みそ文

大豆のちから

 今年になってから食生活にプロテインを取り入れた。プロテインにはいろんなタイプのものがあるが、私が続けているのはソイプロテイン(大豆プロテイン)。途中ホエイプロテインを試してみた時期もあったが、私の好みとしてはソイプロテインのほうがむいていて毎日2回くらい低脂肪カルシウム鉄葉酸ビタミンD強化牛乳に混ぜて飲んでいる。

 ソイプロテインに比べるとホエイプロテインを飲んでいるときのほうが筋肉のみっちりむっちり感はあった。肌のつやつや感というかぱつんぱつんとしたハリのようなものもホエイプロテインを飲んでいるときのほうが大きかったと思う。でもなんとなくそのみっちりむっちり感やぱつぱつしたかんじがそこまででなくていいな、というか、そこまででないほうがなんとなくらくだな、感じて、筋肉にも肌にもハリを感じるがお腹にもハリを感じてちょっとしんどいかもという感覚があるのもあってソイプロテインに戻した。
 私が使っているソイプロテインはなんのフレーバーもついていないもので、水に溶かせば豆乳味、牛乳に溶かせば豆乳と牛乳を混ぜたような味。甘みをつけたければオリゴ糖なり何か糖分を追加するがたいていはそのままで飲む。好みや気分によってはココアパウダーを添加したりフレーバー付きのプロテインとブレンドするというのもありだろう。私はココアは頭痛対策でやめているし、フレーバーは求めないほうなので淡々と大豆味で飲んでいるが、それはそれでおいしい。

 ソイプロテインはホエイプロテインほどみっちりむっちりとはしないが、ちょうどよくタンパク質として働いてくれる。筋肉がしっかりとしてくれるおかげで腰痛などの体の痛みが少なくなった。皮膚や髪も元気。それ以外にこれはタンパク質の力なんだろうなと感じるのは爪。これまで長いこと足の小指の爪の端のところが割れたり二重みたいになっていたのがいつの間にか平坦で平たいきれいな爪になっていた。

 頭痛対策や逆流性食道炎対策で控えている食材がいろいろとあり食事に不自由が多くても、プロテインを日々摂取するとそれでかなり食事としての満足感が得られる。栄養的に心身ともに満たされるからなのか夜もぐっすりとよく眠れる。

 3kg(1kg3袋)で五千円ちょっとでこれだけの効果や満足を実感できるのはありがたいことで、これまでも豆腐などの大豆製品は好物だったけど、ソイプロテインも利用するようになり、大豆にはこれまで以上に深くお世話になっている。     押し葉

天然アルムの石を濡らして

 私の体は背中に大量の汗をかく。一年の大半は背中にタオルを入れて過ごす。以前はコットンタオルだったが、リネンのタオルを手に入れてからはもっぱらリネンタオルを用いている。首の後ろ側から入れて背中の下で受け止めて平たく真っ直ぐに伸ばして背中の汗をそのタオルで吸い取る。背中側の襟のところにはタオルの端が短いセーラー襟のように垂れる。このタオルを着け忘れると背中が汗でベタベタになる。ベタベタになるとその不快感で集中力が低下するから特に仕事のときには必ず背中にタオルを入れる。真冬の一月二月にはこのタオルが必要なくなる一時期があるが、その期間は一年のうち一ヶ月もあるかないか。背中にたくさん汗をかくのは小さい頃からずっとそうで、背中にタオルを入れるのは日常的で当たり前で、でも私以外の人たちはそんなに背中にタオルを入れていないよな、とは思っていた。美容室でも長時間かけて取り組むようなメニューの時には背中にタオルを入れて行く。最初の頃は「どうやらさん、すごく素敵なお洋服なのに、背中にタオルなんですか」と言われたこともあったが、今では「大丈夫ですか、ちゃんとタオル、入ってますね」と確認して安心してから作業に取り組んでくださるようになった。

 夏になると天然アルム石を使う。アルム石を水に濡らして肌に塗り、水分を乾かしてから衣類をまとう。アルム石を塗ったところは制汗作用で汗が少なくなる。脇や胸の下胸の間などに塗っておくと衣類が汗で濡れるのを減らせて便利だな、ということで、ここ十年かもう少しくらい、夏の間だけなんとなく使っていた。夏の間だけ気が向いたときだけ使う使い方だから、アルム石はなかなか減らなくて、一度購入すると数年以上もつ。石がだんだん小さくなり欠けたり割れたりして使えなくなれば新しいものに買い換える。

 先週そのアルム石を使っていて、ふと、これを背中全体に塗ったら背中の制汗になるのではないか、と思いつく。しかし直径6センチくらいの低い円柱状のアルム石を水で濡らして自分の背中に塗るのはなかなかに難しい。それでは、とお風呂上がりに夫に頼んでみる。夫は「これ、なんなん? なにするもんなん?」と訝しみながらも、私の「天然アルム石。汗が少なくなる」という説明を聞きつつ、背中にアルム石を塗ってくれた。塗った部位をしばらく乾かしてから、シルクの汗取りインナーを着る。汗取りインナーの素材をシルクにする前に比べればシルクになってからはずいぶんと快適にはなったのだけど、それでも、いつもなら衣類を身につけた時点で、背中からもわーっと蒸気が立ち昇り、その蒸気が全身を覆い、熱く息苦しく感じていたのが、背中にアルム石を塗ったあとの体は全然モワモワしてなくてサラリとしている。なにこれ、真冬でもないのにこんな背中になれるの?

