みそ文

太陽と月と暦の力を

 世の中にはいろんな暦がある。私はグレゴリオ太陽暦カレンダーに準じて生活することが圧倒的に多いけれど、太陰暦にもふとしたときには必ずお世話になる。

 イラン語(ペルシャ語)学習をするようになり、イランにはイラン独自の太陽暦カレンダーがあることを知った。イラン暦で今年は1391年。春分の日に太陽が春分点を通過した時点で新年が始まる。その時刻は地球という星が天体の春分点を通過するときで、地球上のすべてが一斉に新年を迎える。なんてめでたいのだろう。新年のカウントダウンに「時差」がないなんて素敵だ。地球上のすべての生き物がいっせいに「わーわー新年おめでとう」と言い合える暦システム、いいじゃんいいじゃん、これ世界で採用しようよ。
 このイラン暦カレンダーでは、地球上同時に新年だから、その新年を早朝に迎える地域もあれば、ちょうどそのときがお昼の地域もあれば、夕方だったり真夜中だったりいろいろなのだ。そして地球が春分点を通過する日時というのは、毎年同一ではないから、特定の地域においてある年は昼間に新年を迎えるけれど、翌年は深夜寝ている間に新年を迎える、ということもある。

 そんなイラン暦カレンダーをPCで毎日眺めるようになって、今年の春分の日には、イランに暮らす文通相手の人にイラン暦新年おめでとうお便りを送った。一通はメールで、もう一通は封書で。手書きの手紙にはイラン語で日付と簡単な単語を少しだけ書いてみる。

 イランのペンパルの子とは十代後半から手紙をやりとりしていて、お互いおとなになっていまは中年女性になって、何年かの間があいても、気が向いたときにふっと何かを書いて送る。結婚してたり離婚してたり、子どもがいたりいなかったり、身体のどこかの不調があったり、各自いろんなことがある。

 私が送ったイラン暦新年お祝いのお便りに対して、今日彼女からの返信メールが届いた。私からのメールと手紙に対してありがとう、ということと、自分はしばらく体調を崩して入院していて腫瘍の摘出手術を受けていたということと、そのため手紙とメールを思うように書けなくて、書いた手紙を投函できなくて、残念だったの、ということが書いてある。

 なにはともあれ手術が無事にすんで帰宅できたのならよかった。

 イラン暦カレンダーでは、今日は2月の3日。イラン暦での一週間はグレゴリオ太陽暦の土曜日から始まる。便宜的に日本語風に翻訳して呼ぶならは、土日月の順に「零曜日(土)」「一曜日(日)」「二曜日(月)」「三曜日(火)」「四曜日(水)」「五曜日(木)」「休日(金)」。そして今日は「一曜日」。

 彼女の今日が、そして明日と明後日とその次の日々がずっと、彼女の病後の身体とこころにおだやかによりそって、すこやかな力と勇気を育む時でありますことを。     押し葉

包丁いろいろ金属いろいろ

 先日の「鋳造」と「鍛造」の話題の後日、夫に「そうか、鋳造の金属よりも鍛造の金属のほうが密につまっていてかたくて丈夫なのね」と言うと、夫は「そりゃあ、そうじゃろう、そのための鍛造じゃん」と、なにを今更、な表情をして「刀なんかそうじゃん。たたいてたたいてそう簡単には折れたり刃こぼれしたりしない刃物にしていくんじゃけん。斧も鎌も」と言う。

「じゃあ、刃物はみんな鍛造なの?」
「みんなじゃないかもしれんけど、包丁でもよく『鍛造モリブデン』って書いてあるじゃろ」
「モリブデン包丁を見たことはあっても『鍛造』の文字には気づいてないわあ。ということは、モリブデン包丁はすべて鍛造?」
「いや、他の作り方もあるやろ」
「それは鋳造?」
「うーん、鋳造じゃあ弱い気がするなあ、アツエンちゃう?」
「あつえん? アツエンって、なに? どんな字。アツエンのアツは圧力の圧だよね、きっと。エンはなんだろう、あっ、延ばす延べるだ!」
「そうそれ。圧延」
「そうか。金属をとかして流して冷やしてかためただけではもろいけど、かといってその金属を鍛冶仕事で鍛えるほどには頑強にする必要はない、そういう時には『圧延』なのね」
「そうそう。ローラーのようなものできゅうっとにゅうっと押し出すだけでも、こだわらん包丁だったら十分なんじゃないかなあ」
「なんか、金属の世界って、いろんな技術があるんじゃね。鍛造も知らんかったけど圧延も初めて知ったよ」

 鋳造、圧延、鍛造の順に、金属がかたく丈夫なものに仕上がる、ということかしら、そのようだな。鋳造と圧延あるいは圧延と鍛造の間の強度にあたる加工方法もあるのかなあ、あるんだろうなあ。そして鍛造ひとつとってもいろんな種類の鍛造があるようだわ。
 いやもう別にこれ以上金属加工に詳しくなりたいわけでは全然ないけれど、頑強な方向ではなく、もろい方向に加工するとしたら、それはなんというのかなあ。たとえば金箔のようなものは、たたいてたたいて薄く延ばして軽く柔らかくしているから、金属加工としては『鍛造』の反対側のような気がするけれど、あれは『金』という特別に柔らかい金属ならではのことなのかなあ。
 いやもしかすると、そもそも圧延は鍛造の一部というか、鍛造が圧延の一部なのかな。そして金箔は出来上がったものはヒラヒラと柔らかいけれど、あれも鍛造の一種なのかもしれない。
 いろいろ疑問なままではあるけど、金属加工の勉強、以上、これまで。     押し葉

応力と鍛造という言葉を初めて知る

 休日を取得して本日は歯科検診。

 少し前に風邪をひいたときに喉や口の粘膜が弱った状態で食事をしていたら左奥歯に地味な痛みをおぼえた。そのときが初めて痛みを感じたときだったのか、本当はそれ以前も痛みがあったのに口の調子に余裕があったから気がついていなかっただけなのか、左側の上の歯が痛いのか下の歯が痛いのか、そのときにはいろいろよくわからないけれど、とにかく、むむむ、と思うような痛みだった。

 後日身体に余裕ができてから、はてさて、あのときから地味に痛い部分はいったいどの歯のどの部分なのかしら、と鏡を見ながら指先で歯をなぞる。左の下の奥から二番目と三番目の歯の下の方、歯茎に近めの部分が少し肉眼でも見ても色味が異なり、触ると少しくぼみがあることに気づく。
 なるほどね、痛いのはここだったのね、と納得する。

 ここ最近の私の口はえらいので、検診やクリーニングも含めて歯と歯茎のメンテナンスに行ったほうがいいですよ、という時期になると、古い詰め物をぽろりとはずしてみる、というような小技を使ってくるようになった。今回のわずかなくぼみは以前処置してもらった部分の処置に使った樹脂のような素材が剥がれ落ちたためにできたもののようである。

