みそ文

新春お買い物券

本日接客したお客様は、年配の女性の方。売り場作業中の私に向かって、「ちょっと、ちょっと」と、声をかけてくださる。「なんかよくわからんで、教えてほしいんやけど。この券は、今日使って買い物できるんか?」と、紙切れを見せてくださる。その紙切れは、私の勤務先で配布中の「新春お買い物券」。年内のお買い物千円につき三十円券を一枚お渡しするもので、その券が金券として使用可能になるのは、来年の一月二日から十一日まで。金券の表面中央にも、そのように記載はしてあるのだが、ご高齢のお客様には少々見えづらい文字の大きさかもしれない。

「いつもありがとうございます。こちらの金券は、ここにも書いてありますように、来年の一月二日から十一日までの間に、一枚三十円として、お買い物のお支払いに、ご利用いただけます」
「ありゃ。来年になってからなんか。何日か前に来たときに、買い物したら、この券をもらったで、早く使ってしまわな、思って、今日なら雪も降ってないし、自転車に乗ってわざわざ来たのに、今日は使えんのかね」
「ありゃりゃ。それは、ごめんなさい、です。こちらの券は、年内はまだ使えないんですよ。わざわざご来店くださってありがとうございます。でも、また、どうぞ、年明けてから、雪が降ってないお天気のよい日に、ぜひいらしてください。お待ちしております。そのときに、こちらの券を、忘れずレジにお出しくださいね。枚数分のお値引きをいたしますので」
「そんなんいうてもなあ。私はもう、何歳やと思ってるんや?」
「何歳でいらっしゃるんですか?」
「今八十九歳や。来年には九十になる。八十九歳にもなると、来年の一月十一日まで、生きてられるかどうかわからんやろ。死んでしもうたら、この券も使えんやろ。来年いつ死んでもええように、今年のうちに、この券使っておきたかったのに、使えんとはなあ」
「うわ。八十九歳ですか。ええっ? なのに、ご自分で自転車に乗って来てくださったんですか?」
「そうや。若い者がおれば、車に乗せてきてもらうこともあるけど、今日は一人やったからな。でも、うちの若い者がうるさいからな、車の少ない道しか乗られんのやけどな。事故にでも遭ったら相手の人に迷惑や、いうて、若い者がうるさいんや。けどなあ、ずっと家でじっとしとったら、どんどんボケていくけんなあ。できるだけ、ちょくちょく出かけるようにしとるんや。それでここにもよう寄せてもらうんや」
「そうですか、ありがとうございます。いや、すごいです。八十九歳で、こうやって、お一人でご来店くださるなんて。とにかくですね、せっかくでしたら、少なくとも来年の一月十一日までは、頑張って生きててください。そして、ぜひご来店ください。そして、この三十円券をご利用ください」
「そうやな。この券、こんなに、何枚ももらってるんやしな。せっかくやったら使いたいしな。頑張ってみるわ。雪が降っても、若い者がおれば、車に乗せてきてもらうし、雪が降ってなかったら、自分で自転車で来るし」
「はい。お天気のよい日を選んでいらしてください。十一日までであれば、お急ぎにならなくて大丈夫ですから」
「あんまり雪が降らずにおってくれたらええんやけどなあ」
「ほんとですねえ。スキー場中心に降って、この辺はあんまり降らずにいてくれるといいですよねえ」
「ほんまや。雪降ったら、自転車乗るのおおごとや」
「いえ、お客様。雪降ったら、自転車乗るのはやめてください」
「やっぱり、そうか。うちの若い者にも、そういうて止められるんや」
「はい。私も止めます。こちらの券を無事にお使いいただくためにも、雪が降ったら自転車には乗らない、って、心に決めてください」
「ありゃりゃ。皆がそう言うんなら、じゃあ、雪が積もって凍ったら、自転車乗るのはやめとくわ。降っても積もってなかったら、自転車乗っても大丈夫やから、様子見て、でも、できるだけ、うちの若い者に頼んで車に乗せて来てもらうわ」
「はい。ぜひ、ぜひ、そうしてください。お願いします」
「じゃあ、今日は、チラシに載ってる安いぶんの、貼るカイロ、と、体がカサカサして痒いときの塗り薬だけ、買って帰るわ。急ぎでないものは、来年になってから、この券で買うで」
「はい。ありがとうございます。またよろしくお願いします」
「来年また来るけんな。ありがと、ありがと」

どうか、今日のお客様が、年が明けたらまもなく、全ての新春お買い物券を、無事ご利用くださいますように。そして、来年の今頃に、また、今日のお客様に今日のように、「私が何歳やと思ってるんや。九十歳や」と、自慢していただけたならば、きっと私は、嬉しさのあまり、売り場でしばし、痺れてしまうだろうなあ。     押し葉

四十路の手習い

本日の校正済み過去記事をどうぞ。
みささげ」祖母に送ったカードのおはなし
スリッパ」温泉旅行の思い出
いつもここ」ご愛顧くださるお客様
お地蔵さま」お地蔵さまの虫歯

久しぶりの校正作業。しばらく校正作業をお休みして、早寝をこころがけ、寝る前には、眼精疲労用眼科薬を点眼し、「蒸気でホットアイマスク」で目を労わってきたおかげで、少しずつ、ディスプレイを見るのがラクになってきた。年内には、全部校正し終えて、年が明けたら製本、と思っていたけれど、それは、もう、無理っぽい。母やおじやおばたちには、気合を入れて長生きをして待ってもらう、ということにして、丁寧にこつこつと作業をしてゆくことにする。