 夫もこれまでなら、お風呂上がりの私にはどちらかというとあまり近寄らないように、遠巻きに接していたのが、「これ、すごいな。ベタベタもモワモワもしてないじゃん」と背中をぽんぽんと触りながら感心している。
 こんなに背中が制汗されるということは、これまで背中から出ていた汗はいったいどこへ行くのだろうか、と考えていたら、翌日排尿をする時にこれまでよりも1回あたりの排尿量が多くなっていることに気づき、なるほどと思う。
 お風呂上がりにアルム石を塗ってもらうことで、夜寝ている間の背中が素晴らしく快適で、これまでよりもずっと気持ちよく眠れるようになった。翌日の日中になっても制汗効果はまあまあ持続してはいるが、背中のリネンタオルなしで仕事するのはまだなんとなくこころもとなく、今のところは背中のリネンタオルも併用している。でもこれまでなら仕事から帰って背中から抜き出したリネンタオルはぐっしょりに近いくらいにしっとりと汗を吸っていたのが、アルム石を塗るようになってからはそんなにタオルが濡れなくなった。こんな快適な背中で生きられるようになるなんて。この快適を知ったからにはずっとこの背中で生きていきたい。

 今は毎晩お風呂上がりに濡らしたアルム石を夫に手渡して背中に塗ってもらっている。夫がいる時には塗ってもらえるが、今後夫がいない時に自分で塗るにはどうしたらいいか、自分の手を伸ばして濡れる範囲でよしとするか、床にバスタオルを敷いて濡らしたアルム石を置き仰向けになって背中を石にのせる感じで動いて塗るようにしてみるか、果たしてそれはうまくいくのか。先が輪っかになった孫の手的なものか何かの輪っか部分でアルム石を固定して、濡らしたアルム石を背中に塗れるようなものと出会えるといいような気もする。いい方法と巡り会えますように。     押し葉

動く種

 生協の注文を週に一回行う。カタログを見てほしいものを選び、注文書の商品欄に希望個数を書き込む。利用するカタログ全体に目を通しつつに書かれた商品説明をなんとはなしに読む。「動かなくて食べやすいぶどうです」と書いてあるように見えて「いやいや、ぶどうが動いたら食べにくいでしょ」と思う。そう思ってから「いやいや、ぶどうが動くか」と思い、今一度カタログを見ると、「種がなくて食べやすいぶどうです」と書いてあることに気がつく。「種」の右側と「動」の左側の文字の形が似ているから読み間違えたのだろうか。
 生協の注文作業としては無駄な読み間違いではあるものの、そういう読み間違いがあるのも漢字を読み書きする者ならではの醍醐味といえば醍醐味かしらね、と、気を取り直しカタログページをめくる。     押し葉

予約と着替え

 年末年始になると夫はひとりで帰省する。ひとりで車を運転して。以前は私も一緒に帰省していたが、冬の寒い時期の長距離移動は体にこたえるようになり、もう無理はしないでおこうと決めて、私は留守番するようになった。

 帰省した夫は、同郷の同級生の人と一緒に飲みに行く。夫とは保育園小学校中学校高校と同級生のその人の自宅は夫の実家からもほど近い。夫が広島の実家に着いてしばらくするとその古川くんが迎えに来る。古川くんの車に乗って30分くらい離れた町に繰り出す。飲んだあとはそのままその町のビジネスホテルに泊まれるようにまずはチェックインしておく。ホテルの予約は古川くんがしてくれる。帰省するよりも少し前に夫が古川くんに電話して、何日に帰るから飲みに行こうや、と誘うと、行こ行こ、ホテルの予約はしとくわ、と請け負ってくれる。web予約でシングルルームを2室。

 しかし当日飲みに行く前に夫と古川くんがチェックインしようとすると、なぜかフロントで「予約が入っていない」と言われる。彼らがチェックインしようとしたホテルは飲み屋さんからも近い在来線駅近くの施設。一昨年の年末に訪れたときには、古川くんが予約するホテルを間違っていて、在来線駅前のホテルではなく新幹線駅前の同じ系列のホテル(車で20分くらい離れている)に予約を入れていたことがフロントの方が調べてくださった結果わかった。それでも空室はあったから、新幹線駅前のホテルはキャンセルして在来線駅前のホテルで部屋を取った。昨年末に訪れた時にも、古川くんは予約を間違っていて、今度はホテル自体は間違いなく在来線駅前のホテルにしてはあったのだけど、予約した日付が一ヶ月後の1月末になっていることがフロントの方が調べてくださった結果わかった。その場で1月の予約はキャンセルして空室のあったそのホテルにそのまま泊まることにした。

 という話を夫から聞いたときに、「泊まるときには着替え一式持っていくの?」と訊いたら、夫が「それ」と言う。
「今回初めて着替えのパンツと靴下とTシャツを持っていったら、すっごい快適だった」
「今回まではどうしてたん?」
「なんにも持っていかず手ぶら。遅くまで飲んでから戻ってきて、翌朝はどうせ古川くんの車に乗せてもらって家に帰るだけだし、帰って着替えればいいと思ってたけど、ちゃんと着替えたら気持ちよかった」
「それはそうじゃろう」

 たしかに、一泊くらいのことなら、何も持って行かずに、身につけていたパンツ靴下肌着シャツはホテルのハンガーにかけて一晩乾かしておけば、翌朝また身につける頃にはある程度汗は乾いているだろう。寝ている間はパンツなしで、ホテル備え付けの浴衣なりロングシャツタイプのパジャマなりを身にまとえばそれで済むのだろうし。私の場合はもともと泊まる予定で出かけるときに肌着部分の着替えを持たずに行くというのはまったくない発想で、肌着部分の着替えは必ず持参していた。しかし着替えを持たずに泊まりがけの外出をするというのは、それはそれで自由で身軽なように思える。それでも夫は手ぶらで泊まり自由で身軽であることよりも、着替えを持参して着替える快適のほうを今後は選ぶことにしたみたい。あとは古川くんがホテルを正しく予約してくれるようになれば、安心で快適な会合になるはず。     押し葉

