みそ文

タイトルなし

メンテナンスのみ     押し葉

今度は自律訓練法

鋭意療養中。     押し葉

赤ちゃんに背もたれ

 昨年の夏から電動ベッドをレンタルしている。副作用で吐き気が出ても、背もたれをあげて上半身を高くしていると吐き気が緩和される。逆流性食道炎で気持ちがわるくなるかな、という状態でも、背もたれをあげてもたれていればわりとらくにやり過ごせる。

 背もたれにもたれながら、この背もたれは、もしかすると、赤ちゃんもほしいんじゃないかな、と思う。
 赤ちゃんを抱っこしている間は気持ちよさそうに寝ているのに、寝床に横たえると泣く、という現象を時々話に聞く。もしかすると赤ちゃんも体を平坦な場所に横たえると体に不快をおぼえることがあるのではないだろうか。
 おとなが赤子を抱いている時は、頭に手を添えて縦に抱くか、横に抱いても頭は高い位置にあるかなのに、ベビーベッドやお布団はあまりにも平坦だ。
 赤ちゃんの体は生まれたてで新品で、食道の弁も新しくてよく機能するだろうとは思う。でも赤ちゃんはおっぱいやミルクを飲んだ後、背中をとんとんとたたいて、げっぷをするのを助けてやらなくてはならない。ということは、食道や胃腸の働きも、新品とはいえ、そんなに自由なわけではなくて、おとなよりもずっと、ちょっとしたことで不調や不快をおぼえるのかも。
 
 背もたれを斜めにすることで、赤ちゃんも、逆流性食道炎の人も、いろんな理由で吐き気がある人も、その他体が水平な状態では何かがらくでない人も、寝床の背もたれを少し高くすることで、らくに過ごせるのであれば、そうできるようになるといいなあ。     押し葉

金曜日は女性の日

 3月13日金曜日。白血球2000。予定通りタキソール+ハーセプチン療法11クール目を行う。
 副作用の胴体の痛みは相変わらずか、これまで以上にある。
 手足のしびれは、以前は軍手を二枚しているような、靴下を二枚重ねで履いているような、厚みのあるしびれだったのが、牛車腎気丸の服用でしびれの厚みが薄くなった。手のしびれは薄手のシルク手袋くらいの厚みで、足のしびれも薄手の靴下くらいの厚みに減少。このしびれがなくなるまでには、数か月、あるいは数年、もしくは一生、かかるかもしれないけれど、これくらいなら許容範囲として、12クール目まで完遂する方向で考える。
 もしも、11クール目と12クール目の間に、しびれが許容範囲とは思えないレベルに悪化すれば、12クール目をあきらめることも考えよう。

 3月20日金曜日、春分の日。祝日のため化学療法はお休み。
 化学療法が金曜日で固定されているのは、化学療法室が金曜日をレディスデイにしてあるため。女性特有のがんの人は、金曜日にしておくことで、化学療法室内にひとつあるトイレを女性だけで使用することができて、点滴前の問診や相談事など、女性特有の話でも男性患者さんの存在を気にせず気兼ねなくできる、というメリットがあるのかな。
 11クール目までの蓄積があるからなのか、11クール目終了後まもなくから、頭髪が再び激しく脱毛して、頭皮があらわ。

 3月27日金曜日。12クール目。白血球2300。
 しびれはまだあるものの、牛車腎気丸の服用でしびれの厚みが薄くなっている状態に変わりなく、12クール目を行うことに。
 牛車腎気丸服用でしびれの厚みが減少したのもありがたいが、排尿を頻繁にしなくてもよくなったのがたいへんによい。夜中にトイレに行かなくてもよく、点滴中に点滴台ごとトイレに行くのも服用前に比べると回数が少なくなり、畜尿に余裕ができたかんじ。排尿回数が少なくなったぶん、一回あたりの排尿量は多くなっているような、尿の質が適正になっているような。膀胱がこのかんじだと、たとえば長距離運転をする時に、トイレ休憩をそれほど頻繁に取らなくても、ああ、またトイレに行かなくてはと気を煩わせることなく、気楽に移動ができそう。

