みそ文

新人電話

私の携帯電話は、それほど頻繁に活躍するわけではない。日々繰り返し、目覚まし時計機能には活躍してもらっているけれど、それ以外は、ごくたまの通話のみだ。携帯でeメールのやりとりをすることはまったくない。ソフトバンク同士の電話番号宛に送信する72文字以内のメッセージ機能は、年に十回前後は使うかもしれない。webに接続することもまったくない。携帯ではブログを書いたり読んだりすることもない。そんな使い方ではあるけれど、職場や家族との連絡がつきやすいと便利だよね、という、それだけのために、一応持っている。けれど、そんな、一応な持ち方だから、着信に気がつかないことも多いし、携帯電話を携帯すること自体を怠ることもままある。そういうわけで、自分の携帯電話あてにあった不在着信に気づくのは、翌朝用目覚まし時計として、寝る前に枕元に置くときになってようやく、ということが多い。

昨夜も、さて、そろそろ、いいかげんに寝ましょう、と思い、寝床のしたくをしたときに、自分の携帯電話に不在着信の印があることに気がついた。あらあら、どなたからだったのかしら、と思いながら、発信者を確認してみると、私の勤務先店舗名の表示。着信時間は、午後一時二十分。勤務していた時間帯だ。勤務中は、携帯電話は、各自ロッカーに保管していて、勤務中に売り場では、着信に気づかない。それにしても、職場のスタッフが勤務中の私に電話をしてくるのはおかしい。きっとただのかけ間違いで、すぐにそれに気がついて切っただけに違いない。

ところが、留守番メッセージの録音がありますというしるしが自己主張している。勤務中の私宛に、職場からいったい誰が、どういう用事で電話をかけて、メッセージを残したのか。店頭や事務所やバックヤードで、面と向かっては話せないような、極秘の内容だったのだろうか。今の職場で働いて、数年以上が経過するけれど、こんなことは初めてだ。いったい何があったのだろう。少しばかりどきどきしつつ、録音を再生する。

「もしもし。すこやか堂の新人二年目と申します。先ほど、ビューティー担当の者は、休憩中だとご説明いたしましたが、本当は休日でした。たまたま休日出勤で少しだけお店に来てすぐに帰ったのを出勤中だと勘違いして、勤務表も確認せずお話してしまい、すみませんでした。なお、ビューティー担当者は、明日もセミナーのため出張でお店には出てきません。ご相談にご来店くださる場合は、あさってであれば、大丈夫です。またのご来店お待ちいたしております。よろしくお願いします。それでは失礼いたします。」

えーと。私の勤務先の、新人二年目くんといえば、「がんばるスキン」の人だ。補充作業中にうっかり開封してしまった大量のコンドームを、責任を取って買い取ってくれた、あの二年目くんだ。昨日も一日一緒に働いた、いつもの二年目くんだ。ビューティーの担当者が、休日出勤で少しだけお店に来ていたことも、休日だから予定もあって、すぐに帰っていったことも、ビューティー担当者本人と会って、「それはお休みの日なのにお疲れ様ですね。予定に間に合うよう、でも慌てないで、安全運転で行ってくださいね。」と話したから、彼女のスケジュールのことなら、私は既に知っている。それをわざわざ私の携帯電話に電話して知らせてくるのは、たいへんに不自然だ。それに、「またのご来店お待ちいたしております」って、またのご来店もなにも、私は来店(出勤)していたではないか。

丁寧な言葉遣いで、滑舌のよい発音で、録音時間内の二十秒以内におさまるように、上手にメッセージを話せたのは、新人二年目くん、えらい。けれど、電話をかける相手を間違えてはいけない。そのお客様の携帯電話番号が、たまたま私の番号と酷似しているのだとしても、間違えたことに気づかないままなのもいけない。

かといって、これから寝ようという深夜に、新人二年目くんに電話をかけても仕方ないし、眠いし、明日、出勤してから、本人に直接会って伝えよう。着信履歴を見てもらって、必要ならば録音メッセージも聞いてもらえば、本人も納得するだろう。そう決めて、ぐっすり眠り、本日出勤。作業中の店長と新人二年目くんに、「おはようございます」と挨拶する。そして、私の携帯電話をおもむろに取り出して、「実は、昨日の、お昼過ぎの一時二十分頃に、私の携帯電話あてに、ここのお店からの着信と留守録があったんです。新人二年目さんからでした。ビューティー担当者さんの出勤予定についてのお知らせだったんですけど、あれって、本当は、私にではなく、お客様か同業者さんに電話したつもりだったのではないですか?」と訊ねる。