老眼鏡でツンフト

 三月末に老眼鏡を買った。実物が手に入ったのは四月に入ってから。五月の連休旅行に備えて、買おう、と決めた。

 普段の生活でも仕事でも老眼鏡の必要性を感じることはない。仕事で錠剤の刻印を目視する時に『これもだんだんと見えづらくなるんだろうな』と思いはしても老眼鏡を求めるほどではなく、自分はいつ頃老眼鏡を求めるようになるのかなと思っていた。夫は一年半くらい前に老眼鏡を買ってきた。夜寝床に横になり手元灯で本を読む時に老眼鏡がほしくなったらしい。

 夫はレーシックで近視矯正しており、私はフェイキックIOL(ICL)という術式で近視矯正してある。狙ってそうしたわけではないものの、私の右目は結果的にやや遠視気味に、左目はやや近視気味になっている。そのため遠くは主に右目で、近くは主に左目で見て、遠くも近くもよく見えるモノビジョンという便利な状態になっている。

 夫は寝床での読書以外で老眼鏡を使うことはない。朝食を食べるときに食卓に新聞を広げて読んでいるようではあるが、その時には老眼鏡はしていない。夫が老眼鏡を購入する動機が寝床での読書だったのであれば、私はどういう動機で老眼鏡を求めるようになるのかな、やっぱり仕事で必要に迫られてになるのかな、となんとなく予想していた。

 しかし、実際に私が老眼鏡を買おうと決めたのは、仕事のためではなく娯楽のためだった。漫画のコミックスの台詞や説明文の漢字にフリガナが打ってある、そのフリガナが日本語でも英語でもない言語の音で書かれている時とっさにそのフリガナが読めない、その極小サイズのカタカナを読みたい。その漢字自体はフリガナがあってもなくても裸眼で日本語で読めるし、意味もわかる。でもその文章全体を読む時のリズムとしては、作者があえてそこに当てた言語のフリガナの音で読むほうが、漫画の読み手としての私はたのしくて満足する。

 五月の連休旅行でゆっくりと読むつもりで購入したコミックスを一冊持って眼鏡屋さんに赴く。この漫画のこのフリガナがきれいに見えるような度数にしたいんです、と希望を伝える。フレームは軽さとフィット感重視で、レンズはブルーライトカットレンズで。

 五月の連休の旅先ではこの眼鏡をかけてコミックスを堪能した。夫が吾妻山に行っている間に宿のお部屋で、そして夫が蔵王へ行っている間にお宿の食堂で、それから二人で一緒にラジウム岩盤浴に行った時の休憩室の大広間で。老眼鏡をかけるとフリガナの小さな活字までガブガブと読める。たのしいねえ、たのしいよう。「同業組合」のドイツ語フリガナは「ツンフト」。満足。     押し葉

内蓋と洗濯バサミ

 以前「洗濯機の内蓋」という記事を書いたことがある。その内蓋はその後しばらくの間自立をしていたが、ここ数ヶ月から半年くらいの間にまた自立ができない内蓋となった。しかしまた新しい内蓋に交換する気にはなれない。かといってそのままでは内蓋が勝手に閉じて作業に差し支える。どうしようと考えて、そうだ、大きな洗濯バサミで内蓋と外蓋を挟んでみたらどうだろう、と思いつく。洗濯バサミは布団を干す時の布団ばさみほどには大きくないけれど、通常の洗濯バサミよりは大きくて、厚手のものや大きめの物を干す時にガバっと留めるタイプの洗濯バサミ。口が大きく開くので、厚みが10センチ以上あるものでも挟んで固定できる。この洗濯バサミで洗濯機の内蓋と外蓋を挟んでみたら、ちょうどよく固定できて、内蓋は倒れてこなくなった。なんだ、内蓋が自立しなくなったときには、最初からこうして使えばよかったのか、と思わないでもないが、前回の内蓋交換ではいろいろ学習できたから、あれはあれでよしとする。

 洗濯機自体はまだまだ元気に働いてくれている。内蓋が少々不自由なのは残念ではあるけれど、この調子で、できるだけ長い間、毎日洗濯に励んでもらえると嬉しい。内蓋の自立を支えるために使っている洗濯バサミは、私の手指に痛みを覚えていた時期に導入した洗濯バサミで、軽い力で開くのに留める力がしっかりとしているというよくできた製品。ベランダで洗濯物を干す時にも使う度に『いい洗濯バサミだな』と思っていたが、洗濯機の内蓋を外蓋に留めておくのにもちょうどよく使えるなんて、いい洗濯バサミを導入しておいてよかったなと思う。

 手指の痛みについては昨年整形外科で相談し、親指の付け根のところに数回ステロイドと局所麻酔を混合した注射をしてもらったら痛いのが落ち着いた。一時は親指がまったく反らなくなり内側に曲げることもできず日々の暮らしや仕事の作業が思うようにできなくなり実に困った事態になっていたのが、数回の通院で解決し助かった。そういうわけで今は当時ほど手の痛みを覚えることはない。それでも、手指が痛かった時に少しでも手が痛くないようにいろいろ工夫したことは、手が痛くない状態でもいろんな作業を日々らくにこなせる工夫となっていて、洗濯バサミも蛇口も自分の手がらくなようにしておいてよかったよ、当時の自分お手柄だよ、と過去の自分を褒め称える気持ち。     押し葉

