みそ文

にんじんしりしりに分け入る

 前々回、前回と、二回続けて登場したお店「美ん美ん(ちゅんちゅん)」で注文した「にんじんしりしり」について。「にんじんしりしり」とは沖縄のニンジン炒め料理で「しりしり」というのはニンジンを専用のスライサーでスライスするときのシリシリという音を表現しているものらしい。基本的にはニンジンを油で炒めて卵とからめればからめるレシピが多いだろうか。ツナなど他の具材を一緒に炒めることもあるようだ。にんじんをおいしくたくさん食べることができるので私はひとりご飯のときにはときどき作って食べているのだが、そういえば夫と一緒の食事のおかずに作ったことがなかったかも。

 この「にんじんしりしり」を注文するときにも「こちらのにんじんしりしりには薬味や具にネギや玉ねぎがのったり入ったりしますか?」と確認する。この時点ではまだあさりバターのニラには遭遇していない。店員さんは「んー」とにんじんしりしりの姿形を思い出すような表情を少しだけしたあとに「いえ、ネギも玉ねぎもなしですね」と返答してくれる。「それでは、にんじんしりしり、ひとつお願いします」と注文。

 しばらくして運ばれてきたにんじんしりしりを私達の前のカウンターに置こうとした店員さんが「あっ。ネギ。すみません。ネギなしでしたよね。これネギのってます」と言われる。平たいお皿にのった橙色の薄く細く平たく切られたニンジンの上にネギの小口切りの緑色が映える。夫と私が「はい。ネギなしと教えてもらってから注文しました」と言うと、店員さんは「すみませんっ。すぐに作り直してまいります」とにんじんしりしりのお皿を持って厨房に戻る。

 少ししてから店員さんが「にんじんしりしりお待たせいたしました」と持ってきてくださる。ぱっと見ネギの小口切りはなくなっているのだが、さきほどネギの小口切りがのっていた部分にネギの小口切りが数片残っており、その上から大量の白煎り胡麻がかけてある。ああ、新しいにんじんしりしりを作りなおしたのではなく、先程作ったにんじんしりしりに薬味でのっていたネギの小口切りを菜箸で取り去ったもののにんじんとにんじんの間に入り込んだネギまですべては取りきれなくてその部分に大量の煎り胡麻をのせてくださったのねえ、と察する。夫が「どうする? 事情を話して作りなおしてもらう?」と私にきく。
 「ネギ抜きで」と明確に注文したにもかかわらずうどんや蕎麦や個別の鍋もの汁物などネギのエキスが滲出するような料理がネギ入りで運ばれてきた場合に「ネギ抜きでお願いしたのですが」と言うと、新しくネギなしのものを作りなおしてくれるお店や店員さんと、私の手元からいったんさげたものからネギだけを取り去って再度それを出そうとする(実際に出す。そしてたいていはネギ片がいくつか残っている)お店や店員さんの二種類が存在する。前者の場合はありがたくお礼を丁寧に伝えておいしくいただき、後者に遭遇した場合には「すみません。ネギのエキスもダメなのでいったん入れたネギを取り去るだけではなくて新しいものを作りなおしていただけますか」とお願いすることがある。場合や状況によってはもはや諸々あきらめてそのネギ入り汁物には手を付けず他の食べられるものだけを食べて済ませることもある。
 注文のときに「ネギなし」でと言い、店員さんが復唱してくださるときにも再度店員さんとふたりで「ネギなしで」と言い合い、注文伝票にも間違いなく「ネギなし」と書いてもらったのにと茫然とする私のかわりに夫がお店の人に作りなおしを頼んでくれることもある。
 しかしにんじんしりしりの場合はネギが接触していなかった部分だけを選んで食べるという方法(ネギが接触していた部分と現在なおネギが数片のっている部分は夫に食べてもらうという方法)で対応できそうだから、夫に「ううん、このままいただくよ。私は外側のネギがのっていなかったあたりを食べるから、どうやらくんは真ん中のネギがのっていたあたりと、この明らかにネギの小口切りが残っているあたりを食べてくれるかな」とシェア(分けあい)の方向性を決める。

 「にんじんしりしり」を初めて食べた夫はいたくこれを気に入り「おいしいなあ、おれ、これ、いっぱい食べたい。またうちでも食べたい」と言うほどだったから、結果的に夫が食べる部分が多くなってよかったね、ネギなしと聞いていたはずのものにネギがのって出てくるという思いがけないできごとがなければニンジン好きの私が大半平らげていたはずだもんねえ、ではあったのだが、五葷抜き道はその草むらを分け入り歩みをかさねてもかさねても、外食における「ネギ抜きの確認とお願いと実現」がなかなか一筋縄ではいかない。それでも以前に比べたら、着実に少しずつメニュー選びも注文の仕方も上達してきたと思うから、私も夫もお店の人もほんとうによくやっていて、きっといろいろだいじょうぶ。     押し葉

あさりバターの薬味には

 焼き鳥居酒屋兼沖縄料理店である「ちゅんちゅん(美ん美ん)」にて、あさりバターを注文したいなあと考える。カウンターに置いてある「当店おすすめ、あさりバター、あさり酒蒸し」の写真のあさりにはネギの小口切りがのっているように見える。

 みそ文やみそ記やみそ語りをこれまで長く読んで来られた方々におかれましては既にご存知であろうと思われるが、当然そんなことまだちっともご存知でない方がおられることもあるであろうなと説明を試みるならば、私は数年前から頭痛予防目的で「五葷(ごくん)」というグループの野菜の摂取をやめている。五葷とはネギ、玉ねぎ、ニラ、ニンニク、ラッキョウをはじめとした野菜のグループで、行者にんにく、あさつき、エシャロットなどもこのグループに属する。薬味として、また味付けのベースとして料理に欠かせない食材とも言えるのだが、私の身体の場合はこれらの食材を摂取すると頭痛が生じることがわかってからは極力外すようにしている。それを気をつけるようになって以来、頭痛の発生頻度は激減し、生じたとしても軽く済むことが多くなり、体力気力の消耗が減った。頭痛で数日間寝こむことも人生の連続何十時間かを何度も棒に振ることからもかなり開放された。自宅では自分が作る料理使う食材調味料を好きなようにできるのでまだ対応がしやすい。しかし外食においてこれらの食材を使っていないものをさがして選ぶのは慣れないうちは困難を伴う。とはいえ慣れてくればまあまあそれなりに外食もこなせる。
 好き嫌いで言うならばこれらの食材は私の好物である。しかし、それらの食材を食べたあとに襲われる長く重い頭痛の苦しさと食べたときのおいしさの快楽を天秤にかけたとき、私は自分が大好きなこれらの食べ物を食べないことで頭痛を減らし軽くすることを選んだ。
 実際には五葷だけではなく他にも頭痛予防のために摂取をやめている食材食品がいくつかあるのだが、今回ここでは五葷の話だけにとどめる。