新人二年目くんは、「ええっ?」と驚き、でも、すぐに落ち着いて、「すみませんでした。僕です。お客様に電話したつもりでした。でもあのあと、ビューティー担当者さんとお客様とで連絡取り合ってくださって、結局は大丈夫でした。」と応える。店長は、「二年目くんー」と、たぶん「しっかりしてくれよー」という意味で、脱力した眼差しを送り、とほほなかんじで笑う。結局は大丈夫だったから、まあよかったけれども、一応、「電話番号は、今一度、確認してくださいね。特に、お客様相手の場合には。よろしくお願いしますね。」と、くどいけれど念を押す。二年目くんも素直に、「はい。わかりました。すみませんでした。」と礼をする。なぜか、いや、なぜかではなく、一応上司としてだろう、店長も、「どうやら先生、すみませんでした。」と、小さく頭を下げる。

新人二年目くん、落ち着きを取り戻すのが早いのは、仕事をする上で、重要で大切なことで、それがスムーズにできる君は、きっと、仕事人の才がある。しかし、落ち着きを取り戻す、その前に、落ち着きを失わねばならないような事態を避けるべく、まず十分に落ち着いて、集中したり確認したりしながら、仕事をしていこう。

冷える日に

今日の空気のにおいは、もう完全に冬のもの。雨と風がとても強くて、その雨と風がふきこんで、職場のお店の床と商品をびちゃびちゃに濡らす。基本的に雨は大好きなほうだけれど、商品をだめにしたりしない程度には加減してくれると、もっと嬉しい。本日の校正は、下記三本。

いにしへの」:私の、なんとなくな、野望。
さざえ」:甥っ子むむぎーの才能。
極悪非道くん」:夫の才能。

秋におもう

月を浴びる」:この星を選んで生まれてきた。
洗濯の鬼」:私自身もけっこう洗濯の鬼。
おとなもこどもも」:私の座右の銘。
種なしぶどう」:ひいばあちゃんの好物、だったのだろうか。

励む日々

過去記事校正活動に、それなりに励む日々。日記内リンクした過去記事を、気概と根性豊かに、読んでくださる方々の存在に、おおいに励まされ、ありがたい。

本日の校正済み記事は、下記の三点。

まつげ」:近視矯正手術時に、まつげは抜きません。
ぶゆうでん」:妹夫婦が新婚さんだったころ。
麩まんじゅう」:祖母に買ったお土産。

本日のおすすめ

昨日校正した日記のうち、「しずかに」は、今でも、自分の夫に対して、心底がっくりとした気持ちが、なんとも鮮明に蘇ってくるのだなあ、と、自分でも感心しながら読み返した。

本日の校正は、下記の三本。

嬉しい飴」:私の職場の小さなお客様ネタがお好きな方におすすめ。
」:みそ文には数少ない詩形式。
魔法と智慧」:この記憶を思い出すたびに涙が出て止まらなかったのが、この日記として書き出して以来、まったく涙することなく落ち着いて思い出せるようになった。

製本への道

「みそ文」を読んでくれているおじやおばたち(母の兄や姉妹たち)が、「みそ文を本にしたらいいのに」と言ってくれるから、と、母が「お金は私が出すから、ブログを本にするには、何をどうしたらいいのか、いくらくらいかかるのか、調べてみてほしんだけど。で、手続きもしてほしい。きょうだいたちに配りたいから。」と言う。これまでは、母がPC画面をプリンターで印刷したものを、一か月分ずつまとめては、母のきょうだいたちに郵送してくれていた。姪っ子(私)に甘いおじやおばたちは、そのたびに、「おもしろい!おもしろい!」と、母に伝えてきてくれる。それに気をよくした母がまた、翌月分も送りつける、という繰り返しであった。

たしかに、コピー用紙をクリップやステープラー(ホチキス)で留めたものを、一枚ずつ、べろりんべろりん、と、めくって読むよりは、本の形になっているもののほうが、ずいぶん読みやすいことだろう。製本かあ。どんなものなんだろうなあ。たしか、FC2ブログサービスのひとつとして「書籍化」というものが、あったような気がするなあ、と、それらしきページを訪ねてみる。その結果、過去ログ全てを一冊にまとめるには、少し量が多すぎるため、二冊に分ける必要がありそうであることと、一冊あたり3000円から5000円程度の代金が必要となるらしい、ということが判明した。