 4月3日金曜日。ハーセプチン単独療法1クール目。全13クールのうちの1クール目。白血球2500。
 これまでのタキソール+ハーセプチン療法は、点滴だけで4時間、点滴終了後1時間の待機時間(溶解液のアルコールを代謝するための時間)が必要だったが、今回からは点滴時間は2時間と短くなった。待機時間も必要ない。
 ただし、これまで毎週だったのが、3週ごとになるので、一回あたりの薬剤量はこれまでの3倍に増える。
 ハーセプチン療法は、毎週行っても、3倍量で3週ごとに行っても、効果は同等とされている。
 今回から窓口負担は、3割で約三万五千円。自分の体の中には今、総額で約十万円強の医療費が流れているのだと思いながら、換金はできないけど、だいじにそっと気をつけて帰ろう、と思う。

 長い文章を書くのはまだあまりらくでないかんじなので、とりあえず記録のみ。     押し葉

折り返してからその後に

 2月14日、白血球1800で7クール目実施。
 タキソールの副作用のしびれがひどい場合には、12クール全部せずに途中でタキソールを中止してハーセプチン単独に移行する選択肢もあることをあらためて聞く。
 しびれの副作用は、タキソールを中止してもその後長年にわたり、場合によっては生涯、末梢神経障害として残るケースが少なくないらしい。補助化学療法はあくまでも補助であるのだからして、副作用を我慢しすぎるのもよくない。
 もちろん12クールすべてできればそのほうがよいのだけれども、途中でやめたからといって、効果が不十分かというとそういうわけでもない。そもそも本来の12クールを全部したからといって、再発転移を抑えられるのかというと、そうだといいね、ということで行ってはいるものの、実際は必ずしも完全に抑えられるわけではなく、再発転移をするときにはする。
 その、そもそもからして、そんな治療って、いったいもうなんだかなあ、という側面が私の中にはある補助化学療法で、用いる薬を途中でやめてもよいのであれば、それならいっそ最初からやりたくなかったってことにならんか? そんなん薬としてどうなんよ? という気持ちになってくる。
 手足のしびれも自分の体において、どの程度だと一生残って、どの程度だと消えるのに数年かかって、どの程度だともっと早く消えるのか、どこまで耐えて、どこで勇気ある撤退をするのがいいのか、見当がつかない。
 ただ、人によってはしびれがひどいと、ボタンを留められない、箸を持って食事ができない、字が下手になる、などということもあるらしいが、そういうのに比べると、私の場合はそこまでではなく、しびれの手袋をつけてしびれの靴下を履いている感覚で、そのしびれの厚みが厚くなったり薄くなったりする、という状態で、そこまでひどくはないのかな、と思ったり。
 そういうわけで、タキソールの継続と蓄積によるしびれがひどくなるようであれば、中断も考慮しながら、副作用を観察していくこととする。

 2月21日、白血球1800で8クール目実施。
 血液検査の結果を見て、白血球と好中球の値が前回と全く一緒ですね、と先生に言われて「ほんとですね、同じ人みたいですね」と答えたが、どう考えても考えなくても同じ人で同一人物だよ、と後から思う。

 2月28日、白血球1700で9クール目実施。
 全12クールを折り返した後、9クール目までくると、できるのなら12クールまで全部したいよね、という気持ちが湧いてくる。しかし、かといって、しびれの副作用が一生残るのは避けたいし、何年も続くのも避けたいし、今現在のしびれをこのままこのレベルで耐え続けるのもよくないような気がする。
 胴体と鼠径部と足裏の痛みも相変わらずだけど、ロキソニンテープとスミルスチックと芍薬甘草湯の頓服でまあまあ対応できている。
 対応ができていないのは、しびれと、両目の見えづらさと、右目の違和感、かな。
 ん? しびれと目の見えづらさといえば、そして痛みを伴うといえば、そんなときには牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)? 牛車腎気丸の効能効果では「目のかすみ」という表現で、私の場合は「かすみ」ではなく、うろうろっとした見えづらさではあるのだけど、視機能調整という意味では仲間なのでは? これまでこの漢方はどちらかというと年配の方向けのイメージで、自分で試す機会が全くなかったけれど、もしかするとこの機会に試すのもありなのでは? どうして今まで思いつかなかったんだろう。
 