校正作業を始めてから、助言をいただいたり、そのつもりで世の中の活字媒体文章を読んでみたりして、新たに学習したことがある。「かぎカッコ」閉じの、閉じの前には、句点(。)は置かない。文中の「?」や「!」のあとは、スペースをひとつあける。「?」「!」のあとすぐに「かぎカッコ」で閉じるときは、スペースなしで閉じる。思案などを示す間を表現するときには「・・・」ではなく「…(三点リーダ)」を用いる。(追記。「……(三点リーダ二つ重ねのほうがなおよいらしい。が、三点と三点の間に小さな空白があるのを見ることがあるのは、半角スペースを入れてあるのだろうか。行の真ん中ではなくて、行の下のほうに…が並んでいるように見えるものもよくあるのだけれど、あれはどうやって入力しているのだろう。見る機械によって見え方が異なるだけで、実は同じものなのだろうか。)(さらに追記。どうも、見る機械やフォントというものによって、あるいは書かれている場によって、行の真ん中に見えたり、行の下のほうに見えたりするもののようだ。間の空白については、私が書いたものも、別のところで見ると、微妙に空白があるように見えることもあるので、これも見る場によるのかもしれない。)(さらにさらに追記。台詞のカッコ閉じ前の句点は、あり派も、なし派もあるようである。なし派がやや現代よりで、あり派は少し昔風か。どちらにするかしばし考えたい。)(「…」に関しては、主義主張がそうなのであれば、「・・・」の使用もあり、という基準もあるようだ。)

小学校で作文を書いていたときには、原稿用紙のマス目ひとつに、かぎカッコの片側をひとつずつ書き、読点(、)にも句点にも、かぎカッコとは別に、それぞれ一マス使うように指導を受けたような記憶がある。台詞の最後はマス目が十分にあるときには、句点とかぎカッコそれぞれに一マス使い、その行の最終マスがひとつだけの場合には、そのひとマスに句点とかぎカッコ両方とも入れて閉じる、と習ったような気がしてそうしていたのだが、私はいろいろと勝手に間違って習うことがあり、これもそのひとつなのだろうか。それとも私の学童時代は微妙に異次元だったのだろうか、と考えてみたりしている。「?」や「!」についても、それらのあとにスペースを置くという技法自体知らなかったが、考えてみると、私が学童学生の頃には、まだ、日本語作文中にそういう記号は使わなかった、ということに気がついた。なぜだろう、と考えてみて、そうか、私は、昔の人だからだ、と思い至る。そういう記号を使うのは、英文など外国語のときのみで、日本語の作文や小論文では、そういう記号は使わなかったのだ。手書きの手紙文には、使うことはあったけれど。そして、やはり当時の日本語作文や小論文では「…」も使っていなかったように思う。ともあれ、私が現在いる現実では、いつのまにか、どうやら上記のルールが、正書法として主流となっているようなので、ここは長いものにしっかり巻かれて、今いるこの世に紛れ込む作戦を開始した。また何か、私が未だ知らずにいる、この世のルールがあるときには、ご指導ご鞭撻いただきたし。

    押し葉

義母文

先日の「おくりびと」に書いたとおり、電話をかけてきてくれた義母(夫の母)に、夫が、「電話ばっかりしようたら、携帯メールのやり方、忘れるで」と言ったのが、よほど、よい刺激になったのか、あれ以来、義母が頻繁に、携帯電話からのSMSを送ってきてくれる。送ってきてもらえるのなら、平仮名だけでもかまわないと、私は思っていたのだけれども、漢字変換もしてあるし、文末には句点もある。ただし読点はない。たまに話す息子からの一言は、けっこう効くものなのかもしれない。以下、義母からのメッセージ文。

「分りました。」
「おやすみお疲れさま暮楽しみにして居ます。」
「ありがとう~着いた。」(私が送った荷物が届いたという連絡)
「そうですかありがとう~お疲れさま」(「先程仕事から帰ってきました。荷物無事に届いてよかったです。なんかお母さん携帯メッセージ上手になってる。」というメッセージを送った私への返信)

私の鬼教官特訓大会のときには、「~」を用いる方法までは解説していないし、私からのメッセージの文章のどこにもビブラートはかけていない(「~」は使っていない)のに、義母がどこでこの技を習得してきたのかが気になる。年末に帰省したら聞いてみよう。     押し葉

家内制手工業

我が家の年賀状作成は、家内制手工業だ。官製はがきとして印刷されている部分以外は、すべて手作業。パソコンもプリンターも写真も印刷屋さんも利用しない。

干支のデザインを夫が考え(デザイン画集から選ぶ)、色ごとの版木を、複数枚、彫る。まず、この段階の作業だけで数日以上を要する。彫りは、もっぱら夫の仕事だ。夫はビジュアル的なものを、まだ何もないところから形にしてゆく作業が、好きだし、上手なのだ。夫の頑張りで版木が彫りあがったら、刷りたい色を決める。色に関するセンスも夫のほうが秀でている。この色で刷ろうと決めたら、途中でその色がなくっても、また同じ色を数色の絵の具を組み合わせて再現できるのだ。その点私は、だいたい何事においても「一期一会度」が高く、「過去を振り返らずひたすらに前向き」なため、たとえ脳髄が震えるような絶妙な色合いを創り出すことができたとしても、二度とその色を再現することができない。自分がどうやってその色を創り出したのか、思い出すことができないのだ。だから版画の色についても、夫の采配に任せる。版画に用いる色は、絵の具を数種類混ぜて水で溶かしたものや墨汁。一応一枚の版木に一色を基本としてはいるけれど、場合によっては、一枚の版木に二色、色が混ざらないような位置で同時に用いることもある。刷りの段階に入ると、活躍するのは私だ。一枚の版木に、筆で色を塗ってから、版木の端にある「けんとう」という切り込み部分にはがきの角を合わせてのせて、バレンでこする。色のついたはがきを版木から剥がして、上向きにして乾かす。この作業をひたすら繰り返した後に、今度は別の版木に別の色を塗り、先に乾かしておいたはがきをのせる。そしてまたバレンでこすり、はがきを版木から剥がして、乾かす。これで二色刷りの完成。一色では意味を成さなかった色合いや図柄が、意味のあるものとして、ぱしっと決まる瞬間だ。

