みそ文

白山と帽子

 通院先の待合室で私を見つけると声をかけてきてくださる方がいる。最初に声をかけてくださったのは、8月の上旬。手術をして退院した後の患部チェックと、その後始める化学療法の日程相談受診の日。

「ねえ、ねえ。7月の半ば過ぎ頃、入院しとられた人でしょう? 6階の端っこのお部屋じゃなかった?」
「はい、ええ、6階の端っこにいました。もしかすると廊下でお会いしたことがありますか?」
「そうよ。私が廊下をウォーキングしてた時にあいさつして、廊下で手すりにつかまって何か運動しとられたでしょう?」
「はい、はい、それ私です、ストレッチと筋トレしてました」
「やっぱりそうよね。そうじゃないかと思って声をかけたの。私は乳がんで片方全部取ったんだけど、あなたは?」
「私もです。右側全摘しました」
「ねえ、こんなことになるなんて、びっくりよー」
「ほんと、びっくりですよねえ」
「検診か何かで見つかったの?」
「はい。ずいぶん前に一度検診でひっかかって、その精密検査を受けた時には異常なしで終わったんですけど、その後また検診でひっかかって、精密検査を受けて、それからは念のために定期的に経過観察していて、それで何年か経って、経過観察は今回を最後にしましょうかね、という予定だったんですけど、その最後のつもりの経過観察で小さな乳がんが見つかりまして。やはり検診で見つけられたんですか?」
「ううん。私は乳がん検診は受けたことがなかったの。自分が乳がんになると思ってなかったから」
「ええっ、それは…。じゃあ、どうやって見つかったんですか?」
「少し前に風邪を引いて、その後に胃の具合がわるくなって、かかりつけの先生に診てもらって、先生に出してもらった薬で風邪と胃はよくなったんだけど、ついでだからと思って、先生に『乳首から血みたいな汁が出ることがある』って話したら、『なにそれ、ちょっとよく見せて』って言われて、触って診てちょうだって、『うちでは検査できる機械がないけど、これはすぐに紹介状書くから、うちから電話して予約も入れておくから、できるだけ早く検査して詳しく診てもらって』ってことになって、ここの先生が専門だからって紹介してもらってね。診てもらったらもう6センチくらいのがんができてたのよう」
「ええー、それだけ大きかったら自分で触ってもグリグリした異物感があったのでは?」
「自分では触ってないからわからなくて、ただ、なんか血みたいな汁が出るなー、とだけしか」
「その血みたいな汁はいつ頃からですか?」
「そうねえ、半年か一年くらい前からかなあ」
「うわあ、そんなに長く放置したらだめですー」
「ねえ、今にして思うとそうだったのよねえ。でもまあ、ここの先生、やさしいし丁寧に説明してちょうだるでしょ。見つかって手術で取ってもらえたからそれでいいかなと思ってるの。術後は順調?」
「はい。痛い以外は元気です」
「痛いの?」
「ええ、手術直後は激痛で、その後もずっと元気なのに痛みだけはあって、今も痛いんです。痛みはないんですか?」
「うん、たぶん痛くないと思う。私も手術のすぐあとだけは痛み止めの点滴をしてもらったけど、その後は誰も痛み止め要りますかって訊いてこられないし、痛いのは痛いけどこんなものなのかな、我慢できるかできないかっていったら我慢できるかな、たぶん切腹よりは痛くないから我慢できるんじゃないかな、と思ってそのままにしてた。あれ、我慢せずに痛いって言ったら痛み止めもらえたのかしら」
「はい、きっと」
「それで、抗がん剤もするの? いつから?」
「何もなければ8月中旬くらいからかなー、な予定なんですけど、今日の診察で決まるんです」
「私も、私も。でもお盆にかかるのはいやだから、先生に、お盆開けてからにして、って頼もうと思ってるの。白山にも行っておきたいし」
「白山、行かれるんですか?」
「そうよ、もう320回くらい登ってるよ」
「さんびゃく、にじゅっかい、ですか。それは、すごい」
「白山、大好きなのよ」
「たしかに美しいお山ですよねえ」
「ねえ。それでね、抗がん剤すると髪の毛抜けるでしょ」
「そうなんです。そう思って、今からもう、こうして、帽子をかぶる練習をしてるんです」
「その帽子すごくいいわね。どこで買ったの?」
「これはアマゾンです。抗がん剤用の帽子は病院の売店でも売ってますけど、他にも見てみようかなーと思ってさがしたら、いろいろありました」
「売店のは私も見てみたけど、なんかイマイチだったから、どうしようかなーと思っていたの。それ、いいわ。アマゾンね、わかった、私もアマゾンで見てみるわ。ところで入院してた時、朝は何時頃に起きてた?」
「病院の起床時間が朝6時でしたよね。だいたいそのちょっと前くらいに目が覚めて、鳥の鳴き声のおはようございますの放送が流れてから起きて、うがいして顔を洗い終わってしばらくしたら、検温と血圧測定と手術した部位の状態確認にナースさんが来られていたような」
「やっぱり若いと6時くらいまで眠れるのねえ。私くらいの年になるとそんなに長く寝られなくてねえ。4時過ぎには目が覚めてしまうのよ。それで私ね、入院中の同じ年頃の女の人に声をかけたりかけられたりして仲良くなった人たちと、毎朝5時くらいから一階の談話スペースで自動販売機のコーヒーを買って飲んでおしゃべりしてたのよ。みんな同じような年の頃だから、早くに目が覚めるんだけど、あんまり早い時間に洗濯しても迷惑だし、かといってベッドでじっとしているのはつらいし、でもまだ寝ている人がいるのにうざうざするとわるいから、誰もいない一階に集まってね」
「あそこだったら、早朝は出入りする人もいなくて、集まっておしゃべりするのにはいいかも」
「でしょう、昼間はそうでもないけど、早朝はあそこけっこう年寄りの入院患者が多いのよ」

