みそ文

白血球のいうとおり

 先週、1月31日の金曜日は、白血球1500と低く、さらに好中球が50%に満たなかったため、6クール目は行わず延期となった。タキソールの副作用で脇腹腹部鼠蹊部がこむら返りっぽく痛くて、こんなに痛いのに次の薬を入れたらさらに痛いよね、と思っているところはあったから、一週間延期になって、体がちょっと休憩できたのはよかった。

 今日、2月7日金曜日は、白血球1800、好中球50%と、低いのは低いけれども、まあ実施できる数値、ということで、6クール目を行った。

 これまで胴体のこむら返り痛用にロキソニンテープやモーラステープを貼っていたら、連日の貼付に皮膚が耐えられなくなったようで、かゆいだけでなく、赤くぶつぶつざらざらになってかぶれたため、現在は貼付休止中。しかし貼らないと痛い。芍薬甘草湯だけでは効果の持続時間が短い。カロナール500mgを追加しても、貼付薬ほどには効果が持続しない。それなら、かぶれないように塗り薬を使うといいのかな、と思い、診察時に相談したら、スミルスチック処方となった。

 スミルスチックの成分はフェルビナク。そういえば、フェルビナクのテープ剤を貼ると、咳が出る体質だったよなあ、貼付薬は持続して薬が入るから咳が出るのかな、そんなに長時間持続しない塗り薬なら咳は出なくて済むかな、済むといいな。

 皮膚が貼付薬を拒む間はスミルスチックで対応し、スミルスチックの成分フェルビナクに反応して咳が出るようであれば貼付薬に戻して、皮膚や咳と折り合いをつけながら、使い分けつつ痛い時期を通過したい。

 今日の診察で先生から、タキソール+ハーセプチンは12クール全部できるのがいいのはいいのだけれども、タキソールの副作用が長く激しく続くようであれば、12クールの途中でタキソールは終了することもあります、という話をされた。白山の人がそうされたように、タキソールだけ先に中止して、ハーセプチン単独療法に移行する可能性は私にもあるのかも。

 それにしても、白血球や好中球というのは、食事や気合や節制で増やせるわけではなく、目安が自覚できる体の兆候があるわけでもなく、ただひたすらに体にお任せするしかない、というのが、相変わらずなんとも不思議。

 以前、白山の人は5クール目の当日、腹部こむら返り痛の副作用のつらさに疲れて、「診察の時、先生に、大袈裟に演技して、『5クール目延期したいです、一週休憩したいです』って頼んだけど、『んー、でも、あまりにも血液検査の結果がいいから、やるのはやりましょう。芍薬甘草湯は処方しておくから』って言われて、中止してもらえなかった。もう少し白血球が低かったら私の言葉にも説得力があったのに」と残念そうに話しておられた。
 それでも、その翌週には、「今日の6クール目で、タキソールは最後にしてもらえることになった」とはつらつと晴れやかに喜んでおられたから、今頃はもうタキソールの影響が減って、腹部こむら返り痛もなくなって、週3ペースくらいで、元気にお山に登ってらっしゃるだろうと予想する。
 
 コレステロールや血糖値や血圧などを食事や運動でコントロールできるみたいに、いつの日か、白血球もどうにかして、日常生活の中でコントロールできるようになるかなー、なるといいなー。     押し葉

びっくりしたこと、ふたつ目

 先に書いた「びっくりしたこと、ひとつ目」のつづき。

 びっくりしたことのふたつ目はこの度の乳がん治療。
 病気としてのがんになること自体は生き物としてはままあることだから、さして驚きはしない。
 どうして、とも、なぜ自分が、という思いもなく、まあ生き物だもの、がんだもの、それはなるときにはなるよね、というかんじ。
 生きていれば、日々毎時毎分毎秒、体の中でがん細胞が発生し、そして消える、というパターンを繰り返す。そうやってがんができても、できただけ消えていれば問題ない。できるがんの数が多くなり、消えるがんの数が少なくなると、病気としてのがんになる。
 そしてそのがんも、「ちょっとがんっぽいかな」という面差しのものから、「いや君は、実にとってもがんだね」という顔つきのものまで、グラデーションがあり、がんとしての顔つきが濃ければ濃いほど、体にとってはあまり都合がよくない。

 それでも、特に乳がんというのは、早期発見早期治療が可能な種類のがんだから、かかったとしても治療すればよし、と思っていた。もちろん今でもそう思ってはいる。
 ただ、早期発見して早期治療すれば、治るのはもちろんのこと、治療自体も短期で簡単に済むだろう、暮らしも仕事もそれほど変わることなくできるだろう、となぜか楽観していた。

 だって、超早期の発見で、超初期の状態で、がんのサイズは小さいし、こんな小さながんだもの、部分切除で、必要ならば放射線治療を追加して、必要ならば一日一回ホルモン療法の飲み薬を飲む、くらいで済むでしょう。

 と思っていたのに、こんなに小さながんであっても、がんの状態や種類によっては、乳房全摘+骨髄抑制副作用のある抗がん剤での補助化学療法+分子標的薬+ホルモン療法という、なんというか、フルコースの治療になるときにはなるのねえ、というのが、ふたつ目のびっくり。

 がん細胞には「浸潤」と「非浸潤」の二種類がある。私の乳がんは「浸潤」だったが、人間として都合がいいのは「非浸潤」のほう。「非浸潤」はがん細胞が細胞膜の中だけに留まっていて、膜にきっちり包まれているから転移や再発の危険性が少なく、その部分だけ取り出してやればわりと安心なタイプ。
 これが「浸潤」になると、がん細胞の細胞膜の窓もドアも常に開いていて、換気し放題、中のがん細胞は出入りし放題、どこへでも旅に出て行き放題、で、それぞれが放浪し、旅に出た旅先のあちこちで気が向けば定住し、根を張り、芽吹き、そこでまた新たながん細胞として増殖する。つまり転移再発しやすい。
 そうなると「浸潤」の場合は、少なくとも乳房内では検査では目に見えなくても、すでに放浪しているかもしれないし、今は乳房内に留まっていても、いつか血流にのって乳房以外の体に旅立って行くかもしれないから、乳房は全摘しておきたい、ということになる。