 3月6日、白血球1700で10クール目実施。
 診察時に牛車腎気丸を希望し処方してもらった。これでしびれや目の見えづらさや目の違和感がどのくらいどうなるか観察してみたい。点滴後4日くらい続く両脚のだるい感覚も牛車腎気丸を服用することで気にならなくなるといいなー。
 ロキソニンテープとヒルドイドソフト軟膏も処方してもらった。胴体や鼠径部や足の裏の痛みはロキソニンテープ貼付とスミルスチック塗布と芍薬甘草湯の頓服で、手足症候群の予防と対策はヒルドイドソフト軟膏で対応する。
 手指の先が割れる症状はサレックス軟膏(アンテベート軟膏のジェネリック)で治ってからはならなくて済んでいる。今はもうサレックス軟膏なしで、ヒルドイドソフト軟膏だけのケアでまあまあの状態が保てていると思う。ヒルドイドソフト軟膏よりももう少し軽く伸びるものを使いたい時には、職場でもらった試供品のヘパリン泡スプレーを使っている。

 今日は白山の人と3週ぶりに再会した。白山の人は6クールまででタキソール+ハーセプチン療法をやめ、現在はハーセプチン単独療法中だが、一ヶ月経っても二ヶ月経っても手足のしびれは続いている、とのこと。「手がしびれているせいで、お札をペラペラペラペラっと指先で数えることができなくなって、一枚ずつ、いちまい、にまい、って置いていかないといけなくてね、まあそれでなんとかなるけど不便よー」とのこと。しびれだけでなく胴体腹部がピクピクチクチクするような痙攣痛も未だにあるとのことで、「ええー、タキソールやめても、しびれだけじゃなくてそれもしばらく残るのー? くー、きびしいですねえ」と話す。残念な情報ではあるが、あらかじめそういうケースもあることを知っていると心構えができてありがたい。

 白山の人が「北海道に住む息子に『そちらはコロナは大丈夫?』って電話したら、『若くて元気な息子や孫のことを心配するよりも、がんの治療で弱っている自分のことを気にかけなさい』と言われたのよ」と話してくださる。
「それはごもっとも、おっしゃるとおり」
「あはは、そうよねえ。それでね、息子が、私の治療が落ち着いたら旅行に連れてってくれる、って言うのよ」
「わー、それはいいですね。どこに連れて行ってくださるんだろう」
「ス、イ、ス」
「スイスですか。え、もしかして山?」
「そうなの。まあ、そんなに高い山じゃないんだけどね」
「でもでも、あっちのそんなに高くない山は、いうてもけっこう高いでしょう」
「いやいや、息子は私ほどに登れるわけじゃないから、まあハイキングくらいの山やね。ツアー旅行のコースの一部だし」
「ああ、楽しみですねえ」
「うん、ふふふ」
 息子さん、すごいなあ。息子という立場で、母親の趣味の分野の旅行に誘ってくるとは、なんてツボをついた親孝行。息子とのスイス旅行と現地での山歩きのことを想像して、楽しみなことを待つ気持ちがあれば、通院も、点滴も、副作用のしびれと痛みで家のことはあんまりできなくても山には行けるという日々も、はるかにらくに、そしてウキウキワクワクと、やり過ごせることだろうと思う。

 次回11クール目は3月13日で、その翌週3月20日は祝日のためスキップ休憩し、3月27日に最終回の12クールを行う予定。白血球が機嫌よく数値を保ち、できればちょうどよく上昇してくれて、体調全般がそれなりに良好だとうれしいな。     押し葉

白血球のいうとおり

 先週、1月31日の金曜日は、白血球1500と低く、さらに好中球が50%に満たなかったため、6クール目は行わず延期となった。タキソールの副作用で脇腹腹部鼠蹊部がこむら返りっぽく痛くて、こんなに痛いのに次の薬を入れたらさらに痛いよね、と思っているところはあったから、一週間延期になって、体がちょっと休憩できたのはよかった。