耳のかゆみにミストを

 雪道転倒で亀裂骨折した尾骨の痛みは三寒四温に伴うように良くなったかと思えばまたぶり返しを繰り返しつつも着実に回復に向かっている。整形外科の先生から「だいたい3週間から4週間経過で痛みが半分くらいになり、6週間経つとほとんど痛みがなくなるのが基本」と教えてもらっていたとおりに、あともうちょっとで完治しそうな気配。痛みが強かった時期には、そろそろとぼとぼと歩くかんじだったのが、今はだいぶんぐんぐんと伸びやかに歩けるようになってきた。

 雪が終わり三寒四温になるということは春がやってくるということで、春になるということは花粉症が始まるということ。1月の下旬には花粉の先発隊が来ましたねという感覚があり、ザイザルを朝夕2回で1錠ずつ服用し始めた。夕にはモンテルカストを併用している。通年で夕食後にはザイザルとモンテルカストを1錠ずつ服用するが、春の花粉症の時期にはザイザルを朝にも増やす。そして漢方薬の小青竜湯も時々追加する。それでもさらに鼻水鼻づまりくしゃみかゆみがひどい時にはセレスタミンを飲む。目薬は通年で使うパタノール点眼に加えて、かゆみがひどいときにはステロイドの点眼を使う。
 かゆみはいろんなところに出るが、耳の中が痒くなると、んあ、んあ、という感覚になる。かゆいけれどかけない、耳かきでかけないわけではないけど耳かきでかいてもたいして治まらない。そんな時に使うのは市販薬のフェミニーナミスト。勤務先の仕事中に耳鼻科の先生の処方箋を見ると耳や鼻の入り口や中や目の際に塗れるように眼耳用リンデロンA軟膏が処方されていることがあるが、私の場合は別にステロイドを使いたいほどではないのよ、ちゃらっとジフェンヒドラミンか何かを塗れば済むことだと思うの、と、数年前にフェミニーナミストを購入した。フェミニーナミストは売りとしてはデリケートゾーンのかゆみに手軽にスプレーできるというものだけど、そのフェミニーナミストを綿棒にスプレーして綿棒の先を薬で湿らしその綿棒で耳の中に薬を塗る。そうするとしゅうーっと痒みが落ち着く。耳かきでかきむしるよりもずっと早くらくになる。軟膏を塗布したあと独特のネロネロ感もなく、フェミニーナミストを塗ったあとも耳の中はさらりとしていて快適。

 本当は今日の気持ちとしては、洗濯機の内蓋の話を書きたかったのだけど、あまりに花粉が本気なので、つい、花粉症のことを書いた。洗濯機の内蓋のお話はまた後日。     押し葉

ヒーロー長靴

 今回の豪雪ではいろいろとひどい目に遭ったが、個人的には、2月6日の徒歩通勤の帰り道に凍結した路面で転倒して腰を打ったことが最もひどい目だった。
 その痛みはなかなかに強く、寝ていても寝返りをうっても、家で何かをしていても、仕事をしていても、雪かきをしていても、歩いていても、頻繁にうめき声が出てくる痛みで、これは折れてはいないけどヒビくらいは入っているんだろうなあ、と思いながら、手持ちの薬で対処していた。

 できればすぐにでも整形外科を受診して、患部の写真を撮って診察してもらいたいところであったが、仕事のためであれば痛い痛いと思いつつも1時間歩いて通勤することができるのに、整形外科受診のために1時間弱歩く気にはなれず、車で受診するそのためにはまず雪に埋もれた車を掘り出さねばならず、車の前から道路へ続く通路部分の雪かきをせねばならず、しかし道路の除雪もまだされていない状態では、道路に出たところでいつ路上のどこでタイヤが雪に埋もれて滑り動けなくなるかもしれない。普段車で通勤している職場に徒歩で通勤せねばならない状況では、そのための体力気力の温存が必要で、自分の車のお世話は後回しにすることに。

 2月6日の夜に転倒して、そんな毎日を過ごしたあと、2月11日12日の連休でなんとか車を雪の中から掘り出し姿が見える状態にした。雪原状態の駐車場の雪もかかなくてはならないが、駐車場のほぼ中央に位置する私の車から道路までの距離は遠く、自分の車の前だけは雪かきしたものの、そこから先の通路部分の雪が多すぎて道路に出るのはまだまだ無理。

 世の中の道路の除雪が進むのを待ち、駐車場の通路部分が通れる状態になるのを待ち、そうして2月15日に受診した整形外科で「尾骨にひびが入っている」と診断してもらい、やっぱりそうだよね、そんなかんじの痛みだったもの、と思う。尾骨の場合はひびであっても骨折であっても、固定や手術をする部位ではなく、消炎鎮痛剤を使いつつ、回復を待つのが基本とのことで、養生に励むしかない。

 これまで履いていた雪靴ももちろん防水防滑仕様だったが、今回ほどに雪が降り積もり路面が凍結した時には、この雪靴では太刀打ちできない。こういう時には、かつて、冬の北海道(いや、青森か)で借りたことのあるスパイク付きの雪靴がほしい。雪道を歩く時にはスパイクを出して雪面を踏みしめ、建物の中に入るときにはそのスパイクは靴底に折りたたんで収納する。
 普段ならインターネットの通販で買い求めるところであるが、雪で流通が滞り、お届け物が届かない状況ではそれも難しく、実店舗の靴屋さんにて求めてみたら、意外とあっさりと出会えた。「わ。スパイクが付いてる」と喜ぶ私にお店の人は「そのタイプは子ども用にしかないんですよ。おとな用にはないので、サイズさえ合えばぜひ」と勧めてくださる。

