みそ文

カープふりかけ

本日の校正。「磨きで勝負

年末年始に帰省したときに、義妹(弟の妻)が、手土産として「カープふりかけ」を持たせてくれた。小さな袋に一回分ずつのふりかけが入れてあり、味は、たらこ、さけ、のり、かつお、たまご、の五種類。それが何十包も入っている。一包ごとの片面には、広島カープの選手の似顔絵と紹介文(背番号、名前、ポジション、生年月日、タイプ)が印刷されていて、もう片面には笑顔のカープ坊や(広島カープのマスコット)がいろんなポーズをきめている姿が描かれている。ふりかけは食べるのは食べるけれど、こんなにたくさんはちょっとうちには多いかなあ、と思ったので、職場に持って行き、広島出身の同僚に、「ふりかけ、よかったら、食べてもらえるかな」と、実物を見せて話してみた。すると同僚は、「うわあ! ありがとう。うちの子どもら、ふりかけごはんが大好きなんよ。なんぼでも食べるわいね。それに、このカープ坊や、ぶちカワイイじゃん!」と、喜んで持って帰ってくれた。帰宅後、そんなに言うほど「ぶちカワイイ」かなあ、と思いながら、ふりかけの袋のカープ坊やを、まじまじと眺めている。     押し葉

分杭峠

本日の校正。「ごみぶくろを求めて

昨日書いた「それはいったいどこやねん!」な、長野県の霊験あらたかであるらしい場所は、その後、私の日記を読んだ友人からの追加メールにより、どこであるかが判明した。長野県長谷村の分杭峠(ぶんぐいとうげ)というところなのだそうだ。別の友人からの情報によると、その地は雪深いところらしく、冬場の積雪時には、近づくことができないのだとか。私としては、たまたま何かの流れで気軽に訪れた地で、たまたま凛とした静謐さや大いなる力を感じたならば、それはそれでありがたく嬉しくもあるけれど、そのためにわざわざ赴く努力をするかというと、その手の気概は低いのだ。たくさん歩いたり、息を切らしたりしなければ辿り着けないようなところには、あんまり積極的に行きたくない。夫はそんな私のことを、「この年でそんなにやる気がなくてどうするんだ!」と叱咤激励してくれる。しかし、名探偵コナンくんは「体は子どもでも頭脳は大人(高校生)」かもしれないけれど、私の場合は「見た目は中年でも中身は老婆」なんだから、と、夫には説明している。今自分が生きているのは、幸運なおまけのようなもので、私はこのおまけをいたく気に入っている。おまけだから、きっとそんなに大量にはない。だから精力絶倫に大盤振る舞いしたりせず、小さな味わいを丁寧に積み重ねてゆきたい。大きな味わいに遭遇しても、私のおまけの生命力では受け止めきれないかもしれないし、無理して大きな味わいを求めて行動し遭遇し受け止めて受け容れて、その結果、私のおまけの生命力残量が減りすぎるのだとしたら、それは私の本意ではない。だから、大きくて有名なエネルギーのある場所にわざわざ自分が赴くよりも、そのために必要となる私のその分のエネルギーを、自分の心身のメンテナンスに注ぐことで、私自身が私のためのパワースポットであれたらいいな、と願う。     押し葉