 それから約二か月経過して、今日病院で会計待ちをしていたら、その方がまた私を見つけて声をかけてくださった。

「こんにちは。今日はもうおわり?」
「あ、こんにちは。白血球が低くて一週間延期になったんです」
「私も私も。おんなじやね。体だるいし、吐き気するし、抗がん剤てしんどいね」
「しんどいですねえ」
「しんどいなあ、と思うたびに、原爆で被爆した人たちはどんなにかつらかっただろうと思うのよ」
「ああ、私、広島の出身なんですけど、被爆したことによるいろんな体調不良もですけど、被爆の影響でがんになった人も少なくないみたいで」
「まあ、そうなのね、きっとたいへんだったんでしょうねえ」
「あ、そういえば、あれから白山は行かれたんですか?」
「行った、行った」
「わあ、すごいですねえ」
「たのしいことをしている時には、しんどいのも気が紛れるから」
「ああ、それは、たしかに、よくわかりますけど、今の体で白山に登るのも、登ろうという気持ちになるのも、すごいです。もともとの体力がしっかりしておられるんでしょうねえ」
「あ、でも、私ね、前回の抗がん剤のあと、このまえまで入院してたのよ」
「1クール目は全員入院ですけど、通院で2クール目をしたあと、ですか」
「そうなの。2クール目のあと、なんかすごくしんどくなって、熱も出て、先生にしんどいって言ったら、白血球が800まで下がっているし(下限値は3300)感染症にかかるといけないから念のため入院しましょうか、って言われて。先生に、私、一人部屋はさみしいし、広くて高いお部屋はイヤだから大部屋がいいって言ったんだけど、大部屋では感染症対策の意味がないからね、隔離のための入院だから個室にいてね、って言われてねえ」
「それはそうです。白血球800って、それは、かなり危険」
「白血球上げる注射はした?」
「はい。1クール目のあとも、2クール目のあとも、5日連続で。あの注射痛いですよね」
「うんうん痛い痛い。白血球、どのくらいまで下がったの?」
「今日は1700でしたけど、2クール目のあとは1200でした」
「それもだいぶん低いねえ。抗がん剤治療もなかなか計画通りにはいかないものなんやねえ。でも今回3クール目の抗がん剤が延期になって、ちょっと助かったわ」
「延期になると、その分少し、体調が回復しますよね」
「お山に行くなら、抗がん剤直後よりも、抗がん剤延期中の体のほうがらくかなー。もともと、今日抗がん剤をしたとしても、来週には白山に行く予定だったのよ」
「え? ええー?」
「お友達が白山400回記念でね、白山仲間でお祝いで登ることになってて、私の荷物は全部みんなで持ってあげるから、体ひとつで登ればいいからって言ってくれるから、それなら行けるかなー、と思って」
「それなら行けるんですかー。それはもう、荷物は皆様に持ってもらってください。それにしても400回ですか。この前お話してくださったときに白山にかなり登ってらっしゃると伺ったような、三百…」
「320回よ」
「うわー。400回とか320回とか、どうしたらそんなにたくさん登れるんですか」
「それはね、毎週登るの」
「やっぱり、そのくらいのペースなんですね」
「先生やナースさんにも、お山に行ってもいいですか、って訊くんだけど、先生は『行っても大丈夫ならいいよ』って言われるし、ナースさんは『人の多いところへ行ったら、手洗いうがいを頻繁にしてくださいね。出かける体力気力のある時には出かけて、たのしい思いをしたほうが白血球も増えやすいかも、っていう考え方もあるんです』って言われるし、いいよね」
「白山は人気のあるお山ですから人が多めかもしれませんけど、それでも下界よりはずっと空気がきれいでしょうし」
「主人は心配を通り越してあきれているけど、何かたのしみがないと、この治療、やっていけないもんねえ。でね、荷物はみんなが持ってくれるけど、お祝いの句会をするから、俳句を最低一個は作ってくるようにって言われてるのよ」
「宿題があるんですね」
「そうなのよー。山小屋で一泊してね、みんなで自炊するの」
「え、登るだけじゃなくて山小屋泊まで? 白山なら日帰りよりは泊まったほうがらくなのかな」
「そうよ。みんなだいたい70代の人ばかりだからね」
「みなさん、お元気なんですね…」
「うん、元気元気。ところで髪の毛どう? 私はだいぶん抜けたよ。ほら、こんなかんじ(と帽子を脱ぐ)」
「私もかなり抜けました。生え際はまだ残っているんですけど、中の方はこんなかんじでもうほとんど(と帽子をずらす)」
「あらー、それはまだまだ、私よりもずっといっぱい髪の毛あるわー。抗がん剤で髪の毛が抜けるって聞いて、かつらのことも考えたけど、買わなくてよかったわ。帽子だけしてればいいわー。あ、私の番号呼ばれた。じゃ、行くね、またね」

 と元気に去って行かれたその方が頭にかぶっている帽子は、病院の売店で売っていたものとも、私が買ったものとも異なるもので、その方にとてもよく似合っていた。     押し葉

気長にぼちぼちと

 3クール目のゾンビになる気満々で化学療法室に行き、採血後検査結果が出るのを待って診察室へ。本日の白血球が1700と低値であったため、3クール目はさらにもう一週延期しましょう、ということになり、ゾンビになることなく帰宅。
 AC療法は3週間ごとに薬を体に入れることで血中濃度を維持する方法であるから、本来であれば3週間ごとに行うほうがいいのはいいのだけれども、それで体を壊しては本末転倒なので、ここは無理せず、4週間をあけたところに、さらにもう一週間をあけて5週のあいだをあけることに。もしかすると来週採血してみてもやはり白血球がまだまだ低いね、ということになれば、さらに延期したり、白血球を上げるノイトロジン注射を使うなどまた考えることになりそう。

 病院に出かける前に、ルンバを放牧しておいたので、帰宅したときにはダイニングスペースがきれいになっていて、すっきりさっぱり。

 きっと、今後もこんなかんじで、計画通りに運ばないことがいろいろありはするのだろうけれど、気長にぼちぼちと治療に取り組んでいきましょう。     押し葉

蓋を閉じて二度流す

 1クール目から3週間の間をあけて、1クール目と同じように標準量の1割減の薬剤量で行ったAC療法2クール目のあと、予定では3週間あいだを開けて3クール目を行うことになっていたが、白血球の低下が著しいことと、白血球を上げるためのノイトロジン注射を受けても上がり具合が緩やかなのと、白血球がこういう数値だと体調の戻りにも時間がかかるはずで、治療もだいじだけど、体と命はもっとだいじ、ということで、1週間延期して、4週間あいだを開けて3クール目からは薬剤量を標準量の2割減にして治療を行うことになった。
 という話を妹にしたら、妹から「安上がりじゃん」というメッセージが届いた。

