みそ文

祖母の名は

 住んでいるマンションの大家さんが変わりマンション名が変わったのは昨年末のことである。至急で各種変更手続きをする必要はないけれど何かのついでのときにまとめて変更しようと考えていたら今年は運転免許証更新の年でそれならこの機会にいっきにいろいろ変更しましょう、と決める。市役所で手続きを行い住民票を発行してもらったものを持って運転教育センターで免許証更新手続きをする。免許センターの人が「住所は変更なくマンション名だけ変更なんですね。そんなこともあるんですね」と言われる。「はい、大家さんが変わりまして」と応えると「じゃあ、マンションをきれいにしてもらえたんかな」と問われ「外壁と物置の屋根がきれいになりました」と答える。「部屋の中は?」と訊かれ「それは今までのままですね」と言うと「そこまできれいにしてもらえるといいのになぁ」と言われる。

 免許証更新手続きのあとは再び市役所に赴いてマイナンバー通知カードの裏書きにマンション名変更を記載してもらう。住民票のマンション名変更手続きに行く前に市役所に電話して必要なものを質問しマイナンバー通知カードについても持参したほうがよいか訊ねたら「マイナンバー通知カードは番号を通知するためだけのものなので持ってきてもらう必要はないがマイナンバーカードがあるのならそれは必要」という回答で持っていかずにいたら「マイナンバー通知カードの裏書きも訂正しますのでもしあれば」と言われたため、う、う、やっぱり要るんじゃん、と思いつつ二度目に持参し直したマイナンバー通知カードの裏書き訂正をしてもらう。

 マイナンバー通知カードを使う予定がなければしばらくそのままでもよかったのだが、私の健康保険証の住所のマンション名変更手続きを行うためには住民票と運転免許証とマイナンバー通知カードのコピーがそれぞれ必要で、ここでマイナンバー通知カードが必要なのであればマイナンバー通知カードの裏書き訂正もしておこうということに。職能団体組合の健康保険証の変更手続きは郵送でも可能だが事務所がわりと近所にあることがわかったため市役所の帰りにそのまま立ち寄り手続きを行った。

 この一連の作業のうち最初の住民登録窓口で書類を書いていたときに隣の台で書類を書いていた人がおもむろに携帯電話を取り出し電話をかけ「今市役所で手続きしてるんだけど、おじいちゃんの名前が思い出せん、なんていうんだったっけ」と身内と思われる方相手に訊いていた。同居にしても別世帯にしても住民登録関係の手続きを代行するくらい近い近親者であっても祖父の名がとっさに思い出せないということがあるのか。ええと、私は自分の祖父母の名前は思い出せるかしら。父方の祖父は真一さんで祖母は志ず枝さん、母方の祖父は慶一郎さんで祖母はアサさん。ん、大丈夫。でも祖父母の兄弟姉妹の名前となると、会ったことのない人については仕方がないにしても、会ったことがありしかもかなりかわいがってもらいよくしてもらった人であってもその名前が思い出せない。ああ、市役所で祖父の名前が思い出せない人もこんなかんじで思い出せなかったのかもしれない。

 帰宅して夜になり夫に「自分の祖父母四人全員の名前はすっと思い出せる?」と尋ねる。夫は眼球を上側に半分ぐるりと動かす間だけ少し考えて「ひとりしか思い出せない」と言う。「父方のじいさんだけわかる」と言う。夫の父方の祖父の名前は勝美さん。勝美さんの妻にあたるおばあさんのところには結婚後は帰省のたびにふたりで挨拶にうかがい、そのおばあさんが入院したあとは病院にお見舞いに行ったこともある。それでも夫にとって父方のおばあさんは「おばあさん」であって固有名詞では認識していなかったのだろう。

 夫と夫の妹のえりりちゃんは一歳違いで、えりりちゃんが生まれてすぐは産後の義母は新生児のお世話でたいへんで、新生児とは別の形でお世話の手間のかかる当時一歳児の夫は母方の祖母宅(徒歩10分弱の近所)にしばらく預けられ育ててもらった期間がある。夫が三歳の頃に手術のため入院した時に義母と交替で付き添って世話をしてくれたのもその祖母だ。だが夫はその祖母の名前もおぼえていないという。そのおばあさんが生きていた頃はやはり帰省したときにはかならず挨拶に行っていた。おばあさんは夫のことを孫の中では特別にかわいがっているのだという風情で「他の者にはないけん黙っときんさいよ」と言って押し入れの奥から上等そうな箱に入ったカステラを出してきて夫に持たせてくれる。それを義実家に持ち帰り義母に報告すると義母はカステラの箱を確認し「やっぱり。賞味期限がとうに切れとる。食べちゃぁいけんよ。これは私が捨てとくけん」と引き取ってくれた。きっと祖母は今度孫(夫)が来たら持たせてやろうと思って自分ではそのカステラを食べずにだいじに取り置いてくれていたのだろうなぁ。

 そんなにかわいがってもらった祖母の名前も含めて、夫が四人中三人の祖父母の名前が思い出せないということは、市役所で隣りにいたあの人もそんなかんじで思い出せないのかもしれない、とまた思う。夫の祖母二人に関してはそれぞれの葬儀に私も参列したにもかかわらず、私も彼女たちの名前を記憶していない。「夫のおばあさん」とは認識していてもそれぞれの固有名詞では認識していないということだ。お墓に参ればどこかに名前が刻んであるのだろうに、孫(夫)も孫の配偶者(私)も何度も会ったあの祖母たちの名前をおぼえていない。

 私は祖父母の名前は思い出せても祖父母の兄弟姉妹の名前となると思い出せないが、ならば会ったことのある曾祖母の名前はどうだろう、と考えてみる。父方のひいばあちゃんの名前はテルさん。テルさんは祖父の実の母ではなく祖父とは養子縁組をして親子関係を結んだもとは親戚の間柄だと聞いていたような記憶があるがあやふや。父方の祖母と曾祖母とは曾祖母が亡くなるまでの間同居していたこともありテルさんのことはその姿も名前もかなり鮮明に思い出せる。曾祖母のテルさんは背が低く小柄で、祖母の志ず枝さんは背が高いから、ひいばあちゃんは「ちいさいばあちゃん」で、おばあちゃんは「おおきいばあちゃん」と呼び分けていた。母方はと考えてみると、あれ、あれ、曾祖母の名前が思い出せない。母方の曾祖母は背が高くてどちらかというと大柄で、母方の祖母は背が低くて小柄だから、母方の曾祖母は「おおきいばあちゃん」で、母方の祖母のことは「ちいさいばあちゃん」と呼んでいたのはおぼえているのに。