 そういう身体事情と背景があるので、外食で何か注文するときにはスープベースや具材や調味料として五葷が入っていないものを注意深く選んだうえでさらに「薬味のネギは外してください」だとか「ネギ抜きでお願いします」と一言添えるようにしている。今回注文したあさりバターの写真にはネギの小口切りがのっているようであり、念の為に右隣のおじさんが先に食べているあさりバターを横目で観察してみたらやはりネギの小口切りがのっている。よし、これはネギ抜きの一言を添えて注文だ、と意を決し、店員さんに「追加注文お願いします」と声をかける。

「あさりバターひとつお願いします。薬味のネギはなしにしてください」
「あさりバター、ネギ抜きですね、承知いたしました」

 あさりバターを待っているあいだにカウンターの中の焼き場から焼き鳥が供される。鶏皮、せせり、もも、豚トロ。塩とタレのどちらかが選べるうちの塩で注文したもの。ああ、おいしい。こうして帰省移動の途中で一泊して運転を昼間の明るい時間帯だけにすると身体がすごくラクだねえ、と夫と話す。ほどなくあさりバターが運ばれてくる。テーブルの上のあさりバターを夫とふたりで凝視する。「う、これは……」と私がつぶやくと夫が「これはなあ、予想外。思いつかないから防ぎようもない」と言う。「うう、たしかにネギはのっていないけど」「あさりバターにニラをさっと最後に一緒に煮て入れるのはこれまで食べたことがないなあ」

 夫は「これはおれが食べるから、みそきちどんさんはもう一個、ニラもネギもなんにも薬味がのっていないあさりバターを別に頼んだら?」と提案してくれる。「どうやらくんはひとりでそのあさりバターくらいの量は平気で食べられる、できればひとりで平らげたい、ということかしら」と問うと夫は「うん」と言いつつあさりとその汁をすする。店員さんを再度呼ぶ。「すみません。あさりバターをもうひとつ、今度はネギもニラもなんにも薬味は一切なしでお願いします」と頼む。店員さんは「あっ、ネギだけでなくニラもダメでしたか。ごめんなさい、そちらのあさりバターお下げして作りなおしてきます」と言われる。夫は両手であさりバターのお皿を死守するように押さえて「いえ、これはいただきますんで、これとは別に」と言う。私は「はい、これとは別にもうひとつ新たにすべての薬味なしのあさりバターの注文をお願いします」と続ける。

 夫はひとりで「うまー」と満足そうにあさりとニラを食べバター汁を飲む。「あさりバターにニラの組み合わせで来るとはなあ」と珍しいものを見たように言う夫に私は「うーん、よくわからんけど、沖縄料理的にはここでニラを組み合わせるのはよくあるんですと言われたらそうなのかなあという気はするのはするかなあ、どうなんだろうねえ。でもね、気持ちはわかるの。あさりバターの色合いとして視覚的に緑色を最後に上にのせたくなる気持ちは。私も自分で作る時には最後にパセリのみじん切りやドライパセリをちらすことあるもん」と返す。

 私のために新しく供された薬味なしあさりバターはその貝の身のプニプニとした食感も、火の入れ加減も、貝殻ですくって口に運ぶバター汁のバターと塩味のバランスも、最初から最後までじんわりとおいしくて、「ひとり一個ずつ注文して各自堪能できてよかったね」とそれぞれのまえにひとつずつあさりバターがなくなった白くて広いお皿を置いてひとしきり満ち足りる。     押し葉

ミンミンそれともチュンチュン

 広島帰省からの帰り道に途中で一泊した町で焼き鳥屋さんに入る。焼き鳥屋さんだと思って入り焼き鳥を何種類か注文したが、メニューをじっくりと見ると、焼き鳥屋さんでもあるが沖縄料理屋さんでもあるらしいことがわかる。追加で「にんじんしりしり」を注文。夫がしきりに「これうまいなあ。うちでも食べたいなあ」と言う。

 メニューのすみっこに書いてあるお店の名前は「美ん美ん」。その文字の下には鶏とヒヨコのイラストがあり、私は「この美の字は美ら海(ちゅらうみ)のチュの音で読むんだろうな、チュンチュンだね」と予想する。夫がすかさず「それはないやろ。チュンチュンってスズメならありだけどこの絵はニワトリじゃん。スズメを焼いて食うわけじゃないし。これはミンミンやろ」と言う。そうかなあ、こんなにたくさんの沖縄料理メニューがあることを考えると美の字は「び」や「み」でなく「ちゅ」と読みたいが、そしてミンミンと読んだのでは焼き鳥にも沖縄料理にも「美」の字がかからない気がするんだけどなあ。

 食事を終えてレジで会計をするときに夫がレジ前でお店の名刺のようなカードを見つける。そして「あ、チュンチュンって書いてある」と言う。そう言われて私もそのカードを見る。「美ん美ん」の文字の横にひらがなで「ちゅんちゅん」と読み仮名がつけてある。

 夫のあのとっさの「それはないやろ」という台詞が、だいたいにおいて「ありそう」で「ありうる」ことに対して発せられるのはどうしてなのか不思議だなあ。     押し葉

野菜と果物バンブーダンス

 ずっと以前、自宅から関西空港が割と近い場所にあった頃、私達夫婦はちょくちょく南の島へ出かけた。

 ある年のある温かい時期に訪れた南の島で、夕陽が沈むのを眺めながら海岸沿いの道をそぞろ歩く。夕ごはんにはその日そのとき食べたいものを選ぶ。
 その日はサテという焼き鳥だけどつけてあるタレが甘いピーナツ味のものを何本かと、別のお店でラプラプ(熱帯魚)の塩焼きを食べて、もちろんビールも好きなだけ飲んで、たのしくておいしかった。
 でも、まだ、なんとなく植物的なものが食べ足りない、つまり野菜不足果物不足な気がするね、と、話す。

 コテージの部屋にはモンキーバナナの房を買っておいてあるけれど、あれは朝ごはんやおやつに食べるもので、もうかなりの量を食べていたから、バナナに対する欲望はそれほどではなく、バナナ以外の果物とお野菜を食べたいね、という気分。