地の気の力

本日の校正。「しりとりパッド

先日友人とメールのやりとりをしていたときに、世の中には、なんというか、こう、ぴんと張り詰めているけれど、それは心地のよい緊張感で、凛としていて静謐な何かが全身を貫き、清められたような何かを感じる場所があるよね、という話をしていた。その地が持つ力なのか、地だけではない天も含めた空間すべてが何かエネルギーを帯びているのか、詳しいことはわからないけれど、そういうところの気持ちのよさは、ある種の格別さを覚える。友人は翌日奈良県の三輪神社に詣でる予定になっていて、これまでにも何度かその神社を訪れるたびに毎回、そういう感覚が感じられるのだと話してくれる。その後、他にも、どこどこのあそこもそんなかんじだった、とか、神社以外にもお寺や教会やモスクや、宗教施設とは無関係に、そういうところあるよね、と話が続く。そして、最後に、友人が「じゃ、もう寝るわ」というメールを送ってきてくれたときに、「そうそう。私(友人)は車の中で待ってたから行ってないんだけど、パパさん(友人の夫)が2、3回行った長野県の山奥と言うより下に下りて行くと、磁場を感じるので有名な場所があって、全国いろんな所から人が集まってるらしいよ」という情報も教えてくれた。が、この友人情報のみを頼りに、そのスポットに辿り着くのは私にはたぶんちょっと無理だよ、と思いながら眠った。
    押し葉

火水木の精霊たち

本日の校正。「とんびに大判焼き

以前、私が熊本に住んでいた頃、「くまもと国体」が開催された。そのときのマスコットキャラクターの名前は「ひっくる」「みっくる」「もっくる」だった。もしかするとカタカナで「ヒックル」「ミックル」「モックル」だったのかもしれない。「ひっくる」は火の精で、「みっくる」は水の精、「もっくる」は木の精だ。熊本は、火も水も木も自慢のお国柄だから、この三人を選出したものと思われる。当時どこでどうやって入手したのかまったく記憶がないのだけれど、私は長く、この三人が一枚の樹脂(プラスチックとゴムの間くらいの柔らかさ)にかたどられたキーホルダーを使っている。手に持っても軽く、このあたり(北陸地方)では他の誰も持っていなくて(少なくとも日常的に使ってはいなくて)、自分のものだとわかりやすいことがお気に入りの理由だ。ところが、一昨日、家に入ろうと鍵を手でさわったとき、おにょ、というような感触とともに、三人の精のプレート部分がホルダーから外れた。ホルダーの輪が通っている穴の上の部分がちぎれたらしい。まあ、もう、長年使ってるしねえ、壊れてもおかしくないよねえ、とは思うものの、なんとか修理して使えないものだろうか、と、現在考え中である。     押し葉

鏡台到来

本日の校正。「魔法の相槌

土曜日の夜に、祖母の鏡台が届いた。ダンボールとプチプチとで厳重に梱包され、うやうやしく台車に乗せられて、玄関前までやってきた。業者さんにお願いして、玄関の絨毯の上に置いてもらう。梱包を外して、自分の部屋に運びこむ。なんとか自分ひとりで抱えることができ、夫に助けてもらわなくても大丈夫だった。こころなしか、自分の部屋の「気」の力のようなものが、ひとまわり力強くなったような気がする。ものはものではあるけれど、ものにはものの力が、それぞれにあるのだと思う。
    押し葉

決意新たに

本日の校正。「いろう

過去の自分の「聞き間違い」ネタを読み返すたびに、果たして私は、接客したお客様のお話を、正しく聞き取り適切なお薬をご紹介しているのだろうか、と、自分で自分を監視したくなる。せめて、お客様が、「いや、そうじゃなくて、こう」だと、聞き間違えた私にツッコミを入れることができる程度の間合いは、保ちながらゆっくりお話をしよう、と、決意を新たにできるのが、こういうネタのいいところだと思う。     押し葉

傾向と対策

本日の校正。「被害妄想くん

常々、私の夫は、若干「被害妄想」の傾向があるのだろうか、と思っていたのだが、今回年末年始に帰省したときに、実家の家族たちを見ていたら、実家の父(私の父)にも、義弟(妹の夫)にも、その傾向が見られた。彼らが本当に被害や不満を感じているかどうかは、私は彼ら本人ではないから、本当のところはわからない。けれど、彼らの、何かのときの、とっさの、彼ら各自の妻に対する反応の、言葉の癖のようなものが、私には「被害妄想」的に感じられるようである。これは彼らが「男子」だからだろうか、とも思って見てみたが、同じ「男子」である弟と甥っ子(弟の子)には、これといってその傾向が見られない。家族と人類の傾向と対策(が必要かどうかも含めて)を、引き続き観察、ということで。     押し葉