 むむぎーとみみがー(私の弟の息子と娘)は私の両親の名前をおぼえているだろうか。たるるとかるる(夫の妹の息子たち)は義父母の名前をおぼえているだろうか。祖父母の名前を知る機会はどこかであったはずだとは思うのだけれども。

 と、ここまで書いてアップしたところで、お風呂からあがってきた夫が「おれのおばあさんの名前思い出した」と言う。「母方はシズエ、父方はアサヨ」「おばあさんたちの旧姓も知ってる」と言う。私が「父方祖母の旧姓はわかるけど、母方祖母の旧姓は思い出せないわ」と言うと夫は「勝った」と言う。勝ち負けはともかく、シズエさんとアサヨさんならば、漢字とカタカナの差はあれど、私の祖母である志ず枝さんとアサさんとほぼおなじ名前ではないか。それなのに「あら、私の祖母たちとよく似た名前のおばあさま方だこと」と思った記憶もなく過ごしてきたことが不思議。そして私の祖母の「志ず枝」さんの文字はもしかすると「志づ枝」さんかもしれない。「ず」だったか「づ」だったのか私の記憶があいまいなのは、祖母自身がその時の気分に応じて自分の名前をいろんな表記で記していたからだと思う。「静枝」と書くこともあったような。     押し葉

ラジオに合わせ

 来月職場で食事会がある。そのときに同僚と私合計五名が出し物で笛を吹く。私はテナーリコーダーにて伴奏する。その曲目のひとつが「ドレミの歌」。これまでも仕事を終えたあとで何度かの合同練習を行いみんなだんだん上手にそしてたのしく演奏できるようになってきた。食事会当日直前にはさらに連日の合同練習を行う。練習を重ね、曲順を工夫し、所要時間を計り、当日に備える。そんな中で、当日聞いてくれる人たちもただ聞いているだけではたいくつだろうから歌詞カードを作成したものを配布して歌いたい気分のひとには歌ってもらおうということになった。

 曲目を決め楽譜を用意してくれる面倒見のよい同僚が「ドレミの歌 歌詞」で検索して出てきた歌詞を参考にかわいらしい柄入りの歌詞カードの作成に着手してくれた。彼女は試しに印刷したものを私に見せて「添削校正おねがい」と言う。歌詞の文字を目で追いながらつらつらと口ずさみ「あ、ここ、一文字抜けてます、ここは同じ文字が一個多いです」と指摘する。彼女が「あ、ほんとだ、ほんとだ」と修正し印刷し直してくれる。それをもらってもう一度読み直す。今度は大丈夫、完成だー。

 そうやって作成した(同僚が作成してくれた)歌詞カードの歌詞はおなじみのドレミの歌ではあるのだけど、私が幼い頃から諳んじている歌詞とはその一部がちがっていて、あれ、と思いはしたものの、どちらが現代の現実に即しているかというとそれは今回作成した歌詞カードのほうなのでそちらをそのまま採用。

 私が諳んじている歌詞は「ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみんなのミ、ファはファイトのファ、ソは青い空、ラはラッパのラ、シはしあわせよ、さあ、うたいましょう。どんなときにも、列を組んで、みんなたのしく、ファイトをもって、空を仰いで、ラジオに合わせ、しあわせの歌、さあ、うたいましょう」

 この歌詞のどの部分が現代の現実にあんまり即していないかというと二番の「ラジオに合わせ」の部分で、今回作成した歌詞カードによるとこの部分は「ラーララララララー」と歌う。

 現代でもラジオをこまめに聴く人はいるところにはいるのだろうが、そしてラジオに合わせて歌うひとは歌うのだろうが、私はもう長いことラジオを聴いてもいなければラジオに合わせて歌ってもいない。ラジオに合わせて歌ったのはいつが最後だったのか思い出そうとしても思い出せない。夫はひとりで運転する時には車中でラジオを聞くが歌うことはないという。

 テレビならばどうだろうと考えてみてもテレビを見ながらテレビで流れる歌に合わせて一緒に歌うことはもうない。夫はごくたまに広島カープの成績がすごくよい時に球場で流れるカープの歌に合わせて一緒に歌うというほど大きな声ではなくごく控えめに歌詞を口ずさみつつ小さく拳を振ることはある。私はどうかと考えるとテレビではそもそも歌詞付き音楽が流れるような番組を見ていない。オープニングやエンディングの音楽はあっても歌詞はないか、歌詞はあっても外国語過ぎるかシャウト系すぎるかで一緒に歌うことがない。ずっと以前であればアニメの主題歌の歌詞を書き取り暗記しテレビで流れる時には一緒に歌っていたことはある。けれど今の暮らしでは、ラジオも聴かず、テレビもごく限られたものしか視聴せず、繰り返し見るブルーレイディスクの作品の音楽にも歌詞はついておらず(いや、厳密に言えば「あそびをせんとやうまれけむ、うふ、うふふふ」という歌詞のような部分はあるにはあるがその部分で唱和することはない)、PCで音楽を聴くときも歌詞があるものはあまり聴かない。ああ、数年前に突如アニメ「赤毛のアン」のオープニングとエンディングの歌をおさらいしたい気分になりPCで何度も繰り返し聴いて一緒に歌い、そしたらそれが止まらなくなり、ご飯を作るときもお風呂に入るときもずっとずっと歌うようになり夫は「ああー、このひと、またなんかに取り憑かれとってじゃわ」と言い、私も「だれかー止めてー」という状態になったことならある。