 歯科で「全然激痛ではないんですけど、ここが」と診てもらう。歯科医の先生が「ああ、これは、前に詰めたところが欠けてますねえ。治療の前に少し説明をしますね」と紙とペンを出してくる。
 先生の説明を要約すると、歯で食べ物を噛んだり、人によっては食いしばったり、歯ぎしりしたり、そういう「噛む」という活動をしたときに歯にかかる圧のことを「応力(おうりょく)」と呼び、その応力が最も大きくかかるのが、歯の側面(表側というのだろうか)の歯茎に近い部分なのだそうだ。その応力が強くかかる部分は、こうして過去の処置素材が疲労して脱落することもあれば、人によっては歯のその部分の自分の歯そのものがくさび形に欠けることもあるのだそうだ。

 では治療の前に検診とクリーニングをしましょうね、ということで、歯科衛生士さんが歯茎の深さチェックをしたあとで歯全体をくまなく丁寧に磨き上げてくれる。
 それから先生がひと通り診てから、では今回の欠けた部分の治療をしますね、と治療開始。治療はまったく痛くもなく、先生の細やかな職人芸でつるつるの仕上がりに。

「先生、さっきの応力の質問なんですけど、応力対策に何か、食べる時の噛み方や歯磨きの仕方などで工夫できることってありますか?」
「残念ながら、ないです」
「そうですか。これまでどおり噛んで食べて生きていきながら、応力で欠けたときにはその都度治す、しかないんですね」
「そういうことです。すみませんが、そのときにはまた来てもらえますか」
「はい、もちろん、そうします。検診もクリーニングにもちょくちょく来ます」

 ちょくちょくとは言っても、一年に一回か二回か、二年に一回か三回か、それくらいの頻度ではあるけれど。大丈夫、私の口と歯と身体は、必要なときにはちゃんと私にそう要求してくるから。きちんと私を早めに歯科に行かせるようにうまく誘導してくれるから。

 帰宅して、食事を終えて、夜の歯磨きをゆっくりとしたあとで、夫に「そうそう、今日ね、歯医者さんに行ってね、応力っていう言葉を初めて知ったんだよ」と話す。夫は「それなら知ってる」と少し誇らしげ。

「でね、その応力が一番大きくかかるのが、歯だとこの下の方の歯茎に近いところになるんだって」
「まあ、そうやろうなあ」
「なんでそんなこと知ってるん? あ、そうか、プレス機械には応力が関係あるか。仕事で使うんだ」
「うん」
「その応力がかかるとね、人によっては歯ぎしりがひどい人なんかだと、こうね、歯の一部がね、ちっちゃくぽこっとくさび形に欠けて抜け落ちてくることがあるんだって。知らんかったー」
「それはおれも知らんかったけど、応力いうのはそういうもんだからなあ」
「ねえねえ、どうやらくんがしてるプレス機械の仕事というのは、日本語で言うと『金型圧縮機械』になるの?」
「タンゾウ機械」
「は? たんぞう? たんのう?」
「たんぞう」
「なに、たんぞう、って。どんな字を書くの?」
「ぞうは造る、造船の造。たんは金偏に柔道の段の段」
「柔道の段の段は、階段の段だよね」
「ちがう。階段じゃなくて柔道の段」
「でも柔道の段は、書道の一段二段の段のことでしょ、だったら階段の段でしょ」
「あれ? そうだっけ、ちょっと待ってよ、あ、ほんとじゃ、そうそう階段の段」
「金偏に段を書く、そんな漢字があったなんて、私たぶん自分で書いたことないんじゃないかな。で、ダンゾウって読むの?」
「ちがう。たんぞう、だってば」
「階段の段を書くのに、だん、と読まずに、たん、と読むの?」
「そう、たんぞう」
「で、たんぞう、って何することなん?」
「そうやなあ、金属をたたいて造形作業をすること、かな」
「鋳物、とはちがうの?」
「あれは金属をとかして流して固める作業」
「あ、そうか、じゃあ、鍛造のほうは、すでに固形となった金属をたたいてなんらかの形を造るんじゃね」
「そうそう。刀とか」
「あれ? じゃあ鋳造は?」
「だからそれは金属をとかして流すほう」
「あ、そうかそうか。うーん、じゃあ、かじ屋さんの仕事は鍛造?」
「そうそう」
「あとはもっとこう何か自動車のプレス機械よりももっと身近な小さな鍛造だったら何がある?」
「そうやなあ、雪平鍋とか?」
「はいはい、なるほど、あれは鍛造なんだー、そうなのかー。じゃあ、雪平鍋以外の鍋や鉄鍋も鍛造なのね。私、鍛造、なんて言葉初めて知ったよ。どうやらくんはこの言葉いつどこで知ったの?」
「大学卒業して会社に入ってから」
「そっかー。じゃあ私が知らなくてもおかしくないね。私はほらこのお腹の中の内蔵の胆嚢か胆道しか思いつかんわあ。それで、応力、のほうは? 応力も会社に入ってから習ったん?」
「いや、応力のほうは大学で力学のこと習った時に出てきたんじゃないかな」
「へえー、そうなんだあ。応力って不思議だねえ。噛むのは下の奥歯だったら歯のこの平たい面の部分なのに、そのときの力がその歯の側面の下のほうに一番たくさんかかってるだなんて。私の奥歯は、エビのしっぽも魚のしっぽも小魚の頭や骨や肉類の軟骨までバリバリ噛んで食べるのに大活躍してくれるところじゃけん、歯ぎしりはなくてもこの部分の負担が大きいんじゃろうねえ」
「みそきち、バリバリ食うもんなあ、ここは残すやろう、いうところでもパリンパリン食べるもんなあ。あれだけ骨食ってたら、そりゃあ骨や歯は丈夫になるじゃろうけど、それで自分の歯が応力で欠けたんじゃあ、ちょっとおばかさんなかんじやなあ」
「自分の歯じゃなくて、処置部分の処置素材だから、きっと自分の歯より欠けやすいんだと思うよ、だから別におばかさんじゃないと思うよ」

 今日は歯の欠けも治って、ここしばらく地味にときどき痛かったのがこれで痛くなくなるだろうし、歯科衛生士さんの手でクリーニングしてもらってきれいになってすっきりさっぱりしたし、「いつもきれいに磨いてあってまったく問題ないですね、満点です」という太鼓判を今回も歯科衛生士さんと先生からもらって勝手に勝利した気分だし、「応力」とついでに「鍛造」なんていう私にとっては馴染みの薄い語彙とも知り合いになったし、盛り沢山な一日だったなあ。

 はっ。そういえば、鍛造の鍛は、鍛錬の鍛だー。ああ、私、『鍛造』は書いたことがなくても、『鍛錬』の鍛の字なら書いたことがある。あるある。鍛造の鍛は鍛錬の鍛。なんだか今日もまた少し私は賢くなったなあ。
 そして、そういえば、「かじ屋さん」の「かじ」の字は「鍛冶」だったのねえ、そうねえ「鍛冶屋さん」だわねえ、と、ちゃんと「鍛」の字が使ってあるのねえ、と、今さらながらしみじみ。     押し葉

