みそ文

ポリープと美顔器

職場で、バックヤードに何か用事があって、売り場から移動していたら、風邪薬のコーナーにしゃがんでいたお客様が、「あ、いいところに、通りかかってくれたー」と、声をかけてくださる。その方は、月に数回はご来店くださる女性のお客様。「いつもありがとうございます。何か迷っていらっしゃいますか?」と私が訊くと、「そうなんそうなん。でも、このお店でどうしようか迷ってたら、必ず、こうやって会えて質問できるから助かるー」と言われる。

「私もタイミングよくお目にかかれてうれしいです。それで、今日は、どうなさったんですか?」
「あのね。喉の声帯のところにポリープができてね、でも小さすぎて手術で取るほどじゃないって」
「あらまあ。痛みや異物感は大丈夫なんですか?」
「それが、ぜんっぜん痛くなくて、違和感もなくて、ただただ、声がハスキーなだけ。気になるのはそれだけ。それが気になるから診てもらったら、ポリープだった」
「あ、ほんとだ。すてきな声になってる。私は好きですけど。とりあえず、すてきな声の原因がわかってよかったですね」
「いやー、すてき、って言われても、これは、ちょっと。でね、耳鼻咽喉科の先生が言われるには、声をよく使う人が、この病気にはなりやすくて、でも、ある程度大きさがないと手術はできなくて、様子をみてたらなくなることも多いから、とりあえず様子をみましょう、って。大きくなれば手術で取りましょう、って」
「痛みやつらさがないのであれば、よかったです。ポリープということは、膿んでいるわけでもないですし、炎症を起こして腫れているわけでもないってことですよね」
「そうなの、そうなの。だから、病院でも薬出てないんだけど、気休めに何かないかなあ、と思って。けど、風邪薬を飲むのも違うし、扁桃腺が腫れたときのお薬も違うし、咳止めも違うし、でも、何もせずにいるよりは、何かしたいなあ、だったら、せめて浅田飴とか? って思いながら迷ってたの」
「そうですか。でしたら、もちろん、医薬品の浅田飴や南天のどあめもいいんですけど、お薬ではないキャンディの部類の喉飴に、プロポリス喉飴というのがあるんです。プロポリスは、喉も含めて粘膜を滑らかにする作用もありますし、体が自分の調子を整える力を持ち上げてくれるような作用もあるんです。もしよかったら、それをしばらくなめて、喉のご機嫌をとってみますか? 粘膜の機嫌をとるときにプロポリスを使うの、私が個人的に好きなので、奨めちゃいます」
「ああ! それそれ。そういうかんじのものがほしかったのよー。よかったー。訊いてー。いっつもいいところに現れて、いいことを教えてくれるー」
(医薬品コーナーから、キャンディコーナーに移動して)
「プロポリスの味が平気だといいんですけど。ちょっと独特のぴりぴりした味がしますけど、大丈夫でしょうか」
「味は、もう、なんでも、気にしない」
「おお。気合入ってますねえ。蜂蜜や蜂のアレルギーは大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あ、これ? プロポリスキャンディ、二種類あるけど、どっちがいいん?」
「どちらもよくて、どちらもそれぞれに人気があって、それぞれにリピーターさんがいらっしゃるんです。こちらの縞模様のプロラボは、プロポリス味とハーブ味が合わさったかんじです。もうひとつの、プロポリスはちみつのど飴のほうは、ハチミツレモン風味というと味のイメージに近いかなあ」
「うわあ。どっちにしよう」
「人前で話をする機会が多くて、人前で話す前と話した後には、この飴を必ずなめる、っていうお客様は、プロラボのほうを定期的にまとめ買いしてくださいますけど、別の方は、これをなめてると風邪をひいても軽くてすんで体調がいいから、とおっしゃって、こちらのプロポリスはちみつのど飴をご愛用なんですよねえ」
「よし。それじゃあ、両方とも、一袋ずつ買ってみて、食べてみて、自分にとっておいしくて実感のあるほうで続ける!」
「はい。それがいいと思います。それにしても、ポリープの原因というか、喉を使いすぎたような心当たりは、何かあるんですか?」
「原因? 心当たり? 耳鼻咽喉科の先生にも聞かれたよー。保育園や幼稚園の先生に、この病気になる人が多いんですけど、そういう関係のお仕事でもないですよね、って。はい、たしかに、家で、自分の子どもたちを叱り飛ばすときに大きい声を出しすぎなのは、出しすぎだけど、それはたいした量じゃないと思う。自分ではそれがこんなことになるなんて思ってもなかったけど、やっぱりねえ。ふう。原因は、カラオケの歌いすぎ」