 その雪長靴のサイズは23.5cmから24cm、足部分は黒色で、脚部分は青色の地に銀色の稲妻模様。なんとなく何かの戦隊ヒーローっぽいデザイン。足のサイズが大きめの男児を客層に設定した品なのだろう。株式会社ムーンスターのスーパースターというシリーズ。戦隊ヒーローっぽいデザイン部分には、これまでの雪靴でも使っていたフットカバーを重ね着すれば見た目はこれまでと変わらず使える。いい買い物ができた、ほくほくと喜ぶ。

 実際にその雪長靴を履いて徒歩通勤してみたら、それはもう、安定感がこれまでのものとは全然違っていて、これで私は雪面歩行人生に勝った、と確信する。もうこけない。

 しかし、今になって考えてみると、世の中が雪だらけになり、その時すでに1mくらい降り積もった雪道を歩いて通勤した2月6日のあの日、あんなに雪だらけの世の中ならば、これまでの雪靴にアイゼンをつけて歩いたらよかったのではないか、と思う。そうすればうっかり滑って転倒することもなく、腰を打ち付けることもなく、痛い思いをすることもなく済んだかもしれない。うちには夫が山で使うアイゼンがあるのに、借りようと思えば借りられたのに、あの時にはそんなこと全然思いつきもしなかった。歩行を補助するステッキ(杖)だって、雪道用も普通路面用も夫のがあるから借りればよかったのに。その杖を両手に持ってついて歩いても、一本だけ片手に持ってついて歩いても、それでもよかったのに。それだけでもきっと全然違ったはずなのに。

 でも、まあ、結果、こうして、アイゼンの着脱をしなくても済むスパイク付き雪長靴を購入できたからよかったということにしよう。スパイクを出して使わなくても、雪長靴単体としての防滑力がこれまでの雪靴よりもずっとしっかりとしている。雪が少なめで滑りにくい時にはこれまでの雪靴(防水防滑ブーツ)を、雪が多めで滑りやすい時には今回購入した雪長靴を、というふうに使わける。そして補助にステッキを持てばなおよし。安心安全雪道歩行。     押し葉

出張と雪道

 夫が百名山制覇を目指している話は何度かしたことがあると思うが、その活動は今も地道に続いている。

 夫は今週の月曜日と火曜日に関東地方での出張の予定が入った。それが決まった時に夫は「よっし!」と拳を握り、うきうき、わくわくと、出張仕事前の土日を利用して茨城県の筑波山に登る計画を立て始めた。
 月曜日の夜は会社が手配してくれているビジネスホテルに泊まることになっているし、往復のJRの切符は社用費で既に購入してあるし、あとは土曜日と日曜日に泊まるところをさがして予約し、通常の仕事道具と出張お泊り道具の荷造りに足して、山登りに必要な装備を用意したら完璧。
 山登り用の大きなリュックサックに荷造りを終え、体重計で重量を測る。夫が「うわ、こんなに詰め込んでるのに、思ったより軽いな」と言う。何キロなのと訊くと「13kg」と応える。13kgは重いと思うよ、だって、お米10kgひとつと3kgだよ、お米5kgふたつと3kgとも言えるけど、と喩えになっているようないないような言葉が口をつく。夫は「いや、でも、ほら、山に来る人って、いろんな装備を抱えていて、寝袋やらテントやら自炊道具やら背負ってる人は相当な重量抱えてくるし、山で会う人ともよく『その荷物何キロですか? ああ、やっぱり15kg超えるとぐっと重く感じますよね』って話すし。その感覚だと13kgは軽い」と言う。

 こちらでは先週の金曜の夜から雪が激しく降り積もった。土曜の朝、夫は予定よりも1本早い特急列車に乗れるようにと1時間くらい早く家を出たのだが、雪による遅延のためJRの駅でしばらく待つことになり、遅れて発車したものの徐行運転区間が多く、結局はもともと予定していた列車を使ったのと同じくらいか少し遅くなって現地に到着することとなった。
 土曜日の夫はただ自分の遊びのためだけに当日のうちに着けばいいや、くらいの軽やかな気持ちなので、遅延も徐行運転も全然気にならず、ま、太平洋側に出てしまえばあとはなんともないんだし、と気楽に車中で過ごせたらしい。
 しかし同じ列車に乗っている人たちで、遊びではなくその日のお仕事のために移動している人は「いっそのこと運行中止して出発せずにいてくれたら乗らずに済んだのに。遅延でも運行すると聞くと乗らないわけにはいかずに乗ったけど、これではもう今日の午後の会議には間に合わない」と午後の会議には遅れます、もしかしたら欠席になるかもしれません、という連絡を入れるなど気の毒な様子であったともいう。

 夫は土曜日の午後には目的地に着き、宿に13kgの荷物を置き、身軽になった体で浅草に移動する。浅草をさらりと観光し、そのあとはどじょう鍋屋さんでどじょう鍋を食べる。生まれて初めてのどじょう鍋。おいしいといえばおいしいけれど、このためにまたわざわざ浅草に出向くかといったらそこまでではないかな、それにどじょうの身はやわらかかったけど小骨が喉にひっかかって、あー、小骨がー、と翌日まで思ったから、よっぽどなにかがない限りはまた食べることはなさそう。
 どじょう鍋のあとは落語。寄席に入り夕方から最終までの演目を4時間近くかけて見て聴く。夫としては古典落語をたくさん見たいなと思っていたらしいのだが、実際に行ってみたら、最後のひとつ以外はすべて現代落語で、面白いのは面白かったし、さすが東京の都会の寄席で毎日大勢のお客さんを相手に芸を磨いている落語家さんの話は、巧いわ、レベル高いわ、名前を知らない人でもすごいわ、と思ったけど、下調べが足りなかったとはいえ古典落語が少なかったのはちょっとだけ残念だった。