 実際、アドリアシンもエンドキサンも、もちろんノイトロジンも、高価な薬であるから、少ない量で十分に効くならば少なければ少ないほうがありがたい。しかし標準量の1割減でも2割減でも十分に効くのであれば、標準量自体がもっと少なくてもよいのではないか、と思いそうになるけれど、十分に効果のある範囲の上限あたりを標準量に、下限を減量可能な量に設定し、上限の標準量で行うことで安全でなおかつ十二分に効果があるようにしておきたい気持ちはわからなくはない。

 抗がん剤は、何十年もかけて、研究開発が重ねられ、その効果に実績があることも、いろんなことが改良されてきたことも知っていて、ありがたいことだな、と思いつつも、実際自分が使ってみると、これはまだまだあまりにも、改善の余地があり過ぎであろう、と感じる部分が多くある。

 AC療法の点滴をして2日から3日は、自分と同じトイレを使う人に、抗がん剤の代謝物であっても、飛沫がかかって皮膚に付着することがないように、排泄後は一応念のため、便器の蓋を閉じて2回流すことになっている。1回目の流水では流れず便器内にわずかに残った代謝物に次の人の尿がかかって飛沫となったとき、その代謝物が飛び散って排尿中の人の皮膚に付着するかもしれない危険を避けよう、ということなのかな。
 排尿後の二度流しに関しては、あくまでも一応念のためにであって、かけ湯をしてから入る湯船の共用は問題ないし、抗がん剤合治療中の人が子や孫などともに入浴するのも問題ない。

 AC療法の点滴を行ってくださるナースさんは、エプロン、手袋、マスク、ゴーグルと完全防備で臨んでくださる。万が一何かの事故で抗がん剤原液が飛び散る事態が生じたとしても、薬液を浴びることがないように安全対策がなされる。これは抗がん剤点滴用液の調剤を行う薬剤師も同じで、完全防備で無菌調剤室で調剤を行う。
 抗がん剤はがん細胞を退去させる作用があるが、がん細胞以外の正常な増殖細胞に対しても作用を持つため、がんでない人が抗がん剤に直に接触することは避けたい。
 しかし、体内にがんあるから、あるいは手術で摘出するまでがんがあったから、まだ体内にがん細胞が残っている可能性があるから、といって、かように危険なものを人体に注入するということ自体、薬としてそもそもどうなのよ、体に入れるなら、使うなら、もっと安全なものにしてゆかねばならぬであろう、という気持ちが湧いてくる。

 基本的な流れとしては、取り扱いの危険が少なく、体の負担の少ないものにしてゆく改良や工夫が日々続けられているはずで、いくつもの過去の研鑽による恩恵を今の私が受けているように、今現在の積み重ねが未来のどこかでこの治療に関わる人々の安全や安心につながることを願い信じつつ、明日の3クール目に臨んでくるつもり。
 2クール目と3クール目との間が4週間あいたおかげで、体調はずいぶんと回復して、生きるのが少しらくになってきた。明日からはまたゾンビとなり、生き延びるだけで精一杯な日々になるのだろうとは思うが、とりあえずそれなりに生き延びようと思う。     押し葉

ハムスターに感謝して

 現在使用中の抗がん剤はアドリアシンとエンドキサン。作用は全身のがん細胞に退去を促すこと。ただ多くの抗がん剤はがん細胞に退去を促すことはできるものの、がん細胞だけでなくがんではない正常な増殖細胞全般にも退去を促す作用を持つため、本来体に必要な細胞にも退去を促すという副作用がある。
 正常な増殖細胞のひとつである毛を生やしたり保ったりする細胞にも退去を促すため毛が抜ける。頭髪から順に、眉毛、まつ毛、鼻毛、腋毛、陰毛、胸毛やすね毛がある人はそれも、そして全身の産毛まで。
 毛が抜けると、汗を毛に保持できなくなるため、汗が流れ垂れてくるらしい。毛があれば、頭皮の汗は頭髪や、垂れてきても眉毛のところである程度留められるのだが、頭髪や眉毛がないとそれができず、最後の砦であるまつ毛までなくなると、汗が目に入ってくるという。
 そうなったときに備えて、シルクターバンをつけているので、これで汗垂れ対策がうまくいくといいなと思う。

 脱毛以外の副作用は、吐き気、だるさ、息苦しさ、口内炎、出血、そして骨髄抑制。
 吐き気対策は吐き気止めのイメンド、デカドロン、プラミール(プリンペラン)でまあまあ抑えられる。あくまでもまあまあで、AC療法当日から5日間くらいは吐き気目盛り8くらい、7日目くらいまでが7くらい、その後6,5,4と下がってきて、その後は3くらいの吐き気がうっすらと続く。
 吐き気止めにはそれはそれでお世話になりつつ、自分でも吐き気が少なくて済むように工夫する。

 私にとって効果が高くて続けやすいのは氷水。冷水を口に含んで飲み込むと吐き気が少し紛れる。温かい飲み物や常温の飲み物は気持ちわるくてやや飲みづらいが、10日目以降になると食事のときには温かい汁物もおいしく口にできるようになる。
 だるさ対策の薬は特になく、だるさと息苦しさがあれば、座ったり横になったりして休憩をとりながら生き延びる。
 口内炎と口内出血対策は、まずはオーラルケア。食後はすぐにうがいをし、食後1時間以内に歯磨きをする。日中は1時間から2時間おきにうがいをする。これに加えてちょくちょく氷水を飲むのも結果的にオーラルケアになるようだ。夜中にもベッドサイドに氷水を置いておき、中途覚醒したときにはストローで吸って口に含んで飲み込む。薬はトラネキサム酸とノイロビタンを処方してもらい、出血時は毎日まじめに、そうでもないときは粘膜の腫れが気になるときに、対策としても予防としても服用する。

