みそ文

第一の変身

拍手ボタン(第二)」の設置をしてみたところ、拍手数が表示されないのが、なんともいえず心地よい。いただいた拍手コメントに書いてあった「ラジオ体操(第二)」の伴奏に合わせて両腕を上げて体操し、スッキリしたから、さらに心地よい。

拍手数は、表の記事に表示されていないだけで、私自身はブログ管理者画面に入れば、いつ、いくつ、どの記事に、拍手をいただいたのかは、わかる。普段は電脳力温存のため、ブログ機能に関しては、ほとんどいじらないでいるほうだけど、今日の私には、「ラジオ体操(第二)」の勢いがある。その勢いに乗って、従来利用していた「ブログ拍手」ボタンのデザインも、数字表示のないものに変更してみた。できることならこちらも「拍手ボタン(第一)」と表示したいところだけれど、残念ながら、こちらには、そうできる設定がない。結果、ぱっと見には、いったいなんの通行手形なのかわからないかんじの、小さな四角の中に手の形があるだけのボタンを、第一ボタン(「ブログ拍手」ボタン)として採用した。選択肢の中で、数字表示がないデザインは、これしかないのだ。こちらも管理者画面にて、いつ(何月何日何時台に)、いくつ、どの記事に対して、拍手をいただいたのかは、わかる。

ついでに、「拍手ボタン」クリック後に移動する画面での拍手数(その記事の拍手数と総拍手数)の表示も、しない設定にしてみた。

今日の私の電脳力は、たいへんよくがんばったと思う。第一も第二も、どちらの拍手ボタンも、機嫌よく働いてくれるといいな。     押し葉

拍手ボタン(第二)

先日の「不正な拍手」トラブルについて、fc2ブログ屋さんにメールで相談してみたところ、いくつかわかったことがある。拍手コメント本文は、最低三文字以上必要で、私がテストコメントとして送信しようとした「みそ」の二文字では不正とみなされるということ。(投稿者の名前は一文字でも二文字でもそれ以上でも大丈夫。)「テスト」や「どうやらみそ」をコメント本文としたものは、現在は問題なく送信できるようになっているが、それらさえも不正コメント処理されていた不正な数日間の理由や事情はよくわからないということ。不正発覚を知らせてくれた友人からの拍手コメントが不正として処理された理由については、そのときの本文全文(数百文字)がそのままわかれば、何かのキーワードに反応して不正と判断された箇所がわかるかもしれない、ということ。(実際には、不正としてはじかれた拍手コメント文章そのまま全文は友人の手元にも残っておらず、脳内記憶の復元では文章の細かい部分が異なるため、原因究明はできないのだが。)

実は、「みそ文」を書いているfc2というブログ屋さんには、拍手ボタンサービスが二種類ある。これまでずっと利用してきた「ブログ拍手」というサービスは、ボタンを押すと、記事のタイトルと本文の一部が表示され、五百文字以内のメッセージを書き込むことができる。それとは別の「fc2拍手」という名前のサービスでは、ボタンを押しても記事名は表示されず、メッセージ文字数の上限は千文字。拍手ボタンを押した後に現われる画面のデザインや広告の出方などが、両者では若干異なる。fc2スタッフの方の説明によれば、両者ともに安定性には変わりがない、ということだが、私としては、なんとなく、「fc2拍手」のほうが安定性に優れているような気がしている。

というわけで、「みそ文」の拍手ボタンの種類も思い切って変更してしまおうか、とも考えたのだが、私としては、「ブログ拍手」の画面のほうがやや好みだし、これまでの馴染みもある。それなら、と、考え出したのが、「拍手ボタン(第二)」。これまでの「ブログ拍手」ボタンはとりあえずそのまま残しておいて、新たに「fc2拍手」ボタンを追加する方式。

これまでの拍手ボタンは拍手をしている手の形が四角で囲まれているデザインのものだが、新しいボタンは「拍手ボタン(第二)」という文字だけで囲いはなくアンダーラインが引いてある。二つ目のボタンの名前やデザインは、まだいろいろと考え中で、今後また変更するかもしれないけれど、今のところは、「ラジオ体操(第二)」(ラジオ体操第一よりも私が好きなほう)にちなんだ名前で、文字のみのボタンで始動してみる。

今後は、どちらでもお好きなほうで、あるいは調子よく動くほうで、もしくは両方ともに、拍手や拍手コメントをいただけると、ありがたくてうれしくて、小躍り大踊りすると思う。「拍手ボタン(第二)」は、制限文字数が千文字だから、「みそ文」を読んでの感動が五百文字以内ではおさまりきらず、とうとうと大量に語りたい、という方は、第二ボタンを優先的に利用してくださるとよいかも。もちろん短い一言でも、安心して第二ボタンをご利用くださって大丈夫。

将来的には、私が、第二ボタンのいろんなことに十分馴染んで、そちらのほうがより好きになったり、ボタンをひとつだけにしたくなったりしたら、第二ボタンのほうだけにして、従来の「ブログ拍手」を外すかもしれないけれど、そのときはそのときで、また、そのとき、ということで。

以上、拍手ボタンに関するお知らせまで。

追記。「拍手ボタン(第二)」のほうは、数字表示なし。

さらに追記。「拍手ボタン(第二)」を押したときに、記事本文は表示されないが、記事名は表示されるようである。
    押し葉

ジョイを求めて

やや年配の男性のお客様が、「ジョイはどこか」と声をかけてくださる。「はい」とお応えしたものの、『ジョイとはなんぞや。店内にあるものでジョイがつくものと言えばあれとあれかなあ。それとも別の何かかなあ』と判断しかねる状態。そこでお客様に、「どのようなジョイをお求めでしょうか」とおたずねしてみる。お客様は「わからん。ジョイ言えばわかるいうて聞いてきた。ジョイはあるんかないんか」とおっしゃる。