そうなのか。その値段が高いのか安いのかは、よくわからないのだけれども、どんなものなのだろうか、と、ブログ書籍化経験者の方に教えを請うてみたところ、その値段は適正相場価格であるらしいというところに辿り着いた。あとは、本人が、何にこだわってどう製本したいのか、によって、製本会社その他、選ぶべきものを選ぶ、というものであるようだ。そして、これは、至極当然のことなのだけれど、製本費用は、あくまでも、製本にかかる費用であって、本の内容となる文章等に対する報酬ではない。製本にかかる材料費や、細かい製本作業にかかる労力コストエネルギーを考えてみれば、それくらいはかかるだろう金額で、けっして高いわけではないように思える。けれど、これまで、そのための出費について、想定したことがなかった。たぶんそのせいで、なんとなく、予想外の臨時出費であるような気がしてしまうのかもしれない。

とはいえ、母が「お金は私が出すけん」と、言ってくれていることだし、製本申し込み作業くらい、親孝行の一部として、十分に実行可能だ。実際の製本作業は、製本屋さんがしてくれるから、私がすることといえば、「ここからここの範囲の記事を」「こういう文字の大きさと字体で」「こういう条件で編集して」「こういうデザインで」「製本して送ってください」と、PC上で指定して、申し込み作業を行うだけだ。もちろん支払い作業も行う。

しかし、それだけ、だとはいえ、やはり製本するのであれば、できることならば、過去記事の誤字脱字段落改行のチェックをしてからにしたいなあ、と、私の中の数多くはない「志」がうずく。それならば、年内いっぱいかけて少しずつ、過去記事の校正作業に勤しんで、来年になってから、製本の申し込みをすることにしよう。

そういうわけで、過去記事を、少しずつ校正してゆくのだけれど、一人で校正して、自分だけが読んで、保存して、とするよりは、校正したものを今一度公開してみることで、私自身の緊張感やチェックの眼力が高くなるかもしれないし、あわよくば、どなたかが、ここにもこんなまちがいがあるよ、と、お知らせくださるかもしれない。そういう効果を狙って、少しずつ校正したものを、日記内リンクの形でアップしていってみようと思う。

これまで、みそ文の過去ログを、わざわざ遡って見に行くのは、あまりにも手間で、なかなかしなかったけれども、トップ画面からクリックひとつで見にいけるなら、読んでやるのもやぶさかではないよ、と思ってくださる方は、どうぞ、ご覧くださいませ。別に話の内容が変わるわけじゃないんじゃろ、それなら別に読まなくていい、と思われる方(古くからずっと読んでくださりありがとうございます)は、ぜひそのまま人生前向きに歩んでいってくださいますように。句読点の打ち方などに統一性や一貫性がないのは、書き手本人の人生に対する迷いの現われに相違ない。人生の迷いは大いに結構だけれども、これじゃ意味がおかしくなるよ、というような、あまりにも目に余る部分については、極力訂正してゆきたい。「製本への道シリーズ」としてアップするか、その都度タイトルを変えるかどうかについては、まだ、考え中。どちらであっても、おおらかに、鷹揚に、読んだり読まなかったりしつつ見守っていただければ、たいへんうれしゅうございます。

では、本日は、下記の過去記事へ。気概と根性のある方は、どうぞお進みください。そして、後日も続々と、また、校正済み記事掲載が続く予定を、どんとこい!と受け止めてくださる方の存在に期待しつつ。

ぜんりょく
ぐらぐら
かんちょう
十人並み
ごあんない
ドライイースト
しずかに

布団乾燥機の仕事

我が家の布団乾燥機は、たいへんに働き者だ。十五年近く前に、三千円弱で買ったものが、未だに現役で大活躍中。冬場吹雪が続いたり、花粉症の季節だったり、梅雨で雨がしとしと降ったり、いろんな理由で布団を外に干せなくても、布団乾燥機があれば、いつでも布団はふんわりかんわり。快眠求道者としては、これはもはや生活必需品と言っても過言ではないであろう。