雪かき部隊

本日の校正。「孫の手

年末からこれまでずっと、「雪はスキー場中心にたっぷりと降らせてあげてください。市街地には雪かきが要らない程度でお願いします」と、冬将軍様との交渉を頑張ってはきたのだが、本日は大雪。今日くらい雪が降り積もると、出勤前の雪かき作業時間に、三十分くらいは必要になる。しかも雪かきをしなくてはならないというのに、その雪かきの道具たちが、雪に埋もれた車の中にある。とりあえず、車のドアをどこかひとつ開けなくては、雪かき道具を使うこともできない。仕方なく、手と足で、ごすごすと雪を退けて、運転席のドアを開けようとするが、すぐには開かない。何度か手足での雪かきを繰り返して、ようやく自分ひとりが社内に入れるくらいにドアを開ける。助手席に荷物を置いて、後部座席から雪かき道具を取り出す。ごっすり、ごっすりと、車の上の雪をおろす。ただでさえ車の周りに雪が積もっている上に、車の上の雪が加わって、車の周りはさらに雪だらけ。とにかく、発進できる程度にだけ雪を除ければよしとしよう。さっくりほい、ほっくりひょい、ざっくりぽん、と、大きなシャベルで、すくっては投げ、すくっては投げ、を繰り返す。雪はどこに放り投げるかというと、車の後ろのフェンス(駐車場のフェンス)の外側にある道路の端っこ。除雪車が除雪した雪を道路の両脇に積み上げるのだが、その積み上げられた雪の塀の上に、私も雪を投げ足して、雪の塀はさらに高くなる。今も雪が降り続け、そして、積もり続ける。     押し葉

箪笥と鏡台

本日の校正「あたり

祖母がお嫁に来るときに、嫁入り道具として持って来た「箪笥」と「鏡台」を、祖母はとても大切にしていた。暇があれば乾いた布で磨いて、いつもピカピカに保っていた。祖母は生前、「箪笥はやぎちゃん(妹)に、鏡台はみそちゃん(私)に」と、言っていたらしく、それぞれ、祖母の形見として、譲り受けることになった。祖母の没後は、実家の母が、箪笥のことも鏡台のことも、丁寧にお世話してくれていた。しかし、明治生まれの祖母の嫁入り道具だから、製作そのものは、たぶん大正後期が昭和開始期のものだ。それをそのまま引き続き現代に使うには、若干の不都合感が否めない程度には、やはり老朽化していた。それをこのたび、母と妹が、家具職人さんに頼んで、修理してもらったという。元旦に見せてもらった箪笥と鏡台は、姿はそのままでありながらも、見た目と使い勝手が、大幅に円滑になっていた。

今回帰省するにあたって、荷物の準備をしているときに、私は何か、もう少しお金を多く、何万円か持って帰らなくてはならない予定があるような気がしながらも、それがいくら必要で、何のお金なのか、誰に払うのか、どうしても思い出せずにいた。いくら考えてもわからないから、もう、いいや、思い出したらそのときにATMで出せばよしにしよう、郵便局は年末31日まで営業しているはずだし、ということにした。だから手持ちの財布には、道中自分が何か食べたり飲んだりするのに必要な金額くらいしか持たず、あとは甥っ子と姪っ子用のお年玉の二千円札とポチ袋を持つだけにした。元旦に、妹宅で、修理の済んだ祖母の箪笥を見てようやく、「あ、私、鏡台の修理代金を払うことになってたんだ」と思い出す。妹に「ごめん、私、なんかお金を持って帰るの忘れとるなあ、と思いながら帰って来たけど、鏡台の修理代金が要るんじゃったんじゃ。今日明日で、開いてるATM探して寄るの、めんどくさいけん、やぎの銀行か郵貯の口座番号を教えて。むこうに戻ってから振り込むけん。ネットバンキングなら家でゆっくり作業できるし」と話す。妹は「そっちのほうがめんどくさいじゃん。すぐに要るお金じゃないし、次に会えたときでええわいね」と言い放つ。