 さいわい、というのか、たまたま、というのか、私は自分の乳房に対する思い入れがあまり強くないタイプだったようで、自分の胸は、意匠としてはまあわりと好みのタイプかもという好意はあるとしても、女性の象徴としての乳房に執着はなく、再発転移の可能性があるのであれば、なんなら反対側の乳房も予防切除できませんかね、そうすれば少なくとも乳房に生じる「乳がん」の再発はなくなりますよね、と希望したくらいだから、一応びっくりはしても乳房全摘はまあ許容範囲。

 乳房を全摘すれば、放射線治療は必要なく(放射線治療は乳房温存した場合に用いる治療法)、切って傷が癒えればまたふつうに暮らして仕事できるね、と勝手に思っていたのだけど、「浸潤」の場合は、すでに血流にのって放浪しているかもしれないがん細胞に退去を促す目的で抗がん剤治療行う、というのが、またびっくり。

 治療する側としては、念には念を入れたいだろうし、実際これまで何十年も人類で抗がん剤治療を重ねてきて、こういうケースの時に、抗がん剤治療をするのとしないのとでは、その後の経過に差があり、抗がん剤治療をしたほうがメリットが大きいということがわかっているのだろう、というのは理解できる。

 でも、こんな、たかだか1センチか2センチの乳がんと、その横にある数ミリサイズの2個か3個のがんのために、そこまでしますか、するのですか。
 こんなに超初期で超早期でも、そこまですることになるのですか。

 抗がん剤治療をするとなれば、副作用が大きい。そうなるとこれまでと同じように暮らし、これまでと同じように働くのは、きっとたぶんかなり無理。
 家のことも、自分の身の回りのことも、何もしなくても暮らしが回り、自分以外の誰かがすべて自分好みにやってくれる環境があり、ただ寝て起きて食べて出して仕事に行って働いて帰って来るだけなら、それなりにできるのかもしれないが、私の暮らしはそうではない。

 抗がん剤治療で弱った体では、暮らしをなんとか回すだけで、あるいは生き延びるだけで、体力気力を使い果たすのかもしれないし、仕事をこれまでと同じようにする力はなくなり、副作用の骨髄抑制で白血球が低下するのなら、感染症対策的に、不特定多数の接客は避けたほうが安全になるし、何度も言ってしつこいけれど、こんな小さな、こんな超早期発見の超初期のがんなのに、そんなたいそうなことになるの? ええっ、ええええっ、びっくりー。

 がんになることにはびっくりしなくても、こんな小さながんのためにそこまでの治療をするのはびっくり。いやいや、がん治療の世界の本気を、甘く見ておりました。

 骨髄抑制副作用のある抗がん剤を使った補助化学療法には約半年かかる。前半の約三か月はAC療法を行い、後半の約三か月でタキソール+ハーセプチン療法を行う。
 HER2陽性乳がんにとっては本丸ともいえるハーセプチン治療は、骨髄抑制副作用のある抗がん剤補助化学療法後半から開始することになる。
 その後さらにハーセプチン単独で一年の継続が必要で、ハーセプチンを使うだけでも合計約一年三か月、ハーセプチンのためにそんなにも長い期間をかけるのですか、いやいや、己の勉強不足とはいえ、そんなに長くかかるとは、知りませんでしたよ、ええ。

 そして飲み薬によるホルモン療法を、ハーセプチンが終わったあとで、十年も続けるんですかい? 
 ちょっと前までは五年継続で卒業といっておりやしたが、最近では十年になったと。

 もう何度でも言いますが、こんな小さなこんな超早期で超初期のがんであっても、乳房全摘手術をしたあとに、半年と一年と十年とで、都合11年半の薬物療法をすると。
 そんな話、にわかには信じられねぇや。

 こんなに小さいがんでもそんなに治療に時間とお金をかけるってえなら、こう言っちゃなんですが、なんならもう少し大きくなるまで育てておいて、その間元気に働いて稼いでそのあとで、というわけには、いかねえもんですかね。
 そうですかい、囲って育てている間に転移して、進行して、のっぴきならねえことになるかもしれねえ、ってことですやね。

 へい、へい、わかりやしたよ。そういうことなら、ここいらで腹をくくってやりますよ。
 ある程度大きながんならともかく、こんなちっちゃながんであっても、治療がこんなおおごとになるってことには、そりゃあ、びっくりはしましたがね。
 びっくりしたままでいても仕方がねえ、こういう時にはこんなかんじなんだな、と、がん治療の世界は日進月歩で、今のところはこうなんだな、ってことで、心構えはできましたよ。

 と、落語風の口調で語ると、なんとなく、びっくり感が和らぐな。     押し葉

びっくりしたこと、ひとつ目

 生きているとびっくりすることはいろいろありはするけれど、今回はふたつ、びっくりしたことについて書こうと思う。

 ひとつ目は25年前の1月17日の朝、当時暮らしていた大阪府河内長野市の社宅で、ひどく大きな地震の揺れに遭遇した時のこと。地震に遭遇すること自体は、地球に住んでいれば、遭遇する時には遭遇するものであるし、それによって生き死にが分かれることも、暮らし向きが大きく変わることもあるだろうから、地震に遭遇すること自体は「びっくり」というよりは「緊急事態であることの認識」というほうが近いかも。

 あの時は早朝で、夫も私もまだお布団に入って寝ており、衝撃で目覚めた私はぶーわんぶーわんと揺れる空間の中で夫に「たいへん。地震。起きて」と促す。
 それなのに夫はぼんやりと半分か二割か三割くらいだけ覚醒した状態で「大丈夫、大丈夫。よしよし」と私の背中をぽんぽんとたたき、そのまま再びくーっと寝入る。

 いや、これは、全然大丈夫じゃないでしょ。蛍光灯の傘が振り子より激しく揺れているし、寝室の隣にあるリビングダイニングの食器棚の食器が、おそらくは食器棚の中で落ちて、がっちゃんがっちゃん割れて壊れる音がしているし、建物はなんとなくミシミシと軋むような音がしているし、いろいろよくないと思う。

 しかし、だからといって、揺れている今起きだして、建物の外に逃げるのが正解なのか、建物の中でじっとしているのが正解なのか、というとどちらともいえないけれど、なんとなく後者だろうか。
 だとしても、状況に応じてすぐに対応できるように、起きておいたほうがいいと思うの。