「商品名にジョイがつくものがいくつかあるのですが、台所用洗剤の、除菌もできるジョイ、のジョイでしょうか」
「いいや。そんなんじゃない。ジョイ言えばわかるんじゃないんか」
「はい。ジョイにもいろいろございますので。では、もしかすると、食べ物のソイジョイでしょうか」
「ソイジョイじゃなくてジョイのはずなんやけど。でも、そのソイジョイいうのはどういうものなんか?」
「はい。ご案内いたしますので、実物をご覧いただけますか」と、ソイジョイの売り場へ。
「おお! これこれ。なんや、あるんやないか、ジョイ」
「大豆からできた食べ物で、大豆を意味するソイをつけてソイジョイという名前になってるんですよ」
「ソイジョイなんか。ただのジョイじゃないんか」
「はい。ソイジョイです」
「ほんまやなあ。ソイジョイいうて書いてあるなあ」
「いろんな味がございますので、お好みのものをお選びくださいね。また何か必要でしたら、そのへんにおりますので、呼んでください」
「ほう。袋の色が違うと、中身の味も違うんやな。わかった。ありがと。ソイジョイか」

ソイジョイをお買い上げくださったお客様が、ソイジョイの味や食感や風味や腹持ち感などなど、いろいろとおたのしみくださってますように。     押し葉

不正な拍手

みそ文の記事に対して拍手や拍手コメントをいただいたとき、これまでは、別段なんの問題もなく、受信できていたのだが、現在、拍手はできても、拍手コメントを送信しようとすると、「不正なコメント投稿処理です。」という文字が表示される。発覚したのは、昨夜であるが、実際このようになったのがいつからのことなのかはわからない。「不正って、不正なのはおまえのほうじゃ」と画面に対して毒づきたくなるが、とりあえず、こちらのブログ屋さんであるfc2に問い合わせのお便りを送ってみた。

私がこれまでずっと利用してきた「ブログ拍手」というサービスのほうだけが拍手コメントの送信トラブルが生じているだけで、もうひとつの「fc2拍手」というサービスの中の拍手コメントのほうであれば問題なく送信できるようである。私は個人的に、自分が現在利用している「ブログ拍手」画面のほうが、「fc2拍手」画面よりも好みだから、そちらを利用しているのだけれども、うまく改善されないときには、拍手サービスの変更をすることにすることになるかもしれない。そのときには、少々画面のかんじが変わることになるけれど、また少しずつ馴染んでいけたら、馴染んでいただけたら、と思う。

fc2から調査結果のお返事が届いて改善処置がされたことが確認できるまでは、今の拍手ボタンからの拍手コメントは「不正」と表示される。その都度、「不正なのはおまえじゃ」と画面に向かってつぶやくか、拍手ボタンでは拍手だけして、メッセージはメールフォームの小窓に入力して送っていただけるとありがたい。お手数をおかけするけれど、ご協力お願いいたします。     押し葉

元気なインド人

以前の職場の同僚に、なんとなくメールを送ってみたところ、「わあ。どうやらさん。私、今まさに、インド行きの飛行機に乗り込む直前です。一ヶ月くらいで帰ってきます」という返信が返って来た。この同僚は、ずっと以前にもバックパッカーとしてインド旅行をしたことがあり、今回はたぶん二度目だ。彼女は、インド以外にも、時間ができるたびに何度か、一人であちこち外国旅行をしたことがある人だから、お土産話を楽しみにはするけれど、女の子一人で大丈夫なんだろうか、というような心配はまったくない。今度はどんな旅行をしてくるのか、してきたのか、また会って話を聞くのが楽しみだ。以前(十年近く前)(私と同僚になるよりも以前)に彼女がインドに行ったときと今回とでは、何が異なるかというと、現在の彼女はヨガをする人になっている、ということだ。もしかすると、今回のインドでは、ヨガも習ってくるつもりだろうか、どんなレッスンなんだろうか、と、私は勝手にあれこれと想像して、お土産話への期待が高まっている。

ところで、私の夫も、大学生のときに、インドへ一人で旅行に行ったことがある人だ。一ヶ月近くをインドで過ごし、現地では下痢で寝込んで苦しんだにもかかわらず、「インドは飽きない。たのしい」と豪語する。そして、夫は、私の元同僚の、かつてのインド旅行の話も愉しく聞かせてもらい、今回のインド旅行の話を聞くこともとても楽しみにしている。夫は、「インド人は、元気。君たち、なんでそんなに元気なんだ! と言いたくなる」と言う。「どんなところでその元気さを感じるの?」と訊くと、夫は、「あのドングリ眼(まなこ)。インド人が、あの大きなくりくりとした目を輝かせながら話をするのを見ていると、君ら、そこまで元気でなくてもいいけん! と思う」と夫は答えてくれたけれど、インドの人の目が大きくてくりくりしているのは、元気だから、というよりは、遺伝的形質によるものなのではないだろうか、元気でも元気でなくても、彼らの多くの目は大きくてくりくりとしているのではないだろうか、と、なんとなく、私は思う。     押し葉

感じる季節

本日の校正。
濁点の位置
縁戚関係

頭皮が、なんとなくちょっと、腫れたような痒いかんじと、重いかんじと、痛いかんじが、同時に現われ始めたら、春も本気で本番になる。これくらい春が本気なら、もう、スタッドレスタイヤもノーマルタイヤに交換してもいいかしらねえ、と思うけれど、それでも、まあ、一応もう少し、三月いっぱいはスタッドレスのままでいこうか、と、毎年夫と語り合う。日常の些細なことで、季節の繰り返しを感じることを、私はけっこう気に入っている。     押し葉

天高い秋の姉妹

本日の校正。「ふく袋の活躍

二十代の後半に、韓国ソウルにある延世大学語学堂において、韓国語の語学留学をしたことがある。結婚した年の秋から冬にかけての時期で、大陸の秋の空の、抜けるような天の高さを何度も見上げて深く息をした。

留学期間のある週末に、日本から妹が遊びにやってきた。妹には、空港から大学までの路線バスによる移動方法と、大学構内の説明を、手紙に地図とともに書いて送ってある。妹はその説明に従って、語学堂一階の椅子のある待合スペースまで辿りつく予定だ。私の授業が終わったら、そこで待ち合わせしようね、でも、もしかすると、飛行機が遅れることもあるかもしれないし、そのときには、私がその場所で、椅子に座って待っているから、とにかく待ち合わせはそこね、と、決めていた。

