みそ文

駐車場の夢

 駐車場の側溝の蓋を新しくしてもらえた話の続き。同じ駐車場には40台近くの車が契約しているが、私以外の契約者の人たちは今回側溝が新しくなってよくなったなーとは思っても私が管理会社さんに交渉したことは知らない。もしかすると側溝に不具合があったことにもその不具合で不便があったことにも気づいていない人のほうが多かったかもしれない。おそらくはこんなかんじで、私も、自分が知らないうちに知らないところで誰かが行動してくれたおかげで快適や便利を享受していることがいろいろとあるんだろうなと思う。

 私の車の駐車場側溝が改善されたのを知った夫が「おれのところ(マンション備え付けの駐車場)はラインと番号を新しく引き直してくれたらいいのになー」と言う。「マンションの管理会社さんに言うたらいいんじゃない?」と言っても「わざわざ言うのは面倒くさい。言わなくても見れば薄くなっているのはわかることなんだから大家さんが自主的にやってくれるほうがいい」と言う。

 そんなやりとりののちしばらくして、郵便受けにお知らせの紙が入った。「マンション駐車場の工事をします。建物北側は舗装とラインを、建物南側はラインのみの工事です。このような日程で行いますので、当日該当箇所駐車場の車は移動しておいてください」

 夫に「見て見て。駐車場の夢がかなうよ」とお知らせの紙を見せる。「おー、やったー」と喜ぶ夫。大家さんや管理会社さんが自主的に気がついて工事することになったのか、マンションの誰かが言ったことで検討され実現したのか、詳しいことはわからないが、先週の火曜日から金曜日午前中までの3日半で工事は終わった。ラインがくっきりとして、駐車場番号の数字もよく見える。これならうっかり間違えて隣の人のところに駐めたり駐められたりもなく、これまでよりもずっと気持ちよく駐車場が利用できる。

 手入れの行き届いた駐車場を気持ちよく利用できると、利用料金の振込に伴う心持ちも滑らかで平和。駐車場を提供する側でお仕事してくださる皆様とそして駐車場のかみさま、このたびは私達によくしてくださってありがとうございます。今後ともどうぞなにとぞよしなに。     押し葉

パンと駐車場

 生協さんで購入したパンがおいしかったので記録しておく。記録するだけではなく本当はすぐにどこかで入手したいのだが、このパンは生協オリジナル商品で通常販売はされていないらしく、すぐには購入できないことがわかった。残念ではあるが、タカキベーカリーのお客様相談窓口に相談したときの案内が素晴らしかったから満足。

 パンの名前は、タカキベーカリーの「フルーツ&くるみブレッド8」。冷凍で届き冷凍保存する。食べる時に食べたい枚数を冷凍庫から取り出し、オーブントースターで1分30秒ほど加熱する。その後オーブントースターの予熱の中に2分置く。
 原材料は、小麦粉、レーズン、くるみ、サワー種、ライ麦粉、オレンジピールシロップ漬け、ドライいちじく、ドライクランベリー、パン酵母、ラム酒、砂糖、食塩、オールスパイス、シナモンパウダー、香料、VC。
 小麦のパンは食べなくなって久しいが、このパンの配合であれば、小麦が入っていても、ドライフルーツやくるみやライ麦がかなり大量に存在してくれているおかげなのか食べても食道が苦しくならない。

 タカキベーカリーお客様お問い合わせ窓口に電話して「先日生協さんで購入しまして、いただいてみたところ、とてもおいしかったのでまたぜひ購入したいのです。わたくしの住む地域での取扱店を教えていただけたらと思いましてお電話を差し上げました」と伝える。
 「それはうれしいお言葉をありがとうございます」という声のあとに、この商品は生協オリジナル商品で一般販売はしていないこと、類似商品に「フルーツ&ナッツブレッド4枚入り」というものがあり、それはドライフルーツの配合が少し異なり、レーズン、オレンジピール、クランベリー、チェリーが入っていること、しかしこの商品も私の住む地域では納品の記録がないため購入は難しいであろうこと、を案内してくださる。
 「近々だとよいのですが、生協オリジナル商品の今後のカタログ掲載予定を確認いたしますね」と調べてくださった結果、予定では4月2週のカタログに掲載されることがわかった。
 やったー。4月2週は再来週。すぐだ。そのときに気をつけてパンのページをしっかりと見て見つけて、少し多めに注文しよう。それから、生協さんに「どうか再々取り扱ってください」とリクエストを書こうと思う。電話対応をしてくださったタカキベーカリーの方も「組合員さんの声がなによりも大きいものですから、ぜひよろしくお願いいたします」と言われる。