 骨髄細胞も増殖細胞なので、抗がん剤は骨髄細胞にも退去を促す。そうすると骨髄の中にいる白血球や好中球が退去を促され、数値が低下する。これらの数値が低下すると、感染症にかかりやすくなり、生き物としていろいろ危険なのだが、何かを食べたり飲んだり生活習慣を気を付けたりして増やすことができるものでもない。
 というわけで、ノイトロジンという白血球を増やしてくれる皮下注射液にお世話になる。

 このノイトロジン注射は液体としては、なんというか、ややかたく、注入時になんともいえない痛みがある。通常の採血や注射は特に苦手なわけではないのに、このノイトロジン注射を受ける時には、「う、い、痛い、痛い、痛い、痛い」と強く思う。
 おそらくこの注射は痛いので有名なのだろう。注射を担当してくださるナースさんがどなたも毎回「これ痛いですよね」「痛い、痛い」「あと少し」「がんばって」と応援しながら注射してくださる。
 少しでも注入時の痛みが紛れればと、息を吸い続けてみたりもしたが、なかなか思うように紛れない。

 という話を妹にしたら、「音楽療法をしてる人の話では、注射してるのと逆のほうの手でマラカスを鳴らすと痛みがなくなる、らしい」と教えてくれる。
 私の通う病院の採血注射室の中でマラカスを鳴らすのは、私としてはどうなんだろう、なのと、そのためにマラカスを買ってもその後の使い道がなさそうだよな、だったので、要は音なりなんなり別の感覚刺激で気が紛れればいいんだよね、と考えて、普段最もよく聴いているベートーヴェンの交響曲をイヤホンで大音量で聴きながら注射を受けることにしてみた。

 ナースさんにその旨相談し、注射前の確認事項を終えたら、すでに音楽が流れているイヤホンを両耳に入れる。その状態でノイトロジン注射を受けると、あれ、あんまり、痛く、ない。少しは痛いけど、普通の注射よりちょびっとだけ痛いかなどうかなのレベル。
 こうして、ノイトロジン注射を受けるときには、毎回この作戦でいくことにして痛みの問題は無事解決。そんな私を見てナースさんたちが「いい方法を思いついてよかったねえ」「他のノイトロジンの人にもこれは教えてあげないと」と話される。

 抗がん剤の副作用で白血球が減り、減った白血球を増やすためにノイトロジンを使う。ノイトロジンは白血球を増やしてくれるが、停滞中の骨髄にやや強制的に緊急稼働させるからなのか、副作用で骨が痛くなる。この骨痛はノイトロジン使用者全員に生じるわけではないが、骨が痛くなる人は痛くなるらしい。
 痛みの種類としては、インフルエンザ感染時の関節痛の骨バージョン。部位は私の場合は、まず腰、それから太もも、胸、すね、と痛くなる。
 痛くなったらカロナール500mgで対応する。ロキソニンテープも使う。こうしてノイトロジン注射の副作用をやり過ごしている間に、白血球がぐんぐんと増える。はずなのだが、私の体は3日間のノイトロジン注射では十分に標準値まで上昇しないため5日連続で注射する。

 前回の1クール目の後13日目から水木金土日とノイトロジン注射を受けた。そして今回2クール目にも13日目の水曜日から水木金土日と受けている。前回は注射して3日目には白血球が下限値にぎりぎりちょっと足りないくらいまで回復したのだが、今回は水曜日が1200で最低記録を更新し、今日の金曜日が2500と下限値の3300よりかなり低い。
 それでも5日注射すれば、標準値内に戻りはするだろうが、これだけ白血球が減りやすい身体の場合は、あくまでも補助療法ですから、安全を優先しましょう、ということで、3クール目のAC療法は、1週間延期することになった。

 もともとの予定では、9月27日金曜日に行うつもりでいた3クール目は10月4日に行う。
 そして、薬の量も、1クール目2クール目は標準量より1割少ない量で行ったのを、3クール目と4クール目は標準量の2割減で行うことになった。
 まあ、それでもきちんと効果はある量ということではあるし、私の体のことだから、自分にとってちょうどよい量にしてもらえるように、白血球の数値を調整してアピールしてくれているのかもしれない。

 ちなみに生物由来製品であるノイトロジン注射の原料である生物はなにかというとチャイニーズハムスター。という話を妹にしたら、妹から「ハムちゃん、ありがとう」というメッセージが返ってきた。ハムスターに感謝しつつ、自分の骨髄を応援したいと思う。     押し葉

まっくろくろすけ出てきたね

 8月28日の夜は、ヘアキャップとシルクターバンとニットキャップをかぶって眠った。翌朝起きても、特に被り物のずれはなく、枕への脱毛付着もなく、これならそれほど苦労せず脱毛のお世話をしていけるかしら、と思う。
 しかし抗がん剤脱毛の世界はそんなに甘くなかった。剛毛多毛はその生えっぷりも立派だが、抜けっぷりも激しい。
 翌日翌々日と日を追うごとに脱毛量が増え、数日後には朝起きると、ヘアキャップもシルクターバンもニットキャップもきちんとかぶっているのに、その繊維の網目を突き刺し抜け出してきた髪の毛が枕にびっしり張り付いて、うーわー、な状態に。
 そんなこともあろうかと、枕カバーには使い捨ててもいい劣化したシルクインナーをカバーオンカバーとしてかけてあるから、そのまま捨ててもいいのだけれど、せっかくコロコロもあることだし、と、コロコロとしてみたら全部きれいに取れたので、劣化したシルクインナーは洗濯してまた枕カバーオンカバーとして使うことにした。

 急激に髪の毛が抜けた頭皮は、痛い。髪の毛が抜けるのは聞いていたけれど、それで頭皮が痛くなるのは知らなかった。痛いといっても激痛や鈍痛ではなく、じりじりちりちりとした痛み。

 しかし毎朝こんなに大量の抜け毛が付着した枕のお世話をするのは、かなわんなー、と思う。使い捨てヘアキャップは使い捨てればいいけれど、洗って何度も使うシルクターバンとニットキャップに突き刺さった抜け毛を取る作業が面倒だ。
 
 9月2日の朝にふと考える。
 頭を洗うときに髪が抜けると排水口のお世話が何度も必要で大変だけど、水もお湯もなしで、乾いた状態で、この際、抜けたいだけ抜けさせてやったらどうだろう。
 とりあえず現状これ以上は抜けません、というところまで持って行けば、こんなに大量の抜け毛がヘアキャップやシルクターバンやニットキャップから出てくるのはなくなるのではないか。