 今日、2月7日金曜日は、白血球1800、好中球50%と、低いのは低いけれども、まあ実施できる数値、ということで、6クール目を行った。

 これまで胴体のこむら返り痛用にロキソニンテープやモーラステープを貼っていたら、連日の貼付に皮膚が耐えられなくなったようで、かゆいだけでなく、赤くぶつぶつざらざらになってかぶれたため、現在は貼付休止中。しかし貼らないと痛い。芍薬甘草湯だけでは効果の持続時間が短い。カロナール500mgを追加しても、貼付薬ほどには効果が持続しない。それなら、かぶれないように塗り薬を使うといいのかな、と思い、診察時に相談したら、スミルスチック処方となった。

 スミルスチックの成分はフェルビナク。そういえば、フェルビナクのテープ剤を貼ると、咳が出る体質だったよなあ、貼付薬は持続して薬が入るから咳が出るのかな、そんなに長時間持続しない塗り薬なら咳は出なくて済むかな、済むといいな。

 皮膚が貼付薬を拒む間はスミルスチックで対応し、スミルスチックの成分フェルビナクに反応して咳が出るようであれば貼付薬に戻して、皮膚や咳と折り合いをつけながら、使い分けつつ痛い時期を通過したい。

 今日の診察で先生から、タキソール+ハーセプチンは12クール全部できるのがいいのはいいのだけれども、タキソールの副作用が長く激しく続くようであれば、12クールの途中でタキソールは終了することもあります、という話をされた。白山の人がそうされたように、タキソールだけ先に中止して、ハーセプチン単独療法に移行する可能性は私にもあるのかも。

 それにしても、白血球や好中球というのは、食事や気合や節制で増やせるわけではなく、目安が自覚できる体の兆候があるわけでもなく、ただひたすらに体にお任せするしかない、というのが、相変わらずなんとも不思議。

 以前、白山の人は5クール目の当日、腹部こむら返り痛の副作用のつらさに疲れて、「診察の時、先生に、大袈裟に演技して、『5クール目延期したいです、一週休憩したいです』って頼んだけど、『んー、でも、あまりにも血液検査の結果がいいから、やるのはやりましょう。芍薬甘草湯は処方しておくから』って言われて、中止してもらえなかった。もう少し白血球が低かったら私の言葉にも説得力があったのに」と残念そうに話しておられた。
 それでも、その翌週には、「今日の6クール目で、タキソールは最後にしてもらえることになった」とはつらつと晴れやかに喜んでおられたから、今頃はもうタキソールの影響が減って、腹部こむら返り痛もなくなって、週3ペースくらいで、元気にお山に登ってらっしゃるだろうと予想する。
 
 コレステロールや血糖値や血圧などを食事や運動でコントロールできるみたいに、いつの日か、白血球もどうにかして、日常生活の中でコントロールできるようになるかなー、なるといいなー。     押し葉

びっくりしたこと、ふたつ目

 先に書いた「びっくりしたこと、ひとつ目」のつづき。

 びっくりしたことのふたつ目はこの度の乳がん治療。
 病気としてのがんになること自体は生き物としてはままあることだから、さして驚きはしない。
 どうして、とも、なぜ自分が、という思いもなく、まあ生き物だもの、がんだもの、それはなるときにはなるよね、というかんじ。
 生きていれば、日々毎時毎分毎秒、体の中でがん細胞が発生し、そして消える、というパターンを繰り返す。そうやってがんができても、できただけ消えていれば問題ない。できるがんの数が多くなり、消えるがんの数が少なくなると、病気としてのがんになる。
 そしてそのがんも、「ちょっとがんっぽいかな」という面差しのものから、「いや君は、実にとってもがんだね」という顔つきのものまで、グラデーションがあり、がんとしての顔つきが濃ければ濃いほど、体にとってはあまり都合がよくない。

 それでも、特に乳がんというのは、早期発見早期治療が可能な種類のがんだから、かかったとしても治療すればよし、と思っていた。もちろん今でもそう思ってはいる。
 ただ、早期発見して早期治療すれば、治るのはもちろんのこと、治療自体も短期で簡単に済むだろう、暮らしも仕事もそれほど変わることなくできるだろう、となぜか楽観していた。