 大きな地震という緊急事態においては、時間帯にもよるのだろうけど、就寝中のこの人(夫)は、あてにできない人なんだわ、と、自分が結婚した相手の一面を初めて把握する。

 その後夫は、いつも通りの時間に起きてきて、いつも通りに身支度をする。
 いやいや、それはいろいろ無理があるでしょう。あの揺れだよ。今もまだ時々揺れるでしょ。食器こんなに壊れて、天井と床に、ほらここ、怪しい亀裂が入ってるよね。このテレビ局の人、ずっとひとりで、大きな地震がありました、ってそれだけ伝え続けているんだよ。鉄道もバスも動けないんじゃないかな。私は今日広島に仕事に行く日だけど、これはしばらく行けないと思う。電話がつながる状態になったら連絡はするけど、すぐには無理そう。

 妻が冷静にそう話しても、夫は「そうは言うても、なんか行く方法があるやろ」と支度を続ける。テレビでは地震速報の文字が表示され始め、各鉄道会社全線運行中止の案内が出てくる。
 それでも夫はいつも通り社宅前からバスに乗ればいいだけの状態にまで支度を終える。
 バス停に行っても、バスは来ないと思うよ。バスで駅まで行けたとしても、そこから先の鉄道が動いていないと思うよ。

 夫は「かといって、会社が休みになるとは思えんのんじゃけど」と訝しみ、「ちょっと、どうするか聞いてみてくるわ」と言って、同じ社宅の斜め下の階に住む夫と同期入社の人のところへ行く。

 戻ってきた夫が「全然着替えてなかった。むっちゃ寝間着?部屋着?やった。おれ見て『なんでスーツ着てんの?』言うてた。『会社、行くわけないやん、行けるわけないやん』って」と言う。
 
 夫は、妻の言うことは信じられなくても、同僚の部屋着姿には納得するらしく、さっさとスーツを脱いで部屋着に着替える。寝ていて、あの揺れを体感していないとこんなにも状況の把握の仕方が違うのか。

 ここまでの一連の流れで、地震が発生した以降の夫の言動すべてが私にとってはびっくりだった。
 びっくりしたからといって、それがイヤだというわけではなく、この人と生きていくということは、こういう時にはこんなかんじであるという心構えが必要なんだな、と決意を新たにするようなびっくり。

 長くなってきたので、今日はここまでにして、続きの二個目のびっくりについては、また明日以降に書きましょう。     押し葉

きっとあっという間

 本日の白血球は1800。前回よりも低いけれど、2000に満たないけれど、体調不良でもなく、食欲もあるということなので、4クール目をやりましょう、ということに。
 毎週一回金曜日に点滴であと8回、その後ハーセプチン単独で約一年、先の長いことであるな、と、今は感じるものの、気が付くと数か月や数年くらい過ぎていることが多いということは、今は先を長く感じる治療期間も、終わってみればあっという間なのかもしれない。

 予定通り芍薬甘草湯を処方してもらい、職場で受け取ってから帰宅。
 脇腹の痙攣痛は、やはりタキソールの副作用とのことで、それなら3月まで耐えれば終わることだからよかったな、と思う。もしこれがタキソールの副作用ではなくハーセプチンの副作用だったら、3か月とさらに一年で合計一年3か月の間付き合うことになるから、ぜひともタキソールの副作用であってほしい、と願っていたのでうれしい。

 白山の人は、今日6クール目で、タキソール+ハーセプチン療法は終了することになったのだという。本来は12クール行うものだが、年齢体の状態その他諸々を考慮して、補助化学療法はもうよしということにしたのかもしれない。
 私たちにとって、補助ではなく本命で必要なのはハーセプチン。
 来週から白山の人は、ハーセプチン単独で3週間ごとに1回のペースで15回行うとのこと。
 
 白山の人は「ハーなんちゃらを3週間ごとに15回って、一年かかるってことよねえ。先が長いねえ」と言われていた。でもまあ、ハーセプチン単独になれば、今のような「ちょっと、薬として、いろいろ、なんだかなあ」な系統の副作用はなくなって、髪の毛も生えてきて、体調が整いやすくなって、山にも今よりずっと軽やかに楽しく登れるようになられるだろうから、3週間ごとのハーセプチンをそんなに苦でなく受けられるんじゃないかな、今よりもらくに暮らせるはず、と、他人事としても春からの自分ごととしても期待する気持ち。     押し葉

今度は芍薬甘草湯

 先週の金曜日、1月10日に3クール目を実施した。白血球は2300と低めではあるが、AC療法の頃に1200だったこともあることを思えば、2000はあるしいきましょう、ということに。
 
 朝8時40分に化学療法室に入り、採血、血液検査の結果待ち、診察、点滴、アルコールが抜けるまでの待機、という順で、点滴自体は4時間だけど、化学療法室を出るのは夕方4時半頃になる。

 タキソール+ハーセプチン療法を実際にやってみるまでは、化学療法室での時間がたくさんあるなら、いろんなことをして遊べるかな、と期待していたのだけれども、実際には大半の時間を眠って過ごすことになり、そんなにあれこれはできない。
 採血後は点滴が終了するまで肘の内側の血管に針が固定してあり、左腕は伸ばしたままで過ごさねばならず思うように使えない。
 点滴が始まると、まもなくメトクロプラミドの副作用で眠くなる。タキソールが入ってくると溶解液のアルコールでさらに眠くなる。
 各自昼食持参で食事を摂ることにはなっているものの、あまりにも眠いため眠っている時間が長く、アーモンドミルクとすっきりクリミールと水を飲むので精一杯。

 今回新しく生じた副作用は、脇腹の痙攣痛。こむらがえりが右脇腹で生じたような痛み。最初は数時間、うーん、痛いな、なんだこれは、どうしたらいいのだ、と思いながら過ごしたが、ふと、これは、もしかして、白山の人が年末年始に苦しんだと話していた腹痛と同じものなのでは、そして、その腹痛対策に今回漢方薬の芍薬甘草湯が処方されたと言っていたということは、この痛みは芍薬甘草湯を飲めば治るのではないか、と考えて芍薬甘草湯を服用したら15分くらいで落ち着いてきた。