 では、と、バスルームの入り口に踏み台を椅子として置き腰かける。乾いたバスルームの床に頭がくるよううなだれる。最初はくしを使ってといてみる。抜けるのは抜けるけど、洗髪時ほどには抜けない。
 では、と、今度は両手の指を使って、髪の毛を少しはさむようにして引っ張る。そうしたら、抜ける抜ける抜け続ける。抜いても抜いても抜け続ける。
 それを15分か20分かもしかすると30分近く続けたら、だんだんと抜ける量が減り、触っても抜けないところまでいった。

 頭に残った髪の毛は、もうかなり少なくなった。おかげでもうヘアキャップやシルクターバンやニットキャップを突き抜けて枕に髪の毛が付着することはなくなった。
 この髪の毛の少なさを、観たことのある人にしかわからない喩えで説明するが、オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドンに出てくるファントムのかつらを外した時の髪の毛をイメージしてもらうと近い。
 このオペラ座の怪人25周年inロンドンは、今回の治療に備えて、気晴らしになるような、しんどくても気が紛れるような、合法麻薬的なものとして使えたらいいなー、と思って買って視聴してみたら、その完成度の高い豪華絢爛な舞台にすっかりハマり中毒患者のように何度も繰り返し観ているBlu-rayディスク。
 160分もあるこの麗美な舞台をこんなお手頃価格(定価は1886円+税だけど千円弱で購入)で観ていいのだろうか、と思うくらいなので、歌舞音曲に興味や心得のある子はみんなうっかりでも迂闊にでもいいから買って観るといいという以上に、生きている間の早いうちに観たほうがいいと思う。
 ついでに言うなら、日本語字幕は二種類あって、日本語1よりも日本語2のほうが英語を耳で聞きながら読むのには自然な読み心地でおすすめ。
 日本語1は英語を聞かずにメロディにのせて歌う時に合うようにしてある歌詞。日本語版オペラ座の怪人の脚本みたいなので、そのつもりで見るといいかも。
 さらに言うなら英語字幕のほうが日本語字幕以上におすすめ。台詞以外の効果音などの説明も文字にしてくれているのがとても親切。英語字幕を見ながら、登場人物と一緒に歌って遊ぶ(難しい箇所が多いけど)のもよし、カーテンコールのときには出演者の皆さんと一緒に手をつないだつもりになって、両手を上げたり下げたりし、お辞儀をして遊ぶのも愉しい。
 もっと言うなら、字幕なしで見ると、字幕がある時には文字に隠れて見えなかった衣装の細かい模様や舞台美術まで見えて堪能度合いが高くなるよ。
 あとは字幕の言語の種類がたいへんに豊富。私は韓国語でも視聴して、ほう、ほほう、そういうふうに訳すのね、と感心するのもたのしかった。各自心得のある言語で字幕を見て遊ぶのもいいと思う。

 話を戻して、そうやってファントム頭になったあとに、バスルームの床に落ちた髪の毛をまとめたら、それがけっこうな量で、直径はハンドボールよりは大きいけどバレーボールよりは小さいというくらいの毛玉になった。
 これは、夫が帰宅したらぜひとも見てもらおう。
 夫だけでなく、毎日手術した部位の写真を送って見てもらっている妹にも見せてあげたい。
 このたびの乳がんで入院や通院をするのにweb環境が自由であるようにと、母がiPadを買ってくれた。お金を出してくれたのは母だが、実際に購入作業とセットアップ作業をしてくれたのは弟。そのiPadで撮影した写真を妹に送ったら、妹からは「まっくろくろすけ」というメッセージが返ってきた。

 妹は、使い捨てタオル作戦には否定的だったけれども、私の抜け毛が始まって、その様子を伝えているうちに、「ねえちゃん、ルンバ買うてあげようか?」と言うようになった。
 妹はもうずいぶん前からルンバ愛用者で、以前は母の日にプレゼントし、実家でもルンバは活躍している。
 うちのマンションはそんなに広くないから、ルンバまではいらないかー、と思っていたけど、抜け毛の掃除をしなくては、と思うストレスが減るのなら、それはそれでありかも、と思い、「ありがとう、じゃあ、お願いします」と頼む。

 妹が買ってくれるとはいっても、妹は妹なので、「おっけー。じゃ、にいちゃんに手配頼んどくわ」と実際の購入発送作業は兄に丸投げする。実際にルンバが届いたあと、弟と電話で話したときに、弟が「あいつ、まだ全然金くれんし、金の話をして来んのんじゃけど、ほんまに、買うちゃる、言うた?」と言う。私が「言うたよ。というかメッセージに書いてあったよ。買うてあげようか、って。うん、やっぱり書いてある。そう言うて書いたからには、お金は出してくれると思っとるんじゃけど」と言うと、弟は「なら、ええわ。また催促してみるわ」と言って電話を切った。

 こんな集合住宅でも、ルンバの働きは素晴らしく、病院に行く前に動かせるものは動かして床に物が少ない状態にしておけば、私が出かけている間にじっくり丁寧に隅々まできれいに掃除しておいてくれる。ルンバが得意でない場所は、父が買ってくれたダイソンのコードレスクリーナー(お金を出してくれたのは父だが、実際の購入作業をしてくれたのは弟)でギュウンと吸えばスッキリ。
 弟が妹から無事にお金を受け取っていることを願う。     押し葉

抜け毛はある夜突然に

 大学生の頃、レンタルビデオを借りて熱心に映画をたくさん見ていた時期がある。その頃に見た映画の中に「フェリスはある朝突然に」という作品があった。今となってはどんな映画だったのか思い出せないし、どんな映画だったのかなと検索してあらすじを読んでも、そうだったのかなー、という程度でたいしてはっきり思い出せない。それでも、この「フェリスはある朝突然に」という、四四五のリズムのおかげでこの映画のタイトルはおぼえている。当時たくさん見た映画の中でタイトルをきちんとおぼえている作品のほうが少ないような気がするけど実際はどうなんだろう。

