰国して、わたしたち夫婦は「結婚しました。新住所はこちらです」のお知らせハガキを作った。トルコのガズリギョルのあのおうちの、子どもたちと大人たちとわたしたち夫婦の総勢十六人くらいが、ひっつきもっつきで映っている写真を使って。写真の中のわたしは肌の色が群を抜いて薄黄色くて目鼻立ちの造りが素朴でひと目で異国の人とわかる。そして写真の中の夫は地元の人たちと遜色のない濃いめで深めの見た目でなんだか周囲にとても馴染んでいた。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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