数年前の冬、友人宅に一週間弱滞在することにしたとき、布団乾燥機も貸してもらっていいかな、と、事前に所望してみた。友人は、「うちのどこかにあるはずなんだけど、もうずっと使ってなくて、今のマンションに引っ越してきたときに、どこに片付けたのかわからない。捨ててはないはずなんだけど、もしかしたら置く場所がなくて、夫の実家に置かせてもらう荷物の仲間に入れたのかも。」と説明してくれる。そういうことなら、と、布団乾燥機はそんなに高いものではないし、この冬何度か泊めてもらう予定だし、新しく一台買って、友人宅に届くように手配することに。どうせ買って送るなら、加湿器もあったほうが肌も粘膜も喜ぶはず、と考えて、加湿器も一台一緒に手配する。

友人宅では、新しく買った布団乾燥機で、毎日布団はふわふわのぬくぬく。乾燥厳しい冬の瀬戸内でも、加湿器のおかげで喉も肌もしっとりすっきり。日々いそいそと、加湿器に水を足し、布団乾燥機を作動させる私を見て、友人が、「みそさんは、自分の心身の快適のための手間や工夫を惜しまんよねえ。」と、感心したようにつぶやく。私が、「ほら。私、エピキュリアン、快楽主義者、じゃけん。」と応えると、友人は、「うん、それは知ってる。でもね、ふつうは、みそさんみたいに手間暇をかけなくて、よそに泊まる時くらい、短期間だし、まあ、いいか、ちょっとくらい大丈夫やろ、にしちゃうのよ。でもね、自分の体との信頼関係を築く、というのは、そういう、まあ、いいか、ちょっとくらい大丈夫やろ、を極力控えて、自分の体が満足するように、こころが安心するように、いつでもどこでもできることをしてやるっていうことなんだと思う。その積み重ねが大事なんよ。そういうのって、一朝一夕にはいかなくて、ちょっとくらい大丈夫やろ、と、思ってたけど、実は大丈夫じゃなかったことが露見するようになってから、慌ててどうこうしようとしても、それまでに手間暇かけてやらんかった体は、いざというときになって、本人の希望に応えようとしても、なかなかそうそう簡単には応えることができんのんよ。」と、とうとうと語る。

私が布団乾燥機で布団を乾燥しているのを見た友人の子どもたちが、「うわーっ!すごいふくらんどる!みそさん、これ、なんなん?」と、興味深そうに質問する。「これはね、布団乾燥機、といってね、」と、私は、解説を行う。年中暑がりの二号くん(下の男の子)は、その解説だけで十分納得して去ったが、一号ちゃん(上の女の子)は、とても興味深そうに、乾燥中の布団の上や布団の中を触っている。「あとで、一号ちゃんのお布団も、乾燥機かけようね。」と、私が声をかけると、一号ちゃんは、「え?いい、いい。みそさん、お母さんのマッサージするので忙しいし。」と遠慮する。「うはは。大丈夫。布団乾燥機はね、ずっとついてお世話しなくても、セッティングだけしておけば、あとは、勝手に乾燥して温めて、時間がきたら止まるから。乾燥機が止まったときに、もしも私がお風呂に入ってたり、マッサージで手が油だらけだったりしたら、そのときには、一号ちゃんが自分でお片づけだけしてくれる?」と応える。それでも、一号ちゃんは、「じゃあ、お母さんに訊いてみて、お母さんがいいって言ったら・・・」と言うので、「じゃあ、さっそく訊きに行こうよ。」と背中を押して、友人が横になっている部屋に行く。当然ながら、友人は、そんなのいいに決まってるじゃん、という顔をして、「一号ちゃんが、したいことだったら、みそさんに頼んだらいいよ。」と言う。それを聞いて一号ちゃんは、やっと安心したみたいに、「じゃあ、みそさん、よろしくお願いします。」と、布団乾燥ごときで、律儀に挨拶してくれる。

