みそ文

お風呂とシャワー

 少し前のある日の夜、夫が私に「今日お風呂入る?」と声をかける。湯船にお湯を貯めるかシャワーで済ませるかの差はあるにせよ基本的に毎日入浴する私になぜわざわざそんなことを訊くのだろうと思いつつもしかしたらと多少の期待もしつつ「うん、入るよ。もしかしてお風呂にお湯を入れてくれるん?」と訊く。夫は「いや、そういうわけじゃない」と言う。「私が湯船に入るなら湯船にお湯が貯まるのを待って自分も入ろうかなっていうこと?」と訊いても「うーん、そうじゃない」と言う。「じゃあ、夜更かしするのはよくないから私に先にシャワーを浴びてしまいなさい、ということ?」と訊くと「いや、そういうわけでもない。これからおれがシャワー使うつもり」だという。「ええと、これからシャワーを使うにあたって、今日私がお風呂に入るかどうかを確認すると何か変わるの?」と尋ねると夫はしばらく考えて「考えてみたら、何も変わらなかった」と言う。
 なんだろう、入浴前になんとなく妻と会話をしたい気分だったのだろうか。私が入浴するかどうかを確認しなくてね「先にシャワー使うね」と声をかけてくれれば「はい、どうぞ、ごゆっくり」と会話ができてそれでよいような気がするのだけど。     押し葉

曾祖母の名は

 母方の曾祖母の名前が思い出せず、フジさんだっただろうか、フネさんだっただろうか、と考えていたが母からの情報によると正解はタケさんであった。フジさんともフネさんとも一文字も合っておらず、二文字の名前というのだけがかろうじで合ってはいるが当時の女性名は二文字(二音)のものが多かったのだからそれは合っているといううちには入らない気がする。島根の大きいおばあちゃん(曾祖母)はタケさんという名前だったのかと、それは思い出すというよりは、知らなかったことを新たに知った感覚。

 そしてタケさんの配偶者、つまり私にとって母方の曽祖父は和一郎さんという名前だったのだそうだ。私が生まれたときにはもう和一郎さんは他界していたので会ったことのないひいおじいちゃんであるが、お墓参りの時にはお墓のどこかにご先祖様方のお名前として和一郎さんの名前も刻まれているのであろうに、あああの和一郎さんね、というかんじではなく、そうなんだーひいじいちゃんは和一郎さんという名前だったのかー、とこちらも初めて知る新鮮な気持ち。

 母の姉は和子さんという名前なのだがその和子おばちゃんの名前はこの和一郎さんから一文字もらっているのだそうだ。和子おばちゃんが和子さんなのは小さい頃から知っていたけれどその和の字が曽祖父(和子おばちゃんや母にとっては祖父)の和一郎さんにちなんでいるというのは今回初めて知った。

 ご先祖様方、特にすでに他界しているご先祖様方のお名前は知らなくても日常生活にこれといった支障はそれほどないけれど、知らないよりは知っているほうがなんとなく、会ったことのある人も会ったことのない人もその存在の輪郭が明瞭に感じられる気がする。     押し葉

祖母の名は

 住んでいるマンションの大家さんが変わりマンション名が変わったのは昨年末のことである。至急で各種変更手続きをする必要はないけれど何かのついでのときにまとめて変更しようと考えていたら今年は運転免許証更新の年でそれならこの機会にいっきにいろいろ変更しましょう、と決める。市役所で手続きを行い住民票を発行してもらったものを持って運転教育センターで免許証更新手続きをする。免許センターの人が「住所は変更なくマンション名だけ変更なんですね。そんなこともあるんですね」と言われる。「はい、大家さんが変わりまして」と応えると「じゃあ、マンションをきれいにしてもらえたんかな」と問われ「外壁と物置の屋根がきれいになりました」と答える。「部屋の中は?」と訊かれ「それは今までのままですね」と言うと「そこまできれいにしてもらえるといいのになぁ」と言われる。

 免許証更新手続きのあとは再び市役所に赴いてマイナンバー通知カードの裏書きにマンション名変更を記載してもらう。住民票のマンション名変更手続きに行く前に市役所に電話して必要なものを質問しマイナンバー通知カードについても持参したほうがよいか訊ねたら「マイナンバー通知カードは番号を通知するためだけのものなので持ってきてもらう必要はないがマイナンバーカードがあるのならそれは必要」という回答で持っていかずにいたら「マイナンバー通知カードの裏書きも訂正しますのでもしあれば」と言われたため、う、う、やっぱり要るんじゃん、と思いつつ二度目に持参し直したマイナンバー通知カードの裏書き訂正をしてもらう。

 マイナンバー通知カードを使う予定がなければしばらくそのままでもよかったのだが、私の健康保険証の住所のマンション名変更手続きを行うためには住民票と運転免許証とマイナンバー通知カードのコピーがそれぞれ必要で、ここでマイナンバー通知カードが必要なのであればマイナンバー通知カードの裏書き訂正もしておこうということに。職能団体組合の健康保険証の変更手続きは郵送でも可能だが事務所がわりと近所にあることがわかったため市役所の帰りにそのまま立ち寄り手続きを行った。

 この一連の作業のうち最初の住民登録窓口で書類を書いていたときに隣の台で書類を書いていた人がおもむろに携帯電話を取り出し電話をかけ「今市役所で手続きしてるんだけど、おじいちゃんの名前が思い出せん、なんていうんだったっけ」と身内と思われる方相手に訊いていた。同居にしても別世帯にしても住民登録関係の手続きを代行するくらい近い近親者であっても祖父の名がとっさに思い出せないということがあるのか。ええと、私は自分の祖父母の名前は思い出せるかしら。父方の祖父は真一さんで祖母は志ず枝さん、母方の祖父は慶一郎さんで祖母はアサさん。ん、大丈夫。でも祖父母の兄弟姉妹の名前となると、会ったことのない人については仕方がないにしても、会ったことがありしかもかなりかわいがってもらいよくしてもらった人であってもその名前が思い出せない。ああ、市役所で祖父の名前が思い出せない人もこんなかんじで思い出せなかったのかもしれない。