 芍薬甘草湯ありがとう。
 腹痛の話と芍薬甘草湯の話を聞かせてくれていた白山の人、ありがとう。
 副作用で何かあっても、こういう場合はこの対策をとれば大丈夫、というパターンがわかっていると、ある程度安心して、治療期間を淡々と粛々とやり過ごせるような気がする。

 白山の人は「私、この漢方、もともと、山に登って脚がつった時用に少し持ってて飲んだことあったけど、抗がん剤の副作用でお腹が痙攣したみたいに痛くなった時にも効くのねえ。知らなかったわ。年末年始、ずっと、痛くて動けなくてしんどかったけど、芍薬甘草湯を飲んだらよかったんやねえ。この漢方、山で脚がつったときに、なってから飲んでもすぐ効くし、なりそうかもという時に予防で飲んでおいても効くし、すごいよね。なんでそんなに早く効くのか不思議なくらいすぐに効く」と話しておられた。

 うちにも夫の登山用に、私がごくまれに『これはほぐした方がいい痛みだな』と感じた時用に、芍薬甘草湯が少し常備してあったおかげで助かった。
 右脇腹から骨盤の内側にかけてピクピクキュウっとした痛みが出てきたら芍薬甘草湯を飲めば大丈夫。

 先週と今週で何回か服用したから、今週の金曜日には、芍薬甘草湯を処方してもらえるようリクエストする予定。     押し葉

借りる電動ベッド

 12月13日から12月16日まで入院し、パクリタキセル(先発名タキソール)+ハーセプチンの1クール目を行った。7月と8月の入院時には個室を利用したのだが、12月の入院手続き時に、個室が満床で提供できないとのことで、4人部屋での入院となった。個室に入院できるつもりで荷造りをしていたものを、四人部屋仕様に荷造りし直して入院。12月13日の朝9時に受付し、その後薬剤部で薬剤師からの使用薬剤に関する説明を聞く。

 四人部屋の私の場所は窓際で、カーテンがぐるりとあって意外とプライベートスペースは確保されている。
 量を減らして持ち込んだ荷物は簡単に片付く。
 トイレとお湯の出る洗面台は、廊下に出て、共用のものを利用する。お湯が出なくて水だけが出る小さな洗面台は四人部屋の入り口にひとつある。
 看護師長さんが「今回は個室を用意できなくてごめんなさいね。明日でも明後日でも、もし個室が空いたら移動してもらえるように案内はしようと思うのだけど、それでいいですか」と確認してくださる。「ありがとうございます。とりあえず四人部屋で過ごしてみてから考えてもいいでしょうか」と答える。

 本来四人部屋のベッドは電動ベッドではないのだけど、抗がん剤の吐き気副作用が出たときに背もたれで背中を持ち上げて支えたほうがらくだからと、電動ベッドまたは背もたれになる大きめ枕複数個を用意してもらえるとありがたいと、入院前日の入院手続き時にリクエストしておいたからか、四人部屋なのに簡易タイプながら背中と高さが調整可能な電動ベッドが用意されており、これなら副作用をうまくやり過ごせるかも、と思う。
 ただ、右隣りに入院している人が使う携帯電話(ガラケー)のボタン操作音と通話の着信音がたいへんに大きくて、耳栓をしても聞こえてくる種類の波長で、これは困ったな、果たして自分はこの四人部屋耐久レースを完走できるだろうか、と思いつつ午後の点滴に備える。

 午後1時半から点滴開始。まずは生理食塩水+メトクロプラミドとデキサートを。4時間の点滴の間、生理食塩水+メトクロプラミドはずっとベースとして流し続ける。メトクロプラミドは吐き気止め。デキサートは吐き気対策兼炎症対策兼アレルギー対策として。
 デキサートが終わったら、注射筒でファモチジンをゆっくりと注入する。ファモチジンは吐き気対策兼H2アレルギー対策。ファモチジン注射液は爽やかで清涼な注入感だと私は感じたけれども、人によってはひんやりとして痛いと感じることもあるらしい。
 ファモチジンの注入を終えたら、レスタミン錠10mgを5錠服用する。レスタミンはH1アレルギー対策。8月から行っていたAC療法ではイメンドという吐き気止めを前投薬および投薬後日服用したが、今回はイメンドはなし。デカドロンもなし。
 レスタミンを服用したら30分間時間を置く。
 レスタミン服用後30分経過したら、パクリタキセルの点滴を開始。
 パクリタキセルが終わったらハーセプチンを点滴。

 パクリタキセルを点滴している途中で、看護師長さんが来られて、「ちょっと相談なんだけど、実は今、急に退院が決まった人がいて、夕食までには個室を用意できそうなの。もう少ししてからの移動になるけど、それでもよかったら、なんだけど、どうやらさんに一番最初に知らせようと思って来たの」と言ってくださる。

「ありがとうございます。可能ならぜひそうしたいですが、私、荷物を全部出して、ここの棚に片付けちゃったので、それを取り出してカバンに詰め直して運ぶとなると、点滴のあとの体でできるかどうか…」
「それは大丈夫よ。棚ごとこちらで運ぶから。この棚ね、ほら、こうやってストッパーを解除すれば、このままどこにでも移動できるの。中の荷物はまた今晩から明日の午前中くらいの間で、体がラクな時でいいから、個室の引き出しや棚に移してもらえれば。それが終わったらこの棚はまたこちらで引き取るわ」
「わぁ、すごい、そんなことができるんですね」
「そうよう。他のものも、全部こちらで運ぶから、お部屋の引っ越しは、荷物のことは任せてください。どうやらさんはベッドからベッドにちょんと移ってくれたらそれでいいようにするわ」
「ベッドからベッドにちょん?」
「そう。個室が空いて、お掃除済んで、ベッドメイクまでできたら、今どうやらさんが横になってるこのベッドごとどうやらさんを運ぶから、このまま点滴しながら寝ててくれたらいいわ。点滴台も心電図の機械も全部そのままコロコロコローっと運ぶわ」
「ありがとうございます。でもでも、点滴台と一緒にトイレには行っているので、体の移動は歩いていけると思うんです」