東京スカイツリー人形焼

 仕事から帰宅したら、食卓の上に「東京スカイツリー人形焼」という名前のお菓子が置いてある。朝から山に行っていた夫に「これ、どうしたの」と訊いてみる。夫によると、空室だった西隣に新しく引っ越して来た方が引越しの挨拶菓子として持って来られたとのこと。

「関東地方から引っ越してきちゃった人なん?」
「それがなんかちがうらしい。こっちの人なんだって」
「それなのに東京スカイツリーなのは」
「出張で東京に行ってきたんで、って言ってはった」
「ほえー。引越し挨拶のお菓子を出張先で手に入れるなんてこと、思いついたことなかったなあ」
「まあ、今、東京スカイツリーは旬じゃけん引越し挨拶のネタとしてちょうどよかったんちゃう? 家族に土産買うついでじゃったんかもしれんし」
「そうかもねえ、お手頃じゃったんかもしれんねえ。わあ、見てみて、ほらここ、スカイツリーの細かい格子を焼き型で表現してあるよー。でも、これはもう全然人の形でも人形でもないよね。人形焼って、これくらいの大きさにこの材料で焼いたものであれば、形が人っぽいものであろうと、俵であろうと、スカイツリーであろうと、なんでも人形焼なんじゃね。さっそく一個いただきます」

 そのあと、夕食に出かける。ふと外から自宅マンションを見上げる。
「あれ? 隣に引っ越してきたって言ったけど、西隣、空室のままだよ。真っ暗だし、荷物もなんにもなさそう」
「ほんまやなあ。引越してくる前に挨拶にきちゃったんかなあ」
「引越し前に引越し挨拶だけ済ます方式もあるんじゃねえ」
「引越し当日荷物入れて荷解きして疲れたあとで、とか、また後日、よりも気楽なんかなあ」
「契約だけして、まだ引っ越してきてない状態で、荷物入れてない状態で、引越し挨拶のお菓子を配るのも思いついたことなかったなあ。いろんなやり方があるんじゃねえ。引越しは明日かな」
「どうなんかなあ、そこまで聞かんかったなあ、もう越してきたとばかり思ってたし。引越し挨拶の菓子はもらって食ったけど、引っ越して来るの来月だったりしたら、初のケースやな」

 東京スカイツリー人形焼は人形焼の味がした。こしあんと小麦粉の生地のカロリーが仕事でエネルギー消費して低下していた血糖値と体温をくいっと上げてくれて、全身がじみっとゆるやかにぬくもる。おいしかった、ごちそうさまでした。     押し葉

緑色のしましまの傘

 仕事中、もよりのクリニックから電話が入る。「なになにさんという患者さんが、これからそちらに向かわれます。グリーンのしましまの傘をお探しなのですが、こちらの傘立てに残っている中にはないとのことで、先にそちらにお薬受け取りに行かれた方の誰かが間違っていらっしゃるかも、ということで。対応よろしくおねがいします」

 すぐにそのときその場にいる同僚三人に今聞いた内容を連絡する。全員が店内をささっと見渡す。「緑色のしましまは、ないですねえ」「うーん、どうしましょうねえ」と話しつつ、座って待つ患者さんたちの手元も一応ざっと見る。誰も傘は持っていない。店内の傘立てにあるのは、こげ茶色を貴重としたチェック柄っぽいかんじ。「緑のしましま」のものはない。

 数分後、年配の女性がご来店。入ってくるなり傘立てを見て「これ、これ。私の傘、これ」と言われる。ええっ、緑のしましまじゃないけど、これなの、と思っていると、椅子に座っている男性が「なに言うてるんや、これはおれの傘や」と言う。年配の女性は「ちがうよ、これは私の傘よ。ちょっとここで開かせてもらうね。ほら、開いた時のこの模様、私の傘だもん。クリニックによく似た傘が残っていたから、誰か間違えたんじゃないかなと思ったの。これは私の」と言う。男性は「おかしいなあ、これ、おれの傘なんやけどなあ、見間違えたんかなあ、ちょっとクリニックに戻ってくるわ」と行って出てゆく。

 年配の女性は「ああ、よかった、このグリーンのしましまの傘、お気に入りなのよー」と言いながら自分の手にしっかりと持って着席。対応に出た私は「見つかってよかったですね」と言ってから調剤室に戻る。中にいる先輩薬剤師に「傘、グリーンのしましま、と聞いてましたけど、こげ茶色のチェックでした。緑の線は細いのが数本入っているだけです」と伝える。先輩は「うん、私も見たけど、今、緑のしましまのものは、うちの薬局の中にはきっとないと思うわ」と言う。

 しばらくすると先ほどの男性が戻ってくる。「やっぱり間違えてたわ。おれの傘こっちやったわ。すんませんでした」と言って腕を少し持ち上げて傘を見せてくださる。紺色基調で緑の細い先が横に数本入っている、かなあ、というデザイン。年配の女性は「そうやろ、やっぱり、グリーンの縞が似てるからなあ、まあ、よかったわ」と言う。

 すべての患者さんがお帰りになったあとの店内で同僚たちと話す。「緑のしましまは一本もなかった、あの状態でグリーンのしましまをの傘を見つけてあげるのは無理」「そもそも緑じゃないし、こげ茶色と紺色やし、それに全然似てないし」「あの細い緑色ラインに注目して緑のしましまとおぼえてる人もいはるねんなあ」「しましま、って、しましま、って、チェックの中の線はしましまなのー?」

 そういえば、広島で暮らしていた頃に、父が外出するとき着たい「黄いなシャツ」が見つからないと言い出して、家族全員で「黄いなシャツ」を探したことがあった。父の説明によれば、数日前に着て、洗濯に出して、洗濯カゴにも洗濯機にも物干しにもない、ということは、取り込んだ洗濯物が置いてある部屋にあるはず、自分の衣類のタンスにはまだ返ってきていない、黄いなポロシャツで最近買うたやつなんじゃ、とのこと。

 黄色いポロシャツね、と思って探すが、黄色はないなあ。外出する時間が近づき父は少し焦り気味になる。父は衣装持ちなのだから、他にも着るものはたくさんあるのに、その日はどうしてもそのポロシャツが着たい気分なのだろうなあ。と、はっと、ポロシャツってもしかして、洗濯ものを取り込んでたたんだり、アイロンかけたり、片付ける前に吊るしておいたりするところの、吊るしてある、その部屋に入って真正面に吊るしてある、この濃い橙色の、赤色に近い橙色の、このポロシャツのことじゃないよね、と、手にとって父に見せる。