 帰宅して夜になり夫に「自分の祖父母四人全員の名前はすっと思い出せる?」と尋ねる。夫は眼球を上側に半分ぐるりと動かす間だけ少し考えて「ひとりしか思い出せない」と言う。「父方のじいさんだけわかる」と言う。夫の父方の祖父の名前は勝美さん。勝美さんの妻にあたるおばあさんのところには結婚後は帰省のたびにふたりで挨拶にうかがい、そのおばあさんが入院したあとは病院にお見舞いに行ったこともある。それでも夫にとって父方のおばあさんは「おばあさん」であって固有名詞では認識していなかったのだろう。

 夫と夫の妹のえりりちゃんは一歳違いで、えりりちゃんが生まれてすぐは産後の義母は新生児のお世話でたいへんで、新生児とは別の形でお世話の手間のかかる当時一歳児の夫は母方の祖母宅(徒歩10分弱の近所)にしばらく預けられ育ててもらった期間がある。夫が三歳の頃に手術のため入院した時に義母と交替で付き添って世話をしてくれたのもその祖母だ。だが夫はその祖母の名前もおぼえていないという。そのおばあさんが生きていた頃はやはり帰省したときにはかならず挨拶に行っていた。おばあさんは夫のことを孫の中では特別にかわいがっているのだという風情で「他の者にはないけん黙っときんさいよ」と言って押し入れの奥から上等そうな箱に入ったカステラを出してきて夫に持たせてくれる。それを義実家に持ち帰り義母に報告すると義母はカステラの箱を確認し「やっぱり。賞味期限がとうに切れとる。食べちゃぁいけんよ。これは私が捨てとくけん」と引き取ってくれた。きっと祖母は今度孫(夫)が来たら持たせてやろうと思って自分ではそのカステラを食べずにだいじに取り置いてくれていたのだろうなぁ。

 そんなにかわいがってもらった祖母の名前も含めて、夫が四人中三人の祖父母の名前が思い出せないということは、市役所で隣りにいたあの人もそんなかんじで思い出せないのかもしれない、とまた思う。夫の祖母二人に関してはそれぞれの葬儀に私も参列したにもかかわらず、私も彼女たちの名前を記憶していない。「夫のおばあさん」とは認識していてもそれぞれの固有名詞では認識していないということだ。お墓に参ればどこかに名前が刻んであるのだろうに、孫(夫)も孫の配偶者(私)も何度も会ったあの祖母たちの名前をおぼえていない。

 私は祖父母の名前は思い出せても祖父母の兄弟姉妹の名前となると思い出せないが、ならば会ったことのある曾祖母の名前はどうだろう、と考えてみる。父方のひいばあちゃんの名前はテルさん。テルさんは祖父の実の母ではなく祖父とは養子縁組をして親子関係を結んだもとは親戚の間柄だと聞いていたような記憶があるがあやふや。父方の祖母と曾祖母とは曾祖母が亡くなるまでの間同居していたこともありテルさんのことはその姿も名前もかなり鮮明に思い出せる。曾祖母のテルさんは背が低く小柄で、祖母の志ず枝さんは背が高いから、ひいばあちゃんは「ちいさいばあちゃん」で、おばあちゃんは「おおきいばあちゃん」と呼び分けていた。母方はと考えてみると、あれ、あれ、曾祖母の名前が思い出せない。母方の曾祖母は背が高くてどちらかというと大柄で、母方の祖母は背が低くて小柄だから、母方の曾祖母は「おおきいばあちゃん」で、母方の祖母のことは「ちいさいばあちゃん」と呼んでいたのはおぼえているのに。

 むむぎーとみみがー(私の弟の息子と娘)は私の両親の名前をおぼえているだろうか。たるるとかるる(夫の妹の息子たち)は義父母の名前をおぼえているだろうか。祖父母の名前を知る機会はどこかであったはずだとは思うのだけれども。

 と、ここまで書いてアップしたところで、お風呂からあがってきた夫が「おれのおばあさんの名前思い出した」と言う。「母方はシズエ、父方はアサヨ」「おばあさんたちの旧姓も知ってる」と言う。私が「父方祖母の旧姓はわかるけど、母方祖母の旧姓は思い出せないわ」と言うと夫は「勝った」と言う。勝ち負けはともかく、シズエさんとアサヨさんならば、漢字とカタカナの差はあれど、私の祖母である志ず枝さんとアサさんとほぼおなじ名前ではないか。それなのに「あら、私の祖母たちとよく似た名前のおばあさま方だこと」と思った記憶もなく過ごしてきたことが不思議。そして私の祖母の「志ず枝」さんの文字はもしかすると「志づ枝」さんかもしれない。「ず」だったか「づ」だったのか私の記憶があいまいなのは、祖母自身がその時の気分に応じて自分の名前をいろんな表記で記していたからだと思う。「静枝」と書くこともあったような。     押し葉

新義母電

 お盆に帰省したときに義実家の電話が新しくなっていた。「わぁ、おかあさん、電話新しゅうしちゃったんですね」と言うと義母が「あれ以来わたしゃあ電話恐怖症みたいになってしもうてから、あんまり怖うて仕方がないけん、かかってきた電話番号がわかる電話を買うてきたんよ」と言う。

 あれ以来のあれとは「詐欺顛末」の一連。「うんうん、おかあさん、わかるわかる。ああいうことがあったあとは恐ろしゅうなるもんじゃけん。電話機の便利な機能で済むことはどんどん利用して恐ろしゅうないようにちいとでも(少しでも)安心なようにしときましょう」と言う私に義母は「でもおとうさん(夫の父、義母にとっては配偶者)は『そがあな(そんな)電話機は要らん。これまでの電話(薄緑色のダイヤル式の電話)に戻せ』いうて言うてんじゃけど私が『とりあえず一年使うてみようや。それでやっぱり元の電話のほうがええいうことになったら戻そうや』言うて前の電話はほらここに置いてあるんよ」と言う。