 夫がどじょう鍋と落語を堪能している頃、私は雪に埋もれた車を掘り出すことをあきらめて、徒歩と地元鉄道を利用しての出勤をして働いていた。自宅から最寄りの駅まで、そして職場の最寄りの駅から職場まで、まだ雪かきのされていない雪道をぼすっぼすっと踏みしめて歩き、ふだんの5倍くらいかかる通勤時間をこなしたあと、インフルエンザの患者さんにリレンザの投薬を繰り返した。
 仕事からの帰り道にはさらに雪が降り積もり、職場の最寄り駅からほぼ定時の地元鉄道に乗り込んだものの、乱れたダイヤのため列車たちは線路の譲り合いが必要で、その場で15分くらい線路の順番待ちをするため列車は停車したままとなった。でも、イヤホンでベートーヴェンの5番と7番を聴いているから待ち時間も全然苦ではない。仕事を終えてあとはもう帰るだけだし、帰ったら家にはコーンとなめこのホワイトクリームスープの作り置きがありそれを温めて食べればいいし、これだけ雪が降り積もったら待つ時には待つしかない。しかもこれだけ列車内でベートーヴェンを聴くのが愉しいということは、年末年始に購入したコンパクト版の楽譜を持って乗り込めば、月曜日からの通勤で車が使えないとしても、列車内や駅の待合室で交響曲を聴きながら楽譜を読んで遊んだらたいそう愉しいのではないかしら、と思いつき、途端にそれが待ち遠しくなる。

 日曜日、夫は予定通り快晴の筑波山に登った。標高は800メートルほどでさして高い山ではないけれど、登山口の標高もあまり高くない位置からとなり、思ったよりも登りごたえがあったと満足そう。関東平野と名付けられた関東の平野はどこまでもひらけていて、800メートルの山頂からでも遠くが見渡せて、さすが平野は平野というだけのことはあるなと感心した登山となった。

 土曜日の夜、翌日の登山を目前にして夫が宿でうきうきと眠りにつく頃、私は自宅の窓の隙間から外をちらりと眺めて、私の車も夫の車もほぼ完全に雪で埋もれたことを確認した。あちこちでスリップして立ち往生している車の音が聞こえてくる。うーん、明日は食材買い出しに行かねばだけど、車で行くのが無理だったら徒歩にしよう、車を雪の中から助け出せるかどうかは、明日になってから考えようと決めて寝る。

 日曜日の朝にはさらに車は深く埋もれていた。それでもお昼前後には雪がやみ、太陽が見えてきて、よし、これなら雪かきをする気になるかも、と、しっかりと食事をしてから、汗を吸い取るためのタオルを背中に入れ首に巻きスコップを持って駐車場に行く。耳にはイヤホンでベートーヴェンの5番と7番を流す。

 まずは車の周りの雪をぐるりとよける。今回の大雪の中、ひとつ幸運だったのは、私の車の左隣の駐車スペースがここ数ヶ月借り手がなく空いていること。この空きスペースにかいた雪を置いて作業ができる。そのおかげで作業はうんと楽になる。隣に車があるときは自分の車の周りでかいた雪をスコップで抱えたまま車と車の間を歩いて自分の車の後ろまで運び道路との間に捨てることになる。もちろん車の排気口は十分に確保して。
 ベートーヴェンを聴きつつ作業して、時々手を止めて天を仰ぎ休憩し、垂れる鼻水をリネンのハンドタオルで拭い、黙々と作業を続ける。5番を聴いて7番を聴いて、その次に録音してあるライブの4番と7番を聴き終える頃には、車の上の雪もおろして、その雪もまたよけて、雪かきはほぼ終了した。

 では、これで、お買い物にも出かけられるかしら、と一度帰宅して汗だくになった衣服を着替える。アーモンドミルクを飲んで一息つく。それから買い物用のマイバッグと家計のお財布を持って出かける。車に乗りエンジンをかける。さあ、どうかな、と前進する。自分で雪かきをしたところまでは進めるけれど、その先の駐車場の共用スペースである通路部分の雪に阻まれタイヤが滑る。前進の勢いで雪に乗り上げて雪を潰して走行できたらいいなと思っていたのだけど、あー、これはだめかー、と後退しようとするも、それも滑って動かない。くー、だめかー、と思いつつ、車から降り車の中からスコップを取り出し、タイヤ周りの雪をよける。車に乗って前進と後退を試みる。まだだめだ。またスコップで雪をよける。前進と後退を試みる。それを4回か5回繰り返してようやく後退に成功し自分の駐車位置に戻る。

 これはもう、今日車で出かけるのは無理、と判断する。駐車場の通路部分もだけど、そこから出たところの道路も全然雪かきがされていないから、ボコボコのツルツルでどの車も時速10km以下で走行している。これなら歩いたほうがいいよねと決めて車からおりる。買い物道具を持って、いつものスーパーに向かう。
 予定では先週クリーニングに出しておいたダウン風ジャケットを受け取るつもりだったが、それは来週以降に延期することに。そして、夫からは「バナナとリンゴジュースを買っておいてください」とリクエストを受けていたが、バナナだけ買い1リットルのリンゴジュースを買うのはあきらめる。できるだけ買い物の荷物を軽くしたい。リンゴジュースは夫の日々の食生活に必要なものではあるが、リンゴジュースならうちにある私の仕事中の血糖補給用の125ml紙パックのを飲んでもいいことであるし、こんな時にこんなことで無理をするのはやめよう。
 厳選して購入した食材が入った買い物バッグを両肩にかけ、雪道をボスボス歩く。できるだけ誰かが既に踏みしめたあとのありそうな雪の浅い歩きやすいところを選ぶ。それでも途中何度かつるりと足元が揺らぐ。
 