「まあ。お客様、シンガーでいらしたんですか?」
「シンガーじゃないよー。ただの趣味のカラオケだけど、誰かと一緒でも、一人でも、ちょくちょくカラオケ屋さんに行くし、家でも殆ど毎日カラオケつけて歌うから」
「あらまあ。でも、それは、きっと、ポリープができたことで、声の出し方や、声を出すときの呼吸の仕方や、口から顎から喉から胸から肩から背中から全身の筋肉の使い方や意識の仕方を見直すチャンスってことですね」
「ああああ。耳鼻咽喉科の先生も同じこと言ってたー。ちょっと歌うの休んで、しばらく声帯を休ませて様子をみながら、自分の喉の使い方をよく観察してみるように、って」
「そうでしたか。声帯が機嫌直して、滑らかになって、また張り切って活躍してくれれば、なによりですし、今の声のままだったら、ハスキー系の選曲でいかれたら問題なし、ですしね」
「いやいや、私の持ち歌は、ハスキー系とちょっと違うから、治したいし、治ってほしい。でも、昔はいくら歌ってもこんなことなかったのに、やっぱり年なんやろうか?」
「年齢が原因というよりも、そういう喉の使い方の、長年の蓄積があったから、ということですよね。いろんなことをある程度蓄積するには、年月が必要ですから、結果的にある程度以上の年齢になって発症しますけれど、原因は蓄積したものにあるのであって、年齢そのものというわけではないですよ、きっと」
「そうかあ。そうよねえ。長年歌ってる人が、みんな喉のポリープになるわけじゃないもんねえ。あ、ところで、そうそう、話は全然変わるんだけど、前にダイエット用の漢方薬の相談にのってもらったことがあるが」
「はい。防風通聖散を何度かご利用くださってますよね。ありがとうございます。たしかご主人様のダイエット用に、ってことでしたよね。体調や経過は、いかがですか?」
「ダイエットのほうは、まあまあ、本人の食欲とかね、運動しないとかね、いろんな兼ね合いもあるしね、まあまあまあまあ、それでもそれなりに続けてて、でも、まあともかくできることは続けましょうというかんじなんだけどね、いや、あのときに、せっかくやったら、今だけ何かおまけについてるのを買って帰りね、って教えてくれたことがあったが」
「ああ、ありました。あれ、年末でしたかねえ、もっと前だったかも、ですよね。何かいいおまけがついてるのかと思ってお奨めしたのに、キャンペーンの応募はがきがついてるだけで、なんだー、って、でもまだ応募期間内だから、よかったら応募してくださいって、言ったことがあるような」
「それそれ。その応募、したの。それが、当たったの。しかも、かなりいいものが」
「わあ。それはおめでとうございます。というか、わざわざ応募してくださってありがとうございます。あのときのキャンペーンの景品ってなんだったんでしょう?」
「いろいろあったけど、私が当たったのは、こう、しゅわーっと出てくるやつ」
「えーと、加湿器、ですか?」
「ちがう! 似てるけど。ちがう。こう、しゅわーっと、湯気が出てきて、顔をきれいにするやつ」
「あ。スチーム美顔器?」
「それそれ! 名前はよくわからんけど、たぶんそれ」
「うわあ。そんなものが当たることって、あるんですねえ」
「でしょー。私もすっかり忘れた頃に、キャンペーン当選景品って、荷物が届いて、ああそういえば、って。ああいうものって、自分では自分に買おうと思わないけど、もらって使ってみたら、これが気持ちよくて、肌の調子がよくて、うれしくて、ああ、お礼言わなくちゃー、と思ってたのが、ようやく言えたー」
「そんなそんな、お礼だなんて、私はなにも」
「いいや。あのときに、同じ買うんやったら、なんかついてるこっちのほうにしときね、って、言ってもらってなかったら、そんなキャンペーンあるの知らんし、応募してないし、当たってないし」
「そうですかー、でしたら、お奨めしてよかったです。じゃあ、お肌は、その美顔器でしっとりつるりのいい調子を保ってもらって、声帯はプロポリスのど飴で様子見て、無理のない喉の使い方を研究する、ということで」
「そうするわー。ありがとねー、いっつもー」
「いえいえ、こちらこそ、本当にいつもご来店くださって、お声かけてくださって、ありがとうございます。また、ポリープの様子も、診てもらわれたら、教えてくださいねー」
「うん、ありがとー。じゃあ、またー」