 だって、早期の発見で、初期の状態で、がんのサイズは小さいし、こんな小さながんだもの、部分切除で、必要ならば放射線治療を追加して、必要ならば一日一回ホルモン療法の飲み薬を飲む、くらいで済むでしょう。

 と思っていたのに、こんなに小さながんであっても、がんの状態や種類によっては、乳房全摘+骨髄抑制副作用のある抗がん剤での補助化学療法+分子標的薬+ホルモン療法という、なんというか、盛りだくさんな治療になるときにはなるのねえ、というのが、ふたつ目のびっくり。

 がん細胞には「浸潤」と「非浸潤」の二種類がある。私の乳がんは「浸潤」だったが、人間として都合がいいのは「非浸潤」のほう。「非浸潤」はがん細胞が細胞膜の中だけに留まっていて、膜にきっちり包まれているから転移や再発の危険性が少なく、その部分だけ取り出してやればわりと安心なタイプ。
 これが「浸潤」になると、がん細胞の細胞膜の窓もドアも常に開いていて、換気し放題、中のがん細胞は出入りし放題、どこへでも旅に出て行き放題、で、それぞれが放浪し、旅に出た旅先のあちこちで気が向けば定住し、根を張り、芽吹き、そこでまた新たながん細胞として増殖する。つまり転移再発しやすい。
 そうなると「浸潤」の場合は、少なくとも乳房内では検査では目に見えなくても、すでに放浪しているかもしれないし、今は乳房内に留まっていても、いつか血流にのって乳房以外の体に旅立って行くかもしれないから、乳房は全摘しておきたい、ということになる。

 さいわい、というのか、たまたま、というのか、私は自分の乳房に対する思い入れがあまり強くないタイプだったようで、自分の胸は、意匠としてはまあわりと好みのタイプかもという好意はあるとしても、女性の象徴としての乳房に執着はなく、再発転移の可能性があるのであれば、なんなら反対側の乳房も予防切除できませんかね、そうすれば少なくとも乳房に生じる「乳がん」の再発はなくなりますよね、と希望したくらいだから、一応びっくりはしても乳房全摘はまあ許容範囲。

 乳房を全摘すれば、私の場合は再発リスクが高くないタイプらしいので、放射線治療は必要なく(放射線治療は乳房温存した場合と全摘でも再発リスクが高い時に用いる治療法)、切って傷が癒えればまたふつうに暮らして仕事できるね、と勝手に思っていたのだけど、「浸潤」の場合は、すでに血流にのって放浪しているかもしれないがん細胞に消失を促す目的で抗がん剤治療行う、というのが、またびっくり。

 治療する側としては、念には念を入れたいだろうし、実際これまで何十年も人類で抗がん剤治療を重ねてきて、こういうケースの時に、抗がん剤治療をするのとしないのとでは、その後の経過に差があり、抗がん剤治療をしたほうがメリットが大きいということがわかっているのだろう、というのは理解できる。

 でも、こんな、1センチあるかないかの乳がんと、その横にある数ミリサイズの2個か3個のがんのために、そこまでしますか、するのですか。
 こんなに初期で早期でも、そこまですることになるのですか。

 抗がん剤治療をするとなれば、副作用が大きい。そうなるとこれまでと同じように暮らし、これまでと同じように働くのは、きっとたぶんかなり無理。
 家のことも、自分の身の回りのことも、何もしなくても暮らしが回り、自分以外の誰かがすべて自分好みにやってくれる環境があり、ただ寝て起きて食べて出して仕事に行って働いて帰って来るだけなら、それなりにできるのかもしれないが、私の暮らしはそうではない。

 抗がん剤治療で弱った体では、暮らしをなんとか回すだけで、あるいは生き延びるだけで、体力気力を使い果たすのかもしれないし、仕事をこれまでと同じようにする力はなくなり、副作用の骨髄抑制で白血球が低下するのなら、感染症対策的に、不特定多数の接客は避けたほうが安全になるし、何度も言ってしつこいけれど、こんな小さな、こんな早期発見の初期のがんなのに、そんなたいそうなことになるの? ええっ、ええええっ、びっくりー。