授業が済んで、一階に行くと、妹が待合スペースの椅子に座って、青年と話をしていた。「あ、やぎ、おまたせ。ちゃんと来れたんじゃね。よかった」と声をかける。妹が、「あ、ねえちゃん。あのね、私がここの大学の門に入った後、この場所を探しようたら、この人が案内してくれちゃったんよ」と言いながら、その人に向かって英語で、「ありがとうございました。私の姉です」と紹介する。私も英語と、そして韓国語で、丁寧にお礼を言う。青年は、延世大学の学生さんで、私の手紙の地図を頼りに語学堂を探す妹を見て、声をかけてくださったのだそうだ。語学堂は大学本体とは少し離れたところにあるから、ちょっとわかりにくくて、私も入学試験(クラス編成試験)受験時に、辿り着くのに苦労した。青年は、妹と私を見てにっこりと、「会えてよかったですね。すぐに姉妹だとわかります。じゃ、よい週末を」と、英語で言いながら、軽やかに立ち去ってゆく。

その後、語学堂の学生食堂で遅めのお昼ご飯を食べようと、食堂に向かっていたら、語学堂の教頭先生的立場の先生と階段ですれ違う。この先生には、私がソウルで住むところを探すときに、とてもお世話になっていた。私の当初の韓国語力では、民間の下宿屋さんで下宿するに際しての様々な交渉をするには、私にとっても下宿屋さんにとっても、双方ともに厳しいものがあるだろうと判断してくださってなのか、この先生の弟夫婦である方の家をホームステイ先として、個人的にコーディネイトしてくださったのだ。だから、私が、折々に、この先生にご挨拶するたびに、私の韓国語語彙が増えていることを、先生はとても嬉しそうな顔で喜んでくださっていた。先生は、隣にいる妹を見て、私に、「おねえさん? それとも、妹さん?」と訊かれる。私が、「妹です。日本から遊びに来たんです」と答えると、先生は、「ああ、本当に、顔がそっくりですねえ。すぐに姉妹だとわかりますよ」と言われる。先生と別れた後で、妹が、「今、なんて話ししてたん?」と訊くので、「今の先生は、ここの教頭先生みたいな人でね、私が住むところを探すときに、とてもよくしてくれちゃったんよ。でね、やぎと私がそっくりだって。すぐにきょうだいなのがわかるって」と説明する。「そういえば、さっきのおにいちゃんも、すぐに姉妹ってわかる、って言ってたよね」と妹が言う。

すぐに姉妹だとわかるのはともかく、たまに、妹のほうが「姉」と判断されることがある。それはたぶん、妹のほうが、きちんとしたおしゃれな身なりをしていることが多いからなのではないかな、と、予想している。妹と父は、なんというか「おしゃれさん」なのだ。私はあんまりアパレル業界には、消費者として貢献してないほうだ。けれど、身内の父と妹が、しっかり貢献してくれていることで、なんとなく安心して、気軽な気分で生きている。     押し葉

シャリの身の上

本日の校正。「熱い情熱(ぱっしょん)

上記当時、小学校一年生だった姪っ子のみみがーも、小学三年生になった。野菜に関しては、盛り付けられていれば食べるけれど、自分から積極的に取るわけではない、という状態か。刺身に関しては、相変わらずよく食べる。皆が集まるとき用にと、母が買ってきてくれる握り鮨などがあれば、真正面に陣取って、黙々と食べる。が、刺身好き魂が炸裂すると、握り鮨の刺身部分だけ食べて、「お母さん、シャリ、食べてください」と言い出したりする。みみがーの母であるゆなさんは、「いやです。自分で食べてください」と普通に言う。その自然なやり取りを見て、普段同居していない家族たちは、口々に、「ちょっと、みみ、あんた、何言いようるんね。自分が手をつけたものは、自分で責任持って食べんにゃあ」と言う。みみがーは、「でも、シャリだけで、もう、お刺身がのってないもん。お刺身がのってないと握り鮨じゃないもん」と、自分が上だけ食べたことは忘却したかのように言う。妹(みみがーにとっては叔母)が、「みみ。刺身がのってないシャリが嫌なら、お母さんにそれを、食べて、ゆうて言うのもやめんさいや。ほら。こうやって、あんたがシャリだけにしたところに、こっちのお刺身(握り鮨とは別にお皿に盛られているお刺身)を、ちょんとのせてみんさい。ね。ちゃんとまた握り鮨になったじゃろ。おいしいじゃろ。みみは、お刺身食べるの上手なんじゃけん、こうやったら、シャリも全部食べられるわいね。食べてみんさい」と促す。妹の作戦どおり、みみがーのシャリは全て、みみがーのお腹におさまる。

そういえば、妹が小さい頃には、「わたし、シャリだけが食べたいけん、上のお刺身、食べて」と、よく言っていた。それに付き合いかねた両親は、お鮨屋さんに行くと、「すみません、この子には、ネタなしで、酢飯のおにぎりを握ってやってもらえますか」と頼んでいた。そのお鮨屋さんに何度か行くうち、お鮨屋さんも私たち家族の各自の好みをおぼえてくださり、何も言わなくても妹には、酢飯のおにぎりが出てくるようにさえなった。

握り鮨の上だけほしい人もいれば、握り鮨の下だけほしい人もいるのねえ、と、姪っ子と妹を見ながら思う。
    押し葉

下着の把握

本日の校正。「被害届けは力を抜いて

盗難被害の届出書を作成することは、今後もうずっとないとよいなあ、と思うけれど、もしものときに備えて、身の周りの衣類の数や素材や色柄を把握しておけるくらいの量に、まとめたり整理したりしておくのも、いいのかもしれないなあ。せめて下着、せめてパンツ(下着の)だけでも、そうするようにしてみたら、自分にとっての過不足がわかって、下着以外のことについても、何かが今よりももっと整然としてくるだろうか。     押し葉

だれにもまけない

「なにかひとつだけでいいから、これだけは誰にも負けない、というものを見つけなさい」。どこで誰が言った言葉なのか、全然思い出せないけれど、子どもの頃に、この言葉を聞いた私が感じたことはよく憶えている。『誰にも負けない、って、この地球上の三十八億人(当時地球人口は三十八億人だったのだ)全員と、競い合うのも、その頂点に立つのも、そんなの無理だし、面倒くさいし、いやだよ』。