 このやり取りの間に何度か電話を保留にして調べてくださり、そのあいだ保留の音楽が流れる。その保留音がたいへんに可愛らしい歌詞と曲で歌声も伸びやかでなんとも美しい。あまりに感心したので、オペレーターさんに「保留音の音楽がとても素敵なのですが、もしも作詞作曲歌手の方のお名前がわかれば教えていただけますか」と尋ねてみる。「ありがとうございます。この曲は弊社の社歌でございまして、作詞はやなせたかしですとすぐにお答えできるのですが、作曲と歌手については今一度保留にさせていただきまして、調べてからお答えしてもよろしいでしょうか。しばらくの間どうぞごゆっくりと社歌をお聞きくださいませ」と言ってくださる。

 電話の受話器からは「焼き立てのパンの香りが流れる街の水色の空へ鳩が飛び立つ光弾ける噴水の虹」という歌が数度流れる。結果作詞はやなせたかしさん、作詞はいずみたくさん、歌は鈴木ほのかさん、であることがわかった。なんというか豪華な組み合わせだ。

 商品に関する問い合わせであれば、webの窓口宛にメールで行うこともできる。プロのメール回答の文章はそれはそれで美しく読み応えがあることも多い。が、メールでは今回のような、こう来たらこう、そう来たらこう、という二転三転の展開が即時には行われない。その点、電話であれば、プロの電話対応技術の美しさにふれることができ、なおかつ今回のように思いがけず美しい保留音とめぐりあう機会に恵まれることもある。

 いやあ、いい仕事を見せて(聞かせて)もらったわー、と満足した勢いで、前々から気になっていた件についても動こうと決める。少し前にマンション敷地と道路の間にある溝を塞いで繋ぐグレーチング(金網状の蓋のようなもの)に不具合があるところを市の道路課に直してもらうことになりました、という案内の紙が入っていた。我が家ではマンションの駐車場に一台と、もうひとつ別にマンションと道路を挟んで南側の敷地にある別の駐車場を一台借りている。その駐車場の北側の道路と駐車場の間にある溝を塞いで繋ぐグレーチングがもう何年も一部反り返ったりそのせいで脱落したままになったりするなど不良な状態であった。こういうのはどこにどう相談するといいのだろう、と思ってきたこともあり、お知らせの紙に書いてあった市の道路課に電話して相談してみることにした。

 道路課の回答によれば、その溝の所有者が市であれば道路課が修繕を行い、溝の所有者が駐車場地主さんであれば地主さんが行うことになる。道路課ですぐにその番地の溝の所有がどちらにあるのか調べることは難しいので、駐車場の管理会社さんを通して地主さんに確認してもらうのが早いということだった。

 早速駐車場の管理会社に電話する。電話には少し耳の遠いかんじの年配の男性が出てこられ、大きめの声でゆっくりはっきり話すものの、こちらの意図がきちんと伝わったかどうかあやしいかんじが漂う。それでも「実際に駐車場に行って見てきますので、少し時間をください。それからまたお電話します」と言ってくださる。こちらはもう30分くらいすると留守になるので、留守の時には留守番電話にメッセージを残しておいていただけたらとお願いして電話を切る。

 15分くらいして、今度は若い(といっても私よりも少し年上かなどうかなくらいの)男性の声で電話がかかってくる。「駐車場を見てきたところ、今車を置いてくださっているところには特に不具合はないように見えたのですが」と言われる。「いえいえ、駐車場の車を置くところには何も問題ないのです。駐車場と北側の道路の間の溝を塞いである金網状のもののことで」と伝えると、「ああ、それですか。それは私も見てすぐに思いました。ずいぶん古くなっていて、あちこち落ちていて、あれは直したほうがいいですね。そのことでしたか。それならわかりました。駐車場の持ち主の人に連絡して、近いうちに直してもらえるよう話してみます。全部を交換でなくてもメインで通路になる部分だけでもしっかりしたものに換えてもらったほうがいいですね。すぐにというわけにはいかないかもしれませんので、しばらくお時間いただくことになるかもしれませんが、お待ちください」ということで、よろしくお願いいたします、と電話を切る。