 それにしても「ラジオに合わせ」はもはや現代の現実にあまり即していないとしても、だからといって「ラーララララララー」ではあまりに芸がなさすぎるような気がして、あの曲の二番のラの部分の歌詞として何かよいものはないだろうか、と考えているがなかなかよい歌詞が思いつかない。「ラーレミファソラシー」の音階で「ラーム肉食べよう」と歌ってみたが夫は「ラジオに合わせ、よりも、そっちのほうがもっとない」と言う。私は人生の基本信条として快適に安寧に暮らし生きるべく努めてはいるがドレミの歌の二番のラのところで「らーくして生きよう」と歌いたいかというとなんとなくそれはちがう。「らーくしてトクをー」と歌うのはもっとちがうしそれは私の信条ではない。ドレミの歌の二番のラの部分、なんと歌えば歌詞としてのやる気と気持ちよさを得られるだろうか。     押し葉

スナップエンドウとろみ汁

 スナップエンドウはこれまで鞘のスジを取ってさあっと湯がいて塩をかけて食べることが多かった。今回たまたまたくさんいただいたこともありなんとなくただ茹でるだけではなくて汁の具っぽく使ってみたいなと思い、お湯を沸かして出汁醤油とみりんを入れてそこにスナップエンドウを入れて加熱し豆が柔らかくなったところでとろみをつけてみた。とろみは一回目はとろみ剤で、二回目は水溶き片栗粉でつけてみたがどちらも遜色なくおいしい。自分でスナップエンドウを買ってきてまた同じものを作って食べたい。     押し葉

桜餅もちょうどよく

 胃カメラの検査のあとで桜餅を食べて以来、桜の季節の間にもう何度か例のお店の桜餅を食べようと思っていたにもかかわらず、その後桜餅を食べないままに桜の季節が終わった。いや、もっと北の方へ行けば桜はこれからという地域がたくさんあるだろうけれど私が住む場所においての桜と桜餅。何度か今日なら胃腸の調子やいろんな要素がちょうどいいかもと思いお店に出向いてみたら定休日であったり他の食事との兼ね合いで桜餅までは手が回らなかったりしているうちに桜は咲きそして散り緑の葉っぱになった。

 しかし逆流対策のために炭水化物(桜餅であればもち米)と糖質(桜餅であればあんこ)の摂取を控えている今の体においては、桜餅は一春に一度食べるくらいがちょうどいいのかもしれないとも思う。

 これまでの頭痛対策の食生活に加えて昨年末から炭水化物と糖質とその他逆流を引き起こしやすい食品を控えた食生活を続けるようになった。今はもう夜中に胃液の逆流に驚いて飛び起きることもそれでむせて咳き込むこともほぼなくなり快適な睡眠を得られるほどに回復した。最初は主食がないようなメニュー構成をどうすればいいものか迷い夫が白米を食べるところを私は豆腐を食べるなどの方法で対応していたが今は夫が白米を食べていても私はその部分は何もなしで満足する。満足するだけではなく半年近くそういう食生活を続けていると逆流が改善してきたのはもちろんなんとなくこの春の花粉症が軽く済んだ気がする。アレルギーの薬は飲んでいるのでそれがよく効いてくれているのもあるだろうしこの春の花粉の飛散が少なかったのもあるのかもしれない。でもそれだけではなくもしかするとこれまで何十年も続けてきた主食を中心とする食生活、それが健康に必要だと思いそれ以上に信じて続けていた食生活は、私の体にとってはもしかするとアレルギー反応を起こしやすい要因の蓄積になっていたのだろうか、と思うほど今はいろいろとらく。もしや人類は炭水化物を摂取しすぎなのか? 人類にとってはという大きな単位での判断はともかく、少なくとも私にとってはこれまでの摂取量は多すぎたのだろう。

 というわけでこの春の桜餅は一度きりとなったが、次の春にはできれば2回くらいだいじに丁寧にいただきたい。     押し葉

シャワートイレの交換

 シャワートイレを新しいものに交換した。これまで使っていたシャワートイレを購入したのは7年くらい前だろうか。少なくとも5年は経過している。一年くらい前に便座の電源ランプが点滅し始めた。取り扱い説明書を熟読しても点滅の理由と対処方法がわからずお客様相談室に電話する。その点滅は「ある程度経年しました。点検およびメンテナンスをおすすめする時期です」というお知らせだと教えてもらえる。その点検とメンテナンスに来てもらうとランプの点滅は消せるが自分で消す方法はないとのこと。何か不具合が出てきたときに修理と併せて点検メンテナンスしてもらう方法もありそれまでは放置しておいてもシャワートイレの作動に問題はないとも教えてもらう。その時にはこれといった不具合はなく、それならこのままにしておこうということにした。ただしランプの点滅が目にチカチカとしてつらいのでランプ部分をランプの色に似たシールで覆い点滅が気にならないようにして過ごしていた。

 数ヶ月くらい前に床に水滴が落ちていることに気づく。トイレブラシのスタンドに穴でもあいたのだろうかと見てみるがそうでもなく、とりあえず水滴があったあたりに雑巾を置いて様子を見る。するとシャワートイレで洗浄機能を使用している時に座った時に左側にあたる部分からぽたりぽたりと水滴が落ちていることがわかる。そうか、こういうかんじでシャワートイレの不具合というのは生じるものなのか、と初めて知る。当面は雑巾で水滴を受けておけばその雑巾にしているタオルも自然乾燥しまた次の水滴を吸ってくれて使用に差し支えがなかった。しかしそれからしばらくすると今度は便器の床の付け根の部分にぐるりと浅い水たまりができていて、左側に置いたタオルだけでは対処できなくなった。そのタオルで吸い取りきれないくらいの水滴が落ちているかというかタオルを置いた部分に関してはそうでもなく、どうも左側以外のどこかから便器の足元全体に水が伝い漏れしている様子。便器の足元にに雑巾タオルをぐるりと置いて吸い込ませ毎日トイレの床を拭き掃除して新しい雑巾に交換するという作業が必要になった。