 サテとラプラプで腹八分目のお腹を抱えて歩いていたら、私達が泊まるコテージの近くにある別の宿泊施設のレストランでディナーバイキングが開催されているのを発見。
 バイキングだから、お肉もお魚もお野菜も果物もお菓子もアルコール以外の飲み物もこみこみでたぶん千五百円くらい。
 でももう私たちのお腹はかなりいっぱいになってるからバイキングであれこれ食べたい気持ちはない。けれど、ここのレストランであと二十分くらいすると始まる「バンブーダンス」のショーは見物したいなあ。と思いながら入り口のメニューを見ていたら、バイキング以外にもちゃんと単品メニューが存在していて、野菜サラダやフルーツサラダの注文が可能であることに気づく。
 ああ、よかったね、ちゃんと単品メニューがあるのなら、それを注文して食べて、バンブーダンスを観て帰ろう。
 
 レストランに入る。建物といっても、柱と屋根以外には高い壁があるわけではなくて、窓も窓ガラスもなくて外の景色はそのままよく見える。外の風も通り放題。寄せては返す波の音も聞こえてくる。
 席に案内してもらって座る。昼間に日焼けした皮膚、特にふくらはぎの皮膚が椅子の脚にうっかりあたると痛い。なぜふくらはぎが陽に焼けているかというと、昼間海でシュノーケルを口に加えて水面にぽよんとうつぶせに浮かんで海中の様子を眺め続けていたから。ふくらはぎの日焼けは予想していなくてふくらはぎには日焼け止めを塗り忘れていたから。
 
 ウェイターさんが「この時間帯限定サービスのディナーバイキングでよろしいですか」と当然それを注文するよねな面持ちで尋ねてくださる。

「いいえ、もうディナーは他のお店でいろいろ食べてきたものですから、こちらでは単品で野菜サラダとフルーツ盛り合わせをいただきたいのですが、この時間帯の単品注文は可能ですか? あと飲み物もいただきたいので、先にミネラルウォーターとあとでこのジュースひとつとコーヒーをひとつお願いしたいのです」
「もちろん可能ですが、バイキングよりも割高といいますか、バイキングでしたらいろいろ込みで千五百円のところが、野菜と果物各七百円とお飲み物ひとつ三百円でお一人さま千円ほどいただくことになります。もう五百円ずつご負担いただくだけで、当店自慢のお肉やお魚料理もごゆっくりとお召し上がりいただけるのですけれど、そちらは御入用ではないでしょうか」
「ありがとうございます。せっかくなのですが、他でいろいろ食べてきたのでもうそんなにいろいろは食べられないんです。割高かもしれませんが、私たちは単品での注文が可能でしたらそちらでお願いします。それと、もうすぐ始まるバンブーダンスを見て行きたいのですが、それは別に観覧料が必要ですか?」
「いえ、それは必要ありません。当レストランご利用のお客様皆様へのサービスとして無料でご覧いただいておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみください。よろしければのちほど舞台でご一緒に踊ってください」

 最後の「舞台で一緒に踊れ」のところだけ、その意味がよくわからなかったけれども、バイキングではなく単品注文もできることがわかり、なおかつバンブーダンスを見物できることもわかり、安心する。

 しばらくすると私達が注文したミネラルウォーターと野菜サラダと果物サラダが運ばれてくる。ウェイターさんが「どうぞごゆっくり」「バンブーダンスは何時からですからもう少しお待ちくださいね」という意味のことを案内してくれる。「ありがとうございます。たのしみです」と応えてから、両手をあわせていただきます、と挨拶してサラダを食べようとする。

 そうしたところ、近くの別のテーブルに座っていた団体客の人たちが「もしかしてあの人たち(私達夫婦)英語がよくわからないのかしら。だからバイキングのことがよくわからなくて単品注文なのかしら」と瞬時に話しあって、そのうちの一人の人が私たちの席に近づいて来られ「あの、日本から来られた方ですよね、もし、英語で何かお手伝いが必要でしたら」と日本語で声をかけてくださる。

「こんばんは。はい、日本から来ました。ありがとうございます。えーと、今のところ、特に英語で不便はないみたいなので、たぶん大丈夫です」
「え、でも、このサラダ、お野菜も果物も、バイキングだったら、こみこみ千五百円で食べ放題なのに、割高な単品で注文するのは、ここのバイキングシステムがよくわからなくて、ではないのですか。今からでもバイキングに変更してもいいと思うんですよ、もしお店の人に言いづらくてなら代わりに言ってあげられますけど、大丈夫ですか」
「ああ、これはですね、実は私達、もう他のお店を何軒かはしごして、お肉やお魚はたくさん食べ終えてるんです。あとはお野菜と果物が食べたいなあ、と思ったところでこちらのレストランを見つけて、しかもバンブーダンスショーもあると書いてあるし、バイキング以外の単品注文も可能だったので、そちらにしたんです。お気遣いありがとうございます」
「ああーそうでしたかー。でもバイキングだったら、デザートのケーキやプリンもあるんですよ、ドリンクも無料なのに」
「いえいえ今日はもうケーキもプリンもほしくないんです、食べられそうにないんです」
「そうでしたか、そういうことなら安心しました。では、どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」

 その人がグループの席に戻り「あの人達(私達夫婦のこと)、英語がわからなくてバイキング注文できなかったわけじゃないんだって。もうお腹いっぱいだから食べられるだけの注文にしたんだって」と説明する。グループの人達が「私らだったらお腹いっぱいで食べられんと思っても千五百円で食べ放題だったらそっち注文していろいろ食べてああ食べ過ぎたーって後悔するのに、そこで割高でも単品注文にしておこうという理性が効く人もいるんやなあ」と感心してこちらを見て会釈される。私もにっこりと会釈して「ありがとうございました」と彼らのご心配とお気遣いに対するお礼の気持ちを伝える。

 ウェイターさんが残りの注文分の飲み物を運んできてくれて、「もしもこちらの野菜サラダと果物で足りないときには、よろしかったらバイキングコーナーの野菜と果物を追加でとって食べてください。このお皿に入っているものと内容は同じものが置いてありますので。お肉やお魚やケーキなど他のものはとっていただくことはできませんが、よろしければ」と案内してくださる。「ご親切にありがとうございます」とお礼を言う。ウェイターさんがいなくなったあと、夫が私にだけ聞こえるくらいの小声で「ヘンゼルとグレーテルか」と言う。「ここの人達は、ヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のおばあさんみたいに、おれらにバイキングの食い物を無理やり食べさせて太らせる作戦か」と。