そうして、すべてのはがきを刷り終え、乾きも終えたら、今度は私が、筆ペンで、一枚一枚に「謹賀新年」と書く。そこまでの全ての作業が終了したら、夫は夫で、私は私で、年賀状を出す相手と自分の住所と名前を、一枚ずつ手書きする。そうして、あて先の人各自にあてて、版画のそばにメッセージを書きこむ。こちらに住むようになってからは、「雪かきがだいぶん上手になりました」だとか、「魚がおいしくてご機嫌です」だとか、元気に機嫌よく暮らしていますよ、ということが伝わる近況報告が中心だ。

しかし、こうして、年賀状一枚完成させるまでに、時間も手間もかかる作業をしているため、枚数はこなせない。しかも、寄る年波とともに益々、数をこなすことがつらくなってきた。だから、何人かの若手(といっても皆私前後の年齢なのだが)の人には、「メールで年賀のご挨拶するね」と、甘えさせてもらうことにして、はがき作業の数を減らして、今はなんとか続けている。おかげで、これなら私も、日本の年賀状文化から離脱せずに生きてゆけるかもしれない、と思える状態になってきた。「だったら、自動印刷にすればいいじゃん、自分」という思いも、湧かないわけではないのだが、夫も私も、なぜか頑なに、手書きにこだわるようなので、本人たちがこだわる間は、好きにさせてやろうと思う。

念のために言っておくと、この全て手作業の、家内制手工業システムは、誰かに強制されているものでもなければ、報酬のある労働でもない。夫と結婚してすぐの頃、一番最初に作成した「新住所のお知らせはがき」だけは、カメラ屋さんで写真と一緒に文章も印刷してもらったものを用いた。写真は新婚旅行先のトルコの民家で、地元の大人や子どもたちに囲まれてもみくちゃになっている中の、どれが夫でどれが私なのか、頑張って探してね、という一枚にしてみた。けれど、それ以降の年賀状は、どちらからそう言うともなく、自分の関係者の分は自分で書く、しかも手書きで、という暗黙の了解が、なぜか成立してしまった。家庭内で印刷しようと思えばできるワープロもパソコンもプリンターもなかったわけではないのだが。夫が版画を始めるまでは、夫はなにやら自分で絵を描き、私はスタンプやシールで飾りつけた年賀はがきを使ったりしていた。ある日夫が、教育テレビで、たまたま版画講座を目にして以来、版画に興味を持ち、実際に彫ってみたところ、その出来上がりが、たいへんに上手で、これは毎年、どうやらくんの版画を年賀状にしようよ、私は彫るのは苦手だけど、刷るのはきっと上手だよ、ということになり、現在の家内制手工業が始まった。

そして実際やってみると、夫の彫り技は、年々向上し、初期の頃には諦めていたような細かい図柄もラクラク彫れるようになってきた。一方、刷りの技に関しては、夫よりも、私のほうが、繰り返し作業のための環境の整え方が上手で、サクサクと着々と、素早く、刷り上げる。しかも、これも年々の積み重ねで、版木の木目を美しく見せるコツも、なんとなく掴んできた気がする。

とりあえず、干支を一巡したら、もう、残りの人生は、同じ版木を使い回せばいいよね、と私は思っていたのだけれど、夫は「いやいや、二巡しよう。二十四年分あれば、一生使いまわしても、殆どの人にバレんはずじゃけん」と言う。私としては、別にバレても、何の問題もないのだけれど、夫は自分の彫り技術の向上を嬉しそうにしているし、私も新作は楽しみではあるし、自分で刷り上げたときの「どうだっ!」な気分も、刷ってる最中夫に対して「私の刷り技に嫉妬してもいいよ」と思ったり言ってみたりするのも、それなりに愉しめる間は、家内制手工業システムも、まあ、いいことにして、続けてみる。     押し葉

おくりもの

昨日の日記「おくりびと」に対して、いろいろな方からご意見のようなものをいただいた。

「送ってしまおうとするのは、車に乗せて帰るときに、荷物がいっぱいだったり、乗せ忘れたりすることを考えてのこと。あと、こちらにあっても場所ふさぎになるというのもあるかな。」と言うのは、母。とりあえず、お皿に関しては、見て選んでから、もしも車に乗せきれなかったり、乗せ忘れたりしたときには、そのときには送ってね。それから、そちらの家(田舎の一軒家)は、うち(賃貸マンション)の何倍以上も広いのだから、まあ、そう言わずに、しばらく保管しておいてください。

「お義母さんの気持ち、よくわかる。電話のほうが書くより(文字入力するより)早いし、たくさん話せるし、何より声が聞けるし。」そうか。そういうものなのか。そうだよね。メールもいいけど電話もね、なのだな。

「もうじき帰るからと言っても、今送ったらすぐに食べられるじゃないの、と言って送ってきてくれる。」うんうん。おいしいものは、少しでも早く、おいしいうちに食べてもらいたい気持ちになるもんなあ。

「一人暮らしなのを知っているのに、容赦ないものを送ってこようとするのを止めるのに必死」というご苦労も、心中お察し申し上げる。「容赦ない」という表現がまさにぴったりなほどに大量の何かが届くと、ありがたいけど、一瞬、くらくらっと、立ち眩む。けれど、私が幸運なのは、いつどこに住んでいても、いつのまにか、謎の大食い家族の知人に恵まれて、多すぎる食べ物は、安心して里子に出せるシステムが整っていること。その大食い家族が引っ越して、少しの間、困った気分になっても、またまもなく、優秀で立派な食べっぷりの誰かとその家族に出会ったり、すでに出会っている知り合いとその家族が、実は食いしん坊万歳な人たちであることを知るに至るなどして、事なきを得る。