 父は「おう、これこれ、黄いなシャツ、これを探しようたんじゃ」と言う。家族皆が「ええええっ、おとうちゃん、これは黄色じゃないよ、だいだい色とかオレンジとか言うてくれたほうが早う見つかると思うわあ」と言うけれど、父は「何回もあの部屋で探したのにのう、目の前はかえって見逃しやすいんかもしれんのう」とつぶやいてそのまま出かける。

 そういえば、そうだったなあ、父のポロシャツを探したあのとき、色や柄に関する説明は、人の言うことをあまり真に受けることなくぐぐっと拡大解釈してイメージを広げて探すほうがいいのであるなあ、と、よし今度からそうしよう、と、決意したことをすっかり忘れ去っていた。でも、今回の「緑色のしましまの傘」のおかげで二十年ぶりくらいに思い出したよ。次の二十年後くらいに忘れた頃にまたこの決意を思い出させてくれるのは、何色のどんな何だろう。さあこい、どんとこい、なんなりと受けて立つ。     押し葉

右手左手箸と口

 もう一年以上前のことになるかな。広島の実家で食事をするとき、私の左に夫が、私の右側に弟が、弟の向かい側に姪のみみがー(弟にとっては娘)が座っているという配置。その他のメンバーの配置については今回は省略。

 姪のみみがーが右手で持った箸で食べ物を口に運ぶのを見ては、弟が「みみがー、こうで、こうやるんで」と箸の使い方を教える。みみがーは左利き要素が多く、左手での箸の使用は円滑にできるけれど、弟としては右手も同等に使えるようにしておいてやりたい親心のようなものがあるらしく、その親心と期待に応えてみみがーは右手で箸を使う練習中であるようだ。
 弟は「ほら、見てみいや、おとうさんも左手で箸使うのだいぶん上手うなったろうが。じゃけんみみがーもがんばれるよの」と左手で箸を巧みに開閉する。

 弟は左隣にいる私に「そういうわけじゃけん、ねえちゃんが右手で食べるのに、わしの左腕が動くけん邪魔じゃろうけど、悪いのう」と言う。

「全然なんにも問題ないよ。でもすごいね。後天的に左手で箸を使えるようにしたなんて。私も字を書くのは左手で書くのを練習してだいぶん上手になったんだけど、箸とかハサミとかそういうこまかい動きが必要なものはまだ練習したことないわあ」
「左手で字を書けるほうがすごいじゃんか」
「いや、左手で字を書くのはね、右手も同時に同じ字を書く動きを形だけでもするとすごく簡単にできるし、実際には動かさなくても右手で書いているイメージを脳内でするだけでも左手の動きがラクになるんよ」
「でも、なんで左手で書こう思うたん? ねえちゃん右利きじゃろ」
「うーん、たとえば何か脳梗塞とかなにかで右手が不自由になってから左手で作業を代行する必要ができてからいきなり練習するよりも、事前に練習しといたら便利なこともあるかなあ、と思って。今のところはゴミ袋にマジックでマンション名なんかを書くくらいしか実用がないんじゃけどね。あ、あとね、鏡文字いうのがあるじゃん、左右反対の文字書くやつ、あれね、右手で本来の文字を書きながら同時に左手で鏡文字を書くとねすごいスラスラ書けるんよ」

 ここで夫が「文字はともかく、しめじくん(弟)、左手で箸使って食べられるようになったのはすごいなあ」と感心する。弟は「箸そのものを持って動かすこと自体はわりと簡単にできるんじゃけど、問題なのは口のほうなんよ。長年右手で持った箸で運んできた食べ物を入れてきとるけん、唇の開け方とかベロ(舌)の構えかたが右手仕様になっとるんかしらんけど、左手側から食べ物が来ると首を傾ける向きや角度も違ってくるしいろんなタイミング難しい」と説明する。夫は「え、そうなん、やってみる」と言って、左手で箸を持ち、「あんまり難しいことはできんけん、まあ簡単なものを」と言って何かのおかずを持って口に運ぶ。

「おっ、あっ、ほんまじゃ。口の形が、顔の向きが、左手で箸を持って左側から入れる時に、なんか難しい」
「ほうじゃろ。みみがーはまだ小さいけん、この前まで大人に食べ物を口に運んでもろうたりしようたのもあるし、右からでも左からでも前からでもどういうことないみたいなんじゃ」
「うーん。不思議ー。右手でナイフ持って左手でフォーク持ってなにか突き刺して食べる時にはもうそれ用の口の形に慣れとるんじゃろうか。箸だとなんかフォークとはかんじが違うなあ」
「じゃろ、じゃろ。まあ、そういうわけじゃけん。みみがーはがんばれよ」
「ほんまやなあ、がんばれやなあ、応援だけはさせてもらうわ」

 みみがーはきっと本人にとってちょうどよく便利に上手に両手を使いこなす人として大きくなっていくことであろう。     押し葉

息づかいがあらいとき

 職場のカウンターでお薬をお渡しし終える。患者さんが帰られたあと、今しがた聴いたお話と自分が説明した内容等を薬歴に入力して記録する。前回と前々回のお薬と薬歴の内容をあらためて見て、あら、そういえば、前回は「頓服はまだ残っているんで今日は要らないです」とおっしゃって、そうでしたか、では、必要なときにはそちらを使って調整してくださいね、とお話しした、とある。そのお話をしたのは私だ。前回は頓服に関するお話をしたけど、今回は私の方もお尋ねせず患者さんも自発的におっしゃりもせず、頓服薬なしで大丈夫なのか確認しそこねちゃった、と書いておこうかしらね、と思っていたら電話が鳴る。

 同僚の事務さんが電話にでる。電話の相手は上記の患者さん。「いま気づいたんですが、今日の診察のときに先生に『手元に頓服がもうないから出してください』と頼むの忘れてて頓服出してもらってないんです。前に出してもらったのと同じ頓服薬を出してもらいたいんですけど、どうしたらいいですか」というご相談。

 事務さんは「そうでしたか、ではですね、まず一度こちらの薬局にお立ち寄りいただけますでしょうか。そのときに先ほどお持ちくださった処方箋をいったんお返しいたしますので、その処方箋を持って先生のところにもう一度戻っていただいて、受付で『頓服の処方も追加でお願いします』と伝えてください。そうしたら先生が、必要であればお話聞かれて、追加処方を書いてくださいますので、それからまたこちらに処方箋を持ってきてください。先ほどのお薬をまとめて入れたビニール袋に頓服を追加でご用意いたします。それで頓服が追加になったぶんお薬代が少し高くなりますから、先ほどいただいた代金との差額をいただく、という形になりますが、今日のご予定として大丈夫そうですか?」と説明。その患者さんは「ではこれからすぐに行きます」とおっしゃる。

 電話を切った事務さんが「今の方の処方箋、こちらに準備しておきますので、もし来られたら、これを渡してくださいね」と連絡してくれ、「はい、ありがとうございます、了解しました」と応える。そして「実は、私、薬歴を書いていて、あれー、今日はこの方、頓服は要らなかったのかしらー、どうだったんだろう、と考えてたところなんです。そう思った私の念とこの患者さんの気づきが、ぴぴぴぴっ、と電気のようなものでつながったんでしょうか」と続ける。事務さんは「ああ、それなら、それは、きっとそうだ、そうにちがいない」と言う。