 ああ、そういえば、十数年前に、ある対人的なトラブルにより私がナンバーディスプレイ機能はもちろんのことそれを元に着信拒否設定ができるような電話機を買い求めたときに当時の夫(今の夫と同一人物だが)は「そんなもの要らんやろう」とひどく拒んだことを思い出す。あのとき私は「どうやらくんには必要ないならどうやらくんはその機能を使わなければいいよ。私は自分に必要だと思うから自分で買って使うから」と言い張り着々と購入設置設定した。そういうときのそのへんのとっさの一言がここの父と息子はよく似ているのかしら。結局今は夫も我が家のナンバーディスプレイ機能には随分とお世話になっていて、自分が用事のある電話(家族や知人からの電話や用事のある業者さんからの連絡たとえば山用品屋さんからの「ご注文の品物が入荷しましたよ」のお知らせなど)なら出るがそうでなければ出ないというふうに便利に使っている。

 そういえば私がおしり洗浄機能付き便座を買うことにしたときにも夫は「そんなもん要らんやろう」と購入設置に否定的だった。今住むマンションの便座にはおしり洗浄機能は付いておらずその便座を取り外して自分で買ったおしり洗浄機能付き便座を設置することにしたとき。あのときも私は「うん、私はおしりを洗って気持よく過ごすけど、どうやらくんはこれまでどおり洗わず過ごしたらいいよ。おしり洗い機能を使いさえしなければこれまでの便座と同様に使えるから」と言って注文した。夫は「いや、あるんなら使う」と言いよどみ、設置(設置作業には夫も協力してくれた)後は便座を温める機能など私はまだ冷たいままでいいなと思う時期でも夫は積極的にスイッチを入れて利用している。

 話を電話に戻そう。息子の名を騙る詐欺電話があったあと義母は実家にほど近い小さな家電製品店(大手家電製品店の出張所のような店舗)で「電話番号が表示される電話をください」と言って買い求めたという。お店のひとはナンバーディスプレイ機能がついた電話をつなぐだけでなく、NTTにナンバーディスプレイの申し込みをして月々の利用料金が必要となることを説明してくれる。そのときその店舗にあるナンバーディスプレイ機能付きの電話機はFAX機能もついている一種類しかなく値段も親機子機のセットで一万円ほどだったが義母はすぐに購入して持ち帰りナンバーディスプレイの申し込み手続きをした。

 新しく購入したナンバーディスプレイ機能付き電話を義母がどのように利用しているのか訊くと、FAXは使う気がないから紙もなんにも入れておらず、ただただかかってきた電話番号を電話の前のメモ用紙に書き留めてから電話に出る、という。もちろんそれでもいいのだが、「おかあさん、この電話機じゃったら、安心して出ていい電話番号の人は名前を登録してその名前が表示されるようにできますよ」と言うと義母は「え、そんなことできるん? 携帯電話じゃなくて家の電話なのに?」と言う。「この電話の取り扱い説明書ってありますか」と問うと「捨てちゃあいけん思うてここに取ってある」と出してくれる。「おとうさんが勝手に捨てたらいけん思うて『捨てるな』いうてメモも書いて入れてある」とも。

 取扱説明書をめくりながら「おかあさん、この電話機はナンバーディスプレイの電話番号表示はもちろんしてくれますけど、もしもどうしてもおとうさんがナンバーディスプレイなんか要らんって言うちゃってナンバーディスプレイを解約したとしても、ここの、このボタンを押すと電話をかけてきた相手のひとに『名前を名乗ってください』いうて機械の声が伝えてくれるけん、それで相手のひとが『誰々です』いうて名乗っちゃってからこの人なら安心して出ましょうと思って出ることもできるんですよ」と言うと「ええっ、なにそれ、そんなものがあるん?」と驚く。「うん、おかあさん、この電話機はこの機能が売りでそのぶんいいお値段がする電話機じゃけん。受話器をあげんでも相手の声は聞こえますよ」と言うと、「そんなこと全然知らずに買うて使いようた」と義母は言う。

「おかあさん、あとね、このボタンを押して相手に名前を名乗ってもらったとして、知っとるひとならそのまま出りゃあええけど、全然知らんひとじゃったりこっちには必要のないセールスなんかのときにはこの『おことわり』いうボタンを押すと機械が『恐れ入りますがこの電話はおつなぎできません』いうて電話を切ってくれるんですよ」
「えええええっ、そんなことまでしてくれるん?」
「それかこっちの『ストップ』っていうボタンを押すとそのおことわりさえも流さずに受話器をあげんでもぶちっと電話を切ることもできるけど、それは相手にあんまり気の毒かなと思うてんようなら『おことわり』ボタンを押してあげたほうが相手の人に対してもじゃけどおかあさんのこころが穏やかかもしれんけん」
「あはははは、ほんまじゃねえ、そりゃそのほうがええねえ。でもこのへんの年寄りは短気なけん、電話機の機械の声で名前を名乗れじゃことのいうたら怒ってしまうひともおるかねえ」
「ああ、この家はまだおとうさんが散髪屋さんしようてじゃけん、お店に用事があってかけてきてんひともおってですもんねえ。おとうさんがお店をしようてん(しておられる)間はナンバーディスプレイされるようにしといて、市外局番市内局番がここの家と同じところからじゃったら町内のひとからだと思ってもしかしたらお店のお客さんかもしれん思うて出ちゃったらいいんじゃないですかねえ。市外局番が親戚筋や知り合い関係で心当たりのない番号だったり知らない携帯番号からのときには名前を名乗ってもらってからでもいいんじゃないでしょうか。それでもしも実はお店のお客さんからだったときには『最近詐欺電話が多くて往生しょうるんです』いうて説明したらわかってくれてじゃと思いますよ」
「ああ、そうか、それなら電話番号を全部書き写さんでも番号の最初のほうだけ見て町内か市内じゃいうてわかったら出てもええねえ」
「うん、おかあさん、電話番号書き写そうとしてメモしとってじゃけど、途中で力尽きて最後の4桁まで書けてないのが多いし」
「そうなんよ。しかしこの電話機に電話番号表示以外にそんな便利な機能がついとるとは、わたしゃあ全然知らんかったわ」
「せっかく一万円出して買うちゃったんじゃったらFAXは使わんにしてもこの『名を名乗れ』ボタンは活用したほうがええですよ。この機能は他の電話機にはなかなか付いてない機能じゃけん」
「わかった、機械が言うてくれるんなら自分で言わんでええけん気がらくなわ」
「ほうでしょ。それに機械がそういうて『名を名乗れ』いうて言うだけでも面倒くさがりのセールスや詐欺は退散する傾向があるらしいですよ」
「それはそうなんじゃろうねえ、それだけでも助かるねえ」
「じゃ、あとは、おかあさんの携帯電話に入ってる登録電話番号はこの新しい電話でも名前が表示されるように登録しときますね。これでたとえばえりりちゃん(夫の妹)からかかってきたらナンバーディスプレイのところに『えりり』いうて名前が出るけん電話番号の数字は表示されんけど名前の文字を見てこの電話には『名を名乗れボタン』は使わなくていいなって判断できるでしょ」
「ありゃあ、みそさんはそんなこともできるんね、すごいねぇ、ありがとありがと。番号じゃなしに名前が出るんならそっちのほうがなお安心じゃわ」
「いえいえ、私がすごいんじゃなくて電話がすごいんですけどね。あとこの電話は親機も子機もワンタッチボタンがあるけん、ワンタッチボタンの1番を押したらうちにかかるように、2番を押したらえりりちゃんにかかるように、3番を押したらおかあさんの携帯電話にかかるように設定しときますね」
「え、そんなこともできるん? 私の年寄り向けの携帯とおんなじじゃが」
「そうそう、おんなじです、おかあさんの携帯とおんなじ感覚でこのワンタッチボタンを使うちゃったらいちいち番号調べんでも電話番号の数字のボタンを全部押さんでも電話がかけられるけんらくなですよ。ではさっそく練習におかあさんの携帯にかけてみますよ」