 そして仕事に行き、帰ってきて、駐車場に車を駐めた時、あれ、なんか、駐車場の北側の地面がキラキラしている、と思う。あれはもしかしてもしかすると、新しいグレーチングなのかしら。車から降りマンションに向かって歩き溝を越えるところで、わーい、わーい、新しいグレーチングが入ってるー、やったー、と喜ぶ。足でカンカンと触ってみても、これまでのものとは異なり、3枚のグレーチングが頑丈に連結されていて、重量も十分にあり、何かが当たってもずれたり落ちたりすることなくと存在してくれる。なんて早い仕事なの。そして素晴らしくきれいな仕事。管理会社さんに相談してよかったー。

 という話を夫にして、二人で喜びつつもつい、うちのマンションの管理会社や大家さんとはえらい違いやな、という話になる。何かうれしいことがあったとき、あるいは何かを褒める時、うれしいことや褒めたいことよりもよくないものを引き合いに出してきてそれと比べて褒めたり喜んだりするよりも、何も引き合いに出すことなく、ただ褒めたいものを褒めうれしいものを喜ぶほうがかっこいいと思うし、個人的には好みなのだけど、今回のケースに関しては、夫婦ともにとっさにそういう反応が出たということは、これはこれでこのマンションの大家さんと管理会社さんの実績なんだろうね、ということになった。

 今のマンションの管理会社さんは「折返し電話します」が当日中ではないこともあるし、問い合わせた件の回答がどうなったのかの確認をこちらから催促したこともある。もちろん速やかに折り返し電話があり、回答も業者さんへの連絡もすぐにしてもらえたことのほうが多い。いつも毎回遅いわけではないが、5回のうちの2回はえらくゆっくりした仕事だなーと思うかんじで、そういう仕事に遭遇すると、こちらもここはそういうことがあるところだと心づもりをするようになる。そして遭遇した時には「相変わらず、さすがだ」と夫婦で言い合う。

 夫に「今日のグレーチングについては駐車場の管理会社さんと大家さんが特別に早かっただけで、うちのマンションの管理会社の仕事はあれはあれで通常運転だと思うのよ、特別遅くしているわけではなくて普通の速度なんじゃないかな」と言うと夫は「航行速度がちがうんか?」と言う。
「そうよ、船の造りがちがうんじゃないかな。うちはフェリーですけん、高速艇とはちがいますけん、というかんじで」
「ええー、いいんかー、それで」
「でも、もしも自分で賃貸物件を借りることになった時には、今のマンションの管理会社じゃなくて、今の駐車場の管理会社さんにしようかな、と思うかな」
「それはそういう気になるな」

 タカキベーカリーのドライフルーツ&くるみブレッドと電話の保留音(社歌)、駐車場のグレーチング、両方ともいろんなことが解決して大満足。     押し葉

冬と春

 この冬は雪が少なくほとんど雪かきをしなくて済んだ。私が暮らす地域の雪が少なくて済むように祈り願い応援してほしいと天と地と人々に伝え続けた立場としては、皆さんのおかげです、ありがとう、ありがとう、と握手をして回りたいくらい。皆さん本当にありがとう。

 雪が少ないとその後の花粉がひどいという言い伝え(?)を聞いたことがあり、冬にラクをしたぶん春は覚悟が要るかな、と思いながら花粉症の季節を迎えたが、思ったよりもひどくない。いやむしろ今のところなぜか例年よりも軽く済んでいる。例年であれば年が明けると間もなく『ああ、花粉来たな』と感じてザイザルの服用を1日1回から2回に増やす。それが今年は2回に増やす必要性が感じられず1日1回のままで3月を迎えた。小青竜湯にもお世話にはなっているし、パタノール点眼も使っていあるが、それは例年もそうで、今年が今までと違うことがあるとしたらなんだろう。数年前からサプリメントのピクノジェノールを飲んできた、その効果がこの春になって現れたのか、それともこれまでいろんな鼻うがい用製品を使ってもあまり続かなかった鼻うがいが、新しい鼻うがいキット「サイナスリンス」と出会えたことで続けやすくなり、毎日帰宅時に手洗いうがいのあと鼻うがいをしているのがいいのか。