みそ文を読んで、ちょくちょく、拍手コメントをくれる友に、少し前に、とある和菓子を送ったところ、友も喜んではくれたけれど、それ以上に、友のお父上様が、たいそう気に入ってくださった。父上様はその和菓子のことを「みそさんのお餅」と呼んでくださり、「みそさんのお餅をくれ。まだ食べたい。もっと食べたい」と所望してくださるとのこと。友が「じゃあ、他の皆は一個か二個ずつだけど、お父さんには三個確保しといてあげるけん」と説得したら、ようやく安心なさって、その日のカロリー制限内の食事で落ち着いてくださった、と聞けば、友とその家族が途方に暮れるほど大量の「みそさんのお餅」を送りたくなるではないか。それも今すぐ早急に、発送したくなってくる。ほんの数度しかお目にかかったことのない(でもご馳走はたくさんしていただいている)、友の父上様相手でさえ、そういう思いになるのだから、きっと、世の、子に荷物を送る親たちは、そんな私以上に、早急に、我が子においしい思いをさせてやりたい欲にまみれるものなのだろう。私はこういう類の欲望が、どちらかというまでもなく、かなり相当に好きだ。

双方に言い分いろいろあるけれど、贈ったり贈ってもらったり、送ったり送ってもらったりする、その一連の行為は、中身ももちろんなのだけど、そこにこめられた思いを、共有したり味わったりする、そのために、切々と、行うものなのだなあ。     押し葉

おくりびと

実家の母から電話がかかる。「どうやらのお父さんとお母さん(私の夫の両親)から、お歳暮をいただいたけん、また、よろしゅう伝えておいて」という内容。夫の実家周辺では、地元で採れた農産物で作った味噌やお餅やきな粉や干し柿など、少しずつの詰め合わせセットを、ふるさと商品として販売しているらしい。昨冬だったか、義母が初めて、その商品を選んで、私の実家の両親に贈ってくれたときに、私の母が「ちょびっとずつなのか嬉しい。いろいろ試せるのが嬉しい」とたいそう喜んでいた話を、義母にした。だからなのか、今年も同じシリーズの今年版を、選んで贈ってくれたようだ。

それとは、別件での、母からの連絡事項は、父がお気に入りの九州の温泉宿に出かけて、いつもの焼き物の新しいバージョンを買ってきて、「みそにも、要りゃあ、送っちゃれえや」言うんじゃけど、配達時間はいつもどおり、夜8時以降でええかね、ということであった。
「ちょっと、待って、かあちゃん。あと三週間もしたら、そっちに帰省するんじゃけん、わざわざ送ってくれんでも、帰ったときにもらって、車に乗せて持って帰るよ。」
「ああ、そうか、それもそうじゃね。」
「それにね、以前にももらったのがいろいろあるけん、それととは違うぶんじゃったらほしいけど、同じような似とるぶんじゃったら、要らんと思う。見てから、決めたい。あと、前にも、とうちゃんが、私に、これはみそは持っとらんじゃろう、要りゃあ持って帰れや、言うて見せてくれたお皿が、既にとうちゃんが私に送ってくれとったやつそのもじゃったことがあるけん。やっぱり見てからもらいたい。」
「そうじゃね、そうしんさい。見てから、ほしいのを、もろうて帰りんさい。それがええわ。あ、でもね、一個だけ、なんか新しく四角いお皿があるのは、私も初めて見るぶんじゃけん、みそは持ってないと思うわ。でも、このお皿は、うちの分以外は、一枚しかないけん、早い者勝ちなんよ。」
「はい。はい。じゃあ、それはください。みそ、いうて、張り紙しといて。」
「わかった。大きく書いて貼っとくわ。」

というやり取りを終えて電話を切り、夕食の準備にとりかかる。煮込み作業に少し時間がかかるのを利用して、どうやらの母(義母)にあてて、携帯でメッセージを書く。「どてら(私の旧姓)にいろいろ詰め合わせをおくってくださったそうで、ありがとうございます。母がたいへん喜び、よろしく伝えてくれと言っていました。年末は30日に帰ります。」