 そうして義実家の新しい電話から義母の携帯に電話をかけ、今度は義母の携帯から義実家の電話にかけて『あんしん応答』ボタンを押したときに「迷惑電話対応モードになっています。お名前をおっしゃってください」と流れる音声がどんなふうに聞こえるのか、『おことわり』ボタンを押したときの「おそれいりますがこの電話はおつなぎできません」が実際にどんなふうに聞こえるのかを義母に体験してもらう。義母は電話機の音声のその失礼のない話しぶりが気に入ったようで「これならこのへんの年寄りでも怒っちゃあないかもしれん」と言う。

 その後メモ用紙に「あんしん応答ボタン」と「おことわりボタン」の使い方、ワンタッチボタンの使い方を大きめの濃い文字で書き「使い方はどうだったかな、取扱説明書を開くのは面倒くさいな、というときにはとりあえずこのメモを見ながらやってみてください」と一通り復習するような流れで義母に電話機のボタンを触ってもらいながら説明し、そのメモを取扱説明書が入っているビニール袋に入れる。義母が実際にこれらの便利機能を使うかどうかはわからないけれど、私の立場で、年に一回の帰省の限られた滞在時間内に、できるだけのことはしたよね、これでもまだまた義両親が(主に義母が)詐欺電話で難儀するようなことがあれば次の対策を考えよう。しかしナンバーディスプレイ電話機を息子夫婦(夫と私)や娘(えりりちゃん)が買い与える前に自分で買ってきて設置したおかあさんえらい。     押し葉

赤イカに、さざえノドグロこだま貝

 先週の日曜日に魚を食べに出かけた。夫が「ボーナスが出たからご馳走するよ、なんでも好きなものを好きなだけ食べてくれ」と言ってくれるのでお言葉に甘えて。行き先はできれば春夏秋冬に訪れたいけど実際は年に2回くらいの頻度で出かける魚料理屋さん。一階の魚売り場で食材を選び二階の食堂でその食材を料理してもらう。

 今回は「夏だし、またおいしいアナゴがいたら天ぷらにして食べたいね」と話しながら出かけたのだけど魚売り場で「アナゴはありますか」と訊くと「今はアナゴの底びきはやってないから入らないねえ」と言われる。「以前夏にここにきていただいたアナゴの天ぷらがおいしかったからまたいただけたらと思ったんですけど残念」と言うとお店のひとも「アナゴの天ぷらおいしかったでしょう、何かアナゴに似たものを見繕ってあげられるといいんだけど、今うちにあるものはどれもアナゴとは全然ちがうものばかりだわぁ」と残念がる。

「では、赤イカをお刺身と天ぷらでいただきます、大きめの一杯を半分ずつで」と言うと「それなら小さいの二杯で一杯ずつ刺し身と天ぷらにしたほうがおいしいよ」と教えてくださり「じゃあ、そうします」と赤イカを二杯。
「それとコダマ貝を大きめのを4個ください、これは焼きで」
「それからサザエをつぼ焼きにしたいので2個」と言うと「大きさいろいろあるから好きなの選んで」と言われ水槽にサイズごとに分別されているサザエの中くらいのもの(お値段も中くらい)を2個選ぶ。
「あとは、ノドグロを一匹。頭は汁で、半身は焼きで、もう半身は煮で」
 ここで夫が「それと岩牡蠣を一個ください」と言う。夏の北陸は岩牡蠣の旬。冬が旬の広島の牡蠣とは異なるゴツゴツとした外観の貝の塊をお店のひとにひとつ選んでもらう。

 二階にあがり席に着く。それぞれの料理法を確認して注文する。単品でご飯を注文、夫は普通盛りで私は少なめで。おしぼりとお茶と箸と小鉢が三品供される。小鉢はバイ貝の煮付けとイカの塩辛とカニのほぐし身の酢和え。私はイカの塩辛が苦手なのだけど夫はふつうに好きなのですかさず私の小鉢の中身を自分の小鉢に入れて全部ひとりで食べてくれる。