「誰にも負けない」というのは、そういう意味ではなかったのだな、ということが、今ならばたぶんわかる。「誰にも負けない」というのは、他人と競い合った結果、というよりは、自分自身の鍛錬や修練の結果、自分自身がある程度、じっくりとその何かを行うことも味わうことも可能なレベルに達した状態をいうのだ。

「これだけは」というときの「これ」とは、何かが上手にできることや、何かの役に立つことや、広く知られることや、何らかの形で褒め称えられることをいうのでもなかったのだな、と、今ならば理解できる。だけど、小さかったあの頃は、上手にできて、役に立って、他人から認められて、高得点や好成績を修めることこそが、「誰にも負けない」といえる条件であるかのように思っていた。もちろんそれも、そうであってもよいのだけれど、それだけが目指すところではないことを、今の私は知っている。

だから、私にっての、「これだけは誰にも負けない」ことは、今では、けっこうたくさんある。「これだけ」限定ではなく、たぶん「あれも」「これも」「それも」、私は誰にも負けなあ、と思うことがいろいろある。つまり、ある程度の鍛錬や修練を積んだのかもしれない結果、そうしたくてそうしようと思うときにはそうできて、そうすることにもそうしたことにも喜びに似た感覚を抱く。

けれど、そのことは、私の場合においては、他人と比べるようなことではないから、競い合う方法もなければ、評定する基準もない。他の人よりも自分が、勝っているのか負けているのかは、まったく知りようがない。それでも、こういうことが、「誰にも負けない」ということなのだな、と、思う存分腑に落ちる。

私にとって、「これは」と思っていることのひとつは、「庭を眺めて、じいいん、とすること」。きれいに丁寧に手入れされた庭を目の前にしたときには、ほぼ必ず迷うことなく、しばしその場に身を置いて、庭の姿に目を見張る。自分が手入れをしたわけでもなく、手間や時間をかけたわけでもない。私の知らないところで、私以外の誰かが、極上の技術と上質の冷静さと熱意で整えたのであろう結果を、全身全霊で感じる。

庭の姿の美しさと、そこに在る風と空気の静謐さを、全身全霊で感じる私の、じいいん、とした感動は、きっと誰にも負けない。そのときの、その季節の、その時間帯の、その庭に接しているのは、この星の上に生きる人間の数を思えば、ごくわずかな人数のみだ。同じときにその庭を眺める私以外の人たちの、こころの振動の様子と、比べあうことや競い合うことは、できないししないけれど、それでも私は間違いなく、誰にも負けていない。     押し葉

なにものでもなく

自分が好きなこと、自分がせずにはいられないこと、何かに突き動かされるようにそうしてしまうこと、などが、私には何かあるだろうか。ないから残念、というわけでも、ある人がうらやましい、というわけでも、自分にもあったらいいな、というわけでもないのだけれど。どちらかというと、私は、折々に、私には、そういうものが特別見つかっていなくて、よかったなあ、と思うのだ。

そうせずにはいられないものが、たまたま、個人的にも家庭的にも社会的にも受け容れられやすい種類のものであれば、問題なく平穏に過ごしやすいのだろうけれど、必要以上に手を洗わずにはいられなかったり、自分の髪の毛を抜かずにはいられなかったりする「強迫性障害」的な表れ方をしたときには、それはそれで本人も周りもいろいろとつらいものがあり、その治療にも折り合いにも手間や時間が多く必要だ。あるいは、自分の中から、止めようのない犯罪傾向が突き上げてくるとしたら、ただの「残念」や「途方に暮れる」ではすませることなどできないほどの断続的な絶望と無縁でいられる自信がない。自分の中から突き上げてくる何かが、常に自分にとっても周りにとっても望ましいものばかりであるとは限らないことや、その内容が選び放題なわけではないことを思うと、「突き動かされるもの」という大雑把な分類のものを、自主的に召喚するような願いを発動することには、慎重にならざるを得ない。

木々や葉緑の佇まいに、空と稜線の境に、ふと、こころ奪われてしまうとき、乾いた空気と風がさあっと身を清めてくれるとき、しっとりとした雨音に全身がそばだつとき、もしも自分が絵を描く人だったら、こんなときも脳内では絵筆が自動で動くのだろうか、詩を詠む人ならば、歌を詠う人ならば、ことばが体を駆け巡るのであろうか、音楽を奏でる人であれば、そこには常に音とメロディがセットになっているのだろうか、などと、知らない世界を想像する。けれど、私は、ほぼいつでも、どんなときにおいても、なにものでもない。だから、その場に、その空間に、その時に、身を任せ、こころを委ね、そこにある様々なものを浴び、そこに存在する自分を感じる。いつでも、ただそれだけのことに、専念できるのだ。

私は常になにものでもなく、別段何も突き上げてはこず、穏やかに和やかに、ときには激情の波風とともに、ひたすらに自分と周りのあらゆる存在を味わう。エネルギーの流れる様や、それらが繋がり離れては、また別のところで繋がる様を、飽きることなく堪能する。そうするとき、そうなるとき、私はいつも、自分には何も特筆すべき各種才能が備わっていないことに、完全なよろこびと安堵と悦楽を、そして、もしかすると若干の優越を、覚える。

なににも突き動かされることなく、中途半端であることも、存分に集中することも、ある程度以上、自分で制御できる状況や境遇に、うっとりと酔いしれる。そして、なにかに突き動かされるようになにごとかを成す人々の、その躍動するエネルギーを、眺めたり浴びたりしては、その濃厚さにしびれる。私は、自分自身が躍動することや濃厚であることよりも、そこにいること、そこに在ることを、よろこぶことを担当する「なにものでもないもの」なのだろう。その「なにものでもないもの」として、その役割をまっとうする気概はいつだって十二分だ。     押し葉