数年前に帰省したときに、義母には、携帯電話でのSMS(古い呼び名はスカイメール)(電話番号宛に送信する短いメッセージ)およびeメール(アドレス宛てに送信するメール)の送り方「大特訓大会」を開催した。夫も甥っ子たちも、ひとつひとつ練習しようとする義母の携帯を、すぐに横取りしたり、手を出したりして、気短に、「ここをこうしてこうしてこうしたら、ええんよ」と教える、というよりは、先に先にやってしまう。私は、「だーっ。あんたらの教え方は、全然、なっとらん。まだできん人に教える、いうのは、どういうふうにするものなんか、ちゃんと見てなさい」と、偉そうさ全開で言いながら、携帯電話を義母に渡す。私がひとつひとつ丁寧に順を追って説明する。義母がつまづく箇所では、そのステップを紙に書き出しておく。何回か繰り返すうちに、義母がスムーズにできる部分と、必ず戸惑うポイントとが明確になってくる。義母にノートを一冊もらい、使用手順をフローチャートにして書き出す。義母がスムーズにできるところは、そのままの文字で書き、つまづくところには、赤鉛筆でアンダーラインを引く。さらに何度もつまづくところには、星印もつける。「おかあさん。ここに書いた手順どおりにしちゃったら、できるはず。赤線のところと、星印のところは、おかあさんがどうするか忘れてのところじゃけん、どうするんじゃったか、見て思い出して、落ち着いて、次の作業をしちゃったらええですよ。何回もしようたら、そのうちこれを見んでも、できるようになります」と言って、書いたノートを手渡す。義母は「ありゃ。これなら私もできるかもしれん」と、順調に前進し、練習メッセージを打ち込み始める。義母があまりにスムーズにメール操作をするのを見て、義父も興味深そうに覗き込む。義母が初めて作成したSMSを、私に送ってくる。内容は「はい」。私は「わあ。おかあさん。上手上手。届きましたよ。じゃあ、返事を出しますね。届いたら、受信メールを見る、のところのボタンですよ」と言いながら、返信する。義母は「わかった。ありゃ。ほんまじゃ。みそさんから、来た来た」と嬉しそうに、私が送った文章を読み上げてくれる。「そこから、そのまま、このメールに返信、のところを押してもろうたら、私宛にメールを書けますよ」と言うと、「書くのは、今度は、何じゃいうて、書こうか。わかりました、いうて書いて送ってみるわ」と言いながら、「わわわわわ、は、ここじゃね、かかかかか、は、ここか、ららりりりり」という調子で、打ち終わり、送信。「わかりました」の六文字が、燦然と私の携帯に届く。義母は、「わあ。できた、できた。これだけできりゃあ、何かの災害で、電話が通じんようになったときでも、文字で連絡し合えるけん、安心じゃ」と喜ぶ。その後も私からの「いいかんじです。また送ってください。」に対して、義母が「ありがとう」と返してきて、練習は順調に進む。「はあ、できた、できた。たるる(甥っ子)(義母にとっては孫)の携帯も同じ会社のじゃけん、同じ方法で、電話番号宛に送れるんじゃね」「そうです。やってみましょう」とまた練習。それも無事順調に終了。「これだけ、できりゃあ、安心じゃ。十分じゃ」という母に、鬼教官の私は、「じゃあ、次は、じめいさん(夫)の携帯宛てに、何か送ってみてください」と言う。義母は「ええーっ。じめいに、って、何を書けばええんじゃろうか、何にも書く用事がないが」と躊躇する。それでも、登録電話番号を選んでメッセージ作成画面にいくところまで誘導し、「はい、打ち込んでください」と私が言うと、義母は、「えーと、えーと、まあ、練習じゃけんね、用事はなくても、ええわいね。じゃあ、もんく、いうて書くわ。まみむめももももも、わをんんんん、かきくくくく」と言いながら文字を打ち込む。さっきまで、嫁の私に対しては、「わかりました」「ありがとう」「よろしく」と殊勝な内容ばかりだったのに、息子相手だと、何故いきなり「文句」になるのか、不思議だ。けれど、そうやって特訓を重ねた結果、本当にスムーズに、メッセージの送受信ができるようになった。それ以来、帰省から無事に帰宅した連絡など、ちょっとしたやりとりを、携帯メッセージで送るようにすると、義母からも「わかつたよかつたおやすみ(わかった。よかった。おやすみ。)」と返信がくる。夫も「たまにこうして練習してたら、ボケ防止にもなるじゃろうし、ええんじゃない」とにこやかだ。

それが、いつ頃からだろう、少し前から、私が何かで、義母宛に携帯でメッセージを送ると、送信してすぐに義母から電話がかかってくるようになった。内容としては、私が送信したメッセージが届いたよ、ということと、よかったよかった、まあ、寒いし(暑いし、季節の変わり目じゃし、など)、体には気をつけんさいよ、ということではあるのだが、夫とも「最近、おかあさん、私からのスカイメールに対して、スカイメールじゃなく、電話で返してきてんようになったねえ」と話していた。

そして、昨日、私の母が、お歳暮のお礼をと言うので、先に書いた内容のメッセージを送って、煮込み終えたカレーうどんを丼に移す作業に入ったところで、携帯電話の着信音が鳴る。「どうやらくん。出て。お母さんじゃけん。私の、携帯、出て。カレーうどんで手が離せんけん」と頼んで出てもらう。私からのメッセージを見て、私に電話をかけたつもりの義母は、夫が電話に出たことで、少し驚いた様子で、そそくさと電話を切ろうとする。夫が「かあさん、最近、携帯にメール送っても、メールで返してこんと、電話かけてくるじゃろ」と言うと、義母は「それなら、これから、書いて送ろうか」と言う。「ええわいね。もう用事は済んだんじゃけん。でも、あんまりずっとやらんかったら、やり方、忘れるで」と言う夫に、「ほうじゃね。ちいたあ、せんにゃあいけんねえ」と一応言うだけは言う義母。

夕食を終えてから、私があらためて、義母に電話をかける。
「おかあさん、さっきは、ごめんなさい。せっかく電話をかけてきてくれちゃったのに、うどんを器にうつしようたところじゃったけん、代わりに出てもろうたんです。」
「ええわいね。それよりも、みそさんのお父さんとお母さんが、また、おいしいハムを贈ってきてくれちゃったんよ。お礼の電話はするのはしたんじゃけど、また、みそさんからも、よろしゅう言うといてよ。」
「はい。ありがとうございます。それはよかったです。どてらの母も、おかあさんが贈ってくれちゃったいろいろセット、気に入って喜んどるんですよ。」
「ほうねえ。それなら、よかったわ。でも、なんか、変わり映えがせんのんよねえ。また、ちょっとなんか、かわったものを、贈ってあげられたらええんじゃけどねえ。」
「ええんですよ。ちょびっとずつ、いろいろと、自分ではわざわざ買わんようなものが入っとるのが、嬉しいんじゃ思いますよ。」
「それなら、ええんじゃけど。あ、そうじゃ。それなら、みそさんにも、予備にもう一個買うて置いてあるのがあるけん、それを送ってあげようか。」
「いや、おかあさん、もうじき月末には、そっちに帰るんじゃけん、わざわざ送ってくれてんなくても、帰ったときに、もらいますよ。」
「いや、でも、早う食べたほうがええもんじゃったら、ちいとでも早いほうがえかろう。」
「そんな、腐るような、傷むようなものが入っとるんですか。」
「どうなんじゃろうか。ちょっと待ってよ。見てみるけん。確認してみるけん。いっぺん、電話切るわ。見てから、またかけるけん。」
「はい。お願いします。じゃ、電話、いったん切ります。」
(しばしののち)
「みそさん。腐るもんはなかったわ。」
「それなら、やっぱり、そのまま置いといてください。帰ったときにもらいます。」
「わかった。それじゃあ、とっとくけん、車に乗せて持って帰りんさいね。」
「はい。ありがとうございます。大きな字で、みその分、いうて、書いといてください。」
「わかったわかった。みそさんの、いうて、書いとくけん。」
「あ、でも、私が帰るまでに、おかあさんが、使ってみたり食べてみたりしたくなるものがあったら、遠慮せずに使うてくださいよ。」
「それは、ない、思うわ。こっちにあるもんばっかりじゃけん。」
「じゃあ、年末、たのしみにしてますね。」
「うん。気をつけて帰ってきんさいよ。運転、遠いんじゃし。寒いしね、体にも気をつけんにゃあね。」
「おかあさんも、おとうさんも、ぬくうしてくださいね。」
「ほんまよ。こっちも寒いけん、ぬくうせんにゃあいけん。」
「じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみ。ありがと。」