 毎年こんなかんじで、冬も春も夏も秋も、生き物として快適多め、できるだけ基本快適に、暮らせたらうれしい。     押し葉

茶碗と狐

 最近落語のCDを聴いている。とある経緯でお借りすることになった古今亭志ん朝シリーズ。お江戸言葉のリズムテンポに躍動感と疾走感があり、その音の流れに身を委ねているだけで心地いい。ただCDはCDで、音声だけの媒体であるため、落語家さんの身振り手振りは見えない。音声だけでも十分に面白い作品もあれば、これは身振り手振りなしでは噺の内容がもうひとつわからないなというものもある。噺によっては、疾走する言葉を聴きつつもうとーっと眠気がやってくることがある。そして現代人の私の道徳や価値観およびサービス業に従事する立場では、登場人物が無銭飲食無銭遊興したあげくお代を踏み倒して逃げおおせる噺などは、昔の噺で古典で作り話だとわかっていても踏み倒される側に感情移入しすぎるのか、どちらかというと腹が立って、聴いている最中も聴き終えた時もハッピーな気分になれず、エンタメとして楽しめない。

 そんな中で登場人物が誰かのことを貶めるわけでもなくわらい物にすることもないお噺は安心して気持ちよく楽しめる。今のところ私が気に入って何度も聴いているのは「井戸の茶碗」と「今戸の狐」。どちらかというとエンターテイメント全般において浅く広くではなく同じものを繰り返ししつこく味わう傾向がある私としては、残りの人生はもうこのふたつの落語があればそれでいい、と思うくらいに気に入っている。そうはいってもまだ聴いたことのない噺のほうが圧倒的に多く聴いたことのない噺は聴きたいと思うからいろいろ聴きはするものの、無銭飲食遊興ネタで疲れた時には「口直し」ならぬ「耳直し」に「井戸の茶碗」か「今戸の狐」を聴く。

 「井戸の茶碗」と「今戸の狐」はいいよねえ、このふたつだけが入ったCDがあったら私向きだよねえ、と思いつつなんとなくさがしてみたら、古今亭志ん朝さんの「井戸の茶碗」「今戸の狐」の2作だけが入ったCDを見つける。試聴可能な部分を聴いてみると、お借りしたCDで聴いた同じ演目とは収録日が異なるもののようで、お噺自体は同じでも、落語はライブだから、演じたその時その時で仕上がり出来上がりが異なる。同じ噺家さんの同じ演目の別収録は聴き比べたい。というわけで見つけたCDを購入。今度からは旅の長距離運転時に落語も愉しめるようになる。お借りしたCDに比べると自分で買ったCDは出囃子がフルバージョンで入っているのが鳴り物好きの私には好み。お借りしたCDは出囃子の途中からじわじわと音量が大きくなり本編に入る構成。

 ちなみに、この古今亭志ん朝さんは、現在放映中の大河ドラマ「いだてん、東京オリムピック噺」に出てくる古今亭志ん生(美濃部孝蔵)さんの息子さんにあたる方。よろしければみなさんも茶碗と狐をどうぞ。     押し葉

獄門島と冬休み

 夫は年末29日の朝に広島へ向けて出発した。私は29日まで仕事。夫が広島から戻ってくるのは1月3日の予定。29、30、31、1、2、と5泊も自宅でひとりでゆっくり過ごすのは、もしかすると結婚してから初めてかも。これは、冬休みだ、と、うきうきわくわくと休暇を味わう。

 ひとりきりで怠惰の限りを尽くすといっても、仕事に行かない以外は普段とそれほど変わるわけではなく、洗濯をして干して、食事は普段よりも少ない量で、食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べて、食べ過ぎで苦しくなることはないように、いつもよりも全体的に軽めに食事を摂る。

 1月2日になって「ああ、あともう一日ひとりなのね。5泊ひとりだと4泊の時よりもずいぶんゆっくりとした気持ちになるのかも。なんだか、心なしか、体の隅々まで十全に休める気がするねえ」と思いつつ、BSプレミアムで始まった獄門島を視聴する。長谷川博己さんの金田一耕助さんを見るのは今回が初めてで、これはこれでいいねえ、と思いながら堪能していたら、玄関でガチャガチャと音がして、チェーンをかけてある扉を開けようとする気配がする。ええっ、なんで、誰、不審者? 通報するべき? と一瞬考えたが、いやいや夫が予定を一日早く繰り上げて帰ってきただけかも、と思い直して玄関に行く。そこにいるのはやはり夫で、「おかえりー」とドアをあける。