 結局は、その後、何度か、私がトイレに行って戻ってきたときに、荷物がどんどん運び出されていて、その日担当の看護師さんと運び出し作業をしてくださっている人たちが「ベッドに横になって行く? でもトイレに歩いて行ってるくらいだから自分で歩きたかったらそれでもいいよ。今なら師長ここにいないから、しなーっと行けるよ。どっちでもどうやらさんの好きなようにして」と言われ、「歩きます、ぜひ歩かせてください」とお願いし、「じゃあ、ゆっくりでいいから、点滴の針がうまく刺さった状態で歩こう。万が一の転倒がないように、私が横に一応ついていくね」ということになり、しなーっと移動した。

 しなーっと、というのは、今暮らす地方の方言で、こっそりと秘密裏に、というほどではないけれど、なんとなくあまり目立たないようにバレないように人に気づかれないようにそっと行動する時に用いる表現。

 夏に入院した時には税抜き8000円の個室を利用した。
 12月に利用した個室は税抜き5000円のお部屋で、8000円のお部屋に比べると、少し狭く、湯船がなく(トイレとの間をカーテンで仕切って使うシャワーブースはある)、ソファがなく(二人くらい腰かけられる柔らかなベンチはある)、冷蔵庫がなく(一日100円で談話スペースにあるロッカータイプの冷蔵庫を利用できる)、ミニキッチンがなく(洗面台はありお湯は出る)、国内かけ放題の電話がない。

 3000円安いぶん、8000円のお部屋に比べると多少の不足はあるけれど、8時間程度とはいえ四人部屋で過ごしたあとだからなのか、個室であるというだけで劇的に快適で、あまり動き回らなくてもトイレや洗面台に行けるぶん8000円のお部屋よりもむしろ快適に感じるほど。
 ベッドはもちろん電動で、背中と高さだけでなく脚も調整できるタイプ。

 8月に入院した時に、副作用で吐き気があっても、背中を起こして支えておくと吐き気がずいぶんラクであることと、副作用でだるくても、横になった時に脚の裏側をベッドで持ち上げて支えてもらうとだるいのがラクであることを知った。
 退院して2クール目以降自宅で療養する時にも、電動ベッドで背中と脚を支えることができたらいいなー、と思う。
 こういうのはどこに相談するといいのかなー、と、だいぶんあちこちインターネットの世界をさがしてみたけれど、なかなか思うようなものがなく、どうしたものだろう、と考えて、その日担当の看護師さんに口頭で相談してみた。
 すると間もなく退院支援担当の看護師さんがレンタル電動ベッドのパンフレットを持って来てくださった。
 
 介護保険だと驚くほど格安(数百円程度から)で、いろんな種類の中から電動ベッドをレンタルすることができるが、私は介護保険は適用されない人なので、それは利用できない。
 でも、介護保険適用ではない人でも利用できるレンタルベッドがあり、背中高さ脚ともに調整可能で、1ヶ月2000円、サイドテーブルが300円、合計税込み2300円。

 わぁ、こんなのがあるんだー、あんなにインターネットの世界を放浪してもたどり着けなかった情報でも、口頭で相談したらこんなに簡単にたどり着くのかー、と感心する。
 退院後に2300円のレンタルベッドを利用したいです、と希望すると、速やかに業者さんに連絡を取ってくださり、業者さんが病室に来て説明と搬入の日程相談をしてくださり、退院翌日には搬入してもらえることになった。

 それ以来ずっと電動ベッドにお世話になっている。
 もともと自分が使っていた敷き布団に比べると、電動ベッドは寝心地は劣りはするのだけど、それでも、背中を起こして脚を支えることができ、横になったり立ち上がったりするときの体の負担が少ないのは、本当に助かる。
 
 AC療法の時に比べると、パクリタキセル+ハーセプチン療法では吐き気とだるさの副作用はやや軽い。
 その代わり、手足口歯歯茎のしびれ感はやや重く、AC療法の時にはなかった目の見えづらさと息切れがある。
 手足のしびれがひどい場合は、お箸が持てない、洋服のボタンが留められない、などの症状が出るらしいが、今のところそれほどではない。もしも、それほどにひどい場合は、そのままクールを進めると治療終了後もずっとしびれが残ることが多いため、パクリタキセルの減量または中止を検討することになる。

 私はずっと白血球があまり高くないこともあり、骨髄抑制の副作用を持つパクリタキセルの薬剤量を1割減らすことになった。分子標的薬のハーセプチンには骨髄抑制の副作用はないので、こちらは標準量そのままで。
 12月13日に入院して行った1クール目も、12月20日に通院で化学療法室で行った2クール目も、パクリタキセルは1割減で行った。
 このまま、あと10クール、全部で合計12クールのパクリタキセル+ハーセプチン療法を毎週金曜日に、順調に、進めていけるといいなと思う。
 白血球があまりに低ければ、1週間かそれ以上間をあけたり、パクリタキセルを減らしたりする調整が必要になるかもしれないけれど、それはそれでまた必要に応じて、その都度やっていきましょう。     押し葉

臨む気持ち

 11月15日にAC療法(アドリアシン+エンドキサン)4クール目の点滴をした。補助化学療法であることもあり、作用のほうは相変わらずよくわからないものの、4クール目ともなると副作用はこれまでよりもさらに奥が深かった。薬剤量は標準量から3割減らしてあるのに、それまでの蓄積があるからなのか、それまでに弱っているところにさらに薬が入ってくるからなのか、吐き気、だるさ、息苦しさがディープなのはもちろんのこと、手足のしびれ、唇のしびれ、歯茎と歯のしびれ、陰部のしびれとそれに伴う排尿痛と排尿後の洗浄痛と入浴時の痛みまで出て、手足口まではともかく陰部にまで副作用が出るなんて薬としてあかんやろう感満載な、副作用絶賛大安売り状態だった。だった、と過去形で書けるくらいには今は回復している。
 陰部のしびれに関しては、こんなのが長く続くのはいやだと思い、出血口内炎末梢神経障害対策で処方されているトラネキサム酸とノイロビタンをまじめに熱心に服用したら速やかに消失した。が調子がいいからと飲み忘れるとまた症状が出るから、しばらくまじめに飲んでいる。

 AC療法が終了し、次の段階の治療に進むには4週間の間をあけなくてはならないという基準がある。11月15日にAC療法4クール目を行ったので、その4週後は12月13日。本日12月12日の血液検査の結果、白血球が十分にあれば明日から入院してタキソール+ハーセプチン療法の1クール目を行う予定だった。だった、と過去形で書くのは、本日の血液検査の結果、白血球が1700と低い値だったため、来週の木曜日まで待ち、白血球が十分に上がれば来週の金曜日からの入院予定となったから。