そうして電話を切ってから、夫に問いかける。「どてらの父や母も、どうやらのお母さんも、私らもうじき帰省するって言うとるのに、なんで、腐るわけじゃないものを、送ろう送ろうとするんじゃろうか。老い先短いと、なんでもすぐに送っとかんにゃあ、心残りになりそうな気がするんじゃろうか。」
夫は「送ること自体がちょっとしたイベントなんちゃうか」と言うが、そうなのかなあ、どうなんだろう。     押し葉

なんでも

職場で接客していると、特に少しご年配のお客様が、「ここには、なんでも、売ってるんやねえ。すごいねえ。便利やねえ。」と、感嘆してくださることがある。「ありがとうございます。ですが、なんでも、というわけではないんですよ。」とお応えすると、「これだけありゃあ、十分十分。はあ。便利やねえ。」と言ってくださる。

「テレビで宣伝してるものなのに、なんで置いてないんや。おかしいやろ。」と暴れる人もたまにいる中で、系列店舗の中ではそんなに店舗面積も広くなく、取り扱い品目も多いわけではない当店にて、そのような声をかけていただけると、狭いなりにでも、少ないなりにでも、ご満足を提供できるよう、もっと工夫をしたくなる。

私もどこかで「客」の立場になるけれど、どこかや何かで残念な気持ちを抱くことは、ままある。その後も続けて自分が受けるサービスの質を維持するためにも、応援の気持ちを示す意味でも、自分が落胆した出来事を、お店(サービス全般の総称)の人に伝える気概があるときにはそうする。けれど、できることならば、そうする回数の倍以上は、嬉しい気持ちやありがたい気持ちを、なんらかの形で伝えたい。同じお店に対してそうすることにより、そのお店の工夫や成長を観察体感できるのは、それはそれで、愉しくて気持ちがよい。けれど、同じお店に対しては、ちょっと頑張ってみても、肯定的な気持ちを抱くのが難しい場合もあるし、そのお店の継続利用そのものを諦める場合もある。そういうときには、そのぶんを、別のどこかのお店にて、喜び表出実践すれば、それでよし。

私にとっての「励み」となってくれた誰かや何かのエネルギーは、私を経由した後に、再びこの世で、適切に、循環し、還元され、活躍の機会を得るべきもの。そのためにも、私自身、誰かや何かの「励み」となる力をいつも必ず備え持ち、適宜表出することを、惜しまず、むしろややこころもち、積極的であれたら、と願う。     押し葉

厳しい指導

熊本で暮らしていた頃。当時夫は自転車通勤をしていた。私の通勤は車で片道35分くらい。当時も夫は、私よりも早く家を出ていて、ごみが収集される日には、ごみ出し作業をしてくれていた。私にとっての熊本は、ほぼ年中、暑いか暖かいか。だから、当時のいろんな出来事を思い出すときも、それがいつの季節のことなのか、記憶があまりはっきりしない。季節は不明だけど、とにかく、その日は「燃やせないごみ」を出す日であった。

出勤前の夫に向かって、「今日は燃やせないごみの日。玄関に置いてあるやつ。」と言うと、夫は「わかった。出しとく。」と元気よく応えてくれる。「ありがとう。よろしくね。いってらっしゃい。」と、夫を見送り、私は自分の出勤準備を続ける。一通り準備が整って、さあ、出かけましょう、と、社宅の階段を下りる。駐車場は階段を下りてほんの少しだけ歩いたところにあり、そこに行くまでの途中にごみの収集場所もある。私が通りがかったとき、ごみ収集場所では、同じ社宅に住む他の家の成人女性たちが立ち話をしていた。私は、そこに人がいればはいつもそうするように、「おはようございます」と挨拶しながら、通り過ぎようとした。いつもなら、その成人女性たちも、ただ「あ、おはようございます」と挨拶を返してくださるだけなのだけど、その日は少し違っていた。

成人女性のうちの一人が、「どうやらさん、ちょっと、いいかな。」と、私を呼び止めて、「今日は燃やせないごみの日なんやけど、缶のごみと、瓶のごみが、間違って出してあってな。どこのおうちが間違えはったんやろうか、いうて、話しててんけどな。見おぼえとか、こころあたりとか、あるかな。」と、社宅内公用語(当時の夫の勤務先の公用語でもある)である広義の関西弁で話しかけながら、缶の入ったごみ袋と、瓶の入ったごみ袋を、指し示してくださる。その中身は、明らかに、我が家で消費したり活躍したりしたあとの、缶や瓶たちであった。当時は、「プラスチックごみ」という分類はまだなくて、「燃やせる」「燃やせない」「ビン」「缶」の4種類のみの分別で、それぞれ透明のビニール袋に入れて、別々の回収日に出すシステムだ。それなのに、別の日に出すはずの、見覚えのある缶とビンの袋が、「燃やせないごみ」の一群とともに、そこに、ある。