プロポリスたちよ、蒸気たちよ、お客様のこと、よろしくお願いね。頼んだよ。     押し葉

幻の前夜祭

五月二十三日は結婚記念日(のはず)。だんだんと数を数えることのたしかさもあやふやになり、指折り確認してようやく、たぶんきっと結婚して十六年が経っていて、今回の記念日は結婚十六周年で、これから結婚十七年目を迎えるんだよね、そうだよね、ということにする。

土曜日の夜、「前夜祭」と私が勝手に銘打ち、祝祭ディナーとして焼き鳥屋さんへ赴く。焼き鳥屋さんでは、せせり、ぽんじり、皮、ハラミ(横隔膜)、豚バラ、馬刺し、生キャベツを注文。おいしいね、おいしいね、と食べているとき、夫が、「あれ? ちょっとメニュー見せて」と言うので、私の右側に置いてあるメニューを取って夫に渡す。夫は、メニューの中のドリンクページをしげしげと眺めた後、「やっぱり間違ってる」と言う。

「間違ってる、って、なにが?」
「このお酒の名前読んでみて」
「えーと、幻の宰相(まぼろしのさいしょう)、小松帯刀(こまつたてわき)。宰相は、さいしょうで合ってる、よね?」
「うん。宰相は、さいしょう。で、あそこの壁の手書きのポスター見てみて」
「あ。幻の宰相が、幼の宰相、になってる」
「じゃろ。幼い宰相って、宰相として、いかんやろう」
「どうやらくん。気にしない、気にしない。この手のことはよくあることよ」
「よくあるかあ?」
「お店の人に教えてあげてもいいかもしれんけど、ここのお店の人たちの他の手書きのいろいろを見る感じでは、そのあたり(誤字脱字等)へのこだわりは、そんなになさそうじゃもん」
「それでええんじゃろうか」
「形が似てる漢字を間違えたり、意味が似ている漢字を間違えてあるのって、よくあるじゃん」
「たとえば?」
「ほら。沖縄の伊江島で、お店の扉に貼ってある紙の、氷、の文字が、永遠の、永、の字だったこともあるし、私の職場の鼻腔拡張テープの、本部作成POPの文字が、鼻膣拡張テープだったこともあるよ。それにほら。どうやらくんが、今年の年賀状に書いたコメントで、送ってくれてありがとう、のつもりで、届ってくれてありがとう、って書いてたの、私が気づいて教えてあげたこともあるし」
「はいはい。もうよし。それ以上、記憶の引き出し開けなくていいから。よからぬものが芋づる式に出てきちゃいけんけん。はい、おしまい」