 がんになることにはびっくりしなくても、こんな小さながんのためにそこまでの治療をするのはびっくり。いやいや、がん治療の世界の本気を、甘く見ておりました。

 骨髄抑制副作用のある抗がん剤を使った補助化学療法には約半年かかる。前半の約三か月はAC療法を行い、後半の約三か月でタキソール+ハーセプチン療法を行う。
 HER2陽性乳がんにとっては本丸ともいえるハーセプチン治療は、骨髄抑制副作用のある抗がん剤補助化学療法後半から開始することになる。
 その後さらにハーセプチン単独で約一年の継続が必要で、ハーセプチンを使うだけでも合計約一年三か月、ハーセプチンのためにそんなにも長い期間をかけるのですか、いやいや、己の勉強不足とはいえ、そんなに長くかかるとは、知りませんでしたよ、ええ。

 そして飲み薬によるホルモン療法を、ハーセプチンが終わったあとで、十年も続けるんですかい? 
 ちょっと前までは五年継続で卒業といっておりやしたが、最近では十年になったと。

 もう何度でも言いますが、こんな小さなこんな早期で初期のがんであっても、乳房全摘手術をしたあとに、半年と一年と十年とで、都合11年半の薬物療法をすると。
 そんな話、にわかには信じられねぇや。

 こんなに小さいがんでもそんなに治療に時間とお金をかけるってえなら、こう言っちゃなんですが、なんならもう少し大きくなるまで育てておいて、その間元気に働いて稼いでそのあとで、というわけには、いかねえもんですかね。
 そうですかい、囲って育てている間に転移して、進行して、のっぴきならねえことになるかもしれねえ、ってことですやね。

 へい、へい、わかりやしたよ。そういうことなら、ここいらで腹をくくってやりますよ。
 ある程度大きながんならともかく、こんなちっちゃながんであっても、治療がこんなおおごとになるってことには、そりゃあ、びっくりはしましたがね。
 びっくりしたままでいても仕方がねえ、こういう時にはこんなかんじなんだな、と、がん治療の世界は日進月歩で、今のところはこうなんだな、ってことで、心構えはできましたよ。

 と、落語風の口調で語ると、なんとなく、びっくり感が和らぐな。     押し葉

びっくりしたこと、ひとつ目

 生きているとびっくりすることはいろいろありはするけれど、今回はふたつ、びっくりしたことについて書こうと思う。

 ひとつ目は25年前の1月17日の朝、当時暮らしていた大阪府河内長野市の社宅で、ひどく大きな地震の揺れに遭遇した時のこと。地震に遭遇すること自体は、地球に住んでいれば、遭遇する時には遭遇するものであるし、それによって生き死にが分かれることも、暮らし向きが大きく変わることもあるだろうから、地震に遭遇すること自体は「びっくり」というよりは「緊急事態であることの認識」というほうが近いかも。

 あの時は早朝で、夫も私もまだお布団に入って寝ており、衝撃で目覚めた私はぶーわんぶーわんと揺れる空間の中で夫に「たいへん。地震。起きて」と促す。
 それなのに夫はぼんやりと半分か二割か三割くらいだけ覚醒した状態で「大丈夫、大丈夫。よしよし」と私の背中をぽんぽんとたたき、そのまま再びくーっと寝入る。

 いや、これは、全然大丈夫じゃないでしょ。蛍光灯の傘が振り子より激しく揺れているし、寝室の隣にあるリビングダイニングの食器棚の食器が、おそらくは食器棚の中で落ちて、がっちゃんがっちゃん割れて壊れる音がしているし、建物はなんとなくミシミシと軋むような音がしているし、いろいろよくないと思う。

 しかし、だからといって、揺れている今起きだして、建物の外に逃げるのが正解なのか、建物の中でじっとしているのが正解なのか、というとどちらともいえないけれど、なんとなく後者だろうか。
 だとしても、状況に応じてすぐに対応できるように、起きておいたほうがいいと思うの。