 夫と「アナゴがなくて残念だったね」と話す。「こっちのアナゴは底びきなんじゃね」とも。瀬戸内海のアナゴは手に持った糸を垂らして釣る海釣り方式で夫は中くらいの子どもの頃夏になると海に出掛けてアナゴの海釣りしたなあ、と言う。私の父はむかし一時期船での海釣りに凝っていたことがあり夏の夜中に船(当時父は海遊びのために小舟を所有しており当時実家に住んでいた母と弟は父の趣味に付き合って小型船舶の免許を取得したので彼らは小さな船の操縦ができる、当時祖母も同居はしていたが祖母は小型船舶免許は取得していない)を出して海に出かけて行きアナゴを釣って持ち帰る。父は早朝それを台所でさばき、屋外で七輪に火をおこし、さばいたアナゴを焼き、タレを張った長方形の容器に焼き上がったアナゴを漬ける。私達家族が朝起きると食卓に父が焼いたアナゴがあり炊きたてのご飯と一緒に朝ごはんにアナゴをいただくのはことのほかおいしくて、大学の夏休みに帰省していた私は喜んで食べていた。高校の寮で暮らしていた妹も夏休みで帰省していると喜んでそのアナゴを食べる。だから瀬戸内海のアナゴといえば海釣り(あの漁法の正式な名前はなんというのだろう)だと思い込んでいたけれどそれは個人が趣味で釣るからであって商業的な漁として大量に捕獲するとなると瀬戸内海でも底曳き網や延縄漁で行われているのだろうか。

 今回赤イカをお刺身と天ぷらで注文したのはお刺身のほうが早く出てくるだろうからそれを食べている間に他の料理を待つとちょうどいいよねという思いでだったのだけど、実際には天ぷらのほうが先に出てきた。いつもなら天ぷらは天つゆがあってもひたすら塩で食べることが多いのになんとなく天つゆにくぐらせてご飯と一緒に食べたら天丼のおいしさがそこにはあり(あたりまえなのだが)、塩天丼とつゆ天丼を愉しむ形となった。

 夫の岩牡蠣は酢牡蠣で。他にもバター焼きやカキフライなどの調理法が用意されてはいるが夫は「せっかくの岩牡蠣をフライにするなんて」と拒む。

 サザエのつぼ焼きはとぐろの先っちょまでツルリンときれいに取り出せた。夏の海草をたくさん食べて鮮やかな緑色になったサザエは他の季節のサザエよりも一層おいしいような気がする。

 ノドグロは冬に食べた時にはその脂ノリノリの旨味が脳内麻薬を分泌促進しまくりだったが、今回夏に食べてみるとノドグロの身はどちらかというとスリムで脂はややさっぱりとしており冬に食べた時よりもずっと爽やかで清涼でこれはこれでまた冬とはまた異なる種類の脳内麻薬が分泌され食の快楽でラリり気味になる。夏のノドグロだからそうなのか、私達が今回食べたノドグロの個体がたまたまそういうタイプだったのか、どちらなんだろう、と思うけれど、どちらでもおいしいから詳細は求めない。

 すべてをおいしくいただいて、小雨の降る日本海を眺め、満足して店を出る。一階の魚売り場で「前回と今回はコダマ貝を焼いてもらっておいしかったんですが、もしかしてコダマ貝はお吸い物でいただいてもおいしいんでしょうか」と訊くと「汁もおいしいねぇ」と言われる。焼いたコダマ貝の殻の内側にたまった汁のじくっとしたおいしさがあれだけ口に広がるということはこれはハマグリともアサリともまた少しちがう貝のお吸い物になるのではないかと思いながらいただいたけど、そうか、やっぱりそうなのか、よし、次回は小さめのコダマ貝を複数個買ってお吸い物でいただこう。

 休日のレジャーお出かけの気持ちとしては帰りの高速道路でどこかサービスエリアに立ち寄りソフトクリームを食べたら完成度が高くなるよねと話はしたものの私達のお腹は魚で十分にくちくなっておりソフトクリームの入る余地はなかった。     押し葉

夫の五十のお祝いに

 本日のタイトルは『通りゃんせ』の『この子の七つのお祝いに』の歌詞を歌うメロディで読んでいただきたい。

 夫の誕生日プレゼントに予定していた蒟蒻キノコシャンプーが製造販売ともに終了になったため今年は何をプレゼントしようかと考えた。同じ会社の炭シャンプーのサンプルをもらって使ってみたら私が思いの外気に入ったので自分用に購入したが夫は「頭皮のかゆくならないにおわない感は舞健泉と同じくらいだけど洗いあがりが炭シャンプーのほうはちょっときしむなあ」と言う。シャンプーも相当実用的だけどさらにもっと実用的なものでなにかいいものがないかしらと思いを巡らす。

「どうやらくん、誕生日プレゼントね、コンドロイチンはどう?」
「やったー。それ大歓迎。毎日飲むし、買うと高いし、それをもらえるならうれしい」

 コンドロイチンZS錠という医薬品を夫と私はそれぞれに愛用している。購入するのは主に私の勤務先で従業員割引を利用して買い求める。夫に買ってきてと頼まれればお金を預かり職場で購入しレシートをつけて渡す。今回は誕生日プレゼントだから私の財布からお金を出すがいつもどおりラッピングもなにもなしで持ち帰る。職場で「コンドロイチン買いまーす」と言いながらレジを打っていると同僚の事務さんたちが「あれ、この前も買ってなかったですか」と言う。「この前のは私ので今日のは夫の誕生日プレゼントなんです」と答えると「ええええー、誕生日プレゼントにコンドロイチンですか」という声と「えええー、コンドロイチン共用じゃなくて各自別々なんですか」という声が。我が家ではコンドロイチンの瓶の蓋にそれぞれの名前の頭文字(ひらがな)が書いてあり自分の瓶のコンドロイチンを飲む。うっかり買い忘れてなくなったときには相手に頼んで数錠分けてもらったり分けてあげたりすることはあるがそんなことはめったにない。

 持ち帰ったコンドロイチンZS錠を夫に手渡すと夫は「ありがとう」と歓ぶ。「これまで毎年買ってもらってたシャンプーの約三倍の値段かー」と感慨深げだ。コンドロイチンを飲んでいると夫は山歩きをするときの関節がラクらしく私は腰痛になりにくい。もちろん膝関節足首関節首関節なども滑らかに作動しやすく眼球の潤いも飲んでいるほうが調子がよい。ただコンドロイチンは蒟蒻シャンプーに比べるとプレゼントを贈る側である私の気持ちのワクワク感のようなものが少ない気がした。しかし贈る私のワクワクが大きくても『フルート妖怪の参上と退散』のようなことになるとあとの落胆も大きいから、贈る側にももらう側にもいろいろとちょうどいい贈り物ができるといいなあ。     押し葉