 それはともかく。AC療法は順調に予定通り進んでいる。副作用も予定通り。いろいろある副作用のうち、今回は脱毛について書きたいと思う。

 8月16日に1クール目のAC療法を行ったことは前回書いた通り。8月19日の夜に退院した。入院中に吐き気が強くなった時にはプリンペランの注射を打ってもらったが、退院後は退院時処方のプラミール(プリンペランのジェネリック)を内服して対応する。吐き気に慣れてきたころにだるさがやってきて、そこに息苦しさが加わる。それでも髪の毛はまだまだふさふさで、手術日よりもだいぶん前にショートカットにしたこともあり、ショートカットとしてはいささか伸びすぎではあるが、かといってもうじきん抜けるのがわかっているのに今更カットしてもらうのはいかがなものか、と思いつつ、モサモサ頭にニットキャップをかぶって過ごす。
 その後も、頭を洗うときの抜け毛が、これまでよりはやや多いかな、どうかな、程度の状態が続く。事前の説明では「だいたい2週間後くらいにドバっと抜け始めるが、このタイミングには個人差がある」と聞いていたけど、そのタイミングはまだなんだろうな。

 8月28日水曜日。夜お風呂に入るときに、なんとなく、もしかするとそろそろたくさん抜けるかもしれないから、脱毛に備えて用意しておいた使い捨てタオルを一応お風呂場に持って行くことにして、今日から洗髪後の濡れた頭は使い捨てタオルでくるんでタオルドライしようと決める。
 この使い捨てタオルは、タオルとして使うにはもうだいぶん劣化しているが、まだ雑巾にはなっていなくて、いつでも雑巾にしていいのにこれまでなかなか雑巾として使いきれていなかったもの。
 自分でも紙袋に数十枚用意したが、これで足りるかなどうかなと思い、「そういうタオルがあったら分けてー」と広島の家族に連絡したら、母がたいそう張り切って用意してくれた。
 そのタオルたちは、夫がひとりでお盆に帰省したときに、私の実家に立ち寄り、受け取って持って帰ってきてくれた。
 私のこの使い捨てタオル作戦に関して、妹は「抗がん剤で髪が抜けるけんいうて、そんなことした人の話は聞いたことがない。そんなんいらんじゃろ」と否定的だったが、彼女は髪の毛が多くなく扱いやすい髪質の身体で生きる人なので、姉の剛毛多毛を世話することに伴うストレスがどのようなものなのかピンとこないのだろうな、と思う。

 母が譲ってくれた「もういつでも雑巾にしていいタオル」は、うちのそれよりもずっと劣化が進んでおり、「母よ、これは、雑巾にしていい、というよりは、すでに十分雑巾なのでは」と思う状態のものもある。
 いくら使い捨てだといってもこれで頭を拭くのははばかられるわ、と思うくらいに雑巾度合いが高いものは、そのまま雑巾にして掃除で使って捨てた。
 これだけ劣化したタオルたちを、私の使い捨てタオル用にするという理由で処分して、実家のタオルはきっと気持ちよく新しいものになったのではないかと思う。

 母からもらった使い捨てタオルを持ち込んで頭を洗ってすすいだときに、指と指の間に、ざわっ、ざわっ、と毛束が挟まる。「おおーっ、きたーっ」と思う。髪の毛はシャワーで流しても流しても次から次へと抜ける。排水口の目皿が髪の毛でいっぱいになり、お湯が流れなくなる。目皿の髪の毛を取り除き、また長し、またつまった髪の毛を取り除き、を数度繰り返す。
 しかし、これも事前に、「脱毛し始めると、いつまでも抜けてきりがないので、シャワーで流すのは髪の毛と頭皮が十分にすすげていればよしにして、適当なところで切り上げてください」と説明を聞いていたから、その通りにする。
 なんとなくとはいえ、今日から使い捨てタオルを持ち込もうと思ったその日にこうして抜け始めるだなんて、私の予感すごいじゃん。

 使い捨てタオルは持ってきたけれど、あれ、そういえば、使い捨てのヘアキャップを持ってくるのは忘れた。あれを取りに行くために移動すると移動中に床に髪の毛が落ちそうだし、居間にいる夫に頼んで持って来てもらおう。
 浴室から大きな声を出してお願いして持って来てもらう。

 タオルドライの間も、髪の毛は次々と抜ける。ドライヤーはこれまではターボを使っていたけれど、脱毛後は刺激をあまり与えないように弱で使用したほうがよいと、これも事前に聞いていたからそうする。ドライヤーで乾かす間ももちろんどんどん抜ける。本当にきりがなく、今日はこのへんで許しといたるわ、と適当なところで切り上げる。
 使い捨てヘアキャップをかぶる前に、夫に「見てみてー。今日抜けた髪の毛の量」と言って、排水口から取った髪の毛と、タオルドライとドライヤーで落下した髪の毛を見てもらう。夫は「おおー、けっこう抜けてるな。でもそれだけ抜けてもまだこれだけ髪があるのがすごいな。おれの髪より多い」と感心する。

 使い捨てヘアキャップをかぶる。ヘアキャップだけでは、寝ている間にずれて外れそうなのと、ヘアキャップの上にじかにニットキャップをかぶったのでは蒸れそうな気がして購入しておいたシルクターバンをヘアキャップの上に重ねる。うん、きつくなく、しっかり固定されて、肌に気持ちよくて、いいかんじ。
 シルクターバンの上にニットキャップをかぶる。

 よし、今日からは、完全に髪の毛が抜け切るまで、こうやって、使い捨てヘアキャップ、シルクターバン、ニットキャップを重ねてかぶって寝ることにしよう、そうしよう。

 脱毛の話はまだ続くけど、長くなってきたので、いったんここまでで更新。     押し葉

8月の入院と退院

 8月16日金曜日の朝9時に入院し、今日19日月曜日の夜7時頃、無事退院した。退院が夜7時なのは、夫が仕事を終えてから迎えに来てくれるのを待つため。せっかくなので、病室で入浴も夕食も済ませ、帰宅したら荷物をざっと片付けて、寝ればよいだけの状態にした。
 
 今回の入院は抗がん剤AC療法の第一回目。初回のみ入院で薬との相性や反応を細かく観察し、全4回の2回目以降は通院で化学療法室にて行う。
 1回したら目安としては3週間間をあけて、各種数値と体調が回復したところで、2回目を、そしてまた3週間目安で間をあけて次の3回目を、そしてさらにまた3週間目安で間をあけて4回目を行う。
 この3週間はあくまでも目安で、3週で十分に体調や数値が整わないときには、間を4週間5週間と長めにあけて次の回を行う。その分、治療に要する日数は長くなる。