 トイレの床を毎日拭き掃除するのはそれはそれでよいことなのかもしれないが、シャワートイレの水漏れの水で拭く必要はなかろう、と思う。ふたたびお客様相談室に電話して水漏れがすることを伝えその対処方法を教えてくださいとお願いする。相談室の方は確認を取ったあと、温水貯水タンクの劣化による水漏れでこれは温水タンクを交換する以外の個人での対処方法はなのです、と案内してくださる。それでは修理とそして点検とメンテナンスをお願いしようと思います、料金がいかほどかかるか教えていただけますか、と問う。料金の詳細に関しては相談室での案内はできず、修理担当者から電話で案内することになるとのこと。

 翌日修理担当の方から電話がかかってくる。水漏れの状況について詳細に訊ねそれに必要な修理についての説明をしてくださる。そして料金に関しては温水貯水タンク交換はいくらいくらかかります、部品代がいくらで技術料がいくらで出張費がいくらでそれに消費税がかかります、しかしこのお値段ですとお客様がもともとお買い求めくださったお値段に近くなるのではないかと予想いたします、お客様の製品番号は量販店で手頃な価格で購入していただけるものですが修理のときの部品代がややかかるタイプのものなのです、修理して使っていただくこともできますがお客様によってはそれなら買い換えますとおっしゃる方もいらっしゃいます、と案内くださる。そうですね、そのお値段ですと買い換えも検討対象になりますね、修理していただくか買い換えることにするか一度家族と相談してみたく思いますので後日あらためてこちらからまたお電話さしあげてもよろしいでしょうか、と伝える。

 これまで使っていたシャワートイレはweb通販で購入したがどこでいくらで購入したかの記憶や記録はなく、今回は今回でまた改めてweb通販だとどのくらいかかるのかしらねと調べてみる。するとこれまでと同等の機能がついた製品の新品の値段が二万七千円ほどであり、修理に来てもらうのと数千円しかかわらない。それならもう買い換えだね、と帰宅した夫と話しその場で新しいシャワートイレを注文する。翌日修理担当の方に電話して、買い換えることにいたしましたので修理はキャンセルさせてください、と連絡する。

 翌日には新しいシャワートイレが届く。夫は仕事でいないがその日たまたま休日だった私は今日のうちに交換しちゃいましょう、と開梱する。マンションにもともと付属していた便座はシャワートイレではなく、それを外してこれまでのシャワートイレを設置した(夫がしてくれた)時に分岐水栓は既に付けてあり分岐水栓と便座をつなぐホースもこれまでのものがそのまま使えそうで新しく来たホースよりもよさそうなかんじだったのでその部分はそのまま使うことにする。設置説明書に従い水栓を閉じる。タンクの水抜きを行う。古い便座とホースをつなぐ部品をマイナスドライバーで押して開けホースを便座から外す。便座を便器から外す。便器を隅々まで拭き掃除する。新しく届いた便座をのせる。便座を固定する軸を六角の留め具で留める。何度か座ってみては便座の位置を調整する。便座とホースをつなぐ。つなぐためのプラスチック製の部品は外す時にはマイナスドライバーが必要だがつけるときは手でパチンと閉じるだけでかたく固定される。水栓を開け元の位置まで戻し電源を入れる。お湯があたたまるまでには時間がかかるが水の状態で作動を確認する。もしかするとこれまでのリモコンが使えるんじゃないかなと思い使ってみると使えた。しかしせっかくなので新しく届いたリモコンに電池を入れる。これまでのリモコンとその設置台を壁から外す。この作業にはプラスドライバーが必要だ。新しいリモコンの設置台を壁に固定しリモコンを差し込む。これまでのリモコンは水の勢いを調整するのはダイヤルで行っていたが新しいリモコンはプラス側のボタンを押すと勢いが強くなりマイナス側のボタンを押すと勢いが弱くなるという作り。

 取り外したシャワートイレはゴミ袋に入れて燃やせないゴミとして収集してもらう。しばらくすると温水がちょうどよくあたたまり温水洗浄もうまく作動することを確認する。新しいシャワートイレは当たり前だが水漏れしない。これはたいへんに快適。床に雑巾を置いて水滴を吸い取る必要もなく濡れた雑巾で床を拭き取る必要もない。そして新しいシャワートイレはおそらく7年以上の時間分進化していて便座の清掃が速やかに滑らかに行えるような形状になっておりその掃除のしやすさに感嘆する。また消費電力抑制にも力を入れているらしく電源ランプの大きさがこれまでのものよりも随分と小さくてまぶしさが少ない。

 帰宅した夫に新しいシャワートイレは快適だよ、と伝える。夫は「そう言われればだけどあまりにも前のとそっくりで言われないと新しくなったとわからない」と言う。いやいや、これはわかろうよ、リモコンがまずこれまでとは作りがちがうでしょ、あと便座のここ、この表側と裏側の継ぎ目がなくなってひと拭きできれいに掃除ができようになってるんだよ、これまではこの継ぎ目の汚れを掃除するのが地味に手間だったのがその手間がなくなるという素晴らしさ、あとねリモコンは古い方でも新しいほうでも使えるんだよ。夫は「しかしシャワートイレのリモコンは一人一台ずつ必要なものでもないからなあ、一個あれば十分やなあ」と言う。それはシャワートイレにかぎらずリモコンというものはたいていの場合なにかの家電製品一個につき一個でよいものなのではないかしら、これまでに『ああ、このリモコンがもう一個あったらいいのに、一人一個ずつリモコンがあればいいのに』と思ったことはないような気がするよ。

 そういうわけで新しいシャワートイレはたいそう快適で、製品としてはこれまでのものの後継機種にあたるため使い勝手の直感は従来のままでよく、トイレを使う度にしみじみと深く満足する。そしてシャワートイレの便座というものはこうして五年前後から十年未満くらいで買い換えるとこんなふうに快適なものなのねと学習したことをいかして、今度また点検を促すランプ(今度のシャワートイレは電源ランプとは別に点検ランプが存在する)が点滅したときにはそろそろ買い替えを検討する時期なのだと判断することにしましょう。     押し葉