家具職人さんと交渉したり、古い家具を修理に出したり、そうしたことの連絡をくれたり、そのお金を私の分まで立て替えて支払っておいてくれたり、さらには借金の返済を気長に待ってくれたり、と、妹は、ほんとうに、大きくなったことだなあ、と、しみじみとする、二千十年のはじめ。     押し葉

祖母と弟

本日の校正「肝油

祖母と弟は仲良しで、祖母は何かというと弟に声をかけては、「へっへっへ」「ふぇっふぇっふぇ」というような音声で笑っていた。そのたびに弟は、少し軽く怒鳴るみたいに、「もうっ、ばあちゃんはっ!」と言いはしても、たいていのことは祖母の希望をかなえるように動いていた。
    押し葉

祖母と義弟

本日の校正「絨毯

祖母は、妹と義弟が結婚するよりも、ずいぶん前に亡くなったから、義弟は祖母には会ったことがない。けれど、義弟は、この記事を、なぜかとても気に入ってくれている。祖母が義弟と知り合っていたら、きっと祖母は義弟のことをたいそう気に入ってかわいがっていただろうな、と思う。     押し葉

進捗の記憶

製本準備の校正作業、一日五記事くらいずつやっていけば、十日で五十個、二十日で百個、二ヶ月もあれば終わるね、と軽く考えていたけれど、今となっては、自分がどこまで作業をしていたのかさえ、すぐには思い出せない始末。一日五個などと欲張らず、一個でも、できるときにはやっていく、という方向で臨んでみよう。

本日の校正記事は、「ヒアルロン酸
今では、私自身も、自分の膝や腰や足首のために、コンドロイチンにお世話になる身。こういうものを利用しようと思えば、それなりに、気軽に、利用できる時代に、生きていることが、うれしい。     押し葉

文体道場

年末年始に帰省したときに、文体の規則性について、更なる学習を求めてみた。夫の実家に泊りがけで遊びにきて、冬休み宿題中の、夫の甥っ子たち(中二と小五)に頼んで、国語の教科書を見せてもらう。現在の学校教育でも、国語教科書(縦書き日本語)では、台詞を「カッコ」で閉じるときには、句点をつけて閉じてある。「横書きではどうなのか知りたいな」と私が言うと、上の甥っ子のたるるが、「横書きならこれかな」と、英語のテキストを出してくれる。「あ、ありがと。でも、知りたいのは日本語の横書きなんよ。数学か理科か社会があったらうれしい」と言う私に、「教科書はないけど、ドリルならある」と全教科のドリルを見せてくれる。

あたりまえではあるのだが、数学や理科や社会の文章に、台詞は、ほぼない。私があまりに熱心に教科書やドリルに見入っていて、宿題しづらくなったのだろうか、甥っ子たちは、外に出て、どすどすどす、と、バスケットボールを始める。

私は、そうかあ、困ったなあ、どうしよう、何か台詞があるものがないかな、と思いながら、義実家内をうろうろと物色する。ほどなく、本棚に置いてある、義実家では本当に数少ない文庫本と目が合う。他は義母が愛用する料理の本だったり、コレステロールをどうこうする本だったり、交通安全教則本だったりするのに、その隣に、芥川龍之介、夏目漱石、武者小路実篤(以上、新学舎文庫)各一冊と、星新一(新潮文庫)二冊とが同列に並ぶ。

あらまあ、こんなところに、いいものがあるじゃない、どれどれどれ、と、手にとって開いて見る。武者小路氏、夏目氏、星氏は「句点なし」。芥川氏は「句点あり。」。年が明けて、私の実家に移動してからも、甥っ子や姪っ子たち(私の弟夫婦の子どもたち)の本をいろいろと見せてもらう。結局、いつの時代でも、縦書き横書きともに、「句点あり。」「句点なし」両方どちらもあり、らしい。