普段なら、焼き鳥屋さんでは、このあと何か、炭水化物にあたるものを注文することが多いのだけど、今宵は前夜祭だからね、はしごしよう、と、はりきって、セルフの讃岐うどん屋さんへ。うどんと一緒に食べる揚げ物は、夫は、「かしわ天」が一番好きだと言う。でも、焼き鳥屋さんの後では、かしわ(鶏肉ささみ)欲が湧かないらしく、夫も私と同じく「ちくわ天」を選ぶ。夫は、葱と、天かすと、七味と、すりごまを、加える。私は、七味と、すりごまだけで。普段あまり手を出さない「ちくわ天」を一口食べた夫が、「あ、ここのちくわ天、おいしい」と言う。「ちくわ天は、おいしいよ。わたし、好きよ」と言うと、「でもコストパフォーマンスは、ささみのほうが圧倒的に優れてる」と夫は言う。コストパフォーマンスというものは、大切な場面では大切なのかもしれないけれど、讃岐うどん屋さんで食事をするときには、食べたいものを食べるのがいいように思うなあ。

結婚記念日当日は、元旦にする挨拶のように、お互いに向き合って、「おめでとうございます」と頭を下げる。そうして、「また一年間、よろしくお願いしますね」と続けて、双方の婚姻継続の意思を確かめる。ということで、めでたし、めでたし。     押し葉

修学旅行のストラップ

職場の休憩室で休憩をとっていたら、そのときたまたま同じ時間帯に休憩室にいたアルバイトの男子高校生が、「どうやらさん。これ見てください。かわいくないですか?」と、携帯電話を私の目の前に置いた。どこがかわいいのかな、と思って、「んん?」と首を傾げる私に、アルバイトくんは、「これですよ。ストラップ。かわいいでしょう」と言う。「えーと、このピンク色の、針金のですよね。これは何の形なんだろう」と言いながら考えていたら、「ピンクパンサーですよー。かわいいでしょー」とアルバイトくんは教えてくれる。

「あ、ほんとだ。ピンクパンサーの形だ。アルバイトくんって、ピンクパンサーファンだったんですか?」
「いや、別に、ファンってことはないんですけど。妹が小学校の修学旅行のお土産に買ってきてくれたんですよ」
「ピンクパンサーのストラップを売ってる修学旅行先って、どこなんですか?」
「ユニバーサル(ユニバーサルスタジオジャパン)です」
「あ、そうか。USJなら、ピンクパンサーいますね」
「めっちゃ、かわいいでしょう? このストラップ」
「そうですねえ。ストラップもかわいいかもしれないですけれど、お兄ちゃんのことを考えて、限られた修学旅行の時間の中で、一生懸命お土産を選んで買ってきてくれた、妹さんがかわいいですねえ」
「そうですよね! そうなんですよ! めっちゃかわいいんですよ!」

そうかあ。アルバイトくんは、妹さんが、大好きなんだなあ、かわいくて仕方がないんだなあ。


その数日前には、別の同僚女性が、お昼過ぎ頃に、「今日は子どもが修学旅行に出発で、朝五時起きで見送ってきたから、もう、仕事の電池が切れそう。こんな時間帯に疲れるって、私どこか悪いんやろうか」と言うので、「朝五時起きで活動したら、八時間後の午後一時には疲れるのが正しいですよ。今日は早めにゆっくり寝るようにしてください」と話した。

翌日になると、その同僚が、「どうしたんやろう。うちのおにいちゃん(上の男の子)が一晩いないだけなのに、ちゃんとご飯食べたやろうか、ちゃんとお風呂入ったやろうか、って気になって気になって、昨日の夜は寝れなくて、今日は朝から仕事の電池がないんです」と言う。その日の夜には、修学旅行から帰ってくる息子を、バスの帰着場所まで迎えに行くのだそうだ。

そして、さらに翌日。バックヤードでその同僚に、「息子さん、修学旅行から、無事帰ってこられましたか?」と訊くと、「はい。帰ってきて、大興奮で、だああああああっと喋って、こてっと電池が切れて寝ました」と教えてくれる。

「よかったですね。これでもう安心して眠れますね」
「そうなんですよ。昨夜は私もぐっすりでした」
「最近は、小学校の修学旅行では、どんなものがお土産になるんですか?」
「家族みんなには、京都の八つ橋(和菓子)でした。私には、携帯ストラップだったんですよ。それがすっごくかわいいんですよ」