胃カメラを鼻から入れたら桜餅

 乳がん検診で要精検になり、結果異常なく半年後に念のための再検査を受ける予定となったことは前回書いたとおり。そしてその後子宮がん検診を受けその結果はまだ届いていないががんとは別に子宮筋腫が見つかりその筋腫が悪性でないかどうかの血液検査結果を待っているところ。子宮筋腫自体は悪性でなければ今後閉経に伴い縮小化していくであろうしなんら不都合な自覚症状もないのでこのまま定期検査を受けつつの経過観察となってゆくだろうと思う。

 今回乳がんと子宮がんの検診で今一度自分の体を見直すことになったのを機会に、自治体から送ってもらったがん検診の受診券を用いて胃がん検診と大腸がん検診と肺がん検診を受けることにした。もう一枚胃がんリスク検診の受診券もあり受診した。それに関しては婦人科で子宮がん検診を受けたときに採血してもらうだけの検査でその結果ピロリはおらず胃がんのリスクは低いという結果が届いた、胃カメラ検査を受けた翌日に。

 前回胃カメラの検査を受けたのは7年前か8年前か9年前かそのくらい。15年くらい前にはバリウムでの胃がん検診を受けたように思う。そのどちらとも異常なく胃カメラのモニターで見た胃壁などの粘膜はたいへんに美しく、きれいすぎる、こんなにきれいな胃腸の中に検査薬や検査機器を入れるほうが胃腸に気の毒だと思いその後は長らく検査を受けずにきた。胃の検査は毎年あるいは一年おきに受けるにはあまりにも検査後の身体的不調が大きく、検査を受けることでかえって胃腸の調子がしばらく崩れてつらいのと、なんとなく他はともかく胃腸は大丈夫なかんじがすることもありしばらく受けていなかった。しかし今回は今一度謙虚な気持ちで検査を受けることにしようと決めて申し込み前日から体調を整え検査当日に臨んだ。

 前回胃カメラ検査を受けたのと同じ病院で久しぶりに受ける胃カメラ検査の検査前処置室の椅子はマッサージ椅子になっていた。温泉施設のマッサージ椅子のようにお金を投入しなくても好きなだけマッサージ機能を使うことができる。そのマッサージ椅子はマッサージをしなければゆったりとしたひとり用のソファ的座り心地。その椅子に座った状態で胃カメラ前の麻酔処置を受ける。

 まずは胃内壁を清浄にするための検査液を紙コップに一杯飲む。まずくはないがまったくおいしくはないその液体を飲み干したら点鼻薬で鼻の通りをよくする。3分程度経過したら次は鼻の麻酔をスプレーする。そのスプレー液は飲み込むことで喉の麻酔にもなる。もう5分ほどしたら同じ麻酔液をもう一度スプレーする。だんだんとなんとなく喉の感覚が鈍くなり唾液を飲み込むのがやや不自由になってくる。それからさらに数分後、喉の麻酔の喉スプレーが噴霧されそのまま検査室に移動し検査台に横になる。体の左側を下にして枕のところにティッシュを大量に敷いて、もう麻酔で唾液は飲み込めなくなっているから垂れてくるのはすべて外のティッシュに流すようにとの指示を受ける。

 入れてみて通りやすいほうの鼻に入れていきます、との説明のあと右側の鼻の穴からカメラのチューブが挿入される。麻酔が効いているので痛みはないが違和感はあり体としてはおおいに抵抗感もある。背中をさすり続けてくれる看護師さんが「鼻で息を吸って口で息を吐くのが一番らくですよ」と案内してくれてそのとおりにしてみる、たしかに少しだけわずかにらくかも。気持ちとしてはモニターを凝視したいのだけどたいへんに苦しくてこの苦しさを紛らわすには呼吸に集中するしかないと判断し鼻から吸って口で吐くをただそれだけを繰り返す。

 胃がん検診は施設によって検査方法が異なっており、バリウムを飲んで写真を撮影する方法と口から胃カメラを入れる方法と鼻から胃カメラを入れる方法のどれかを選ぶ。11月から逆流性食道炎の治療薬を服薬してその効果が感じられてきた時期でもあることからどうせ検査するなら食道の状態も見ることのができる胃カメラにしようと決めた。バリウムでの胃透視では胃の状態は確認できても食道の状態までは観察できないよね、と。

 胃カメラ検査が終わるとすぐにカメラで撮影した映像を数枚見せてもらえまったく異常がないこと、小さなポリープはいくつかあるがこれは良性のものでそのままにしておいてよいものであること、よって細胞採取も細胞診も行わないこと、若干の胃炎傾向は見られるもののこれはたいていの人がそうである程度のものなのでまったく気にしなくてよいこと、十二指腸も食道もきれいな状態であること、の説明を受ける。前回の胃カメラの時に見た自分の食道と胃と十二指腸の映像の記憶に比べると若干の経年劣化は見られ前回の記憶の中ではつやつやとした薄いピンク色だった粘膜が今回はベージュっぽい色合いでつややハリは低下しているが昨年後半からの胸焼けや胃もたれや喉のつまり感がつらかったことを思うともっとよくない状態であることも覚悟していたのに一時期は咳き込みもひどくてあんなにしんどかったのにこんなにきれいな状態でいてくれてありがとうねと自分の粘膜に対してお礼を伝えたい気持ちになってくる。そしてよくここまでいい状態に戻してきたよねと服薬と食事療法と姿勢や生活習慣の見直しに励んできた自分の努力をひとりこころのうちで称える。「しばらくは喉の麻酔がきいているのでこののち1時間は飲食を控えるように」との指導を受けて検査室を出る。鼻と喉にひりひりとした不快な感覚があるままで会計を済ませる。