 夫が旅の荷物を片付けたりいろいろしている間も、私はイヤホンのクリアな音で獄門島の続きを見る。「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ー、無意味ー!!」のシーンでこれはこれまでにない金田一耕助さんだなとその狂気に感心する。しかし、狂気に感心しつつ、獄門島を堪能しつつも、どういうわけだが、なんとなく、冬休みが突然終了した感が募る。夫が帰ってきたからといって、何がどう変わるわけでもなく、帰ってきた夫のために何か特別に食事を用意するわけでもなく、あるもので各自食べたいものを食べたい時に食べるだけなのだけど、あともう一日ひとりだと思っていたのがそうでなくなるというのは、イチゴを食べたつもりなのに口に入れてみたら味と食感が梅干しだったくらいの思いがけなさがある。

 電話やメール等で連絡しないの? と思われるかもしれないが、我が家はその手の連絡はお互いにあまりしない。いや、しかし、今回は私がたまたま居間にいてテレビで獄門島を見ていたからよかったけれど、もしも私があの時間にゆっくりのんびり入浴していたら、チェーンのかかった玄関ドアを夫は開けることができず、呼び鈴を鳴らしてもシャワーの音でかき消されて私が気づかないかもしれず、お風呂にいて呼び鈴の音に気がついたとしても私のほうにその時間帯に誰か来る予定や用事がなければ濡れた体でインターホンの画面を確認することなく呼び鈴を無視するかもしれない(予定があればそもそも入浴していないが)。そうなると30分から40分、場合によっては1時間くらいの間、夫は家の中に入れなかったかもしれず、それならそれでまあどこかに出かけてくればいいのかもしれないとはいえ、やっぱり急に予定を変更した時にはなんらかの形で連絡を入れたほうがいいと思う、今度からは電話して、と夫に伝えた。     押し葉

助けられたり助けたり

 12月になってもほんわりと暖かいような少なくともそれほどひどく寒くはない日が続いているせいもあり、寒さに対してたいへん油断している。

 夫の車は既にタイヤ交換済み。夫の軽自動車は今年買い替えたため、スタッドレスタイヤもこの冬新しく買うことになった。夫が今回購入した車は四輪駆動車。昨冬のような豪雪は珍しいことで、日々市街地を走行するのに四輪駆動は必要ないが、夫の場合は山へ行く。登山口への行き帰りで山道を走行する時、雪道あるいは凍結道路を通る必要が生じる。これまでは、チュルチュルチュルチュルとスリップして動けなくなったときには、その場にとどまり、誰か他の登山者が通りかかるまで待つ。誰か来た、となったら、道の真中に立ちはだかり「止まってくださーい」と両手を大きく広げて振る。そして「すみません、助けていただきたいんですが、スリップして動けなくなったんで、僕の車を押してもらえませんか」と頼む。皆さん快く協力してくださるからこれまで夫は無事に帰ってきたわけで、夫も他の人が立ち往生して困っている現場に遭遇すれば、そうして停められ協力を要請されて「はい、いいですよ」と快諾し車を押して助けてあげる。
 そうして助け助けられ山遊びをするのもいいけれど、四輪駆動車にすれば、助けてあげることはあっても助けてもらう必要がほぼなくなる。
 そんな山でのスリップに備えての四輪駆動だから、普段通勤に使うぶんには、そして夏場に乗るぶんには、そのあまりの燃費のよろしくなさに、なんだかなー、と思う側面もあるらしいが、なんだかなー、と思いながらでも、冬の安心と安全のために投資していると思えばいいんだろうな。

 私の車のタイヤ交換は今度の日曜日あたりにはしましょうね、と心づもりをしているところ。週末からぐぐんと冷える予定らしく、天気予報には一時雪か雨のマークがついている。無事にタイヤ交換し、安心して安全な冬を迎えたい。     押し葉

秋から冬の暖かさ

 昨日からこたつを使い始めた。ガスファンヒータはすでに先週から使っている。ほんの少し前までまだまだ暑いような気がしていたのが少し秋らしくなってきたかなと思ったときにはもうだいぶん冷えていて、こんなに寒いのはだめだめと思って衣類を厚手にし、暖房の支度をした。