詐欺顛末

 日曜日の夜、私の携帯電話が鳴る。義母の携帯からだ。「はい、みそです、こんばんは」と電話に出る。義母は「息子(名前で)は熱を出して寝とるん?」と言う。夫ならこたつに入ってパソコンで遊んでいるけれどおかあさんはいったい何を言っているのかしらと思いつつ「熱は、出てないですねえ。今日も元気に山に登りに行ってきちゃったですよ」と言う。義母は「ありゃあ、じゃあ、さっきの電話はどういうことじゃろうか」と言う。義母の説明によると夫の名前を名乗る人物から義母の携帯電話に電話がかかり「インフルエンザにかかって熱が出て寝込んでいるんだけど携帯番号が変わったから知らせようと思って」という話があり、義母は息子の声とはちがうなとは思ったもののインフルエンザで喉がやられていればそういう声になるかもしれないと思い「大丈夫なんね?薬は飲んだん?病院には行ったん?」とふつうに会話し「気をつけんさいよ、だいじにしんさいよ」と電話を切ったあと義父と「そんなにひどいなら救急車を呼んでやったほうがいいのではないか」と話し合ったところで、ふと、いや待て、これはみそさんに確認してみよう、ということになり電話をしてきたのだという。

 救急車を呼ぶといっても広島で119番に電話して北陸の救急車の手配が果たして可能なのだろうか、息子を名乗る人物からの電話に関する確認を実の息子ではなく嫁にするのはなぜなのか、など気になる点はいくつかありはするとはいえ、とりあえず確認してみようと思いついたおかあさんそれだけでえらいえらいと内心で褒め称える。

 夫と電話を代わり、夫が「おれは元気。携帯番号も変えてない。その電話はそうやって電話番号を知らせてその番号が息子だと思わせておいて後日事故をしたからとか入院するからとか警察に捕まりそうだからとか言ってきてお金を要求してくるのが手口じゃけん、その番号からの電話にはもう出ないようにするか着信拒否設定したほうがいいけどやり方がわからんかったらえりり(夫の妹)に訊いたらええけん」と説明すると義母は安心したようす。

 夫と義母が話している間に私は義妹にメールを書いて送る。今義母から聞いたことと夫が説明したこととこのあと義母からえりりちゃんのところに相談があったらそういうことだからよろしく、と。夫が電話を切ってしばらくすると義妹からメールが入る。「いまおかあちゃんから電話があったよ。明日休みじゃけん早速行って拒否設定してきます。かかってきた番号は警察にも届けておく」とのこと。

 義妹は翌日の午前中には最寄りの警察署に立ち寄りこういう場合にはどのように対処したらよいかの指南を受けてから義母のもとへ向かう。義妹がそんなに素早く動いてくれたのは義妹のフットワークが軽いからというのもあるが彼女としては離婚した元配偶者が犯人の可能性もあると思うところがあるからのようだった。たしかに義妹の元配偶者は金銭トラブルが多くそれが離婚の主な原因だったとは言えるし義母の携帯電話番号という義母本人でさえ知らない電話番号(義母は自分の携帯電話番号をどうすればディスプレイに表示できるかも知らない)を電話帳登録などなんらかの形で知っている人物はごく限られており義母の携帯番号だけでなく夫の名前も併せて知っている人物となるとさらに限られてくる。その点と義妹の婚姻中義母の携帯電話が今の番号だった(義妹の元配偶者も義母の携帯電話番号を彼の携帯電話に登録していた時期がある)ことを考え合わせると義妹の元配偶者が実行犯ではないにしても情報流出源かもしれないと疑いたくなる気持ちはわからなくはない。

 義妹は義母の携帯電話に「登録電話番号以外着信拒否」という設定をしてくれた。これで義母の携帯電話番号宛に電話をかけることができるのは義妹と私達夫婦と義母の姉(夫と義妹にとっては伯母)と義妹の息子たちふたり(義母にとっては孫)のみ。義母の携帯電話はもともと義妹が義母に連絡を取りやすくするために契約して義母に持ってもらっているもので料金を支払っているのも義妹だ。だから義母も身内と通話する以外にその携帯電話を使うことはなく身内以外の人に電話をかけるときは自宅の一般電話を用いる。

 電話で詐欺を働く場合の脚本は子の健康を案じる親心と子から電話がかかってくると嬉しい親心に絶妙に付け込む構成になっているのだろうなあと感心する。そして娘からの電話ではなく「息子から母への電話」というところがこういう詐欺においては重要なポイントなのかもしれない。『オレオレ詐欺』というのは聞いたことがあっても『アタシだけど詐欺』というのはあまり聞かない。「母親としては娘ももちろんかわいいけど息子は…かわいんですよう」と娘と息子をひとりずつ持つ同僚が言っていたのを思い出すとなおのことそんな気がしてくる。

 義妹は「電話は『オレオレ』とかかってきたのにおかあちゃんが勝手におにいちゃんだと思い込んでおにいちゃんの名前を口走って相手に名前がばれたんかもしれんけんそのへんの詳しいことも確認してみる」と言っていたが確認した結果詐欺は最初から夫の名前を名乗ったとそれはたしかだと義母が言うというので今回のケースはそうであったのだろう。しかし夫は実家に電話をするときにまず名前を名乗らない。『電話をかけたらまず名を名乗る教』の信者である私としては夫にもしつこく布教を続けているが布教の甲斐はほぼまったくなく夫は実家に電話をかけても『オレオレ』とすら言わずいきなり用件を話し始める。そのことを鑑みると律儀に名を名乗って電話をかけてくるというところからして息子としてそもそも怪しいよねお義母さんという気持ちになる。

 今回は義母が『とりあえずみそさんに確認してみよう』と思いついてくれたおかげでその後の金銭要求にまで至ることなく済んだが、その後の一連の流れで『あの家は年寄りの二人暮らしだけどすぐに子どもが出てきて警察に届けたり着信拒否したりするから詐欺のカモとしては不適切』だという情報を詐欺業界でぜひとも周知徹底し詐欺対象リストから激しく外してもらいたい。     押し葉