私の布団乾燥を終えた乾燥機を携えて、子ども部屋の二段ベッドに向かう。一号ちゃんの寝床は上の段。「先に機械を持ち上げるね。」と言いながら、上の段のベッドにいる一号ちゃんに布団乾燥機を手渡す。事前に確認しておいたコンセントにプラグを挿す。そして、「それじゃあ、ちょっと、失礼しますよ。」と、私もベッドに上る。掛け布団を横に寄せておいて、布団乾燥機の袋状の乾燥シートを広げる。温風を注入するホースをシートの定位置にマジックテープで固定する。タイマーは、だいだい色の冬モードと、青色の夏モードとある。夏は温風乾燥のあと、冷風で布団をひんやりさせる工程がついている。「でも、今は、冬だから、だいだい色のほうね。30分か50分くらいかな。急ぐときには、15分くらい温めるだけでも、けっこうあったかくなるよ。」と、一号ちゃんに説明して、タイマーをぐるっと回す。ぶおーん、と、温風が吹き込まれ、シートがぼわん、と膨らむ。「で、この膨らんだところに、掛け布団をのせる、と。」と言いながら、掛け布団をのせてゆく。全体がバランスよくのったところで、「で、あとは待つだけ。乾燥が終わったら、機械が勝手に止まるから、そうしたら、今膨らんでるシートをホースから外して、折りたたんで、機械の蓋の中のここに入れるの。ホースも縮めて、かちっと、ここに留めれば、お片づけ完了。でも、今日は初めてだから、あとで、私が見に来るよ。機械も下ろさないと邪魔になるしね。」と言うと、一号ちゃんは、「大丈夫。大丈夫。終わったら、片付けてここにそのまま置いて寝るよ。」と言う。「それは、邪魔じゃろう。寝返り打ったら、ごつん、って、布団乾燥機にぶつかるじゃん。」と言っても、一号ちゃんは、「大丈夫。私、寝相いいから。」と言い張る。「じゃあ、もし、寝てみて邪魔だったら、一号ちゃん、一人で下ろせる?」と訊くと、やっぱり「大丈夫」と言う。「じゃあ、どちらにしても、一号ちゃんが寝やすいようにしてね。布団乾燥機は、今夜も明日も、この部屋に置いておけばいいからね。」と言うと、一号ちゃんは、ようやく「わかった」と言って、二段ベッドから下りる。そして、友人の部屋へ、おやすみの挨拶をしに向かう。「お母さん、みそさんに、布団乾燥機してもらった。乾燥が終わるまで、おばあちゃんの布団に入ってていいって、おばあちゃん言うけん、そうする。おやすみ。」と言ってから、襖を閉める。

私が、「この家の行方不明中布団乾燥機は、子どもたちのお布団で活躍したことがない人なの?」と、友人に尋ねると、友人は、「そうなんよ。一号を生んでから、一回も使ってない。だから、あの子にとっては、布団乾燥初体験なんよ。みそさん、ほんとにありがとね。」と言う。その「ありがとね」が、あまりにも丁寧なものだったから、私は少し驚いて、「布団乾燥機の布教活動ごときで、そんなにお礼を言わなくても。」と言う。すると、友人は、「みそさん、違うよ。一号の布団を乾燥してくれたことも、そりゃあ、ありがとうなんだけど、ほら、今、私がこんなんだから、私も、夫も、私の体のことでいっぱいいっぱいで、なかなか、子どもたちに目を掛けてやったり、何かしてやったりができなくなってるやろ。もちろん、お義母さんは、すごくよくしてくださってるけど、お義母さんも夫も、言葉の人じゃないから、言葉の人の一号としては、言葉のコミュニケーションがね、どうしても不足気味になるみたいで。でも、みそさんも、私の妹も、言葉が巧みな人たちだから、説明も上手だし、なんでもない言葉のキャッチボールがね、ぽんぽんってできるやろ。そういう意味で、何かしてもらったり、言ってもらえたりするのが、あの子、すごく嬉しいみたいで、なんかそういう意味で、久しぶりに、満たされた感じで笑ってたから。だから、ありがとう、なん。」

だから、ありがとう、なん。我が家で布団乾燥機を、ぶうんぶおんと作動させるたび、あのときの、彼女の言葉を思い出す。そして、ふんわりかんわりあったかなお布団にもぐりこみつつ、「私のほうこそ、ありがとうだよ。社会的な通念に疎い私にも理解できるように、いつだって、細かく丁寧に、具合がよくないときでさえなお、いろんなことを言葉にして、解説してくれるから、私は、本当に、とてつもなく助かっていた。だから、私が、ありがとう、なん。」と、天の友人に語る。

お粥の場所

入荷した商品の補充作業中。医薬品ドリンク売り場にて、袋詰め作業をしていたら、8歳か9歳くらいだろうか、小さな女の子が近寄ってきて、私に話しかける。小さな人ではあるけれど、話し方はきちんとしていて、「すみません。このおみせには、おかゆはおいてありますか?」と、丁寧な言葉で質問してくださる。