 お野菜と果物を食べて身体がほうっと満ち足りる。今日の食事はこれ以上でもこれ以下でもなくこの量と内容がぴったりだったなあとその加減にうっとりする。

 バンブーダンスのショーが始まる。長い竹の棒二本を舞台の床で二人の人が持ち開いて閉じてを繰り返す。竹と床がぶつかる音がチャカチャカと軽快なリズムを奏でる。その二本の竹の間に踊り手が入ったり出たりして足を竹の棒に挟まれないように音楽に合わせて跳ぶのがバンブーダンス。音楽が速くなると竹の動きも速くなり、踊り手のステップも跳躍も速くなる。
 すごいね、すごいね、おもしろいねー、とたのしく見物。
 後半のダンスが始まってしばらくしたところで、舞台でマイクを持つ人が「では、ご来場のお客様にもご参加いただきましょう。各テーブルから何名かずつ舞台の方へお願いします」と言われる。夫が「みそきちどんさん行って行って」と言う。「おれはここで写真を撮るから、さあ」と。

 バンブーダンスはビールで酔った身体には少々つらい。それでも音楽の最後まで足元で小さなジャンプを繰り返し、最後は舞台の上の人達と手をつないで観客席にお辞儀する。舞台のスタッフの人達から拍手で見送られて席に戻る。

 南の島の夜の思い出。     押し葉

トルコでパンダと温泉水

もうじき十七年前になる初夏の少し前、夫とわたしは新婚旅行でトルコへと出かけた。往復の航空券と初日と最終日の宿泊先は確保して、あとは現地にて風のふくまま気の向くままに、行きたいところに行ってみて、泊まれそうなところで宿をとる。

行きと帰りの飛行機では、日本からの団体ツアーのお客さんたちとも遭遇したから、日本からトルコを訪れる人がわたしたち夫婦だけ、というわけではなかったのだろうけれど、わたしたちが訪れた場所と時間帯において、日本からやってきた人物はわたしたちだけという境遇が多かった。

イスタンブールから長距離バスで、ぐっと南に移動したあたりに、エフェソスという町がある。昔の円形劇場や公衆浴場などのギリシャ風遺跡が有名で、外国からもトルコ国内からも多くの観光客がやってくる。わたしたち夫婦がエフェソスを訪ねたときには、白色人種の外国人観光客が最も多く、その次に多いのはトルコ国内の家族旅行風の方たち。地元の女性たちの多くはイスラム教徒としての戒律を守るために、スカーフで頭を覆い、長袖のロングコートを羽織っている。

遺跡地帯の通りなどで、旅人同士、すれ違うときに目が合えば、相手が白色人種風であれば「ハイ」と声をかけてほほえみ、トルコの人だろうなと思ったときには「メルハバ(こんにちは)」と言ってにっこりとする。そうすると相手も同じように返してくれる。異国の旅先において「自分は危険人物ではなく安全な存在ですよ」と主張するようなそのしぐさを、わたしはおそらくほぼ無意識のうちに行う。

エフェソスでの遺跡見物をひととおり終えてから、出口に向かって歩いていたら、二十人近い団体のトルコ人風家族旅行者グループと何組か遭遇する。そして遭遇するそのたびに、わたしと年の近そうな女性が近づいてきては、英語で「写真、いいですか?」と訊いてくるから、「もちろん」とカメラを受け取って撮影してあげようとすると、「ちがう、ちがう。あなたと一緒に写真を撮りたいんです」と言って、カメラをわたしの夫に向かって「おねがい」という意味のことを言って手渡す。

そうしていると、他のトルコ人風大人数家族旅行の人々が、わらわらと寄ってきて、「わたしもわたしも」と次々とわたしとのツーショットあるいはグループショットを撮ろうとする。夫はなぜだか「おねがいおねがい」と次々とカメラを手渡されて、トルコ人に囲まれる新妻の写真を撮り続ける。それがあまりに続いた夫は「ぼくたち、もう行かなくちゃ」とわたしを引っ張って、トルコの人々に手を振るから、わたしも一緒に手を振って去る。

「みそきちパンダ」
「パンダ?」
「うん。パンダ。きっとトルコの人たちにとって、東洋人は珍しくて、写真を撮らずにはおれんかったんじゃろう。でも、東洋人という意味では、おれだってそうなのに、なんでおれの写真は撮らずにみそきちばっかりなんじゃろう」
「ああ、それは、外観が、わたしは肌が黄色くてつり目でいかにも東洋人だけど、どうやらくんはどちらかというと肌の色が浅黒くて、東洋人としては顔の彫りが深いでしょ。彫りが浅めのインド人かトルコ人としても十分やっていけるくらいだから、物珍しさが薄いんじゃないかな」

そういって、互いの腕をまくって並べて皮膚の色を比較する。

「ね。わたし、黄色いでしょ。いかにも黄色人種でしょ」
「たしかに、このへんに、こんなに黄色い人、いないよな」

エフェソスでの滞在を終えたのち、また長距離バスを乗り継いで辿り着いたところは、ガズリギョルという名前の小さな温泉町だった。その町に滞在する予定はまったくなかったのだけれど、その日その町から出るバスがもうなくてどこにも行けないことがわかり、泊まることにしてみたら、たまたま温泉町だったのだ。温泉、といっても、その目的は入浴よりも主に飲用にある。

一泊ツイン七百円くらいに相当するトルコリラを支払って小さな宿に泊まる。部屋のベッドで荷物、といってもリュックサックひとつなのだけど、を置いて、とりあえずくつろいでいたら、宿を経営している家族の男の子(小学生くらい)がやってきて、わたしたちに「来て来て」と言ってどこかに誘導するから彼について行く。案内されたその先は、その町か村のおそらく役場の中の広めの部屋で、そこにいる人は町長さんだと、英語で通訳してくれる男性が言う。宿の男の子は「じゃね。またあとでね」とたぶんそう言って走り去る。

町長さんが話されるトルコ語を英語に通訳してもらった内容によれば、「ようこそこの町へ」という趣旨ではあるのだけど、「どこから来たのか」「どこへ行くのか」「何をしに来たのか」「何が知りたいのか」と事細かに訊かれたのは、今にして思えば、東洋からの不審な外国人に対する身辺調査だったのだろうな、と気づくくらいには大きくなった。けれどその当時は、ただ訊かれるがままに、歓迎と親切心での質問だとの思い込みもあって、「日本から来ました」「ここに来る前にはエフェソス遺跡を観てきました。とても立派できれいでした」「ここからまたバスに乗って、ブルサにさくらんぼを食べに行きます(ブルサという町はさくらんぼの名産地。温泉地としても有名)」「今夜は先程の男の子のところのホテルに泊まることにしたのですが、宿のフロントの方が、こちらの町は温泉で有名なところなのだと教えてくださいましたので、その温泉もたのしめたら、と思います」「この町について知りたいのは、エアメイルのハガキを出したいので、郵便局がある場所と、お腹がすいていますので、最寄りのレストランの場所を教えていただけると助かります」と質問に対して丁寧ににこやかに答えた。町長さんと通訳の男の人は、そうかそうか、とうなづいて、郵便局のある場所と近くの食堂の場所を教えてくださる。ありがとうございました、とお礼を伝え、この町で良い時間を過ごしなさい、と町長さんが言ってくれて、役場の部屋をあとにする。