 月曜火曜の出張仕事を終えて火曜日の夜12時前に帰宅した夫を出迎えた。小田原の九頭竜餅という和菓子と外郎をお土産に買ってきてくれた。夫と私、それぞれの土日を伝え合う。夫は関東地方でテレビニュースを見て「うちのほうはひでぇことになってるなー、なのにこっちは全然雪ないなー、と思った、雪ってなあにっていうくらいだった」という。
 月曜火曜は私はいつも車で通勤する勤務先に全行程徒歩で通勤しており雪道歩行で疲れていた。翌日水曜日の勤務先には徒歩と地元鉄道を使っての通勤予定でコンパクト楽譜とイヤホンはもう用意してあるし、あとは寝るだけの状態で夫の帰宅を待っていたから、夫が入浴している間に「じゃ、先に寝るね、おやすみ、あとはよろしく」とお布団に入った。
 
 水曜日の地元鉄道通勤の列車内で交響曲を聴きながらコンパクト楽譜を読むのは思った以上にたいそう愉しく、仕事帰りに駅で待ち時間(30分くらい)を過ごすのも列車に乗っている間(約15分)もずっと愉快で快適だった。車なら10分ちょっとで帰れる道のりにかかる時間が長くなることがむしろたのしみとなった。同じ時間がかかるのであっても、これが車に乗って渋滞してのことであると、たとえ車内で同じベートーヴェンを聴いているとしても、渋滞の進まない感と雪道での事故を避けつつ運転する緊張とでここまでのたのしみには全然ならない。

 水曜日に帰宅した夫に「鉄道通勤の道中、楽譜で遊ぶのがたいそうたのしゅうございました。大判のフルスコアの楽譜は持っていても同じ曲のコンパクト楽譜を買ってよかった。ミニスコアだからこそバッグに入れて気楽に運べて膝の上で広げて座席でも立っていてもめくって遊べるんだもの。フルスコアではフルスコアでいいけどミニスコアはミニスコアでいい。こんな大雪で鉄道通勤となった今となってはコンパクト楽譜を買っておいた年末年始の自分の手柄を誉めたい」と話したら夫は「よかったねえ」と言ったあと「また明日から急に出張に行くことになった」と言う。今度は九州。「九州に行けるなら、この前の九州出張の時に登ったお山以外の阿蘇に行こうと思えば今度の土日に行けるのに。まだ今回筑波山に登った時に使った山の服の洗濯ができてないし、そもそもリュックサックから荷物すら出してないし、無理だ。行こうと思えば行けるのに無理だ」と残念がる。

 そういうわけで、この木曜日金曜日と夫はまたいない。土曜日の午後に帰ってくる。ということは、日曜日の買い出しのときに無理して1リットルのリンゴジュースを買わなかったのは大正解だった。なんならバナナも買ってこなくてもよかったくらいだがバナナはまあよしとしよう。
 水曜日からは夫がいるつもりで、ふたりで食事をするつもりで買ってきた食材を私一人で消費することになる。今日の仕事を終えた時も、今日は久しぶりに車で通勤できたし、このままお気に入りのとんかつ屋さんに立ち寄って、鹿児島黒豚のとんかつで夕ご飯を済ませて帰ろうかなーと思ったのだが、いやいや待て待て、うちにはいろいろと早く食べたほうがいい生々しい生鮮食材があるじゃないの、と思い直しそのまま素直に帰宅した。そして一人鍋にミル挽き山椒と屋我地島の塩をパラパラとかけて夕ご飯とした。おいしかった。ごちそうさま。
 今日の鍋は鶏がら出汁の澄んだスープで作ったが、明日は今日の鍋の残りに追加で冷凍あさりとチンゲンサイを入れてマッシュルームホワイトクリームスープ缶と牛乳を加えてクラムチャウダー風にしたらどうだろう。おいしいかな、どうかな、おいしいといいな。     押し葉

加湿器の快適

 我が家では冬になると加湿器が大活躍する。愛用しているのはスチームタイプの加湿器で、加湿器の中で熱湯を沸かしその湯気を立ち上らせるタイプのもの。いろんなメーカーのいろんな種類の加湿器を使ってきてみて、それぞれ一長一短ありつつも、壊れては買い直しまた壊れたら同じものを買って使っている機種がある。このタイプの加湿器を買うのはもう4個目だろうか5個目だろうか、というくらい。そんなに上等なものではなく、お値段もお手頃で、数年使って壊れたら、それまでの働きに感謝しつつ、迷いなく捨てて新しいものを購入する。

 最初の何回かは壊れたらその加湿器の全てをまるごと燃やせないゴミとして廃棄処分していたのだが、今年の冬支度の段階で(もしかすると去年の冬支度のときかもしれない。去年のことなのか、今年のことなのか、昨日のことなのか、今日のことなのかがよくわからなくなることが増えている)試運転をしてみたらその加湿器が作動しなくなっており、これはまた廃棄せねばということになった。もちろん同じ機種の予備は既にあり、それを出せばいいだけだ。が、そこで、いや、ちょっと待てよ、壊れた加湿器は本体はだめになっても、中の水を入れるタンクは全然問題ないじゃんね、と思い至る。ということは、タンクだけ保管しておいて、作動中の加湿器の水がなくなったときに交換で入れるタンクとして使えるのでは、と。

 これまでは、作動中の加湿器のタンクの水が少なくなると、加湿器がお湯を沸かす音と場合によっては湯気のにおいで『ああ、もう少しでタンクの水がなくなるのですね』と感じていた。あるいは、完全に水がなくなり加湿器が自動停止したあとになって『ああ、給水が必要になっていたのね』と気づくこともあった。どちらにしてもその段階で加湿器の中のタンクを取り出し、水道まで持っていき、蛇口をひねって水を出し、タンクの水を満杯にして、タンクのキャップを閉じ、タンクに付いた水滴を拭き取って、加湿器本体に戻し、リセットボタンを押す、という一連の作業が必要であった。