 大きな地震という緊急事態においては、時間帯にもよるのだろうけど、就寝中のこの人(夫)は、あてにできない人なんだわ、と、自分が結婚した相手の一面を初めて把握する。

 その後夫は、いつも通りの時間に起きてきて、いつも通りに身支度をする。
 いやいや、それはいろいろ無理があるでしょう。あの揺れだよ。今もまだ時々揺れるでしょ。食器こんなに壊れて、天井と床に、ほらここ、怪しい亀裂が入ってるよね。このテレビ局の人、ずっとひとりで、大きな地震がありました、ってそれだけ伝え続けているんだよ。鉄道もバスも動けないんじゃないかな。私は今日広島に仕事に行く日だけど、これはしばらく行けないと思う。電話がつながる状態になったら連絡はするけど、すぐには無理そう。

 妻が冷静にそう話しても、夫は「そうは言うても、なんか行く方法があるやろ」と支度を続ける。テレビでは地震速報の文字が表示され始め、各鉄道会社全線運行中止の案内が出てくる。
 それでも夫はいつも通り社宅前からバスに乗ればいいだけの状態にまで支度を終える。
 バス停に行っても、バスは来ないと思うよ。バスで駅まで行けたとしても、そこから先の鉄道が動いていないと思うよ。

 夫は「かといって、会社が休みになるとは思えんのんじゃけど」と訝しみ、「ちょっと、どうするか聞いてみてくるわ」と言って、同じ社宅の斜め下の階に住む夫と同期入社の人のところへ行く。

 戻ってきた夫が「全然着替えてなかった。むっちゃ寝間着?部屋着?やった。おれ見て『なんでスーツ着てんの?』言うてた。『会社、行くわけないやん、行けるわけないやん』って」と言う。
 
 夫は、妻の言うことは信じられなくても、同僚の部屋着姿には納得するらしく、さっさとスーツを脱いで部屋着に着替える。寝ていて、あの揺れを体感していないとこんなにも状況の把握の仕方が違うのか。

 ここまでの一連の流れで、地震が発生した以降の夫の言動すべてが私にとってはびっくりだった。
 びっくりしたからといって、それがイヤだというわけではなく、この人と生きていくということは、こういう時にはこんなかんじであるという心構えが必要なんだな、と決意を新たにするようなびっくり。

 長くなってきたので、今日はここまでにして、続きの二個目のびっくりについては、また明日以降に書きましょう。     押し葉

きっとあっという間

 本日の白血球は1800。前回よりも低いけれど、2000に満たないけれど、体調不良でもなく、食欲もあるということなので、4クール目をやりましょう、ということに。
 毎週一回金曜日に点滴であと8回、その後ハーセプチン単独で約一年、先の長いことであるな、と、今は感じるものの、気が付くと数か月や数年くらい過ぎていることが多いということは、今は先を長く感じる治療期間も、終わってみればあっという間なのかもしれない。

 予定通り芍薬甘草湯を処方してもらい、職場で受け取ってから帰宅。
 脇腹の痙攣痛は、やはりタキソールの副作用とのことで、それなら3月まで耐えれば終わることだからよかったな、と思う。もしこれがタキソールの副作用ではなくハーセプチンの副作用だったら、3か月とさらに一年で合計一年3か月の間付き合うことになるから、ぜひともタキソールの副作用であってほしい、と願っていたのでうれしい。

 白山の人は、今日6クール目で、タキソール+ハーセプチン療法は終了することになったのだという。本来は12クール行うものだが、年齢体の状態その他諸々を考慮して、補助化学療法はもうよしということにしたのかもしれない。
 私たちにとって、補助ではなく本命で必要なのはハーセプチン。
 来週から白山の人は、ハーセプチン単独で3週間ごとに1回のペースで15回行うとのこと。
 
 白山の人は「ハーなんちゃらを3週間ごとに15回って、一年かかるってことよねえ。先が長いねえ」と言われていた。でもまあ、ハーセプチン単独になれば、今のような「ちょっと、薬として、いろいろ、なんだかなあ」な系統の副作用はなくなって、髪の毛も生えてきて、体調が整いやすくなって、山にも今よりずっと軽やかに楽しく登れるようになられるだろうから、3週間ごとのハーセプチンをそんなに苦でなく受けられるんじゃないかな、今よりもらくに暮らせるはず、と、他人事としても春からの自分ごととしても期待する気持ち。     押し葉