 私がトイレに行っている間にその患者さんは戻って来られ、私がトイレから戻ったら、事務さんが「今クリニックに行かれました」と教えてくれる。しばらくの後その患者さんが処方箋に頓服薬の追加処方が記載されたものを持って来られる。私が調剤室の奥で何かしている間に、事務さんと先輩薬剤師が追加の処方内容を確認する。

 通常であれば、処方箋をコピーして、コピーを見ながら調剤室で調剤し、処方箋原本を見ながら事務の人が入力を行う。しかし、今回は頓服薬数錠のみの追加だから、コピーはせずに処方箋原本は事務さんにそのまま手渡して、先輩薬剤師が目視確認した処方内容を記憶してから調剤室に入ってきて読み上げてくださる。先輩薬剤師が読み上げるとおりに引き出しからその薬をその数出して、頓服薬用の袋に、1回1錠5回分、と書く。余白には、いつ、どんなときに、この頓服薬を使うか、という医師からの指示文言を書く。先輩薬剤師が「服用時は、息づかいがあらいとき、だったと思う」と言う。私はイタコのように言われたままの音を文字にする。指先に持ったペンを動かして『息づかいがあらいとき』と書く。

 先輩薬剤師と二人で薬の内容と数と薬袋に書いてある内容を確認する。あらためて見てみると、この処方医の先生が「息づかいがあらいとき」という指示を出してこられるのはなんとなく珍しいような気がする。どちらかというと『便秘時』『不眠時』『不安時』『緊張時』『ドキドキするとき』などさくっとした表現を多く用いる先生のような印象を持っていたのだけれど。でもまあ、私は入社数ヶ月の新人で、先輩薬剤師は十年以上この薬局開局時以来ずっとこの処方医の先生の処方箋をたくせん見てきた人だから、こんな指示文言もときにはあるのかもしれないな、と思う。

 薬を持ってカウンターに出る。念のために今一度確認、と思い、入力作業をしている事務さんに「処方箋の頓服の追加処方の部分、見せていただけますか」と頼む。処方箋を見ると、その薬の服用時指示は「息づかいがあらいとき」ではなくて「息苦しい時」となっている。事務さんに「服用時は『息苦しい時』で入力されてますか?」と尋ねると、「はい、処方箋どおりに」と言ってPC画面を見せてくださる。「はい。本当ですね。ちょっと薬袋書きなおして来ます」と言いながら自分が薬袋に書いた『息づかいがあらいとき』という文字を見せる。事務さんは首をふるふると横にふって、患者さんに聞こえないくらいの小さな声で「それは少し違うわ」と言う。

 調剤室に戻って、薬袋の服用時部分をホワイトテープで修正する。先輩薬剤師が「あら、なにか違ってた?」と問われる。「はい。処方箋に書いてある服用時が『息づかいがあらいとき』ではなくて『息苦しい時』でした」と答える。先輩薬剤師は「まあ、それは、失礼しました。すまんすまん」と言われる。「いえいえ、では『息苦しい時』で」と、書きなおした薬袋を見てもらってからもう一度カウンターに出る。

 そのお薬を患者さんにお渡しして、先程は頓服のお話を伺い損ねてごめんなさいね、近くで思い出して気づいてくださってよかったです、ありがとうございました、とお礼を伝える。患者さんも「いえいえ、こちらこそ助かりました」とおっしゃる。「では、もう何度かこの頓服は使ってくださってるのでよくご存知のことと思いますが、むむっ、これはなんとなく息苦しいかな、という気配を察知したらすみやかに投入してください。本格的に苦しくなって動けなくなるまで我慢したりせずにお願いしますね」とお話する。

 無事にその患者さんが出てゆかれて、存在するのは薬と機械と備品と従業員だけの薬局になる。「珍しい表現だとは思ったんですけど、やはり『息づかいがあらいとき』というのは、よく考えるとなんだかあやしいですよね」と話す。事務さんは「うん、なんだかすっごくあやしいです、いったいなにをして息づかいがあらくなってるの、と思います」と言う。

「まあ、たしかに、息苦しい時、というのは、だいたい、息づかいがあらくなる、ものではあるんですけど、薬をのむときの指示としてはあんまりない表現ですかねえ。わりと長く薬剤師してるんですけど、まだ見たことないかなあ」
「私もけっこう長いこと医療事務やってますけど、その表現は見たことないし入力したこともないない」

 そこに先輩薬剤師が現れ「すまんのう。へんな文言で混乱させて。なんだか思いきり作った(創作した)なあ」と言う。私は「いえいえ、思いがけない珍しい文言で面白かったです。薬袋を訂正して書きなおす時間分、患者さんにはちょびっとだけ長くお待ちいただきましたけど、問題のない範囲だったと思います」と言う。事務さんが「問題は、なかった、ですね。主任(先輩薬剤師)のちょっと意外な日本語表現力が垣間見えた気はしますけど」と言う。先輩薬剤師は「ほんとうにすまんすまん、もうそのくらいで許してくれ」と言う。

 毎日飲むほうのお薬の継続で、その患者さんが息苦しくなるような事態を少なく、できれば殆ど息苦しくなることがないように、調整してゆけるといいなあ。それでももしも息苦しい症状が出てきた時には、今回お渡しした頓服薬を適切に使って日々の暮らしやお仕事の質を保てるように上手に工夫してくださるといいな。     押し葉

野菜と果物バンブーダンス

 ずっと以前、自宅から関西空港が割と近い場所にあった頃、私達夫婦はちょくちょく南の島へ出かけた。

 ある年のある温かい時期に訪れた南の島で、夕陽が沈むのを眺めながら海岸沿いの道をそぞろ歩く。夕ごはんにはその日そのとき食べたいものを選ぶ。
 その日はサテという焼き鳥だけどつけてあるタレが甘いピーナツ味のものを何本かと、別のお店でラプラプ(熱帯魚)の塩焼きを食べて、もちろんビールも好きなだけ飲んで、たのしくておいしかった。
 でも、まだ、なんとなく植物的なものが食べ足りない、つまり野菜不足果物不足な気がするね、と、話す。

 コテージの部屋にはモンキーバナナの房を買っておいてあるけれど、あれは朝ごはんやおやつに食べるもので、もうかなりの量を食べていたから、バナナに対する欲望はそれほどではなく、バナナ以外の果物とお野菜を食べたいね、という気分。