 入院も3回目ともなると、荷造りの手際がよくなっているのか、ずいぶん手早く荷造りが完了した気がしていたのに。入院当日の朝に荷物の運搬作業が少なくて済むようにと、荷物を少し車のトランクに積む作業までしたのに。あまり先走っても余計な荷物を車に載せて走行することになりそうなので、残りの荷物は来週木曜日に血液検査の結果が出て、入院が正式に確定してから積み込み作業をしようと思う。

 夫は私の入院に合わせて、半日有給を取得し、入院当日の朝は病院まで車で送ってくれる予定なのだけど、入院が延期になると有給取得も延期になる。夫には「延期になりました」メールを送信し、夫からは「了解」と返信がくる。

 金曜日に入院して順調であれば月曜日に退院の予定で、退院する日は夫の仕事が終わるのを一日病室で待って、仕事帰りの夫に迎えに来てもらうので6時半頃の退院となる。退院する日は朝退院しても夜退院しても食事代以外の費用は変わらない。長く滞在すれはするほどオトクと言えばオトクなのかな。前回入院した時には、せっかく夕方遅くまで病室にいるのなら、入浴も済ませてから退院しましょう、と、夕方お風呂に入って、夕食もいただいて、としていたら、なんだか慌ただしいことになったから、今回は退院の日に無理に病院で入浴しなくてもいいことにしよう。

 AC療法の間、骨髄抑制の副作用が強く出て、白血球の数値がしっかりと低下して、本来であれば3週ごとに投与する予定の薬を、3クール目と4クール目は結局5週ずつ間をあけて投与した。白血球というのは、何かを食べたり飲んだりあるいは生活習慣を気を付けたりして増えるものではないので、副作用で下がり過ぎて生き物として危険な時期にノイトロジン注射を使う以外は、ただひたすら待つ。今の時期は回復期で放っておいても少しずつ自力で白血球が増える時期だから薬は使わずに待つ。

 AC療法とタキソール+ハーセプチン療法の間が今回4週間から5週間に増えて、もしかすると場合によっては6週間かそれ以上間があくことになるかもしれないけれど、まあ、そこは体の気分に任せて、体が自主的に「今ならいいよ、どうぞ」という数値を出してくるまでは、待つのがいいのだろうと思う。

 治療の基本スケジュールよりも間があくことのメリットは、ひとつは体の回復が実感できるということ。AC療法の場合は、投与後3週間以上経過するまで、自分の体が再び思うように動ける日が来るとはまったく信じられない気持ちが続くのだけれども、間があけばあくほど体が回復してきて、ああ、大丈夫なんだ、治療が終われば回復するんだ、と理解する気持ちと、きっとまたちゃんと働ける、という希望が湧いてくる。
 もうひとつのメリットは、抗がん剤治療というのは本来どちらかというとそんなに自主的積極的には行いたくない気持ちが伴う側面が多いものなのに、間があくことで、『抗がん剤治療をしたい』という強い気持ちが生じること。『抗がん剤治療をしたい』とはいっても、『どうせするのであれば、ぜひとも、速やかに、さっさと進めて、全行程を早く終了したい』というやや策略的な気持ちであるとはいえ、それでも、内心も表立っても『それがしは、かような薬、体に入れとうはないのじゃ!』と思いながらする治療よりも『この治療を行いたい』という気持ちで臨む方が、薬としても体の中で働きやすいであろうし、体としても薬と協調しやすいだろうと思うのだ。

 入院予定が一週間(またはそれ以上)延期になったことであるし、入院荷物の中身をもう何度か見直して、入院中の滞在がより快適なものになるように、持ち物の厳選と工夫を重ねていこう、そうしよう。     押し葉

山でゆく

 本日の白血球は2300だった。標準値下限が3300であることを思えば2300という数値は低い。骨髄抑制副作用のある抗がん剤を投与するなら、3000あるいはせめて2800はほしい。しかしないものは仕方がない。だが、かといって、これ以上4クール目を延期するのは、それはそれで抗がん的に望ましくない。そこで担当の先生が編み出した解決策は、本日4クール目は行う、行うが、薬剤量は前回よりもさらに10%減量し、標準量から30%減らした量で行う、というもの。
 ただ、それだけ薬剤量を減らしても、抗がん剤を入れることで白血球はさらに低下するであろうから、11月27日には採血して白血球の数値を確認し、低ければまたノイトロジン注射をする。
 薬剤量が標準量比10%減でも20%減でも30%減でも効果があるのであれば、少なければ少ないほうがありがたいけれど、本当は標準量には標準量のよさがあるのだろうなとは思う。
 とりあえず4クール目ができてよかった。これで次の段階に進むことができる。

 白山の人は私よりも1週早く、先週4クール目をしておられた。その方が一か月くらい前に聞かせてくださった話を書いておこうと思う。
 白山の人がお友達の「白山登頂400回記念登山」を終えられたあとの頃。