教えてもらったとおりに、郵便局に行ってみたら、その日はなにかの祝日で閉まっていて、ハガキを出すのはまた今度。それから広場を横切って、教えてもらった食堂に入る。トルコの食堂ならほぼどこでも置いてあるチョバンサラダ(羊飼いのサラダ)(キュウリとトマトと何か葉野菜があればそれをざっくりと混ぜてあるサラダ)とピラウ(トルコ風のほんのり味付き具なし炊き込みご飯)を注文する。その日はすごくゆで卵が食べたい気分だったからそれを注文したいのだけど、「たまご(ユムルタ)」というトルコ語は知ってても、「ゆでる」も「ゆで卵」もトルコ語でなんというのかわからない。英語はまったく通じないから英語で言っても仕方がないし、だから持ち歩いている手帳に、ゆで卵を作る手順の絵を描く。お塩をつけて食べたいから「塩」という単語もトルコ語で書き加える。

食堂で給仕をするおじちゃんと厨房で料理をするおじちゃん二人は、その絵と文字を見て「おお、なるほど、よっしゃ、わかった、待ってろ」と請け負ってくれるから、ああ、通じたね、よかったね、と、チョバンサラダを少しずついただきながら待つ。しばらくすると給仕のおじちゃんが卵を運んできてくれる。

けれども、その卵は、ゆで卵ではなくて、あえて言うなら「オムレツ」だろうか。殻を割って、白身と黄身を攪拌して、塩味で軽く味付けて、フライパンの多めの油で揚げ焼きしてある。まだ熱い油が卵のふちでぐつぐつぷつぷつ音を立てている。ああ、卵をお湯の中でゆでる絵を描いたはずなのに、卵料理ひとつ注文するのも、なかなか簡単じゃないんだな、と、思い知りながら、塩味がおいしいオムレツをいただく。給仕のおじちゃんと厨房のおじちゃんがふたたびテーブルにやってきて「どうだい。うまいか」と言うから、「おいしい、おいしい」と応える。二人は「そうか。そうだろう」と、満足そうに持ち場に戻る。

食事を終えてホテルに帰ると、ホテルの男の子が近所の子どもたちに「うちのホテルに日本からの旅行客が泊まってるんだよ」と話していたからなのか、近所の子どもたち六人くらいがホテルの入口でわたしたちを待っていて、「日本から来たの?」「日本人?」と口々に訊いてくる。子どもたちは小さい子は五才くらい、大きい子は大学生くらいで、大学生と高校生くらいの少年たちが英語を混ぜて話してくれる。

彼らは、この町にはいい温泉が湧いていて、自分たちはこれからそのお湯を汲みに源泉まで行くから一緒に行こう、と誘ってくれているようである。源泉を汲みに行くならば、空のボトルが必要だよ、と言われ、旅の間持ち歩いているミネラルウォーターのボトルを宿の部屋に取りに戻る。トルコ語辞書が旅の荷物の中にはあるけれど、温泉水を汲みに行くだけだしね、と、辞書は持たず、ほとんど手ぶらで、空きボトルだけを持って、ホテルの外で待つ子どもたちのところにゆく。

宿のある場所から歩いて五分くらいの草原のような空き地のような、特別なにもない場所に、その源泉は湧いていた。地面に管のようなものが突き刺してあり、おなかの高さくらいにあるその管の先から、水というには温かくてお湯というにはぬるい液体がとうとうと流れ出ている。子どもたちが、ほら、ここで汲むんだよ、飲んだらおいしくて身体にもいいんだよ、と説明をしてから、手ですくって飲んでみせてくれる。

彼らに促されるままに、空きボトルにその温泉水を汲んでみる。色はわずかに混濁した無色透明で、においはない。口に含むとぱちぱちと水が口の中の粘膜をはじく。夫と顔を見合わせて「発泡してる」とおどろく。子どもたちは「ね、おいしいでしょ。いいお水でしょ」と誇らしそうにわたしたちを見る。今は無味無臭の炭酸水が大好きになったわたしだけど、当時は炭酸水(ガス入りのミネラルウォーター)のおいしさがあまりよくわかっていなくて、おいしいとは思えなかったけど、お湯に手を触れて「気持ちがいい」と言うと、子どもたちが「そうでしょ。いいお水でしょ」と笑う。

空きボトルに温泉水をつめこんで、宿への道を歩く。小さな男の子たちは意味もなく前方を勢いよく走りまわり、大きな男の子たちと夫は英語でなにかしら話しながら歩く。わたしのそばには十才くらいの女の子がぴたりとくっついて、トルコ語で何かをしきりに言う。その子がわたしにも聞き取りやすいようにゆっくりと同じ言葉を繰り返してくれるから、そのあとについてその言葉を発音してみる。

女の子が「そうそう。そのとおり」とうれしそうにするから、わたしはまたその言葉を繰り返す。そのトルコ語の言葉の意味はよくわからないけれども、大意としては「たいへん歓迎しています」のような「逢えてとてもうれしい」というような内容ではないかな、と予想する。なぜならその子がその言葉を言うそのときに、手のひらの上で五本の指先を合わせて、手の形を雫のようにして上から下に少しさげるから。トルコの人がそのジェスチャーをするときには、「とてもなになに」「たいへんなになに」というような、非常に快である状態を指し示す。「すごくおいしいよ」だとか「この絨毯はとてもよい品だよ」というようなときに。

その女の子がそうするように、わたしも右手の指先を合わせて雫のような形を作り、その言葉を繰り返す。何度か繰り返すうちに、女の子が発音する音をそのままそのとおりに発音できるようになってゆき、その言葉だけはまるでトルコの人のように発声できるようになる。それまでできなかったことができるようになることはうれしいことだから、わたしは機嫌よくその発音を繰り返す。女の子もなんだかうれしそうだから、わたしは互いに「逢えてよかったね」と言っている気分になって、その女の子と手をつないで、つないだその手を前後に大きく振りながら、その言葉を繰り返す。