 今すぐに食べることはできないけれど、去年見つけておいしかったお店の桜餅が始まっていたら買いたいな、と思いながら帰り道に寄る。数日前夫に「あのお店の桜餅たのしみだね、いつからだろう」と話したら夫は「まだまだ、3月になってからだろう」と妙に自信を持って断言していたが、お店の前に着いてみると入口のガラス戸に「さくら餅」の札が貼ってありその始まりをうれしく思う。買って帰ってもすぐには食べられないから、桜餅を食卓に置いたら、通帳を持って銀行と郵便局に出かける。車にガソリンとウォッシャー液を入れて銀行と郵便局の用事を済ませて一度帰宅して通帳を置いたらまた出かける。今度は保健センターで申し込んでおいた肺がん検診と大腸がん検診の時間だ。大腸がん検診は検便採取キットを受け取るだけで提出はまた後日。平日であれば館内の提出場所に、夜間休日であれば建物の外に設置された検便投函ボックス(保冷機能付き)に提出する。肺がん検診は問診票の質問に回答したあと検診車の中で撮影してもらう。その間もずっと鼻と喉がひりひりとしていて、このひりひりとした痛みが今日中にひいてくれるといいなと思いながら一連の待ち時間と受診を済ませる。それらの結果はまた後日だがたぶんなんとなくどちらも問題ない気がしている。

 すべてを終えて帰宅して、胃カメラの検査からちょうどよく時間も経過して、たのしみにしていた桜餅を食べる。おいしい。いい香り。可愛い形、きれいな色。けれど胃カメラで疲労した体で食べる桜餅は十全ではなく、やはりもっと万全な胃腸の状態で次の桜餅には臨みたいとしみじみ思う。もち米類やあんこ類は食べると胃液が逆流しやすいため普段はもうほぼまったく食べなくなっているのだけれど、春の桜餅だけは特別な食べ物として少しだけ、人生の桜餅切符をだいじにだいじに使いながら、あの香りと色と形と味と食感と喉ごしのすべてを、生きている間毎年春に愉しめたらと願う。     押し葉

乳がんの精密検査をもう一度

 今暮らしているところでは私くらいの年齢の女性には二年に一度乳がん健診のクーポンが年度のわりと始めの頃に届く。マンモグラフィーの検査を自己負担金千円で受けられるというもので、このクーポンが届いた年度には乳がん検診を受けるようにしている。一年おきの検査で一昨年の前回は異常なく、四年前の前々回も異常なく、その前の年のなんとなく二年待たずに検査を受けたい気分のときに乳がん検診受診券を自治体から送ってもらい検査を受けた五年前には要精検の結果が出たため大きめの病院でマンモグラフィーと超音波検査を受け直しその結果異常なしであった。そして今回また要精検となった。

 五年前に最初に要精検になったときには『うーん、まずいなどうしよう』という気持ちになったものだが五年の間に職場の同僚たちの何人もが要精検になり精密検査を受け異常なしあるいは要経過観察の結果をもらって帰ってくるのを見たこともあって今回自分の五年ぶりの要精検に対して湧いた思いは『えー、またー?』だった。

 面倒くさくはあっても要精検の結果が出たものを放置しておくわけにはいかない。前回要精検の結果が出た時に受診した少し大きめの病院の受診券を五年ぶりに取り出し受診の段取りをつける。といってもここの病院は特段予約が必要なわけではなく、平日の午前中ならいつでもいいよすきなときにきて、というところなのでそのシステムが五年前とかわっていないかどうかの確認をするだけで済む。

 乳がん検診を受けた女性クリニックで受け取った紹介状と預かったマンモグラフィーの写真を持って金曜日の朝に行ってみた。『紹介状のある方はこちらに』という窓口がありそこですみやかに受付をしてもらえる。診察室では「左乳房のここのエリアに10%の確率でがんがあるかもしれない、という結果だったようですね。乳がん検診でのマンモグラフィーの写真は二人の医師でダブルチェックするシステムですがふたりともが同じ場所でそう見立てているという結果が来ています。ただマンモグラフィーを受けた当日のホルモンの状態によってこういうものが写りやすいときというのもありますので、今日はまた新たにマンモグラフィーで写真を撮らせてもらってそのあと超音波検査でさらに詳しく見てその結果必要そうであれば細胞を採取して検査に出す、という手順で検査していきたいと思います」と説明を受ける。

 診察室を出てマンモグラフィーの機械があるところで撮影をする。技師さんは何度か「痛いかもしれませんが少しだけ我慢してくださいね」と言いながら乳房を片側ずつ寄せてまとめては撮影板に挟み込んでくださる。しかしマンモグラフィーを受けるたびに思うのだがなんだか年々マンモグラフィー撮影時に感じる痛みが少なくなっている。むかし最初に受けた時にはなんと痛いと思ったが今は若干のひっつり感は覚えるものの痛みはほぼまったく感じない。これは技師さん全体の腕が向上しているからなのかマンモグラフィーの機械が痛みを感じにくい構造に進化しているのか、私の体がマンモグラフィーに慣れて痛いと感じなくなってきたのか、の、どれかなのかどれもなのか。

 乳がん検診で要精検になったのは左乳房であったが検査は両方の乳房で受ける。超音波検査のときに右乳房の特定の場所に何度も機械を当てられ、なにか見えるのかしら、とうっすらと思うものの検査室の薄暗さと暖房の加減でとろとろと眠くあまりはっきりとはいろんなことを考えられない。

 超音波検査を終えたらまた診察室前の待合椅子に戻る。この病院の待合スペースの天井には天窓が設けられており陽の光が入ってくるのがなんとも心地よく明るくて持参の小説の読書が捗る。名前を呼ばれてから診察室に入る。今回の検査では乳がん検診で指摘のあった部位には異常はなく、乳がん検診では異常の指摘はなかった右側乳房にしこりのような塊が見られるという結果だったとのこと。ついてはここで再度一緒に超音波画像を見て位置としこりの大きさを確認し細胞を採取して検査に出したいという説明。

 診察台の上に横になり機械でその部位を写す。そしてその部位を自分の指の腹で触り確認するよう促される。しかし先生が「この画面で見ると大きく見えますがこの画面の左端に付いている目盛り一目盛りが1cmですからしこりの大きさは4mmなんですね。4mmくらいではなかなかセルフでの触診ではわかりにくいかもしれません」と言われるとおりなんだかよくわからない。位置の確認を済ませてから細胞採取用の針を刺す。画像の中の塊に棒状のもの(吸引針)が刺さる。針にはチューブと吸引器のようなものがつながっているらしく診察を補助してくださる方が「引きます。動かします」などと言いながら吸引器を操作すると画像の中の塊の中身がだんだんと吸い取られる。