では、私はどちらにしよう、と、ほんのしばし考えてみて、そのときそのときの気分でいこう、と、あっけなく、さくっと決める。ひとつの記事中に両方をむやみに混在させたりはしないだろうけれど、みそ文全体としては、「句点ありのカッコ閉じ。」の記事もあれば、「句点なしのカッコ閉じ」もありにする。ひとつの記事の中でも、長い文章中の台詞は「句点なし」で閉じて、対話形式で続く会話は、ひとつひとつ「句点あり。」のカッコ閉じにするかもしれない。統一性がなくて気持ち悪い気がしないでもないけれど、この世で人として生きてゆく上において、それが気持ちよいかどうかは、私にとっては、さして重要なことではない。だから、そのへんは、だいたいでよしとする。なんとなくな、私の感覚だけれども、「句点あり。」で台詞を閉じると、その話者の、その言葉の、意思や重量や輪郭がよりくっきりとずっしりとしたものになるような気がする。だから、そんなふうな話を書くときには、「句点ありカッコ閉じ。」で、打鍵数少なめで書きたいときには、「句点なしカッコ閉じ」で。とはいえ、これまで何十年もの間、世の中の文章に、そんな差があること自体に気づくことなく、日本語文章人生を送ってきた私のことだから、これからも、それほどたいした意志や重量や輪郭を意識することなく、ひょろひょろと、なんとなく機嫌よく、文章を書いてゆくのだろうな。

そういうわけで、過去記事編集については、編集済みのものはそれはそれで、今後編集のものについては、基本上記にのっとって、校正作業を進めていく、ということで。製本準備作業、がんばろう、私。     押し葉

互角

夫は、昨年の秋頃から、囲碁を始めた。これまでは何十年も将棋一本で来た人なのに、何をどう思い立ったのか、突如として囲碁を始めた。我が家にはまだ碁石も碁盤もなく、修行場所は、オンライン囲碁ゲーム道場と、書籍によるプロからの指導、が主である。

年末年始の広島帰省にあたり、夫は義父(夫の父)と囲碁対戦することを、帰省前から、とても楽しみにしていた。生まれて初めて生の人間と対戦できるのだから。義父は、囲碁歴約五十年以上のベテランだ。自営の理髪店内にも、自宅の居間にも、別々に碁石と碁盤を持つほどに、熱心な囲碁道の人だ。にもかかわらず、夫は、「意外と、おやじは、俺より弱いんじゃないか」だとか、「あっけなく勝てるかもしれない」などと、ふとどきな発言を繰り返していた。でもまあ、それは、対戦前の自身を鼓舞するテクニックとして、まあよし、なのかもしれない。そして、年末、夫は、仕事を終えた義父に、実際対戦してもらった。私はその様子を見学してはおらず、義母とあれこれ話をした後で、「じゃあ、また明日。おやすみなさい」と、先に布団に入っていた。義父との対戦を終えた夫が、布団に横になる私のところに来て、「何かをつかんだ!」「この調子で続けたらいいとわかった!」と、少々興奮した様子で話してくれる。私が「あと何年くらい修行を積んだら、お父さんと互角に戦えるようになりそう?」と訊いてみると、夫は「今でも、もう、ハンデをつけてもらったら、互角に戦える!」と息巻く。「どうやらくん。ハンデをつけてもらう、ということ自体、既に互角ではない、と、私は思うんだけど」と言ってみても、「いや、互角は互角だ!」と言って夫は譲らない。

私はゴルフも将棋も囲碁もしないので、ハンデありで行うゲームの実際を知らないのだけれども、なんとなく、夫が囲碁の道を歩むにあたり克服すべき課題は、「身内であっても上級者に対しては敬意を払うこと」や「真の互角とは何か」について自問自答するあたりにあるように思えてならない。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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