 しかし、二個目のタンクがあれば、1個めのタンクが稼働している間に2個めのタンクに給水して加湿器の側に置いておけば、稼働中の加湿器の水がなくなりそうな気配がした時でも給水ランプが点灯したときにでも、その場で二個目のタンクに入れ替えることができる。そして空になったタンクは、その場で給水して用意しておいてもよいけれど、水道の側にしばらくは放置しておき、2個めのタンクが作動している間(7時間以内くらい)に給水の作業をすればよい。

 この「今すぐに一連の作業をしなくても大丈夫」というシステムは、私にとってはたいへんにストレスが少ない。先日のティッシュペーパーの2箱重ね体制もそうだけど、ここにないから取ってこなくてはならないことや、その作業に数十秒以上の時間がかかる、というのがどうも私はあまり得意でない、というか苦手なのであろう。そしてこういう種類の得意でもなく苦手なことは、それを解決する他の手立てを工夫できるなら、残りの人生この年になってまで従来のやり方のまま精進してそのことが得意になるようにあるいは苦手ではなくなるように心がけたり努めたりしなくてもかまわないことであろうと思う。

 加湿器のタンクの水がなくなる時には私の場合はだいたい音でわかる(耳栓をしていてもわかる)から、通りすがりに加湿器の蓋を開け、タンクの水が少なくなっているのを確認し、加湿器を置いている棚の下段に待機させてある2個めのタンクに入れ替える。渇水する以前の交換であればリセットボタンを押す必要もなく、加湿器はそのまま連続で作動してくれる。

 夫は加湿器の水が少なくなった時の音はよくわからないらしく、すでに渇水していてもあまり気が付かない。それでも私の冬の健康のために加湿活動にご協力くださいと依頼してあるから、一応朝出勤する前には、夜の間に少なくなったタンクの水を満水にしてから出かけるのを習慣にしている。夫の休日に私が仕事で、私のいない日中夫が家でひとりで過ごしている間は加湿器が渇水のままだったとしても、私が帰宅する前には満水にして加湿しておいてくれるようにもなった。その手間を惜しんだり忘れたりして、私が乾燥した空間で体調を崩し寝込んだり、寝込みまではしなくても日常生活の稼働力が著しく低下すると、夫にとっても暮らしの質が低下することにつながるし、家族の具合がよろしくないよりは健康な方がよろしいものなので、夫も加湿の手間くらいで、そのよろしさが維持できるのであれば加湿しよう、と思ってくれるようになったのかもしれない。

 冬といえばインフルエンザの季節だが、私の体は何度かいろいろ試してみた結果、インフルエンザワクチンを接種するとその後まるでインフルエンザのようでありながらインフルエンザではないひどい風邪をひくことがわかった。あたかもインフルエンザのごとき重症なのにインフルエンザではないためむやみにインフルエンザの治療薬を使うのはためらわれ、そのくせ治るのに数週間か場合によっては数カ月もかかり、その間の生存の質が著しく低下する。それならもういっそのこと、インフルエンザの予防接種を受けるのはやめて、加湿と手洗いうがいとマスクとビタミンCとプロポリスで予防しようということにした。それでもし感染発症したらその時にはインフルエンザ治療薬を使用するほうがよほど軽症で済み早く治る。

 そうはいっても仕事柄インフルエンザに感染したご家族複数名様に連続してインフルエンザの治療薬をお渡しし使い方を説明する機会は必ずある。そうすると、あ、まずい、このままだとたぶん発症する、という感覚を抱くことがある。そういうときには、ささっと麻黄湯を服用し、帰宅してからも寝る前にもう一度麻黄湯を飲んで早めに就寝する。翌日もまだちょっとまずかなーという感覚があれば、1日3回か4回こまめに麻黄湯を飲み、手洗いうがいの頻度を上げる。

 これだけの手間をかけたとしても、自分が存在する空間の湿度が低い状態では、手間をかけた効果は十分に得られず、鼻の奥から喉にかけての粘膜が簡単にやられる。一度やられた粘膜が回復するにはこれまた時間がかかり、その間は痛みと違和感があり、痛みと違和感がある間は仕事の質も生活の質も睡眠の質も低下する。

 だから、私の冬の暮らしにとって加湿器はもはや必須なもので、その加湿器をより快適に、加湿器そのもののお世話にかかる手間のストレスは少なめで、加湿器の働きの恩恵に与ることができるとありがたい。自分で自分の身体のお世話をするのにも、加湿器のタンクに給水するたびにいちいちうっすらと面倒くさく感じるよりは、はいはい、ここに既に用意してある満水タンクに交換すればいいだけね、と気軽に取り組めるほうが、より質のよいお世話をしやすい。

 そう思うと、これまでの約10年前後かそれ以上の間に、少なくとも3台は、もしかするとそれ以上の個数、今使っているタイプの加湿器を廃棄してきたのであるが、あのとき捨てたタンクが手元にあれば、タンク3個態勢や4個態勢にできていて、給水作業の頻度がもっと少なくなっていたのではないか、と思いそうになる。しかし、何年も前に捨てたものに関して今更惜しむのは、なんというかある種のお門違いであろうから、今後もしまた今使っている加湿器を捨てることがある時には、タンクの部分だけは予備に取っておき、水を入れたタンクを複数待機させる体制にして、我が家の冬の加湿生活をこれまで以上に快適で安定したものにしてゆきましょう、そうしましょう。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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