 入院前の8月8日の血液検査の結果、白血球の数値が標準値よりも低かった。抗がん剤を体に入れると骨髄抑制という副作用が生じ、その結果白血球が減少する。白血球が減少する副作用を持つ薬を入れるのに、現状の白血球数が少ないのはあまりよろしくないからと、初回の薬の投与量は本来よりも10%少ない量とすることになった。
 担当の先生は「お薬代は少し安くて済みますよ」と言ってくださったが、私の体には早急にちょうどよい白血球数に戻って維持してほしいと思った。

 入院当日、病院でお昼ご飯をいただく。送迎してくれた夫はこの時点で病院から帰り、越前海岸をドライブがてら海沿いでお昼ご飯をたのしく食べられそうなお店をさがす旅に出かけた。
 昼食後しばらくして、2時10分頃に、イメンド125mgという吐き気止めのカプセルを飲む。点滴前に飲んでおくことで、点滴中やその後の吐き気嘔吐副作用を予防する薬。
 その後30分か40分くらい間をあけて、点滴開始。
 生理食塩水と薄めながらの形で、まずはアロキシ(吐き気止め)とデキサート(ステロイド剤を吐き気止め補助)を点滴。それが済んだらアドリアシン(橙色)を点滴、それがなくなったらエンドキサンを入れる。所要時間は90分弱、といったところだろうか。
 
 すべての点滴を終えてすぐの排尿は、アドリアシンの色が反映された橙色だったが、排尿を2回3回と繰り返すうちに、濃い黄色から薄い黄色に、そしてそれほど色のない状態に、速やかに戻っていった。

 点滴中に吐き気や嘔吐その他大きな副作用はなかった。ただエンドキサンを入れたときに、頭骨の周り、頭皮の内側であるとか、顔面の中、耳や耳の付け根、後頭部、首筋などに、チカチカとした、でも痛みというほどではない違和感を覚え、痛くはないけど触ってなでたいからそうした。担当の先生は「そういう副作用を聞いたのは初めてですね。もし続くようならまた言ってください」と言われ、私もそのつもりで観察してみたけれど、点滴が終わるころにはそのチカチカはもう気にならなくなっていた。
 点滴後は吐き気としては感じないが、本当は体の中では嘔吐反応が起こっているんだろうな、というかんじの違和感が胃や食道にあり、それをこれだけ抑えてくれている吐き気止めはよくできているな、と感心した。

 その後の入院中、基本的には食事は毎食完食した。しかし、毎晩食後しばらくすると強い吐き気が生じ、プリンペラン注射を打ってもらうことになった。今日の昼食後にもプリンペラン注射のお世話になった。
 最終日の今日の夕食では、そうか、食べて気持ちがわるくなりそうなものは残せばいいんだ、と学習して、らくに食べられるものだけを食べた。それでも帰宅してから、退院時処方のプラミール(プリンペランのジェネリック)を1錠服用したが、明日からは、自宅で、吐き気が起こらなさそうなものを選んで食べようと思う。
 でも、入院中の食事のほとんどを完食してみたからこそ、食べやすいもの食べにくいもの、食べた後で気持ち悪くなりやすいものなりにくいもの、を観察することができたし、完食したことで栄養とエネルギーをしっかり摂取できたのはよかったと思う。

 食事していて、噛んで飲みこむのも、食べた後もしんどいな、と思ったのは、多めの粒コーン、小吹芋、ふかしたサツマイモなど。同じジャガイモでもマッシュポテトにしてあるのをゆるめにのばして食べるのは平気だったので、素材よりも食感や含水量の問題なのかもしれない。
 食べるのがらくなのは、ゼリー、酢の物、などだろうか。
 明日自宅での朝食は、買い置きしてある刺身コンニャクをおいしく食べられそうな気がしてる。

 今回のAC療法が4回終わったら、第二弾の抗がん剤タキソール+分子標的薬ハーセプチンでの治療が12週続く。この時に初回の1回目のみ、またもう一度入院することになる。

 7月の手術入院の時には、病室の窓から見えていた田んぼの稲たちはまだもう少し背が低く、色も緑緑していたが、今回同じ病室から見える稲らは背が伸び穂が付きだんだん上が重そうになっていた。
 次回の入院は順調であれば、11月頃の予定。その頃には稲刈りが済み、また窓から見える景色が今回と少し異なるのだろう。

 その11月予定の入院を終えたら、その後毎週1回化学療法室に通う。そして12回(12週)の点滴を続ける。それが終わったら、その次にはハーセプチン単独を3週間おきに1年間続ける。このハーセプチンとの相性や反応については、11月の入院時に観察済みなので、ハーセプチン単独のための入院は必要ない。

 私が入院した病院のロビーには、グランドピアノが置いてある。今度8月31日に、そのピアノとその他の楽器を用いて、音楽の心得のある職員さんたちによる演奏会が開催される。当日の体調がよければ、ぜひとも聴きに行くつもり。     押し葉

四分割で半抜糸

 7月19日に1回目の半抜糸、7月21日に2回目の半抜糸をし、昨日7月23日に3回目の半抜糸をした。現在残りの糸は3本。この3本は残したままで退院し、後日通院時に抜いてもらうのだそうだ。
 退院は明日7月25日午後の予定。夫は午前中仕事に行き、午後半休を取って迎えに来てくれる。
 入院するときには、リンパ節郭清することになるかどうかもわからず、入院期間が1週間なのか2週間なのか3週間になるのかもわからず、厳選はしたものの、とりあえず多めに荷物を持ち込んだ。その後、リンパ節郭清せずに済み、入院期間はそんなに長くなくていいということになってからは、もう使わないものは少しずつ夫に持って帰ってもらい、荷物がだんだん減ってきた。
 今日はあともう一泊だけだから、大半のものは持ち帰ってもらい、一晩と翌朝必要なもののみを残し、明日の退院は身軽にできたらと思う。