「はい。お粥ですね。食品コーナーのレトルト食品の棚のところにございますので、ご案内いたしますね。」と、言いながら、小さなお客様を誘導する。途中の通路にさしかかったとき、小さなお客様は、通路から見える場所にいらっしゃる大人の女性にむかって、「おかあさん!こっちにおかゆ、あるって。おみせのひとにきいたら、やっぱり、ちゃんと、あったよ。」と、声をかける。

お母さん、と呼ばれた女性のお客様が近くにいらっしゃるのを待ってから、「お粥はこちらの棚になります。あ、上の段にも、箱入りで、お粥のシリーズがありますね。こちらは少し素材が上等な種類のようです。下の段はお粥といっても、西洋風のリゾットです。お好みに合わせてお選びください。」と説明する。お客様は、「あ、はい。ありがとうございました。」と言ってから、いくつか手にとって見比べていらっしゃる。

「ごゆっくりご覧くださいね。」と声をかけてから私が、自分の売り場の仕事に戻ろうと歩き始めると、小さな女の子もお母さんのいるところ(お粥の棚の前)から離れながら、お母さんに向かって言う。「じゃあ、わたし、まあちゃん(弟か妹か?)のめんどうみにいくからね。おかあさんも、わからないことあるときには、なんでもじぶんでさがそうとせずに、おみせのひとにきけばいいんだからね。じかんかけてうろうろしなくても、おみせのひとならすぐわかるんだから。わかった?」と言いながら、ぱたぱたぱた、と、速やかに、まあちゃん(さらに年齢の小さいかんじの人)の声がするほうに向かう。

まあちゃんの面倒を見たり、お母さんに買い物指南をしてみたり、物怖じすることなく店員に質問したり、この小さなお客様は、きっと、とても利発で、お世話上手な才能の持ち主なんだなあ。「おねえちゃん」であることを、存分に全うしていて素敵だなあ。と思いつつ、でも、えーとね、おねえちゃんでもね、甘えたり、誰かにお世話になったりも、上手にちゃんとしていこうね、と、こころの中で話しかけた。

金と銀

夫の趣味のひとつに「コイン収集」がある。一口にコインといっても、夫の興味の対象は、もっぱら銀貨だ。過去に流通していた、そして、現在は通過として使用できない銀貨がお気に入りらしい。流通とは無関係の、一部の記念硬貨も対象となるようだ。それらの何がどう魅力的なのか、私にはよくわからないのだが、何かぐっとくるものがあるのだろう。コイン専用のアルバムに収めた銀貨たちを、自室でにやにやと眺めるのが、夫の、ゆっくりとした時間のおたのしみ、だ。

もうずいぶん前のこと。広島の夫の実家に帰省したときに、夫が、銀貨を集めている話をして、義父に、「とうさんが前に集めたやつ見せて。」と頼む。義父は、どうだ!というかんじで、義父コレクションを出してくれる。夫は、なにやら、鑑定士みたいな手つきで、一枚一枚眺めては、うんちくをたれる。義父のコレクションには、夫の好きな銀貨だけではなく、金貨も含まれている。夫が「俺は、銀貨にしか興味ないから。」と言うと、義父がなぜか、「じゃあ、金貨は、みそさんにあげよう。」と言い出す。

コイン収集にまったく興味のない私は、「そんな、もったいない、いいですよう。」と遠慮する。夫も、「そんなん、とうさんが自分で持っときんさいや(持っておきなさいよ)。俺、金貨はいらんし。」と言う。すると義父は、「お前にやるんじゃない、みそさんにあげるんじゃ。」と言う。隣にいる義母も、「そうよ。みそさんがもらやあええんじゃけん(もらえばよいのだから)。もろうときんさいや(もらっておきなさいよ)。」と後押ししてくれる。

そんなに言ってくださるなら、嫁といえども、親からのプレゼントをありがたく受け取るのも、親孝行のひとつかしらね、と、思い、「それじゃあ、ありがたく・・・」と受け取ろうと手を出そうとする。ところが、夫が、「だめだめだめだめー!これは、とうさんのもんなんじゃけん、とうさんが持っとるほうが絶対ええって(とうさんが持っているほうが絶対にいいから)。」と言い張り、強引に片付けるよう、義父に言い含めて促す。

コインに興味がないとはいえ、私にくださろうとしているものを、夫が勝手に要るだの要らないだの決めるのはいかがなものか、と、いう思いが、ふつふつと湧いてくる。夫と私が寝室として使う和室で、二人きりになったのを見計らって、夫を詰問してみる。