 細胞診の結果が出るまでに1週間かかるのでまた来週結果を聞きに来てください。今の段階ではなんとも言えませんが、可能性としてあるのは3種類で、腫瘍でもなんでもないただの乳腺症、良性の腫瘍、悪性の腫瘍です。しかしたとえ悪性の腫瘍だとしても4mmのサイズであれば超初期のものですから手術で切除するとしても乳房は完全に温存の形になります。との説明を受けてから帰る。

 そして今週の金曜日にその結果を聞きに行った。できれば自分が担当している曜日に来てもらえたらという先生の担当日である水曜と金曜のうち検査結果が出ている金曜日に予約が取ってあったのでその時間帯に。行ってみると「申し訳ないのですが担当の医師は本日急病で休んでおりまして、代わりの医師の診察になりますがよろしいでしょうか」と受付で案内を受ける。ええ、ええ、結果さえ聞ければどなたでもかまいませんわ、と思いつつ「はい」と答える。そして内心で『ああ、先生インフルエンザに罹ったのかな』と思う。

 代理の先生の説明によると検査結果は良性の腫瘍だったとのこと。念のため半年後に再度マンモグラフィーと超音波検査で経過観察をしておきましょうとの提案(もともとの担当の先生がカルテに記入しておられた提案)で半年後に予約を入れる。

 今回要精検になり精密検査を受けた段階ではその日のうちに異常なしと結果がもらえるだろうとたかをくくっていたのだが、別の箇所にしこりが見つかり細胞診を受けることになったことで、そういえば最近胸の保温を怠っていたかもしれない、これは乳房を(乳房に限らず全身に必要なことだけど)もっと積極的に保温してケアしなさいというお告げだったのだろう、と思うようになり、しばらく放置していたシルクの胸パッドをその後毎日乳房の上にあてて保温に努めるようになった。そうやってシルク胸パッドで保温してみるとそれまではたしかに乳房冷えていたわうっかりしていたわと思い至りこんなに冷えていたのではそれは病気のがんにもなりやすくなることでしょうと思う。シルク胸パッドを当てているとほんのりほんわり温かくなんだかとても気持ちがいい。この気持ちよさが好きでこのシルク胸パッドを買ったのにこの冬の温暖な気候でせっかくのシルク胸パッドの存在を忘れていたけれど今回の精密検査でシルク胸パッドの存在とその気持ちよさを思い出すことができてよかった。めでたし。

 
    押し葉

名前の交替

 マンションの大家さんがかわって外壁が洗浄され塗装がきれいになりそれらの作業を行うための足場とその周りのネットが撤収された。10月から工事が始まり11月12月と3ヶ月弱かけての工事であった。マンションをぐるりと囲む足場とネットがなくなるとなんだか見晴らしがよくてのびのびとした気持ちになる。ただこれまでネットのおかげでなんとなくほんのりとマンションの中が暖かく「この冬は寒さが穏やかだけどうちにいるとさらに暖かく感じるね」と思っていたのがネットがなくなるとそれなりに外気の冷たい風が直接建物にあたるからなのか例年ほどではないとはいえそれなりに寒く感じるようになった。

 マンションの管理会社から、工事が終了いたしました、のお知らせの紙が郵便受けに入っていた。きれいにしてくださってありがとう、と思いつつ読み進めると「持ち主様の意向によりマンションの名称が変更となります。これまでの名前に馴染みがあることとは思いますが1月1日からは新しいマンション名をご利用ください」と書いてある。大家さんが変わってマンションがきれいになるのは知っていたけどマンションの名前まで変わるとは思っていなかったため思いがけない感があるがその名前を用いることで新しい大家さんがこのマンションの経営に意欲的に思い入れをもって取り組むことができるのであればそれはそれでいいんじゃないかな。

 しばらくは馴染みの配送業者さんもここのマンションの名前はこれまでの名前で認識されているだろうし、通販関係に登録しているマンション名はもうしばらくしてから、思い出した時に住所等の登録内容の変更手続きをすることにしよう。     押し葉

快適の要件

 最近よく思うのは、これまで生きてきていまが一番快適だなあということ。ここまでくるのにずいぶん長くかかったがここまでこれて本当によかった。頭痛や皮膚のかゆみがほぼない状態で暮らせる日々が続くなんてむかしは思いつきもしなかったことで常時どこかが痛いか痒いかなのが標準の状態だったけど、もしも私がかつての自分のところに出向いて「あなたが今食べてるそれやめると頭痛がほぼなくなるよ」と伝えたとしても当時の私はその食べ物が好きすぎて素直にやめることはできないのだろうと思う。小さい頃の私に直接言ってもだめならその当時食事の内容の決定権を持っていた親に「この子にはこの食材を外してやったほうがいい」と話したとしてもなかなかじゃあそうしてみましょうとはならないだろうとも思う。そんなことしたら食べられるものがなくなるじゃないかと聞いた方は思うだろう。

 食べ物に限らず日々使うタオルにしても衣類にしても親元で暮らし家族全員の洗濯を担当していた頃には思いつかなかった工夫ができるようになったのは結婚して時代が進んでいろんな選択肢に出会えるようになってからのことで今自分が自分に与えているこれらの工夫を親が子に対して施してやるのはなかなか難しいのだろうなと思う。もちろん親は親なりにできることはしてくれる。いろんな病院に連れて行き薬を与えその他有用と思えるアドバイスを得て「なかなかよくならないねえ」「ちょっとはよくなってきたかな」などと言うことはできても根本的な生活環境の調整というのは親自身の生活習慣にも手を入れることになることで我が子のこととはいえ我が事ではないことに関してはあんまり着手しない、するひとはするけれど生活が激変しない範囲でということになりやすい、中には必要ならばと家ごと建て替えたり引っ越ししたりよいと思えるものを積極的に導入し激しく工夫と実践をする親御さんももちろんおられるがそれは多数派というわけではないだろう。この子はそういう弱い個体だと認定するなり弱いながらもそこそこ一応生きてはいるからまあよしとするなりいろんな要素を鑑みて各自各家庭で折り合いをつける。それは意地悪や虐待ではなくてそれ以外のやり方を知らず思いつかないだけで、できる範囲のことはやっており、それまで知らなかった手法を知って一時的に採用したとしたとしても少しよくなったようななんとなく治ったような気がすればそのやり方は終了して元の自分たちの生活習慣に戻す、そのほうが馴染んでいてやりやすいし金銭に限らずいろんなコストが少なくて済むから、暮らしが円滑にまわるから。