 今回は切開した範囲が広く、塗った糸数も多かったからなのか、抜糸が何段階かに分けて行われた。どうせ抜くならいっきに全部抜いてもよさそうなものだけど、たしかにストレッチや筋トレをしていて、ときどきなんというか、これはまだちょっとやりすぎだったのかな、と思うような動きをしたときに、縫合された部位の中の肉がメリメリと割れてはがれそうになる感覚がある。そのたびに、いかんいかんと思い直し、何事もほどほどがだいじ、と心新たに適切な動きに調整する。そしてなるほどこんなかんじだから、一部でも糸でつないだままにしておきたいのね、と思う。

 縫合した患部は切ったのだから仕方ないし、切除してなくなった右胸部位を埋めるために脇下あたりの胴体や背中や上腕部を全体的になんとなくぐうっと右胸に引き寄せ縫い合わせてあるせいで、その引き寄せられた筋肉や神経たちの「ぼくらは本来この場所の担当じゃなくて隣の部署の者なんで、いくら近場だからといって急に異動を命じられてもですね、そんなすぐにふつうに仕事ができるわけではありませんので」「できれば元の位置のままで元の仕事がしたいです」「わしは、こんなところ、来とうはなかった」的な意思を覚えるかんじで痛いのは痛いけれど、セレコックスの効き方が、なるほどこんなかんじなのね、と観察できているのは少したのしい。セレコックスを1日2回だけでは夜中に痛みで目が覚めて、まあ少々痛くても寝てごまかしちゃえばいけるか、と思っても、結局自分のうめき声と痛い痛いという声で眠れなくなり、夜中用頓服のカロナール500mgを1錠追加する。しばらくするとおとなしく眠れるが、朝にはまた痛くなるので、6時半の起床時間よりも少し早いくらいから身支度を始めて、7時半の朝食を待ち、セレコックスを服用する。

 そんなかんじで順調に回復していることだし、明日の退院に向けての荷造り、がんばろうっと。     押し葉

半抜糸

 みそ記のほうに細かい記録を書いて下書きにはしているが、そちらの公開にはもう少し時間がかかりそうなので、こちらでざくっとしたお知らせを。

 おかげさまで、痛い以外は相変わらず元気で、病院食は3食完食し、快眠快便。ストレッチと筋トレも欠かさず、飲み薬でまあまあ疼痛コントロールできるようになってきた、か、な。

 患部の浸出液を排出する管は7月16日に抜いてもらえた。7月11日に手術をしてから16日までの間は、その管と管の先のタンクとそのタンクを入れたバッグを常に持ち歩かねばならず、点滴台につるしたり、ショルダーバッグのように肩にかけたりしながら、管とともに過ごした。
 最初は管を通る液が濃い赤色の血液多めな見た目で量も多かったのが、日が経つにつれて黄色味を帯び、オレンジ色っぽくなり、排出される量もだんだんと少なくなる。
 この管が胸の下に刺さっている間はそこにも痛みがあったが、それでも足湯腰湯はできた。しかしこの管が抜ければもう、全身お湯に浸かり放題、お風呂入り放題。縫合部分にもお湯はかかって大丈夫。

 縫合してある患部を見るとなんとなく25針くらい縫ってあるかんじだったのだが、先日19日に「半抜糸(はんばっし)」といって、縫い糸の一部を切って抜き去る作業をしてもらった。半抜糸だからといって、厳密に全体量の半分の糸を取るわけではなく、上半分下半分だけ取るというわけでもなく、ここならもう糸を取っても大丈夫かな、というあたりを間引くかんじで抜糸する。
 19日の半抜糸は、なんとなく偶数目の糸を抜いてくださったかんじ。
 半分だけとはいえ抜糸してもらうと、肉の可動域が増えるのか、なんとなく肩腕胸背中周辺の動くときのつっぱり感が減った気がする。

 糸を抜いたところは、最初は赤くて痛々しいのだが、糸があったところの穴や痕のようなものがだんだんと通常の皮膚になじんで回復してゆく。予定では今度は23日火曜日に半抜糸第二弾を行い、血液検査の結果で感染症など見つからなければ25日を退院予定日にしましょう、ということになっていた。

 ところが今朝(21日)担当の先生が「傷の状態がいいので、残りの半抜糸の予定を早めて、今日、今、もう半分抜きましょう」と言われ、また間引くように抜糸され、残りは6針くらい、なの、かな。

 見る人を選ぶだろうとは思うけど、術後の縫合部位と抜糸後の皮膚の回復を写真とコメントで記録すると、けっこういい夏休みの自由研究になるのではないのかなと思う。
    押し葉

痛い以外は元気

 手術は無事に終わりました。センチネルリンパ節への転移はなくリンパ節郭清せずに済みました。順調に回復すれば、10日から14日程度の入院で退院できそうです。患部は痛いけど、痛い以外は元気です。でも痛い。

 前回書いたみそ文のときにはまだ私の理解が不十分だったことが、その後いろいろと明らかになり、前回書いた治療計画の内容とは少し異なるものになりました。
 大雑把に言うと、今回7月11日に右乳房全摘手術をして、その後8月のどこかから抗がん剤第一弾を始めます。それが3週1クールで4回行い12週を要します。1クール目のみ1週間ほど入院し、その後は通院で治療します。
 それが済んだら今度は第二弾として、抗がん剤+分子標的薬で1週1クールで12回行い12週を要します。このときも1クール目は1週間ほど入院するので、今年の私は、7月8月11月と3回入院することになります。
 第二弾が終了したら、今度は分子標的薬のハーセプチンを1年間通院で継続します。それが済んだら、今度はホルモン療法を10年間継続します。

 今後は治療の細かい記録的なことは、「みそ記」のほうに書いていこうかな、と考えています。
 みそ文には、それ以外の読み物的なことや、みそ記等の更新報告を書けば書くかな、どうかな。

 「みそ記」は以前とは異なるURLになっています。
 今は下記にて書いています。
 https://douyara-miso.hatenadiary.com/

 ついで言うと「みそ語り」もURLが変わりました。
 https://douyara-miso.hatenadiary.jp/

 メッセージなどはこれまでどおり、みそ文の押し葉や拍手ボタンなどをご利用くださるか、個人的にメール等でご連絡いただけますように、どうぞなにとぞよしなに。
    押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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