その子たちが「入って、入って」と家屋の中にわたしたちを招く。家の中にいる人たちに「お向かいのホテルに泊まってる外国からのお客さんを呼んできたよ」というような説明をたぶんしてくれて、その子たちのご両親やおばあちゃんやおじさんやおばさんが「こんにちは。入って入って」と招いてくださる。二才か三才くらいの小さな子どもと赤ちゃんもそこにいる。大学生の男の子が「祝日だから、親戚みんなでおばあちゃんのところに集まってるんだ」と英語で説明してくれる。ああ、そうなのか。じゃあ、ここにいる子どもたちはみんな親戚同士だったのね。

家の中の床の絨毯の上に座って、出されたチャイ(小さなグラスに入ったストレートティーに角砂糖をたくさん入れて飲む)をいただく。通じてるのか通じてないのかあんまりよくわからないけれど、いろんな話をしばしする。そのあとみんなで写真を撮ろうということになり、夫のカメラと、彼らのカメラとで、何枚か撮影する。夫は自分のカメラをその家の大人の誰かに託して自分も写る側に入る。

ごちそうさまでした、おやすみなさい、と、そのおうちをおいとまする。ホテルに帰って、就寝の支度をする。夫はハマム(公衆浴場)に入浴に行ったような気もするし、それは翌日にしてすぐに眠ったような気もするし、記憶があまりはっきりしない。わたしは歯磨きをしてから、顔と手足を洗って、ベッドに入って、枕元の明かりの下で辞書を開いて、その日気になったトルコ語の確認をする。

今日女の子が教えてくれたあのトルコ語は、と調べてみる。そのときには、トルコ語の文字の読み書きもすんなりとできていたから、耳で聞いた音のスペルを予想することはそれほど難しくなく、辞書をひくことも容易にできた。けれども、夕方女の子と手をつないで何度も繰り返したその言葉は「逢えてうれしい」という意味ではなくて、「あなたはとてもきれいな人だ」という意味だと辞書に書かれている。ううううひゃあああ。

わたしの実物外観(外見)をご存知の方は、わたしがいわゆる「美人」に類する人物というわけでないことはそれとなくご承知だろうとは思う。身なりは別段小汚くしてはおらず、それなりに小奇麗にするよう努めてはいるけれど、おしゃれ、というのとはおそらく少々異なる。目鼻立ちは素朴で、味わいがあるといえば味わいはあるものの、そしてたまにそれを「かわいい」と形容する人がいないわけではないものの、「きれいな人だね」という評を受けることが多いわけではない自信はある。いや、例え、実物が「美人」に類する人であったとしてもだ、「きれいですね」と言う人に対して「はい、わたしはきれいです」と応えるのは、会話用法上の正しさに少し欠けるのではないか。何百歩か譲って、自分はたしかに造形が美しいであろうという自覚がある人だとしても、「きれいですね」に返すとしたら、「ありがとう」「うれしいです」「知っています」くらいまでではないか、と、わたしの脳内辞書機能は判断する。それなのに、言葉の意味がわからないからとはいうものの、「とてもきれいな人ですね」と言ってくれる女の子に対して「はい、とてもきれいな人です」と答え続けていた自分は、なんとなくなんだかあまりにあんまりだ。

ああ、パンダ。当時のトルコでは、肌の色が薄い黄色で、顔の彫りが浅くて、目が少しつり上がっている人間は、希少な生き物として珍重されるのだ。その珍しさが小さな女の子にとっては「きれい」と言い換えられるほどに、わたしの見た目は「異なもの」なのだ。自分が彼らの中にいるときに自分の目に映る人々は、みな同じような濃さの顔立ちだから、自分もその一員のような気持ちになる。けれど、わたしは濃い人々の群れの中では薄い。色合いも造りの深さも。

トルコ旅行から帰国して、わたしたち夫婦は「結婚しました。新住所はこちらです」のお知らせハガキを作った。トルコのガズリギョルのあのおうちの、子どもたちと大人たちとわたしたち夫婦の総勢十六人くらいが、ひっつきもっつきで映っている写真を使って。写真の中のわたしは肌の色が群を抜いて薄黄色くて目鼻立ちの造りが素朴でひと目で異国の人とわかる。そして写真の中の夫は地元の人たちと遜色のない濃いめで深めの見た目でなんだか周囲にとても馴染んでいた。     押し葉

トイレで犬を洗う

大阪に住んでいた頃は、関西空港開港以降、その空港がわりと近かったこともあり、ずいぶん気軽に飛行機で、ひょいひょいと出かけていた。インドネシアやマレーシアやフィリピンやタイなどで、日本にいるときとは見える星座が少し異なるのが面白くて、宿のテラスのカウチに寝そべって、宿の中庭に夫と二人で立って、南の星空を見上げ続ける。

タイのプーケット島に行ったときだと思うのだけど、海の洞窟を手漕ぎのカヌーで巡る日帰りツアーに参加した。何艘かのカヌーを積み込んだそのツアーの大きな船には、おそらく二十人くらいの観光客が乗っている。船にはキッチンや食卓もあり、南国メニューのランチがツアー料金に含まれている。そのツアー参加者の中に、北京に留学中の日本人青年(以後「北京青年」と呼ぶ)と、彼を訪ねて北京旅行をしたあとで、北京から二人で少しずつ南下して、タイまでやってきたのだという関東在住の青年(以後「関東青年」)がいた。船でカヌーのポイントまで移動する間の短くはない時間を、甲板の上に寝そべって、夫とわたしと北京青年と関東青年の四人は、日本語で旅の情報を交換しあう。

プーケットの島の中で、たとえばレストランか商店のどこかでトイレを借りる。そのトイレは、洋式のこともあれば、しゃがみ式(トルコ式というのだろうか。和式とは異なる形状で、水が流れる穴の部分の真上におしりがくるようにしゃがむ。和式にはある前側の帽子のような形状のものはなく、床に埋め込まれている枠部分のみがあるかんじ)のこともある。トイレットペーパーが備え付けられている場合もあれば、個室内にある水道の蛇口の下にバケツと柄杓が置いてあり、水を汲んでおしりを洗うスタイルのところもある。また、もう少し新しいトイレになると、しゃがみ式だけど、水道とバケツと柄杓ではなくて、ホースのついたピストル型のおしり洗浄用スプレー(水道水が出てくる)が壁の低い位置にかかっていることもある。

おしり水洗い文化を愛するわたしは、水洗い設備があるところでトイレに入ると、意気揚々とおしりを洗い、きれいになったおしりの水気をおしりふき用タオル(持参)で拭きとる。あるいは、トイレットペーパーで軽くぬぐう。夫は当時紙拭き派で(今は自宅のシャワートイレを快適に愛用している)、おしりを水で洗うのは、それ以外手段がないときだけ仕方なく、であった。