おおらかな休日

職場での休憩時間に、休憩室でストレッチをしていたら、新人二年目くんも休憩を取りにやってきた。「最近、なんだか、いろいろと、仕事がいっぱいいっぱいですけど、みんなよく頑張ってますよね」と、互いをねぎらいあう。私が、「そうそう。聞いてもらえますか。最近疲れているせいなのか、このまえの火曜日、私、休日だったのに、間違って出勤したんですよ」と話したら、新人二年目くんは、「どうやら先生がそんな間違いするの、珍しくないですか」と言う。

「だから、私、自分で自分に久しぶりに、かなりびっくりしました。店長と月度勤務表確認してすぐに、こっそり帰りましたけど、白衣着て、店長に朝礼してもらおうと思って、働く気満々だったんです。店長が、ワースケに私入ってないって、先生休みだった気がする、って教えてくださっても、それでもまだ私、ああ、社員さんたち、またワースケ作り間違えてるわ、くらいに思ってたんですけど、間違ってたのは私でした」
「火曜日のワースケを前日の月曜日に作ったの僕なのに、そんな間違いしませんよ」
「いやいや、新人二年目さんがここのお店に赴任される以前に、私出勤日なのに、ワースケに入ってない、ってことが、過去に何度かあったから、つい、あ、またかな、と思って」
「でも、僕なんか、毎月、月末の十日間くらい、たいてい休日に間違って出勤して、お店に来てから気がついて、そのまま帰ってるんですよ」
「なんで、そんなことを」
「ほら、月度勤務表って、毎月二十日からの分を、何日か前にもらうじゃないですか。あれを、僕、みんなの分は、印刷して出すんですけど、自分の分をなかなか印刷しないんですよ。いい加減もう印刷しよう、と思うのが、だいたい月末になってからで、でも印刷しても、それを自宅に持って帰るのに、またもう数日かかるんです。だから、月末の十日間くらいと、場合によっては月初めも、前日によほどそう思って、翌日の自分の勤務を確認してれば大丈夫なんですけど、それをしてないと、自宅に勤務表ないから、自分の予定がよくわからなくて、とりあえず、会社に行けばわかるし、と思って、出てくるんです」
「で、どの時点で、自分の休日に気がつくんですか」
「事務所の前まで来て、ワースケを確認したときです。あ、自分の名前、今日、ない、やっぱり休みだったか、と思って、帰るんです。あたかも何か用事があってお店に来たみたいな自然さで、そのまま、しなーっと、帰ります」
「わあ。そうなんだあ。私なんか、社会人生活で初めての出勤日間違いで、自分としては、けっこう衝撃を受けてたんですけど、そんなに再々、間違って出勤してたら、衝撃でもなんでもないですね」
「はい。全然。むしろ、やったー、仕事かと思ってたのに、休みだったー、今日は得したー、って思います。最初から休みだとわかってたら、僕、一日中、家で何もせずにぼーっとしてますもん。仕事だと思うから、しゃきっとできて、それでしゃきっとしたあとに、仕事じゃなくて休みだったら、しゃきっとしたまま、休日にやりたいと思ってることをあれこれして、満喫できるじゃないですか。だから、休日に間違って出勤したら、すっごく得した気になります」

新人二年目くんのおおらかさに、やや敗北感は感じるものの、だからといって、彼に憧れて彼を目指すか、というと、それはちょっと違う気がした。     押し葉

かゆみのないしあわせ

本日の校正。「夫のいびき」

昨年は、花粉症の各症状をやり過ごす力を温存すべく、サプリメントや漢方薬のお世話になりつつ、冬の終わりから春の間、みそ文をお休みして過ごした。けれど、今年は、元旦から飲み始めた抗アレルギー薬のジルテックが、実によい仕事をしてくれている。体の痒みも目のかゆみも鼻やその他粘膜の症状も、ほんとうに少ない。まったくないとは言えないけれど、ひっそりと体力温存しなくては、というような、体力消耗感とそれに伴う警戒心が、激減している。めでたい。

考えてみると、これまでの私はしょっちゅう、体のあちこちを掻いていた。夫が私の物まねをするときには、体の脇をぐいーっと大袈裟に伸ばして、お腹をポリポリと掻きながら「かいー」と言ったり、耳の穴に指を差し込んで(耳の中も痒くなっていたから)、間延びした表情をしてから(私はそんな顔はしないけど、顔が痒いときはたしかに表情が歪む)「耳が、かいー」と言ったりしていた。お風呂上りには背中や太ももが痒くなることが多かったので、しょっちゅう夫に頼んで、痒み止めの塗り薬をぬるのを助けてもらっていた。それが年が明けて以来、「背中に薬塗ってください」と一度も言わなくて済んでいる。痒みがないから、睡眠の質もよく、昼間活動する体力にも気力にも余裕がある。ああ、痒くないって、素敵。これくらいの体調で、世の中が春度を高めてゆく姿を愛でることができるとしたら、それは、きっと約三十七年ぶりのこと。小学校入学前に、目の痒みと鼻のぐずぐずで疲れる春が始まって以来、「花粉症」や「アレルギー」の概念がなかった時代も、それらの概念に恵まれてからも、春はずっと苦手だった。けれど、今年の春はもしかしたら、草木の芽吹きに目を向ける力と機会が増えてくれるのかもしれない。

今も左足の裏に、ほんの少し、痒みを感じる気がするけれど、例年に比べれば、全然問題なく平気で過ごせるレベルだ。うれしくてありがたい。長生きしてみてよかった。

追記。ジルテックにお世話になりつつ、例年通り、甜茶サプリメントと漢方薬の恩恵にも与っている。整腸薬を併用しているのも、なおさらによいかんじだ。     押し葉

カレーひとすじ

大人になってから、なんとなく思うのは、「感謝」というものは、まず自分の内側に、じんわりと、あるいは、突き上げるように、「湧いてくるもの」であって、感謝しなくてはと義務感に駆られるようなものではない、ということだ。自分の内面に湧き上がってきた「ありがたい」という気持ちを、言動で表出することも「感謝する」ことに含まれるだろうが、その表出の仕方やスタイルは、各人の習慣や表現特性によって異なる。