「あっ。それ。間違いなく、うちのです。すみません。すみません。今朝、夫が張り切って、ごみ出ししてくれたんですけど、私が用意した、燃やせない、以外のものも、なぜか出してくれたんですね。気を利かしてくれたつもりなんでしょうか。すぐに持って帰ります。夫が帰ってきたら、厳しく厳しく指導しておきますんで。いやあ、ほんと、すみません。」と、私は、ビンと缶の袋を持ち上げる。すると、成人女性たちは口々に、「そんなん、厳しく叱ったりしたらあかん。」「そうや。だんなさん、ごみ出すだけでも偉いねんから。」「たぶん、だんなさんにとっては、缶も瓶も燃やせないの仲間やってんやわ。実際燃やせへんしな。」「今夜も、怒ったりしたらあかんよ。ちゃんと、やさしゅうに言うてあげんねんで。」と、助言をくださる。私は「ありがとうございます。わかりました。やさしゅう言うようにします。」と言いながら、缶と瓶(重い)を、いったん、自宅専用倉庫に保管する。今朝、夫は、わざわざこの倉庫を開けて、これを出してくれたのねえ。これまで何度も、缶の日に缶ごみを出し、ビンの日にビンごみを出してきたのに、いったい何がとりついて、不思議なことをしたのかしら。と、いろいろ一人で考えながら、でも、とにかく出勤しなくちゃ、と、車へと向かう。成人女性たちは、間違いごみの謎が解けて、スッキリされた様子だ。私は再びごみ置き場のそばを通り過ぎながら、「ありがとうございましたー。いってきまーす。」と声をかける。女性たちも「いってらっしゃい。気いつけてなー。」と応えてくださる。そうして、私は、運転を開始する。道中、今日も暑いなあ、と思いながら、いろんなことを考える。もしも、あのごみを出し間違ったのが夫ではなく私だったら、成人女性たちの言い様も、また異なってたような気がするなあ。出し間違ったのが、私ではなくて夫だったから、成人女性たちは、よりいっそう、寛容で寛大な気分になったのかもしれないなあ。

夜になって帰宅して、夫も帰ってきて、話す。
「今朝、燃やせないごみの日だったけど、燃やせない以外の、缶と瓶も出してくれてたやろ。他のおうちの人たちが気づいて、出勤前の私に教えてくれはってん。」
「あっ。そうか。しまったー。」
「そうやろ、しまった、やろ。でね、私が、夫が出してくれたけど間違えてますんで、今夜厳しく指導しときます、言うたら、厳しくしたらあかん、ごみ出すだけでも偉いねんから、やさしゅう言いや、いうて、指導してくれはったよ。」
「あぶない、あぶない。」

あぶないのはおまえじゃ、という思いも、湧くには湧いたが、そうか、怒ったり、叱ったりしたら、あかんかってんな、というよりも、なんというか、こういうことは、怒ったり叱ったりしても、せんないことやねんな、と、私は何かを学習した。     押し葉

プラスチック訓練大会

私が現在暮らす地域では、数ヶ月か半年くらい前から、プラスチックごみの収集日は、毎週木曜日になった。水曜日の夜には、プラスチックごみをまとめて、専用袋の口を結んで、玄関のわかりやすい場所に準備しておく。そうしておくと、木曜日の朝、夫が持って出て収集場所に置いて捨ててから出勤する、という美しい連携プレイが、我が家ではほぼ確立している。

先週の水曜日の夜は、私の体調が怪しくて、夫の帰宅を待ってすぐ、布団に入って眠ることにした。吐き気と背中上部真ん中あたりの冷気が主な症状で、寝巻きの背中にカイロを貼って、漢方薬の麻黄湯をおいしく飲み、さあ、寝ましょ、とお布団での中で体勢を整えて、ふと、あ、明日はプラスチックごみの日だと思い出す。起き出す根性はないけれど、せめて夫に頼んでおこう、と、体を半分布団の中に残したまま、襖を開けて、居間にいる夫に向かって声をかける。「どうやらくーん。明日、燃やせない、じゃなくて、プラスチックごみの日じゃけん。よろしくー。私、この調子だと明日お見送りに起きなさそうだけど、それもよろしくー。」居間のパソコンでオンライン囲碁ゲーム修行に励む夫の「よっしゃー。まかせろー。」と言う声が聞こえる。よかった、これで安心、と、布団に深く入りなおして、ぽっくりぐっすりと眠る。夜中の二時か三時くらいに、ふと目覚めて、枕もとのOS-1(経口保水液)を、こくり、と飲み下す。それから、おでこや首筋や胸元や背中を、タオルで拭く。寝汗と邪気を拭うと、身体がふうっと軽くなる。そして気がつく。あ、私、今、ちょうど今、風邪が治った、と。やったね、さすが養生上手だね、偉いよ、私の身体、偉いよ私、と、夜中に一人絶賛自己賞賛大会を開催する。よかったよかった、と、安心して、またお布団にもぐりこむ。