 毎年、この時期に限らず、気候がぐっと変化するとき、例年はどんな服装をしていただろうかと考えてもなかなか思い出せない。だけど涼しくて気持ちいいからまあいいかと夏の名残の服装でいるといつの間にか体が冷えて体のどこかが痛くなる。痛くなって、これはもしかして冷えているのかしら、と思ったときにはもう寒く、衣類や寝具を保温性の高いものにしても全然寒くないどころかちょどよい気候になっていて、ああ、また寒さ対策に出遅れた、と思う。
 
 それでも冬から夏になる三寒四温の時期には、だんだんと暖かく暑くなっていくから体が冷えて痛くなることはあんまりない。三寒四温の逆バージョンの、この時期の呼び名としてなにかそういうちょうどよい四文字熟語があるのかどうかわからないが、三温四寒とでもいう時期は体調を崩しやすい。冷えて体が痛くなるだけでなく、油断をすれば風邪をひく。

 それでも、我が家にはガスファンヒータがあるから、むむ、寒いかも、と思えば、軽々と出してきてガスホースをつなぎ、コンセントにプラグを差し込み、スイッチを入れればすぐに暖かくなる。ガスファンヒータの暖かさで体と気持ちがほっとすると、そうだもう衣類や寝具を暖かくしよう、あれをこうして、ここをこうして、よしよしそうだそうしよう、と考える力が湧いてくる。灯油を買いに行く必要もなく、給油をする手間もなく、エアコンよりもどっしりしっとりとした暖かい空気に包まれる至福。この暖かさに包まれるなら寒い季節に身を置くことが毎年たのしみになる。     押し葉

記憶の代行

 先日、患者さんは誰もいない夕方の薬局で仕事をしている時に、同僚の薬剤師が頭を抱えて「うわーん、ここ(薬が片付けてある棚や引き出しの前)まで来たのに、自分がなんの薬を取りに来たのか思い出せなくなったー。何だったか誰か教えてー、って言いたいー」と言い出した。私は「う、それは、代わりに思い出してあげるのは、ちょっと無理かもしれんけど、今ここにある処方箋(のコピー)の中の薬のどれかだとは思うから、これを見たら何か思い出せるかもしれん。大丈夫だ、私達には処方箋という手がかりがある」と言ってみる。すると処方箋を見るまでもなく同僚は「あ、今のでなんか思い出せた、これや」と言って目的の薬を取り出した。

 そこで私が「そういえば、むかし、すこやか堂で仕事していたときに、お客さんから『自分が何を買いに来たのか思い出せないから教えて』って言われたことがあった」と話したら、その場に一緒にいた同僚薬剤師と調剤事務さんはどわっと笑ったあとで「それは、かなり無理ー」と言う。事務さんは「せめて何かヒントをください。薬がほしいのか、食べ物がほしいのか。それとも何か洗うものがほしいのか。って訊きたくなりますよね」と言う。「でしょう。そのヒントを求めてだいぶんしつこく探ってみたんですけど、だめでしたねえ。ドラッグストアにあるものなのはわかってもそれ以上は思い出せないみたいで」「それはどうにもしてあげられんねえ」

 仕事をしていて、あるいは自宅で何かをしていて、あれ、えーと、今、私、ここに何をしに来たんだっけ、という状態になることはある。年をとったからというわけではなく、二十代の頃にもそれ以降もそれは時々あったから、ヒトの記憶の仕組みとしてそういうことはまああるのだろうと思う。そんな時には元いた場所に戻ると思い出せることが多い気がして、何かをしようと思ったと思われる場所にいったん戻ってみることにしている。それで「あ、そうだった」と思い出せることもあれば(だいたいは思い出せていると思う)、そのままあんまり思い出せないような、思い出したのかどうかよくわからないけれどこれはしたほうがいいことだからしておこうということをして解決したことにすることもある。
 しかし、できれば自分が何かしようと思った時にはその何かを思い通りに実行できるほうがすっきりとして気持ちがよいので、何かを思いついたときには、とりあえず声に出しておくようにしてみている。頭の中で思っただけでは記憶の再生が難しいことでも、いったん音声にして耳で聞いておくと声に出さないよりも忘れにくい。すぐに実行することではなく少し時間をおいたあとですることに関しては声に出すだけでなく文字としても書き出しておく。メモ用紙に書いて、目につくところに置く。先日お風呂の扉が壊れた(と思ったけど見に来てもらったら実際には壊れたわけではなく、扉を取り付けた業者さんが本来外しておくべきものを外しておかなかったためそれが飛び出てきて扉の開閉に支障が生じていただけだった)時には、お風呂の中から夫に「明日不動産屋さんに電話するから、メモ用紙に『風呂の扉 修理』って書いておいてー」と頼み、夫は「よっしゃ、書いた、明日よろしく」と言う、ということがあった。