そんなタイのトイレの使い方に、特に何の疑問を感じることもなく、快適に過ごしていたわたしに、関東青年がおもむろに「あのトイレのピストルみたいなやつって、犬を洗うものですよね」と言ったときには、すぐにはその意味を理解することができなかった。

「犬?」と問い返すわたしに、北京青年が「ちがいますよね。あれはトイレの掃除道具ですよね」と言い、関東青年は「犬を洗うんですよね」と重ねる。その会話の頃には夫は日陰でお昼寝をしていて、わたしひとりが青年たちに「なんで、犬?」とまた問うていた。関東青年の言い分によると「この島には野良犬が多い。しかし、島の人々は、飼い主がいるかいないかよくわからないその犬たちをずいぶん大切に扱っているように見受けられる。ということは、島の人々は、汚れた野良犬を見つけると、トイレに連れて行って、あのピストルシャワーで水を浴びせて、きれいに洗ってやるのではないか」というのだ。

それに対して、北京青年は「宿のトイレはふつうの洋式便座とトイレットペーパーだからあまり何も感じないけれど、飲食店や商店や観光施設でトイレを借りると、洋式でもそうでなくても、どこもたいていきれいに掃除がなされている。これはあのピストル型の放水設備で隅々まできれいに掃除しているからではないか」と予想する。

わたしが「もしかすると、掃除用かもしれないし、犬洗い用かもしれないけれど、わたしはおしりを洗うのに使ってるよ」と話すと、二人ともが「あ!」と言う。そう、お尻洗いのための設備だといったん思うと、それ以外の、掃除道具や犬洗い用といった発想は、たぶん、なりをひそめる。二人の青年は「ほらみろー。だから、お前の考えは、ぜったい違うって言っただろう」「おまえだってー」と互いを笑う。わたしは二人を笑う。しばらくして昼寝から目覚めた夫に「ときどきトイレに備え付けてあるホースのついた水の出るピストルみたいなやつ、なんに使うか知ってる?」と訊くと、「知らない。使わないし」と言うから、「あれはね、野良犬をトイレに連れ込んで洗ったり、トイレをきれに掃除するのに使ったり、トイレを使った人間のおしりを洗うのに使ったりする素晴らしい道具なんだよ」と旅の情報を分かち合う。関東青年と北京青年が「寝起きの人にいきなりうそを教えるなんて、ひでー(ひどい)」と笑う。夫は寝ぼけながらも「おしりを洗うのはありとしても、犬と掃除は、ないな」とつぶやく。

船から見上げる空は果てしなく濃く青く、甲板から見下ろす海はどこまでも明るく蒼い。     押し葉

旅先での過ごし方

旅先での、わたしの好きな過ごし方。地元のカフェや喫茶店などに入る。ティーポット入りの紅茶があればそれを注文する。たっぷりゆっくり飲めるから。たっぷりのティーポット入りがないときは、カップで飲み物を頼む。スターバックスなどであれば、ヴェンティという最大サイズ(590ml)のカップで注文する。お店に読み物が置いてあれば、その地方の地元新聞を読む。全国紙と共通の話題よりも、地元の求人広告や地域の催し物関係を中心に。もっと小さな個人経営のお店だと、地元の広報誌が置いてあることもあるから、それも読む。ここの自治体はこういうことに力が入っているところなんだなあ、だとか、こんな自治体サービスがあるのはいいなあ、と、ほう、ほほう、と、感心しながら。

一通り読むものを読み終えたときに、周りの人たちが何か話をしていれば、なんとなく耳を傾ける。聴き耳を立てるというほどではない、ぼんやりな聞き具合。地元の年輩の方たちが政治談議などをしているのが聞こえると、こういう茶店で、一般庶民が、こんなふうに「まつりごと」について思い思いの意見を交わすことの、思想や言論の自由と民主主義な様子がうれしくて、ぼーっとうっとりじんわりとする。

それから、たいていいつも持ち歩いているはがきか便箋を取り出して、友人への手紙を書く。どこに来ていて、どんな街で、どんな気候で、どんな景色で、どんな空の色で、どんなふうに過ごしているか、を、思いつくままに書き綴る。旅行とは全然関係ない話題で埋まることもある。はがきならば、郵便ポストを見つけ次第投函して、便箋ならば封筒に入れて持ち歩き、切手を買えるところを見つけたら、そこで切手を買って貼って投函する。

あとは、早めに宿に入り、大浴場があるところならば、一番風呂(一番でなくてもいい)にゆっくりと入る。広い浴槽で全身を伸ばしてから、お湯の中で自分の体を丁寧にじっくりとマッサージする。お風呂上りのほてった体を部屋に帰って横たえて、持参の中山式快癒器に身を任せる。ぐりぐりと、もみもみと、体全体をほぐして、深くゆるやかに息をする。そうしていたら眠気が来るから、するりとお布団にもぐりこむ。そして少しお昼寝(夕寝)する。

夫は、旅先では、小高い所に登るのが好きだ。展望台があればそこまで、お寺があれば石段をひたすら、小山があればそのてっぺんまで、登らずにはいられない。私はふもとから、坂を登って小さくなってゆく夫の姿を眺める。どんどん小さくなって他の人との見分けがつかなくなり、そうしてやがて見えなくなる。夫を待っている間、周りをゆっくりと見渡す。遠くを近くを足元を。葉っぱの葉脈に見入ってうっとりとしたり、木の実をじいっと見つめたり、その場のにおいを感じたり、いろんな音に耳を澄ましたり、うるさければ耳栓をして音を遮断してみたり、蜘蛛が巣を作る様子を「じょうずだねえ」と感心しながら眺めたり、触っても大丈夫そうな大きな樹の幹に手のひらと足の裏をあてて自分の中のいろんなものを放電して木に吸い取ってもらったり、座って自分の足の指を手でぐにぐにと前後左右に動かしてマッサージをしてみたり、体全体をぐううんと伸ばして曲げて体操をしてみたり。あるいは、最初に書いたような茶店で待っている間に、夫は一人で小高い所に登りに行く。そのときそのときの場所で、私が過ごしたいように過ごしていると、しばらくのちに夫が、「満足したー」と嬉しそうに戻ってきて、それでは、と、出発する。