「この前400回のお友達とお山に行ってきたのよ」
「また白山ですか?」
「ううん。今回は軽く赤兎山(あかうさぎやま)」
「抗がん剤治療をした体で、白山はもちろんですけど、赤兎山も軽いと言えるなんて、すごい」
「赤兎山は、トレーニングのハイキングってかんじだから。それはそうと。その赤兎山で不思議なことがあったのよ」
「赤兎山で不思議なこととは」
「400回のお友達には、私とはまた別に一緒にお山に登る友達がいてね、その別の山友達の旦那さんが少し前に亡くなられたの、赤兎山で」
「え、それは」
「あ、遭難とちがうよ。その旦那さんは単独で山に登るのが好きな人で、私やお友達みたいにグループでとか誰かと行くんじゃなくて、どこに行くのもひとり」
「私の夫もそうです」
「そうなんや。ひとりのほうが自分のペースで登れて気楽っていう人もいるよね」
「そうそう、それです」
「でね、その亡くなられた人は別にどこか体にわるいところがあったわけではなくて、というてももう80代だから年齢なりにいろいろあるとしても、ちょくちょくひとりで登山するくらいには元気だったのよ。それが、ひとりで登った赤兎山で、どうも、なんかしんどいなあ、という状態になったらしくて、荷物をおろして、木にもたれかかって、休んでいるうちにすーっと亡くなられたみたいなの」
「えー、そんなことが。でも、なんか、それって、ちょっと、いい…」
「いいやろ? いいよね? どのみちしなないといけないんなら、自分の好きなことして自分の好きなところで逝けたら」
「いいですよね。ある種の大往生?」
「そうそう。80何歳で好きな山登って好きな山で逝けるなんて、大往生よ」
「いいなあ」
「あ、それでね、その旦那さんが亡くなっているのを、後からその場所に来た別の登山者の人が見つけてくれたらしくて。最初はただ単に休憩してるだけだろうと思ったけど、あまりに動かないから声をかけてみて、それでも全然反応がなくて、これはもしかしたらもしかする?と思って、山から警察に電話してくださったんだって。それで山岳救助の人たちが救助に来てくれて、下界におろしてもらって、死亡が確認されて、お通夜やらお葬式やら一通りの見送り関係諸々が済むでしょ」
「はい」
「それで奥さんが警察の人に、山で主人を見つけてくれた人に直接お礼を言いたいし、最後の様子はわからなくても最後から一番近い状態を見てくださった方にお話を聞かせてもらえたらありがたいので、連絡が取れるようにしていただけないでしょうか、って頼んだんだって。でも警察では、個人情報は一切お教えできないですし、警察から相手の方にそういう伝言をお伝えすることもできません、って言われて、困ってらっしゃったの」
「ほう」
「それが、よ。この前私と400回記念の友達が赤兎山に行ったときに、たまたま同じ時間帯に登っていた男の人とおしゃべりして、よく来るんですか、とか、どこからですか、とか、まあ、山で会ったら話すようなことを話した流れで、400回記念の友達が『少し前に自分の友達の旦那さんがこの山で亡くなられてね、あそこの木の下の地面に座って亡くなっているのを登山者の人が見つけてくれたんですって』と話したら、『え、あ、それ、ぼくですわ』って言われて、ええっ、ってなって、いや実はその亡くなった人の奥さんがお礼を言いたくて、最後の様子がどんなだったかを聞きたくて、あなたをさがしているんだけど、警察では教えてもらえなくて困っていたのよ。もし差し支えなければ、あなたのお名前と連絡先を聞いて私から彼女に伝えてもいいかしら、って尋ねたら『もちろんです、どうぞー』って言ってくださって」
「うわー」
「ね、これもお山のご縁だと思うのよ」
「わー、すごいご縁だー」
「私は自分がしんだら、焼いたあと骨を粉にして、山に撒いてほしいって家族にも友達にも言ってるの」
「ああ、お山が好きな方はそうなのかも。ただ、山に散骨となると、実際はどうなんですか、法律的なことやその他いろいろ難しかったりするんでしょうか」
「そうなのよ、そこがねー」

 という話を帰宅してから夫に伝えると、夫は「いや、おれは、山でしぬのは遠慮するわ。しぬなら下界がいい」と言う。「山岳救助にお金がかかるし」とも。
「でも、そのくらいの金額は山岳保険から出るようにしてあるんでしょ?」
「してあるけど、ええわ」
「ええわ、言うて選べるならいいけど、その亡くなられた方もきっと、お山で逝きたかったわけではないと思うよ」
「そのへんの山に散骨するのも、たぶんだめやろ」
「自分が所有する山でもだめかな、地続きの近隣に他の所有者がいなくて丸ごと自分や相続人の山で、他の所有者の山と接する部分に骨の灰が風で飛んだり動物の足の裏にくっついて運ばれたりしないくらい山奥ならいいのかな。そういえば少し前に何かで読んだんだけどね、フィンランドでは亡くなった人の遺体は火葬で灰にして、家族でも宗教関係者でもない散骨担当の人が、誰の骨とはわからないようにして、森に撒くんだって」
「森」
「以前はお墓だったんだけど、土地の確保の問題や、お墓のお世話の問題もあって、今は基本、森に還しましょう、ということで散骨になったらしい。あとね、フィンランドでは寝たきりの高齢者がほとんどいないっていうのは以前にも聞いたことがあって、それは高齢者に何かあった時に無理に助けるのではなくて、助けることで寝たきりになるのであれば見送るシステムだというのは知っていたの。今回森に灰を撒く話と一緒に、フィンランドでは高齢者に胃ろうはしないっていうのを知ってね。高齢者に対する胃ろうは、フィンランドでは虐待と捉えられていて、飲食物の嚥下に支障が出た時には、胃ろうではなくて嚥下トレーニングをするんだって。その嚥下トレーニングをしても嚥下がうまくできないままで栄養が摂れなくなったり誤嚥性肺炎になったりする人は、これはもうお迎えが近いのだ、と判断して、その人の体が受け付けるだけの量に飲食物を減らしていって、お迎えを待つらしい」
「ああ、うちのとうさんかあさんも『胃ろうはええわ。あれはなしで』って言うてるからなあ」

 と書いているうちに、今日点滴した抗がん剤が体に行き渡ってきたのか、体内のゾンビがだいぶん増えてきた気がする。今宵は(まだ夕方だけど)ここまでにいたしとうござりまする。     押し葉

延期と楽譜

 AC療法4クール目の点滴を受ける気満々で、終了後にぐったりとして帰ってきたらすぐに横になる気も満々で、寝床と寝間着も整えて病院に行ったのだけれども、血液検査の結果、白血球が1800という低い数値だったため、今日の4クール目は見送り、来週に延期することになった。今日の数値の白血球で無理に抗がん剤を体に入れると、肺炎などの感染症にかかって死亡する危険性が高くなるからね、ということで、延期。今日の4クール目が延期になったことで、12月の入院も1週延期となる。
 できることならさっさと治療を進行したい気持ちは山々ではあるけれど、こんな数値をアピールしてくるということは、体としては4クール目の薬を入れるのは今週よりも来週がいいな、という事情や気持ちがあるということであろうから、来週に向けて白血球増えていこうね、と、自分で自分の体を応援しながら生きていこうと思う。