「ねえ、どうやらくん。おとうさんは、金貨を、私にくれるって言うちゃったのに(言われたのに)、どうして、どうやらくんが勝手に要らない、って言うの?」
「みそきち、金貨なんか、要らんじゃろ?」
「別に全然、ほしいわけじゃないけど、あればあるなりに、ありがたく、なんとかするよ。」
「その、なんとかする、って、大切にとっておくわけじゃないじゃろ?金券ショップで図書券(現在は図書カード)に変えて、本を買い込んで読むつもりじゃろ?」
「そうよ。それ以外に、金貨の使い道なんてないじゃん。間接的にでも、私の読書欲を満たすために活躍できたら、金貨もきっと喜ぶよ。」
「とうさんは、金貨を使ってほしくて、しかも、それで本を読んでほしくて、金貨をやる、って言ったわけじゃないんだから。そんな、すぐに横流しするようなやつには、金貨といえども、手渡すことは阻止する。それがコイン収集家としての俺の使命だ!」

そうか。義父も夫も、コインは保管しておきたい人たちなのか。なるほど。と納得する。夫は、ときどき、「俺のコインアルバムは、ちょっとした一財産だから、何かあったときには、それなりの金額で買い取ってくれるところで、売るといいよ。」と言う。けれど、「何かあったとき」というのは、私が「本を買いたくなったとき」という意味ではないのだな。けれど、私には、「それなりの金額」というのが、いくらなのかがわからない。それぞれのコインの、あるいはアルバム全部まとめての、「それなりの値段」を書き記しておいてもらえるよう、夫に頼んでおいたほうがいいかな。その金額によっては、どの本をどれくらい買って読むか、計画も違ってくるしね。

将棋の道

将棋は、夫の趣味のひとつである。先月お彼岸の帰省時にも、私の実家の母の部屋で、夫は、母のPCを借りて、ネット将棋に勤しんでいた。

あともう少しで夕ご飯ができそうだねえ、という話を、母や妹と居間でしていたら、甥っ子のむむぎー(弟の子)が、「じめいさん(夫)、どこにおるん(どこにいるの)?」と訊いてきた。私が「ばあちゃん(むむぎーにとっての祖母)の部屋でインターネットの将棋をしょうるよ(将棋をしているよ)。」と応えると、むむぎーは、「おれ、じめいさん、呼びに行ってくる!呼びに行って、一緒に将棋見てくる!」と言いながら、疾風のように去っていく。

食事の仕度が完全にできあがっても、夫とむむぎーは戻ってこない。それでは、私が呼びに行きましょう、と、てくてくと、母の部屋へ向かう。

PCの前では、夫が、のめりこみ気味に座っていて、その右側の椅子に座ったむむぎーも、横から、やはりのめりこむように、覗き込んでいる。

「ごはん、できたんじゃけど。なんか、もしかして、佳境?すぐに終われそうにないかんじじゃね。皆には、先に食べ始めるよう言おうか?」と訊く私に、夫は、「うん。この一番だけ終わったら、すぐ行くけん。」と応える。むむぎーが、私の方を向き、「今ね、勝つ可能性が高いけん、やめられんのんよ。」と教えてくれる。「へえ、そうなんじゃ。そりゃあ、やめられんね。まあ、がんばってね。終わったら、二人とも来てね。」と私が言うと、むむぎーは、「みそちゃん。勝つ可能性が高いのは、相手の人じゃけんね。でも、おれ、じめいさんの応援しょうるけん(応援してるから)!」と、椅子の上でほんの少し跳ねながら言う。

自分方(夫)の情勢(負けそう)を伝えるのではなく、相手方に視点を置いた表現は、情報伝達としては、やや混乱を招きやすいかもしれない。けれども、自分方が負けそうなときや負けているときでも、「負けそうだ」と言うのではなく、「勝ちそうだ(相手が)」と言うと、過剰ながっかり感に苛まれることもなく、不思議と勢いが鼓舞される。言霊(ことだま)遣いとしては、意外と上級編かもしれない。