私はどちらかというと、言葉にすることにこだわる習慣と表現特性を持つタイプだ。だから、「わざわざ言わなくてもわかるだろう」と期待することも判断することも多くない。自分の脳がいつまで正常に言葉を紡ぐ機能を保てるのだろうかと、折々に気にして生きるくらいだから、ほとんど常に、言葉は惜しんでいないと思う。けれども、その結果、いろんなことを、言葉にのせて、つまびらかにしすぎることでの、くどさやイタさが現われる傾向も、そこにはあると思う。

よそはよそ、うちはうち」の教育を施しつつも、「おまえらはもっと感謝せんにゃあいけん」と言う父の真意としては、私たちきょうだいや家族が、こうして暮らしているなかで、安心や安全や便利や快適を享受してることへの感謝を意識する人であってほしい、という思いがあったのだろう。おかげで、現在、私たちきょうだいは、その父の願いが叶った形で、日々を暮らしていると思う。

少し具体的な話になるが、父がそうやって「おまえらはもっと感謝せんにゃあいけんじゃろう」と子どもたちに言うときというのは、たいてい、食卓の品数の多さについて言及するときであった。たとえば、「今日の夕ご飯はカレーよ」と母が言えば、カレー大好きな子どもたちは「やったー!」と喜ぶ。しかし、カレーだけでは、生鮮野菜が足りないね、という観点もあり、母はサラダも作ってくれる。うれしいなあ、うれしいよね。けれど、母の立場としては、カレーとサラダだけでは、やや高齢の祖母(父の母)には少しつらいかも、と思うから、祖母にはカレーは小鉢におかずのひとつとして小さく盛って、サラダ以外にも、煮物も、お刺身も、お漬物も、お吸い物か味噌汁も、少しずついろいろと、用意して並べる。この「少しずついろいろ」というのは、父の好みでもあった。いろんなものが少しずつ品数多く食卓にのっている風景と味わいを、父はこよなく愛していたし、母もそれに応えることを、ある程度自分に課していた。

けれど、小さな子どもにとって、大好きなカレーがあるところに、サラダは仕方がないとしても、煮物や刺身や味噌汁は、かなり、そうとう、必要ない。できることなら、サラダも省いて、カレー一筋に集中し、可能な限りカレーのおかわりをし続けたい。なのに、品数の多さを愛する父は、そこで子どもたちに言うのだ。「よその家ではカレーだったら、カレーだけというのがふつうで、カレーがあるのに、他のおかずもこんなにたくさんあるというのは、ありがたい恵まれたことなんじゃけん、おまえらはもっと感謝せんにゃあいけんじゃろう」と。『この父は何を言っているのだ。その情報が本当ならば、うちよりよそのほうがいいじゃん』と、おばかな子どもは本気で思う。

たしかに、いろんな食材を、品数多く少しずつ、食品として摂取することは、身体にとって望ましいこともあるだろう。そうできることの幸運に感謝を覚えるのもわかる。けれど、覚えたその感謝を言動で表せというならば、どうすることがその表現にあたるのか、父は私たち子どもに対して、手本を見せる必要があったのではないかと思う。品数多く食卓を用意した母に対してねぎらいの言葉をかける姿を見せるなり、天地万物に対する感謝を毎日神棚や仏壇に向かって思いを込めていると話すなど。食事ごとに両手を丁寧に合わせて、「いただきます」「ごちそうさまでした」ときちんと言葉にする以外に、恵まれた境遇に感謝をあらわすということは、どのようにすることなのかを。「感謝しろ」と一方的な言動を求めるのではなく、「ありがたいなあ。うれしいなあ。今度の休みには、みんなでお墓参りに行って、この感謝の気持ちをご先祖様たちに伝えよう」と言われたとしたら、おばかなお子様であっても、自分の周りのあらゆるものに感謝を覚えるということを、その感謝を形に表すということを、より自然で日常的な行為として、感じたり理解したりしたのかもしれない。

そう、あの頃、子どもの私にとっては、父が私たち子どもに諭す「感謝せんにゃあいけんじゃろう」は、父の好み(食卓に品数多くおかずがそろえてあること)に同調することを求めていると同時に、その好みの実現による恩恵を受けることができているのは、父の経済力によるものなのだから、父に対する感謝の言葉をもっと再々述べなさい、と、いう意味合いを多く含んでいるような気がしていたのだ。

子どもはだいたいおばかだから、その程度の誤解をするのは簡単だ。ただ、もしかすると、と思うのは、実は誤解は誤解ではなく、その解釈もそれはそれで正しかったのかもしれない、ということだ。食卓の品数の、好みひとつをとってみても、父の好みと私の好みは大きく異なっているということが、あの場面では学習可能だ。そうであるということは、私はきちんと大きくなって、しかるべきときに親元を離れ、自分の好みに合致した独自の食文化生活を営む欲求を満たすべきだということなのだ。

当時の父の真の狙いが、どのあたりにあったのかについては、謎のままにしておきたい。が、謎も含めて、父が父として、私たち子らに与えてくれた多くの機会と幸運を思うとき、そのことを特筆して思い出すわけではないとき、どちらのときも、私の中には、大きくて太い源泉のような感謝がいつも湧き続ける。     押し葉

本日の衝撃(職場編)

本日の衝撃。

はりきって出勤し、白衣に着替えて売り場に出る前、バックヤードで店長に挨拶。その場で朝礼(その日の仕事の連絡事項などの確認)をしてもらおうとしたら、店長が少し驚いたみたいに、「今日のワースケ(その日の従業員全員のワークスケジュールの時間割表)に、先生いないんですけど。先生、お休みのはずなんですが。僕が勘違いしてるのかな。もしかして、ワースケ作成のし間違い? 月度勤務表で確認しますね」と言うではないか。

ワースケ作成のし間違いは、過去にも何度かあったことで、その都度、店長と社員に、「私、今日、ワースケでは仲間はずれみたいですけど、売り場では仲良く仕事するフリをちゃんとしてくださいね。私真面目に仕事しますけど、止めたりしないでくださいね」と声をかけて仕事をしてきた。だから、今日も、そうするつもりで、店長と、今一度、月度勤務表(毎月21日から翌月20日までの全員の出勤と休日を表にしてあるもの)を確認する。その結果、店長の勘違いでもなく、ワースケの作成し間違いでもなく、本日の私は、間違いなく明らかに休日であることが判明した。