私は、その同僚から、「ストラップがかわいい」という言葉が出てきたことに、少しばかり驚いた。

「どうやら先生。本当に、かわいいんですって。奈良公園の鹿の形で」

私は、その同僚から、「鹿の形がかわいい」という言葉が出てきたことに、さらに驚いた。なぜなら、その同僚は、お店で販売する商品に、おまけとして添付されてくるいろんな販促品の類を、いつも「邪魔」扱いするから。小さなぬいぐるみも、ストラップも、小さな鏡も、その他もろもろも、彼女にとっては余計なもので、「こんなものが付いていたら、商品の幅が広くなって、棚の場所を余分に取って、この棚の他の商品が棚割(本部で作成される商品配置図)どおりに棚に入らなくなるし」だとか、「こんなもん、誰もほしくないやろう」などと言っては、よほど必須のものでなく、取り外し困難なものでなければ、さっくりさっくり外して、ざざあっと捨てたりする。私が「うわ、捨てるんですか」と訊くと、「お薬のほうで、お客様に差し上げて喜ばれそうなら、使ってもらっていいですよ」と気前よく全部くれることもある。だから、その同僚が、鹿の形のストラップを「かわいい」と言うのは、なんだかとても意外だった。

「あ、どうやら先生、鹿なんて、たいしてかわいくないと思ってるでしょ?」
「いやいや、鹿は鹿なりにかわいいと思いますし、それなりに料理したらおいしいなあ、とも思いますよ」
「奈良公園の鹿は食べたら駄目なんですよ。でも、本当に、かわいいんですって。ただのストラップじゃないんですよ。鹿が金色にキラキラしてるんですよ。変わってるでしょ」
「金色の鹿ですか。めでたげですねー。よかったですねー。もう携帯に付けてるんですか?」
「もちろんですよ。すぐ付けました。一日に何回も見てます」

そうなのかあ。同僚にとっては、とにかく息子さんがかわいくて、その息子さんが買ってきてくれたものならば、携帯ストラップでも、奈良公園の鹿でも、金色でも何色でも、かわいくて仕方ないんだろうなあ。     押し葉

写真の腕前

夫が撮影した写真は、出来がよいことが多い気がする。旅先でふと振り向く私の姿や、大きな木の下で両手を広げてご機嫌な私の姿などの写真を見た友人知人が、「うわあ。どうやらくん写真撮るの上手だねえ。みそさんがすっごくいいかんじで写ってる」と言うことがある。そのたびに私は一応、「それはモデル(私)がよいということではないのか」と、確認してみるのだけれども、皆「わっはっはー」と笑った後に一様に、「いやいや、これは、どうやらくんの腕前がいい」と、念を押すように言う。夫は絵や図形を描いたり、工作で何かを作ったりするのが上手だから、写真を撮るのも上手なのかもしれない。でもそれは、写真をちゃんと撮れてこそのことではあるのだけれども。

夫は写真を撮ろうとして撮れないことや、撮ったつもりの写真が撮れていないことがある。どちらかというと、やや頻繁にあるかもしれない。これまで私が書き留めただけでも、首里城のとき、アルトのとき、雪の回廊のとき、と、その実績は豊かだ。写真を撮りそこなうことが、あまりにも再々あると、これはもしかすると、夫としては何か一種の芸の披露をしてるつもりなのだろうか、だとしたら、こちらとしてももっと何か様式美のある「合いの手」や「ツッコミ」を入れるべきなのだろうか、と思いそうになることもある。けれど、妻としては、ここはあえて、努めて静観を装う。

それにしても、夫は、ちょくちょく写真を撮り損ねるけれども、カメラマンになることを目指したり希望したりしたことがないから、別段なんの問題もなくて、本当によかったなあ、と思う。そしてやはり、夫は今も、カメラマンになることを目指したり希望したりしていない。ということは、もうそれだけで、彼の人生の半分以上は大成功といえるような気がしてくる。そう思うと、夫自身も、夫の両親も、進路指導の先生も、誰も夫がカメラマンになることを思いついたり勧めたりすることなく、いい仕事をしてきたよなあ、と、両腕を組んで、しみじみと、一人深々と頷く。     押し葉