私一人が居間に戻り、食卓で待つ父と弟と妹と義弟(妹の夫)と、姪っ子(弟の子)と、あと少し作業をしている母と義妹(弟の妻)に、「どうも、佳境に入ってるみたいで、将棋が済んだらすぐに来るけん、先に食べてて、だって。勝ちそうじゃけん、やめられんのんだって。」と報告する。皆が口々に「へえ。勝ちそうなんじゃ。よかったね。そりゃあ、がんばらんにゃあね。」と言う。私が「うん。でもね。むむぎーがそう言うて説明してくれたんじゃけど、勝ちそうなのは、相手のほう、らしいんよ。」と解説すると、皆が「うははは」「だははは」と笑う。それじゃあ、まあ、先に少しずつ食べ始めようや、と、「いただきます」と手を合わせる。

それから七分も経たないうちに、夫と甥っ子が並んで居間に入ってきた。「はあーっ」と溜息をつく夫とは対照的に、むむぎーは「勝ったー、勝ったー!」と小躍り中。「誰が勝ったん?」と一応確認すると、むむぎーは元気よく「相手の人!」と教えてくれる。

将棋未経験のむむぎーにとっては、そこに勝ち負けがあることよりも、一定の規則に従って、攻めたり守ったりする駒たちの存在が、たまらなく魅力的だったらしい。食事が済むと、「お父さん!将棋盤ってあるん?おれ、やってみたい!」とリクエストする。弟は、普段は押入れに片付けてある将棋盤(大きな木の塊に四本の脚が付いている)を出してくる。むむぎーはさっそく、「誰か相手をしてください!」と所望するが、私の父が、「相手をしてもらおうと思うなら、まず、駒を全部並べてから、お願いします、言うもんじゃ。」と教育的指導をする。むむぎーは、「そうか!」と合点し、自分側にも相手側にも、全ての駒を並べる。そして、「じいちゃん!お願いします!」と声をかける。

実際に将棋を開始してみると、むむぎーは、まだまだ、全ての駒の動きの規則を把握しておらず、父が何度も、「それは、そこには行かれん。」と教える。そのたびに、「あ、そうじゃった。」とつぶやいては、「じゃあ、こっちにはいける?ここは?」と、質問を繰り返す。父は、「むむぎー。お前は、まずは、自分一人で勉強して、どの駒がどの方向に動いてええんかおぼええや(動いていいのかおぼえなさい)。」と重ねて指導する。

しかし、母が、「みんな、小さいときには、年上の、できる人に相手してもらいながら、おぼえるもんじゃったじゃないね(おぼえるものだったではないですか)。私らだって、みんな昔そうやって、教えてもろうたんじゃけん(教えてもらったのだから)、こういうのは持ち回りじゃけん、まだようできん(まだ上手にできない)小さい人の相手もしてやらんにゃあいけんようね(相手もしてあげなくてはならないでしょう)。」と、別の視点を提供する。

駒の動きすら把握していないむむぎーとの勝負は、数十秒から数分で終了する。一試合終わってもすぐに、むむぎーは、「もう一回やって!」と言い出す。父は、「そんなに何回もはできん。自分で自分の相手をして勉強せえ。」と、練習方法を伝授する。「わかった!」と、むむぎーは言い、自分側の駒と相手側の駒と、両方順番に動かしてみる。が、わからないものは、やはりわからない。

食前の試合の負けの痛手から立ち直った様子の夫が、「じゃあ、俺とする?」と、むむぎーに声をかける。むむぎーは、「うん!やったー!お願いします!!」と、それはそれは嬉しそうに、全ての駒を、元通りに並べ直す。その日の夜も、次の日の昼間も、むむぎーは、将棋盤に駒を並べては、夫に相手をしてもらう。夫はとても根気よく、「その駒はそっちにはいけん」「ここと、ここなら、いける」と解説を繰り返す。

今度の、お正月に帰省したときにも、むむぎーの、将棋の道の歩みは、続いているかなあ。

 | HOME |  古い日記に行く »

文字サイズの変更

プロフィール

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

みそ語り」について
拍手や拍手コメントは、常に大喜びで受けとめております。本当にありがとうございます。
ときどき、風が吹くまま気の向くままに、拍手コメントへのお礼やコメント返しをリンク先の「みそ語り」に書いてみることにしました。
同じように風が吹いて気が向いた方は、よろしければご覧ください。
拍手コメントくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。
文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

リンク

このブログをリンクに追加する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
暮らし (27)
仕事 (80)
家族 (113)
想 (14)
友 (33)
学習 (17)
旅 (8)
心身 (6)

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

フリーエリア

あわせて読みたいブログパーツ

FC2Ad

FC2ブログ

Template by たけやん