 サテとラプラプで腹八分目のお腹を抱えて歩いていたら、私達が泊まるコテージの近くにある別の宿泊施設のレストランでディナーバイキングが開催されているのを発見。
 バイキングだから、お肉もお魚もお野菜も果物もお菓子もアルコール以外の飲み物もこみこみでたぶん千五百円くらい。
 でももう私たちのお腹はかなりいっぱいになってるからバイキングであれこれ食べたい気持ちはない。けれど、ここのレストランであと二十分くらいすると始まる「バンブーダンス」のショーは見物したいなあ。と思いながら入り口のメニューを見ていたら、バイキング以外にもちゃんと単品メニューが存在していて、野菜サラダやフルーツサラダの注文が可能であることに気づく。
 ああ、よかったね、ちゃんと単品メニューがあるのなら、それを注文して食べて、バンブーダンスを観て帰ろう。
 
 レストランに入る。建物といっても、柱と屋根以外には高い壁があるわけではなくて、窓も窓ガラスもなくて外の景色はそのままよく見える。外の風も通り放題。寄せては返す波の音も聞こえてくる。
 席に案内してもらって座る。昼間に日焼けした皮膚、特にふくらはぎの皮膚が椅子の脚にうっかりあたると痛い。なぜふくらはぎが陽に焼けているかというと、昼間海でシュノーケルを口に加えて水面にぽよんとうつぶせに浮かんで海中の様子を眺め続けていたから。ふくらはぎの日焼けは予想していなくてふくらはぎには日焼け止めを塗り忘れていたから。
 
 ウェイターさんが「この時間帯限定サービスのディナーバイキングでよろしいですか」と当然それを注文するよねな面持ちで尋ねてくださる。

「いいえ、もうディナーは他のお店でいろいろ食べてきたものですから、こちらでは単品で野菜サラダとフルーツ盛り合わせをいただきたいのですが、この時間帯の単品注文は可能ですか? あと飲み物もいただきたいので、先にミネラルウォーターとあとでこのジュースひとつとコーヒーをひとつお願いしたいのです」
「もちろん可能ですが、バイキングよりも割高といいますか、バイキングでしたらいろいろ込みで千五百円のところが、野菜と果物各七百円とお飲み物ひとつ三百円でお一人さま千円ほどいただくことになります。もう五百円ずつご負担いただくだけで、当店自慢のお肉やお魚料理もごゆっくりとお召し上がりいただけるのですけれど、そちらは御入用ではないでしょうか」
「ありがとうございます。せっかくなのですが、他でいろいろ食べてきたのでもうそんなにいろいろは食べられないんです。割高かもしれませんが、私たちは単品での注文が可能でしたらそちらでお願いします。それと、もうすぐ始まるバンブーダンスを見て行きたいのですが、それは別に観覧料が必要ですか?」
「いえ、それは必要ありません。当レストランご利用のお客様皆様へのサービスとして無料でご覧いただいておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみください。よろしければのちほど舞台でご一緒に踊ってください」

 最後の「舞台で一緒に踊れ」のところだけ、その意味がよくわからなかったけれども、バイキングではなく単品注文もできることがわかり、なおかつバンブーダンスを見物できることもわかり、安心する。

 しばらくすると私達が注文したミネラルウォーターと野菜サラダと果物サラダが運ばれてくる。ウェイターさんが「どうぞごゆっくり」「バンブーダンスは何時からですからもう少しお待ちくださいね」という意味のことを案内してくれる。「ありがとうございます。たのしみです」と応えてから、両手をあわせていただきます、と挨拶してサラダを食べようとする。

 そうしたところ、近くの別のテーブルに座っていた団体客の人たちが「もしかしてあの人たち(私達夫婦)英語がよくわからないのかしら。だからバイキングのことがよくわからなくて単品注文なのかしら」と瞬時に話しあって、そのうちの一人の人が私たちの席に近づいて来られ「あの、日本から来られた方ですよね、もし、英語で何かお手伝いが必要でしたら」と日本語で声をかけてくださる。

「こんばんは。はい、日本から来ました。ありがとうございます。えーと、今のところ、特に英語で不便はないみたいなので、たぶん大丈夫です」
「え、でも、このサラダ、お野菜も果物も、バイキングだったら、こみこみ千五百円で食べ放題なのに、割高な単品で注文するのは、ここのバイキングシステムがよくわからなくて、ではないのですか。今からでもバイキングに変更してもいいと思うんですよ、もしお店の人に言いづらくてなら代わりに言ってあげられますけど、大丈夫ですか」
「ああ、これはですね、実は私達、もう他のお店を何軒かはしごして、お肉やお魚はたくさん食べ終えてるんです。あとはお野菜と果物が食べたいなあ、と思ったところでこちらのレストランを見つけて、しかもバンブーダンスショーもあると書いてあるし、バイキング以外の単品注文も可能だったので、そちらにしたんです。お気遣いありがとうございます」
「ああーそうでしたかー。でもバイキングだったら、デザートのケーキやプリンもあるんですよ、ドリンクも無料なのに」
「いえいえ今日はもうケーキもプリンもほしくないんです、食べられそうにないんです」
「そうでしたか、そういうことなら安心しました。では、どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」

 その人がグループの席に戻り「あの人達(私達夫婦のこと)、英語がわからなくてバイキング注文できなかったわけじゃないんだって。もうお腹いっぱいだから食べられるだけの注文にしたんだって」と説明する。グループの人達が「私らだったらお腹いっぱいで食べられんと思っても千五百円で食べ放題だったらそっち注文していろいろ食べてああ食べ過ぎたーって後悔するのに、そこで割高でも単品注文にしておこうという理性が効く人もいるんやなあ」と感心してこちらを見て会釈される。私もにっこりと会釈して「ありがとうございました」と彼らのご心配とお気遣いに対するお礼の気持ちを伝える。

 ウェイターさんが残りの注文分の飲み物を運んできてくれて、「もしもこちらの野菜サラダと果物で足りないときには、よろしかったらバイキングコーナーの野菜と果物を追加でとって食べてください。このお皿に入っているものと内容は同じものが置いてありますので。お肉やお魚やケーキなど他のものはとっていただくことはできませんが、よろしければ」と案内してくださる。「ご親切にありがとうございます」とお礼を言う。ウェイターさんがいなくなったあと、夫が私にだけ聞こえるくらいの小声で「ヘンゼルとグレーテルか」と言う。「ここの人達は、ヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家のおばあさんみたいに、おれらにバイキングの食い物を無理やり食べさせて太らせる作戦か」と。

 お野菜と果物を食べて身体がほうっと満ち足りる。今日の食事はこれ以上でもこれ以下でもなくこの量と内容がぴったりだったなあとその加減にうっとりする。

 バンブーダンスのショーが始まる。長い竹の棒二本を舞台の床で二人の人が持ち開いて閉じてを繰り返す。竹と床がぶつかる音がチャカチャカと軽快なリズムを奏でる。その二本の竹の間に踊り手が入ったり出たりして足を竹の棒に挟まれないように音楽に合わせて跳ぶのがバンブーダンス。音楽が速くなると竹の動きも速くなり、踊り手のステップも跳躍も速くなる。
 すごいね、すごいね、おもしろいねー、とたのしく見物。
 後半のダンスが始まってしばらくしたところで、舞台でマイクを持つ人が「では、ご来場のお客様にもご参加いただきましょう。各テーブルから何名かずつ舞台の方へお願いします」と言われる。夫が「みそきちどんさん行って行って」と言う。「おれはここで写真を撮るから、さあ」と。