「うわっ。私、今日、休みじゃないですか。てっきり休みは明日だと思っていました」
「やっぱり、今日、どうやら先生、休みですねえ。でも、せっかく出勤してくださってるし、他の日どこかと休日変更できるかなあ、うーん(勤務表をにらみつつ)」
「いいんです、店長。私、このまま、こっそりと帰ります。最近、イチョウ葉エキスを飲むのを忘れてたのが、いけないのかもしれません」
「うーん(相変わらず勤務表をにらみながら)、やっぱり、そうしてもらっていいいですか。明日から広告で、特に明日はポイントも多い日で、売り場に先生いてほしいですし。その後もずっと、棚替えの予定が混んでて、変更難しそうです。せっかく出てきてくださったのに、すみません」
「いえいえ。店長は、何にも悪くないですよ。私が勝手に間違って来ただけですから。いやあ、勝手に出勤してきてなんですが、本当にびっくりしました。それでは、これにて、失礼いたします。さようなら、さようなら」

そのまま、私は、膝と腰を少しかがめて、上体を低くして、静かにこっそり白衣を脱ぎ、ロッカールームから従業員用通用門に向かった。が、その途中で、肋骨骨折の同僚と遭遇する。

「あれ? どうやら先生、おはようございます、じゃけど、先生、今日、休みと思っとったのに、出勤? 急ぎの仕事で休日出勤とか? それとも何かで休日変更とか?」
「うわーん。違うんです。ただ単に私が今日は休日なのに、出勤日と勘違いして、仕事にきただけなんです」
「ええっ? うわっ? そんなことって、あるんですか?」
「私だって、びっくりしてるんですってば。この仕事して長いけど、休日間違えたの初めてですもん」
「ありゃあ。でも、せっかく出てきちゃったんなら、別の出勤日と振り替えて、仕事して帰っちゃったらええのに」
「店長も、そう言うて、月勤表見てくれちゃったんじゃけど、明日からチラシじゃし、ちょっと無理っぽいんですよ。まあ、だから、もともと、今日を休日にしてあるってことなんですけどね」
「そうかあ。そうよねえ。そりゃあ、明日からは、おってほしいわ」
「というわけで、こっそり帰りますんで、さようなら、さようなら」
「うんうん、先生、こっそり帰って大丈夫。売り場の皆には、私から、面白おかしく話しとくけん」
「うわーん。こっそり帰るって言ってるのにー」
「じゃ、気をつけて帰ってくださいね。お疲れさまでした」
「疲れてない! 仕事してないけん、疲れてないもんっ。では、お先に失礼します」

そして、さらに身をかがめて、小走りに、忍者のように、駐車場へと移動してたら、お昼休憩で自宅に戻っていた同僚が、駐車場から歩いてきて、にこにこと、私に向かって手を振る。でも、すぐに、不思議そうな表情になり、少し小首をかしげて、さらに近づいて、私に声をかけてくる。

「おはようございます。お疲れ様です。どうやら先生、今日、お休みじゃなかったんですか?」
「そうなんです。休みなんです。休みでした。間違って出勤したから、これから、こっそり帰るところです」
「ええーっ!」
「はい。私もびっくりです。店長もびっくりしてました。そういうわけで、さようなら、さようなら」
「本当に気をつけて帰ってくださいねー。お疲れさまでしたー」
「うえーん。疲れてないですよう。仕事してないんですからー」

さてと、今日は、そういうわけで、私としては明日の休日に予定して、夫にもそう宣言していた、確定申告の医療費控除の書類書き込みと、封筒の糊付けと発送作業を、片付けてしまうよっ。おーっ!     押し葉

よそはよそ、うちはうち

「みんながいうもん」と主張する小さな妹に対して、私も弟も、「みんな、じゃない」と言っていたのは、父と母からたびたび、「よそはよそ、うちはうち」という教育を仕込まれていた影響が大きいのかもしれないと、昨夜から考え続けている。

何かをしてはいけないとき、あるいは、何かをしたほうがよいとき、両親は、殆どの場合、「みんなしてないことなんだから」とも、「みんなそうしているのだから」とも、言わなかったように記憶している。そのときに説明可能な理由であれば、どうしてそれをしてはならないのか、なぜそれをしたほうがよいのか、子どもにもわかるような理屈で説明してくれていたし、説明が難しいことであれば、「大きくなって自分で考えてわかるようになるまでは言うとおりにしておきなさい」と言われていたように思う。

その教えは、子どもごころにも、まっとうに思えたし、他人や他家と比較して不満や不安を感じない生活習慣は、慣れれば実に快適で、私や弟や妹の基本思考として、十分に定着した。そして大きくなった現在でも、その習慣や思考は、やはり私たちきょうだいの、基本の一部のままであるような気がしている。

「よそはよそ、うちはうち」の教育が定着した子どもたちにとっては、他人や他家と比較して不満や不安も感じないことは既に自然なことだった。けれど同時に、「よそはよそ、うちはうち」だから、自分や自分ちが他人や他家より何かが恵まれているとしても、そのことにひどく安心もしなければ、大袈裟に喜びもしないことも、それなりに自然だった。特に私は、三人きょうだいの中で、一番長く、親からの教育を受けてきた身であればこそ、その教育は深く行き届いていたし、一度こうだと思い込んだことはなかなか変更の融通が利きにくい傾向も手伝って、「よそはよそ、うちはうち」教の教祖になれそうなくらいに、その点は徹底していた。

けれど、両親にとっては、たまに親として少し奮発して、上等なものや珍しいものを、食卓や家庭や各子どもに供したならば、子どもたちには、もっと派手に、にぎやかに、喜びを表現してほしかったのだろうなあ、と、今ならば想像できる。だけどあまりにも、「よそはよそ、うちはうち」の教育が行き届いていたため、子どもとしては、嬉しいなあとじんわりと喜んだり、ありがたいなあと地味に感謝はしても、よその誰かやどこかに比べて、いい思いをしているのだからと、優越感や大きな喜びを持つことも、その喜びと感謝を大きく表現することも、あんまり思いつかなくなっていた。それが普通だと思っているわけではないけれど、ことさらに恵まれていることに気づくには、やはりある程度の比較観察も、その研究を伴った成長も、必要なのだろうと思う。その比較観察さえ日常から手放した姿は、それはそれで、「よそはよそ、うちはうち」教の信者としては、かなり敬虔で信仰深いと言えるだろうし、両親の教育も大成功の部類と言えるだろう。