翌朝目が覚めたときには、吐き気もなく、背中の冷気もなく、身体は軽く温かで、快適で、上機嫌で起き上がる。夫は既に出勤したあと。私は一人ゆっくりとお湯を沸かして紅茶を入れ、豆乳を加えて、ごくりごくりごくりと飲む。紅茶のティーバッグの外袋をごみ箱に捨てようとして、「燃やせるごみ」のごみ箱が空っぽであることに気づく。あれれ、どうしてだろう。そして続いて、その隣にある「プラスチックごみ」のごみ箱に、けっこう大量のプラスチックごみが入っていることにも気づく。えーと。今日は木曜日で、プラスチックごみを出す日で、昨夜はそれを夫に頼んで、夫が「よっしゃー」と了解して、それを今朝出してくれたはずなのだけど。ここにこんなにたくさんのプラスチックごみがあるのは、どういうことなのかしら。寝起きの寝ぼけ気味の頭で、めまぐるしく、でも順を追って、考える。現状から推察するに、夫は「プラスチックごみ」を出すべきところを、間違って、「燃やせるごみ」を出して出勤したようである。というこは、今日は誰一人出していない「燃やせるごみ」の集積所に、我が家のごみが一人ぽつねんと佇んでいるはず。であるならば、私は、その「燃やせるごみ」を、回収しに行かねばならない。ここまで考えてようやく「うわーっ」と、少しばかり慌てて、寝巻きから普段着に着替えて、マンションの下のゴミ捨て場まで下りてゆく。行ってみると予想通り、「燃やせるごみ」集積所には、見おぼえのある我が家のごみたちが入ったゴミ袋が、ある。その隣の「燃やせないごみ」と「プラスチックごみ」集積所には何もなくて、「プラスチックごみ」はすでに回収車に運ばれたあと。私は「燃やせるごみ」を、速やかに、かつ、とぼとぼと持ち帰り、手を洗ってうがいをして、寝起きの紅茶の続きに入る。さてと、これは、今夜夫が帰宅したら、正しいごみ捨て学習会を開催しなくてはならないなあ。

夜になって、帰宅した夫に、「おかえりー」と声をかけてから、学習会開始。
「どうやらくん、今朝出してくれたごみ、間違いがあったよ。」
「あれ。今日、ごみ出す日じゃなかったのかな。」
「それは合ってる。出す日なのは正解。でも、今日は、何曜日でしょう。」
「えーと、木曜日。」
「木曜日に出すごみは、何でしょう。」
「えーと、燃やせるごみ。ちゃんと出したよ。」
「そこが間違い。」
「え。違ってたか。燃やせないごみ、だったか。」
「それも違うよ。ごみ出しカレンダー見てみて。」
(夫、壁に貼ってある「ごみの出し方図解」を見る。)
「あ。木曜日は、プラスチックごみ、って書いてある。」
「はい。そのとおりです。昨日の夜、私が布団の中から、燃やせない、じゃなくて、プラスチックごみをお願い、って言って、どうやらくん、よっしゃー、って言ったのに、なにゆえ、その直後に、その両方を外して、私が言ってない、燃やせるごみ、を準備してくれたのかなあ。」
「てっきり、燃やせるごみだと思い込んでたんやろうなあ。でも考えてみたら、燃やせるごみは、火曜日に出したばっかりだし、どおりでごみの量が少なかったはずじゃ。」
「そりゃあ、そうじゃろう。でね、その、燃やせるごみは、ひとりぼっちで、ごみ捨て場に、るーるるー、って居残ってたよ。それを、わたくしが、回収してまいりました。」
「そうか。そうだったのか。すまないねえ。手間をかけるねえ。」
「でも、どうやらくん、朝、ごみ出すときに、誰も何一つ出してないところに、ごみを置く時点で、もしかして、今日はこれを出す日と違うんじゃないかな、って思わなかったんかねえ。」
「うん。思わんかった。今日は珍しくごみ出し一番のり、だと思ってた。普段は既にけっこうたくさん出してあるところに出すのに、今日は一番だー、やったー、ごみも一番、会社の昼ごはんの食券も一番、今日は一番の日じゃ、縁起がええのう、くらいに思ってた。」
「うう。そうですか。でも、今日、こうやって、正しいごみの日を学習したけん、今度は、正しく出せるといいね。」
「少しずつ。少しずつ。頑張ろうや。」
「でね、今朝、ここ(台所のごみ箱がある場所)で、燃やせるごみが空っぽになってて、プラスチックごみが残ってるのを発見したときの、私の気持ちはね、こうやって、床に、かっくん、と、膝がついて、しばらくの間呆然として動けんかんじ、じゃったんよ。」
「そうか。楽しかったんじゃね。よかったね。」

「どこが楽しいんじゃ」というツッコミは、いったん保留しておくが、夫は、基本的に、家事はよくできるほうだと思う。大学時代の自炊一人暮らしの経験が実力になっているのであろう。しかし、ごみ出し準備に関しては、夫も私も気づかないうちに、私が勝手にちゃきちゃきとやってしまって、夫は持って下りて出せばいいだけ(それを毎回やってくれていることについては、実にありがたく感謝している)、持っているごみ袋の色で出す場所を判断するだけ、になっていたのかもしれない。その連携プレイでの生活は、うまく運んでいたし。でも、たとえば、私が寝たきりなどになって、ごみの準備の段階も夫がすることになったときに、苦なくスムーズにできるよう、苦なくスムーズに見守ることができるよう、今から練習しておきたい。というわけで、前述の一件から一週間が経過した昨夜、さっそく訓練を行ってみた。

「どうやらくん。私が夕ご飯作ってる間に、明日出すごみの準備をするのがいいと思う。」
「おー。いい考えじゃ。がってんだ。」
「明日は何曜日で、どのごみを出す日でしょうか。」
「明日は木曜日。ということは。おお。先週出せんかったプラやな。」
「そうそう。よろしく。」
(夫、がさがさ、と、プラスチックごみをまとめる。)
「やったよ。」
(と、夫、そのまま、コタツに入ってくつろごうとする。)
「どうやらくん。ごみをまとめたら、すぐに、次の新しい袋をごみ箱にセッティングするんよ。そうしたら、次に出てきたごみを、さっと捨てられるじゃろ。」
「おー。がんばるぞー。おー。」
「どの色の袋か、わかる、かなー。」
「さっきまとめたのと同じじゃろ。それくらいわかる。」
(と、言いながら、引き出しから新しいごみ袋を出し、マンション名と部屋番号をマジックで書き込んで、ごみ箱に設置。)

以上のような経過にて、訓練大会は無事終了。夫の家事力向上委員会活動において、妻の立腹は厳禁、という掟を、私はよく知っている。そして、その掟を忠実に守っている私は、かなり、偉いはず。偉いはず。偉いはず。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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