 バンブーダンスはビールで酔った身体には少々つらい。それでも音楽の最後まで足元で小さなジャンプを繰り返し、最後は舞台の上の人達と手をつないで観客席にお辞儀する。舞台のスタッフの人達から拍手で見送られて席に戻る。

 南の島の夜の思い出。     押し葉

山の力で安心安全そして快適

 先日の日曜日に、夫が「雪山安全講習会」というものに参加した。スキー場に集合してからスキー場とは少し離れた場所に移動して、雪山をより安全に楽しむ技術や、万が一遭難した場合にはどのようにしたらよいかを学ぶ内容。県内から二十三名の参加者が集まった。これまで知識として知ってはいたけど実感のなかったことに関してあらためてなるほどと思ったことや、これまでは全く知らなかったことを新しく教えてもらえたことなどがあり、非常に充実していた、と夫は満足そうだ。

 その講習はほぼボランティアで開催されていて、参加費用は一人千円。お昼ごはんも飲み物も持参で現地までは自力で往復するとはいえ、千円では申し訳ない気がする、と帰宅した夫が言う。「だったら一万円くらいは払いたいなあと思う?」と私が夫に訊くと夫は「う、一万円はちょっと、うーん、えーと五千円なら払ってもいいかな」と言う。

 その講習会のさいちゅうにお昼ごはんの時間がある。各自持参したパンやおにぎりを食べるのだが、快適に食べるための「雪洞づくり」をその前にするのだそうだ。四人一組が一度に入れるくらいの大きさの穴を協力して掘る。雪と風をよけることができてかなり快適であるらしい。夫はいつも雪山では座るとおしりが冷たいからと頂上で立っておにぎりを食べると言っていたから、雪と風を避けられる空間の中で座って食事ができるのは快適なことだろう。だが「雪洞づくりを習ったことだし、今度からは一人で登ったときにも雪洞掘ってからおにぎり食べる?」と訊くと、「それはしない」と言う。「雪に穴を掘るのは大変なんだから」と。

 この「雪山安全講習会」のことを私はつい「遭難対策講習会」と呼んでは、夫から「ちがう。雪山安全講習会」と訂正を受ける。講習会の名前といえども、雪山で危険な目に遭い難儀しているイメージが想起される「遭難対策講習会」よりも、雪の中で安全にたのしそうに冬山を楽しむ笑顔が思い起こされる「雪山安全講習会」のほうが、そりゃあ縁起がいいよなあ、と思うから、素直に納得して「あ、そうだったね、雪山安全講習会」と言い直す。

 夫は私と同じように春になるとスギ花粉症を発症する。私は以前より通年で各種アレルギーがあるから年中必要な予防薬を飲み、症状が少し強く出ればそれなりに対応する薬も足して、春の間の自分の生活や仕事の質を保てるように工夫してきた。しかし、夫は花粉症の時期もちろん仕事には行くけれどそれ以外はできるだけ外出を控え、薬はどうしてもつらいときに漢方薬を少し真面目に飲み、それでもひどくなったときにはぐったりとして日々を棒に振る生き方を選んでいた。

 それが今年の夫は「スギ花粉の時期にも春の山に登りたいから、アレルギー科を受診して予防薬と対応薬を処方してもらってちゃんと飲むことにしようかな、と思うんだ」と言う。

 これまでは私がどんなにすすめても、私との暮らしや外出の質を整えるためには、受診もこれまで以上の服薬もする気にならなかった夫が、春の山を歩くためなら受診も従来以上の服薬もしようという気になるなんて、夫にとって山の力はずいぶん偉大なものなのだなあ、と、なんだかいろいろ感心しつつ、夫に何かをすすめるときには「山歩きのためにもなるかもよ」という視点で話をすると、いつもとっさに現れるあの「妻の言うことをききたくない妖怪」の出現をもしかすると封じることができるかしら、と思案してみているところ。     押し葉

精進してカレンダー

 昨夜訪れた落語温泉では年中無休で落語の寄席を開催している。夕方五時半からの一時間と、夜八時からの一時間の、一日二回公演。一回あたりの一時間は二人の落語家さんが一人約三十分ずつ小話と落語を行う場合もあれば、一人は落語家さんで残り半分はマジックや曲芸など落語以外の演芸の場合もある。

 寄席会場の入口には、その月の出演者の名前を書いたスケジュールのカレンダーが貼ってある。夫と一緒にそれを見ながら、「この人とこの人のは見たことあるね」「この人とこの人はまだ見たことないなあ」などと話す。

 そうしていたら、寄席会場の案内を担当する旅館従業員の女性が「本日はお越しくださりどうもありがとうございました」と声をかけてくださった。そこで私はその人に「すみません、この出演者カレンダーの来月三月のぶんをいただくことってできますか」と訊いてみる。寄席会場案内係のおばちゃんは「すみません、こちらのカレンダーはここに貼ってあるだけで、ここではお一人お一人にお渡しはしていないんです。でももしかするとフロントで尋ねていただければ、今月のぶんは印刷してお渡しできるかもですし、もしすでに来月の予定が組んであれば、ご希望の方には差し上げるサービスをしているかもしれませんがこちらではそこまでわからないものですから、ごめんなさい。当日ご来館くださるときに電話で訊いてくださるのが一番確実だとは思うんですが。もしよろしければ、お帰りの際にでも、フロントで確認してみていただけますか」と説明してくださる。「はい。ではそのようにしてみます。ありがとうございました」とお礼を伝える。

 それからエレベーターに乗って、一階に降りる。私は夫に「トイレに行ってくるから少しだけ待っててください」と頼んでトイレに入る。トイレから出てきて土産物売り場にいる夫に手を振って「おまたせしました、ありがとう」と呼びかける。

 フロントで預かってもらっている車の鍵を受け取る。今回私達が利用した時間帯に担当してくださったフロントの若い女性はフロント業務を十分以上にこなすレベルではあるものの日本語の発音発生に若干中国語風味がまじる。髪型もメイクも今時の日本の若い女の子そのものだから見た目には若いスタッフさんだなあ、としか思わないけれど、話すと「おねえさん、どのこ人ですか、どこから来たのですか、何か今後ここの温泉旅館はあなたの地元のお国にも新規開業の予定でもあるのですか、そのための研修中かなにかですか」とお尋ねしたくなるけれど、そこはだまってただにこやかに「ありがとうございました」と言って自分の車の鍵を受け取る。
 