安全キャップをご存知か

 半年か一年くらい前に夕食を摂っていたら向かいの席に座る夫が「これなに?」と橙色のプラスチックボトルを持ちだした。夫の席の隣の椅子にサプリメントのボトル群が箱に入れて置いてあり橙色の容器はそのうちのひとつ。

「それは鉄じゃないかな。書いてあると思うけど。ラベルは英語だけどボトルの上には私が手書きでFeって書いてるでしょ」
「それは見ればわかる」
「なんで鉄を飲むかってこと? 私ほらいろいろ頭痛対策してるじゃん。それで近年結局頭痛のときって酸欠になってるなって気がついたのよ。痛みに耐えてるときってたいていりきんでどこかがこわばっていて呼吸が浅くなっているというのもあるけど、それなら気をつけて深呼吸を繰り返しましょうと思ってそうしてもそういうときっていくら息を吐いても吸ってもうまく酸素が体に入らないかんじがあって。そういうときに鉄のサプリを飲むと同じ呼吸をしても血液中にちゃんと酸素が入ってうまく運ばれて全身に届けられて細胞の老廃物をちゃんと血液にのせて流して戻してくれてそうするとこわばっていた筋肉がほぐれて痛いのがらくになるってわかったから、思い出して飲めるときには飲むようにしてみてるの」
「ほう」
「私の場合鉄の多い食品は好きなものが多いから血液検査で貧血の数値が出ることはないんだけど、数値的に貧血でなくてもさらに鉄を補ったほうが頭痛対策にはいいみたいということは私の体にとっては標準的な数値では足りないということなのだろうと思って鉄サプリをと思っても私はあんまり鉄の加工品の味が得意じゃなくて、あの鉄棒を舐めたような、いや実際に鉄棒を舐めたことはないんだけど、あの味が苦手で、でもここのメーカーの鉄サプリは全然味が気にならなくて飲んだ後に内臓から粘膜全体が鉄臭くなるかんじもなくてこれなら飲めるなーと思って。多少便の色は黒ずむけどそれはまあ許容範囲」
「で、これはなんなん?」
「いや、だから、いま、鉄の説明を延々としたじゃん」
「中身の鉄のことじゃなくて、この蓋、どうやって開けるん?」
「え? それは安全キャップだから安全キャップを開けるように押して回す」
「押して、回す。開かんじゃん」
「あー、どうやらくん右利きなのにだらして(横着して)左手で押して回してるでしょ。ちゃんと利き手でやってみて」
「えー、そんなことあるんかな。右手で押して回す。おおっ、開いた。なにこれ?」
「安全キャップを使ったこと、ない、の?」
「ない」
「ええとね、何を口に入れるかわからない幼子やトシヨリが勝手に開けて中身をむやみに飲まないように安全性を考慮してふつうに回しただけでは開かないつくりにしてあるキャップなんだけど」
「ほえー、世の中にはそんなものがあるんかー。たしかにサルでは開けられんな」
「もうかなり昔からあると思うけど、そうか、うちは小さな子どもを育てることがなかったから、子供用のシロップの薬の瓶の安全ボトルを家で取り扱うこともなかったかあ。私は仕事で取り扱うけど、そうでなかったら使うことないかもしれないなあ」
「で、これ閉めるときはどうするん?」
「閉めるときはそんなに力を入れなくても普通に回すかんじで」
「え、でも、なんか閉まらんぞ。ほら、カリカリカリカリいって空回りするばっかりで」
「ちょっとボトルの蓋壊さないでよ。それは右に回してるから空回りなんであって、左に回せばふつうに止まるでしょ」
「あ、そうか、お、ほんまや。おれがこんだけ開け閉めできんということはそりゃガキんちょやボケたトシヨリには開けられんな。サルには開け閉めできん言うたけど、今おれがサルやったもん」
「どうやらくん、大きくなって、世の中に、安全キャップがあるのを知ってよかったね」
「おー」     押し葉

山小屋の快適

 先週末夫がとある山に行った。お盆明けに一度行ったもののあまりにガスが濃く登頂を断念し帰ってきた山だ。お盆明けのときには一日目に別の山に登り、その後山小屋に逗留、翌朝その山小屋を基点としてもうひとつの山に登る予定だった。そのときその山小屋には多くの登山客が集い大混雑、布団は三人で一枚という状況。この三人というのは家族でも知り合いでもない当日その場でたまたま会っただけのひとで完全なる赤の他人。中にはグループ登山のひとたちもいてそういうひとたちの場合はその三人が同じクループの同性メンバーになるということはまあある。しかし夫のように単独で山に登るひとはこういう場合の同衾相手は必ず見知らぬ他人になる。その日基本的には三人で一枚の布団利用の中、夫が配置されたのは天井の低い屋根裏スペースで立って歩くことができないわけありな場所だったため布団は特別優遇(?)で四人で三枚とされ布団スペースは三人で一枚のひとたちに比べれば少し広かった。
 その日はどのお客さんも山のガスによる霧雨を浴びているから着ていた雨具を室内に干すのと山のガスで湿気た人体からの湿度もありかといって自由に換気できるわけでない山小屋は息苦しかったと夫は語る。このときの遠征から戻ってきた夫は「今回泊まった山小屋はこれまで泊まった山小屋の中でよくないほうの三本の指に入る」と言う。ちなみに今のところ夫の中で最もよくない山小屋として認定されているのは富士山の山小屋だそうだ。夫にとっての「よくない」は「混んでいる」と同義で施設が清潔かどうかや食事の美味しさはそれほど重要視されない、とはいえきれいならきれいなほうがうれしいしおいしければおいしいほうがよいのはそれはそう。

 しかし先週末どうしてもお盆に断念したその山に登っておきたかった夫は再びその山小屋に泊まった。暦がひと月過ぎたからなのか山の空気は八月の時よりさらりからりと爽やかでなによりも宿泊するお客さんの数が劇的に少ない。そして今回はわけありの屋根裏ではなく立って歩いて動ける空間に滞在できなおかつちゃんと一人につき一枚の布団で泊まれた。このとき夫がデジタルカメラで撮影してきた写真を見ると山小屋の食事の内容が八月に泊まった時のメニューと酷似している。