そんな旅の過ごし方。     押し葉

元気なインド人

以前の職場の同僚に、なんとなくメールを送ってみたところ、「わあ。どうやらさん。私、今まさに、インド行きの飛行機に乗り込む直前です。一ヶ月くらいで帰ってきます」という返信が返って来た。この同僚は、ずっと以前にもバックパッカーとしてインド旅行をしたことがあり、今回はたぶん二度目だ。彼女は、インド以外にも、時間ができるたびに何度か、一人であちこち外国旅行をしたことがある人だから、お土産話を楽しみにはするけれど、女の子一人で大丈夫なんだろうか、というような心配はまったくない。今度はどんな旅行をしてくるのか、してきたのか、また会って話を聞くのが楽しみだ。以前(十年近く前)(私と同僚になるよりも以前)に彼女がインドに行ったときと今回とでは、何が異なるかというと、現在の彼女はヨガをする人になっている、ということだ。もしかすると、今回のインドでは、ヨガも習ってくるつもりだろうか、どんなレッスンなんだろうか、と、私は勝手にあれこれと想像して、お土産話への期待が高まっている。

ところで、私の夫も、大学生のときに、インドへ一人で旅行に行ったことがある人だ。一ヶ月近くをインドで過ごし、現地では下痢で寝込んで苦しんだにもかかわらず、「インドは飽きない。たのしい」と豪語する。そして、夫は、私の元同僚の、かつてのインド旅行の話も愉しく聞かせてもらい、今回のインド旅行の話を聞くこともとても楽しみにしている。夫は、「インド人は、元気。君たち、なんでそんなに元気なんだ! と言いたくなる」と言う。「どんなところでその元気さを感じるの?」と訊くと、夫は、「あのドングリ眼(まなこ)。インド人が、あの大きなくりくりとした目を輝かせながら話をするのを見ていると、君ら、そこまで元気でなくてもいいけん! と思う」と夫は答えてくれたけれど、インドの人の目が大きくてくりくりしているのは、元気だから、というよりは、遺伝的形質によるものなのではないだろうか、元気でも元気でなくても、彼らの多くの目は大きくてくりくりとしているのではないだろうか、と、なんとなく、私は思う。     押し葉

いごねり

 数年前に旅行した佐渡島。自家用車ごとフェリーに乗って島へ渡る。

 佐渡島で食べた物で、生まれて初めて食べて、とても気に入ったものがある。「いごねり」だ。
 いごねりとは、佐渡島周辺の海で採れるイゴという名の海草から作る食品。見た目は「色付きのところてん」といったかんじなのだが、ところてんよりも滋味深い味がする。食感もところてんに比べると、つるりとしつつもほっくりとしている。よく似たものを九州北部では「おきうと(おきゅうと)」と呼ぶらしい。

 佐渡島滞在中は、何度も「いごねり」を求める。しかしメニューに書いてあっても、どこでも常にあるわけではなく、「ごめんなさいねえ。今日はないのよ。」と断られることもある。お店のおばちゃんの説明によれば、昔に比べると、イゴ自体の採取量も減っていて、いごねりの生産量も少なくなっているのだそうだ。その希少感が、さらに、私のいごねり欲を刺激する。

 運良く注文できても、実際に出てくるいごねりは、小鉢にちょろりんと、上品で可愛らしい量だ。丼いっぱい、とは言わないけど、お椀にいっぱいくらいは、思う存分食べたいなあ。

 そんなふうに思うときには、夜空に向かって小声で叫ぶ。すると数ヶ月か数年か、あるいは十年以内くらいに、たいていの夢は、なんらかの形で叶う。

 だから、小声で叫んでみる。いごねりー! いごねりー! お取り寄せ、しようかな、いごねりー。     押し葉

流刑饅頭

 数年前の新潟県佐渡島(さどがしま)旅行。

 自家用車ごとフェリーに乗って島に渡る。
 広くて見晴らしのよい快適な宿に連泊して、気ままに車で出かけてみたり、宿に戻って、そんなに大きくない大浴場のハーブ湯に浸かってから、お昼寝をしてみたり。
 今日はそうだなあ、島の周囲をぐうるりと、海岸線に沿ってゆっくり、車で走ってみようか。
 走り始めてしばらくして、途中から、路線バスの後ろを走る。バスの車体に貼り付けられた広告ポスターを眺めながら、ゆったりのんびり走行する。道路端には菜の花。どこまで走っても、珍しく明るく穏やかにさざなみ続ける日本海。

 バスの車体後部のポスターは、佐渡島名物のお饅頭の広告だ。あまりに捨て身なその菓子の名に、私は心打たれる。

「どうやらくん。見て。あのお饅頭の名前、すごいね。流刑饅頭だってよ。いくら佐渡島が、昔は流刑地だったからって、饅頭の名前に、流刑、を持ってくるだなんて。そこまで捨て身になるなんて。佐渡島の人たちの、観光業に対する並々ならぬ意気込みを感じるね。」
「はあ? みそきちどんさん、なに言ってるん? どこに流刑饅頭なんて、書いてあるん?」
「だから、ほら、目の前を走ってるバスの後ろ。ほら。あれ?」
「饅頭の広告はたしかにあるけど、どこにも、流刑、なんて書いてないぞ。」
「あれ? あれれれ? 流刑は、どこに行ったんだろう? それとも変身した? さっきまで饅頭の前に流刑の文字があったのに。」
「最初から、流刑、の文字は、どこにもいません。変身もしてません。」
「あれ? じゃあ、佐渡島の観光業への意気込みは?」
「それも、そんなに、いうほどじゃあないんちゃう? それなりには頑張ってはるとは思うけど。佐渡島って、なんか島全体の時間が妙に間延びしてるじゃん。まだ二日しかたってないのに、ずいぶん長く滞在してる気がするもん。くつろぎは感じるけど、意気込みは、感じんなあ。」

 おかしいなあ。流刑饅頭。意味はともかくとしても、「るけいまんじゅう」のその音は、つるりと滑らかで、とてもおいしそうだったのに。私の脳内では、やや光沢のある薄皮の、一口サイズのお饅頭が、すっかりイメージできていたのに。見つけたらすぐに買って食べてみようと思ってたのに。

 お饅頭はたくさん食べ過ぎてしまうと、ああ、食べ過ぎてしまった、と、反省モードに入りがちだ。
 けれども、流刑饅頭は、なんといっても流刑だから、お饅頭を食べるのも、何かの罰のひとつなのだ。罰としてのお饅頭だもの。粛々と、その罰を受けなければならないのだ。
 ひとつ何かを反省するたびに、流刑饅頭をひとつ食べる。お饅頭を食べたいから反省するのか、反省したいからお饅頭を食べるのか、よくわからなくなるあたりも、流刑饅頭ならでは。
 ううむ。そのへんの遊び心まで、なかなかによくできた観光菓子だと思ったのに。その遊び心ゆえ、人気の土産菓子だと思ったのに。幻だったとは。
 佐渡島おそるべし。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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