 そのフロントのおねえさんに「今日は車の置き場所はどこでしょうか」と質問する。ここの落語温泉では玄関前まで車で乗り付けると旅館の従業員の人がそのときの状況に応じて車を移動して駐車してくださるシステムなのだが、利用客が多い日であったりすると、第一駐車場、第二駐車場、第三駐車場、第四駐車場とずいぶん遠くになることもある。だから車の鍵を返してくださるときに、「お客様のお車はどこどこの駐車場に置きましたので、よろしくお願いいたします」というような説明がだいたいある。駐車場の場所が遠方でややこしいときには簡単な地図のプリントにペンで丸をつけながら「玄関を出られましてから、少し歩いていただいた、こちらの駐車上のこのあたりとなります」と解説がつくこともある。

 今回はそのどちらの説明もなかったから「どこでしょうか」と訊いたのだが、フロントのおねえさんは「玄関前でございます」とにっこりと教えてくださる。わあ、玄関前の敷地内駐車場だったら、雪の中遠くまで歩かなくてよくてうれしいな、と思う。だから「そうですか、それはうれしいです、ありがとうございます」とフロントのおねえさんにお礼を言う。

 フロントから離れて玄関に向かおうとしたとき夫が私に「落語の三月のスケジュールのこと訊かないの?」と言うから、ああ、そういえば、と思ってもう一度フロントに戻る。今度はさきほどの中国語なまりのあるおねえさんではなくて、その隣りのカウンターに立つおねえさんにお世話になる。

「すみません、落語の来月の三月の出演者予定といいますか、寄席の入り口に貼ってあるようなスケジュールのカレンダーの来月分を分けていただくことはできますか?」
「申し訳ございません。三月の予定はまだ出ておりませんで、いつもぎりぎりになってから確定いたしますので、また近くなってからか当日おいでくださるときに、お手数ですがお問い合わせいただけますでしょうか。本当にすみません」
「そうですか、では、また問い合わせるなどしてみます。ありがとうございました」
「ありがとうございました、お気をつけてお帰りくださいませ」

 それから広い階段をおりて玄関へと向かう。夫が「残念やなあ、スケジュールのカレンダーがあったら、まだ見たことない人のときを選んで来るとか、いろいろできるのになあ、まだスケジュールできてないのかあ。芸人さんも来月の仕事があるかないかわからんのは不安やろうなあ」と言う。私が「ううん、実はね、来月のスケジュールカレンダー、本当はあるんだよ」とこっそりと耳打ちする。

「え、なんで、そんなこと知ってるん? 上の階のおばちゃんもフロントのおねえさんもないいうて言うてたのに」
「実はね、どうやらくんがお風呂に入っている間、私、休憩室でペルシャ語の勉強してたじゃろ。あのときに落語常連のおじいちゃんたちが休憩室にいてはってね」
「ああ、そういえば、おれが風呂からあがってきたときにも奥のほうにいてはったなあ」
「そうそう、あのおじいちゃんたちのところへね、寄席会場のお世話係りのおばちゃんがね、『だれだれさん、なになにさん、これ、まだ確定じゃないけど、一応来月の予定の三月の出演者のカレンダーな、できたから』って言いながら印刷された紙を手渡してあげてたのを私は知ってるんよ、熱心にペルシャ語書いて勉強してるふりしてたけどね。おばちゃんはあのときあの部屋の端の席でうつむいて何か書いてた女性客が今スケジュールカレンダーを所望している客と同一人物の私とは気づいてないと思うけど。もし気づいてても一応なにかの内規というか建前があっての対応なんだろうし」
「なんと。みそきちどんさん、ぬしもオトナよのう」
「うん。なんかただの大人じゃなくてえらい人なかんじじゃろ」
「くーっ。お代官様にはかないませんなあ。でもスケジュール出てるんなら、あの常連のおっちゃんたちにあげるんじゃったら、他にも配ったらいいのになあ、せめておれらみたいに問い合わせた客にだけでもくれたらいいのになあ、そしたら落語が好きなお客さんの『この日に行こう』っていう気持ちを高めてもっと繁盛できるかもしれんのに。なんか今のままだとあの寄席、いつなくなるか心配なかんじじゃん」
「まあ、そうなんだけどね、まだまだ私たちくらいの通い方では、あの落語温泉の人たちには常連として認めてもらえん、いうことじゃろう。あのおじいちゃんたちがどれくらい再々通いようてんかはしらんけど、世話係のおばちゃんや芸人さんたちから顔と名前をおぼえてもらえるくらいになってこそ、あのスケジュールカレンダーの極秘情報を教えてもらえるいうことなんじゃないかな」
「芸の道は厳しいのう」

 玄関を出て、敷地の門の壁際に、車がきっちりと縦列で駐めてある。夫が「これ、いいぐあいに出せるかなあ」と腕を組む。「私がやってみようか。外から見て誘導してくれるかな」と夫に頼んで運転席でエンジンをかける。前後数十センチメートルの隙間をいったん少しだけ右前に出て、それから左後にさがる。夫の誘導に従って車を切り返していたら、宿の駐車場案内の男性が近づいてきて、夫よりもさらに上手な誘導をしてくださり、車を無事に出すことができる。

 そこまでして門を出たところで運転を夫に変わってもらい、私は助手席に座る。帰り道で夫に「あの常連のおっちゃんたちがね、私がペルシャ語を書いてるのをまじまじ見て、おねえさんどこの人や、いうて訊かはったんよ」という話を披露する。夫は私の話を聴いて「そこは素直に『福井から来ました』じゃなくて、もっとなんか面白い返しをして話を転がしてあげたほうがよかったんじゃないんか」と提案する。私は夫に「そんな、私は芸人さんじゃないんだし、あの場所であの常連のおっちゃんたちと語らうことが目的ではなくて、あの時あの場所で私にとってもっとも優先順位の高い目的はペルシャ語で一週間を書いて言えるようになることだったから、あの返しで十分よ」と答える。

 帰宅して夫がパソコンでこの日に聴いた落語家さんのホームページを閲覧する。そして「今日の落語家さん、三月も四月もまた何回か今日の落語温泉に来るって。カレンダーに仕事の予定が書いてある」と教えてくれる。そして「なんで旅館はまだスケジュール決まってないとか嘘を言うんやろうか。こうやって芸人さんの情報見ればわかることなのに」と言うから、「そりゃあまあ、宿や事務所としても芸人さんとしてもある程度の期間契約を決めておくほうが他の仕事の予定も組みやすいだろから、実際はある程度はもう決めてあるじゃろう。でも宿としては、今日の出演は誰かなあ何かなあ、という未知なかんじのワクワクを提供するのもエンターテインメントの仕事のうち、ということにしてるんかもしれんし、特定の芸人さんのときにお客さんが集中するようにではなくて、どの人の時にもまんべんなく一期一会で見に来てもらえるように、という思いがあるんかもしれんし。私らもあの常連のじいちゃんたちくらい通いつめて常連になって、芸人さんが登場してきたときに『いよっ、待ってましたっ』くらい言えるようになったら、また何かが違ってくるかもよ。精進しようや」と言ってみた。

 精進精進。     押し葉

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プロフィール

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージなどへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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