今度は芍薬甘草湯

 先週の金曜日、1月10日に3クール目を実施した。白血球は2300と低めではあるが、AC療法の頃に1200だったこともあることを思えば、2000はあるしいきましょう、ということに。
 
 朝8時40分に化学療法室に入り、採血、血液検査の結果待ち、診察、点滴、アルコールが抜けるまでの待機、という順で、点滴自体は4時間だけど、化学療法室を出るのは夕方4時半頃になる。

 タキソール+ハーセプチン療法を実際にやってみるまでは、化学療法室での時間がたくさんあるなら、いろんなことをして遊べるかな、と期待していたのだけれども、実際には大半の時間を眠って過ごすことになり、そんなにあれこれはできない。
 採血後は点滴が終了するまで肘の内側の血管に針が固定してあり、左腕は伸ばしたままで過ごさねばならず思うように使えない。
 点滴が始まると、まもなくメトクロプラミドの副作用で眠くなる。タキソールが入ってくると溶解液のアルコールでさらに眠くなる。
 各自昼食持参で食事を摂ることにはなっているものの、あまりにも眠いため眠っている時間が長く、アーモンドミルクとすっきりクリミールと水を飲むので精一杯。

 今回新しく生じた副作用は、脇腹の痙攣痛。こむらがえりが右脇腹で生じたような痛み。最初は数時間、うーん、痛いな、なんだこれは、どうしたらいいのだ、と思いながら過ごしたが、ふと、これは、もしかして、白山の人が年末年始に苦しんだと話していた腹痛と同じものなのでは、そして、その腹痛対策に今回漢方薬の芍薬甘草湯が処方されたと言っていたということは、この痛みは芍薬甘草湯を飲めば治るのではないか、と考えて芍薬甘草湯を服用したら15分くらいで落ち着いてきた。

 芍薬甘草湯ありがとう。
 腹痛の話と芍薬甘草湯の話を聞かせてくれていた白山の人、ありがとう。
 副作用で何かあっても、こういう場合はこの対策をとれば大丈夫、というパターンがわかっていると、ある程度安心して、治療期間を淡々と粛々とやり過ごせるような気がする。

 白山の人は「私、この漢方、もともと、山に登って脚がつった時用に少し持ってて飲んだことあったけど、抗がん剤の副作用でお腹が痙攣したみたいに痛くなった時にも効くのねえ。知らなかったわ。年末年始、ずっと、痛くて動けなくてしんどかったけど、芍薬甘草湯を飲んだらよかったんやねえ。この漢方、山で脚がつったときに、なってから飲んでもすぐ効くし、なりそうかもという時に予防で飲んでおいても効くし、すごいよね。なんでそんなに早く効くのか不思議なくらいすぐに効く」と話しておられた。

 うちにも夫の登山用に、私がごくまれに『これはほぐした方がいい痛みだな』と感じた時用に、芍薬甘草湯が少し常備してあったおかげで助かった。
 右脇腹から骨盤の内側にかけてピクピクキュウっとした痛みが出てきたら芍薬甘草湯を飲めば大丈夫。

 先週と今週で何回か服用したから、今週の金曜日には、芍薬甘草湯を処方してもらえるようリクエストする予定。     押し葉

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どうやらみそ

Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

ときどき、思い出したように、いただいたメッセージへのお礼やお返事をリンク先の「みそ語り」に書いています。よろしければ、いつでも、どうぞ、どなたでも、ご覧ください。「みそ語り」では、メッセージをくださった方のお名前は書いておりませんので、内容から、これは自分宛かしら、と推理推察しながら読んでいただければうれしいです。手の形の拍手ボタンからメッセージをくださる場合は五百文字以内、文字の方の押し葉ボタンからメッセージをくださる場合は千文字以内となっております。文字数制限なくお便りくださる場合には、下のメールフォームをご利用ください。

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