雪の回廊

富山県の立山の入り口にある室堂(むろどう)の「雪の回廊」に、夫が旅行に行ってきた。日帰り一人旅だ。「雪の回廊」では、十メートル以上積もった雪の壁を両脇に見ながら、除雪された道路を通る。いったんバスで通り抜けたあとに、バスから降りて、自分の脚で歩く。今日の雪は十四メートルの高さ。この冬の間に十五メートル積もったのが、だいぶん融けて、今は十四メートル。少ない年は十メートルくらい、多い年は二十メートルを超える。最高記録は二十五メートルだったらしい。

夫は朝六時ごろ起きて、元気よく出発。高速道路で富山インターチェンジまで走り、そこからは一般道で立山駅へ。車を駐車場に置いたら、ケーブルカーの立山駅から終点の美女平(びじょだいら)駅まで七分。そこからはバスに乗り換えて、一時間かけて室堂バスターミナルに到着。バスを降りたら、滑り止めの付いた雪靴で回廊を歩く。両脇の雪の高さに見惚れつつ。雪の白さとまぶしさに目を細めつつ。夫は、冬に履く雪靴(防水素材で足首高めのスニーカー風デザインで靴底が滑り止め仕様になっている)を持っているから、それを履いて行ったけれど、雪があんまり降ったり積もったりしない地域から旅行に来ていて、雪靴も山登り靴も持っていない人は、普通のスニーカーや靴で来ていて、つるりつるりと滑って転ぶ姿が見られる。

雪の回廊に満足したら、山道を歩いて「みくりが池」へ。夫は、ここには以前にも、一度一人で来たことがある。前回はみくりが池温泉で入浴して定食を食べた。今回のお昼ご飯は、あぶりサーモン丼。

そして、また、山道を下り、バスに一時間乗って、ケーブルカーに七分乗って、車を運転して帰ってきた夫は、なんだかとても満足そうだ。仕事から帰宅した私に、「おもしろかった! また行きたい!」と話してくれる。

「全然寒くなくて、手袋もマフラーも別に必要なかった。とはいっても、息は白いから、それなりに寒いんだろうけれど。お客さんは、中高年の人が多い」
「中高年の中年は、私たちくらいの中年?」
「あ、じゃあ、違うか。高年か。六十代かそれくらい。お金も体力も時間もそれなりにある年代の人が一番多いかんじ」
「そうか、そうか。よかったね」
「カメラでも写真撮ったけど、すぐ見れるように携帯でも撮ってきた」
「見せて、見せて」
「うん。あれ? 見るのは、どうするんだ? 撮るときは、カメラのところを選んだけど」
「データフォルダのとこじゃないかな」
「ほうほう。データフォルダね。お、これこれ。あれ?」
「あれ? って、どうしたの?」
「あぶりサーモン丼の写真も、雪の回廊の写真も撮ったつもりだったのに、ない」
「どれどれ。あ、ほんとだ。一枚しかない。バスの(車体の)写真だけだ。一応むこうのほうに雪があるのは見えるけど、地面はきれいに除雪されてるし、しかも雪がすっかり融けてて、なんていうか、普通の地面」
「この写真じゃあ、今日の俺の感動は伝わらんなあ」
「うん。久しぶりのバスが嬉しかったんかなあ、ってかんじじゃね」

今日はお天気もよかったから、遠くの山までよく見えて、とても気持ちがよかったとのこと。もっと雪焼けして帰ってくるかと思ったけれど、地黒だから目立たないのか、日焼け止めクリームがいい仕事をしてくれたのか、雪に乱反射する紫外線を浴びた量がそれほど多くなかったからなのか、全然わからない焼け具合。気持ちがよくて満足な日帰り一人旅でよかったね。     押し葉

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プロフィール

どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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