 頻繁ではないけれど定期的に繰り返されるようなスケジュールについては、webのカレンダー機能とお知らせ機能を利用する。4ヶ月ごとに支払う駐車場料金の振り込み日も、夫の誕生日も、結婚記念日も、通知が来たら心づもりをし、直前の通知を見てまたさらに心づもりをし、当日の通知を見る時には「よし、振り込み完了した」「お誕生日おめでとう」「結婚記念日おめでとう」と声に出す。

 必要なことはできる限り確実に思い出して実行する工夫をまずは行い、忘れたとしても思い出す工夫もさらにしてみて、それでも忘れたときには忘れたなりになんらかの解決策を講じ、生きている間を概ね便利で機嫌よく暮らせたらそれでよしとしようと思う。     押し葉

大豆のちから

 今年になってから食生活にプロテインを取り入れた。プロテインにはいろんなタイプのものがあるが、私が続けているのはソイプロテイン(大豆プロテイン)。途中ホエイプロテインを試してみた時期もあったが、私の好みとしてはソイプロテインのほうがむいていて毎日2回くらい低脂肪カルシウム鉄葉酸ビタミンD強化牛乳に混ぜて飲んでいる。

 ソイプロテインに比べるとホエイプロテインを飲んでいるときのほうが筋肉のみっちりむっちり感はあった。肌のつやつや感というかぱつんぱつんとしたハリのようなものもホエイプロテインを飲んでいるときのほうが大きかったと思う。でもなんとなくそのみっちりむっちり感やぱつぱつしたかんじがそこまででなくていいな、というか、そこまででないほうがなんとなくらくだな、感じて、筋肉にも肌にもハリを感じるがお腹にもハリを感じてちょっとしんどいかもという感覚があるのもあってソイプロテインに戻した。
 私が使っているソイプロテインはなんのフレーバーもついていないもので、水に溶かせば豆乳味、牛乳に溶かせば豆乳と牛乳を混ぜたような味。甘みをつけたければオリゴ糖なり何か糖分を追加するがたいていはそのままで飲む。好みや気分によってはココアパウダーを添加したりフレーバー付きのプロテインとブレンドするというのもありだろう。私はココアは頭痛対策でやめているし、フレーバーは求めないほうなので淡々と大豆味で飲んでいるが、それはそれでおいしい。

 ソイプロテインはホエイプロテインほどみっちりむっちりとはしないが、ちょうどよくタンパク質として働いてくれる。筋肉がしっかりとしてくれるおかげで腰痛などの体の痛みが少なくなった。皮膚や髪も元気。それ以外にこれはタンパク質の力なんだろうなと感じるのは爪。これまで長いこと足の小指の爪の端のところが割れたり二重みたいになっていたのがいつの間にか平坦で平たいきれいな爪になっていた。

 頭痛対策や逆流性食道炎対策で控えている食材がいろいろとあり食事に不自由が多くても、プロテインを日々摂取するとそれでかなり食事としての満足感が得られる。栄養的に心身ともに満たされるからなのか夜もぐっすりとよく眠れる。

 3kg(1kg3袋)で五千円ちょっとでこれだけの効果や満足を実感できるのはありがたいことで、これまでも豆腐などの大豆製品は好物だったけど、ソイプロテインも利用するようになり、大豆にはこれまで以上に深くお世話になっている。     押し葉