 親が馴染んでいる生活習慣以外の習慣の在り方を子に与えるのは親自身の生活習慣の変更も伴うが、自分が自分の生活習慣の在り方を見直し変更するのはわりと自由に差配ができることであるにもかかわらずそれをするにはやはり多少の気概や覚悟のようなものが必要になる。それまでそれが通常であったあたりまえの馴染んでいることを変更するにはとまどいや抵抗が伴うものだから。本人としてはおもしろそうだなやってみようと思うことであるとしても同居の家族がいればその家族の暮らしにまで多少の変化が生じることもある。それでも、おとなになり自分で稼ぎある程度以上の自由な経済力を持ち自分の体を観察し感じ考えなにをどうしたら快適になるのかを工夫し実働しその結果を見てまたさらにそのやり方や在り方を工夫し改善を重ねるのはそういう手間ひまをかけることその手間ひまにかかる思考力や胆力を養う訓練の蓄積があることなどいろんな要件が必要になることなのだろうなと思う。     押し葉

大家さんの交替

 マンションの大家さんがかわった。これまでの大家さんはもともと左官さんだったらしいと聞いていてマンションの外壁内壁廊下床などの壁塗りはとても熱心な方だったのだけどそれ以外のことに関してはあまり熱心ではなかった。たとえば共用廊下の天井の電球が切れて暗くなった時に管理会社に電話して電球の交換をお願いしても一週間経っても二週間経っても交換してもらえず「まだでしょうか、いつごろ交換していただけますか」と管理会社に確認の電話をするとすぐに大家さんから「そんなに急ぐんですか!」と電話がかかってくることがあったくらいに壁塗り以外のことに関してはゆっくりとしているというかほぼ放置されていた。
 私にとっては共用廊下の電球がちゃんと点灯するかどうかはだいじなことなので切れたらすぐに連絡して交換してもらいたいほうだけど、大家さんと同じように共用廊下の電球はついていてもついていなくてもそれほど気にならない住人のひともいて、うちの両隣の部屋の前の共用廊下の電球はもう一年以上切れたままだけど切れたままでずっと交換されることなく、廊下電球の明るさがあるから帰宅した時にバッグから鍵を出すのもらくだし、宅配の荷物を受け取るときの伝票の内容を確認するのもらくなのに、あんなに薄暗くても平気なひとは平気なのだなあ、と感心しながら、今度うちの電球が切れたときには両隣の電球もずっとまえから切れています一緒に交換してくださいと伝えようと思っていた。

 それが、新しい大家さんにかわりました、という案内の紙が配布されてすぐに、その両隣の共用廊下電球が交換されちゃんと点灯するようになった。両隣だけではなくて、それまでは夜に外を歩いたときにマンションを見上げると共用廊下の電球がついているところとついていないところとが飛び飛びにあるのが見えて、なんとなくここのマンションイマイチだなあ感があった。それが全部の共用廊下の電灯がきちんとついているとなんとなく治安がよさそうというかきちんとメンテナンスされている良好物件なかんじがする。

 夫に「新しい大家さんやる気のあるえらいひとなんかもしれん。ずっと消えたままだった共用廊下の電灯が交換されて廊下が明るくなったんだよ」と話すと「えらくなくてもやる気があってもなくてもそこはきちんとするのが本来の大家だと思うけどな。共益費払ってるんやし」と言う。

 そして新しい大家さんは物置の屋根の修繕をされた。大家さんが直接屋根を交換するわけではなくて専門の業者さんが来て作業をされるのだが、これまでの物置の屋根では実は雨漏りがしていたらしく、工事に備えて各自の物置のだいじなものには工事中の鉄粉がかからないようにダンボールかビニール袋などをかけておいてください、の指示に従い我が家も新聞紙をかけに物置に赴いた時に物置のドアの内側が雨に濡れているのを見て、あら、うちの物置も雨漏りしていたとは知らなかったと気がついた。

 物置の屋根の修繕のあとはマンション外壁のクリーニングと塗り直しが行われるらしく、現在マンションの周りにはぐるりと作業用の足場が組まれており、足場の外側には洗浄剤等の建物周辺への飛散を防ぐためのネットが張られている。足場が組まれた状態では「気分は檻の中だなあ」と思っていたけれど、そこにネットがかかると「気分はカゴの中」になった。このネットがあるせいでベランダに干した洗濯物に当たるお日様が何割が弱くなり、ただでさえ日照時間の少ない地域でさらに日照が少なくなるのは一時的なこととはいえ少々残念ではある。しかしこのネットがあるおかげでちょうどよい雨除けにもなっていて、普段ならこれだけ雨が降ったらもうベランダに干していた洗濯物はベランダに吹き込んだ雨で全部濡れてるだろうなあ、帰ったら乾燥機だけで済むか洗濯し直しになるかどっちかなと思いながら帰宅しても雨除けネットのおかげで洗濯物はほとんど雨に濡れておらず若干湿気た程度で済むというメリットが生じている。ネットがある間はこのメリットをありがたく享受しつつ洗濯に励みたい。

 そして新しい大家さんにはまだまだやる気があるらしく、このマンションの一階入り口の扉がこれまでの手押しで開閉するものから自動扉にかわると工事予定表に記載されていた。これには夫も私も大喜び。特に夫は「山の遠征から帰ってきて両手に荷物をいっぱい抱えた状態で体でドアを開け閉めするのつらかったから自動ドアはうれしいなあ」と喜ぶ。

 ベランダ側の外壁の洗浄と塗り直しの時期にはベランダが使えなくなる日もあるらしくその日は洗濯物を外に干せなくなるけれど、今住んでいるところがどんなふうによくなるのかたのしみにしている。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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