そんな子どもたちを見て、父が、なんとなく残念そうに、あるいは、やるかたなさそうに、「よその家では、こんなふうな贅沢は、そんなにできることじゃないんで。おまえらは、もっと、ありがたいと思わんにゃあいけんじゃろう」と言うことが、ときどき、あった。そのたびに、私は、父の言葉の真意を測りかね、内心やや混乱していた。「よそはよそ」で「うちはうち」ならば、こんなふうな贅沢も、「うちはうち」で「よそはよそ」だろうと、子どもとしては思うのだ。

そもそも、それが「贅沢」なのかどうかさえ、人生経験の浅い子どもには、たいしてわかりはしないのだ。自分のおかれた境遇が、「贅沢」に類するものなのか、「恵まれた境遇」のひとつなのか、判断できるようになるには、ある程度以上大人になることと、ある程度は「よそ」と「うち」を常時比較することが、たぶん、おそらく、必要だ。家庭と学校とほんの少しのその他だけが、殆ど全ての世界の中の小さな人間にとっては、目の前にある現実が、常に、ある種の標準で、比較を手放せば手放すほど、その標準はさらに標準度を増す。

我が家ではいつだって、「よそはよそ、うちはうち」のはずなのに、なにゆえ、たまに、こういうことに関しては、よそと比べろと言うのだろう、よそと比べてその豊かさを喜んだりありがたがったりするべきだと言うのだろうか、と、私は本気で不思議に思った。ありがたいし嬉しいけれど、そのありがたさやうれしさを、「よそと比べて」高位にあるか低位にあるかを判断したりすることは、「よそはよそ、うちはうち」教の教義においては、ありえないことだったのだ。

それでも、大人になった今ならば、なんとなく、私もわかる。おそらく、あの頃の父、今の私よりももっと若かった父にとっては、父として、たくさん働いていることや、稼いだものを家族に還元することに関して、もっと、なんというのだろうか、家族から、賞賛に類するエネルギーのようなものを浴びる必要があったのだろうと思う。子どもであっても、大人であっても、自分に関する肯定感は、どんなときにも必要なもので、それは自分の在り方によっても、自分以外の誰かの言動によっても、補強されたり、削がれたりする。私たちきょうだいが、もっと派手に興奮して、「うわあ、とうちゃん、やったー、ありがとう!」と声高に喜べば、当時の父の中の何かは、もしかすると、もう少し豊かに、満たされたのかもしれない。

子どもを育てるということは、なんと、加減の難しいことだろうか、と、このことを思い出すたびに、一人で勝手に考え込む。「よそはよそ、うちはうち」でありつつも、うれしいことやありがたいことに、十分以上の喜びや感謝を「表現する」力を養うには、どんなふうにしたらいいのだろう。他人や他家と比べて、卑屈になることも不満をつのらせることもなく、傲慢になることも優越感に溺れることもない、絶妙に健全な加減で。自分や自分の周りの人に対する肯定感を自然に、かつ、十分以上に表現するには、どんなふうな教育を、自分にも子々孫々にも、心がけたらよいのだろう。

当時のことを思い返して、不遜にも、なんとなく私が思うのは、私たち子どもの喜び具合や興奮がそれほど派手でなかったのは、私の両親の私たちきょうだいに対する肯定の「表現」も、それほど派手でもなく、興奮も伴っていなかったことが関係しているのではないのだろうか、ということだ。両親ともに、私たちきょうだいに関しては、常に肯定的ではあったけれど、賞賛的だったかというと、それほどそういうわけではなかったような気がするのだ。いや、賞賛は十分にしてくれたのかもしれないけれど、それが賞賛であることに、受け手(私)が気づかないほどに、表現がフラットでナチュラルで、事実の伝達か何かのように感じていたような気もする。

ああ、それでなのか、と、気がついたことがある。私が誰かに何かを言ったり伝えたりしたときに、その人が「褒めてくれてありがとう」という種類の反応を表してくれると、私は、「いやいや、私は、別に褒めたつもりではなくて、そうである事実と感想を述べただけ」だと、思ったり言ったりするのは、そういう生育環境と感受性の個人的事情が関係しているのかもしれない。

「褒める」ということは、相手や相手の関係者に関する肯定的な事実内容を、「相手が喜ぶように」と少し意識して表現することらしいことに、最近私は気がついた。「賞賛」も、もしかすると、ただの「肯定大会」ではなく、その賞賛の受け手が喜ぶように意識して表現してこそ「賞賛」となるのだとしたら、私は少し意識改革を行わなくてはならない。

ところで、子どもに対しても、親に対しても、その他家族に対しても、自分に対しても、大切な他人に対しても、「賞賛する」ことを習慣化したいと思うときには、どうすればいいのだろう。私が受けた「よそはよそ、うちはうち」の教育と同等かそれ以上に、繰り返し繰り返し、家庭内でも自分ひとりでも、「賞賛」の実践を行うことは、とりあえず必須だろう。ラテン的な熱さもなく、感情表現地味めの文化で暮らす私たちにとっては、自分も含めて誰かの喜びを意図して狙った表現を行うことには、少々力を要することもあるだろうし、多少困難も伴うのだろうけれど。そうであるとしてもなお。

「よそはよそ、うちはうち」を、ちょうどよく、そして、より高度に、実践しつつ、自分に関しても、家族に関しても、友人知人に関しても、常時自然に、喜びと感謝を十分以上に表現し、賞賛を行う文化に至り、その文化に天下を取らせる(一定以上の多数の人が、その文化を受け容れて実践する)ことは、私にとっては、望みでもあると同時に、きっと必要なことなのだ。だから、今からでも、そうする。できる範囲で、気づく範囲で、縁(えにし)に恵まれた範囲で。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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