天然アルムの石を濡らして

 私の体は背中に大量の汗をかく。一年の大半は背中にタオルを入れて過ごす。以前はコットンタオルだったが、リネンのタオルを手に入れてからはもっぱらリネンタオルを用いている。首の後ろ側から入れて背中の下で受け止めて平たく真っ直ぐに伸ばして背中の汗をそのタオルで吸い取る。背中側の襟のところにはタオルの端が短いセーラー襟のように垂れる。このタオルを着け忘れると背中が汗でベタベタになる。ベタベタになるとその不快感で集中力が低下するから特に仕事のときには必ず背中にタオルを入れる。真冬の一月二月にはこのタオルが必要なくなる一時期があるが、その期間は一年のうち一ヶ月もあるかないか。背中にたくさん汗をかくのは小さい頃からずっとそうで、背中にタオルを入れるのは日常的で当たり前で、でも私以外の人たちはそんなに背中にタオルを入れていないよな、とは思っていた。美容室でも長時間かけて取り組むようなメニューの時には背中にタオルを入れて行く。最初の頃は「どうやらさん、すごく素敵なお洋服なのに、背中にタオルなんですか」と言われたこともあったが、今では「大丈夫ですか、ちゃんとタオル、入ってますね」と確認して安心してから作業に取り組んでくださるようになった。

 夏になると天然アルム石を使う。アルム石を水に濡らして肌に塗り、水分を乾かしてから衣類をまとう。アルム石を塗ったところは制汗作用で汗が少なくなる。脇や胸の下胸の間などに塗っておくと衣類が汗で濡れるのを減らせて便利だな、ということで、ここ十年かもう少しくらい、夏の間だけなんとなく使っていた。夏の間だけ気が向いたときだけ使う使い方だから、アルム石はなかなか減らなくて、一度購入すると数年以上もつ。石がだんだん小さくなり欠けたり割れたりして使えなくなれば新しいものに買い換える。

 先週そのアルム石を使っていて、ふと、これを背中全体に塗ったら背中の制汗になるのではないか、と思いつく。しかし直径6センチくらいの低い円柱状のアルム石を水で濡らして自分の背中に塗るのはなかなかに難しい。それでは、とお風呂上がりに夫に頼んでみる。夫は「これ、なんなん? なにするもんなん?」と訝しみながらも、私の「天然アルム石。汗が少なくなる」という説明を聞きつつ、背中にアルム石を塗ってくれた。塗った部位をしばらく乾かしてから、シルクの汗取りインナーを着る。汗取りインナーの素材をシルクにする前に比べればシルクになってからはずいぶんと快適にはなったのだけど、それでも、いつもなら衣類を身につけた時点で、背中からもわーっと蒸気が立ち昇り、その蒸気が全身を覆い、熱く息苦しく感じていたのが、背中にアルム石を塗ったあとの体は全然モワモワしてなくてサラリとしている。なにこれ、真冬でもないのにこんな背中になれるの?

 夫もこれまでなら、お風呂上がりの私にはどちらかというとあまり近寄らないように、遠巻きに接していたのが、「これ、すごいな。ベタベタもモワモワもしてないじゃん」と背中をぽんぽんと触りながら感心している。
 こんなに背中が制汗されるということは、これまで背中から出ていた汗はいったいどこへ行くのだろうか、と考えていたら、翌日排尿をする時にこれまでよりも1回あたりの排尿量が多くなっていることに気づき、なるほどと思う。
 お風呂上がりにアルム石を塗ってもらうことで、夜寝ている間の背中が素晴らしく快適で、これまでよりもずっと気持ちよく眠れるようになった。翌日の日中になっても制汗効果はまあまあ持続してはいるが、背中のリネンタオルなしで仕事するのはまだなんとなくこころもとなく、今のところは背中のリネンタオルも併用している。でもこれまでなら仕事から帰って背中から抜き出したリネンタオルはぐっしょりに近いくらいにしっとりと汗を吸っていたのが、アルム石を塗るようになってからはそんなにタオルが濡れなくなった。こんな快適な背中で生きられるようになるなんて。この快適を知ったからにはずっとこの背中で生きていきたい。

 今は毎晩お風呂上がりに濡らしたアルム石を夫に手渡して背中に塗ってもらっている。夫がいる時には塗ってもらえるが、今後夫がいない時に自分で塗るにはどうしたらいいか、自分の手を伸ばして濡れる範囲でよしとするか、床にバスタオルを敷いて濡らしたアルム石を置き仰向けになって背中を石にのせる感じで動いて塗るようにしてみるか、果たしてそれはうまくいくのか。先が輪っかになった孫の手的なものか何かの輪っか部分でアルム石を固定して、濡らしたアルム石を背中に塗れるようなものと出会えるといいような気もする。いい方法と巡り会えますように。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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