「どうやらくん、この夕ごはんの写真、前回行ったときのメニューと似てるね」
「似てるというか、たぶん全くおんなじなんちゃうかな」
「やっぱりそうなんや。なんかすごいデジャヴ」
「いやあ、やっぱり布団がひとりにつきちゃんと一枚あるといいなあ。同じメニューの食事でも前回とは別のご飯に思えるくらいずっとぐっとおいしく感じたもん。ほんとに同じ山小屋とは思えんくらい快適だった」

 前回は登頂を断念する少し前に吹き荒ぶ山風の中で誰かに撮影してもらった夫の写真があまりにぴいぷう吹く風と霧雨に耐えていますというなんというかしわくちゃな表情と姿勢でなんだか塩昆布みたいだと思ったものだが、今回また同じ場所で撮影してもらった写真の夫はしっかりしゃんとしていた。夫に「わあ、このまえとはちがって今回は顔も姿勢もしっかりしたひとだ」と言うと夫は「このまえがあんまりじゃったけん、今回は写るときにちょっと気をつけた」と言う。

 夫が無理せず撤退するべきときには撤退し、安全にたのしそうにときに山小屋はあまり快適ではないとしてもこの夏この秋百名山の四十何個目だかを順次着実に制覇しているのはなにより。     押し葉

発芽玄米のお好みは

 翌日が出勤日の場合、夫は前の晩にお米を炊飯器に仕掛ける。夫は勤務先には自宅からご飯だけをご飯用プラスチック容器に詰めて持って行きおかずは業者さんのお弁当を会社で購入している。業者さんからご飯もセットで購入することはできるのだが、そのご飯の量は夫には多いため夫は自分がちょうどよくおいしく食べきれる量のご飯を自宅から持っていく。

 夫が夜炊飯器にご飯を仕掛けるときには自分のお昼ごはん用の0.5合と、翌日私が出勤前にご飯を食べるならさらに0.5合、翌日の夕食用のご飯も一緒に炊いて保温しておく場合は二人分でさらに一合で合計二合炊飯することが多いのだが、翌日私がパンやお餅などを食べる場合には私のご飯が要らなくなり、夕食がお好み焼きや焼きうどんやパスタなどの予定の場合は夕食分のご飯が要らなくなるため、その都度私に確認しては炊飯の量を決めている。「明日の夜はお好み焼きだから、夜は要らないとして、みそきちどんさんは?」と訊いてくれて「私のご飯もお願いします」「よっしゃ、わかった、じゃ、一合ね」と言った直後に彼の0.5合だけを計量してセットしていることがたまにあり「ええっ、ええっ、私のぶんは?」と訊くと「わーっ、なんか流れで忘れてた」と言ってからもう0.5合追加してくれることがある。

 一昨日の夜は「明日は、じゃあ、二合で」という話になっていたのだが、夫が寝たあとになって私も寝ましょうと思ってふとキッチンを見たら空の炊飯釜が置いてあり、あれ、あれ、あれ、ご飯が炊いてない、明日夫はご飯要らなくなったんだろうか、でも私はご飯要るし、明日の夕ごはんのぶんも炊いておきたいし、じゃあ私が炊いておきましょう、と冷蔵庫から無洗米と発芽玄米を取り出し水洗いして仕掛ける。

 翌日の夕食の時、夫に「どうやらくん、昨日の夜炊飯器セットするの忘れとったじゃろ?」と言うと夫は「え? でも、おれ今日会社にご飯持って行ったぞ」と言う。

「それは私がセットしておいたご飯じゃん。どうやらくんはセットするの忘れたけどみそきちが炊いておいてくれてよかったなあ、助かったなあ、ありがとう、って思った?」
「ううん」
「え? ううん、ってなんで」
「だって、おれが自分で炊いたと思ってたもん」
「でも、私は発芽玄米好きだけどどうやらくんはあまり積極的に食べようとしない発芽玄米が入ってたでしょ?」
「うん。だから、朝起きて炊飯器開けたときに『うわっ、ご飯に茶色いところがある、焦がしてしもうた』ってまず思って、よく見て『ああー、ちがったー、おこげが大量にできたわけじゃないのか、発芽玄米だったのか』って思った」
「そこで発芽玄米なのは気づいたんじゃね?」
「うん」
「でも、自分が炊飯セットするのを忘れとったけん私が代わりに炊いてくれたんだなー、とは思わんかったん?」
「うん、おれがセットした米にみそきちどんさんが食べたい発芽玄米を追加して入れたんかー、あとから発芽玄米追加したぶんだけの水加減するのよううまくできたなあ、って思った」
「ええー、じゃあ、今、こうやって話をするまで昨日の夜自分がご飯を仕掛け忘れたことに気づいてなかったってこと?」
「うん。今こうやって聞いても本当はおれがいつもどおりちゃんとしかけた気がするくらいじゃけん」
「ちがうよ。昨日の夜はどうやらくんお米仕掛け忘れてたよ。そこはもう素直に認めようよ」
「そうだったんかなあ。それにしてもこの発芽玄米は発芽玄米なのになんかおいしいな」
「でしょ、これはね、ふつうの発芽玄米とはまた別の金芽米の発芽玄米でね、従来の発芽玄米よりもぷくぷくもちもちしてるらしいよ」
「これならおれでも違和感なく食べられるなあ。見た目が茶色っぽいけど食感と味は違和感ないわー」
「でしょ。おいしいでしょ。でもね、これね原材料調達が不安定だとかで今供給休止中じゃけん買えんのんよ」
「休止っていつまで?」
「わからん。また買えるようになるといいね」

 今度夫がお米を仕掛け忘れたときには、私好みに発芽玄米だけで炊飯器セットしておいてみようかな。そうしたら、夫もさすがに、自分が妻の好みに合わせて発芽玄米だけを炊飯したとは思わずに、ああ、おれが炊飯し忘れた隙にみそきちが自分の好きな発芽玄米だけをセットしたんだな、と思うかな、思うといいな。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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