 白山の方は、白血球の数値に問題なく、本日無事に4クール目を受けられることになった。先日11月2日の夜11時から白山に登り、11月3日のご来光を見て帰ってきたのだと、スマートフォンで朝陽に染まる山なみの写真を見せてくださった。スマートフォンは山で写真をきれいに撮影できるような機種を選んでいるとのことで、どの写真も本当にきれい。
 白山は11月4日で通常の登山道を閉じる。だから11月4日までに白山に行っておきたいと話しておられたのだが、希望通りに行ってこられたのねえ、たいしたものだなあ、と感心する。

 私はオペラ座の怪人25周年記念inロンドンを繰り返し視聴していたけれど、職場の人が貸してくださった宝塚版エリザベートをいくつか視聴した流れでウィーン版エリザベートの購入にたどり着き、今はウィーン版エリザベートのCDを繰り返し聴き、ウィーン版エリザベートのDVDを激しく視聴している。
 昔観劇した劇団四季のオペラ座の怪人では腑に落ちなかったところがオペラ座の怪人25周年記念inロンドンで腑に落ちたのと同じように、宝塚版エリザベートではもんやりしていたものがウィーン版エリザベートですっきりとした。楽曲に入っているべき物語が楽曲にすべて入っていることのすっきり感なのだろうか。
 ウィーン版エリザベートのDVDは、リージョンはフリーなのだけど、PAL規格という日本のDVDとは異なる規格らしく、我が家でテレビに接続しているBD・DVDプレイヤーでは視聴できない。そのためPCに外付けドライブを接続して、PC経由でテレビにつないで視聴している。画面サイズも少し不思議なかんじの構成。
 ウィーン版エリザベートはドイツ語というかオーストリア語で、しかも日本語字幕も英語字幕も何語の字幕もなしなので、オペラ座の怪人25周年記念inロンドンの英語に比べると意味がすんなり入ってくる感は少ない。DVDで観る舞台装置や衣裳はどちらかというと簡素で豪華絢爛ではない。にもかかわらず、2005年の公演は私が耽溺する類の歌唱力と音韻の美しさがある。
 もしかすると、DVDやCDの視聴をする以外にも、ドイツ語(オーストリア語)歌詞付き楽譜を眺める楽しみがあったりするかしら、と調べてみたら、楽譜があった。演者さんたちがピアノ伴奏に合わせてお稽古をする時に使う歌詞付き楽譜で、けっこう分厚くて重い。この楽譜を見ながら、CD(iTunesに入れたものでも)を聴いたら、たのしいだろうな、と思って買ったけど、実際にしてみたらやっぱりたいへんにたのしい。これなら左腕が点滴用の針に固定されていて片腕が不自由な時間であっても、これまで以上にたのしく過ごせそう。
 iTunesに入れたウィーン版エリザベートをお風呂でも聴けるように、防水スピーカーを購入した。おかげで入浴がずいぶんとらくになった。少々体がだるかったりつらかったりしても、音楽でドーピングすることでセルフケアや暮らしの諸々がらくにできるのはありがたい。
 治療が必要であったり、治療が延期になったりと、ままならぬことはいろいろあれど、オペラ座の怪人25周年記念inロンドンとウィーン版エリザベートと、私にとっての合法麻薬が2種類に増えたことはうれしく、1種類だけの時よりも何かが少し安心でそしてより一層たのしい。     押し葉

今後の仕度

 10月23日から5日間、ノイトロジン注射を続けた。10月23日には1300だった白血球が、5日注射後の10月28日には12600まで上昇。このまま白血球の数値をできれば3000以上、最低でも2500以上に保つことができたら、11月8日金曜日に4クール目を行う。
 そこから4週間間をあけて、今度は12月6日金曜日から入院し、化学療法第二弾、タキソール(パクリタキセル)+ハーセプチンの1クール目を行う。入院は3泊4日の予定で、1クール目を行ってみて問題がなければ、その後も毎週金曜日にタキソール+ハーセプチン点滴を行うため化学療法室に通院する。
 一昨日の夜くらいから、眉毛の脱毛が始まった。AC療法を3クール目までしても、これまで眉毛はちっとも抜けた風でなく、アイブロウや眉毛テンプレートを購入して構えていたのは先走りすぎたかな、と考えていたけれど、このまま抜け続けるならば、アイブロウや眉毛テンプレートにも出番があるかもしれない。

 前回書いた白山の人も、私と同じ日程で、タキソール+ハーセプチンで入院予定とのこと。
 明日11月4日には、赤兎山(あかうさぎやま)に「すき焼き登山」するのだと張り切っておられた。すき焼き登山とは、すき焼きの道具を仲間皆で分担して担いで登り、山頂ですき焼きを作って食べてから下山するというもの。
 その方は、10月28日の受診のあとも、「このあと山に登ってから帰ろうと思って、仕度してきたの。先生には言うてないけど。ほら、見て」と登山に備えたいでたちであることを見せてくださった。
 その方が登山記録をつけている「YAMAP(やまっぷ)」というサイトを見せてくださった。お山の花や木々などを低い位置から上手に撮影しておられる。帰宅してからそのサイトをPCでじっくりと見てみたら、その方は昭和18年生まれの76歳であることがわかった。76歳という年齢で補助化学療法を行うのは、この方が特別にお元気で、これからも山に登って長生きしそうだからなのだろうな、と思う。ご本人も「先生には、抗がん剤はしてもしなくてもいいと言われたんだけど、自分がするって言って決めたの」と言われていた。
 抗がん剤の補助化学療法を行うかどうかは、患者の年齢によっても判断が異なってくる。70代半ばというのは、医療者側としては、行うか行わないかやや迷う年齢であり、体力等を鑑みて抗がん剤は使用しないと判断する年齢かもしれない、とも思う。でも、この方だったら、そしてご本人が抗がん剤治療をする気概が満々なのであれば、できる、やろう、と思えたのであろうなあ。
 その方は、「入院が12月6日からになって、ちょっと困ったなあ、と思ってるのよねえ。3泊4日の入院中に登山仲間の忘年会の予定が入っていてねえ。病院に外出届を出せば『行っていいよ』って言ってもらえるかなあ」と話しておられた。

 12月の入院は、夏の入院とは異なり、持ち込む衣類は冬バージョンだ。入院中が温かく快適であるように、少しずつ仕度していこうと思う。     押し葉

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Author:どうやらみそ
1966年文月生まれ

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